大野リリース作品リスト

ストリーミングページ

2022年10月29日 (土)

のんちゃんは日本の「芸能界」に風穴を開ける?100年に一度の大変化の時代、日本はいつまでもガラパゴスではいられない

今日は申し訳ないが日本の芸能界、とりわけ音〇協関係者が見たら不快に感じるかもしれない。

だが日本にいると実感しないかもしれないが、今映画も音楽、その他のコンテンツも100年に一度という変化が起きている。そしてそれに伴い今までの日本の体制ー諸外国と根本的な部分が違うため「ガラパゴス」といわれるーも変化を余儀なくされていく。

きっかけは「のん」の記事から始める

■のん、来年で30歳に…「どんな20代でしたか」と尋ねて返ってきた“驚きのひと言”
https://bunshun.jp/articles/-/58112? 

上記の記事は音〇協に憚ってかこの件についての言及が全くない。しかしのんさんの20代は苦労と闘いの連続だったはずだ。

元の事務所から「本名」で活動することを阻まれ、活動も元の事務所からかなり圧力をかけられながらも、音〇協の圧力の及ばない主にアジアでのCM等の仕事、そして「この世界の片隅に」を始めとするインデペンデント映画(当時はね、今はメジャーになったけど)から活路を見出した。地上波テレビは一時完全に「追放」に近い状態だったが、海外ーとりわけアジアで彼女は高い評価を得ていった。その結果芸能マスコミは同じく音〇協の圧力で未だ発表していないけど、おそらく日本の芸能人では一番の収入を得ているはず。(億単位にはなってるはず)

今のんさんは「芸能事務所」ではなくエージェントがギャラその他の交渉をしている。事務所とエージェントは全く違う

芸能事務所制の特徴を揚げると以下のようになる

1.芸能事務所が「営業」やマネージメントを行う
2.その関係でギャランテイのマージンもかなり大きい(半分かそれ以上)
3.契約者の自由がきかない、事務所の指示通り動き事務所の仕事のみをこなす
4.知財をきちんと管理するところもあるが、そうでないところもある。
5.事務所の社長の権限が強い、事務所に「雇われた」状態

一方エージェントは肖像権、著作権等の知財の弁護士(通称エンタテインメントロイヤーという)が「代理人」として業務の条件の交渉を行う。一見事務所と似ていて非なるものである。 

つまり

キャステイング事務所と登録契約*

       ↓

オーデイション通過、仕事受注の見込み

       ↓

エージェントが諸条件を交渉(ここで初めてギャラその他が決定されます)

       ↓

個別案件に関して皆さんが会社と契約 

となり、芸能事務所制度と比べると
1.基本アーチスト等がキャステイングデイレクターと連絡
2.ギャランテイのマージンは法定 (10-20%の範囲)
3.エージェントと専任の契約を結ぶこともあるが、基本自由に活動できる
4.知財の専門家がエージェントとなり、肖像権、著作権、その他の権利を守ってくれる。
5.エージェント、キャステイングデイレクターと役者、アーチスト、クリエイターは1対1で同等の立場となる

両者の詳しい差についてはこちらの記事を参照されたい

海外案件、ハリウッド案件に応募する場合ー日本の「事務所制」は世界的にみてガラパゴスなことをご存じでしょうか?
https://note.com/kyojiohno/n/n6280b50d8bf8

一般にエージェント制の方が事務所制より俳優にもアーチストにも条件がいい。一度これをやると日本の芸能事務所制がアホらしくなる。その意味で「のん」が日本の閉塞的な芸能界に風穴を開けたといえる。渡辺謙や浅野忠信等、既にハリウッドデビューしている俳優が多いこともこれを後押ししているのかもしれない。だから殆どの芸能マスコミは伝えてないが(おそらく知っていて伝えてない)のんさんはおそらく日本で一番稼いでいる女優になっているはずである

また相対的に音〇協の力も落ちてきて、かつては某実質国営放送(公共放送といいながら国の政治権力への忖度が目に余るため)の出演にさんざん横やりが入っていたが、今は普通に出演できるようになってきた。某実質国営も少しは改革しようという動きはあるようだ。(あの放送局は部署が違うと実質別の会社のようなところがあるので..) そんな関係で逆境をはねかえしてきた強さも彼女にはある。今や本名の能年玲奈 より「のん」の方がメジャーになってしまった。この勝負、元の事務所の完全な敗北である。

これから映画も音楽も国境を越えた制作が頻繁になっていく。その動きは避けられないし誰にも止めることはできない。何よりもそれに対応していかないと、日本の芸能界ーエンタテインメントビジネスは生き残れないといっていい。そのため音〇協の芸能事務所もその時代に対応できるようにしていかないといけない。対応できたところが生き残れるし旧態依然の体制にこだわったところは滅びるだろう。

エージェント時代でも芸能事務所は生き残ることは可能

芸能事務所に対して厳しい言い方をしてきたが、しかしエージェント制が定着(もっともここまで来るのにすごいハードルがあると思うが..)しても従来の芸能事務所との共存の道はある。考えられる方法として

1、事務所はマネージメント、知財や権利の交渉はエージェントと分ける

一般にエージェントはマネージメントをやらない。CAAのような大手エージェント事務所ではオプションでつけるところがあるが一般にはしない。その一方で日本の事務所はマネージメント能力があるので、役割を分担すれば共存できないことはない。

2事務所内にエージェント体制を作る

 一部大手事務所でこの動きがあるようだが、事務所がエンタテインメントロイヤーを雇って事務所内でエージェントを抱え込む方法。

そもそもなぜエージェントが必要かというと海外の大手制作会社、フィルムメーカーと契約する際に知財やアーチストの権利についての膨大な書類(法律用語なので日本語でも英語でも難解)を契約書として交わさなければならない。それは知財に関する法律を熟知した弁護士でないと到底対応できないものだからである。

日本の外ではこれがもはや標準となっている。そしてエンタテインメントビジネスがグローバル化した現在、その体制に対応できるようでないと生き残れない、ということは断言していいと思う。

 

10月 29, 2022 経済・政治・国際芸能・アイドル | | コメント (2)

また行政が表現の自由に危機をもたらすー「東京都人権部が飯山由貴の映像作品を検閲。上映禁止は『極めて悪質』」

昨年の名古屋で行われた「表現の不自由展」で名古屋市長が従軍慰安婦像を強制撤去した問題が記憶に新しいですが、また行政による「検閲」「表現の自由」に危機的な状況が起きてしまいました。
東京都人権プラザの主催事業として開催されているアーティスト・飯山由貴の企画展「あなたの本当の家を探しにいく」。この展示の附帯事業として上映とトークが予定されていた映像作品《In-Mates》(2021)に対し、東京都人権部が作品上映を禁止する判断を下しました。


これは明らかに東京都の「検閲」に当たる行為であり、自分の気に入らない表現を撤去する、という意味で表現の自由に抵触するものです。


人権部は、朝鮮⼈等の虐殺事件を扱うことに対して懸念を示したとのことですが、


作者の飯山さんは



「この『検閲』は、在⽇コリアンへのレイシズムに基づく極めて悪質なもの」としつつ、小池都知事に対しては、「これまでの⾃らの⾏動が⾏政職員による偏⾒と差別⾏為の煽動となっていることを⾃覚し、本事件が発⽣するに⾄った経緯をあらためて調査し、公に説明してください」と要望しました。



https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/26233


全く行政というのは何度同じ過ちを起こすんだろうか?


やりとりを見ていると行政、役人の「臭いものに蓋」という姿勢が見て取れ、そのためには表現の自由を損なってもかまわないという東京都の姿勢が見て取れます。


今の日本はこういう「臭いものに蓋」の類のことが多すぎますね。「コンプライアンス」という名の事なかれ主義。自分の好きな情報しかみない風潮もあるが、何よりも「歴史修正主義」と「レイシズム」に傾倒した言質を支持する動きが日本という国で支配的になりつつあることに大きな危機感を覚える


表現者の端くれとしてこの件は東京都人権部に対し厳重に抗議します。





 


10月 29, 2022 文化・芸術経済・政治・国際 | | コメント (0)

2022年10月25日 (火)

音楽教室とJASRACとの著作権裁判の件、最高裁で決着した件について

このJASRACが音楽教室から教材とは別の部分で著作権料を徴収する件の問題が5年前に発生し、この件では私も署名運動を展開しJASRACのこの行為に対して抗議の意思を示す意味で作曲家としてのJASRACの個人会員を返上する等、この件に関しては異議を唱えてきた。

■音楽教室から著作権徴収ーJASRACは過剰な著作権「演奏権」信託権濫用による徴収をやめよ!!(緊急声明)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-99bc.html

JASRAC音楽教室から「著作権演奏権徴収」ーなぜ私は反対するのか?どこに問題があるのか(長文注意!!)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-03a3.html

■JASRAC音楽教室への「演奏権」摘要問題-YAMAHAを始めとする「音楽教育を守る会」が提訴ーJASRAC大橋常務理事の主張の問題点
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/05/jasrac-yamahaja.html

■ふざけるな! 音楽著作権演奏権の摘要に関して政府が「答弁書」を「閣議決定」-著作権訴訟に政府が加入する暴挙
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/05/post-7838.html

■「音楽教育を守る会 」が私大野が展開する署名活動も含め文化庁長官に「反対署名」と「要望及び質問書」を提出
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/07/post-30a1.html

■音楽教室から著作権料を取らないで!! 署名活動正式に終了 皆様ご協力ありがとうございました。
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2018/02/post-cfc9.html

■ふざけるな文化庁!! JASRACの音楽教室からの徴収前倒しで容認との情報 事実であれば重大な背信行為 
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2018/03/jasrac-bf1a.html

■音楽教室vs JASRAC ー音楽教室での演奏にも「著作権料の徴収権」認める 不当判決
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2020/02/post-baf597.html

■久々音楽教室著作権問題の現状とこの問題に関する見解
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/09/post-fc7809.html

我ながらよくこれだけの記事を書いたと思うが、これを見て音楽教室とJASRACのこの件についての動きがおわかりいただけるのではないかと思う。

最近の日本人はエスタブリッシュメントに対して異議を唱える、あるいは署名活動を行うということに対してネガテイブな反応する向きが少なくない。政府が勝手に強引に決めてしまったことを「しょうがない」の一言で片づけてしまうクセがついてしまっている。だがこれは非常に危険なことであることはいうまでもない。

また自民党政権が長く続いてしまったことで日本は「弱者に配慮する」ということをやらなくなった。今回の音楽教室の著作権問題もその流れの中から出ているような気がしてならないのだ。だからこの動きに私も精力的に異議を唱えたのだ。

 そしてJASRAC音楽教室からの著作権料の裁判の件は本日最高裁で決着。署名運動に関わった手前この件に関しては声明を出さないわけにはいかない。なぜなら最高裁での判決が最終決定になってしまうからである。

■音楽教室の著作権料訴訟 「生徒の演奏は徴収できず」最高裁が初判断
https://mainichi.jp/articles/20221024/k00/00m/040/041000c

結論からいうとベストの判決ではないが、最悪の判決は辛うじて免れたという点であろう。教師が生徒に示す「お手本」は著作権対象となるが生徒の演奏はあくまで「練習」であり著作権の対象にはならない、というものである。

生徒の演奏はあくまで「練習」であり人に聴かせるためのものではないから、著作権の対象にはならないという極めて当たり前のことが最高裁で決定したのは評価する。だが教師の「お手本」は著作権対象も決定したので結局支払いは発生する。後は交渉だが街の音楽教室で楽な経営をしているところはほぼ皆無といっていい。その零細な音楽教室を潰すような要求はJASRAC は控えるべきである。音楽文化を守るのではなく音楽文化の苗床を潰すようなことは本末転倒な行為である。

あと著作権の「演奏権」が日本では実質的にJASRACの独占状態になっている点も問題である。もう1つの著作権団体のNext-toneは著作権管理の委託団体であり信託団体ではない。その点アメリカのASCAPやBMIのように2つの団体が競争して管理作品を増やしていくという状況とは違う。仮にNext-toneに作品を委託管理しても「演奏権」の部分はJASRACに信託せざるを得ないという本末転倒の状態がある。これは日本の音楽作品の著作権管理に対して健全な状態とはとてもいえない。この問題を解決するにはJASRACに相当する著作権信託組織をもう1つ作るか、あるいはNext-toneに頑張ってもらって「演奏権」に関する独占状態を解消しないと健全な音楽ビジネスにはならない。

「演奏権」のJASRAC独占状態が解消されないと今回のような横暴とも受け取れる行動は続くであろう。著作権はこれからビジネスがグローバル化していく際に重要な知財と1つだからこそ、ビジネスは独占状態でない健全な状態に一刻も早くしなければならない。

 

10月 25, 2022 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2022年9月27日 (火)

音楽家の端くれとして反日カルト宗教の広告塔の国葬に抗議!! 反国葬ダンスミュージックプレイリストを緊急リリース!!

こちらのブログでは本来あまり政治の記事は書かないし、日本人ってどうしても政治や社会に関する記事を敬遠したり、特に音楽家が政治的な発言をすることを「望ましくない」かのようにいう人が少なくない。

だが政治的なものが我々の日常生活に影響しないことなど何もない。消費税だってそうだし国が戦争を始めたら否応なく戦地に駆り出される。

政治の発言や政治のことを考えるな、というのは国家権力の誰かが一般庶民を思考停止にさせ権力に対して徹底的に従順にすべく誰かが仕込んだ世相である。おとなしく従順な日本人はいとも簡単にそれに従ってしまう。

だが今回の国葬だけは音楽家としてだけでなく一般庶民として断じて看過できないことである。

考えてもみてほしい。

安倍元首相は確かに凶弾に倒れ、その行為自体は確かに糾弾すべきものだ。だがそれと森友加計そして桜の会に関する数々の疑惑と反日的体質が極めて強く日本人に平和憲法を壊し民主主義を崩壊させようとした韓国のカルト教団(いうまでもなく数々の霊感商法で多くの被害者を出し、また最高裁からもその布教活動が違法と規定された教団)とズブズブの関係を持ち広告塔となった人物を国葬にする、というのは全く別の問題である。

そんな人物を国葬にするということは国として統一教会 を推奨し公認しているのと同じ行為である。どうも国葬を肯定している人達の間でそんな簡単な事が理解できない人が多いようだ。

この国葬がいかに酷い内容のものかはカナダのトレド―首相欠席ということで、これでG7の代表の国葬参列は皆無となり外国の主な首脳は安倍元首相の国葬を欠席。これだけでもこの国葬が海外からどう見られているかは明らかである。

トルドー首相が安倍元総理の国葬欠席を表明 カナダ公共放送
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000269578.html

どの新聞の世論調査でも6割が反対。統一教会は会見で国葬歓迎を表明 余計に安倍元首相国葬のイメージダウン!!

これでもまだ国葬を強行する岸田政権に対して音楽家として何ができるか考えた。この国葬に対して最も辛辣な抗議と批判活動をするにはどうすればいいか

それで考えた

音楽で国葬に反対するー国葬反対ダンスミュージックプレイリスト

国葬の時に一番賑やかなダンスミュージックでこの日本の恥となる日をパーテイーで抗議しようと思った

Anti_kokuso 

Spotify

 

AppleMusic

尚、一部アーチストの音源の都合でSpotifyと違う曲の編成になっています。ご了承ください

2022年9月27日は残念ながら外国の反日カルトの広告塔であり数々の疑惑が解けない人物の国葬の日。日本の歴史の中でも汚点、恥の日として後世から記憶されてしまうと思います。各メデイアも大政翼賛会よろしく国葬をオンエアすると思いますが、我々庶民の細やかな抵抗としてストリーミングのプレイリストでもりあがりましょう!! 特に黙祷の所はガンガンに大音量で流していただけるとうれしいです。
見るに堪えないテレビを見るよりはダンスミュージックで盛り上がりましょう!!

庶民の国葬に対するささやかな抵抗です。 よろしければ..

 

 

9月 27, 2022 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2022年9月14日 (水)

KADOKAWAの角川歴彦会長逮捕にみる日本のコンテンツ制作における「利権体質」への失望

既に報じられている東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件で、大会組織委員会の元理事で電通の専務でもあった・高橋治之容疑者(78)逮捕の大会スポンサーの選定からみで「AOKIホールディングス」とともに「KADOKAWA」が東京オリンピック・パラリンピックの大会スポンサー選定において大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者(78)に対する収賄事件として東京地検特捜部が捜査してきた。

そして本日KADOKAWAの角川歴彦会長が逮捕されたというニュースが飛び込んできた。

KADOKAWAの角川歴彦会長を逮捕 五輪汚職事件で贈賄容疑
https://digital.asahi.com/articles/ASQ9G4WN9Q9GUTIL01G.html

このブログでは角川歴彦会長のコンテンツに関する見解、戦略に対して記事に対して一定の評価をしてきた。

■コンテンツTOKYO基調講演ー株式会社KADOKAWA 角川会長の「ネットフリックスとコンテンツの未来」
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2015/07/tokyokadokawa-1.html

■角川歴彦「グーグル、アップルに負けない著作権法」レビュー
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2015/07/post-d68c.html

しかし電通の高橋容疑者のようないかにも既存の日本の利権構造の中に入り、ライバル社の蹴落としを「収賄」ということで行っていたという余りにも古い体質の中の行為を行っていた、ということが事実であれば私は失望を禁じ得ないのだ。

このオリンピックもそうだが、コンテンツ関係の政策の一環として行われた日本にアニメコンテンツを始めとする「クールジャパン」についてもこのブログで何回か言及した。

●クリエーターやコンテンツ業者から支持されないクールジャパン推進会議の「官製」ポップパワー発信策
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/04/post-7cda.html

●このままいけば経産省の「クールジャパン」は間違いなく失敗。マーケット戦略不在とクリエーター軽視が問題
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/04/post-4287.html

これも電通もからんでいるし、KADOKAWAも絡んでいる。

この関係で自民党の大物の森喜朗元首相の逮捕、なんていう事態もありうるかもしれないが、ある電通関係、コンテンツ関係に詳しい人の情報だと、自民党の平井卓志代議士の可能性もあるという

内容が内容なので情報主の名前は伏せさせていただくが、特にクールジャパンに関して詳しい方とだけ書いておく。

そしてクールジャパンにもかなり不透明なお金の流れがあるという。例えばグルメ関係のサイト

https://www.tastemade.jp/food/

このプロジェクトに14億円投入されているという。しかしサイトを見る限りどう考えてもそんなにお金がかかっているとは思えない。調査費、ウエブデザイン、ウエブ立ち上げ費を入れてもせいぜいかかって数百万単位のものにしか見えない。

その入り口は全て電通だという

またこんなのもある。クールジャパン機構だが、https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/2110CoolJapanFundr1.pdf

この36ページ、クロゼットという会社だが実態が不明だという。所在地は日本橋小舟町で机が一つしかない幽霊会社との話も
23ページにはここにもKADOKAWAの名前が

これらを見て結局日本のコンテンツ、スポーツその他国家がからむプロジェクトには電通とその「おともだち」によるなれ合い、利権の分配という話で進められ、本来の目的とは違う方向に動いているという実態

クールジャパンは本来クリエイターや制作関係にお金が行く、という話に当初はなっていたはずだが、いつのまにか結局電通とお友達の金の分配の話、になってしまった。

日本の利権構造は官庁と一部の会社の癒着とムラ社会になっている実態がうきぼりになっている

こういう日本のムラ社会の利権構造に私はほとほと嫌気がさしている。古い。発想が古すぎる。昔ながらの昭和の体質だ。

そういう光景を私は嫌というほどみてきた。なので私は日本的なそういう昭和の利権構造のようなものに見切りをつけ始めている。おそらく今の政治家は政権交代しない限り自浄作用は殆どないだろう。

私が最近日本国内の外資系制作会社か海外との取引にエネルギーを投下しているのはそのためである。少なくともここでは正常な競争とムラ人でなければ恩恵に預かれないということはない。

つまり私はもう日本という国の体質に愛想が尽きた、といっていい。経済活動の面でね。

オリンピックもこれからメスが入るだろう、もしかしたらこのクールジャパンにも特捜のメスが入るかもしれない。入ってほしい。

せめて僅かでも本来の正常な状態にこの国が戻ってほしいと願うものである。

 

 

 

9月 14, 2022 文化・芸術経済・政治・国際 | | コメント (0)

2022年8月28日 (日)

Dare to Overcome Japan Conference 2022 に出席

以前の記事にも書きましたが昨年パラリンピックの関連イベントとしてDare to Overcome (障害者の社会自立プログラムー宗教、文化を超えた差別のない社会への運動プログラム)の運動に共鳴しそのテーマ曲(アンセム)を発表しました。

 

このイベントは本来2020年に行われる(はずであった)パラリンピックに合わせて行われるはずだったんですが、ご存じの通りコロナのパンデミックで一度延期になり、昨年の8月にDare to Overcomeの東京イベントが開催されました。その時にこのテーマ曲(Anthem)が披露されました。

その時の詳細な状況です。
Dare to Overcome アンセム(テーマソング)公開とこのテーマソングの背景について
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/08/post-e23215.html

しかしまだパンデミックのさなか、代表のブライアングリムを始め海外の関係者はリモートでの参加を余儀なくされました。そして昨日はそのある意味「やり直し」という観点から東京カンファレンスが開催されました。多様性とSDGsを受け入れることで世界平和とビジネスの発展に結びつけるかというテーマで話し合います。

Dto_tokyo1
Dto_tokyo2

カンファレンスは4人の講演が行われどれも興味深い話が聞けました。

1. ブライアン グリム:Dare to Overcome 国際会長、Religious Freedom and Business Freedom 代表
2.田中雅子:上智大学総合グローバル総合グローバル学科教授
3.伊藤弘泰:NPO法人日本アビリテイーズ協会会長
4.ジャステイン グリーン:米国アクセンチュア障害者ERGリーダー

詳細な公演内容について述べるととてもこの記事だけでは足りないので省きますが、日本の現状を含めて以下のことがいえます。

1.日本におけるデイバーシテイ、SRGsの理解は欧米と比べ理解が進んでいるとはいえないこと。とりわけ与党政治家や官僚、財界についての理解が悲惨なほど低い点

2.障害者や海外の就業者に対しての理解が酷い、場合によっては人間扱いしていない場合も見られる点。

其の他沢山ありますが、日本が社会として新しい価値観を受け入れるにはまだ多くの障害があります。とりわけ残念ながら日本では多様性とSDGsを誤解している人が少なくないのが現状です。(特に環境問題等と同じくSDGsは海外の企業グループがもうけるための陰謀といった類の議論が日本国内でまことしやかに流れています。私は基本陰謀論を流布する人は信用しません)

 

というわけでオンラインではなく生でのカンファランスが無事終了しました。(一応全世界向けにオンライン放送はしていましたが..)

終わったあとはレセプション、これはパンデミックの状態ではできませんでした..

Dto_tokyo3 Dto_tokyo4

レセプション料理、参加者の殆どが日本人ではないんですが、それでもかなり豪華です。

Dto_tokyo5

私としてはようやく2年越しにイベントが終わったという感じを持っています。

テーマ曲を作った関係者としてはこのテーマ曲がよりいろんな機会で表に出てほしいですね。今回のテーマ曲はパンデミックの関係で本来行うはずだった海外の制作ではなく全世界のシンガーをグラスルーツ的に撮影して録音した音源をマルチトラックで制作したことで世界中の人たちが手を取り合ってDare to Overcome (あえて違いを乗り越える)というテーマを表現したのですが、本来この曲を歌う予定であったアメリカのコーラスユニットGentriとの再レコ―デイングの話もあります。そちらは具体的になったらこのブログにてお知らせします。

 

 

 

8月 28, 2022 経済・政治・国際イベント・コンサート17- | | コメント (0)

2022年8月21日 (日)

日本在住外国人クリエイターの交流会で気づいた外国人は日本の外も内ももはや名刺使わないという事実

お盆休み中、やや体調を崩していたんですがだいぶもどってきたので今日は外国人のクリエイター、アーチストの交流会に出かけました。

299364080_5361423433904730_8661419926126

大勢いたので全員は把握していませんが、映像関係、女優、ダンサー、映画監督、IT関係、クルー関係、その他ミュージシャン等多彩な面子でした。日本人はあまり気づいていませんが、最近外国系の製作会社が急激に実績を伸ばしており、もはや国境がなくなっているコンテンツビジネス、コンテンツ制作の現実を反映したものでした。

なぜ日本国内にこれだけ外国系製作会社が増えている背景についてはこちらの記事をお読みください

■日本国内に外資系制作会社が増加している理由
https://note.com/kyojiohno/n/n3a2305ed1d7c?f

私自身も結構外国系製作会社とのつきあいが増えているし、これからそれを強化していこうと考えていました。なかには偶然その場にいあわせた知り合いの人もいました。

さて、日本人の交流会ですと名刺交換が頻繁に行われる、というのが通例ですが..

実は最近気づいたのですが、外国人はあまり名刺を使わないのです。日本人にこれをいうと「え?」という人もいるでしょうが...

名刺を使わない、代わりにSNSで繋がる、つまりSNSというのが海外では完全に「名刺替わり」になっているという点です

日本人はSNSというとすぐにLineを使いたがりますがLineでは名刺替わりにはなりません。やはりFacebookかInstagram,可能であればLinkedIn 等が主になります。

確かに名刺というのは名前や所属のメモ書きとしての機能でしかなく、SNSのようにデジタルで普通に見ることができる時代ではもはや無用の長物になりつつあるのかもしれません。それでも昔ながらの「営業方法」にこだわる人もいるでしょう。特に日本人では....

ある販売会社の中にはセールスマンに交換した名刺の数を競わせて一番名刺交換したセールスマンを表彰する、なんてことをいまだにやっている会社があるそうですが、会社のトップが昭和の発想だとそうなっちゃうんですね。

海外では完全にソーシャルメデイアが今までの名刺に取って代わってしまっている、その発想が日本人にはまだできていない人が多いようです

でも今日は「有名人」と名刺交換ができました。有名人はまだ逆に名刺を使っているんですね(^^)

300364294_5361598713887202_9686685510150 
はい。東京バイスの原作者の方です。

なんにせよ、日本人同士だとわからないですが、いろんな点で日本は遅れている、ということを外国人や海外の人との連絡を取っているとわかります。日本人の大多数はいまだ気が付いていないようですが、今100年に一度くらいの大変化が起きようとしていますから

299382812_5361423460571394_5615022959457

 

 

8月 21, 2022 経済・政治・国際日記22ーイベント・コンサート17- | | コメント (0)

2022年7月 3日 (日)

音楽4団体が参議院生稲候補を支持表明,各団体会長の「団体私物化」に関して音楽関係者の端くれとして厳重に抗議する!!

参議院選もたけなわ、どころが終盤に差し掛かっているが音楽関係者の端くれとして黙っていられない事態があることが判明した。

日本音楽事業者協会(通称:音事協)日本音楽制作者連盟(通称:音制連)コンサートプロモーター協会(ACPC)、そして日本音楽出版社協会(MPA)が参議院東京選挙区の自民党候補である生稲晃子候補への支持を団体として表明したのだ。

これのどこが問題かというと上記の4団体は所属会員から会費を取って運営しており、各団体が総会で会員での総意を得ずに特定の政党の候補を頭ごなしに支持を表明したことである。しかもこの4団体だけで日本の芸能事務所、制作会社の主だった会社の殆どが参加しており、これは一部の音楽関係者の問題ではなく、日本のエンタテインメント業界全体の問題になる。

つまり

1.各団体の会員に対する意思確認というプロセスを一切経ていないこと。

2.内容を見ると各団体の会長を始め幹部が「密室」の中で決定したことであり、各団体の幹部が実質的に自らの団体を「私物化」したのと同じである。

例えば私は音楽出版社を持っており、日本音楽出版社協会(MPA)と関係を持っているが、MPAに向けて自民党の生稲候補を支持する、などと表明した覚えはない。しかし各音楽団体が生稲候補の支持を公に表明した以上、いくら弊社は関係ありません、といっても世間は私の会社が生稲晃子を支持した、かのように受け取るだろう


はっきりいわせてもらうが

冗談じゃない!! 

果せるかな音楽関係者から抗議の動きが出てきた

291736131_5228148687232206_7190315538293

そして私個人は面識はないが、この動きに対して抗議の声を揚げた人たちがいた。音楽業界がこんな奴らばかりと思われるのは極めて不本意なのでこういう声明をだした人たちがいることをわかっていただきたい

291950740_5228138900566518_4806547887137

私はこの人たちを全面的に支持する。

むろん各団体の会長自身が個人として生稲を支持するのは勝手である。だが団体として生稲を支持するのとは意味が全く違う。私物化のそしりは免れない。先ほども言ったが日本のエンタテインメント業界全体の問題として世間に誤ったメッセージを送信しているのと同じである。

この動きは日本の音楽文化をダメにする動きだからである。

この記事を読んでいらっしゃる音楽関係者がいれば署名サイトもありますのでよろしければ。(私は署名済み)

https://save-our-space.org/protest/

 

 

7月 3, 2022 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2022年3月 6日 (日)

戦禍が続くウクライナに平和の祈り ムソルグスキーの「展覧会の絵」から「キエフの大門」ーStop the War!! Somebody Stop Putin

私のもう1つのブログにも書きましたが、ロシアがさる2月24日にウクライナに侵攻して既に10日が過ぎようとしています

■ロシアがウクライナに侵攻ーまさか21世紀に入ってこんな光景を見るとは思わなかった
https://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2022/02/27/011913 

こちらはアーチスト、クリエイターとしてのブログなので音楽を通して平和のメッセージを発しようと思いますが、いろいろ考えたのですが、かつてウクライナ人とロシア人が身近に感じていた時代に書かれた音楽がいいと思いました。

ご存じムソルグスキーの「展覧会の絵」

ムソルグスキーの親友だったヴィクトル・ハルトマン(1834-1873)の死を悲しみ,絵の展覧会を訪れた際の散歩(プロムナード)の様子を曲にしたもので、もともとはピアノ曲だったのですが、現在ではラベルによるオーケストラ編曲が有名です。

その最終曲に今回ロシア軍から激しい攻撃にさらされている首都キエフの「キエフの大門」という曲があり、クラシックをそれほど知らない人でも一度は聴いたことがある曲があります。

実際には「キエフの大門」といわれる門は存在せず、「キエフの黄金の門」が実在しハルトマンの絵とは違います。この最後の曲はムソルグスキーのハルトマンへの鎮魂歌の意味もあったそうですが、今回ウクライナで命を落とした多くのウクライナ人(ロシア人も含めた)に対する鎮魂の意味も込めたいと思います。

Kievugreat_gate Actual_goldengate_kiev

今回の戦争で破壊されないことを願ってます。 

ウクライナの戦禍が止みますように


ムソルグスキー 組曲《展覧会の絵》(ラヴェル編) キエフの大門
セルジュ・チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

あと私はプログレ世代なので、やはりこのトラックを揚げないわけにはいきません(笑)


EL&P - The Great Gates of Kiev "
Emerson, Lake & Palmer

最後に私たちにできる事、それは独裁者に対して声を揚げることです。

ウクライナへの戦争に反対します! / STOP WAR IN UKRAINE!
https://www.change.org/p/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99-stop-war-in-ukraine?recruiter=72993571

この戦争を止める
https://secure.avaaz.org/campaign/jp/stop_the_war_loc/?wiLnsbb&

繰り返します。

戦争をやめてください。戦うのをやめてください。#Stop the Wat #Stop Putin

 

 

3月 6, 2022 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2022年1月10日 (月)

W-8BENE グローバルに国際取引が頻発するにつれて必要になる税務情報の国際化に伴う書類提出について

さて、今年の私の大きな目標についてポストコロナ時代をにらんでグローバル、ボーダーレス時代に国際取引を推進させることを揚げましたが..

そんな時代に海外の取引を推進させようとしているクリエイター、アーチストの人たちの動きで海外ーとりわけアメリカ財務省に向けて重要な書類を提出しなければならない、点についてあまり理解されていない印象を持っています。

日本の外では映画も音楽も国境に関係なくコンテンツもモノも動いているわけですが、そんな中で産業の事情も以前とは考えられないほど変化しています。そんな中個人レベルでも国際間の取引やお金のやりとりが頻繁に起きる事態が生じています。そのために昨今海外の取引先に向けて提出しなければならない書類があることをご存じでしょうか?

