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2024年2月11日 (日)

偉大なマエストロー小澤征爾の残したもの、次世代が引き継ぐべきもの

既に報道されているように、日本が生んだ偉大な指揮者の小澤征爾氏が6日、東京都内の自宅で心不全のため死去。88歳

■「世界のオザワ」指揮者の小澤征爾さん死去、88歳 カラヤン、バーンスタインに認められ
https://www.tokyo-np.co.jp/article/308485

2006年頃から体調を崩し始め、一時持ち直したものの、2010年1月、人間ドックの検査で食道癌が見つかり以来、闘病生活が続いていた。そして先日天に召されてしまった。
小澤征爾の日本の音楽に対して遺した功績は数知れない。その中でも特筆すべきは

ウイーンフィルのニューイヤーコンサートの模様。
you tubeも早くも追悼メッセージ
この映像は日本人として誇っていいとう

また長らく常任指揮者を務めたボストン交響楽団(BSO)の小澤征爾への追悼セレモニーの動画
J.S.バッハのG線上のアリア演奏後に黙祷 。思わず涙が出た。

日本人の音楽家でこれだけ世界中からその死を悼まれた人物がいただろうか?

いや、坂本龍一氏、高橋幸宏氏の訃報も世界中から死を悼まれ、リスペクトも得ていたが記憶に新しいが、小澤征爾氏は音楽のジャンルや国籍に関係なく世界中からリスペクトと死を悼まれている。

それは次の映像でわかるのではあるまいか

ベルリンフィルとジャズトリオの共演。「楽譜を忠実に」という発想ではこの演奏は理解できないかもしれない。だがこの演奏はガーシュインの意図から少しも離れていない、ジャズミュージシャンだからこの演奏になり、これこそが音楽である。小澤さんはそれをよく理解していた、だから偉大な音楽をプロデユースできたのである

「小澤征爾が遺したもの」とは何か?

小澤征爾がその膨大な演奏の記録、録音から動画まで残してくれたもの。
いうまでもなくそれらは人類への文化遺産であるが、そこには小澤征爾という一人の音楽家の音楽に対するひたむきな情熱、音楽によってリスナー(聴衆)へのコミュニケーションの軌跡ではないかと思う。

先ほどの動画にも出てきたが、音楽のジャンル、に関係なく音楽の中にある「メッセージ」によるコミュニケーション。「メッセージ」といっても具体的な言語やテキスト情報ではなく、音楽そのものによって伝えるサウンドーいわばハートによる表現によって伝わるメッセージである。
うまくいえないが、演奏する音楽ーサウンドによって聴く人に伝わる演奏が人に感動や情動を伝えることができるーそういった演奏を数えきれないほどやってきた、それが人類への文化遺産として残してくれたし、それが可能になったため「音楽の素晴らしさ」を伝えることができたのである。

つまり音楽はただロボットのように「正確に音符を演奏する」ようなものではなく、一音一音に気持ちを込めそれを人に伝えようという気持ちで演奏しなければならない。俗にいう「ハートが入っている演奏」のことをいう。

そういう「ハートが入っている演奏」を無数に残してくれたのが小澤征爾氏であり、だからこそ彼がマエストロと世界中から音楽のジャンルに関係なく尊敬を集めることができたのである。

私たちはこの小澤征爾と同じ時代にうまれることができたことを感謝し、その遺産を宝物として次の世代にうけつがなければならない

「次の時代に引き継ぐもの」

小澤征爾の遺産である無数の「ハートが入っている演奏」を遺産として引き継ぐことはいうまでもない。

だが一番重要なのはその「遺産」を作った精神をひきつぐことである。

小澤征爾は建前上、クラシックの演奏家である。しかし彼は「ハートが入っている演奏」ーつまり生きた演奏であればクラシックだろうがジャズだろうが、場合によってはロックでも関係なく取り上げる。

大事なのはカタチではない、大事なのは音楽のサウンド1つ1つにこもった気持ち、メッセージを伝える姿勢である。

それが生きた音楽、人々の心をつかむ演奏になるからである。

あとに残されたものとして少しでもこの偉大な音楽家の精神を受け継ぐことができるようにしたいものである。

Matsumoto

R.I.P> マエストロ

 

 

 

2月 11, 2024 文化・芸術音楽 | | コメント (0)

2024年1月18日 (木)

当ブログ20年ーほぼ改革0の音楽業界ー10年後に日本の音楽業界は存在しているのか?

今年に入りいきなり能登半島の大地震と津波、2日目に羽田での日航機と海上保安庁の衝突事故とのっけから大変なことが立て続けに起き、今年はどうなってしまうのだろう?という風に思ったが、とにかく能登半島の被災者の避難と保護、そして生活再建に向けた動きが加速できればと思う。お亡くなりになった方のご冥福と被災者の方に心からお見舞いを申し上げます。

そんなことですっかり忘れてしまったのだが、今年はこのブログを立ち上げて20年だということに気づいた。当時はまだブログというプラットホームが出始めたばかりであり、SNSも現在のような社会的影響力を持ち合わせていなかった。そんな中当時から既に衰退し始めた当時の音楽業界に関して危機感を表明していた。

■音楽業界の現状を憂う
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2004/04/post-4b03.html

しかし20年前から、そして勿論現在も、だが誰一人聞く耳をもたなかった

そして20年前から日本の音楽の世界がどうなったか、今更いうまでもないだろう。

J-pop?そんなのまだあるの?