最近になって日本人は国民性レベルで変化を忌み嫌う体質をもっていることを感じていますが、この「変化」は避けて通ることができません。なぜならこの書類を提出しないと海外からの「支払い」を受けることができないからです。このことをご存じない方がかなりいるように感じましたのでこちらで記しておきます。

Fw8bene_hybridmusic__1

上の写真はW-8BENE というアメリカ財務省に提出する書類です。「なんだこれ英語だし訳わかんねー」という方も少なくないですがこれは米国外在住の方でアメリカ企業と取引する際に必要になる書類です。

皆さんの中でCD Baby, Orchard, Netflix, Google, Amazon etc といった会社で売り上げを揚げている方がいらっしゃると思いますが、その支払いを受けるときにこの書類をあらかじめ提出していないとせっかく売り上げをあげても支払いを受けることができなくなります。

そしてその書類提出するときに、皆さん嫌なイメージをもっているでしょうが、個人ならマイナンバー、法人なら税務署が発行する「法人番号」が必要になります。そうです。この番号は官僚が国民を管理するためではなく、個人が国際的に取引するために必要な番号だったんです。

マイナンバーもしくは法人番号の記入欄は以下の通り 2ページ目です。

マイナンバーはTIN(Tax Information Number) ともいいますが、"Foreign TIN"という欄が日本在住の日本人の記入欄です。

Fw8bene_hybridmusic__2 

というわけでAmazon, Google その他からこの文書の提出要求が来ても、よくわからないのでスルー、という人が多いようなのですが、これがないと支払いを受けることができませんのでくれぐれもご注意を
わからない場合は解説のページがあります 

■W-8BENフォームの記入方法 書き方と注意点
https://www.option-dojo.com/st/w-8ben.html

■( 2021最新版) W8ben ( W-8ben ) の書き方完全ガイド / マイナンバー対応
https://stockillust.com/archives/270

まあ海外にエージェントがいればそこに依頼できますが、どちらにせよ(嫌でしょうが)マイナンバーもしくは法人番号は必要になります。

ちなみに会社によって比較的簡単に通るところと、何度も突っ返されるところがありますのでご注意を。管理人はOrchard ,Google, Amazonは割とすんなり通りましたがCD Babyとか結構てこずりました(汗)

アーチストもクリエイターもこれからは海外の会社からの直接取引が当たり前の時代になってきます。時代は急速に変化していまして「自立した意識」がこれからは必要になってきます。

くどいようですがこの書類を取引先に提出しないとせっかく売り上げやギャラをもらう案件があっても支払いを受けることはできませんので、ぜひきちんと書類提出をされることをお勧めします。

 

 

1月 10, 2022 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2021年9月28日 (火)

映画「MINAMATA 」レビューー本来なら日本人が作らなければならない作品が見事な映画となっていた

映画「MINAMATA 」については以前も当ブログにて紹介させてもらった。

■ジョニーデップ主演「MINAMATA」(9月23日全国公開) 水俣市が後援を拒否 ー行政の変わらぬ体質と日本の民度
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/09/post-fca8e7.html

そして今日公開初日からやや遅れて鑑賞

Fawp1v8uuaue19b

以前も書いたが、一応映画関係に関わっている者、さらに大学のゼミの教授が哲学者として水俣問題に深くかかわっていたこともありこの問題について語らないわけに、見ないわけにはいかないと思っていた。 

ジョニーデップ自身が企画からかかわっていたこの映画、本来なら日本人自身が作らなければならないこの映画を見事な映画作品に仕上げている。昔はハリウッドが日本を描くとどうしても日本人がみて違和感を感じる描き方が多かったがこの映画はそんなところは全くない。ジョニーデップの演技もすばらしく、映画の内容も多少脚色はあるもののほぼ史実通りに水俣の問題を描いている。この作品が見事に水俣問題を描いているだけに、今の日本人の「臭いものに蓋」をする体質には情けなく恥ずかしい気持ちになった。「考えること」を放棄した日本人、「都合の悪い所」は見ない=臭いものに蓋をする、これを続けている限り日本という国が世界から尊敬されることはないだろう。この映画をみてそれを実感した次第

日本人キャストで真田広之さんや浅野忠信さんは二人とも英語が堪能なのにこの映画では英語のセリフは1つもなかったのが驚いた。アイリーン役の美波さんはところどころたどたどしいところはあったものの頑張って英語のセリフで演じていた。國村さん、今回はかなりきちんとした英語のセリフを言っていた。キルビルのイメージがいまだにあるので..(^^;)

またユージンスミスが報道写真史上最高傑作の1つといわれる水俣患者を入浴させるシーン ”Tomoko and Mother in the Bath”その撮影の模様を描いたシーンは実に感動的だ。

本当にアメリカ人に日本の戦後最大の公害問題を見事に描かれてしまったが、この映画を見て少し救われている点があるとすれば水俣市民のチッソへの市民運動に光をあて彼らの裁判で勝利する様子を克明に描いているところだと思う。日本人は権力に従順な人間、長いものに巻かれるばかりの人でなくきちんと声を揚げて社会運動してきた人たちもいたという点。そのことに焦点をあててくれた点がこの映画をみて救われた気分になった。これはアメリカ人監督だからそういう描き方になったのだろうか?日本では市民運動、社会運動というものをどうしてもネガテイブに受け取る人が少なくないことも事実なので...

最後に2013年に当時の安倍総理が銀による健康・環境破壊を防ぐための「水銀に関する水俣条約」外交会議の開会式(9日)にて「日本は水銀による被害を克服した」との発言は水俣患者と家族の気持ちを踏みにじるものだ、という批判を映画の最後にテロップでいれているのも非常に評価できる点といえる

Enf4sc6veais3jk

公式サイト
https://longride.jp/minamata/

予告編

 

リベラル派だけでなく、政権よりの人、保守的な考えの人も日本人ならぜひ見るべき映画と推奨したい。

監督 アンドリュー・レヴィタス
脚本 デヴィッド・ケスラー
製作 ジョニー・デップ
アンドリュー・レヴィタス
ビル・ジョンソン
ガブリエル・タナ

キャスト

ジョニー・デップ: W・ユージン・スミス役
真田広之 - :ヤマザキ・ミツオ役
美波 -: アイリーン役
國村隼 :ノジマ・ジュンイチ役
加瀬亮: キヨシ役
浅野忠信 :マツムラ・タツオ役
岩瀬晶子:マツムラ・マサコ役
ビル・ナイ : ロバート・"ボブ"・ヘイズ役

劇場 (全国200を超える劇場で公開)
https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=minamata

 

 

 

9月 28, 2021 経済・政治・国際映画テレビ18- | | コメント (0)

2021年9月13日 (月)

ジョニーデップ主演「MINAMATA」(9月23日全国公開) 水俣市が後援を拒否 ー行政の変わらぬ体質と日本の民度

一応映画関係に関わっている者、さらに大学のゼミの教授が哲学者として水俣問題に深くかかわっていたこともありこの問題について語らないわけにはいかないと思っていた。

ご存じ水俣病を世界に伝えたフォトジャーナリスト、ユージン・スミス(1918-1978) を描いた映画『MINAMATA』が9月23日に全国の劇場で公開される。その公開に先立って水俣市での上映会で水俣市が後援を拒否したことが報道された

■ジョニー・デップ主演映画の上映会、後援を拒否した水俣市に監督「何が優先されているのか」と苦言
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/minamata-3?

私は大学の講義でこの水俣問題についていろいろと聞いたが、ひとことでいって高度成長時代の日本の「経済優先」の論理で水俣による公害病に目をつぶり明らかに当時の日本窒素肥料(現チッソ)も最後まで水銀化合物が公害の原因であることを認めなかったこと、そして行政も水俣市がチッソの企業城下町であったことから、被害を実質的に見て見ぬふりをしてきた経緯もある。そうした話を授業で聞かされていた。私の大学のゼミの教授の水俣問題についてのさまざまな業績は以下を参照されたい。

第2章 水俣病史における「不知火海総合学術調査団」の位置 人文・社会科学研究の「共同行為」について
https://www.ritsumei-arsvi.org/publication/center_report/publication-center14/publication-115/

市井三郎(wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E4%BA%95%E4%B8%89%E9%83%8E

市井三郎 自主ゼミページ
http://www.ichiisaburo.com/

水俣市がこのことをテーマとした映画の後援を拒否したことはその水俣市の体質が全く変わっていないことを示している。

そもそもこういう映画を日本人ではなく海外の監督に監督されてしまうこと自体が恥ずかしい事実だが、なおかつ日本側がその史実に向き合おうとせず協力を拒否する姿勢は国際的にも日本人として恥ずかしい。

先の大戦についてのこの国の対応でもいえることだがいつまでも不都合な事実を隠す、臭いものに蓋をする姿勢を日本人が続けるようでは日本という国の民度が世界に問われることになる。これらの行為自体が日本が三流以下の国に堕ちてしまう原因になる

日本人の端くれとして恥ずかしいと言わざるを得ない

映画 MINAMATA  9月23日より全国の劇場にて公開される。

Enf4sc6veais3jk

公式サイト
https://longride.jp/minamata/

予告編

監督 アンドリュー・レヴィタス
脚本 デヴィッド・ケスラー
製作 ジョニー・デップ
アンドリュー・レヴィタス
ビル・ジョンソン
ガブリエル・タナ

キャスト

ジョニー・デップ: W・ユージン・スミス役
真田広之 - :ヤマザキ・ミツオ役
美波 -: アイリーン役
國村隼 :ノジマ・ジュンイチ役
加瀬亮: キヨシ役
浅野忠信 :マツムラ・タツオ役
岩瀬晶子:マツムラ・マサコ役
ビル・ナイ : ロバート・"ボブ"・ヘイズ役

劇場 (全国200を超える劇場で公開)
https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=minamata

 

 

9月 13, 2021 経済・政治・国際映画テレビ18- | | コメント (0)

2021年9月 6日 (月)

久々音楽教室著作権問題の現状とこの問題に関する見解

当ブログをお読みの方は以前私はこういう運動をしていたことを覚えていらっしゃるかもしれない

 ■音楽教室から著作権徴収ーJASRACは過剰な著作権「演奏権」信託権濫用による徴収をやめよ!!(緊急声明)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-99bc.html

署名活動も行っていた

■音楽教室から著作権料を取らないで!! 日本の音楽教育存続のために
https://www.change.org/p/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%81%8B%E3%82%89%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%96%99%E3%82%92%E5%8F%96%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%98%E7%B6%9A%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB

なぜ私が反対するのか、その理由についてはこちらをお読みください
JASRAC音楽教室から「著作権演奏権徴収」ーなぜ私は反対するのか?どこに問題があるのか(長文注意!!)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-03a3.html

これだけの活動を行っている関係上、この問題は決着がつくまで見守ろうと思っているが、確かに最近動きがない。そんな折、こんな記事をみつけた。

■結局、「JASRAC vs ヤマハ音楽教室」ってどうなったのか
https://rocketnews24.com/2021/09/06/1532765/

尚、上記の記事ではヤマハとJASRACとの訴訟と書いてあるがこれは誤った印象を与える。実際はほかの大手音楽教室や零細な音楽教室を含む集合体が共同で起こしている訴訟である。私も面識があるがたまたまその集団の代表がヤマハ音楽教室の関係者であるにすぎない

裁判だが結論からいってまだ続いている。上記の記事にもかいてあるが今までの裁判の内容は以下の通りです

1.地方裁ーJASRAC勝訴ーJasracの主張を全面的に認める

                           ↓

2. 第二審でも、音楽教室側に著作物使用料の支払い義務があるという結論は変わらず。ただし、「生徒の演奏については著作権対象外」と音楽教室側の主張も一部認めている。

そして現在最高裁にて審議中である

私も一応「売れない作家の端くれ」(笑)なので音楽教室からの著作権支払いを否定しているわけではない。ただし今回の発案の内容で一部無理がある点があると感じている。それは拙ブログ「なぜ私は反対するのか、何が問題なのか?」を読んでいただければ幸いである。

私が特に違和感を感じたのは「生徒の演奏」に著作権の演奏権を適用しようとした点である。音楽の世界を知らない人には理解できないかもしれないが音楽教育は基本「個人レッスン」を中心に進行され個人レッスン」は演奏家の場合は「演奏の技術」を習得、練習するための「訓練」の時間のことをいう。著作権法では「公衆に聞かせるための演奏は使用料が発生する」と書かれているが、音楽教室では音楽的にみて「演奏」といわれるまでのレベルになるための「訓練の時間」であり、教師以外はその「演奏の訓練、練習」を聞いている人間はいないーつまりそこに聴衆はいないのだ。パリ改正条約に「演奏権」の規定がない、よく考えれば当たり前の話だ。なぜなら教育課程では「演奏」は一般に「訓練」であり人からお金をとるレベルの「演奏」ではないからである。これは国際的にコンセンサスが取れているはずであり、「訓練」「教育課程」である以上「演奏権」の規定などする必要はない

この考えは今も変わらない

それゆえ二審の「生徒の演奏については著作権対象外」という判断が出たことは評価している。

そして教材その他で発生する著作権料は今までも発生してきたし、これからも発生するのは当然だ。殆どのケースでは楽譜、教材を買うことで出版社その他から著作権料が支払われる。これは当たり前の話である。

さてそれを考えると「生徒の演奏については著作権対象外」という判断が出たが「教師の模範演奏は著作権の対象になるのか」。いってみれば「訓練」の模範を見せる場合生徒を「聴衆」ととらえるのかどうか?その判断については分かれるかもしれない。

ただし仮に発生したとしても1レッスンでかなりの少額になるべきである。繰り返すが音楽教室の大多数が「個人レッスン」である。殆どが1対1である。包括契約にしたとしてもそんなに高額にすべきではないし、それをやれば町のピアノ教室、音楽教室の大多数がやっていけなくなるだろう。それは絶対に避けなければならない。

ここ10年自民党政権になって以来日本は「弱者に配慮する」ということをやらなくなった。今回の音楽教室の著作権問題もその流れの中から出ているような気がしてならない。

 

9月 6, 2021 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2021年7月19日 (月)

小山田圭吾五輪開会式の楽曲担当辞任問題 IOC 大会組織委員会を含め日本社会の膿が続々出る「恥かき五輪」

コロナパンデミック第五波が発生中の中、東京オリンピックが強行されようとしているが、その中で開会式の音楽を担当していた小山田圭吾が中学時代にいじめを行っていた記事が拡散され、ネットで大炎上が続いていた。

先ほど小山田圭吾は五輪音楽の辞任を発表した。

■小山田圭吾さん 五輪開会式の楽曲担当辞任 過去に同級生いじめ
https://mainichi.jp/articles/20210719/k00/00m/050/255000c?

そのいじめの記事は「ロッキング・オン・ジャパン」の1994年1月の記事で私も今回の騒動で初めて読んだのだが、27年前でもこんな記事が堂々と掲載されてたことに驚きあきれた。

Oyamada

ロッキンオンといえば音楽評論家の重鎮の渋谷陽一氏が編集長を務める歴史ある雑誌である。そのロッキンオンがこのような酷い内容の記事を掲載することに社内でなんの議論も行われなかった、ということが驚きである。

そのロッキンオンは遅まきながら本日インタビュアーの山崎洋一郎氏による謝罪文を発表した。

■ロッキング・オン・ジャパン94年1月号小山田圭吾インタビュー記事に関して
https://www.rockinon.co.jp/news/150893

 小山田圭吾も謝罪文を発表したが、最初は作曲家の辞任ではなくむしろ続ける意思を示していた。

 ■小山田圭吾さん謝罪文全文 自身のツイッターに掲載
https://www.asahi.com/articles/ASP7J67FTP7JUTIL03F.html

正直これがまずかったと思う。本人は謝罪したつもりだったかもしれないが、これではおそらく被害者には伝わらないだろうし、本気で謝罪したのか、と疑われても仕方がない。

小山田圭吾がこの状況でオリンピック開会式での仕事を強行すると二重三重の意味で深刻な状況をもたらす。

1. 小山田圭吾 のアーティストイメージに致命的なダメージを与えること。
2. 多様性や平和共存のイメージに最も似つかわしくない人物がオリジナル曲を提供しこれだけで東京オリンピック の事実上失敗になる
3. このような人物の参加で日本の国としての品格威信がガタ落ちになること

辞任しなかったらおそらくアーティストとして再起不能になったと思う。それほどまでに重大な事態だったのだ

一部のネットユーザーに「なんでそんな昔のことを蒸し返す」と言う輩が少なからずいたが、このいじめの内容は昔だから許容できる内容ではない。なぜならこれは人権問題に直結する内容だからである。
昔の自分の犯罪レベルと言っていいいじめの報いを何十年後の今受けたのだ。自業自得であり同情の余地など1ミクロンもない。

よくネトウヨや保守系の人たちに「アーチストはなんでアッチ系の人が多いの?」などという輩がいる。

だが、アーチストは本来社会的弱者や社会で虐げられた人たちを代弁し、応援するのが当たり前で、このような発言を行っている者は音楽や芸術の本質を理解していない人間の発言である。ロック音楽は社会の不条理や圧政者たちに対する反抗から生まれた音楽であり、ほかのジャンルの音楽も多少イデイオムは違うにせよ、社会の底辺にいる人たちへの視点がないと人を感動させることなどできない。

だから社会的弱者、底辺に苦しむ人たちをいたわり、その人たちを勇気づけ夢を与える存在でなくてはならない。それこそはエンタテインメントでなければならないはずだ。障害者をいじめたり虐待するなどもってのほか。そのような行為を自慢するだけでこの人物の人格を疑わざるを得ない。数十年前だから、という免罪符など存在しない。

日本の教育からいじめがなくならない原因は、虐められる側にも問題がある、悪いとの変な考えを持っている人間が、特に教師側に少なくないことである。今回の問題となっている和光学園にも甚だ問題があると言わざるを得ない。少なくとも今回の件は氷山の一角という話もある。この件に関しては声明を発表すべきと考える。

今回小山田が辞任したことで問題が解決した、と考える向きがあるようだが、とんでもない。辞任してもこのような人物を選んだという事実はきえないのである、
菅や与党自民党や公明党が目論む「オリンピックで国民はコロナ を忘れる」は失敗し海外からも非難の嵐だろう。オリンピック開催中に感染爆発が起きずとも(起きる可能性極めて高いが)間違っても東京五輪成功とは言えなくなるだろう。

まさに「恥かき五輪」になる。やはりオリンピック強行は誤り

 

 

7月 19, 2021 経済・政治・国際思索,考察イベント・コンサート17- | | コメント (0)

2021年6月24日 (木)

実験発売ーNFT作品を制作し出品してみる。思った以上に悪銭苦闘(汗)

先々週の当ブログでの記事

■NFTカンファレンスNon Fungible Tokyo(オンライン)に参加ーアーチストにとって素晴らしい革命的といっていいシステム コンテンツ業界を根底から変える新パラダイムの可能性
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/06/post-0dca4f.html

 そこでNFTの可能性を感じましたので、とりあえず論より証拠、実際にNFT作品を作ってみてどんな感じか自分でやってみることにしました。理屈として理解しても実際に自分でやってみないと見えてこないことが多々ありますからね。

ただNFTマーケットをみると音楽関係がほとんどありません。もっといえば我々がいう一曲で「販売されている」ものはほとんどないといっていいです。それはNFTのマーケットプレイスのウエブやサーバーの環境に起因することが多いようです。

実は何社かマーケットプレイスを探しました、アメリカの大手のtreasureislandはなぜか私がインストールした仮想通貨のウオレットと相性が悪く何度やってもエラーが出てしまい(原因がわからず)また日本国内のNFTマーケットのnanakusaは登録アーチストオンリー、 もう1つcryptoはサンプル提出や申請を行いましたがリプライなし、となかなか従来のe-コマースのように気軽にコンテンツをアップロード→販売というわけにはいかないこともわかりました。やはりサブスク等より高い金額になる可能性がある、ということでハードルをそれなりに挙げているのかもしれません。いろいろと試行錯誤しているうちにopensea というマーケットプレイスで出品することができたのでここでもご紹介します。

あくまで実験出品であり実験作品であることをご留意いただきたい。トライ&エラーの一環である。

実はその後気づいたのですが、初めてやる人は イーサリウム のガス代を2回分払わないといけないため最初は出品したつもりでも実はしていなかったことがわかりました。そのため結局仮想通貨のイーサリウムを少額でも買う必要があることがわかったために完全なリスクフリーではないこともわかりました。

そのためいろいろと悪銭苦闘しましたが何とか正式に発売できました。ガス代(システム代ーともいうんでしょうか?)2回分必要ですがガス代が6月に入り暴落して助かりました。

以下今回のNFTの実験作です

 

Mountains of Tsugaike plateau

 

Mountain_sample

Tsugaike plateau

Mountains2

Photo by Kyoji Ohno: Music composed and performed by Kyoji Ohno

もう別のシリーズ

Healing pictures Dusk3

Dusk3

クロードモネの有名な絵に似てますが、例の客船の仕事をしたときに私が撮ったものです

これ以外にこの2つがあります。

Healing pictures Dusk1

Dusk_sample

Healing pictures Dusk2

Dusk2

取りあえず実際に自分でやってみないとどんな感じかわかりませんので、実験的にやってみました。
まあ仮に全然売れなかったらそれはそれ、というノリです。

今回ガス代用のイーサリウムを購入するために6000円くらい負担しました。実際にはこの半分だけで十分だったようです。
いずれにせよどういう結果になるか、ワクワクするようなしないようなww
でも新しいことする、ってこういうワクワク感がありますよね
最近こういうワクワク感が仕事にない
ただサイトはQuickTimeをサポートしていないので不本意な形での出品となりました。音楽は聴けるのですが静止画のみです。

映画関係者は動画をフルに出せるNFTサイトを探す必要がありますね。
もしかしたらまだNFTマーケットのインフラも不十分かもしれません

 

6月 24, 2021 パソコン・インターネット経済・政治・国際 | | コメント (0)

2021年5月29日 (土)

やはり今はエンタテインメントの大変革期ーサブスクだけでなくNFTのエンタテインメントを大きく変える可能性について

このブログをよく読んでいいただいている方がいらっしゃれば私は音楽の方で各サブスクリプションのプラットホームにおけるストリーミングのプロモーションにエネルギーを投入していることはおわかりだと思う。日本国内ではいまだ主流になっているといい難いが(日本ではいまだCDが主流ーおそらく世界で唯一CDにこだわっている国といっていい)全世界的には完全に音楽やエンタテインメントの世界ではパラダイムがシフトしており、サブスクのプロモーションはやはり全精力を投入していこうと考えている。まだ私が考えているレベルには程遠いががんばっていくしかあるまい。

一方では今新たなものが注目を浴びている。そしてそれがエンタテインメントの世界をさらに大きく変えるかもしれないのだ。

今ビットコインの関連で今世界的にNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)が大きな注目をあびている。

Shutterstock_1862020822710x458

コピーが容易なデジタルデータに対し、唯一無二な資産的価値を付与し、新たな売買市場を生み出す技術で、やや乱暴かもしれないがビットコインシステムの中の「オークション」のようなもので、魅力的なコンテンツ、面白いコンテンツであれば高額で売り出すことができるシステムである。

既存のインターネットのコンテンツのプラットホームはサブスクリプションのプラットホームを見ればわかるようにコンテンツの単価を下げる方向にベクトルが動く。そもそもパッケージからダウンロードだけでも1ケタ下がり(1000円単位から150円)そしてサブスクストリーミングにいたっては1回再生で1円にも満たない(多くは0.5円、Spotifyなどは平均0.3円に過ぎない)

しかしNFTはオークションのシステムなので逆に価格が上がる方向にベクトルが動く。 

実際あるグラビアアイドルが自分のグラビア写真をNFTにかけ900万円の価格がついたという例がある。

元セクシー女優・上原亜衣の画像に計900万円。本人が語る「NFT」の実力とは
https://nikkan-spa.jp/1756310/amp

オークションなので有名人やグラビア系、場合によってはAV系といった人たちがNFT用のコンテンツとして有利かもしれないが、勿論人を引き付ける魅力的なコンテンツをクリエイトできるのであれば誰にでもチャンスはある。

NFTについては今までのITプラットホームにはないある種の可能性を感じる。

そのNFTの公式HPオープンにあわせてのイベントが開催されるという。私もまだ完全にNFTを理解したわけではないのだが、参加してみようと思っている。

新しいエンタテインメント産業の在り方の可能性があることは確かなようだ。

Day1:6月10日(木)11時40分~19時30分

Day2:6月11日(金)11時40分~19時30分

 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000053581.html

 尚、NFTが何かわからない方はこちらをご覧ください

https://www.sbbit.jp/article/fj/60992

 

5月 29, 2021 パソコン・インターネット文化・芸術経済・政治・国際 | | コメント (0)

2021年5月11日 (火)

ハリウッドのゴールデングローブ非難と日本のDHC会長ヘイト発言に対する反応の差にみる日本と欧米の人種問題コンプライアンスの意識の差

日本人であまり関心のある人はいないようだが、今映画のアカデミー賞の前哨戦ともいわれオスカーに匹敵するゴールデングローブ賞が今大きく揺れている。本賞はハリウッド外国人映画研究協会(HFPA-Hollywood Foreign Press Association)の会員の投票により選定されるが、HFPAのメンバーは87人いるがその87人の中にアフリカ系(黒人)のジャーナリストが一人もいなかったことをロサンゼルス・タイムズが報じた。

■Who really gives out the Golden Globes? A tiny group full of quirky characters — and no Black members
 https://www.latimes.com/entertainment-arts/business/story/2021-02-21/hfpa-golden-globes-2021-who-are-the-members

この話は伏線があり、以前HFPA会長のフィリップ・バークがアフリカ系のフロイド氏がデレク・ショーヴィン巡査(当時)に惨殺された事件に伴う、ブラック・ライヴズ・マター運動について、その運動を「憎悪団体」と形容した電子メールを転送していたことが判明し辞任に追い込まれた事件もあったため、HFPAに対しては人種偏見の体質があるのではないか、と兼ねてから指摘されていた。

この事実に対するハリウッドや映画業界の反応は早かった。ワーナーメディアやNetflixなどが本賞関連のイベントに参加しないことを表明したほか、本賞の授賞式を放送しているNBCテレビも2022年の中継を行わないことを2021年5月10日に発表した。

■NBC Will Not Air 2022 Golden Globes
https://www.hollywoodreporter.com/tv/tv-news/nbc-will-not-air-2022-golden-globes-1234950687/

また俳優のトムクルーズは今回の事態に対し過去のゴールデングローブのトロフィーを全て返還すると表明した。

■Tom Cruise Returns Golden Globes Statues Amid HFPA Controversy
 https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/tom-cruise-returns-golden-globes-1234950724/

これに対しHFPAは審査員のジャーナリストに一人のアフリカ系もいない事実を認めた上で「黒人会員に加え、他の過小評価されている背景を持つ会員も参加する必要があることは理解しており、これらの目標をできるだけ早く達成するため、直ちに取り組みます」と声明を発表した、 

■HFPA Responds to NBC Dropping 2022 Golden Globes
 https://www.hollywoodreporter.com/tv/tv-news/hfpa-responds-to-nbc-dropping-2022-golden-globes-1234950841/?

日本語の記事の方がよければ、
■【ゴールデングローブ賞2021】3つの問題点が浮上。人種差別と接待疑惑、授賞式はどうなる?
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_603ae691c5b617a7e40e245d

今アメリカでは警官が黒人を見ただけで銃を発射したり、アジア系というだけで身の危険を感じる人が多かったり(知り合いが結構アメリカやカナダに現在も住んでいるので彼らの身の安全をいつも心配している。)深刻な人種問題やレイシズムがトランプ政権をきっかけに盛り上がっている。

エンタテインメント業界はそうした風潮に対し警鐘をならし、アメリカの産業界もこうしたLGBT,ダイバーシテイ―(とりわけ性差別と人種問題)SDGといったものに対する取り組み方のコンプライアンスを重視してきた。

人種問題が多発するアメリカではあるが、いやだからこそ人種差別発言を行う人間に対しては厳しい社会的制裁を科せられるのがアメリカでは普通なのだ。こういう面でのコンプライアンスはアメリカ企業はしっかりしている。一度「レイシスト」のレッテルを貼られるとその人間は社会的に抹殺される。

古い話ではNBAのロサンジェレスクリッパーズのオーナーが人種差別発言をしたとのことでオーナーを追放され、業界を永久追放になっている。

■NBA人種差別発言のオーナーを永久追放!! 当然の処分
https://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/20140430

アメリカ社会全体としてはそうした差別をなくそうと懸命に努力をしてきた。特にここ20年くらいはその姿勢を顕著にしてきた。
それは「公民権運動」のマーチンルーサー.キング牧師の誕生日を国民の祝日にしたことからもわかる。アメリカで個人の誕生日が国民の祝日になったのは他に初代大統領のワシントンと南北戦争で奴隷解放を成し遂げたリンカーンだけだ。

MLBは初のアフリカ系アメリカ人選手のジャッキーロビンソンに敬意を表すため背番号42を全球団が永久欠番とした。さらにロビンソンがメジャーリーグにデビューした日「ジャッキーロビンソンデー」として記念し、全選手がユニホームに背番号42をつける。

しかしトランプ政権に入り、こうしたレイシスト集団、ネオナチ、極右集団等が幅を利かすようになり、先日のデレク・ショーヴィン元警官が一般の黒人を問答無用で射殺する等の事件が後を絶たない(ショーヴィンは有罪で事実上の終身刑となった)だからこそこうした差別を助長する行為に対してアメリカ社会は敏感に反応するのだ。

さて前置きが長くなってしまったが一方日本はどうか?

ご存じの通りDHCの吉田嘉明会長が在日コリアンに対する悪意ある差別発言を行ったことが波紋を呼んでいる

 ■DHC会長が在日コリアンに対しヘイト発言か 公式サイトの文章がSNSで炎上
https://www.tokyo-np.co.jp/article/74705

波紋? 日本社会はそんな甘っちょろい反応しかないのか? というのが私の率直な意見だ。

問題の吉田会長はこのコメントに対する釈明も勿論謝罪も一切していない。そして一応不買運動らしき動きもあるようだが...

■DHCに抗議と不買運動 「差別する企業の商品は買わない」
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2021/02/18/antena-901/

これがアメリカならこの発言で取引のあった会社は全て取引停止、この会長も辞任を余儀なくされ、業界から永久追放だろう。
欧米社会なら間違いなくそうなる、

だが日本では全くそうなっていない。DHCの主な販売ルートのコンビニチェーンでDHCに対する取引停止を検討している、などという話は聞いたことがない。わずかに高知県南国市がDHC公式サイトの差別発言を「不適切」と判断しDHCと結んでいた包括連携協定を解消する方針を明らかにしたくらい。あとの自治体も企業体の反応は実に鈍いものだ。

日本企業は「コンプライアンス」などと一見うるさいようにみえるが、こういう人道的、他人に対する差別発言にたいしては呆れるほど寛容だ。日本企業の「コンプライアンス」とは単なる「カタチ」のみを重用視するもので、モラルや人道的なコンプライアンスに対しては全く無関心、無反応ということなのだろう、つまり日本企業の「コンプライアンス」というものは極めて偽善的で虚飾に満ちたものといわざるを得ない。

これも差別問題に対する無関心、差別自体を容認する今の日本社会の実態だろう。

ここ10年の間に世界はダイバーシテイー(性や人種等の多様性)LGBT(性志向性の多様化容認)SDG(持続可能な開発目標)等従来の価値観と大きく変わる社会に変貌した。また「カタチ」とか「ルール」にこだわる日本と違い「徹底したデータ」に基づく対応(そのためには「カタチ」や「マニュアル」など否定する)といった姿勢に大きく変貌している。(「グローバル」「ボーダーレス」社会は云うに及ばず)

こうした世界の変化に対して日本人の大多数はいまだ無関心であり、対応もしようとしていない。

まさに日本が後進国に堕ちた理由はそこにある

日本と欧米の人種問題とコンプライアンスの意識の差を埋めるのは容易なことではない。

 

 

 

5月 11, 2021 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2020年8月29日 (土)

安倍政権7年8ケ月が芸術文化に与えた影響ー広がった表現そのものと表現の多様性に対する無理解

昨日安倍晋三総理大臣が辞任を発表した。

安倍辞任に関する情報の総括は私の「音楽ではない」ブログの方に書いているので興味ある方は参照されたい。

■日本をメチャクチャにした安倍首相辞任ー7年8か月の在任期間に日本が失ったもの
https://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2020/08/28/235157

こちらのブログは確かに音楽や芸術関係に関してのブログだが、安倍政権の7年8ケ月は芸術、文化に対してさまざまな悪影響を及ぼした。正直どこから話を始めたらいいのかわからないくらい深刻な状況をもたらした。
まずは安倍晋三とその支持者が芸術文化に対していかに酷い態度を取った象徴的なできごとだ。星野源が新曲#うちで踊ろう で「コラボしよう」と呼びかけたTwitterのアカウントに安倍晋三、当時の首相がやらなくてもいいことをしたのである。

7

これのどこが問題なのかはこちらの記事をよんでいただきたいが、
■安倍総理が星野源のネットジャムセッションを台無しにした件ー日本人の音楽文化の無理解と軽視、文化に対する民度の低さ
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2020/04/post-87f0e4.html

つまり

1.星野源の提供したネットのジャムセッションを台無しにしたこと

2.世の中のミュージシャンのための自らのコンテンツの提供をした星野源の善意を踏みにじったこと

3.星野源の人気を利用しながら、引用しながら最低限のネットエチケットも守らず明らかに音楽文化を軽視するような行動を日本政府の代表が行っていること

そしてこれが安倍政権と安倍シンパの文化全般に対するリスペクトの欠片もない姿勢、人格の軽視ぶりを象徴するできごとである。

どうも安倍シンパーネトウヨや「ネットのヒマ人」が主なんだろうが、芸術家やアーチストを人間だとは思っていないのではないかと思う節がある。いい例がアーチスト、ミュージシャンが政治に関する発言を行うたびに激しいバッシングが起きていた、そして今も起きている、という点だ。

奴らの言い分は以下の一言に集約される

・芸能人は政治にはシロウトだから政治的発言はするな! 黙ってろ!!

以前も書いたが、この発言には

(1) 自分の意見と違うものであっても発言することを否定するのはそのタレントの人格否定そのものである

(2) どんな職業であろうが日本国民であれば自国の政治に物申す権利はある。それが自由と民主主義の国の常識であり、人が発信する自由を脅かす行為は発信しようとする人間の人権侵害に当たる。また芸能人だから政治発言はするな、と圧力をかけるのは職業差別にもあたる

ネトウヨや「ネットの暇人」にはそれを理解する頭などないかもしれんが、安倍政権に入ってこういう人間のいうことの方があたかも正論であるかのように広まっていたというのは問題である。

参考記事

■「芸能人は政治発言するな!」は民主主義を理解しないアホの発言!それがあたかも正論のように広まる日本社会の深刻度と民度の低さ https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2020/05/post-b7465b.html<

そして安倍政権も入ってアーチストの表現に対しても政治や一般の人間が介入することが起きた。

記憶に新しい、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」の中止騒動である。
問題の慰安婦像だが、

8

これで甘受できないのは表現の自由というものを理解していない政治家が政治介入を行って、図らずも「表現の不自由展」のパフォーマンスを地元の河村名古屋市長が行動したという点である。しかも安倍シンパがこれを支持し、先日あろうことか、正当な行動をした大村知事をリコール運動が起きたのは記憶に新しい、このバカバカしいリコール請願は当然のことながら愛知県議会で否決された

■大村知事の不信任決議案は採択せず 高須院長が請願 愛知県議会
https://www.ctv.co.jp/news/articles/bh2z64nmzwp14p16.html

河村名古屋市長は飽きもせず、またリコール運動をしようとしているらしいが、今コロナが大変な時期にそんなことをしている場合かと思う。こんな行動をする市長になぜリコール運動が起きないのが逆に不思議である。

要はここで問題なのは表現というものの本質ー表現には不快な表現も時には含まれる。ということを理解できない人間も多かったという点である。そういう風潮が強くなってきたためか、企業や行政を含めてクレーム(殆どはナンセンスクレームだが)を極端なほど恐れるようになり、「差し障りのない=面白くもおかしくもない」表現が氾濫することになる。

日本社会ではこういう「周囲の眼」という独裁者、周囲を気にすることにより、実質的な表現の自由が損なわれていた。それが安倍政権になってさらに著しくなってきたような気がする。

しかし安倍政権が終わりに近いことを察したのか、わからないが少し違う流れが大阪の万博のロゴをみて少し起き始めてきている。

■誰からも文句のこない表現なんて
https://note.com/t_shacho/n/n1c69963c2c22?

25logo

正直いうと私はこのデザインは好きではない。だがこれは「あり」だと思う。いかにも「大阪らしい」ダサさがわかる表現のロゴだ.だがそれはそれで個性がある。

それでいいのだ。

表現物に正解なんてない、と思っている。言ってみればどれも正解だしどれも不正解。表現物がある人にとっては心地よいものだしある人にとっては気持ちの悪いものであることは当たり前。仕方ないのでそれを多数決で決めましょう!なんて本当にナンセンス。それも一般人の投票でなんて。その表現が何年も何人もの人の感性に届くのか?の判断はやはりその道のプロに任せるべきです。

《中略》

もう一つこの表現物を選ぶ時に大切なのは、その向こうにある”技術”です。
テレビ番組が久々に話題になって賛否両論を巻き起こしているのが「半沢直樹」です。地上波テレビのほとんどの番組が10%前後となっている中、毎週20%超えをしています。視聴率という人気投票が高いので否定の意見があまり表に出てきませんが「あんな歌舞伎役者の顔芸みたいなドラマあり得ない」と否定したい人はたくさんいるはずです。あり得ないかもしれないけど「面白い」からたくさんの人は見ているのでしょう。僕も日曜日の夜にリアルタイムで毎週見ています。見たとしてもほとんど録画で見るテレビを「半沢直樹」だけはリアルタイムで見ています。何故ならそれが一番早く見ることができるから。とっても好きな人がいる代わりにとっても嫌いな人がいる。そんな表現物がたくさんあるプラットフォームが”豊か”なプラットフォームだと思っています。「半沢直樹」の今の高視聴率はそのことを示していると思います。みんなに好まれる。みんなに嫌がられない。このことをいつの間にか目指してしまっているプラットフォームは考え違いを修正した方がいいのです。

もう1ついうとこの文章のタイトル 

「みんなに好かれる表現なんて「つまらない!」と同義だと思って良い」

というのはちがう 

「みんなに好かれる表現」なんてそもそも存在しない

のだ。
また仮にそんなものがあったとしたら気持ち悪い

今の日本人、とりわけコンテンツプロデユーサーが忘れていること。「事なかれ主義」「クレームや炎上を極端に恐れる」それが映像でも音楽でも日本のコンテンツを恐ろしくつまらないものにした。いい加減そのことに気づけよ、といいたい

とにかく安倍の後釜は誰かわからないが、7年8ケ月の文化の暗黒時代からの脱却の方向に行って欲しいものである。

 

 

 

8月 29, 2020 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2020年8月23日 (日)

2年以内に「ポストコロナ」時代というがコロナ収束しても「コロナ以前」のあの時代はもう戻ってこない(音楽編)

ニュースにも取り上げられているが、世界中でコロナ感染拡大が止まらない中、コロナウイルスのワクチンの開発が急ピッチで進行しており、WHOのご存じテドロス事務局長は2年未満でコロナは収束するという期待を表明した。

■コロナ終息は「2年未満で」 WHOテドロス氏が言及
https://www.asahi.com/articles/ASN8Q3FLDN8QUHBI00N.html

さて、仮に今から2年以内に収束したと仮定して、音楽、映画、演劇いずれも「コロナ以前」に果たしてもどるだろうか?

劇場、コンサートホール、イベントホールは最初は慎重にソーシャルデイスタンスを取りつつも次第に「コロナ以前」に戻るかもしれない。(時間はかかると思うが..)

だが今回のコロナ収束後に全てが本当に何もかもが「コロナ以前に戻る」だろうか?どうも日本人の中でそう考えている人が多いように思う。その人たちの失望させるのは申し訳ないが、おそらくそうはならないだろう。残念ながら

詳しくは私のもう1つのブログにも書いてあるが

■仮にワクチンが無事普及しポストコロナ時代になっても「コロナ以前」には決して戻らない理由
https://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2020/08/22/225316

具体的には1)リモートの推進2)配信事業の発展が社会にもはや後戻りできないほどの大きな変化をもたらすことになる。

リモートの推進は都市の空洞化につながる。既にニューヨークやLAでそれが起き始めていて「家賃が高すぎる」都市からみんな脱出して家賃の安い田舎に移動してテレワークしている。これがアメリカでは既に当たり前になりつつある。(不動産業は壊滅的な打撃を受けるだろう)]

英語だが今ニューヨークで何が起きているかを如実に説明している記事がある

Shutterstock_16882391111024x683

「NYは今度こそ永遠に死んだーコロナで元にももどらない」
https://jamesaltucher.com/blog/nyc-is-dead-forever-heres-why/

その都市の空洞化で世界の都市でおきていること、これは東京も例外ではない。確実に同じことがおきる。

そして音楽や映画といったコンテンツで最も如実な変化が起きるのは「配信事業の発展」である。

コロナの感染拡大、パンデミックが日本でも起き始めた3月頃から既にサブスクリリースしていた作品のテコ入れを始め再生回数を増強するために様々なことを行ってきた。このコロナというものの性格上これがCDの時代の事実上の終焉をもたらすことは明らかだったからである。

それから5か月あまり、まだ最終的な目的(Editorialー公式プレイリストに入る)という目的は達成していないが日常の再生回数を含めSpotifyのアルゴリズムも一定限度刺激し、大幅な改善をみることができた。しかしSpotifyはまずまずの成果を収めつつあったが、Appleの方が低調だったので、新プレイリストに参加することにした。

2020082301

Playlistに参加し続けるためには「ストリーミングしてるよ」ということを証明するスクリーンショットをメッセンジャーグループに投稿する必要がある。一方で参加しているPlaylistがあまり再生回数を稼げない場合は、メンバーもどんどん脱退する。海外のインデイースミュージシャンはみんな必死だ。再生回数がそのまま自分の収入に反映するためで、そのためにみんな目の色を変えて再生回数を稼げるPlaylistに参加しようとする。例えば一月に4K(4000回)再生するプレイリストに3つ参加すれば毎月1万2千の再生回数を稼げる。Appleだと1回の再生1円だから12000円になる。さらにそれだけの再生回数を得るとプラットホームのアルゴリズムに引っかかりうまくすれば公式プレイリスト(Editorial)に入ることすらできる。今私もそれに向けて格闘中である。

しかし今でもそうだがこの話を日本のミュージシャン、音楽事務所関係者に話しても私が何の話をしているのか皆目理解していない人が殆どだ。実際FacebookでのSpotify ストリーミングのグループコミュニテイを見ても実は私以外の日本人で発言するのを見たことがない。いるのかもしれないがとにかく日本人を見ない。果たして本当に参加している人がいるのか疑問である。

https://www.facebook.com/groups/1915698135357712/

とにかくサブスク関係の作業をしているうちに世界中の人と話をする。(私の場合ードイツ、スウエーデン、インド、アフリカ、シンガポール、インドネシア、そして勿論アメリカやイギリスの人達) その人たちと話をすると日本という国がいかに世界から置いて行かれているかを実感する。残念ながらもはやこの分野では日本は世界でも最も遅れている国といっていい。

おそらく1-2年後にコロナが収束したらまた「コロナ以前に戻る」と考えている人間が大多数なためかもしれない。だが残念ながらコロナが終わっても「コロナ以前」には決して戻らない。コロナ時代にリモート(テレワーク)と配信の社会に対する比重が大きくなりすぎてもはや元にもどらないのだ。実際に起きるのは大都市の空洞化ーそして仕事も授業も殆ど家で行うのが当たり前の時代に移っていく(たぶん恒久化する) 

だからコロナ収束がいつになるかしらないけど、コロナ収束すれば「コロナ以前に戻る」などという淡い期待はしない方がいい。たぶんもうもとには戻らないから

CDというパッケージにこだわりたい気持ちはわからなくないけどそれを期待せず、海外の人に負けないようなサブスクのノウハウを頑張って獲得しましょう。英語が苦手?ブロークンでもいいからコミュニケーションとる努力をすれば何とかなる

好むと好まざるにかかわらず、コロナは社会に劇的な変化をもたらすことになる。確実に新しい時代が来る。音楽関係者はもし生き残るつもりがあるのならば、その新しい時代に向けた準備を行うべきだろう。もう既に新しい時代、パラダイムシフトが起きた時代に入っているのだから

 

 

 

8月 23, 2020 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2020年4月14日 (火)

安倍総理が星野源のネットジャムセッションを台無しにした件ー日本人の音楽文化の無理解と軽視、文化に対する民度の低さ

コロナウイルスの蔓延に伴う緊急事態宣言の下、ライブやイベントの機会を奪われたミュージシャンに対し星野源が新曲#うちで踊ろう で「コラボしよう」ということでさまざまなミュージシャンに呼びかけ、多くのミュージシャンが楽しいコラボレーションを行った。最初はInstagramでアップしたようだが、爆発的に広まったのはtwitterである。

Screenshot_20200414-gen-hoshinotwitter-i

https://twitter.com/gen_senden/status/1246047171134107648

ちなみにこの#うちで踊ろう がJASRACに現在信託しているかはわからないが(していなくても時間の問題で行うと思うが)twitterは私が知る範囲ではFacebookやInstagramのようにJASRACと包括契約を締結はしていないと思うので、ここで星野源ができあがったばかりの曲をシェアしてくれたのはコンテンツホルダーとして「他のミュージシャンとのコラボ」のために善意で公開、シェアしてくれている、という点を押さえて置かねばならない。

つまりセッションやコラボレーションなどを通して、それぞれの方が創造性を発揮して動画を作り上げることを想定されていたもので、それ以外の用途は「本来の意図から外れる」ものなのである。このような形で公開、シェアさせてくれるのは星野源が純然たるミュージシャンのセッション、コラボレーションというクリエイテイブな姿勢から生まれたもので、その行為自体大いにリスペクトされて然るべきである。

そこで問題のこの写真だ、ネットでも大炎上した問題のこれ

7

この安倍首相のこの行為に対して安倍を擁護している人も結構いたが、多くは何が問題なのか全く理解していない。「コロナウイルスの自粛に関する正しいメッセージを星野源をコラボ映像といっしょに使って何が悪い」というのが安倍擁護する人のだいたいの主張だ。

だがそうじゃないのだ。安倍首相の行為は

1.星野源の提供したネットのジャムセッションを台無しにしたこと

2.世の中のミュージシャンのための自らのコンテンツの提供をした星野源の善意を踏みにじったこと

3.星野源の人気を利用しながら、引用しながら最低限のネットエチケットも守らず明らかに音楽文化を軽視するような行動を日本政府の代表が行っていること

つまりここには音楽文化をただの道具としか扱っておらず、利用するだけ利用しながら音楽文化自体を重用する姿勢が微塵も見られなかった。そしてそのような行為を日本国の政府の最高権力者が行っていることが最大の問題なのだ。これらは云ってみれば美しい音楽のコンサートの演奏中に無関係のものが土足で演奏ステージに上がり込む、あるいは人気の演劇舞台に無関係のヤクザのボスがステージに上がり込む、といった無神経極まりない行為を行ったのと同じなのだ。

こういう文化を大切にしない風潮は残念ながら日本全体に浸透している。総理大臣がそもそもそうなのだからそれが日本社会全般に浸透してしまうのだろう。特に安倍首相のこのセッションを台無しにして踏みにじる行為は、日本政府がコロナウイルス蔓延に伴う自粛でミュージシャンが協力しているにも関わらず、音楽家や箱(イベント会場)を見捨てる判断を国がしたという背景もミュージシャンたちの怒りを増幅させた。

せっかく星野源がライブの機会を失ったミュージシャンに寄り添う形で、ネットのセッションを提供したのに、政策の上でもミュージシャンを見捨てる行為をした人間がそのジャムセッションの機会を完全にぶちこわしたのである。それも星野源のネームバリューだけ利用して、コンテンツの「本来の意図」に対する敬意の欠片も見せない行為を行った。だからみんな腸が煮えくり返るほどに怒っているのである。

つまり どこまで音楽家をコケにするつもりだ?  と怒っているのである

もっとも音楽文化や芸術に対する敬意など微塵も持っていない人間が少なくない日本である。「芸術などに税金を使わないでほしい」という言葉があたかも正論であるかのように大手を振って罷り通っているのが日本という国だ。

前の記事にも書いたがドイツとはえらい違いである。ヨーロッパは芸術文化は「国家のアイデンテイテイ」そのものであることを理解している国。一方芸術文化を「余計なもの」「役に立たないもの」と決めつける日本。そして日本のトップアーチストのコンテンツに敬意の欠片も示さない総理大臣

今回のコロナウイルスの対応もドイツは非常に高く評価されているが、今の日本とあまりの違いに情けない思いしかしない。

■アーチストや文化関係者をコロナウイルスの自粛に伴い厚く保護するドイツやヨーロッパ諸国と「芸術や文化に税金を使うな」という見解が社会の多数派になっている文化民度の情けない程低い日本

https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2020/03/post-279660.html

多くのハリウッド映画の原作者となったステイーブンキングが今回のコロナウイルスのロックアウト時に次のような発言をしている。

91687999_2871638792883219_54014772207975

「もしあなたがアーティストは役立たずと思うのであれば、自主隔離の時間を音楽、本、詩、映画、絵画なしで過ごしてみてください」
スティーブン・キング

もしこの記事を読んでいる人が「芸術などに税金を使うな」とか芸術文化を「余計なもの」「役に立たないもの」と思っている人であれば,また
ライブハウスの感染拡大の件からミュージシャンというだけて誹謗中傷する行為が正しいと思ってる人であれば、そんなあなたに私はいいたい

これから緊急事態宣言が解除されるまでの数週間 本も映画も音楽も絵も勿論ゲームも一切鑑賞しないでもらいたい。

また鑑賞する資格はあなたらには無い

 

 

 

4月 14, 2020 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2020年2月28日 (金)

音楽教室vs JASRAC ー音楽教室での演奏にも「著作権料の徴収権」認める 不当判決

当ブログをご覧になっている方ならご存じだろうが、私はJASRACが「演奏権」を根拠にヤマハ音楽振興会や河合楽器製作所の音楽教室から著作権演奏権を徴収すると発表して以来、それに反対してきた。

署名活動も率先して行っている

■音楽教室から著作権料を取らないで!! 日本の音楽教育存続のために  (署名終了)

これは単に私が仕事上の関係でカワイ音楽教室の教材の音源制作に関わっているからではない。そんなケチなことから本案件には反対しない。そうではなく街の個人のピアノ教師{今回は仮にこのまま判決が決定しても当面この人たちは対象からはずれる、但しあくまで「当面」である)から大手が運営する音楽教室にいたるまで、JASRACの包括契約に基づいて規模に応じて著作権料を徴収するというのは、既に楽譜、教材等で正当な著作権料が支払われているにも関わらず、教室の練習にJASRACの「演奏権」を適用する、ということがどう考えてもおかしいと感じたからである。

果たして本日の判決の内容はまるでJASRACの主張を100%同調するという酷い内容のものだった

■JASRAC勝訴、音楽教室での演奏にも「著作権料の徴収権」認める 東京地裁
https://www.bengo4.com/c_18/n_10855/

 この内容ははっきりいって不当判決といわざるを得ない

ではどこが酷いのか。基本的には全部だが特に争点となった次の2点について指摘したい

(1) 「演奏権」(著作権法22条)音楽教室での演奏は「公衆」に対する「公の演奏」にもあたるのか

本日の裁判では

音楽の利用主体は、「教師や生徒ではなく、音楽教室事業者であると認めるのが相当」としたうえで、生徒の入れ替わりなどがある実態を踏まえて、「音楽教室の生徒は、不特定または多数にあたるから『公衆』に該当する」

この判例を聞いて耳を疑うのはそもそも裁判官は音楽教室というところは何をするところなのか理解しているのか?という点。音楽教室を「音楽鑑賞」を練習する場所と勘違いしていないか、という点。音楽演奏の技術を練習し、学ぶ場所である。つまり基本的な作業は演奏技術の会得のための反復であり主目的はあくまで音楽を聴くのではなく演奏技術の会得を目的としている。

その演奏技術を学ぶための生徒が入れ替わりがあろうが、「不特定多数の生徒」は演奏技術の会得を目的としている人たちで「音楽を聴く」ことを目的としているのではない、その人たちを「公衆」と認定するのはあまりに論理に飛躍が過ぎる

(2)  「音楽教室のレッスンは、教師が演奏をおこなって生徒に聞かせることと、生徒が演奏をおこなって教師に聞いてもらうことを繰り返す中で、演奏技術の教授がおこなわれる」という実態などから「聞かせることを目的」として演奏している

当たり前かもしれないが、今回の裁判関係者で音楽教室側の人はともかくそれ以外の人達で音楽教室で演奏技術を学びにいった人たちがいるとは思えない。つまり音楽レッスンのプロセスをきちんと理解しないで、文言だけで考えるとこういう表面的な理解になってしまう。

確かに先生が「お手本」として演奏することはある。しかし多くの場合は次の場合に限られる

(i)  生徒の次の課題新曲を示すためにまず演奏の模範例を示す(生徒が教室で新曲を練習する前の段階)

(ii) 生徒が課題曲で演奏がうまくいかない、うまく演奏できない場合のお手本を示す

ちなみに先生が「全曲を弾く」場合は上記の(i) の場合に限られる。それ以外全曲を弾くことは極めて稀である点は付記しておく

さて、次は生徒が弾く場合である。私が音楽教室で演奏技術を学びにいった人たちがJASRAC側や裁判官側にいない、という断定するのは生徒の演奏技術の会得のプロセスについて論じている形跡が見られないためである。私がこの生徒のレッスンの過程を「聴くことが目的」と解釈するのが表面的だというのは、レッスンというのは「音楽を鑑賞」するのではなく、あくまでピアノであれば「よい弾き方」で演奏されているか、「人に聴かせるに耐える演奏レベルになっているか」ということを「チェックする」ためのものである。

ピアノ演奏を例にとれば一般に教師は生徒の演奏の中で 

(a) 指使いに無理がないか

(b)演奏の手の形に無理がないか(指が寝ておらず立てているか等)

(c) 演奏のメロデイ、その他が「正しく」演奏されているかー 間違って弾いてないか、違う音を弾いてないか

等をチェックするのが目的である。

表面的に「聴いている」ように見えるかもしれないが、実は生徒の技術向上のためにあらゆる面からその演奏を見ている。

今回の判例で決定的なところが見逃されているのは「生徒の演奏」は「公衆に聴かせる=いわば商品レベルになる」レベルの演奏ではないという点だ。

生徒の演奏を見ることを「聴いている」と主張するなら、例えば料理人が新しい料理を作るための試作品のレシピを研究してその過程で味見をするーその料理人の「試作品料理の試食」行為を「食事する=お客様に出すレベルの料理」といっているのに等しい

つまりシェフの料理の試作品=商品化した料理、といっているのに等しいのである。だから生徒の演奏を「公衆向け」の「演奏」と規定するのは無理があるのだ。

それゆえ、今回の判決は到底承服できる内容ではない

尚、一応先程YAMAHAさん、カワイさんを中心とする 音楽教育を守る会の齋藤事務局長からご連絡をいただいて控訴する方向で検討しているとのご連絡をいただいた。

闘いはまだ続き次回は東京高裁が戦場となる。

 

2月 28, 2020 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (1)

2019年7月 7日 (日)

「思考停止」「無関心」が多い日本はコンテンツ制作だけでなくすべてにおいて後進国に転落。原因は「一億総サラリーマン化」

このブログを読んでいる人の大多数はおそらく日本はG20にも参加しているし「先進国」だとまだ思っている人が多いだろうと思う。勿論衛生状態が極端に悪いとか未開の土地やインフラが全く整備されていない、とかそういうことではない。日本人はそういうところしか見ない人が多い。

だが国際ビジネスの環境からして既に日本という国は他の国から大きく後れをとっているのだ。インフラやハードウエアの問題ではない。日本人の中にある意識に起因するものだけに事態は余計に深刻なのだ

詳しくは以下の拙ブログ記事を参照されたい

■認めたくない人もいるだろうが残念ながら日本は既に後進国となっているーその原因と背景を考察
http://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2018/10/07/162648

■グラミー2019年で日本がいかに「音楽後進国」であるかを改めて実感:
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2019/02/2019-7ecb.html

日本が後進国に落ちた理由はいろいろあるが、主なものは次が原因ではあるまいか

(1)ビジネス現場でのIT化の遅れ

海外ではインボイス(請求書)をPdfでメールで送るというのは既に当たり前になっている。ところが日本では「pdfではなく正式な用紙で提出するように」といわれることがよくある。面白いことに大企業ほどこの傾向が強い。会社によっては先方の指定された用紙に記入して郵送するように要求されることがある。「うちの会社はずーっとこのやりかたをしてきましたから」「わが社の慣習だから」 などとその会社のお局さんのような人が自慢気に語っていたことがあった。慣習やしきたりというものが日本企業にとってビジネスのイノベーションより大事、ということらしい。

「メールだとわかり辛い(????)からFaxで送ってくれ」などといわれることも少なくない。私の知る限りいわゆる先進諸国でいまだにFAXを使っているのは日本くらいだと思う。政府はペーパーレス、キャッシュレスを推進しようとしているようだが、肝心の会社関係でなかなか進まない原因がここにある。

キャッシュレスも昨今7payが大きな社会問題になったように、社会的信用性を大きく損ねる事態が起きている。これは要するに「コストダウン」の観点から各電子決済会社がセキュリテイにお金をかけることを躊躇するケースがあるし、何よりも「便利さ」と「セキュリテイ」は反比例する、ということを理解していない日本人が多いためである。「セキュリテイ」をきちんとするためには「便利さ」をある程度犠牲にしなければならない。

要するにハードウエアの問題ではなくITのツールを使うマインドがまだ日本人は社会について行っていないのである。

(2)グローバル化が進まない日本

日本人は島国の人間なので、日常的に自分の周囲のみの人達との関係、もしくは「日本国内だけ」を見て行動する人たちが圧倒的に多い。 

そもそも日本人の間にグローバル化について誤解している人が多い。日本人は某竹中のようにグローバル化=新自由主義と同義語に考えている人が少なくないがそれは全く間違った認識である。実際は「機会が均等な条件で公平な競争をする」という意味で弱肉強食で失敗者を「自己責任の論理」で黙らせてしまう新自由主義とは違う

映画、音楽の分野でのグローバリズムについて
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/04/post-589d.html

これは音楽、映像だけでなく今の日本のビジネス全般についていえることである。今営業の仕方、プロモーションの仕方、そしてコンテンツのありかたには「グローバルスタンダート」「グローバルなプラットホーム」というのが存在するのだが大多数の日本人はいまだにそのことを知らない。この点が日本が後進国におちてしまった大きな原因の一つである

だがこの点はなかなか変わらないだろう。海外生活の友人と話をしても日本人に啓蒙活動をしても無駄だという話になった。

理由は大半の人が思考を停止しているからだ。そのためロジックー理屈でいくら話をしても無駄でやはり具体的な形を示さないとダメだ、という結論になっている。今考えているのはそうしたグローバルスタンダードに基づいたコンテンツの制作例を1つ作り上げることだ。具体的な形を示さないと日本人はとうてい理解してもらえないだろう。

(3)一億総サラリーマン化

先程「思考停止」の点を言及したが日本人のこの傾向は年々強くなっていると思う。

「思考停止」については日本の教育にも大きな原因があるといわれるが

■学校のファシズムが、国に都合のいい子をつくる
https://hbol.jp/194717

■「ルールが絶対」という「正義の暴走」-日本のあらゆる病巣、諸悪の根源がここに凝縮
http://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2019/06/16/143250

そのもう1つの背景として日本人が最近陥っている「一億総サラリーマン」がもたらす「思考停止」も大きい。これはいわゆる「普通の会社」だけでなくレコード会社、映画会社、テレビ局、新聞社、出版社にいたるまで本来は「サラリーマン的価値観」で仕事してはならない会社にまで及んでいる。

そこにある大きなものは会社の中での自らの立場の「保身」である

だからこういうことが起きる

■ピエール瀧の逮捕による映画公開やドラマ放送や配信中止の風潮に異を唱える:
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2019/03/post-f67b.html

一方で二社断ったもののこういうことも起きている

 ■政権批判「干される」 2社参加断った映画「新聞記者」
https://www.asahi.com/articles/ASM725JF0M72ULZU00L.html

東京新聞の望月記者をモデルにしたと思われる映画「新聞記者」 この映画の公開を実現したスタッフに敬意を表する。 政権批判「干される」などといって断った会社が2社あったことからもいかに日本の映画会社が「サラリーマン化」して自らの保身しか考えていない人間が多いかわかる。今映画館がいっぱいなためになかなか見に行けないが「みんなが見たい」と思っている映画であったことは間違いない。

現代日本の病巣といっていい

要するに昨今のマスコミがなぜいとも簡単に政府の圧力に屈するのか、今の日本のメデイア関係者の体たらくが描かれている映画だ。望月記者のような気骨ある記者が一人でもいることが救いかもしれない。
今のマスコミ関係者は表現、言論の自由よりも自らの保身の方が重要のようである。これがマスコミ関係者の「サラリーマン化」の弊害である

今主演の松坂桃李が「政治色」の強い映画で干されてしまうのではないかという懸念が出ているが、そういう心配の声が起きるほど日本の俳優タレントが政治色に強いドラマや政治色の強い発言をするとネガテイブな反応が沸き起こる。

アメリカでは全く逆である。テイラースイフトがトランプ批判をすると喝采が起きるし、寧ろ俳優もアーチストも積極的に政治批判を行う

■ 歌手でも俳優でも権力者に堂々と批判の声上げる欧米──芸能人や著名人が政治についてモノを言うのは「特異」なこととされ、権力者に対する風刺でもパッシングの嵐に晒される日本
https://blogs.yahoo.co.jp/moritakeue/14981110.html

ひとことでいえば民度の差である。日本ははっきりいって世界で最低レベルの政治民度の国民である、お隣の台湾や香港とくらべると情けない程低い

これというのも「思考停止」「無関心」が習慣化した日本人が問題である。今の日本人はとてもじゃないが先進国といえる民度ではない。

日本が後進国から転落したのはハードウエアとかシステムとかが原因ではない。日本人の意識の問題である。つまり後進国から先進国に復帰するには日本人の意識改革が必要である。

これは「思考停止」「無関心」が習慣化した日本人にとって至難の業であることはいうまでもない。私も明るいことを書きたいのだが残念ながら見通しは暗い

 

 

7月 7, 2019 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2018年7月15日 (日)

残念ながらCDはなくなる運命にある しかしパッケージが完全になくなるわけではない

日本の音楽市場が「ガラパゴス」であり続けていることは何度も書いた。

その関係でおそらく日本の音楽関係者はおそらく認めたくないだろうが、アメリカの状況を見ると残念ながらCDはなくなる運命にある、と考えざるを得ない

■CD時代の終焉〜米大手家電量販店がCD販売を終了
https://iphone-mania.jp/news-202166/

同じ内容の記事だが

■アメリカで最もCDを販売していたチェーン店『Best Buy』がCD販売を終了
http://fnmnl.tv/2018/02/05/46842

そもそもCDの容量である750MB  その盤より遙かに小さいフラッシュメモリーですら5Gが当たり前、それだけみてもCDというメデイアがもはや旧態依然としたものであることが明らかなのだが、いよいよ来るべき時代が来たということかもしれない

しかし日本以外の国の音楽業界はいずれもV字回復して、日本の音楽関係者には信じられないかもしれないが、「音楽不況」はもはや海外では過去の話しとなっている。

そのV字回復の立役者がApple MusicSpotifyを始めとするストリーミングサービスである

もはや古いデータになりつつあるが..

Riaa_01

Riaa_02

そして私にはいまだに日本の音楽関係者のこの反応の方が信じられないが、音楽業界筋の専らの反応はいまだにこうだ  

信じられない 嘘だ  ありえない

残念ながら日本はもはや音楽に関しては完全な後進国となりはてている、これはもはや否定しようもない事実だ

ストリーミングの一回の再生回数に対するロイヤルテイは一回0.5円に過ぎない。しかしそれでも再生回数が億単位となれば話は別である

2017年にアメリカで最もストリーミング回数が多かった楽曲のトップ10は以下の通り。

1. ルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキー「デスパシート feat. ジャスティン・ビーバー」:13億2279万9000回
2. エド・シーラン「シェイプ・オブ・ユー」9億9969万4000回
3. リル・ウージー・ヴァート「XOツアー・ライフ」9億3282万回
4. ポスト・マローン「Congratulations (ft. Quavo)」9億1066万7000回
5. ケンドリック・ラマー「ハンブル」8億8558万8000回
6. ミーゴス「バッド・アンド・ブージー」8億5812万3000回
7. ブルーノ・マーズ「ザッツ・ホワット・アイ・ライク」8億3585万6000回
8. フューチャー「Mask Off」7億7857万1000回
9. カーディ・B「ボーダック・イエロー」7億2411万8000回
10. カイル「アイ・スパイ」6億9356万4000回

残念ながら上記のように億単位の再生回数を得るためには、日本国内の市場だけを念頭にストリーミングしたところでそれだけの再生回数を得ることはほぼ不可能だ。

つまりこれには全世界でストリーミング、再生をしてもらう。というのが大前提となる。つまり日本の音楽市場のグローバル化だ。

正直映画以上にこれを急がないとダメな状況になりつつある、

日本の市場だけを見てストリーミングをしても億単位の再生回数を得ることはまず不可能といっていい。となると日本の音楽産業が復活するには音楽コンテンツを最初から全世界に向けて発信するという前提で作らなければならない

全世界に向けて音楽を発信するという前提でない限り日本の音楽産業が復活する可能性はもはやない。

しかし日本の音楽産業は今まで日本国内向けー内向きのみの制作だけに専念してきた。あまりに長い間それを続けていたためにそれ以外の発想になかなか移りにくい。特に日本の音楽産業の思考の硬直化は深刻で以前と少しでも違うことをするというだけで拒絶反応が返ってくる。

映画にしても音楽にしても日本のコンテンツ制作はグローバル化する以外に生き残る道はない。そもそも少しニュースをみている人間なら日本の人口の減少が起きる事くらいはご存じであろう

当たり前だが日本の人口の減少=日本の国内市場の減少である。普通の知的水準を持った人間ならわかるであろう

Z1_1_03

もう既に一部の若いミュージシャンなどはもはや後進国に成り下がった日本のメジャーなど無視して最初からグローバルな音楽制作を始めている人たちも少なくない

http://darahabeats.com/?pid=130875561

ではCDがなくなることでパッケージはもはやなくなるのか?

と思う人もいるだろうが、ご心配なく、音楽のパッケージ化が完全になくなるわけではない

そのパッケージ化はアナログレコードである

欧米のアーチストはもはや一般向けにはストリーミングで音楽を流し、コアなファンにはアナログレコード、Tシャツその他のノベルテイを発売する、という形が今標準になりつつある

アナログは考えようによっては究極のハイレゾ、という言い方もできる。

映画にフィルムが復活しているように音楽でもテープが復活しつつある、実際アンペックスもとりわけハーフインチのテープの増産を開始している

■人気復活のアナログレコード、市場規模は1千億円到達へ
https://forbesjapan.com/articles/detail/14865

勿論音楽市場全体の規模は約150億ドルになると予想されており、うちレコードの割合は6%にすぎない。だが本当の音楽のファンはの多くは、自分の手元に残るものを欲しがっている。12インチ×12インチのジャケットアートもまた、レコードの大きな魅力の一つであり、これが今後伸びていくことは確実だ、

とはいえ、今アナログレコードの生産力には限りがある。特にカッテイング技術は職人的な能力が要求されCDのカッテイングとは雲泥の差である。この技術は経験がものをいうからで、そう簡単にカッテイング技術者が育つわけではない。実際今日本でもカッテイング技術者が不足している。東洋化成とか生産体制を拡充しようとしているが膨れ上がる需要に全く追いついていない。今全世界に対して生産体制の拡充が行われているようだが、まだ課題が解決されたというのには程遠い。今後の大きな課題だ

とはいえ、上記の形が今後標準になっていくのは間違いない

7月 15, 2018 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2018年6月24日 (日)

音楽も映像もその他エンタテインメントもなぜ「グローバル化」にしなければならないか

当ブログでも「グローバル化」ということを何回か論じてきた。

映画制作とかに関わっている関係で、映像制作がグローバル化している、というのも紛れもない事実であると感じる。それは私がFacebookグル―プ「エンタテインメント業界キャステイング」の管理人をしていて募集投稿を当グループに投稿していてると、ひしひしと感じる。日本にいながらハリウッドや外国映画のオーデイション案件の情報が入る、日本人俳優、女優に対するニーズが海外からどんどん入る等、明らかに世の中が大きく変わっている、ことを実感するためだ。

それは勿論、インターネットを通して情報、コンテンツの情報が国に関係なく流れていく、とりわけSNSというメデイアを通してそうした情報、コンテンツのやりとりが加速していることを目の当たりにしているからだ。

そのため音楽も映画も勿論ゲーム等ももはや国境など考えず、最初から全世界のマーケットに売り出すことを前提に制作のマーケテイングの行うべきであることは自明の理である、

それは「グローバル化」という点でとりわけ大きく後れをとっている音楽の状況をみても明らかだ。それは日本以外の音楽業界がV字回復しているにも関わらず、日本だけが完全に置いてけぼりを食っている事実からもわかる

■世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界ー音楽のグローバル化を頑なに拒否し続ける日本の音楽業界

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2018/04/post-675e.html

詳細は上記のリンク先を読んでいただくとして、SpotifyでもApple Musicでも日本国内だけの配信で億単位の再生回数を獲得するなど不可能である。

欧米は最初から市場を全世界に置いており、そのためにも億単位の再生回数を稼いでいる、日本の業界筋にこのことを話すといまだに「嘘だ」「信じられない」「ありえない」という反応が返ってきているようだがこれは紛れもない事実である。

音楽も映画もドラマも最初から全世界のマーケットを対象とする制作方針に変えないともはや生き残れないのだ

 

もう1つ本当に現実的な話として「国内市場のみ」を対象としたマーケテイングがいかに時代遅れであり、製品のマーケテイングとしてもはや愚策である、という事情がある

この事情はもはや日本人であればだれもが知っていることである。もし知らないのであればよほどニュースかデータを見ていない証拠だ、

いうまでもなく日本の人口の減少である。

これは既にいろんなところで云われているのでわざわざデータを見せなくてもいいとは思うが

Z1_1_03

かつて日本は人口一億三千万といわれた。今既に一億三千万を切って1億2652万人(2017年) そして上のグラフをみればわかるようにこれからは「奇跡的なベビーブーム」でも起きない限り人口の右肩下がりが続く

この事実は報道でもよく行われているからご存じの方も多いはず

東京オリンピックが行われる2020年には1億2410万 さらに10年後の2030年には1億1661万と毎年数百万単位で人口が減少していくのだ

人口が減少する、これはどういうことか。ちょっと考えればわかることだが

国内のマーケットが縮小していっている 

ということだ。つまりこれから「奇跡的なベビーブーム」でも起きない限りどんどん少なくなっていくマーケットのパイを日本の各業者が取り合っていく。という構図だ、

それはマーケット戦略としては愚の骨頂であることは中学生でもわかることだろう

ところがその愚の骨頂のマーケット戦略に頑ななまでに固執している業界がある。「今までこのやり方でやってきた」という理由だけで縮小の一途をたどるマーケットのパイどりに固執している業界

それがメジャーの音楽業界であり、映画業界であり、芸能界やテレビ業界だ、とりわけ芸能、ショウビズの世界がガラパゴス市場でありつづけたことー 世界から隔絶したマーケット戦略にこだわることがいかに愚かしいか、上記のデータをみても火を見るよりも明らかではないだろうか

だから私が「グローバル化」とかいい続けているのは別に既存の音楽業界とか芸能界を批判しているのではなく、世の中がそういう流れに行くのは必然であり生き残るためには避けられない点であるからだ。「従来のやりかた」に固執するのはいかに愚かしく、そのうち滅亡を余儀なくされることになるかがわかるだろう。

この流れはもはや誰にも止められない。だから音楽家もクリエイターも役者もゲームコンテンツ制作者も生き残るためには意識改革をしていかねばならない。

それを少しでも理解していただける方が増えることを望むものである

 

 

 

6月 24, 2018 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2018年3月27日 (火)

制作現場や実態を何も知らない奴が映画や音楽の制作費の少なさを嘆く関係者を叩くな!!