かつて音楽業界を「支えた」といわれるアルファベットの3文字や坂道などはCDというメデイアの事実上の衰退により機能不全となり、もはや完全に有名無実である。

今そして日本の音楽界はもはや完全に業界の体をなしていない。事実上K-POPに支配されており、それ以外の日本の音楽は一部のアニソンを除けばもはや海外ではゴミ扱い、というのが実情である

そしてこうなることはだいぶ前から予想ついたはずだ。だが誰も現状を変えようとはしなかった。日本の音事協を始め芸能界、音楽界の変化を極端なまでに忌み嫌う体質もあって日本の外の激しい変化に対応することを考えていなかったのである。

そして私の持論である日本の音楽界をダメにした件が余計に日本の音楽の世界の惨状を象徴するものとなった。

いうまでもなくタイアップである

■タイアップ状況異変!! クオリティの低いメジャー会社の音源と番組に合わない曲不要論台頭
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/01/post-bcaf.html

特にCDからサブスクが主な時代に入り、従来のプロモーション方法を根本から変えざるを得なくなった。それはサブスク時代に入り構造的にタイアップを取る=ミリオンセラーになる、なんていう時代はもう終わっているのだ。

ではサブスクの時代にミリオンセラーは可能か? いやビックアーチストならミリオンセラー=100万回再生は可能だろう。だが100万回再生したところでサブスク時代ではいくらの収入になるのか? ちょっと考えればわかることだ。

Spotifyで一回再生したところで0.3円である。100万回再生したところでせいぜい30万(!!) これじゃ事務所代も出ない

しかし日本の音楽界は変化というものを極端なほどに忌み嫌う業界である。そのため「従来からのカタチ」に固執する傾向が強い。

「以前からこういうやり方でやってきたから引き続きこのやりかたでやる」

「以前このやりかたでミリオンセラーで成功したんだ。これからもこのやり方で成功するはずだ」

......     申し訳ないがあまりにも思考停止の度がすぎる。

そこで以前も書いたが、海外では作曲家の収入においてストリーミングではなく別のチャンネルからの収入に主眼を置き始めている。

それがライセンシングである。

ライセンシングとは(使用許可を与える)ことで映画やテレビ、CM等での音源使用料をロイヤルテイとして徴収するしくみで、特にハリウッドの映画やテレビだと下手すりゃ億単位の金になる。私は映画音楽制作の面で海外の映画音楽事務所とつきあいがあるが、もう海外の作曲家もアーチストもサブスク関係の分配額があがらない限り、そのチャンネルの収入よりはライセンシングに主眼を置いた戦略に切り替えている。

ところが日本ではそれをやりたくてもできない事情がある。

なぜならタイアップがあるからである。

日本のタイアップは作曲家が日本国内でライセンシング収入を得ることをほぼ不可能にする。JASRACは建前上一つの曲にタイアップを一回のみに限定、としているがタイアップ契約を作るときに権利ががんじがらめになり(それも訳の分からない「代理店」以外の会社があたかもタカリのように集まってくる)そして事実上他のところでライセンシングを行うことを不可能にしてしまう。

特に東京オリンピックで元電通プロデューサーが逮捕されているがこれもオリンピックよろしく自分では何もしないくせにマージンだけわんさか持っていく利権構造がある。はっきりいうが、これはいかにも「昭和」の発想でありストリーミング時代になればこれは作曲家を事実上殺すシステムとなる。

これも以前に書いた記事である。詳しくはこちらで

■音楽業界総スカン覚悟でいうがサブスク時代に入りメデイアとの「タイアップ」はやめるべきだ。このシステムでのタイアップは作曲家を殺す https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2022/12/post-918fb9.html

それゆえ、私はタイアップというものを廃止すべきだ、という持論をもつに至ったが、いうまでもなく業界からは完全無視されている。

だが状況はますます危機的になっている。そして音楽のクオリテイもますます酷くなっている。

そして映画の世界ではようやくビジネスの「グローバルスタンダード化」に向けて動き始めているが、日本の音楽業界はビジネスのグローバルスタンダート化に向けた動きはほぼ皆無。おかげでジャニーズや松本のセクハラ騒ぎ(松本は欧米ならレイプになり逮捕されてもおかしくない)も全く無関心。現場ではいまだに旧態依然のセクハラ、パワハラが当たり前のように存在している。

もはやどの世界からも置いてけぼりの世界になっている日本の音楽界だが、それらを変えようという動きは皆無といっていい。そして(おそらくは)業界の大多数が波風がたつので世界の変化に対応しようなどとは思っていないんだろう、

はっきりいって私は相当前からこのことを訴えていたが、もう訴える気にもならない。どうせ誰も聞く耳もたんしいうだけ無駄だろう。とも私自身も思っている。どうせ最近の私は音楽業界人というよりは映画業界人に変わりつつある。その方がやりがいを感じるからである。

このブログも日本の音楽の惨状に対しては無力だったわけだ。

10年後、「日本の音楽業界」はもう存在しているだろうか?

 

 

 

1月 18, 2024 音楽 | | コメント (0)