私は音楽家だが映画音楽の仕事もしているので映画の世界にも深く関わっている。その中でこれは今に始まったことではないのだが、そんな中園子温監督が日本の映画の低予算ぶりについて語ったところ、やはりネットのバカ連中に叩かれているらしい

■園子温監督が邦画の低予算ぶりを明かす 米中との歴然とした差に嘆き
http://news.livedoor.com/article/detail/11681452/

以前の当ブログの記事でも音楽の分野でスガシカオが日本の音楽制作費が低いというのを「クリエイターの傲慢にしか過ぎない」と主張していた人物がいたが、どうもネットでは有名人が何を云っても難くせをつけて叩く輩が多いのは困ったものだが、同じように園監督に対しても騒いでいる連中がいるらしい。

(当ブログの記事
  https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/05/dlcd-2e5c.html)

だがそういう叩いている連中が実際に音楽や映画の制作現場に一度でも行ったことがあるか、ときかれるとおそらく殆どが間違いなく制作現場などは見たことも行ったこともないだろう。一万歩譲ってたとえ行ったことがあったとしても、その制作現場でどういう作業が行われたなどということは間違いなく理解していないだろう。制作現場というものを少しでも知っていればそんな発言、発想は絶対に出てこないからだ。

おおかたネットで誰かがいった断片的、一面的な情報で「全てを理解した」などという勘違いをして現場を知ったかぶりした無責任な発言をしているパターンだろうが、問題はそういう発言の方がネット住民の受けがいいという困ったパターンがある。

かくして日本のネットはリテラシーの低いネット住民によって、正しくない情報があたかも正しい情報であるかのように伝わってしまう(いわゆるフェイクニュースが伝わるのがこのパターンだ)という最悪のパターンになるわけだが、そういう有名ミュージシャンや映画監督を叩いている人たちは日本というのは世界第三の経済大国(まだ今のところ、だが)であるという事実を果たして覚えているのだろうか?

主要各国の映画売上

Market_motionpic


アメリカ、日本、中国だけの比較だがこれだけでも歴然とした差がある。制作費(平均)の差だ。あまりの差の大きさに愕然とする。

アメリカ 中国 日本
自主映画(学生)  ;1 億  1 億 数十万、多くても100-200万
一般長編映画   10億ー60億  10-50億   3000-5000万
商業映画平均制作費   50億ー100億  50億-100億   3億5000万
大作映画(平均)   100億ー300億  50億-100億  10億

上記の表からみても(実際に園監督もいっていたが)アメリカや中国の自主制作映画の平均予算は1億円以上。それに対して日本は、商業映画ですらその半額以下というのはあまりにもさびしい実態だ、日本映画で制作費10億円は「巨大大作」だが、アメリカ・中国では10億円は「かなりの低予算映画」になるという。ヨーロッパの映画のデータは手に入らなかったが、日本を大きく上回り中国なみのところが殆どなので、それを考えると世界経済第三位の国の映画制作費は世界最低レベルのお金しか使っていない、といっても差し支えないと思われる。この事実をどう考えるだろうか?

無論映画はお金をかければいいというものではない。それこそこんなことをいうとネット住民あたりから「少ない予算でも良い映画は作れるはずだ」などという人も出てくるだろう。勿論そのとおりなのだが、日本の今の映画のバジェットを見ると「良い映画」「クオリティを保つ」ための充分な予算を取れているとは言い難いのだ、

例えば映画音楽をやっている立場からいわせてもらうと「音楽は映画にとって大事だ」という監督は大勢いる。では実際に映画音楽制作にどれだけのバジェットを確保しているか、というと残念ながらハリウッド映画のように生のオーケストラを使って、などというレベルの予算は日本の場合殆どでない。

こういう話でいつもいうのは昨年のアメリカの映画アカデミー賞を受賞した「ムーンライト」はアメリカで最低レベルのバジェットしかない(6億) しかし映画音楽の作曲は新進気鋭のニコラス・ブリテルに「流動的で、重い低音のスコア」を作らせた、実際この映画にはサラウンドやサブソニック(いわゆるサラウンドー5.1)で作っています。例え低予算の映画でも音楽、サウンドには手は抜かないという姿勢がはっきり出ていました。

残念ながら日本の映画になかなかそういう姿勢を感じさせることが少ない。

自主映画になるともっと酷い。バジェットの殆どは撮影時に使い切ってしまい、映画のクオリティをよくするポストプロダクション(撮影後の映画の作業、編集、特殊効果、整音。音楽も勿論その中に入る)への予算を殆ど考えていないケースが多い

実はその関係で殆どの日本人は知らないが、日本映画の最近のクオリティの低さというのが世界では定評になりつつある。特にサウンドについては「日本映画の音は酷い」といわれていることからも映画の音に関わる人間としては忸怩たる思いである。

それを少しでも解決してくれるかもしれない方法がある。まだ立ち上げたばかりだが..「一般社団法人 日本映画インフラストラクチャ協会というひとことでいえば映画制作の互助会といえるものだ

Cinepu

詳しくは「日本映画インフラストラクチャ-協会」のウエブサイト、
http://assoc.cinepu.com/
をご覧あれ

とにかく映画制作の現場、映画制作の実態を知りもしないで映画関係者の「お金のなさ」を嘆くことをひたすら叩くのはやめてもらいたい。日本のネットは無責任なことをいい人を叩くことを至上の喜びとするような輩が多すぎる

3月 27, 2018 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2018年3月 6日 (火)

JASRACの音楽教室からの徴収前倒しで容認ー天下り癒着と三権分立を無視した暴挙ー請求が来た音楽教室は絶対に支払には応じないで下さい

一昨日の記事の続きになるが「音楽教育を守る会」の齋藤事務局長とも連絡を取り合い昨日文化庁内で行われる
文化審議会著作権分科会において音楽教室への徴収前倒し容認について審議される、との情報があった。
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1401785.html

 

そしてこの記事

 

■著作権料徴収認める答申=JASRACに音楽教室から―文化審
http://sp.m.jiji.com/generalnews/article/genre/social/id/1976724

答申は、同法で使用料規定は届け出制になっており、裁定制度で個別の利用に著作権が及ぶか否かは判断できないと指摘。裁定による徴収保留は予定していないとし、長官が裁定をした日から徴収可能とした。

 ただ、JASRACに対し、徴収に応じない音楽教室には司法判断確定まで督促をしないなど、社会的混乱を回避する措置を取るよう求めた。
 

 

確かに文化庁長官の最終裁定はおりていないものの、通常これjは答申どおりに長官の裁定が降りるのが通例なので、事実上これで裁判係争中であるにも関わらず音楽教室に対する請求を行うことが事実上可能になった

 

私は高級官僚のいかなる形での天下りに反対するのが持論だが、それはこういった官僚と関連団体の癒着を呼ぶからであり、今回のこのケースはまさにその典型といえる。

 

JASRACと文化庁の間でどのような「裏取引」があったか知らないが、間違いなく天下りがらみで今回の答申が行われたとみるべきだろう

 

この裁定には2つ大きな問題がある

 

1、「音楽教育を守る会」及びその他の音楽教室の著作権の演奏権に関する支払い請求をしないよう行政指導の申し入れがあったにも関わらず、その申し入れを事実上無視する答申を出したこと→ 重大な背信行為 道義的問題

 

2.裁判係争中であるにも関わらず著作権演奏権の請求を事実上強行すること 三権分立を事実上否定する暴挙

 

齋藤事務局長も「徴収の是非が判断されず、裁判係争中にこのような答申がでることは大変残念」とコメント

 

裁判の口頭弁論ではJASRAC側に司法の判断を待たずに請求を強行する暴挙を徹底的に糾弾すべきであろう。また全国の音楽教室もこのような姑息な手段を取るJASRACに対して抗議の声をあげて欲しい。音楽文化の明日を守るためにも是非皆さんの力が欲しい

 

一点だけ全国の音楽教室に申し上げたいのは

 

仮にJASRACから著作演奏権の支払いの請求が来ても少なくとも裁判が結審するまでは決して支払に応じないでいただきたい。

 

例え1つの音楽教室が請求に対して支払ってもそれはJASRACにとって「既成事実」となり裁判に悪影響を与えることになる。これこそがJASRACの狙いである。

 

裁判に勝つためには手段を選ばないJASRAC  今回のような姑息な手段に屈してはならない

 

 

 

 

3月 6, 2018 文化・芸術経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2018年3月 4日 (日)

ふざけるな文化庁!! JASRACの音楽教室からの徴収前倒しで容認との情報 事実であれば重大な背信行為 

本日目を疑うような驚くべき情報が飛び込んできました

28576944_1608502202552750_311931887

まあJASRACが裁判に勝つためには手段を選ばないことは知られていますが、裁判係争中であるにもかかわらず音楽教室への著作権料の請求→容認ということがもし事実であるとするならば、これはJASRACの音楽教室における楽器の指導・練習のための演奏に対する著作権徴収を少なくとも裁判の裁定が下るまでJASRACによる徴収は延期になるといった申し入れを行った、「音楽教育を守る会」及びその意図に賛同した音楽教室側にたいする重大な背信行為にあたるといわざるを得ません。

そしてこのような動きが事実上裁判ではJASRACが勝つことのみを想定しているわけですから。行政がそう判断したことは、少なからず裁判に影響を与えるでしょう。少なくともJASRAC側はそれを主張して裁判を有利に進めることができるはずです。

JASRACは文化庁の天下りの受け入れ機関の1つですから、今回の動きがそれと無関係とは思えません。何らかの談合が文化庁とJASRACの間で行われたと考える方が妥当でしょう、いずれにせよ相も変わらず姑息なことをやってくるなと大きな怒りを覚えます。

音楽教室の皆さんにたいしてはもしJASRACから著作権請求が届いたとしても、それは少なくとも現時点では法的拘束力のないものですから、その請求には応じないようにしていただきたいと思います。

同時に「音楽教育を守る会」としてこの報道が事実であるかを含め、文化庁に対して公開質問状を提出し、事実であった場合は厳重に抗議すべきであると考えます。

音楽教育と無関係の方にも是非この件については重大な関心を持っていただきたいと考える次第です。

関連記事
さすがの文化庁 JASRACの音楽教室からの徴収前倒しで容認
https://blog.goo.ne.jp/krmmk3/e/4095461596d5a3b4c83249c0a0cd14b9

 

 

 

 

3月 4, 2018 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2018年2月 7日 (水)

音楽教室から著作権料を取らないで!! 署名活動正式に終了 皆様ご協力ありがとうございました。

もう4日前に正式に終了でしたのでご報告が遅れましたがJASRACが著作権の「演奏権」の摘要における全国の音楽教室からの著作権徴収の反対署名、私の方の署名はお陰様で30176人の方からご署名いただきました。
これ以外に連携を取っている「音楽教育を守る会」のネットや書面での著名活動をいれますと「音楽教育を守る会」の齋藤事務局長によりますと50万を超す署名が集まったそうです。ご協力いただいた皆様に感謝を申し上げます。 m(_ _)m

250pxjasrac_head_office_shibuya

既に裁判の初公判も始まり「音楽教育を守る会」の原告団は当署名とともに文化庁長官に提出済です。裁判は長丁場になると思いますが引き続き当グループとしても応援していきたいと思います。

音楽文化を守るために!!

ご協力ありがとうございました。

https://t.co/fXjvr2SlMN

署名活動の文言

これまで著作権の徴収において教育現場での使用料徴収は教育を重視する立場から著作権料徴収はしない、というのが通例となっていたにもかかわらずその通例をJASRACは「演奏権」を根拠に破ろうとしていることがわかりました。手始めにヤマハ音楽振興会とカワイ音楽教室から音楽授業での音楽講師の「演奏」を根拠に著作権の「演奏権」使用料を徴収すると発表しました。

今までは学校でCD,DVDを配布する、楽譜をコピーして配布する、そして文化祭等にアーチストに対して報酬を払った場合のみを規定し、「演奏権」に関する音楽教育に対する規定は確かにありませんでした、JASRACはそれをいいことに今回本来は「免除規定」の対象にいれるべき音楽教育にその「演奏権」を摘要しようとしています。

ヤマハやカワイといった日本で庶民を対象とした音楽教育の根幹を担ってきた会社に対する「演奏権」の一方的な著作権料徴収が街の小さな音楽教室にまで及べば 音楽教室がの殆どが存続の危機にたたされることになり、さらに一般の学校の授業にまで及べば、学校から音楽の授業そのものが消える可能性すらあります。これは決して大袈裟なことではありません

このことによって日本中から殆どの音楽教室が消え、日本の音楽教育の苗床がズタズタになることは避けられず音楽の文化全体の不活性化につながります。100年後、日本から音楽文化そのもが消えてしまう可能性すらあります。

このような暴挙を阻止するために 一般社団法人 日本音楽著作権協会に対して 音楽教室、音楽教育に対して著作権の「演奏権」の著作権料徴収方針の撤回を求めます。

日本の音楽教育、次世代の音楽家を育てる苗床を守るために皆さんのお力を賜りたくお願いします

 

 

 

 

2月 7, 2018 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2017年12月26日 (火)

私大野は2018年3月31日を持ってJASRACとの信託契約を解除致します

既にご存じの方も多いでしょうが、私はJASRACの音楽教室に対しての演奏権摘要に対して反対を表明をしている
■JASRAC音楽教室から「著作権演奏権徴収」ーなぜ私は反対するのか?どこに問題があるのか(長文注意!!)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-03a3.html

また映画音楽をやっている人間という立場ではあるが、最近の一方的な値上げに対しても反対している(但し音楽教室と違いこちらは反対運動が難しいが)

■JASRAC、映画音楽の上映使用料を引き上げへ 劇場側は「死活問題」と反発
https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/jasrac1

こうした一連の動きに抗議する意味もあって私大野恭史(本名:大野泰史)は2018年3月31日を持ってJASRACとの信託契約を解除することにいたしました。

Dr0fp6qumaa2zrxjpg_large_2

以後の新たな作品はNextoneに委託しようと思います。勿論現段階ではNextoneはJASRACのような演奏権を完全に管理する社内体制が整っていない関係でJASRACに演奏権の信託を勧めているのは知っていますが、私はそこに大きな問題があると考えています。
つまり著作権の演奏権信託は事実上JASRACの独占状態にあり、それが昨今の音楽教室への演奏権の拡大解釈に基づく摘要、映画館への一方的な値上げ、一般店舗に対する強制執行等、いわばやりたい放題をできてしまう元凶になってしまっている背景を作っているといえます。

そのためにはJASRACの演奏権信託の独占状態を一刻も早く解消するしかない。そのためには多くの有名作家(作曲家、作詞家)が信託をJASRACからNextoneに乗り換えることを考える必要があります。
私の主旨に賛同される作家の方は同調して頂ければ幸いです

結局音楽教室の件を含みJASRACが起しているトラブルの多くはJASRACの演奏権信託の独占状態が原因になっております。これは著作権信託の自由競争がないためです。アメリカのASCAPやBMIのような体制に是非日本もなって欲しいというのが希望です


12月 26, 2017 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2017年10月 9日 (月)

オペレッタ"Miss シカゴ公爵"の日本初演の社会的意義、音楽史的意義について

以前もお知らせしたようにもう開催まで一か月になろうとしている「Missシカゴ公爵」の公演、現在編曲作業が鋭意進行中だが、私はこの作品に関わらせていただいたことはとても意義深いものとして考えている。正直ある種の使命感すら感じてこの作品に取り組んでいる

22256461_2027916777485610_676505426

単にジャズ、クラシック双方の語法が随所に散らばめられているため、ジャズ、クラシック双方に精通した人間でないと全体がまとめられない作品だから引き受けているのではなく、この作品の日本初演は大きくわけて2つの意味があると私は考えている。

1.現在の社会情勢、風潮に対する社会的意義

まずこの作品は国、民族を超えた愛と平和をテーマにしたオペレッタである。しかしこの作品が作曲された1920年代はヨーロッパには暗い影が忍び寄っていた時代である。このオペレッタは1927年に作曲されたがこのわずか4年後にドイツにナチス政権が誕生する。いわずとしれたドイツ第一主義、反ユダヤや異民族の排斥を基本主張としており、第二次大戦終結まで残虐非道の限りをつくしたドイツ国家社会主義党(NAZIS)

翻ってみて昨今の日本をみると、ネット、SNSでもヘイトスピーチがあふれている。ネトウヨが幅をきかせ、外国人に対する偏見、差別主義を拡散している。アメリカでもヴァージニア州シャーロットヴィルで白人至上主義者の運動で死者が出た例も記憶に新しい

これら差別主義が全世界的に広がっている点をみて、当然ながら歴史に一定の知識を持っている人間からすればあのナチスの暗い時代がオーバーラップするはずだ。

1931年の「ドイツ国家社会主義党=NAZIS」が政権を取ってからドイツじゅうに吹き荒れた差別主義、とりわけユダヤ人への差別が激しかった。
そんな中ハンガリーの作曲家でユダヤ系でもあるエメリッヒ・カールマン(写真ー1882-1953)の作品は当然ナチスの迫害の対象となった。

220pxkalman_imre

この作品の内容をみてなぜヒトラーを始めナチスの支持者がこの作品を迫害したか、理由はよくわかる。これは当時ヨーロッパに大きく影響を与えつつあったジャズをはじめとするアメリカ文化と共に、東欧とドイツ民族の融和、友愛、どれもヒトラーやナチスにとって気に入らないものばかりだ。
これは「大ドイツ主義」をかかげるナチスドイツから「非ドイツ的で好ましからざる作品:というレッテルを貼られ、加えて人種差別主義者であるナチスからジャズを「黒人音楽」などということでことで激しく弾圧され1933年にナチスによって禁止リストにあげられ、歴史に名高い「ナチスの焚書」で焼却された.

日本でも図書館の本が何者によって破り捨てられたり、等「ナチスの焚書」を思わせるようなできごとも起きている。全世界的に排他的な民族主義、極右勢力の台頭がある時代だからこそ、、「Missシカゴ公爵」の日本初演は極めて意義があるものと考える。ヘイトスピーチ、民族排斥、民族主義に対する最大のアンチテーゼになるからである。この作品がナチスの迫害で長い間忘れ去られた作品である、ということは寧ろ名誉あることかもしれないのだ。

この作品が事実上「幻の作品」となった経緯、そしてこの作品の音楽的バックグラウンドを検証していく上で私はこの作品こそ昨今のヘイトスピーチが台頭する現代で演奏されなければならないオペレッタである、と感じた次第

2.20世紀の音楽の音楽史的意義

当ブログでご存じの方もいらっしゃるだろうが、私はこんな記事を書いている。

■間違いだらけの現代音楽史(1)ー1920年代は十二音技法もジャズも「最先端の音楽」だった

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2015/07/1920-4941.html

この記事は現在主に音大系でいまだ支配的になっている「西洋音楽(クラシック音楽)中心主義的史観」に対して異議を唱えた記事である。
つまり20世紀の新たな音楽の動きについては殆どの音楽史研究家はドビュッシーやラベルの印象主義に始まり、シェーンベルクを始めとする十二音技法をきっかけとした、新ウイーン楽派による無調主義が20世紀に勃興し、これはいまだに現在に至るまで今日のヨーロッパの伝統的エクリチュールを用いた現代音楽という音楽史観である。

しかしこの史観にはシェーンベルクの十二音技法とほぼ同時期に発展してまだ黎明期にすら入っていないジャズ、デイクシーランドを中心としたポピュラーミュージックの発展、ジャズやブルースから現在のロックの前身であるブギウギまでの発展の歴史、コードやドラムセットを中心としたリズムセクションの発展といった発展の経緯をほぼ完全に無視している。ポピュラーミュージックに対し、「大衆音楽」などという軽蔑的ニュアンスを持った言葉で語り、一部の音楽史研究家を除いて音楽史の流れの中でそれらの音楽をまともに扱うことはほぼなかったといっていい。

だが先程の記事にも記述しているが、シェーンベルクの十二音技法が現代の私たちの聴く音楽(「現代音楽」ではない)に大きな影響を及ぼしたなどと感じている人などまともな感覚の人間なら殆どいないであろう。一方でジャズ、ブルース等で使われている「コード」の概念は完全に現在のポピュラーミュージックを制作する上で欠かせない概念である。ロックは勿論のこと、最近のクラブミュージックやノイズ音響系にいたるまで、ラグタイム→ジャズ→ブギウギ→ロックといった音楽の影響と無縁でいられる音楽など殆ど存在しないといっていい。 つまりどちらの音楽がより後世に大きく影響を与えたのは火をみるよりも明らかなのに、いまだにポピュラーミュージックを含めた形で音楽史をきちんと語るということが殆ど行われていないというのは驚くべきことだ。

だが音楽史家の評価はともかく。1920年代に活動していた作曲家たちは少なくとも「西洋音楽(クラシック音楽)中心史観」とは一線を画す見解を持っていた。ガーシュインは云うに及ばず、「ボレロ」で明らかにジャズの影響をみせたラベル、そしてジャズ的なリズムを取り入れたバルトークなどが揚げられるが、このカールマンも当時としてはかなり大胆にジャズの語法を作品に取り入れている。
とりわけ「6 duet」などはハンガリーを思わせるメロデイ―の中に見事なほどブルース的要素が融合しているし、アリア「アメリカのご婦人たち」や「11メアリーのスローフォックス」などはジャズの影響だけでなく、メロデイ―ラインはブロードウエイミュージカルの原型といっていい形式をみることができる。

これらをガーシュインのラプソデイーインブルーと同時代、そして一般的にはミュージカルの先駆けといわれるガーシュインンの「ポギーー&ベス」よりなんと9年も早く作品として結実したことは驚きである。

これらを見てもこの「Missシカゴ公爵」が現代のミュージカルの先駆け的作品といって差し支えない。アリアだけでなく、演技あり、踊りありというエンタテインメント性抜群の作品だ。恥ずかしながら今回編曲の依頼をいただくまでこのオペレッタの作品の存在自体も知らなかった。しかし今はこの作品に出合うことができて幸福だったと考えている。

芸術性とエンタテインメント性を両立させる、というのはポピュラーミュージックでもクラシック音楽でも決して容易ではない。その意味で「Missシカゴ公爵」は稀有な存在であり、ナチスの迫害にあっていなければ今頃は喜歌劇でも代表的な作品として位置付けられただろうと思う。
なぜなら1920年代のジャズはシェーンベルクの十二音主義と同様、最新の音楽語法であったからである。今回この作品の編曲に携わらせていただいたのは、それを証明するいい機会だと思ったからである。

何よりもこの「Missシカゴ公爵」でも描かれているように20世紀は貴族社会から資本主義社会への変遷の時代でもある。貴族社会に支えられた西洋音楽に資本主義に支えられたポピュラーミュージックが音楽文化の面ストリートを歩くようになったのは時代の必然である。音大系の音楽史家が貴族社会をベースとした「西洋音楽の伝統」に固執し、当時台頭した資本主義のポピュラーミュージックの流れを徹底的に無視したのはいかに20世紀の音楽の流れを短絡的に見ているか、ということの証明でもある。

このヨーロッパですらまだ数えるほどの公演しか行われていない「Missシカゴ公爵」

この作品の上演の機会にあわせてDVDも制作する計画がある、クラウドファンデイングで資金を募っていますのでよろしければ..

愛と平和のオペレッタ!「Missシカゴ公爵」公演DVD制作プロジェクト(公開前)
https://camp-fire.jp/projects/view/46985?token=3gczyo4e

というわけで面白い作品ですので是非この機会に

〇公演詳細
2017年11月8日(水),9日(木)(各公演30分前開場)
虹組   8日14:00、9日18:30
夢組   8日19:00、9日14:00

場所:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール 
東京都渋谷区桜丘町23-21 6階
全指定席  S席10,000円、A席7,000円、桟敷自由席5,000円

(虹組)オペレッタ 「Miss シカゴ公爵」 (11月8日14時公演)
https://ticketpay.jp/booking/?event_id=9247

(夢組)オペレッタ 「Miss シカゴ公爵」 (11月8日19時公演)
https://ticketpay.jp/booking/?event_id=9295

(夢組)オペレッタ 「Miss シカゴ公爵」 (11月9日14時公演)
https://ticketpay.jp/booking/?event_id=9296

(虹組)オペレッタ 「Miss シカゴ公爵」 (11月9日18時30分公演)
https://ticketpay.jp/booking/?event_id=9294

指揮・音楽監督 大浦智弘   
〇演出 今井伸昭

Chikago02

〇キャスト <虹組> シルヴリア国王(シャーンドル・ボリス王子の父): 斎藤忠生 シャーンドル・ボリス(シルヴァリア王子):高畠伸吾 ローゼマリー(モレニアの王女):栗林 瑛利子 メアリー・ロイド:佐藤智恵 ボンディ(ロイド氏の秘書):吉田敦 ぺローリン侯爵(シルヴァリアの国務大臣): 浅山裕志  ボヤツォヴィッチ伯爵(シルヴァリアの財務大臣):品田 広希 「グリル・アメリケーヌ」支配人:野口 大輔 ジプシーの楽士長:Yui ベンジャミン・ロイド(メアリーの父、シカゴの大富豪):山下直 <夢組> シルヴリア国王(シャーンドル・ボリス王子の父):西義一 シャーンドル・ボリス(シルヴァリア王子): 倉石真 ローゼマリー(モレニアの王女):今野絵理香 メアリー・ロイド:森裕美子 ボンディ(ロイド氏の秘書):大石洋史 ぺローリン侯爵(シルヴァリアの国務大臣):大石将史 ボヤツォヴィッチ伯爵(シルヴァリアの財務大臣):志摩大喜 「グリル・アメリケーヌ」支配人:中村憲司 ジプシーの楽士長:星野沙織  ベンジャミン・ロイド(メアリーの父、シカゴの大富豪):山下直 〇ゲスト出演 メアリーの母:ゲストあべ静江(8日2公演)<挿入歌 みずいろの手紙>
如月愛梨(9日2公演) 「変てこクラブ」メンバー アスター  関根かおる  カーネギー  織田彩耶子 フォード  神谷 優香 ロックフェラー  西 綾夏 ダンサー:宇田川路代、田中麻衣子 合唱・ダンサー Musica Celeste合唱団・テアトルアカデミー 【舞台上ビックバンド】 トランペット:林 沙希 コントバラス:新井優香 ドラムス:吉島智仁  【アンサンブルオーケストラ】 ヴァイオリン: 小山 啓久  ピアノ: 村田千晶  エレクトーン: 福澤 香  プロデューサー: 佐藤智恵 舞台監督・舞台美術:礒田ヒロシ   照明:磯野 眞也((有)アイズ)  編曲:      大野恭史 音響:       五十嵐優(Sound Scape) 振付:      宇田川路代  ステージング: 影山 慎二  訳詩・台本: 吉井淳    広報デザイン: マーブルデザイン  稽古ピアニスト:富永有里乃、樋口めぐみ、山田麻美子  制作:   株式会社ムジカ・チェレステ

10月 9, 2017 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2017年8月28日 (月)

全アーチストに告ぐ!!JASRAC包括契約に上申書に対する不誠実な回答を受け、JASRAC信託契約解消とNextoneへの管理移転のすすめ

先日も当ブログにて記事にかいたが、のファンキー末吉さんの「包括契約のブラックボックス」に対しての戦いについて、文化庁への上申書に対し、jASRACは報道によると以下のような回答をしたという

■JASRACの違法運営について
http://www.funkyblog.jp/2017/08/jasrac_23.html

サンプリング調査について年間の著作権料徴収額全体のうち2%未満とした上で統計学に基づいた一定の正確さはある。不透明という批判は当たらない」

はっきりいおう。 全く答えになっていない

いかにも官僚らしい回答である。そもそも一定の正確さがある、というのならばその「正確だと称するデータ」を公開せよ、とファンキーさんを始め私も再三再四述べているのだが、問題の核心の部分を証拠も何も提示しないまま「不透明という批判はあたらない」だと?

まるで安部政権や菅官房長官の森友や加計に対する答弁と同じ、きちんとした資料や根拠を示さず「問題ない」といった答弁を繰り返すのと同じ、心の底から国民をバカにしていないとできない発言だ。

この説明に納得した人がいたら申し訳ないがよほど知的水準の低い方、リテラシーの低い方といわざるを得ない。

とはいえ、こういう回答はあらかじめ予想はされたが、JASRACが裁判等でいかに酷い対応をしてきたか、というのはファンキーさんが自署の中で述べているのでお読みになることをおすすめする

■ファンキー末吉緊急著作「日本の音楽が危ない〜JASRACとの死闘2862日」出版
https://camp-fire.jp/projects/view/36399

さて、ここでミュージシャン、全アーチストに提案

メジャーアーチストほどJASRACに縛られていて、ファンキーさんのような目にあっているのだが、まだシェアは極めて低いものの, JASRACに相当する著作権管理団体が存在するのはご存じだろうか? 

JASRACは自分たちのメジャーアーチストの事実上の独占状態にあぐらをかき、それをいいことに横暴なふるまいを行っている。

皆さんにおすすめしたいのはただ著作権曲の「JASRACの信託期間」というものをもう一度見直してみるといい。たいてい信託期間はたいていの場合5年、もしくは10年に設定されており、(もっともこれは私のケースで最近は1年ー3年が主流らしい)どちらかが信託契約を維持する意思がなければ信託契約を解除していいはずになっている。

これは私だけでなく、JASRACに作品届を出した出版社、著作権者全員がこの信託期間に関する取り決めをおこなっているはずである。

ファンキー末吉さんは裁判の中でJASRACは

「この楽曲はお前のものではない、権利はJASRACに譲渡しているのだからお前には何の権利もないのだぞ!!」

これは法的にはウソである。権利を譲渡したのではなく信託したのだ。譲渡と信託は天と地ほどの差がある。

タイアップその他の関係で著作権が複雑怪奇になっているケースがあることは事実だが、基本JASRACは信託されて著作権管理を行うのであって、権利を持っているわけではない。よくそんなメチャクチャなことをいって弁護士がそのまま引き下がったのか、私はそのことの方が驚きである。

そして曲の著作権がJASRACのものではないと思い知らせる方法がある。

それがJASRACとの信託契約を破棄し、もう1つの著作権管理団体のNexttoneに移転することだ。

Nextone2

http://www.nex-tone.co.jp/

Nextone_2

一般的にはこのマークで知られる→

おどろくべきことだが、特にメジャーアーチストにこの傾向が強いのだがJASRAC以外にNexttoneというメジャーレコード対応の著作権管理機関があることを知らないアーチストがものすごく多い

例えば爆風スランプの全楽曲をJASRAC信託からNexttoneに移転すればどうなるか。NexttoneにはJASRACのような演奏権の信託権はないが、それ以外のマルチメデイア、カラオケ、そして勿論CD等のパッケージやストリーミング、全て対応可能である。

実際それが起きれば、真っ青になるのはJASRACの方である。

こういうことは特に日本の場合そうだが、誰もが知っているメジャーアーチストが信託機関をJASRACからNexttoneに移転する動きをみせれば、多くのアーチストも追随する可能性がある。

そもそも著作権の演奏権の信託権をJASRACのみがもっている、ということ自体明らかな独禁法違反である。例の放送に関する包括契約に関しては既にJASRACが独禁法違反が認定し、この判決は確定している。演奏権に関しても同様にJASRACが非協力的で実質的に妨害しているという指摘がある。

いずれにせよ「演奏権」が現段階ではJASRACにしかない点が昨今のJASRAC暴走の要因を作っているのは間違いない

というわけでアーチストの皆さんにいいたいのは

自分の作品の著作権管理をJASRACからNextoneに移転しましょう!!

一人、二人では意味がない。私のような人間がよびかけても意味がない

有名アーチストが大勢それをやれば間違いなく変わる。

その時にJASRACは今までのような強気に出ることができるか? 果たして


8月 28, 2017 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2017年8月20日 (日)

JASRACは包括契約による収入の作家への分配状況を即刻公開せよ!!

さてご存じのとおり例の音楽教室における著作物の「演奏権」の使用料徴収に関して「音楽教育を守る会」と歩調をあわせ反対声明を出しているわけだが、おそらくその著作権使用料の徴収は「包括契約」という内容で各音楽教室から徴収をしようとするだろうが、実はそもそもその「包括契約」というものに実は甚だ問題があるのだ。

どこに問題があるのか? すばりいうとその「包括契約」が具体的に作曲家、作詞家(正会員、準会員、信託者)にどれだけ分配されているのか、というのが不明確でありJASRACはその内容の発表を実質的に頑なに拒んでいる。

実際だいぶ前だがJASRAC総会でこの「包括契約」の分配状況を公開する旨の議題が上がったことがあるが、当時の加戸理事長(元愛媛県知事)は先日の国会の参考人招致の時と同じ、意味不明曖昧な説明を繰り返し結局はその回答を事実上しないに等しい答弁を行った。(先日の「国会参考人招致」をみて本当にあの時と同じだと思い体から拒絶反応が出てきたww)

ちなみに各放送局とJASRACは「包括契約」を結んでいるが、使用楽曲は逐一JASRACに報告されている。だからこちらは問題ない。

但しライブハウス、ホール、お店等とも「包括契約」を結んでいるが、それらの楽曲使用料が各作曲家、作詞家を始め正会員、準会員、信託者に分配されている、という話は私は聞いたことがない。

そしてついにそのことに疑問に思うアーチストが行動を起こした

■JASRAC分配「不透明」 ファンキー末吉さん上申書
http://www.asahi.com/articles/ASK8K64SPK8KUCVL01W.html

19e8e_1509_44e45982_63260430

 

日本音楽著作権協会(JASRAC)がライブハウスから徴収した著作権料の作曲家らへの分配が不透明だとして、人気バンド「爆風スランプ」のドラマー、ファンキー末吉(すえよし)さん(58)が18日、改善命令を出すよう求める上申書を文化庁に提出した。JASRAC批判の上申書を権利者側が提出するのは極めて異例だ。

 JASRACはライブハウスと包括契約を結んで定額の著作権料を徴収。3カ月ごとにホテルの宴会場やバーなどと共に800店を対象とするサンプリング調査をし、作曲家らへの分配額を算出している。

 末吉さんは、爆風スランプと別のバンドで2000年からの10年間に全国のライブハウスで約200回のライブを開き、自ら作曲した曲を演奏したが、それに対する分配がなかったと指摘。JASRACの分配が実態とかけ離れたものだとして、著作権等管理事業法に基づく業務改善命令を出すよう文化庁に求めた。

声を大にしていいたいのは、日本のミュージシャンは大人し過ぎるのだ。この件に関しては作曲家、作詞家、及びその他の権利者が連帯してJASRACに対して追及すべきである。

「作家の権利を守る」という名目で全国のお店、ライブハウスからほぼ強制徴収に近いことを行い、さらに全国の音楽教室からも同じことをしようとしている。但しその「作家の権利を守る」はずのものが肝心の作家にロクに著作権料が分配されていない、されている実態を発表しない、というのは本末転倒も甚だしい

「作家の権利を守る」という名目で音楽教育の存続を脅かすようなことまでやろうとしているJASRAC

そこまでやるのなら「包括契約の分配状況を公開する義務がJASRACにある」といっても過言ではない。

JASRACは「包括契約」の作曲家、作詞家の分配状況を明らかにせよ!!


8月 20, 2017 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2017年7月 5日 (水)

「音楽教育を守る会 」が私大野が展開する署名活動も含め文化庁長官に「反対署名」と「要望及び質問書」を提出

お知らせページのトップにも書いてありますように、ヤマハ、カワイを始めとする全国の音楽教室が参加している「音楽教育を守る会」が昨日7月4日、AP新橋虎ノ門(東京都港区)にて記者会見を行い、署名活動に多くの方のご賛同を頂いていること、及び、文化庁長官へ「要望及び質問書」を提出したことを発表した。

170704_topics_img02

先日6月20日「音楽教育を守る会」の会員団体249社で原告団を結成しJASRACによる音楽教室における著作物の使用料徴収に関し、音楽教室でのレッスンには著作権法に定める演奏権は及ばず、JASRACの徴収権限は無いことを確認するための「音楽教室における著作物使用にかかわる請求権不存在確認訴訟」を東京地方裁判所に提起した上での文化庁長官への「要望及び質問書」提出である

■文化庁長官に「反対署名」と「要望及び質問書」を提出し、記者会見を行いました。
https://music-growth.org/topics/170704.html

170704_topics_img01

私は今年の2月に署名活動を開始したが、さすがヤマハ、カワイ、宮地、を始めとする全国の音楽教室のすそ野は広く、私より一か月後に始めたにも関わらず3ヶ月間という短い期間で557,357筆の署名(署名用紙によるもの525,265筆、ネットでの署名32,092筆)を得ることができた。ネット署名の中には私が展開した署名数も参考資料として含まれている。

ちなみに私の署名サイトこちら

さすが組織による署名展開はすごい、私の力など本当に微々たるものだが、「音楽教育を守る会」の事務局長とは何度も連絡を取り合い、今後も必要や要請があれば協力をしていく所存である

既に訴訟を提起しているので、これから裁判が長いと思うが文化庁に対しての要望は以下の通り

・規程変更について合意が成立していないことが明らかであるにも関わらず、当該届出を受理した理由をお聞きしたい。

・使用料規程の変更についての管理事業法に基づく協議を行うにしても、そもそも「音楽教室における演奏が著作権法22条所定の演奏権が及ぶ利用行為に該当するか否か」について訴訟による司法判断が確定するまでは「協議不調」となることは明らかなので、文化庁として、訴訟による司法判断が確定するまでは、同法の裁定手続きを保留し、変更使用料規程を実施できない旨の方針を、広く発表していただきたい。

・「歌謡教室における演奏等に関する運用基準」の規定は「カラオケ設備を用いた演奏」を対象とするにもかかわらず、JASRACが2016年度から、同設備のないボーカルスクール等からの使用料徴収を開始したことについて、JASRACが利用者の意見徴収に関する資料等を提出しているのか否かうかがいたい(提出しているとすれば同資料を開示していただきたい)。また、この件について文化庁としてのお考えを伺いたい。

私は「音楽教育を守る会」を全面的に支持する。

今日この日を迎えることができたことに 皆さんのご協力があってこそ、なので心から感謝申し上げます。私も「音楽教育を守る会」と引き続き連携し、JASRACに対する訴訟に関しても必要あれば協力していく所存である。

 

 

 

7月 5, 2017 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2017年5月21日 (日)

ふざけるな! 音楽著作権演奏権の摘要に関して政府が「答弁書」を「閣議決定」-著作権訴訟に政府が加入する暴挙

最初、このニュースが耳に入った時は正直冗談かデマかと思った。だがNHKが報道している以上は実際にこういう「答弁書」を発行したというのは事実なのだろう

■音楽教室の演奏に著作権者の許諾必要な場合も 政府答弁書
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170519/k10010987501000.html

正直何をかいわんや、である

そもそもこれから民事裁判で「音楽教育を守る会」とJASRACが争おうとしている件になぜ政府が介入するのか? ヤマハ、カワイを中心とする「音楽教育を守る会」がJASRACに対して音楽教室の著作権演奏権摘要に関する訴訟の準備を行っているが、これは刑事訴訟ではなく「民事訴訟」である。

その「民事訴訟」になぜ政府が介入するのか? 「民事不介入」の原則はどこにいったのか?

そもそも政治家で著作権法に関してきちんとわかっている奴がどれだけいるか、って話だ

これはどうも文部官僚が裏から手を回して政府に働きかけた、と考えた方が自然だろう。JASRACは伝統的に文部官僚の天下り先だ。今の浅石理事長も文部官僚の天下り。文部省としては絶対に離したくないカモだ。

これは例の「森友」とか「加計」とかの絡みで政治家と文部官僚の「裏取引」があったのでは、と勘繰りたくもなる。

ただ「政府答弁書」や「閣議決定」は全く法的拘束力はない。だから裁判への影響はそれほどないと思う。

しかし残念ながら日本人はおそらく世界でもっとも情報リテラシーの低い国民といっていい。だから政府がこういう答弁をすると鵜呑みにする人間が相当数いるだろうな。つまりこれは一種の姑息な世論操作であり国民をバカにした行為だ。国民を心からバカにしていなければできない行為だ。

こんなことで「音楽教育を守る会」が瓦解するなどと思っていたら大間違いである

ひとこといわせてもらう

ふざけるな!!

尚、政府答弁書とJASRACのワンレッスン50円という条件で「ま、いっか」などと考えているあなたに実際にこれがヤマハ、カワイの音楽教室だけでなく、街の小さなピアノ教室に摘要されたらどうなるか、シミュレーションしてみようと思う。次の記事でそれをやってみよう

 

style="display:block; text-align:center;"
data-ad-layout="in-article"
data-ad-format="fluid"
data-ad-client="ca-pub-3062244771962944"
data-ad-slot="8526296439">

 

5月 21, 2017 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2017年5月17日 (水)

JASRAC音楽教室への「演奏権」摘要問題-YAMAHAを始めとする「音楽教育を守る会」が提訴ーJASRAC大橋常務理事の主張の問題点

「お知らせ」ページでもおわかりのように私は二か月前からJASRACの今回の音楽教室への著作権徴収への反対を唱えてきた、その問題点はこちらに書いてある通りである、最大の争点となりうるのは殆どのケースが教師と生徒の一対一のケースで著作権の「演奏権摘要」というのは適切かどうか、である。

JASRAC音楽教室から「著作権演奏権徴収」ーなぜ私は反対するのか?どこに問題があるのか(長文注意!!)
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-03a3.html

そんな折、誰もが知っている日本の楽器メーカーのトップのYAMAHAさんも今回の音楽教室への演奏権の著作権徴収に対する反対の署名活動を始めた

JASRACの「音楽教室のレッスンでも著作権料徴収」方針に対抗、ヤマハなどが署名活動
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/27/jasrac_n_15631238.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

署名サイト ↓

■音楽教育の現場からの演奏著作権料徴収に反対
https://www.change.org/p/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%BA%81%E9%95%B7%E5%AE%98%E3%81%ABjasrac%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%8C%87%E5%B0%8E%E3%82%92%E8%AB%8B%E9%A1%98-%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%BC%94%E5%A5%8F%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%96%99%E5%BE%B4%E5%8F%8E%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE

私は二か月前に署名活動を開始したが、今日現在2万9366人集めている。既にヤマハを始めとする音楽教室を運営している会社で結成している「音楽教育を守る会」の事務局長とも既に連絡を取り合っており、私としても可能な限りの協力をする旨を伝えた。

そして昨日報道もされたが、

音楽教室側、JASRAC集団訴訟へ 200社超参加か
http://www.asahi.com/articles/ASK5Z5PYKK5ZUCLV00M.html

正直いよいよ始まった、というのが実感だ。

さてここでHuffingpostの記事の中で大橋健三常務理事が東洋経済のインタビューで書いてある件について少し検証させてもらうことにする。とにかく大橋氏の主張をみていて違和感を感じまくり、というのが正直なところだ

JASRAC「金額の問題ならば交渉に応じる」
どうなる?楽器教室「著作権使用料問題」
http://toyokeizai.net/articles/-/159017

大橋常務理事のインタビューについて、知らない人は鵜呑みにするといけないので問題点を洗いざらい揚げようと思う

まず最初に云っておく。金額とかが問題なのではない。(むろん別記事で書くが包括契約のありかたそのものの問題もあるが)

1. そもそもJASRACのトップは音楽教室の現場を本当に理解しているのか疑問、現場を理解しない人間が音楽教室のありかたを語る違和感

まずは大橋氏が東洋経済のインタビューで主張している今回の徴収の範囲だが

著作権法22条の「公の演奏」に該当することが認められています。最高裁が上告を棄却したことで、確定されているのです。公衆がいる場所であれば、鑑賞しているかどうかは関係ない。また、誰から見て「公衆」かと言えば、運営事業者から見た場合です。生徒さんが1人だけレッスンを受けている場合であっても、それは「公衆」になります。

音楽の現場を知らない人はこの説明で納得する人もいるかもしれないが、我々からみれば詭弁以外の何物でもない。、そもそも大橋常務理事本当に音楽教室の授業の模様をきちんと理解しているか甚だ疑問だ。音楽教師と生徒が一対一になった場合(この場合「音楽教師」は「運営事業者」にもなる)、生徒は教師の「お手本」を聴くことはあるが、殆どのケースでは生徒が曲を「演奏」して音楽教師がその「演奏の間違った部分」を指摘し、繰り返し練習させてその演奏の誤りを修正する。つまりJASRACの言い分だとこの場合「運営事業者」である音楽教師が「公衆」となって、生徒の演奏の修正や練習する場所の「指導」を行う。

では教師の指導というものはそもそも何なのか

これは「演奏を正しく行う」もしくは「生徒の演奏が人前に出せるレベルのクオリティに仕上げる」ための練習を生徒の為に上達を補助する、という行為のことを行う。そのため生徒が行っているのはそもそも「演奏」というレベルでは到底ない行為である。少なくとも万国著作権条約パリ改正条約の基本精神では音楽教師=聴衆という規定をしているとは思えない。教師は確かに「聴いて」はいるが、それは適切な指導をするための目的であって、それを一般の人の音楽を聴く行為と同列に考える事はどう考えてもおかしい

また演奏の能力に関して一定のレベルを持っている生徒ならともかく、初心者やピアノを始めた幼児などがそもそも、左手、右手の「手の動かし方」(ピアノの場合)から始めるので、それはとても演奏というレベルのものではない。ピアノを触ってみるというレベルであり、教師も「音楽を聴く」のではなく、「指が適切ぬ動いている」かについてみている。それもJASRACの主張では「教師=聴衆」ということだが、この認識を正しいと考える人はどれだけいるだろうか?

いずれにせよ殆どのケースで生徒対教師が一対一になっているケースで「教師=聴衆」というJASRACの新定義をYAMAHAもカワイも納得するとは到底思えないので、この件が裁判で争点になるだろう。

2. 大橋氏の主張する「ダンス教室内のレッスンでの音楽利用が、著作権法22条の「公の演奏」に該当する」のは「法曹界の常識」である、という主張に疑問

上記記事の該当部分を引用する

2004年に、名古屋高裁で社交ダンス教室内のレッスンでの音楽利用が、著作権法22条の「公の演奏」に該当することが認められています。最高裁が上告を棄却したことで、確定されているのです。公衆がいる場所であれば、鑑賞しているかどうかは関係ない。また、誰から見て「公衆」かと言えば、運営事業者から見た場合です。生徒さんが1人だけレッスンを受けている場合であっても、それは「公衆」になります。

これは、すでに法曹界での常識と言っていい考え方です。これを覆すということであれば、相当なエネルギーが必要になると思います。

さてとこの大橋氏のいう「法曹界の常識」というのが果たして本当にそうなのか。複数の知財や著作権専門の弁護士や弁理士に聞いてみた。なぜか回答が得られなかった方もいるが、その方はもしかしたらJASRAC側の弁護士かもしれない

おおむね以下のような反応がかえってきた

「踊りの練習」のための「音楽」は、鑑賞の対象だと判断されたようですが、「演奏の練習」のための講師の演奏を生徒が聞くことは「鑑賞」であると直ちに判断することはできない

裁判例は、一見似ているようでも、個別の訴訟で事情が異なる場合が多く、すべてが援用できるとは限りません。「一時不再理」は、同一の事件についてのことなので、ヤマハの主張に対するJASRAC側のおっしゃり様は、おかしいです。

上記の意見をみる限りダンスのケースがあるから「今回の徴収は法曹界の常識」とまでいうのはいささか乱暴で言い過ぎである、といわざるを得ない。そもそもダンスレッスンでの音楽の使い方とレッスンでの「演奏の練習」は同じ音楽使用でも同じテーブルに置いて考えるには無理がある。何度もいうが大橋氏が音楽レッスンの実態をどこまで理解して今回の主張をしているのか甚だ疑問だと私がいう根拠はまさにここにある。なぜなら多くの場合音楽レッスンの「練習」はおよそ「演奏」というレベルとは程遠い内容だからである

ちなみに上記のHuffingpostの記事に関してある知財専門の弁護士からは「本来であれば、ヤマハ側の主張も、JASRAC側からの言葉ではなく、掲載すべきであり、この記事には公平さが欠ける」という指摘もあったことを付記しておく

最後に何度も書いているがJASRACの一番の問題で不信感が得られている問題

3. 「包括契約」に基づく徴収額が実際に作家にどのように具体的に分配されているのか、内容をJASRACは一切明らかにしていない。これは甚だ問題である

包括契約で実際にワンレッスン50円だった場合のシミュレーションは別記事に書こうと思うが、徴収された料金が、著作権者に正当に支払われるのであれば問題ないのだが、問題はこれらの「演奏権」に基づく包括契約徴収の分配がJASRACはどれだけ作家に分配しているのか、一向に明らかにされていない点である。この点はJASRACの正会員、準会員の総会でも議論されたがいずれも先送りされ、現在にいたるまで発表されていない。

実はこの点が社会がjASRACに対して不信感を抱く大きな原因となっている

裁判でもこの点は証拠として提出要求すべきだろう。仮に今回の包括契約の徴収が始まった場合の作家への分配内容を公開すべきである

この点はかなり前から議論されていたが、jASRACが頑なに包括契約の作家の分配の詳細の公開を拒否する理由は一体何なのだろうか? 知られては困るような内容でもあるのだろうか? 今回仮に音楽教室からの徴収が実現しても浅石理事長や大橋氏の退職金に殆ど消えるようでは誰も納得しないだろう

いずれにせよ音楽文化を守る闘いが始まった。

私は「音楽教育を守る会」を全面的に支持します

ちなみに余談だが来月に行われる正会員、準会員の総会が荒れなかったら私は驚く。クラシック系は勿論、歌謡曲系でも音楽教室に関わってない人、生徒を持っていない人は殆どいないはず…  その全員が遅かれ早かれ影響受けるからだ

 

 

 

5月 17, 2017 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2017年4月26日 (水)

映画、音楽の分野でのグローバリズムについて

グローバリズムというものが叫ばれて久しい。それらはインターネットを発端とした情報やコンテンツが国境に関係なく行き来する事態を念頭に云われているが、報道でもご存じの通りいま「反グローバリズム」の動きが世界中で台頭している。

アメリカでトランプ政権などがアメリカのラストベルト(古い産業で取り残された豊かでない白人支持層を中心とした地域)の支持によって当選したことはよく知られているし、フランスの大統領選挙も中道系独立候補のエマニュエル・マクロン前経済相と極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペンの決選投票となった、

・強まるナショナリズム、世界の混乱要因―西欧で極右政党躍進
http://jp.wsj.com/articles/-1401156705?tesla=y

こうした欧米での右翼勢力の台頭は「高失業、移民に対する嫌悪感、国家主権を侵害しているかにみえる(欧州連合=EU=の)規制への怒り、そして強烈な反グローバリゼーション感情などの要因を受けた結果だ」という見解が一般的である

だが情報やコンテンツが当たり前のように国境に無関係に行き来する現代で、世界のビジネスや文化交流その他がグローバルに展開することを止めることは今更不可能だ。

移民排斥を始めとする安易なナショナリズムは時計の針を戻すばかりか、経済や文化の発展にとってマイナスになると思う。

しかし一方では今まで語られてきた「グローバリズム」というものに様々な問題があったことも否定できない。問題があったからこそこのような事態に発展したのだ

■新自由主義、市場原理主義と結びついたグローバリズム

本来グローバリズムと新自由主義は全く無関係のはずだ。だが日本だけでなく全世界でそうだがいつのまにかこの2つは殆どセットとなってしまっている。これはグローバリズムを唱えるエコノミストやIT系論客に甚だ問題があるのだが、いつのまにか彼らの論点はグローバリズムと新自由主義をむすびつけたあたかも両者は不可分であるかのように発展していった。かくしてグローバリズムは格差を助長し、弱者を切り捨て、結果として富める者はさらに富み、貧しいものはますます貧しくなる結果を全世界にもたらしたのである。

そしてその政策を正当化する便利な言葉を新自由主義者、市場原理主義者は多用した。

それは「自己責任」という言葉  弱者切り捨てを正当化できる新自由主義者にとっては実に便利な言葉である。そして新自由主義のエコノミストやIT系論客は自己正当化を含むあらゆるケースにこの言葉を多用した。

だが繰り返し書くが、世界がグローバルになることと、弱者切り捨てを正当化する新自由主義は本来無関係で別のものである。だが世界がグローバル化し、市場が一国内から全世界になるという部分で投資関係や大企業関係はそれを最大限に利用しようとした、その中でそれをシステム化し経済ブロックを作り、投資、経済等を主に大企業中心に自由にできるようにした。その走りがEUであり、アメリカ中心に構築しようとしたTPPである

私はグローバリズムそのものには反対しないが、TPPには反対した。なぜならTPPはあまりにもグローバル企業優先で、国家の主権や弱者を蔑ろにするようなシステムだからである。これを実際に発効したあとは悲劇的結末になることは目にみえていた

行き過ぎた新自由主義とグローバリズムが結びついた、それが結果として世界各地に安価なナショナリズムを呼び起こしてしまったと私は考えている

■グローバルにならざるを得ない映画、音楽のコンテンツ制作

しかしインターネットやソーシャルネットがこれだけ発展し普及した現代に自国一国のマーケットだけ見ていればいいという見解はどう考えても時代遅れだ。実際日本国内の市場だけで映画や音楽コンテンツを回そうとすると相当苦しい運営を迫られる。

何よりも今までのグローバル化の流れに沿って情報、コンテンツが国境に関係なく動くことによってコンテンツーとりわけ映像コンテンツ制作の世界には劇的な変化が起きている。

例えばつい5-6年前だったら日本の俳優が「ハリウッド映画に出たい」などと云おうものなら周囲から「お前バカじゃねえか?」とか「身の程を考えろ」とかいわれて袋叩きにあったものだ。
だが今私の周囲のFacebookでつながっている俳優を含め、多くの日本人俳優が当たり前のようにハリウッド、や中国等の外国映画に出演する時代になった。そしてそれをくさす人間など殆どいない

先日、私はとある関係でかつて「B級映画の帝王」と呼ばれたロジャーコーマン氏の記者会見に出席した。コーマン氏プロデユースのヒット作「ピラニア」の新作「ピラニアジャパン」の製作発表パーテイーに出席したのである。

 

Roger_coman
記者会見パーテイーでのロジャーコーマン氏と筆者の記念撮影

その記者会見でコーマン氏はいみじくも発言したのは「自国一国のマーケットだけを念頭に映画製作する時代は終わった」と明言し、日本の映画関係者の積極的な参加を呼び掛けた。決定ではないが、日本人監督の起用も考えているという。主演のクリストファーロイド以外のキャストはこれから決定し、勿論日本人のキャストも大量にキャステイングする予定だという

実際映画、アニメ、ゲームなどは(後者の2つは政府の「クールジャパン」政策も後押ししている)急速にグローバル化が進んでおり、映画もアニメもゲームも全世界の市場を念頭に置いたコンテンツ制作の方に流れが動いている。そしてその動きはもはや誰にも止められないだろう。

そうした流れの中で日本側でグローバル化する上で1つの障害が発生する可能性がある、それは既存の日本の芸能界のシステム、と海外のショウビズのシステムとの根本的違いである。

「ガラパゴス」である日本の芸能界、音楽界のシステム

日本以外のショウビズは基本的にエージェント制をを採用している、エージェントというのは殆どが知的財産に詳しい弁護士が代理人となって映画製作会社、音楽制作会社、レコード会社に対してギャランテイやその他の条件を交渉する人間である。事務所と違うのは原則マネージメントは行わない(但しエージェント会社によってはマネージメントのオプションもある) 何よりも音楽事務所、芸能事務所と根本的に違うのはエージェントとアーチストが一対一の完全に同等な立場となっている点だ。

日本の芸能事務所、音楽事務所は言葉が悪いが親分対子分のような浪花節的な結びつきが強く、たいていの場合は事務所社長がタレントを事実上「支配する」システムを取っている。つまりエージェント制と芸能事務所等の芸能界のシステムはいわば水と油のようなものである。

だがおそらく日本の芸能事務所、音楽事務所の殆どが海外の製作会社や音楽制作会社に関して、著作権、肖像権、知的財産。その他、タレントの人権等を含む高度な法律的知識を持った人材を装備しているとは考え辛い。いたとしても超大手の芸能事務所だろう。 海外でエージェント業務を行う人間はそれだけの高度な法律的知識を有している人間でないと務まらない(だから弁護士がなるケースが多いのだ) 

映画や音楽の世界がグローバル化する、ということはそういった既存のシステムを変えざるを得ない場合も当然出てくる。日本の芸能界や音事協を中心とした事務所のシステムはまさしく日本独特なものだが映画や音楽のコンテンツ制作がグローバル化する流れではこれら「既存のシステム」は寧ろ障害になる可能性が高い。そのため映画、アニメ、ゲーム等のグローバル化は日本の芸能事務所や音楽事務所の体制を根底から覆す可能性を持っている。その変化に対応できる事務所は生き残るが、従来のやり方に固執する事務所は新しい時代では生き残れない可能性の方が高いのだ

よく日本のシステム、(とりわけ日本の音楽がそうだが)は南太平洋の孤島の「ガラパゴス」に例えられることが多い。他の地域と隔絶していることで独自の進化をしてきた孤島の生態系を指しているのだが日本の芸能界や音楽事務所はまさにその「ガラパゴス」そのものなのだ。

だがこの流れを止めることはもはや不可能である。いわゆる芸能界のドンとか呼ばれる人間でもこれを止めることは不可能だ。そしてこのグローバル化のスピードは私の予想ですら超えるスピードで動いているのが現実である。

■新しいグローバリズムは誰にでも均等にチャンス、同時にセーフテイーネットも

さてこの映像制作のグローバル化について気を付けなければならないのは、経済政策で行ってきた同じ過ちを繰り返してはならない、という点だ。つまり新自由主義とグローバリズムを結び付けるという点だ。

行き過ぎた新自由主義のグローバリズムは結果として投資関係や大企業のように「持てるもの」に恩恵が集中し、「持たざる者」には大した恩恵をもたらさなかった。このシステムに根本的に欠けている観点は「誰にでもチャンスが訪れるー機会が均等に訪れる」という点である。
つまり本来グローバルで自由な社会のはずが必ずしも「誰でも機会均等に」富を追求するシステムではなかったという点を抑えなければならない。だからこそ格差が生じたのであり、貧民層を中心にグローバリズム=自分たちを不幸にするシステム、というイメージが広がり、トランプのような人種差別主義者の大統領就任を始め、イギリスのEU離脱、そして欧米各地で極右政党が台頭する結果をもたらした。

だからTPPのようにグローバル企業のみが恩恵を被るようなシステムでは、例えば貧民層の少年が自分の力で巨万の富を手に入れる、などということはたぶん起きないであろう。 日本でいえばロクに学校も行けなかった人間から巨万の富を手にした松下幸之助や田中角栄のような人物はこのシステムでは絶対に、といっていいほど出てこない。

世界の1%の人間しか幸せになれない、それが新自由主義と結びついたグローバリズムの結果である

そういうグローバリズムは否定しなければならない。

新しい映画や音楽の世界のグローバリズムは特定の人間のみが潤うシステムではなく、誰にでも均等にチャンスが訪れ、誰でも均等に成功者になるチャンスが訪れるようなものでなければならない。

現在私は現在ソーシャルネットというツールを用いてそれを行おうとしているが、インターネットだからこそそれが可能になるはずだと考える。

一方で弱者が弱者のままで終わらないように支援しなくてはならない。セーフテイーネットの構築も必要である。政府の経済政策を推進する新自由主義者はそのセーフテイーネットを構築するのを怠った。わざと怠ったといっていい。それが自らの立場を利すると考えたからのようだが、その結果が全世界的な「反グローバリズム」の動きにつながった。

グローバリズムと新自由主義は切り離さなければならない。切り離さないとせっかくネットでつながった世界でのコンテンツや情報の動きは機能不全に陥ってしまう。そのため新自由主義的なエコノミストを政策立案者から追放しなければならないはずだ

■全ての「ガラパゴス」が悪いわけではない

最後に全世界的に広がっている極右勢力の台頭には私は極めて危険なにおいを感じ取っている。一つ間違えると第二次大戦前のような危険な方向に人類は向かってしまう危険性もある。これというのもグローバリズムというものを誤解している向きがあるからではないか、と思う

過剰な新自由主義と合わせ、どうも国別のローカライズや国の風習、慣習そのものを否定しているとしか思えない自称グローバリストが時々いる。特にグローバル派エコノミストとかITマーケテイング系とかにこういう輩が多いような気がする。まるで全世界が金太郎飴にように均質化することがグローバリズムであるかのように考えているとしか思えない連中だ。だからアメリカが成功しているものが日本で成功しないと「日本が遅れているからこうなった」みたいな言い方をする人間も少なくない。

だがそれはとんでもない誤りである。いくらネットで世界でつながっているからといって日本とアメリカの国事情は全く違う、だがそういう点を全く見ようともせず、一律に論じる論調がネットでは多すぎるのだ。

あえていうが「全てのガラパゴスが悪」ではないのだ

勿論上記で述べた日本の芸能界のシステムのようにグローバリズムの観点から障害になりかねないものもある。だが物は考えようで「ガラパゴス」「その国独自の特徴」というのは紙一重でもあるのだ。よって日本独特=ガラパゴスという短絡的な発想で行うとまた極右勢力台頭のきっかけになる可能性がある、

どうもネットでは左でなければ右、白でなければ黒といった単純な二者択一の議論しか出ない傾向があるが、世の中はそんなにすべてが白黒で分けられるような単純なものではないことは少しでも社会経験がある人間ならわかるはずだ。だから日本という特徴を生かすために「尊重すべきガラパゴス」「障害になるガラパゴス」を見極めなければならないのだ。白や黒ばかりではなくグレーもある、ということをきちんと理解して「日本独自の表現」「日本の特徴を生かす」ということを考えないとこれからのグローバルな市場では生き残れない

ネットの様々な論調もグローバリズムをおかしくしてしまっている面もあるようだ。

以上のことをふまえて、今後ますます推進されるだろう映画、アニメ、ゲームコンテンツのグローバル化の波に乗っていきたいものである。

そして勿論音楽もこの波に乗り遅れないように。取り残されないように音楽家の端くれとして全力を挙げる所存である。

 

 

 

 

4月 26, 2017 経済・政治・国際 | | コメント (1)

2017年2月 3日 (金)

音楽教室から著作権徴収ーJASRACは過剰な著作権「演奏権」信託権濫用による徴収をやめよ!!(緊急声明)

ご存じの通り私が経営している会社の主要取引先は某楽器メーカーであり、音楽教室の教材の制作を行っている。それだけにこのニュースを聞いて驚いた

これまで著作権の徴収において教育現場での使用料徴収は教育を重視する立場から著作権料徴収はしない、というのが通例となっていた。ところがその通例をJASRACは「演奏権」を根拠に破ろうとしていることがわかった
■音楽教室から著作権料徴収へ JASRAC方針、反発も

http://www.asahi.com/articles/ASK213QYXK21UCVL00P.html

そもそも著作権を教育現場に条件的に摘要する場合は非常に限られている
http://www.jasrac.or.jp/info/school/
http://www.jasrac.or.jp/park/inschool/

だがこれらは学校でCD,DVDを配布する、楽譜をコピーして配布する、そして文化祭等にアーチストに対して報酬を払った場合、等のみを規定している。

そして万国著作権条約パリ改正条約の第五条の3-3にも「例外規定」として「この条の規定に基づく許可は、教育又は研究を目的とする場合に限り、与えることができる。」としている、

http://www.cric.or.jp/db/treaty/bap_index.html

だが上記いずれの規定の中にも「演奏権」に関する規定が含まれていない。今回のJASRACのヤマハ、カワイの音楽教室への課金はそれを根拠にしている。やりかたが実に姑息だ。そしてこれは明らかに万国著作権条約パリ改正条約の基本精神に反するものである。

・著作権の「演奏権」徴収を学校教育まで対象にする道を開く暴挙

今回のヤマハ、カワイに対する「演奏権」の著作権徴収は「演奏権」の規定を個人の音楽教室や学校教育にまで広げる道を開くことを意図しているのは明らかだ。ヤマハ、カワイの音楽教室の運営も決して楽ではないし、いわんや町でピアノを教えている個人のピアノ教師を始め小さな音楽教室などまず、徴収されればやっていけない。そして街の小さな音楽教室や学校での音楽授業にも「演奏権」に基づく著作権徴収を広げる可能性がある。いや、殆どそうなるのは時間の問題といっていいだろう。

これはいうまでもなく日本国内のほぼ全ての音楽教室の存続を危うくし、全ての学校の音楽の授業にまで適用すれば日本の学校から音楽の授業が消える可能性すらある、

これは決して大げさなことではない。JASRACが学校の音楽教育にまで「演奏権」の著作権料徴収を強行すればそうなる可能性が高い。

・JASRACだけに信託権がある「演奏権」-独禁法に抵触の可能性

そもそもこの音楽著作権の「演奏権」というのは音楽著作権の中で最も古い権利の1つである。これは信託された音楽著作物が演奏会等で演奏するとその著作物の作者(作曲家、作詞家)に対する権利の対価として支払われるものである。これ自体は正当な報酬である。クラシック音楽でも作曲家が没後70年(新規定では70年になる)を過ぎたものでない限りこの音楽著作権の「演奏権」の徴収は法的には可能である。

よく町のカフェバー、レストランでJASRACが「著作権法違反」で摘発するというニュースが流れるが、これは音楽の「演奏権」に対するJASRACに対する手続きを怠ったためこういうことが起きる。原則演奏した曲目をJASRACに報告するのだが、手間な場合は「包括契約」というのを結び年間店舗の規模に応じた金額を支払えば摘発を免れることができる。問題はこの点に関して確かに一般の人の理解が浸透していない部分は確かにある。

だが問題はこの著作権の「演奏権」の信託権利を持っているのはJASRACのみである、という点だ。他の信託機関ー先日e-licenceJRCが合体しNextoneを発足させたが、このNextoneには著作権の「演奏権」の信託権利はない。そのため著作物をNextoneに信託しても演奏権は改めてJASRACに信託し直さなくてはならない、というおかしなことが起きる。

なぜこんなややこしいことになったのかわからないが、JASRACの動きをみるとこの著作権の「演奏権」をタテにあらゆる口実でユーザーから使用料をかすめとろうという動きがみて取れる。Nextoneの前身のe-licenceとJRCが著作権の「演奏権」の主張をしなかったのかJASRACだけがこの権利に固執したのかわからないが(たぶん9割以上の確率で後者だ)いずれにせよ1つの信託機関が著作権でも特定の権利の信託権だけ独占するのは独占禁止法に抵触しないのだろうか。

実際テレビやラジオのメデイアの楽曲の使用料に関してはJASRACの独占禁止法が公正取引委員会から出され裁判でJASRAC自ら独占禁止法に違反していることを認めている
■JASRAC、自らの独禁法違反認める 他社の参入排除
http://www.asahi.com/articles/ASJ9G466TJ9GUCVL00K.html

これらは著作権の「演奏権」に関しても同じことがいえるのではないか。いや、どう考えてもこれは独禁法に抵触するだろう。JASRACに信託権があるのなら当然Nextoneにも信託権があってしかるべきである。

事実上の独占だからJASRACが「演奏権」をたてにやりたい放題できる。今回の音楽教室への課金通告はまさにその一環であり、競争のない独占的権利を背景とした暴走といわざるを得ない。

・超えてはならない一線を越えたJASRAC

JASRACの著作権の「演奏権」の強制徴収。その中のいくつかはやむを得ないものもあった。だが本来は「免除規定」があるはずの音楽教室に対して強制徴収を測るというのは明らかに超えてはならない一線を越えたといわざるを得ない。
特にヤマハやカワイといった日本で庶民を対象とした音楽教育の根幹を担ってきた会社に対する「演奏権」の一方的な課金は単なるアリの一穴ではすまない。そしてその流れが街の小さな音楽教室から個人のピアノの先生にまで及ぶのはほぼ時間の問題である、そしてやがて学校教育にまでその対象を広げるだろう。これが通れば学校で音楽の授業自体の存続が危ぶまれる。このままいくと100%そうなるといっても過言ではない

いうまでもないが街の音楽教室の殆どがやっていけるはずもなく、日本の音楽教育の苗床がズタズタになるのは避けられないだろう。音楽の文化全体の不活性化になることは間違いない

あえていうが  JASRACは日本中の音楽教室をつぶす気か?

                     日本から音楽教育そのものをなくす気か?

何度もいうが決してこれは大げさな話ではない。これは反対運動や署名運動を市民レベルで起こさないと、日本という国には音楽というものがなくなってしまう国になるだろう。早急な反対運動をよびかけたい!!

JASRACは過剰な著作権「演奏権」濫用による徴収をやめよ!! と声を大にしていいたい

反対署名のご協力をお願いします

■音楽教室から著作権料を取らないで!! 日本の音楽教育存続のために(シェア大歓迎)

署名終了:30137人の方の署名をいただきました。ありがとうございました。

 

style="display:block; text-align:center;"
data-ad-layout="in-article"
data-ad-format="fluid"
data-ad-client="ca-pub-3062244771962944"
data-ad-slot="8526296439">

 

2月 3, 2017 経済・政治・国際音楽16-23 | | コメント (0)

2016年5月30日 (月)

音楽ビジネスの基本ー「ブッキング」というものについて

ご存じの通り私はFacebookグループ「音楽家&音楽及び関連業界キャステイング」の管理人をしているが、来月からComCafe音倉の女将の庄野真代さんのご厚意もあって、隔月で音楽イベントを開催することになった。

その第一弾として「Facebookグループ「音楽キャステイング」Music Session Vol1」と題して6月21日から23日の3日間ComCafe音倉にて行われる

Otokura2

いずれも

チャージ: 前売り 2500円+1ドリンク(500円
       当日  3000円+1ドリンク(500円

■Facebookグループ「音楽キャステイング」Music Session Vol1 初日

6月21日 Open 18;30 Start 19:00

1.田口彰太
2.本田幸子
3.式 紗彩
4.たてようこ

■Facebookグループ「音楽キャステイング」Music Session Vol1 2日目

6月22日 Open 18;30 Start 19:00

1. 一谷敏毅
2. 鵜沼武弘
3. Opuchi misin
4 堀川直裕貴

■Facebookグループ「音楽キャステイング」Music Session Vol1 3日目

6月23日 Open 18;30 Start 19:00

1. 岡秀年
2. RENA
3. 亜衣&ひーちゃん
4 Uno Project

イベントページ https://www.facebook.com/events/857610897676838/

こういうイベントを開催する時に、よくあるトラブルとして「ドタキャン」をするバンド、ユニットが時々出てくるという点だが、当たり前だが出演者に対しては以下の注意事項を記している

1.集客の努力を自発的に行って下さい
(主催者や他共演者へのおんぶんに抱っこ出演は止めましょう)

2.ドタキャン等は絶対にしないで下さい。
(参加者はプロであるという意識でお願い致します。)

当たり前の話なのだが、実はこの当たり前なことを理解しない人間も少なくない。また参加するミュージシャンだけでなく、イベント主催者や出演を依頼する方でも時々意識が低い人がいて出演者の出演をキャンセルさせたり、といったトラブルも後を絶たない。また一方ではよく芸能ニュースで芸能人、タレントとイベント主催者の間で発生するトラブルの殆どはこのブッキングにからむトラブルであることが多い。ここの部分を理解していない人が日本社会に非常に多いため、よくトラブルが発生するのだ

ここで日本社会でとりわけきちんと認識、理解されているとは言い難い「ブッキング」というものに関してここで述べようと思う

そもそも「ブッキング」とは何か? ということをまず説明しなくてはならない。

それにはそもそもミュージシャンに限らず、タレント、芸能人というものは時間単位で動いている、という点を理解しなければならない。これは一般の人材派遣と同じで派遣される人間の「時間(拘束時間)」をタレント芸能事務所、音楽事務所は売っているのだ。音楽家やタレント、芸能人に出演を依頼する、ということは彼らの「拘束時間を買う」ということなのだ。まずここをきちんと理解しないとここから先の話がとんちんかんになってしまう

これはいわば歯医者やマッサージとかの予約と同じようなもの、ではあるが実はそういう一般の「予約」とは根本的に違う点があるのだ。ここを理解していただくことが重要である。

・音楽家、タレント、芸能人に出演依頼する方にご理解いただきたい点

どう違うのか?
実はホテルとかレストラン、医師のアポイントメント等は施設等で開業しており、予約した客以外でも施設は営業として回っている。但しホテルなどはご承知のとおり部屋というスペースを確保するのでドタキャンすれば当然キャンセル料が発生する

つまり依頼する方も基本的にはドタキャンというのは常識レベルでは本来やってはいけない点なのだ

特にこれが音楽家、タレント、芸能人がイベントその他で出演依頼する場合だが、基本的に出演者はそのイベントのためにさまざまな準備を行う。なぜなら当たり前だが出演の状況(出演会場のその他の事情)や条件はイベントの内容によってまちまちだからだ。アーチストたちはその各イベントの個別の事情に合わせて出演内容を詳細に検討しイベント会場のお客さんに喜んでいただくための方策を考える。

つまりキャンセルされる、ということはその工程が全て無駄になる、ということである。

あとこれは企業さんが音楽家、アーチストに依頼する時に非常によくあるケースなのだが、会社の稟議や予算もおりていない段階で音楽家、アーチストのアベイラビリテイ(ブッキング可能かどうかをきくこと)それも確実なアベイラビリテイ, 時間を抑えることを要求(実はもう時点でこれは「ブッキング」に当たる)しながら土壇場で「予算がおりない」とかいってキャンセルするケースだ。 実は私も何回もこれをやられたし、 特に東日本大震災直後の「自粛ムード」がそれに追い打ちをかけ、私の会社はインペグ(音楽家派遣事業)から撤退した。

こういうことは絶対にやめていただきたい。逆に予算や稟議すら降りていない段階で音楽家、アーチストの出演依頼をする、「拘束時間を買う行為を行うー「ブッキング」を行う という行為をやめられないのならあえて申し上げるがそういう企業さんは

そもそも音楽家、アーチストの出演依頼などは考えないでいただきたい。

時々どこの会社さんとはいわないが、音楽なりアーチストなりを「所詮は娯楽だ」などという上から目線で接してくる企業さんがいる。明らかに音楽家、アーチスト、芸能人をバカにしている、人間とすら思っていない態度がありありの会社だ。そいいう会社さんは何となく雰囲気でわかるので私はどんな有名な会社さんでもそういう態度を取る会社さんは基本相手にしないことにしている。そもそも心の底から音楽家、アーチストをバカにしている人たちに自分たちの演奏、パフォーマンスなどあまり見せたいという気にはならないものだ。その価値を理解しようとすらも思っていないことはわかるから

・音楽家、タレント、芸能人がブッキングで心かげるべきこと

上記は依頼する方の話だが、実はアマチュアバンドだけでなく、酷い場合はある程度名前の通っている芸能人でも「ブッキング」をしながら出演をドタキャンするケースが少なくない。

「ブッキング」を承認した以上、条件や会場の状況は関係ない。それらは本来出演を承諾するかしないかの段階で検討すべき案件でそれがアーチストが活動を行うのに適していない条件であればそれは「ブッキング」をする前に断ればいいのである。

だが一度「ブッキング」を承認し、自分の「拘束時間を売る」ことを承認した以上はその出演枠に対する責任が生じる。これは出演条件とは関係ない。よくフリーライブならドタキャンしてもいいだろう、なんていうミュージシャンがいるが、フリーだろうがギャラありだろうが関係ない。「ブッキング」された以上はプロとしてその枠は責任をもつべきである。やむを得ず自分が出演不可能になった場合は自分で代役を探す等、とにかく自分の出演枠には全面的に責任をもつべきである。

それができないアーチストはあえていわせてもらえれば

プロ意識のないアーチストといわれてもしかたないのである

この「ブッキング」は一番トラブルの原因になっている。そして多くの場合は出演依頼する方、出演を承諾する方、いずれかの意識が低くて起こる場合が多い。せっかくいいビジネス関係になりうる可能性があるのに、この「ブッキング」が元で関係が壊れるというのはもったいないことである。

そういうケースが起きないように私もイベント主催の場合は最大限の努力をしようと思うし、出演依頼者に対してはアーチストの拘束時間を買う。という意味を理解していただくように説明をしておこうと思う。それでも意識の低い企業さんというのもいるのでそこは最大限注意を怠らないようにするし、悪質な場合は企業名公表も辞さないつもりである。

5月 30, 2016 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2015年10月19日 (月)

エーベックスJASRAC離脱について

先週は音楽業界の大ニュースがあったにもかかわらず、映画音楽作業の突貫作業やライブの準備とかでブログの更新もなかなかできなかった。ようやく映画音楽作業が終わったのでこの問題について論じようと思っている

Img_0635

司法判断が後押し エイベックスがJASRAC離脱
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFP15H0P_V11C15A0EA2000/

エイベックスがJASRAC離脱 音楽著作権ビジネスが活性化か
http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/16/jasrac_n_8309416.html/

もともとJASRACというのはとりわけネット内では極めて評判の悪い団体であり、また司法判断でJASRACと放送局の契約方法について「他業者の参入を妨げており、独占禁止法違反の疑いがある」との判断を示していたこともあり,この問題に関してはネットでも世論でもエイベックスを礼賛する論調の方が圧倒的だ。

だが実は話はそう単純ではない。実は私自身は非常に冷めた目でこれを見ている。

一方でJASRACがなぜこんなに嫌われ者になっているのか、その理由はわかっているつもりだ。

ひとことでいえば「演奏権」というものが非常にネックになっているのだ。

演奏権とは元々作曲家や作詞家の作品を演奏会、ライブハウスで演奏する時に発生する著作権料のことで、全国の主なホールやライブハウス等が JASRACに対して支払っている権利料だ。よく問題になるのはカフェやレストランで音楽を演奏する時に摘発を受けるのはこの演奏権を支払わずに、他人の 曲を演奏すると著作権法に引っかかるためだ。特にカフェ、レストランは結果として「営業」をしているため、この場合は「個人が音楽を楽しむ権利」というのは適用されない。 そのことに対する理解が一般的にされてないためにJASRACに対する批判が噴出している。

この演奏権というのは勿論欧米の権利団体も信託しているのだが、割と欧米の権利信託団体はおおらかというか、カフェやレストランで演奏してもJASRACのように厳密な適用をしないケースが多い。特に学校や教育関係はほぼフリーパスだ。日本も教育関係は原則適用外ではあるが、100%フリーパスというわけではない。

つまりいい悪いはともかく

JASRACは演奏権の徴収をきちんとやりすぎている。 

といういいかたもできる。

JASRACにいわせれば包括契約という「手続きを簡略化」したシステムを導入している、といういいぶんもあるだろう。包括契約というのは本来なら演奏した曲を一曲一曲報告しなければならないが、それを免除する代わりに年間一定の金額をJASRACに支払うというもので、JASRACは殆どの放送局や名だたるホール、ライブハウスとこの契約を結んでいる。包括契約による収入はいい悪いはともかく総金額を全信託者に「平等に」分配するシステムになっている。

だがJASRACや音楽事業者にも問題がある。音楽の権利について殆ど知らない世間一般に対して権利の啓蒙をしていなかったからだ。それが誤解をよびJASRACが悪者にされている元凶でもある。

この演奏権というのはレコードやCDが普及する前から存在する著作権の中でも最も古い権利の種類だ。これはJASRACだけが信託権を持っている権利で、エイベックスが買収したe-licenceJRCにはその権利信託権がない。つまり演奏権の徴収を作曲家や作詞家が望むのであれば自分の曲をJASRACに信託(権利の管理)するか、e-licenceJRCに信託した場合は演奏権のみJASRACに信託する手続きをふまないといけない。

なぜe-licenceJRCがこの演奏権に関する信託権を主張しなかったのか、私はわからない。e-licenceJRCが発足したのがまだCDパッケージの売り上げの状況が今のような危機的な状況でなかったから、というのもあるが私はもし自主的に演奏権の信託権をe-licenceJRC側が主張しなかったのであればそれはある意味致命的な失敗だろうと考える。

JASRACが半独占状態を作っている理由はいろいろあるが、1つはこの「演奏権」というものがあるかないか、というのも大きい。勿論最大の原因は殆どのメジャーレコード会社がJASRACの信託しか考えていないという点が大きいが

演奏権は確かにカフェ、レストラン等が「音楽を演奏したために摘発される」原因の1つではある。しかしだからといって演奏権を悪者扱いにするのはいかがなものかと思う。なぜなら音楽配信やストリーミングの時代にあっては寧ろ音楽のライブ、生演奏の意味が大きくなっていくからである。昔のような「アルバムアーチスト」というのは現代ではもはや成り立たない。ライブ演奏が魅力的なアーチストでなければ生き残れない時代なのである。そういう時代に「演奏権」という著作権の中でも最も古い権利を「旧態依然のもの」と決めつけ排除するのは著作権者からすれば自殺行為に等しい

しかし「音楽を使う立場」からすれば演奏権というのは煩わしいのは確かだ。特にネットでは音楽や映像コンテンツを「自由勝手好き勝手に使いたい」という声は根強くある。しかし水を差すようだがコンテンツビジネスは「権利ビジネス」であり、「ネットの自由」を名目に何でも無料で好き勝手に使うなどということがまかり通ったら「権利ビジネス」自体が成立しなくなってしまう。残念ながら「権利ビジネス」として成立するためにある程度線引きは必要なのである。認めたくない人はいるだろうが..。

誤解しないで欲しい。私はJASRACを擁護するつもりなどさらさらない。現在のJASRACの事実上の独占状態がいいとは全く思わない。アメリカのようにASCAPやBMIのようにきちんとした競争原理を働かすべきであると考える。

だが今回のことで エイベックス=善玉、JASRAC=悪玉 という単純な白黒分けの論調には激しい違和感を感じる。

なぜならそもそもエイベックスが今までも作曲者、作詞者に対してきちんとした権利処理をしていたのか、という問題がはっきりいってあるからだ。

実はこの点が最大の問題なのである。

ここで業界の裏話をしよう。私はエイベックスとは今まで仕事上のおつきあいはないし、今後もおつきあいするつもりはないのであえて暴露する。(おつきあいをしようとした時期があったのは事実だが)

実はこの会社、作曲者、作詞者へのゴースト強要の常習犯でもある。今まで「本当の作曲者、作詞者」にきちんと著作権の分配をしていたかどうか、全てのケースでそうだとはいわないが、少なくとも全てのケースで「本来の作曲者、実際本当に作曲、作詞をした人」に正規の著作権を払っているわけではないことだけは確かである。

これははっきりいって音楽業界では常識である。誰も口をつぐんで云わないだけだ。仕事で干されるのが怖いからである。

実は例の佐村河内のゴースト事件の時もJASRACは各レコード会社、とりわけエイベックスに対する調査を行っている。この件に関しては殆どのレコード会社が脛に傷を持っているだけに全社沈黙しているが、このエイベックスなどはかなりの確信犯といっていい。

エイベックスがJASRACを離脱する、という噂はちょうどこの頃から出てきている。

そうした背景を考えると、エイベックスの今回のJASRAC離脱はかなり私には胡散臭い面があるのも否定できない。著作権料の演奏権の問題云々という問題とJASRACの独占阻止という表向きの理由があるにせよ、私は本当は別の思惑があるのではないか、と疑ってかからざるを得ない。

少なくともエイベックス=善玉、JASRAC=悪玉という論調は短絡的に過ぎる。

エイベックスのJASRAC離脱の本当の目的は何なのだろうか?

10月 19, 2015 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2015年9月 3日 (木)

長年つきあいの国内プレス業者が廃業決定ーいよいよ来るべき時が来たかも

本日もう長年のつきあいのある業者から寝耳に水の連絡を受ける。

何と9月1日でその会社は上場廃止!!  それに伴いCD,DVD等のパッケージ製作事業を廃業する旨の連絡を受けた。
この会社はJASRAC指定工場で経営も比較的安定していた、と思うし、昨年の段階ではかなりの数の受注を受けていて多忙にしていたと思うのだが、全く急な一報に驚いた。

取りあえず発注予定の案件の発注先を別に探さないといけないが、かつてつきあいがあったもう1つの会社は業界一位だが、価格を上げ、なおかつ500という小ロットは受けないという方針に変わったので使えない。

あと1-2か所聞いては見るものの、場合によっては国内プレスを海外プレスに変更せざるを得なくなるかもしれない。海外プレスの業者はまだ健在であることは確認。

明日問い合わせた別会社の見積りを聞いてみるが価格によっては国内プレスをやめて海外のみにすることを真剣に検討している

正直ついにこの日が来てしまったかな、とも思う

予想はしていたが、実際にこの日が来ると驚きを隠せない

やはりパッケージ不況には勝てなかった、ということか。

さてうちもパッケージ事業の見直しーおそらくそういうことになるだろうーに着手する準備をすることにしよう

注:このあと取りあえず代替えの業者をみつけ、当面はまだ国内プレスにも対応できるようになりました。

9月 3, 2015 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2015年1月29日 (木)

全国のCDショップ、レコード店に参考にしてほしいー小さな田舎町で注文が殺到する書店の例にみる「知恵と工夫」

当ブログにて語っている音楽業界は勿論のこと、出版業界も長年の不況にあえいている。

しかしそんな中こんな記事をみつけた。
何と田舎の小さな町の本屋さんに全国から注文が殺到し、何と年内分の予約はいっぱい、再開待ちの状態だという。

■【なぜ?】小さな田舎町の、全国から注文が殺到する本屋さん『いわた書店』
http://grapee.jp/28878

それは以下の理由から

サービスを申し込んだ人に、最近読んだ本や、職業について簡単なアンケートをとり、その答えから社長の岩田徹さんが1万円分のオススメの本を選んで送ってもらえるサービスです。

あえてアンケートの答えと同じ系列の本は選ばず、本人は選ばないけど読めば満足してもらえそうな本を選んでいるそうです。岩田さんいわく

「こうくるか、という変化球を投げて読書の幅を広げてほしいんです」

読書好きからは絶賛されているこのサービス。 はじめたきっかけは10年も前に遡るそうです。

始まりは10年前、高校同窓の先輩の前で書店業界の厳しい状況を話した時のことです。「それじゃあ面白そうな本を見繕って送ってくれよ」と数人の先 輩から1万円札を渡されたのです。病院長、裁判長、社長といった面々でした。緊張し、なぜこの本を薦めるのか、手紙を添えて送りました。

いまでこそ、全国から注文が殺到する人気サービスですが、最初からそうだったわけではありません。岩田さんは朝日新聞の取材にこう語っています。

1万円選書も、大規模競合店への対抗策の一つです。1万円選書自体は注文が多くはなく、経営の助けには至りません。ただ選書の依頼は「面白い本はどれ?」というお客様からの叱咤(しった)であり、「本屋の原点に立ち返れ」という激励であるのです。

朝日新聞デジタル ーより引用

きっかけはともかく、素晴らしいサービスだと思う。CDショップ、レコード店にもこういう知恵が欲しいと思う。」

音楽業界が一向に15年以上続いた不況から抜け出せないのは、ITのシステム、音楽配信とかサブスクリプション云々よりは音楽業界の制作から販売にいたるまで「工夫をすること」「頭を使うこと」を極端に嫌う体質になっていったことの方が大きいと思う。

昔のレコード店には「店長のおすすめ新譜」というものがあり、そこには多くの新しい音楽を発見する機会があった。是非このような企画で多くの音楽ユーザーの「新しい音楽に出会う機会」を作ってほしいと節に望む次第である。

近々発表される日本ミュージックソムリエ協会のCDショップ大賞を始め、同協会にこういう例を広めてもらいこの北海道砂川市(人口わずか1万8千人)のいわた書店の成功例を参考にするCDショップ版が一定数出てくれば音楽業界も少しは変わるのでは、と考える次第


1月 29, 2015 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2014年4月24日 (木)

このままいけば経産省の「クールジャパン」は間違いなく失敗。マーケット戦略不在とクリエーター軽視が問題

以前こういう記事を書いたが

秋元康のクールジャパン推進会議にみる政府と経産省のお粗末な内容とコンテンツやクリエーター軽視の態度
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/04/post-16d8.html

確かに元々「クールジャパン」なるものは鳩山政権の頃から出ていたが安部政権や経済産業省が推進している、となると何やら胡散臭い部分がどうしても出てくる。

そしてやはりそう感じているのは私だけではないということが以下の赤田祐一氏とソニー・デジタルエンタテインメント社長・福田淳氏の対談でもわかる。

■クールジャパン、なぜ国の主導だと失敗?無駄で誤った予算の使い方と、戦略の欠如
http://biz-journal.jp/2014/04/post_4661.html?fb_action_ids=10202465363968591&fb_action_types=og.likes

長いのでポイントとなる部分だけ引用させていただく

福田淳氏(以下、福田) 最近よく、クールジャパンなどといわれますが、米国ロサンゼルスの友達に「自分のことクールって言うのがまずクールじゃないけど、それって何?」と笑われました。

赤田祐一氏(以下、赤田) 確かに、ちょっとおかしいですね。

<中略>;

福田 経済産業省が主導する「クールジャパン推進会議」(第2回)の議事録(13年4月3日)を読んで驚きました。ある委員の方が、「台湾のお客様をお招きした際に、おもてなしのバーベキューをしたり、金魚すくいをしたりして喜ばれた。これこそがおもてなしの心、つまりクールジャパンなん
だ」と話していたのですが、本質的なところが抜けていると感じました。

<中略>;

その国特有の文化が、各国にいろいろありますよね。日本にも温水洗浄便座やウスターソースなど、海外に普及している商品がいっぱいあります。エンターテインメントの分野でも、アニメやコミック、アートなどは世界に広まっています。

 それを国がクールジャパンとして普及促進しようとすると、「英語字幕の補助金を出します」などと実務的な話になってしまいます。「それらのコンテ
ンツを、どうしたら外貨を稼ぐものにできるのか」「今それができていないのは、どうしてなんだろう」という話にまでならないのです。

赤田 サブカルチャーなどは、お上(国)から出てくるものではなくて、やはり下(市民レベル)からわき上がってくるようなものが面白いわけで、お上主導で進めるのは無理だと思います。

福田 日本でも、クールジャパンのコンテンツ市場における海外売上高を10年の4兆円から20年までに17兆円にしようと鳩山内閣が提唱しましたが、発表された10年当時、実はコンテンツの海外輸出市場は1兆円もなかった。それを別分野も入れて無理やり水増ししようとするから、変な話になるんですよ。経済産業省が「クールジャパンになるものだったら、個々に企画を審査して予算を出します」と言いだして、何をするのかと思えば、シンガポールでクールジャパン展みたいなものを開催して、“Jアート”(美術展)や“Jファッションショー”などの費用として15億円拠出したことが明らかになり、Twitter上でも「ひどい」などと話題になりました。ミヅマアートギャラリーの三潴末雄さんも「こんなもん、日本の文化の礎になるか」とつぶやいてました。

赤田 もったいない予算の使い方ですよね。お金のかけどころを完全に間違っている感じです。以前、「ガロ」(青林堂)というちょっと
カルトな漫画雑誌がありましたが、そのバックナンバーがインターネットの取引で、10ドルくらいで香港をはじめアジアを中心として、飛ぶように売れるらし
いです。しかも今、漫画家・辰巳ヨシヒロの作品が北米で復刻されているのですが、それも「ガロ」マニアの個人が手がけていているらしいです。そういうとこ
ろに予算を割いてくれればいいですね。

 何がクールジャパンかという定義も大事ですが、伝え方も重要ですよね。

福田 本当にポテンシャルのある面白いものや人をいかに紹介していくか、「これが日本の底力だ」とアピールしていくかが重要ですよね。

福田氏と赤田氏の対談内容には共感するが上記の議論を補足させてもらうとクリエーターに対する敬意が足りない。上から目線でお前らに予算をやる、という感じ。あと「委員」が特定の方向の人間に偏っていて秋元氏などは「クリエーターはノーギャラでやれ、国家のプロジェクトに参加させてやるんだ、ありがたいと思え」などという傲慢な態度が見えること。

我々クリエーターの立場からいわせてもらえばふざけんな! それならやらせてもらわんで結構だよ。といいたくなる。

とにかく政と官がつるんでやったものにだいたいロクなもんはないということだ。

で、経産省の推進しようとしている「クールジャパン」の問題点を整理すると以下のようになろう。

1.「クールジャパン」の定義の曖昧さとマーケット戦略の欠如。

そもそも「クールジャパン」の定義が曖昧。現代の日本文化、伝統文化の何に対して海外のマーケットが魅力的に移るか、という根本的な議論が欠けている。日本の文化、コンテンツの本質をきちんと理解した上で「クールジャパン」を推進しているとは思えないこと 

例えば手塚、大友作品やジブリ作品ならまだしも、アキバ系や同人誌系を「クール」だと考えている日本人は寧ろ少数派だと思うし個人的にはああいうのは恥ずかしくて出してほしくない。アニメやゲームだからなんでもいいというわけではないのだ。

それに日本のアニメを始めとする日本の文化はどうすればマーケッタブルな商材になるかか、日本の文化のどこが海外の人を惹きつけるのかについての議論は皆無といっていい。日本のコンテンツを海外に販売するためのマーケット戦略の根本ができていない。

2.お金の使い方の勘違い(既存の「公共事業」と同じ発想)

そもそも予算の使い方が問題。コンテンツ(ソフト)のプロジェクトなのに予算の大半を展示会やハードウエア部分に使うというのは本末転倒

この点は上記の対談に触れられているのでこれ以上は述べない。そもそもダムや橋を作る公共事業と同じ発想で「クールジャパン」などを推進しようとするからこういうことになる。予算配分に関しては文化、コンテンツに対する理解をきちんと持っている人間が行わないととんちんかんなことが起きる。

3.そもそも「クリエーター」を尊重、敬意を払う態度が根本的に欠如している

先ほどの秋元氏(そもそもなぜこんな奴に「クールジャパン」などを仕切らせるんだ!) の発言を見るまでもなくそもそも日本社会にはクリエーターに対する敬意、リスペクトの意識が甚だしく欠如しているのを感じる。

政治家や官僚は勿論のこと、一般の民間企業の中にも「クリエーター軽視」の態度を見ることができる。

以前こんな記事を書いたが
コンテンツー形のないものにお金を払いたがらない日本人ー文化程度の低さ、文明国家とは到底いえないコンテンツに対する意識
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/02/post-1031.html

twitter経由だが先日こういうことがあったらしい。

サイバーエージェントはイラストを作家に依頼した際、ギャラの事を聞かれて「そんなことより、XXさんには夢とか無いんですか?有名になりたいとか名前を
売りたいとか」とか言いだして、ギャラのことをうやむやにしようとしたそうで、すげえなと思いました いい根性の会社だと思います

この件の真偽はともかく、この手の話が後を絶たないのは殆どギャラ無し同然で受けてしまうクリエーターも少なくないという問題もあるが、やはり日本社会に根強くある「クリエーター軽視」の風潮があるからだろう。

上記リンクの私の文章に書いてあるようにコンテンツに相応のお金を払わないのであれば、ビジネスをやる資格はない。このサイバーエージェントが事実このイラストレーターにあのようなことを云ったとすれば、Amebloで多くの芸能人のブログを有する会社がコンテンツに対してこの程度の認識しかない、ということになり、多くの芸能人のコンテンツはこの会社にぞんざいに扱われる可能性がある。であるならばこんな会社のシステムの中にブログを作るのはやめた方がいい

ITの世界ではもてはやされているサイバーエージェント社だが、事実あのようなことをやったとすればブラック企業という噂もあり、間違いなく三流以下の会社といわざるを得ない。こういう「クリエーター軽視」の態度を「クールジャパン」の推進者の中にも感じる時がある。これでは「クールジャパン」についてくるクリエーターなどいないだろう。

いずれにせよこのままでは「クールジャパン」は失敗するといわざるを得ない。

 

 

 

 

4月 24, 2014 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2014年3月24日 (月)

ネット時代に情報、コンテンツの価値を「管理する」という考え方

私はFacebook等のソーシャルネットでアーチストの方とも多くつながっていただいている。その中で最近気づいたことがある。

そのアーチストの中にはモデルさん女優さん、俳優さんがいる。その中で最近テレビその他の露出が増えると同時にFacebookの記事のアップが少なくなっていることに気づいた。(ブログ更新も同様)

実は芸能事務所の中にはソーシャルネットへの参加禁止どころかブログすら禁止している事務所も少なくない。あのジャニーズ事務所などはそうである。

芸能事務所のこうした対応を「時代に対して遅れている」とか「芸能界はネット時代を理解していない」などと思う人が多いかもしれないが、実は最近それは違うと感じている。ジャニーズなどはその際たるものだが実はジャニーズほどネットを含めて現代のマーケットを分析してきちんと戦略をたてているところはない、といっても過言ではない。

当然ながら事務所がアーチストのソーシャルネットやブログに制限を加えるのはマーケテイングという観点から考えればきちんとした理由がある。

ネット草創期には「あらゆる情報やコンテンツはタダ(無料)であるべきだ」などという論調があった。今ではさすがにそういうことをいう人間は少なくなったが、私自身もネットでのマーケテイング経験で確実にいえることは、インターネットのようなフリーな空間で世界をフラットにするメデイア内では、「インターネットは価値、価格を下げる方向にベクトルは行っても上がる方向には決して行かない」という点である。それは音楽配信の実態を見ればわかるし、ネットでの音楽マーケットが既に衰退の様子を見せている音楽配信よりもストリーミング(サブスクリブション)の方向に大きく動いていることかもわかる。後者のストリーミングに関しては残念ながら日本は大きく後れを取っているが、その流れは避けることができないであろう。

ここで1つ理解しなければならないのは芸能事務所にとってアーチストの写真(ブログ等の肖像権のあるスナップ写真を含め)やアーチストの関連コンテンツはいずれも芸能事務所にとって「商材」であるという点である。

芸能事務所はそれを使って商売するわけだから、従ってその「商材」をどのメデイアに流すかということに関して統制をとる、管理するというのは至極当たり前のことであることを理解しなければならない。

ネット出現によって情報化社会とかいわれるようになったが、そのインターネットも数ある媒体ーメデイアの中の1つに過ぎない。ネット内でいまだにインターネットをある意味特別視するというか、あらゆるメデイアの中でネットが最も優れている、などといった言質に固執する人間が少なくないが、インターネットというのはパーソナルなメデイアでありテレビ等のマスメデイアとは本質的に違うものである。そもそも比較の対象にすることすらおかしい。

マスメデイアが以前と比べ相対的に下がったとはいえ、情報の波及力はネットがどんなにがんばってもマスメデイアにかなうものではない。ネットがいずれマスメデイアを凌駕する、などということが一時まことしやかにいわれたが勿論そんなことはありえない。認めたくない人もいるかもしれんが。

またネット社会になって「マス」というものがなくなる。というのもである。それはマスメデイアが流す情報によって店に行列ができたり、いわゆるB層という新たな形の「マス」を形成する層が政治その他に大きな影響を与えている事象をみても、「マス」はなくなっていない。しいて言えば「マス」が無くなったのではなく「マス」というものの本質が変わったのである。

さてその「マス」といわれる層が「知りたがっている情報」「体験したいコンテンツ」というものがあった場合、その「情報」や「コンテンツ」の価値というのはどうなるだろうか?

当然その「情報」や「コンテンツ」に対するニーズー需要が高いということになる。これは入札ービデイング(bidding)の理屈で考えるとわかりやすい。そう。いうまでもなくみんなが知りたがっている情報」、みんなが「体験したいコンテンツ」というのは需要が高くなると同時に価値が高くなるのである。

そしてネット小僧連中には申し訳ないが、そういう「情報」や「コンテンツ」の一番みんなが欲しがっているオイシイ部分がネットに流れることはまずない。なぜならネットに流れた瞬間に「情報」や「コンテンツ」の価値がなくなってしまうからである。

つまりどういうことか?

ネットのヘビーユーザーには悪いが、情報やコンテンツの価値が高いものほどネット内での露出は制限され、逆に価値が低いものほどネット内での露出は多くなる。認めたくない人もいるだろうが情報化社会の中でのネットの情報やコンテンツは相対的に価値の低いものーあるいが宣伝目的としたもの中心にならざるを得ないのである。ネットにゴミ情報が元々多いのはある意味必然なのかもしれない。

そのために「情報」や「コンテンツ」はそれがどれだけニーズがあるかによってどのメデイアに集中的に流すかをきちんと管理する必要がある。

つまり「情報」や「コンテンツ」価値を管理する、という概念である

前述のようにジャニーズ事務所などは情報」や「コンテンツ」の価値を徹底的に管理する。そのことがかえってジャニーズのアーチストのファンの需要を誘発し、嵐のファンクラブ(有料)ですらライブチケットも容易に手に入らないほどコア層が肥大している。AKBも同様の方策を取っている。

音楽の質や好き嫌いはともかく、現在嵐やAKB48がCDだけでなくグッズその他の売り上げでも突出しているのは「情報」や「コンテンツ」価値の管理成功したためである。

また私も仕事をしたことがある、高級化粧品や海外の高級ブランドなどはあえてインターネット販売をしていない。全て原則対面販売を守り抜いている。しかしこれはこれら高級化粧品メーカーや高級ブランドが「ネット時代に遅れている」からではなく、その方法がブランドの価値を維持し管理するのに最適な方法であることを知っているためである。私は化粧品メーカーでの音楽の仕事をして化粧品メーカーがどれだけ見事なマーケット戦略で臨んでいるか身を持って体験している。

そうなると1つの法則が見えてくる。

(1) ネットに情報を流す場合、情報やコンテンツの量とその価値は反比例する。

(2) マスメデイアにおいて大きく取り上げる場合は情報やコンテンツの量とその価値は正比例する。

ネット内では認めたくない人もいるだろうが、「マス」はなくなったわけではない。本質が変わっただけである。そして上記の法則は情報化社会になり、「マス」というものの本質が変わったところで変わらない

そのため冒頭のアーチスト、モデルさん女優さん俳優さんが等で最近テレビその他の露出が増えた人が同時にFacebookやブログの記事のアップが少なくなり、とりわけ肖像権がからむモデルさん女優さん俳優さんの写真のアップロードが減っていくのもコンテンツの価値を管理する、という観点からすれば当然の方策である。

それを考えると情報やコンテンツをただむやみやたらにネットに「公開する」のではなく価値を管理するために「あえて公開しない」という選択肢は当然ある。さきほどの入札ービデイングの理屈と同じである。

成功しているコンテンツプロバイダーは既にそのノウハウを会得している。そしてコンテンツプロバイダーもそのことによって自らの商材である「情報」や「コンテンツ」価値を上げるためのさまざまな方策をとることによって活路を見出すことができる。

コンテンツプロバイダーだって商売でやっているのだ。そういう方策で自らの価値を上げることを考えることは当然であり、本当に価値のあるものであればユーザーはお金を出すであろう。ただ今までのネット内での雰囲気、ならびに日本国内でのコンテンツや情報に対する価値の意識があまりに低いためにこういうことがあまり行われていなかったからである。

それは犯罪行為でもなんでもない、正当な商行為である。「情報」や「コンテンツ」価値を管理可能な限りその価値を上げる努力をする、ことがコンテンツプロバイダーの生き残る道である。


3月 24, 2014 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2014年3月 8日 (土)

フラットな情報化社会で生き残るためにーすぐに「替わりのみつからない」制作業者になること

ネットを始め情報化が進む中でさまざまな試行錯誤を続けてきたが最近コンテンツ屋としてある程度見えてきたことがある。

インターネットの存在によって世の中はフラットになった。フラットになったということはどういうことかというと、たとえばある業種を検索しているとうちのような会社と同じようなところがたくさん検索される、ということ。

こうすることによってどうなるか。

Fig1_kaisetsu_2

例えば私の会社がよくやる「音声案内」「ナレーション収録」の仕事があったとする。そしてAという会社とBという会社がいてどちらもプロとしての実績や制作するコンテンツのクオリティも同じだったとする。

但しA社の方がB社より安い見積りを出したとする。

そうすると会社のロジックとしては殆どのケースA社の方を発注先として選ぶであろう。

そしてインターネットによる情報発達によって、A社のようにそこそこのクオリティでなおかつコストパフォーマンスの高い会社を探すことは決して難しいことではない。

そして最大の問題はこのA社とてうかうかできない。気がつかないうちに別の会社がD社より安い見積りを出すようになり結果としてA社も受注できなくなってしまう。なぜならこのような仕事をする業者-「普通のコンテンツ制作」の業者「すぐに替わりが見つかる」業種だからである。

情報化社会が世の中をフラットにする、というのはまさにこういうことでかくして「普通のコンテンツ制作」の制作費はみるみるうちに下がっていく。現代では多くの場合採算が取れないレベルにまで落ち込む。それでも「仕事が欲しい」という強迫観念を持っている業者は赤字覚悟でも受注をする

だがこのようなことを繰り返せばコンテンツ業者は生き残れなくなってしまう。「普通のコンテンツ制作」しかできない会社はたちまちデフレスパイラルの渦で奈落の底に落ちてしまう

しかしそのデフレスパイラルの渦に巻き込まれないで済む方法がある。

ひとことでいえば。「普通のコンテンツ制作」でない仕事をすることである。つまり独自のノウハウを持つ、もしくは簡単に替わりが見つからないノウハウを確立すること

Fig2_kaisetsu

そうするとどうなるか?

コンテンツ会社でA社とC社があり、C社には独自のノウハウー簡単に替わりが見つからないノウハウを持っているとする。

そうすると「普通のコンテンツ制作」しかできない会社がC社より安い見積りを出しても、クライアントは高くともC社に発注することになる。なぜならC社の方がクライアントの必要とするノウハウを持っており、そしてそれは簡単に替わりが見つからないノウハウだからである。

参考までに現在私の会社が取り組んでいる海外向けの音楽教材の制作を例にとろう。この仕事は一見日本語の教材を英語に直すだけの仕事に見えるが、実際にはそんな単純なものではない。この仕事は教材の翻訳も行っているがこの仕事は(1)  音楽の制作能力  (2) 語学力 (3) 音楽に関する専門知識(音大生なみの知識が必要) の3つがそろって初めてできる仕事である。どれ1つが欠けてもこの仕事をやることはできない。

ところが上記の3つを兼ね備えている制作会社はありがたいことに世間では少ないのだ。しかもうちの会社は人数も少ないので余計な経費もかからない。なぜなら私自身が音楽の専門知識と英語の語学力を少しは有しているので実質的に全て私自身がほぼ全ての内容を把握した上で行っている。その関係で高いコストパフォーマンも維持することができている。またそもそも日本の音楽制作会社は殆ど日本国内の市場しか見ていないから語学力に関する必要性など感じたことすらない。グローバリズムに対する意識があらゆる業界の中でも一番遅れているのが音楽業界だ。仮にスタッフをそろえることができてもおそらく現在うちの会社で書けているコストの少なくとも倍はかかるであろう。そのため簡単に替わりが見つからない業者にうちはなることができている。

結局現代のようなインターネットによるフラットな社会で生き抜くにはコストをたたくデフレスパイラルに巻き込まれないように簡単に替わりが見つからない業者になるしかないのである。

そのような業者になる方法はケースバイケースだろう。勿論話題の映画とか音楽とかになれればそれだけで簡単に替わりが見つからない業者になれるだろう。要は簡単に替わりが見つからない業者になるためにどうやって付加価値をつけるか、である。

アーチストでも同じである。今やシンガーソングライターなど掃いて捨てるほどいる。また先日の記事でも書いたように日本人は音楽をきちんと聴かない国民になってしまっている。残念ながらいくらクオリティの高い音楽を書いても音楽だけでは日本人は関心を示さないのである。そのためには音楽+アルファが必要になる。それによって簡単に替わりが見つからないアーチストになる必要があるのである。

うちの会社でやってきたパッケージ事業を始め「音声コンテンツ事業」など一時はうちの会社の主力事業だったが、例によってデフレスパイラルと発注数の減少もあって、基本的にはもう積極的には展開しない方向で考えている。今後一時的に増えることはあるかもしれないが基本的にはもう事業としては終わっている。

うちは3月決算なので今年度もあと少しで終わりだが、簡単に替わりが見つからない業者になるための付加価値をどうつけるか、を最重要課題として考えて行こうと思う。

コンテンツ制作会社が生き残る道はそれしかない、といっても過言ではない


3月 8, 2014 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年12月 3日 (火)

緊急発表!! 音楽クリエーターとして国家秘密保護法に反対表明の音楽作品を映像にて公開いたします。

現在国家秘密保護法に対する反対運動が拡大しているのはご存じのとおりだと思います。

この法案は知る権利だけでなく、実質的な言論統制、言論弾圧、表現の自由を著しく脅かすものとして重大な懸念を表明すると同時に、日本の民主主義にとって危機的な状況を作りだすと考えます。国連の人権委員会もこの法案に関して重大な懸念を表明しました。

国連、秘密保護法案に「重大な懸念」 人権高等弁務官事務所
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2204C_S3A121C1PP8000/

その多くの問題をかかえた国家秘密保護法を政府与党は先月の26日、数に物を言わせて強行採決を行いました。さらに記憶に新しい自民党の石破幹事長が秘密保護法の反対デモに対してテロ集団呼ばわりしたのはご存じのとおりです。

■石破氏 ブログの「テロ」部分を撤回の考え

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131201/k10013486071000.html

石破氏はその後撤回したものの、これはまさに保護法案を推進している人間の本音というものを垣間見たといわざるを得ず、この国が警察国家、実質的な独裁国家に進む可能性を危惧せざるを得ません。

そこで音楽家、作曲家、サウンドクリエーターとしてこの日本の民主主義の危機的な状況、さらに先日の国家秘密保護法案強行採決に抗議の意思を表明する意味で音楽作品を緊急に発表し映像にて公開いたします。正直いってかなり辛辣な表現ですのでどきつい表現が苦手な方は注意です。しかし事態はそのくらいのことをしなければならないほど深刻です。

以下の作品、単純に「国家機密法反対の曲 」という題名です。

私は国民の大多数が反対する国家秘密保護法を衆議院で強行採決した安倍政権に厳重に抗議を表明します。このように数に驕り、国民を愚弄する行動を取る政権与党には必ず選挙民からの制裁が下ることでしょう。

12月 3, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年8月 7日 (水)

化粧品業界のマーケテイングに見るコンシューママーケットの戦略と音楽やコンテンツ業界への応用の可能性

・コーセー化粧品コスメデコルテAQMW 美容音楽8/21 好評フリーダウンロード中!!

Healing_rhapsody

コーセー化粧品の最高級ブランドの新商品「コスメデコルテ AQMW レプウリション」(コーセー化粧品)のお手入れ用音楽「コスメデコルテAQMWーヒーリングラプソデイー」を作りました。

絶賛フリーダウンロード中  是非聴いてみてください。(年内まで)

コスメデコルテの会員でない方もお聴きになれます。

http://www.cosmedecorte.com/aq_mw/music_dl/

さて化粧品メーカー向けの環境音楽についてですが、実は今回の制作作業を行っているうちに特にマーケテイングについてさまざまな新たなことがわかり、その意味でも非常に新鮮でした、具体的には化粧品メーカーのマーケテイング力はすごい、特にブランデイングに関しては我々音楽業界にいる人間も大いに参考にすべし、という部分を感じました。

といいますのも、実は化粧品メーカーがある意味伝統としている訪問販売、対面販売というダイレクトマーケテイングの伝統があるからです、これは自動車や電機メーカーなどとは根本的に違う点です。そしてそのマーケテイングの伝統が日本の他のどの業種よりも市場の状況をきちんと把握し、さらに必要なブランデイングを構築できるきっかけにもなっているように思います。

さて先ほどの記事の続きになりますが、以下の商品をもう一度見てください。本日プレス発表した商品です。

AqmwAqmw3

今回の新商品「コスメデコルテ AQMW レプウリション」(写真)の値段、 何と¥15000 !! 

なんでもアンチエイジングの美容液,でコーセー化粧品の研究所で人間の老化のプロセスやそれを防止する成分を配合した商品ですが、コーセー化粧品最高級ブランドだそうです。

それにしてもこの価格、一体誰が買うんだ? って思うでしょう?

まだまだあります。コーセー化粧品最高級ブランドの商品、安くても5000円前後、一万円の商品もざらです

http://www.cosmedecorte.com/aq_mw/

ところがこの最高級の化粧品、結構買う人がいるんですね。勿論マス向けの商品ではないですが、熱烈な固定層のバイヤーが存在するようです。

実は化粧品メーカーはたとえば電機メーカーなどと比べると商品のマーケテイングにおいて根本的に異なる戦略を持っています。

それはマスに対して大量に売る、というビジネスモデルを会社の主軸にしていない、という点です。これはどういうことなのでしょうか?

勿論コーセー化粧品も、そしておそらく他の化粧品メーカーもマスに対して大量に売る商品ーコンビニ、デイスカウント系ドラッグストア、スーパー等の量販店 etc etc向けーも発売しています。しかしそれらは売上の金額は大きいものの、価格を大幅に下げられしかも値引きの圧力は強くなることはあっても弱くなることはない、そうです。

つまり売り上げ額はあっても利益は殆ど出ない下手すれば赤字になってしまう

そこで化粧品メーカーは他のメーカーと比べ数十年も前から、マスマーケット以外ニッチな市場の中でブランデイングを行い高級化粧品のマーケットを構築するということをやってきました。コーセー化粧品の中でもブランデイングのランクがあり、そのランク別に購買層のターゲットを分けるというマーケテイングを行ってきました。

この会社の利益はこれらマスマーケット以外で構築したブランドの商品から出ています。マス向けの商品はまあ安物(といっても肌に直接つけるものですので安くするにも限界がありますが)とまでは行かないまでも限りなく100均の商品に近く、利益も出るか出ないかという状況で、ある担当者いわく「宣伝費」みたいなものというニュアンスだそうです。そうした背景から自社で構築したブランドによるマーケットー決して大量の数は出ないものの一定の数の固定層に対して付加価値のついた商品を売る、というマーケテイング戦略に特化しているようです。

勿論これが可能になったのも化粧品メーカーは伝統的にダイレクトマーケテイング特に対面販売、訪問販売の網を全国に張ったという事情も小さくないかもしれません。

今回私が手掛けたコスメデコルテコーセー化粧品最高級ブランドとしてユーザーだけでなく化粧品業界の中でも評価が高く、顧客はセレブの奥さまやご令嬢が中心、それと名前は言えないですが有名女優さんや某有名モデル事務所のご用達ブランドでもあるようです。

さて一方を見ますと日本の電気メーカーだけでなく音楽業界などはマスに対して大量に売る、というビジネスモデルに固執しているように見えます。しかしデジタル音楽の市場になって思うのは音楽配信を主流にすると、それを通してのブランデイングは非常に難しい、と言わざるを得ません。ダウンロードの価格も下がることはあっても上がることはまずない、あたかも化粧品をコンビニ、デイスカウント等で売るマスマーケットで価格はあってもないような状態にまで結果として下がってしまう。そういう状況になってしまうし、実際一部の音楽を除き市場はその方向に動いています。

音楽をマスマーケット以外ニッチな市場の中で売り、質の高い、芸術性の高い音楽をその価値がわかる人に対してマーケテイングを行う、音楽業界はかつてはそのようなマーケテイングで音楽を売る時代がありましたし、いわゆるインデイースといわれていたレーベルも本来はそういうニッチな市場のマーケテイング手法でした。しかしいつの頃か「メジャーで売る=マスに対して売る}というビジネスモデルに業界関係者全員がこだわってしまい、それが業界の長い低迷にもつながっているのでは、という気がするのです。

インターネットが普及し、情報があふれる時代になり私は特に民生用、一般コンシューマー市場は大きく変質してしまったような気がします。ひとことでいえば一般コンシューマーは両極化のマーケットになっているという点です」

A. マスで売る「手頃(安い)」値段の商品(限りなく100均に近い)

B. 数は少ないものの付加価値とブランドがあり多少高価でも買う層

上記のA.は売上はあるものの利益は殆ど出ない、しかしB.は売り上げ額は小さいが利益は大きく確保できる。

音楽業界は上記のA.のビジネスモデルにあまりにも固執し過ぎているのではないか、という気がします。

但し音楽業界の中で唯一かなり昔からB.のマーケテイングシステムで成功している世界があります。

それは何と演歌の人たちです。

この人たちは主に日本の地方の営業ですが、地域密着型のニッチマーケテイングを実践して成功しています。その意味では演歌の人たちの方がある意味J-pop何かより進んでいる面はあるのかもしれません。

いずれにせよこうしたマーケテイング手法の中に音楽業界再生のヒントがあるのではないか、そんなことを感じながら今回の制作に臨みました。

8月 7, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年7月11日 (木)

ミュージシャン、クリエーターの皆さんへお願い。表現の自由を守るために今回は自民党以外に投票しましょう!!

21日の参議院選挙投票にあたり今回は「ネットでの選挙活動」が可能ということなのでガイドラインに沿った形で当ブログでもやってみようと思います。なぜなら今回このままいけば自民党がたぶん大勝し衆議院と参議院の両院で2/3以上を獲得すれば「公約」どおりに憲法改正に動き出すことになるからです。

尚当たり前ですが私はいかなる候補者や政党とも関係はありませんし言うまでもないですが金銭の授受関係もありません。

さて自民党の憲法改正案の最大の問題はその内容です。安部首相は96条だけを変えたいのではありません。

その内容は以前も書きました自民党の憲法改革草案
http://bit.ly/15xRXNT

9条改悪も問題ですが私たち音楽家、クリエーターにとって最も切実な問題は言論、表現の自由に抵触する21条改悪の問題です。

チバレイこと千葉麗子さんの画像をシェアさせていただきます。

1003855_685510654798222_303820845_n

これは我々音楽家、表現する人間にとって切実な問題です。今回の参議院選挙が終わると衆議院解散ということがないかぎり3年間は選挙はありません。その間に96条改正を皮切りに、この21条が「国民の大多数が気が付かない間に」改悪される可能性は十分にあります。

つまり

1.自民党公明党 衆参両院で絶対安定多数獲得(議席の2/3以上)

        

2.憲法96条改正案通過(議席の2/3以上)

        

3.国民投票で採決

        

4.憲法改正達成

        

5.なし崩し的に9条(戦争放棄)

 12条(基本的人権

 21条(言論、集会の自由) 改悪

このことにより理論上は戦前の悪名高い「治安維持法」の復活が可能になります。

そうするとどういう社会になると思いますか?

 

政府の政策へのプロテストソングを歌っただけで牢屋行き

自由にライブがしたくてもできない社会。集会に制限集会に参加しただけで牢屋行き

作りたい映画も作れなくなってしまう

なんていう世の中に3年後にはなっているかもしれません。

3年という年月はそれらのことを実現するには十分な時間です。

それを阻止する意味でもミュージシャン、映画関係その他クリエーターの皆さん。今度の参議院選挙には投票に行きましょう。;

いや、あえて選挙運動ー 今回だけは自民党、公明党に投票するのをやめましょう!! 

(日本維新の会も同様)

          

はっきりいってこの政党は論外!! まさかこの政党をまだ真の改革政党だと思っている人はいませんよね? 日本人って騙されやすい。まさか橋下の風俗発言お忘れではないでしょうね

表現の自由、言論の自由を守るためにあえて「ネット選挙運動」をさせていただきました。

大野 泰史

kyojiohno@yahoo.co.jp

7月 11, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年7月 5日 (金)

JASRACによる選挙運動での音楽利用の注意事項

「あまちゃん」のテーマソングの都議選での活用が問題になりましたが.

どうやら「みんなの党」だったようです。
http://realtime.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%81%82%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93+%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E5%85%9A&ei=UTF-8

但し一部に「複数の政党」という情報もありますので他の政党も使用した可能性があります。

そしてご存じのとおり昨日参議院選挙が公示されました。

JASRACは参議院選挙で同様の事態が発生しないように「JASRACが選挙運動での音楽利用の注意事項を案内する窓口」を開設 しました。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130703/489143/

130703zu

選挙運動で音楽著作物を利用する場合、通常の利用許諾手続き以外に、事前に著作者の同意を得るなどの手続きが必要になる。JASRACは、「このたびブログやWebサイト、動画サイトなど幅広いインターネットメディアにおけるインターネット選挙運動が解禁されたため、より一層の注意が必要」と指摘す る。

 こうした動向を踏まえ、インターネット選挙運動を含めた選挙運動全般における音楽利用に向け専門の窓口を設置することにした。Webページも開設し、窓口の連絡先のほか、実際の手続きの手順に関する図を公開している(上図)。

一部のITギーグ系の人たちでいまだ著作権の存在自体に否定的な人間がいるだけに同じような問題が起きる可能性があります。

詳しくは

 一般社団法人 日本音楽著作権協会

選挙運動音楽利用窓口

担当 送信部 前川・岡村

電話(ネットワーク課) 03-3481-2120

Email senkyo2013@jasrac.jp

,center>

7月 5, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年4月11日 (木)

コンテンツと文化ーグローバリズムとローカライズのバランス

このブログを読んでいただいている人は私は音楽や電子書籍を始めるコンテンツのデジタル配信を否定しているわけではないのはおわかりいただいているとは思いますが...

この2つの記事に関連して1つ述べたいと思います。

■日本の読者たちの保守主義は、保護システム?
http://japanese.ruvr.ru/2013_02_28/106408208/

ロシアでは2012年、2011年比で2倍の200万台以上の電子書籍が販売された。この事実は、読書スタイルが変わっただけで、ロシアが今も世界有数の読書率が高い国であることを証明している。トルストイの長編小説「戦争と平和」は、バックの中でたくさんの場所を占めることはなくなった。地下鉄、飛行機の機内、待合室では、従来の紙の書籍に代わって、電子書籍を読む人の数が増えている。

<中略>

一方で、インターネット普及率の高い日本では、ロシアと違って決して電子書籍の需要が高いわけではない。日本の電子書籍の使用率は、先進国の中で最も低い という。米国の企業R.R. Bowkerが実施した世論調査によると、日本人の72パーセントが電子書籍を利用しようとしたこともなく、今後も利用しないと考えており、一度でも電子書籍をダウンロードし、お金を支払ったことがあるのは8パーセントの回答者のみだった。日本のソニーは、電子書籍市場へいち早く参入したが、電子書籍端末の販売台数は、7年間で50万台にすぎなかった。

<中略>

こういう類の記事が出るといわゆるITギーグ、ITジャーナリストもしくはそういう類の人たちから「だから日本は遅れている」かのような見解が必ず出ますし、実際そういう内容の記事、書き込みがあちこちに見受けられました

一方次のような記事

■音楽ソフト 日本が米国を抜く 12年世界最大市場に

国際レコード産業連盟(IFPI、本部・ロンドン)は8日、CDやダウンロードを合わせた音楽ソフトの売上高で、日本が2012年に初めて米国を抜き、世界最大市場になったと発表した。
同日公表された12年の世界音楽産業統計によると、日本の音楽ソフトの売上高は約43億ドル(約4200億円)で、約41億ドルの米国を上回った。
日米逆転は1973年の統計開始以来、初めて。

映画やCMでの使用料など、音楽ソフト以外の売り上げも含めた全体の市場規模では米国が引き続き最大だった。

 昨年世界で最も売れたアルバムのランキングでは、ミスターチルドレンのベスト盤が約130万枚で日本勢トップの29位に入った。

 

米国や英国など、音楽市場の規模で上位5カ国に入った日本以外の国の売り上げがいずれも縮小したのに対し、日本は前年比4・0%増で、4年ぶりに拡大に転じた。(共同)

一見この記事は無関係なようですが日本のソフトが米国の売り上げ規模を追い抜いたのはアメリカはもはや音楽配信が完全に音楽の売り上げの主役(最近はサブスクリブションの収入が増えていますが、まだまだ小規模です)であるのに対し、日本はまだCD(海外では「フィジカルCD」といいます)の売り上げがかなりの割合を占めているからであり、「フィジカルCD」は当然ながら配信と比べますと一桁価格があがりますから「フィジカルCD」の売り上げが一定量占めればそれだけ売上もあがるわけです。つまりこの傾向は日本ではまだ電子出版同様、音楽配信の売り上げが伸び悩んでいることを示しているわけです。

つまりこの両方の記事は例によってIT系の人からは「だから日本は遅れている」かのような見解が出るような内容ですが、この件に関して最初の記事■日本の読者たちの保守主義は、保護システム? の中でロシア国立人文大学の教授を務める高名な日本研究者のアレクサンドル・メシェリャコフ氏は次のように述べています。

「日本で電子書籍が受け入れられないことには、いくつかの心理的な要因が関係している。紙の書籍は、自分の歴史が刻まれた品物だ。なぜなら日本には、欧州よりもずっと古い紙の文化がある。そして日本では未だに書籍が大きな権威を持っている。日本人には、本に印をつける習慣がある。だが、電子書籍に印をつけるのは難しい。加えて、電子書籍に表示される文字は、美しくない。これは、とても重要だ。心と指で愛着を感じている漢字は、全く違うものに感じられる。電子書籍に対する感覚は保守的なものだが、日本人は、自分たちにとって価値のある品物や過去の思い出を保存しているのだ。」

私はこのネットの時代では確かにコンテンツも情報も国境に関係なく伝わることは日常の業務でも実感していますが、しか欧米と違う=日本は遅れている、といった論調には違和感を感じます。グローバリズムとはいっても世界中が金太郎飴のようにアメリカと同じなることではありません。どうも海外留学したIT系やグローバリスト派のエコノミストの論調をみますとそのように考えているとしか思えない時があります。

たとえばこれは実際に私の業務であったことで現在もその作業をしていますが、私が海外向けの音楽教材を作っているうちにあることが起きました。その教材はアジア、ことに東南アジア向けに作っているのですが、「アリさんのキッス」なる曲があったのですがこの曲は東南アジアのイスラム圏の国からNGをくらいました。つまり「キッス」というものがイスラム圏の価値観にそぐわないということになり、結局歌詞と題名を変えて作り直すことになったわけですがこのことをもってキッスNG=欧米と違う=イスラム教は遅れているということにはならないと思います。

どんな国にもその国の文化的バックグランドがあり、どんなに情報やコンテンツが国境に関係なく動く時代でもその個別の文化、文明バックグラウンドを全く考慮しない状態でのグローバリズムというのはありえない、と思います。この国別の文化、文明バックグラウンドを反映させることをローカライズといいますが、要はこれからはグローバリズムとローカライズとの間のバランスをいかにとるか、というのがマーケットを始めとする展開でのキーポイントとなります。

TPPの交渉でもこのグローバリズムとローカライズとの間のバランスというのが重要なポイントになりますが、どうも推進派のエコノミストたちの見解にここの部分の視点が欠けているような気がして仕方ありません。ここの部分を考慮しないで進めたら大変なことになります。そのことを非常に懸念します。

どうも最近のマスコミやさまざまな人の論客の論調をみますと右でなければ左白でなければ黒という短絡した論調が目立つような気がします。日本人はもともとグレーゾーンに対する理解があるはずなんですが、そういう単純な論調でないと理解できないほど日本人のIQは落ちてきたんでしょうか?

いずれにせよデジタルとアナログ、グローバリズムとローカライズのバランスというのが重要ですし、音楽業界に関して言えばCDでなければ音楽配信しかない、ということではなく「フィジカルCD」音楽配信というバランスをとりながらの市場というありかたはあってもいいと思います。

4月 11, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2013年4月 8日 (月)

7年ぶりの化粧品メーカー向けの環境音楽制作に見る利益率の高いニッチマーケテイングのありかた

もう今から7年前になりますが某大手化粧品メーカーの高級サロン向けに美容と癒しをテーマとした環境音楽、ヒーリング音楽の制作を行いました。

まあ私がそもそも世の中に最初に出たのがこのヒーリング音楽、癒し系音楽だったこともあったのですが、その後いろいろありましてこの分野からは離れていました。

決して環境音楽やヒーリング音楽を二度と創らないという意味ではなかったのですが、ちょっとスピリチュアル系の人たちといろいろあったこともあって、ちょっとこの分野に対する情熱が少々萎えていたということもありました。しかし今回は

1. その化粧品メーカーの最高級化粧品のための音楽であること

2. 商品のデザイン等に海外の斬新なクリエーターのデザインを取り入れ、日本のメーカーとしてはかなりの「冒険」をしていること

この二点に非常に興味がわきましたのでやってみようということになりました。環境音楽といってもかなり野心的な内容になるかもしれませんが、詳細はここでは語れません。

しかし以前もこのことにふれたかもしれませんが、

化粧品メーカーは実はずいぶん前からマス向けではない、ニッチマーケテイングによる事業実績があり、実はそのことによってかなり多くの利益を出してきました。

わかりやすくいえば「マツキヨ」とか「コンビニ」とかで手に入るようなマス向けの商品ーこれは量はさばけるかもしれませんが、利益率は非常に低くそれも価格は年々下がる傾向にある商品ーはかなり昔から大手化粧品メーカーの主力商品ではなくなっている、という点です。

そうではなくデパートやホテル、免税店、高級ブテイック等でしか手に入らない商品をセレブ系、高所得者向けに特化して高級化粧品を売る、というマーケテイングをかなり前から各社行ってきており、実は化粧品メーカーの利益の大半はそこから出ているそうです。

マーケテイングの専門の友人に聞きましたがこういう「限定したターゲット」に対して商品を売ることをニッチマーケテイングというそうです、

7年前初めてこの仕事に関わった時にもそれは新鮮な体験でしたが、今回はさらに進化した形でまた関わらせていただくようです。

1つ思いますのはヨーロッパのメーカーに顕著ですが、ヨーロッパは化粧品だけでなく車も家電もあえて大量の商品を生産をしない方策を取っています。そのことによって各社が「ブランド化」し高い付加価値をつけて売っています。日本車がどんなに性能がよくコストパフォーマンスが高くてもドイツのBMWとかアウデイとかを好む人が多いのはその車に乗ることがステータスになるからです。

一方日本の車が性能がよい、日本の技術力が高いことに疑問を呈す人は殆どいません。

にもかかわらず日本車に乗ることが日本のみならず海外でもステータスになっているか、というと残念ながらNOです。

非常に残念ですし、もったいないことだと思います。

私はかつて家電メーカーにいましたが、日本の製造業が韓国やアジアメーカーに押され青息吐息になっているのは、化粧品メーカーやヨーロッパのメーカーがやったような「ステータスを作るマーケテイング」というものを怠ったのが最大の原因ではないかと感じます。

昔ながらの大量生産、マスに対して売る、ということにこだわりすぎてニッチマーケテイングによる「ブランド作り」を怠った。

それが原因のような気がします。

話を私の専門である音楽に移しましょう。それを考えると音楽をマスに対して売る、という考えが果たして正しいのかどうか、もう一度考え直す必要があります。

正直いって音楽配信が主流になり、私自身も自分の作品を配信しているのを見てこの音楽配信が音楽の世界を救うという考え方に疑問を感じるようになりました。なぜならこれは音楽の価値を下げる方向にベクトルが働いても上げる方向にはいかない、ということに気づいたからです。

インターネットの世界では認めたくない人もいるでしょうが、ネットの中だけで付加価値をつけるーブランデイングをするーというのはほぼ不可能だということに気づくのに時間はかかりませんでした。 音楽単体を売ろうとした場合には寧ろ逆のことをしなければならないと感じます。

サブスクリブションやフリーミアムなどは音楽を単体で売るビジネスモデルとは違いますが、それらは音楽配信同様、「マツキヨ」で売ることと本質的にそれほど変わらないように思います。

やはりある音楽に関して「ステータス」を作るような別の仕掛けが必要かもしれません。

今回の化粧品メーカーからの作曲依頼がそういうことになるかどうか、わかりませんがテストケースかもしれません。とにかくこの曲、この高級化粧品のお客様にならないと聴くことができないのですから...

ちなみに7年前に作った環境音楽は今回の新商品の発表の関係でもうリクープされていていわば「時効」だと思いますので、サンプルですが公開させていただきます。

いってみればブライアンイーノデイスクリートミュージックのアコーステイック版ともいいましょうか。非常に気持ちよくなり眠くなる音楽です。(笑)

4月 8, 2013 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2012年12月 8日 (土)

ジョンレノンの命日に平和への祈りと日本を「戦前に戻そう」という日本国内での極右勢力台頭への重大な懸念

今日はご存じのとおりジョンレノンの命日です。

あまり政治的な内容はこのブログでは書かないつもりでしたが昨今の現状から正直いてもたってもいられない状況になっています、のでジョンの代表曲「Happy Xmas(War is over)」を引用しながらこの記事を書かせていただきます。

この曲はベトナム戦争開戦後、「せめてクリスマスの日ぐらいは殺しあいをやめようよ、」 という願いから作られた曲です。 素晴らしい曲です。平和と愛をうたった曲です。

しかし今日本では明らかにこの平和と愛を祈る方向とは逆の動きが起きています。

これに対して私は重大な懸念を表せざるを得ません。

尚、お断りしておきますが私は特定の政党や支持団体、選挙運動関係者とは一切無関係であります。あくまで一市民、一個人として発言しますので、この記事は公職選挙法には抵触しないと考えます。

このままいけば安部総裁率いる自民党が衆議院の過半数を取り政権を奪還する可能性がきわめて高いといわれております。新聞各紙の世論調査もほぼ同じ傾向を示しています。

しかし安部晋三がCMで何回も繰り返している「日本を取り戻そう」というメッセージ

どういう意味だがわかりますか?

それは自民党の決めた憲法改正草案を見れば明らかです。私はこれを読んではっきりいって恐怖を感じました。

自民党の憲法草案

http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

・基本的人権第十章最高法規にある第九十七条を全面削除

・第21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」との現行規定に「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文を追加(明らかに戦前の治安維持法の復活を意図しているとしか考えられません)

・第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。 ?

財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。(つまり場合によっては国の個人の財産の没収を可能にする法律)

これってどうみても戦前の明治憲法の復活ではないですか

事実上、言論の自由、集会の自由を禁止できる憲法改正です。

橋下も石原もこれに賛同すると思われます。この二人が加わるとこれに徴兵制と核武装が加わります。

本当にあなたは日本をこんな国にしたいですか

今回の選挙で自民党に入れようと考えている方へ

ジョンの歌を聴きながら是非再考をお願いしたいと考えます

自分の子供が戦場に追いやられ、云いたいことも言えず、政府を批判すれば「非国民」といわれてしまう

それが間違いなく自民党総裁の安部の目指す社会です。

少なくとも私はそんな社会には住みたくないです。しかしこのままだと間違いなく日本はその方向に向かいます。

昨日の東日本大震災の余震は今の日本が進もうとしている方向性を考え直せよというメッセージのように思えてならないです。

12月 8, 2012 経済・政治・国際 | | コメント (2)

2012年7月16日 (月)

創造する、というのは非効率的なプロセス 新自由主義的な「効率第一主義」も業界衰退の原因

興味深い記事を目にしたので下に引用させていただく。

なぜ効率ばかり追求すると利益が減るのか
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120715-00010000-president-nb

■なぜ日本の会社はiPadを作れなかったか

                 いま、企業が成功を収めようと思ったら、アップルのiPadのように極めて革新性の強い商品を作り出すか、リッツ・カールトンのように突出したサービスを提供するか、ふたつにひとつしかない。
 ところが、日本の会社の多くは、どちらもできずに伸び悩んでいる状況だ。なぜ、そうなってしまったのかといえば、ひとことで言って、効率を追求しすぎたということだろう。

 たとえば、私の専門分野である編集の仕事を例にとると、編集者の多くはあまりにも多忙な日々を送っている。短いサイクルで、年間に何冊もの本を出さなくてはならないからだ。
 毎週のように企画会議があるが、毎回毎回、新しい企画、面白い企画をひねり出すのは大変だ。そこで、多くの編集者がインターネットを頼ることになる。面 白そうな著者はいないか。若者の間で流行しているものは何か。人気の高い著者は誰か……。インターネットは一見、ネタを効率的に収集し効率的に企画を考え るために最適のツールのように思える。

 しかし、である。編集者の多くがインターネットを使ってネタを検索するようになってからというもの、企画会議で提案されるアイデアは、ほとんどが似たり寄ったりのものになってしまったのである。世の中が、過度に効率を追求するようになった結果である。
 そして皮肉なことに、効率的に儲けようとすればするほど、画一的なものしか生み出せなくなっていき、企業の売り上げも利益も下がっていく。近年の日本の電機メーカーの業績悪化が、その見本だろう。

■非効率こそ結果として効率的 

では、どうすればいいのか。参考になるのは、たとえばザッポスの経営だ。ご存じの方も多いと思うが、ザッポスは創業わずか10年目で年間売り上げ 1000億円を達成した靴の通販会社である。ザッポスのCEOトニー・シェイの商法は「顧客を熱狂させる」とまで言われているが、その実態は脱マニュアル の経営である。

 一般的に電話による注文受け付けの場合、機械的な音声ガイダンスがあり、最後に登場するオペレーターもマニュアル通りの対応しかしない。ところがザッポ スにはマニュアルが存在しないのだ。オペレーターは顧客と自由に会話を楽しみ、時には1件の注文を受け付けるのに6時間も費やすことさえあるという。
 マニュアルとはまさに、効率を追求するツールの象徴である。誰がやっても、最短の時間で同じ結果が出ることを目的に、マニュアルは作られる。ところが ザッポスのやり方は正反対なのだ。そして、脱マニュアルの経営が、全米の顧客を熱狂させている。現代は、非効率こそ結果として効率的であるという、パラ ドックスに満ちた時代なのである。

 革新的な商品やサービスを生み出せるのは、従来型のエリートではない。むしろ、いわゆる職場の「異端児」だ。
 1日中イヤホンを耳に突っ込んで音楽を聴いている奴。いつも外回りと称して社外をうろついてばかりいる奴。仕事はろくにしないのにフェイスブックの友達 の数が異様に多い奴。社内ではぱっとしないのに社外では有名な奴……。こんないささか怪しげな連中こそ、実は、斬新な商品やサービスを生み出す可能性を秘 めている。もちろん、結果的には単なるダメ社員で終わるかもしれないが、少なくともルーティンの仕事を効率的にこなすだけの優等生よりも、将来会社に大き なメリットを与える可能性は秘めている。

 一見、社業と無関係な突飛なことを考えつく変人社員を抱え続けることができるかどうか。企業の未来は、その「ムダ」にかかっている

要は新自由主義、市場原理主義のように効率を徹底追及した結果、画一的で面白くない商品しか生み出せず、「人間性」を徹底排除した結果「何の面白みのない」サービスしか提供できなくなってきていることが原因だろうと思う。 実際ITにせよ商品にせよ「そこに人間が介在することを意識すべきだ」などといったらIT系や市場原理主義者から「バカじゃないのお前」みたいな反応が返ってきた経験がある(こんな回答すること自体、ちゃんと市場調査をしていない証拠だと思うんだが、だからネットマーケテイング系の奴らは信用できない)

それにしても市場原理主義、新自由主義というのは一般に云われているほど成功例が多くないにも関わらず、いまだに多くのエコノミスト、財界人、マスコミの論客が新自由主義的な効率第一主義に固執し結果として経済を閉塞状態に陥らせているのが実態ではないかと思う。上記の文章からすると何よりも効率を優先する」新自由主義、市場原理主義では経済の回復させることはできないということだろうと思う。

さてそもそも音楽にせよ映画にせよ、文化、クリエイテイビテイなどは効率とは本来無縁の世界のはずである。クリエーターの現場を知らない人間は理解できないかもしれないが、そもそも創造する、というのは極めて非効率的なプロセスである。効率を第一として制作を進めるとそこにクリエイテイビテイの入る余地はない。最近特に顕著なのは「クリテイビテイ=非効率=悪」という図式で音楽制作を行っている点。それが「どのアーチストも同じような音」になり画一的な音楽=消耗品化とつながっているのではないだろうか。つまり音楽を初め映画産業全体が現在衰退している最大の原因は制作現場に新自由主義的な「効率第一主義」をもたらしたからではないかと思う。

だからはっきりいってネットマーケテイングの連中に斬新な発想で市場分析をする、なんてことは期待できない。なぜなら彼らは「効率」の面でしか市場分析をしないからである。特に日本のネットマーケテイングの連中からは絶対にi-padのような発想はできないといっても過言ではない

も上記のような記事が出始めたというのはそうした「効率第一主義」的な傾向に対して疑問を感じ始めた人が多くなった証拠かもしれない。エコノミスト、経済学者の多くはいまだに「新自由主義」に替わる経済理論がない」ことを理由に 「効率第一主義」的な発想でしかものごとを論じないが、彼らでは日本経済の復活の筋書きを描くことができないということだろう。

7月 16, 2012 経済・政治・国際 | | コメント (2)

「ビジネスのかたち」にこだわる愚かさ

今頃気が付いたが連休である。7月も半ばを過ぎあと2週間くらい立てば夏休みモードに入る。音楽の制作屋としての環境は依然厳しいが一応3月に行った海外向けの音楽教材の制作の続編他、制作案件もいくつかあり9月まではその業務に取り組む予定となっている。

ヨーロッパの金融不安、一向に出口が見えないデフレ、その上消費税増税と景気によってはマイナスの要因ばかりが目立ち、経済やビジネス環境も劇的に変化しつつある。特に音楽業界をはじめとするコンテンツ関係をめぐる環境はここ10年で激変しており、こういう中ではもはやビジネスの「かたち」など何の意味もなさない。そもそも「かたち」なんてものは単なる手段にすぎないし、手段なんてものは経済やビジネス環境によってどうにでも変わるものである

にもかかわらず音楽業界などはその「かたち」にあくまでこだわる姿勢を示す人間が大多数でその「かたち」を絶対視する姿勢を崩さない人間が後を絶たない。当ブログで圧倒的なアクセス数になった「違法ダウンロード問題の記事」で私はインターネット推進という手段あたかも全てであるかのような議論になっているとIT関係者、ITギーグたちを批判したが、音楽業界の既存のビジネス「かたち」ー手段全てであるかのように考えている点では音楽業界人も同じである。どちらもその意味では同じ穴のムジナだ。

幸いにも私は音楽業界の万年野党(笑)であるせいかそんな「かたち」にこだわる必要がなかったので逆に今まで何とかやってこれてきた。根っからの制作屋である私はこと音楽制作に関してはありとあらゆる制作現場を経験してきた。制作ノウハウに関してはその辺の音楽制作関係者には負けない自信がある。また立体音響を初め特殊なノウハウー付加価値のあるノウハウを打ち出す一方で、私自身が一人何役をこなしながら制作のコストダウンの努力も目いっぱい行う等の企業努力も怠らなかった。特に付加価値のあるノウハウはとかく「売れセン」とか「人がやっていることにしか関心を示さない」ことが多い他の音楽制作会社とは明確に差別化した方針で取り組んでいる。

だが勿論、それらの対策は必ずしも十分ではない。私の会社の最大の欠点は「営業がいない」点である。その「営業がいない」点をインターネットのさまざまなツールを駆使して補ってきたし一時は非常にうまくいっていた時期もあった。だがインターネットのツールは便利だし有効な場合もあるがそれだけではやはり不十分である。

私は自社のアーチストのプロモーターのようなこともしてきたが、やはり自分に向いていないことはやるべきではない。よい結果など出ようはずがないからだ。やむを得ず誰もやる人間がいなかったからやっているのだが十分な能力と信頼できる人間が我こそと名乗り出ればいつでもまかせる用意はある。それはビジネスの「かたち」こだわるというのとは違う。いかなるビジネスモデルも「営業」が必要でない業務などこの世に存在しない。実際なんでも一人でやるには限界がある。過去何人かそういう「営業」を任せようと思った人間はいたが結局どれもいろんな理由で定着しなかった。みなさんの中でぜひやってみたいという人がいましたらメッセージください。

だが音楽もコンテンツも新しいビジネスモデルを構築することが重要であろう。今それに関してさまざまなことを考えている。日本の音楽の状況が業界の面でもユーザーの面でも絶望的に近い状況だからこそ従来の「かたち」にこだわらないアプローチが必要である。

幸いにして音楽業界が他の業界と違うのは個人レベルでも音楽配信やCDを流通させたりということができるし、制作の仕事も十分に取ることができるという点だ。他の業界ではそうはいかない。たとえば建設や土木など「公共事業」がらみだと政、官、財の癒着的な構造がいまだに強く、結局その中のヒエラルキーに組み込まれない限り何の仕事もできないようになっている。音楽や芸能の分野も音楽事務所や放送局との癒着、力関係などがある。しかし昨今の状況からそれも少しずつ崩れつつあるし、何よりも日本から一歩外にでればそんなものは何の意味もなさない。幸いにして現代はインターネットを通じて国境、民族に関係なくコンテンツや情報は流れるので海外プロモーションツールが豊富になっている現代では言われているほど障害にはならない。

従来の業界ビジネスの「かたち」にこだわることがいかに無意味かおわかりいただけると思う。

そんなわけで私の戦いはまだまだ続きます。夏休み気分にはちょっとなれないかな

7月 16, 2012 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2012年6月21日 (木)

波形編集ソフトpeakのbias社が会社を解散ー資産売却

昨夜bias社の日本総代理店のサンミューズ社からメールで驚くべき情報が届いた。

米国バイアス社(BIAS : Berkly Integrated Audio Software, Inc )は、
去る6月5日未明、全業務の終了をウェブサイト上にて発表
http://www.bias-inc.com/

日本総代理店サンミューズのお知らせ
http://www.sunmuse.co.jp/bias/diary/news_information.html

このbias社peakというソフトは波形編集ソフトで、ゲームやその他の音声コンテンツのための音楽、音声、音響効果等の編集ソフトとして私が長らく愛用してきたアプリケーションである。

Pro tools
でも勿論編集は可能だが、このpeakはより編集に特化したソフトで、機動性や編集等も非常にやりやすいので重宝していた。
弊社の音声コンテンツ制作には欠かせないアプリケーションである。
マスタリングも行なうことも可能

bias社の業務終了は新しいバージョンのpeakが世の中に出なくなることを意味しており、Mac Proのシステムアップが今後も続いていくと仮定するとある時点でbias社peakが使用不能になることを意味している。

サンミューズとしてはサポート業務は続けるもののbias社のスタッフのサポートが必要とされるレベルの問い合わせは対応できないとのこと。

正直困る。

何とか別の会社がpeakを引き継ぎ、アプリケーションのアップデートを続けてくれることを祈るしかない。

それにしても昨今の音楽不況の影響で音楽関係のアプリケーションの開発会社がなくなっていくという危機に瀕している。Pro toolsの新バージョンも音楽制作ソフトというよりはMA用ソフトに様替わりしており、音楽制作関係のDAW DTMのインフラが危機に瀕している可能性が出てきている。
これも非常に憂慮すべき事態である。

現在のbias社のユーザーへの対応は以下の通り。

【1】FAQ のページ。 http://www.bias-inc.com/support/faq/

【2】最終バージョンのアップデータのダウンロード http://www.bias-inc.com/downloads/updates/

ただ上記のリンクもいつまで有効なのかわからない、
サンミューズ社の情報ではbias社の資産を整理のうえ売却を視野に入れているとのこと

音楽やサウンドコンテンツの制作環境にとっては非常にバッドニュースである。

6月 21, 2012 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2012年5月27日 (日)

私のサウンドコンテンツビジネスー消耗品ではなく付加価値のあるサウンド

すみません、この記事は半分宣伝に近いものになってしまうのですが...

もう発売自体は10年前に行なわれているんですが、愛犬と飼い主がいっしょにリラックスできるペットミュージックなる作品を世に発売いたしました。

Relax  ペットミュージック-リラックス(VICG-60258)
                      税込\2100

この商品はどういう中身かは以下の映像をご覧下さい


ペットミュージック ラヴリードッグ-やすらぎのテーマ

詳しくはこちら。音の試聴もできます。
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/pet.htm

お買い求めはこちら ■パーフェクトワン

http://perfect12345.gejigeji.jp/list-0001.html

理解しがたいかもしれませんが、要は和太鼓の単純なビートが犬を落ち着かせる性質がある、ということを発見し、それとヒーリング音楽を合体させて作ったのがこの作品です。

とはいえ、この商品、はっきりいってCDショップーレコード店で売る商品ではない、とこともありこの商品のマーケテイングについてさまざまな試行錯誤を行なったのですが、レコード会社の体制やさまざまな事情で長い間頓挫の状態が続いていました。
それが昨今、日本商工会経由の異業種ビジネスマッチングでこの商品を拡販したいという会社が出ましたので、

それにあわせてPVを製作したり等の新たな販促計画を打ち出しました。うまくいくことを祈っていますが、成功すれば音楽業界では数少ない異業種ジョイントの成功例となります。

尚、この商品をI-tunes等の配信に出すことは全く考えていません。

なぜならこれは和太鼓のビートによる効果という付加価値をつけた商品だからです。

インターネットは確かに便利ですが、世界じゅうをフラットにする性質があります。それは例えどんな付加価値がついた商品でも、あるところでは無料コピーされ配信でどんどん広まり等、要はいずれデフレスパイラルに巻き込まれ、価値を低下させることは免れないからです。

つまりインターネットとは万物を100均の消耗品にしてしまう性格があるのです。最近のJ-popの大半がもはや100円ショップの消耗品と同様な存在になりつつあります。

私ははっきりいってそんな商売にはもう興味がありません。みすみす自作が100均の消耗品になることがわかっているところには出すつもりはもうありません。

私が今考えているのはいかに自分の作品に付加価値をつけるか、その一点です。

それがサウンドコンテンツのビジネス、しいては音楽業界を復活させる方向に行くと信じているからです。

まだまだこれ以外にもさまざまな構想があります。昨年「シャキーン」でやったこともそうですし、今立体音響のメソードを利用したコンテンツの制作も打ち出そうと考えております。そういった中で新たなサウンドコンテンツのありかたについて模索を続けようと思っております。

このペットミュージックもそうした商品の一環です。

よろしければ以下のページもご覧下さい

ペットミュージックの詳しい説明はこちら。音の試聴もできます。
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/pet.htm

お買い求めはこちら ■パーフェクトワン

http://perfect12345.gejigeji.jp/list-0001.html

こんな映像もあります。

ペットミュージック 子守唄(ブラームスの子守唄)

5月 27, 2012 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2011年11月16日 (水)

TPPには反対するーだけど「変わらなくていい」という意味ではない。

私がのもう1つのブログ Kyojiのよろずひとりごとで 私は一連の記事で日本がTPPの参加に対して反対を表明した。 マスコミや推進論者の間でTPP反対=自由貿易反対、なる短絡したレッテル貼りが大手をふって罷り通っているが、私の記事をよく読んでもらえばわかるが私がTPPに反対するのは簡単にいえば次の3点からである。

1.参加国の参加条件が対等、平等ではない。(内容から参加国から全てアメリカ議会がきめ、事実上アメリカの隷属になる)

2.ISD条項で事実上「内政干渉権」を参加国(実際に多用するのはアメリカ)に与える。

3.内容が非公開のため民意を全く反映できず主権在民の原則を無視して一部の人間だけで全てが決められてしまうこと

という非常に不公平なものだからである。殆どこれに参加したら日本の意志を表明することは不可能になるからである。国民の生活が劇的に変わる可能性の高い取り決めを国民の意思が全く入る余地がないところで勝手に決められるーこのことになんともいえない危機感を感じたからである。そして呆れることに野田首相は全くこの事実を知らないでTPP参加に突っ走っている。だからこそこの政権に反対している。くどいようだが自由貿易だから反対しているのではない

しかし一方では私もコンテンツビジネスをやっていて、自営業者の端くれでもあるから現代が昨今の産業形態が大きく変化している時代であることくらいは理解しているつもりだ。推進論者は私がTPPに反対=変化を拒否する人間と例によってレッテル貼りを行なうだろうが、私の音楽ブログの長らく読んでくださった読者は私は音楽業界には大きな変化が必要であることを書き続けていることは理解してくれているだろう。アメリカやイギリスがTPPを始め世界にこれだけ主導権を握っているのはITと金融で脱工業化を図り、グローバリゼーションを押し進めているのは事実であり、それに伴いよくも悪くも大きな変化を余儀なくされていることくらいはわかっているつもりだ。

日本も工業製品はアジア諸国の猛追を受けており、ITや知的財産権に力を入れないと生き残れない。しかしだからといって私はそのグローバリゼーションの流れ絶対視して諸手を上げてグローバリズムを礼賛したり、その辺のIT御用ジャーナリストのようにIT万能論を唱える人間等とは価値観を共有できない。

そもそもアメリカの現オバマ政権はブッシュ前大統領のネオコン新自由主義に対し、アメリカ国民がNOといった結果のはずだが、現実は国際金融勢力によって寧ろ水面下ではグローバリズムを通じて新自由主義、市場原理主義が強化されていた。殆どのアメリカの議員が国際金融勢力のロビイストによって骨抜きにされ、オバマの公約だった日本と同じ皆健康保険制度の成立はオバマの最初の任期中の成立するのはもはや絶望的だ(おそらく仮に再選できても無理だろう)。TPPに日本が参加すれば世界でも類を見ない公平な医療制度が国際金融勢力によってつぶされるのはほぼ確実と考えてよい。日本でもそうだが実際には新自由主義、市場原理主義以前より遥かに強力になって我々に対して牙をむいて襲ってくる。

TPPに参加しようがしまいが、我々がそのアメリカの国際金融勢力に対時しなければならないのは避けられない。そしてITと金融を中心としたグローバリゼーションの波をかぶるのは避けて通れない。

だからこのグローバリゼーションの波、ITを始めとする大きな流れにどう対処するのかを危機感を持って考えなければならない。ITと金融が世界を大きく飲み込んでいるのは事実だが、だからといって一部の経済学者やIT起業家のように、モノ作りを旧態依然の産業と決め付け見下すのはいかがなものかと思う。なぜならよくも悪くも日本の強みがそこにあるからである。 というわけで内容が内容だけに今回は私の両方のブログに同じ記事を掲載することにする

自分が身をおく音楽業界はもう15年以上も衰退の状況が続いており、もはや完全に機能不全に陥っている。これは音楽をあたかも100均の商品のごとく消耗品として売ってきた音楽業界自身にも責任があるが、問題はそれだけではない、と思っている。要はやはり音楽業界自体はバブルの時代から少しも基本的な部分が変わっていないのだ。いわゆるIT技術を取り入れ、音楽配信が一般化したにせよ基本的な商売のやりかたは音楽業界がこの世の春を歌ったバブルの時代と少しも変わっていないのだ。

人はこれを音楽がIT化の波に出遅れた、とかグローバリゼーションの波に乗り切れなかったというが、実はそうではなくグローバリゼーションの波がコンテンツやモノ創りに対する世の中の人のイメージ、考え方を変えた、というのが正しい表現だ。

どういうことか? というと要はグローバリゼーションとは世の中を限りなくフラットにする。フラットにする、というのは要は世界的に見て供給過剰な状況を作り出すのだ。よって高度に情報が発達した社会では情報、コンテンツ、そしてモノ作りというものが買い手市場になり、価格が下がる方向に行く。よって工業製品、それに付帯するコンテンツ、情報は価格破壊のデフレスパイラルに入り込む。

私は以前なら音楽配信に対してかなり積極的な考え方を持っていた。しかし最近になってインターネットの中、そしてグローバリゼーションの流れの中に乗ると、付加価値やブランデイングをすることは不可能で、時間が立てば価格破壊のスパイラルの中に巻き込まれるのは避けられない、ということに気がついた。今ではこの部分では180度考え方が逆になっている。

IT関係者やグローバリゼーションを推進する経済学者等がモノ作り業者、コンテンツ屋を見下しているように見えるのはインターネットの中、そしてグローバリゼーションの流れの中ではモノ作り、コンテンツ屋は消耗品,使い捨て業者(expendable worker)にしか見えないからではあるまいか? 

日本人は特にそうだが、雰囲気というものに流されやすい。だが本当にそれでいいのか? 

グローバリゼーション派の経済学者はITと金融によってアメリカとイギリスも世界に冠たる国家に戻っているという。だが実態は非常に悲惨である。実際はITと金融を中心としたグローバリゼーションの波で恩恵を受けているのはアメリカやイギリスでもごく一部の人間で、グローバリゼーションを推進する経済学者が思い描いたすばらしいはずの理想社会が実際には、これによって大きな社会不安が生じている、記憶に新しいロンドンでの暴動、そして現在アメリカの各地で起きている失業者、低所得者の占拠事件である。彼らは国際金融勢力がしかけたグローバリゼーションの流れで解雇もしくは低賃金で貧窮に悩んでいる人たちである、これがグローバリゼーションで世界で冠たる地位にいるとグローバリゼーション派の経済学者が礼賛するアメリカやイギリスの本当の姿である。

おそらくグローバリゼーション派の経済学者は彼らがああなったのは「自己責任」(小泉政権の時に嫌というほど聞いた言葉だ)といい、彼らに対しては「我慢しろ」としかいわないだろう。日本のグローバリゼーション派の経済学者の殆どはTPP推進派だが、アメリカやイギリスの恐ろしいまでの生活格差、各地で起きている占拠事件の姿はTPPを参加してからの未来の日本の姿といっていい。結局グローバリゼーションを仕掛けた国際金融勢力の流れに身を任せるとこういう世の中になる可能性が極めて高い。

では我々はどうすればいいのか?どうこの変化をもたらす波を乗り越えればいいのか? 

絶対に違うと思うのはグローバリゼーション派の経済学者、政治家、官僚が主張するようにこの波に身を任せる、という方法だ。それではただ飲み込まれ全てを失うだけである。

私はここでモノ作りでもコンテンツ作りでも「付加価値」(知的財産的なものも含む)をつける、マーケット用語でいうと「コアコンピタンス」を維持することが、グローバリゼーションに対抗できる唯一の手段ではないか、と考える。IT化によって世界がフラットになっている以上、「プロとはいえ誰でもできる仕事」は簡単に「替わり」を見つけることができる。しかし「コアコンピタンス」を維持していれば、「替わり」などそう簡単にはみつけることができない。

そう考えれば私は日本の技術水準を考えればそう悲観するものではない、と思う、金融やエセマーケテイングばかり見ている経済学者には理解できないかもしれないが、日本は機械工学だけでなく、実は化学、電気その他多くの分野で「日本しかできない技術」を多く持っている、モノ作り業者、コンテンツ屋を見下すことしか知らない彼らには想像もできないほどの質の高い「コアコンピタンス」を日本は既に所持している。これがあれば世界がどんなにフラットになろうが恐れることはない。

私が身をおく音楽業界を始め、映画、映像のようなコンテンツを「コアコンピタンス」付加価値やブランデイング、をどのようにするかが重要ポイントである。これは必ずしも音楽の場合の地上波のテレビのタイアップ=付加価値ということにはならない。

「コアコンピタンス」付加価値の付け方はケースバイケースだろう。人によってさまざまに考え方も違う。しかし要はどんなにグローバリゼーションの波で世界がフラットになろうがそれに対抗するための手段を我々コンテンツを制作する人間は考えなければならない。

先ほども言ったように音楽業界はバブルの時代から本質は何も変わっていない。そうした中で経済学者等のいうようにただグローバリゼーションに身を任せるのは自殺行為に等しい。そのためには彼らに対応する「コアコンピタンス」を創出し、彼らの思い通りではない、そして思い通りにはならないビジネスモデルを考えるしかないのである。

つまり日本はグローバリゼーションに惑わされずに日本独自の道を行く、というのも悪くないと思う。TPPに参加して国益を損なうリスクを負うよりは「コアコンピタンス」を全面に押し出していけば、いかにアメリカや中国が圧力を加えてこようが、恐れるに足りないと思うのだが

11月 16, 2011 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2010年12月10日 (金)

Wikileaksはまだ健全なジャーナリズムが存在している証しである。Wikileaksをサポートするための署名をお願いします

既にご存じの通りWikileaksの創始者ジュリアン アサンジ氏が逮捕されているが、それにしても日本のマスメデイアはアサンジ氏を「機密情報を盗んだ」とか「不正に情報を手に入れた」といったような伝え方をしているが、これは全く事実に反している。同じマスコミ人が健全なジャーナリズム精神を有している人間に対してこのような報道を行なうというのは信じがたいし、日本のマスコミには健全なジャーナリストはもはや残っていないという証拠かもしれない。

日本人はマスコミの報道を何でも鵜呑みにする人が多いしネットにもその手の書き込みが多いが、それは違う。マスコミの報道は全く正しくない。

まずジュリアンWikiLeaks逮捕直前に彼の故国オーストラリアの新聞にあてた投稿を読んでいただこう(訳:市村佐登美)

Don't shoot messenger for revealing uncomfortable truths(不都合な真実を伝えるメッセンッジャーを射殺しないで)

http://tokyobalearic.net/?eid=146#comments

1958年、アデレードの「The News」編集長兼オーナーだった若き日のルパード・マードックは、こう書いた。「秘密と真実を競わせたら真実が常に勝つ。それは避けようがない」

彼の論考はおそらく、父キース・マードックの暴露報道を受けてのものだったろう。彼はガリポリの海岸で無能な英国司令官らのせいで豪州志願兵の命が無為に犠牲になった事実を報じた。英国は彼の口を封じようとしたが、それで黙るキース・マードックではなかった。彼の努力はやがて功を奏し、壊滅的被害を出したガリポリの戦いは終わった。

あれから1世紀近く経った今、WikiLeaksも恐怖にもめげず果敢に、公表すべき事実を公開している。

僕はクイーンズランドの田舎町に育った。そこではみんな自分の思うことを明け透けに喋っていた。大きな政府は信用しない、用心して見張らないと腐敗するかもしれないから―そんな土地柄だった。実際、フィッツジェラルド審問前のクイーンズランドは、政府が腐敗まみれの暗黒の時代だった。政治家が真実を伝えるべきメディアに報道規制をかけるとどうなるか。それを示す何よりの証拠だ。

こうしたことは僕の体の中にずっと残っている。WikiLeaksはこうした価値を軸に据え、その周辺に創成された。インターネット技術を全く新しいやり方で活用しながら真実を報じる―この発想は僕がオーストラリアで授かったものだ。

WikiLeaks があみ出したのは、「科学的ジャーナリズム」という新しいタイプのジャーナリズムである。我々が他の報道機関と一緒に働くのは、人々にニュースを伝えるた めもあるけど、報じる内容が事実に間違いないんだよ、と証明するためでもある。科学的ジャーナリズムにおいては、ニュース記事を読んだその人が、記事の ベースとなる元の文書までクリックして見ることができる。こうすれば読み手は自分の目でニュース判断ができる。この記事は本当だろうか? 記者は正確に伝 えたのか? と。

民主主義社会には強いメディアが不可欠だ。WikiLeaksはその一翼を担う。政府を正直な状態にキープするお手伝いをするメディアのね。WikiLeaksはこれまでにもイラクアフガン戦争に関する厳然たる真実を白日の元に晒し、企業の不正をスクープしてきた。

<長いので以降は上記リンクから本文を読んでください>

本稿寄稿者Julian Assange氏はWikiLeaks編集長。

WikiLeaksは世界中の健全なジャーナリストが報道すべきなのに報道できなかった事実を伝えられる手段だった。各情報はそれぞれジャーナリストの良心に基づいて提供されたものである。決して不正に情報を盗んだものではないはずである。そして中には各政府の驚くべき不正が暴かれていた。その結果各政府が躍起になってこのサイトをつぶし、アサンジ氏が不正をしているかの報道を各マスメデイアに流させた。マスコミもその事情を百も承知していながら政府の片棒をかついでいるわけで、その面ではどの国のマスコミの報道もあまり信用できないことを今回の事態は明白にしている。アサンジ氏の直接の容疑は「婦女暴行(これもでっちあげの可能性が高い)」という絵に描いたような別件逮捕だが、今回の逮捕がいかに不当なものかおわかりいただけると思う。

民主主義社会は健全なジャーナリズムが存在してこそ機能する。その民主主義社会から健全なジャーナリズムを消してはならない。アサンジ氏のいうように「不都合な真実を伝える」メッセンジャーを消してはならないのだ。

Wikileaksをサポートするための署名ができます。

http://www.avaaz.org/en/wikileaks_petition/97.php?cl_tta_sign=43fd10fea4ae36cc216091076eb0b970


ウィキィリークスを弾圧することに関わるアメリカ政府、その他の政府また企業へ

私たちはあなた方にウィキィリークスとその仲間への弾圧を直ちに止めるように求めます。

私たちはあなた方に民主主義の原則と表現、報道の自由を保証する法を尊重するように求めます。

もしウィキィリークス、それにウィキィリークスとともに活動しているジャーナリストたちが何らかの法を犯しているのであれば、彼らは法に基づき法廷にて追及されるべきです。彼らが法を無視した組織的な脅しにさらされるべきではありません」

To the U.S. and other governments and corporations involved in the crackdown on Wikileaks:

We call on you to stop the crackdown on WikiLeaks and its partners immediately. We urge you to respect democratic principles and laws of freedom of expression and freedom of the press. If Wikileaks and the journalists it works with have violated any laws they should be pursued in the courts with due process. They should not be subjected to an extra-judicial campaign of intimidation.

知り合いのジャーナリストが云っていた。

「情報をコントロールすることが力になる、そんな世界はもう止めにしたいです。

情報を共有することが力になる、そんな美しい世界をみんなで創っていきましょう。 」

全く同感である。


12月 10, 2010 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2010年10月17日 (日)

音楽の世界からジャーナリズムまでー体質劣化は必然か?

先ほど私のもう1つのブログにて先日の日本のマスメデイアが中国国内の反日デモは報道しても日本国内の2600人規模の尖閣諸島に関するデモは全くスルーした件について述べました。

http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20101017

詳しい内容は記事を読んでいただくとして、ここで問題にしているのは左とか右とかいう陳腐な議論ではなく、海外のメデイアが大々的に取り上げたにも関わらず。2600人規模という大きなデモを朝日から産経、NHKに至るまで全く無視した、という非常に気持ち悪い状況について書いたものです。

記事にも書いてありますが、この件に関して先日知り合いの某マスコミ報道関係者にぶつけてみました。その時に帰ってきた言葉は

「我々は報道する自由も勿論あるが、報道しない自由もあるのだ

さすがにこの言葉を聞いて唖然としました。

これは明らかに国民の「知る権利」を侵害した、と受け取られても仕方がない行為であり「情報管制」と国民だけでなく海外からも受け取られてしまうでしょう。

私の知る限り大手マスコミに所属している人間でそれに対して疑問に感じる人間が非常に少ないという事実に愕然としたと同時に、何かこの状況どこかで見たことがあるな、と思いました。

このブログをよく読んでくださる方ならおわかりでしょう。

そう

どこかの業界の体質と全く同じなのです。

実際私はテレビ関係者と話をしていても特に地上波関係の人間はレコード会社の連中とメンタリテイが極めて似通っているので、うんざりする時も少なくないです。はっきりいって同じ穴のムジナ、といってもいいでしょう。

どうやら日本のマスコミジャーナリズムも同じような体質を持ってしまったようです。

音楽業界は80年代末から90年代前半にかけてわが世の春を歌いました。今の状況と比べるとはっきりいって夢物語のようです。そして地上波のテレビも今でも影響力自体はまだダントツですが、視聴率の低迷でもはやわが世の春とはとても云いがたい状況です。しかも地上波のテレビも体質改善が非常に厳しい状況でこのままいけば今音楽業界が直面している存亡の危機に立つ可能性が非常に高いです。

そして今回の状況を見てジャーナリズムよお前もか? という状況になってしまうのではないか? いや既になってしまっているのではないか?

非常に危惧します。

それにしても音楽業界も一時大きくなりすぎた時期があり、地上波のテレビも同じです。

わが世の春を歌った世界の体質劣化は必然なのでしょうか?

特にジャーナリズムの崩壊、健全なジャーナリズムの存在がなくなるということは民主主義の根幹である思想言論の自由が実質的に機能しなくなるということを意味します。ある意味では音楽業界の崩壊以上に深刻な問題だと思います。

勿論今回の事態を憂慮し、ジャーナリストとしての矜持を持って仕事をしている方もまだ少なくない、と信じたいです。

その方々には是非がんばっていただいきたい、そう切に願います。

10月 17, 2010 経済・政治・国際 |

2010年9月22日 (水)

「業務用」と民生用の違い

私の会社はCD等の販売に関しては一般コンシューマー相手、ということになるんだろうが、音楽、コンテンツ制作に関しては一般コンシューマーではなく「業務用」である。

実はここの点を誤解している問い合わせが時々来る。悪いことにこういう問い合わせが増えてくる時はよくない流れが来ている証拠でもある。せっかく少し持ち直したかと思った矢先だけに不安がよぎる。

例えばうちの「サウンドコンテンツ事業」「古いアナログ録音やカセットをノイズを軽減してデジタル化します。」という銘打ってAdwords等にも出したがその結果、山のように来た問い合わせは「自分の持っているカセットをそのままCD-Rに入れてくれる」という勘違いの問い合わせだった。うちはテープのダビング屋ではないし、だいたいカセットをそのままCD-Rにしたってとんでもない音になるに決まっている。そこからいろいろEQを始めコンプレッサー、場合によってはツイーダー等の特殊な機械を通さないととてもデジタル的に聞ける音にはならない。その辺りの説明をしたってそういう問い合わせをする人は大半がド素人だから理解できるはずもない。

サウンドコンテンツページ
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/contents.htm

それと私の会社はCDパッケージもやっているのだが、いまだに来るのはCD-R一枚焼いてください、といった類の問い合わせ、そんなの街のDTP屋さんでもやっているよ。今日もきたのは「子供たちのピアノ発表会の録音を各自の演奏を1人1人にCD-Rに焼いて欲しい」という問い合わせ、やってできないことはないけど意外に手間がかかる仕事だし、一枚焼いてせいぜい数百円程度だから、手間の割にはたいした売上にはならない。まあ自分の娘が出ている発表会だったらご厚意でやってもいいけどね。
何度もいいますが、プレスするCDとCD-Rは全く違うものです。基本的に弊社はCD-Rコピーの仕事は承っておりません。

CDプレスページ
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_press.htm

要するにCD商品の販売を除いたら弊社ハイブリッドミュージックは基本的には「業務用」の会社なんですね。しかしこの「業務用」一般コンシューマー用の区別ができない人が多い。

「業務用」というのは取引相手もプロかプロに準ずる相手との商取引で例えば、工場の工作機械の作成などは工場の業務を行なうための機械を作るための作業だから「業務用」である。これに対して一般コンシューマー用というのは一般家庭で使うテレビ、オーデイオ、冷蔵庫、洗濯機etc etc.ー要するに家電のようなものだったり、100均で売っているような家庭で使う消耗品だったり、というのが一般コンシューマー用の商品で取引相手は特定の分野のプロではなく一般庶民である。

一般コンシューマー用「業務用」の商品は製造過程も商品の目的自体も全く違うのだがその点を理解していない人が結構多い。実際あるイベントの仕事でスピーカーとアンプを持っている、といってモノを見たら一般民生用のオーデイオコンポだった、なんてことが何回かあった。それで大ホールのPAのスピーカーになると本気で思っていたようである。いわく「だって同じスピーカーでしょ?」 って違うよそれは全然!!

まあi-podのスピーカーが武道館でのコンサートのスピーカーのパワーなど到底出るはずもないというのはちょっと考えればわかるはずだが、問い合わせページのアクセスが増えるのはいいけど、こういうナンセンスインクワイアリーが増えるというのも考え物である。

9月 22, 2010 経済・政治・国際 |

2009年12月20日 (日)

CDを買わなかったというある「ファン」の方からのメール

私の音楽を気に入ってくださった方からのメール
音楽を気に入ってくれたのはありがたいのだけど、図書館にあったものをコピーして「とても気に入りました」といわれても..

====================================

私は、約十年前、専門生の時に、学校近くの新宿中央図書館で、ミュージックのCD二枚を借り、MDに録音、かなり気に入って、今に至るまで、愛聴させていただいています。
ただ、学生の忙しさを理由に、その時にしっかりコピーなどせず、CD題名や曲名を走り書きしたメモだけが頼りで、二年前くらいに、気になり出して、新宿中央図書館在庫検索で、やっと二枚が詳しくわかり、mixiでも検索、作曲者様、大野 恭史さんにたどり着きました。(後略)

===================================

うーんツタヤのようなところから借りてコピーしたのならまだしも、図書館かあ。実は著作権法には次の項目があります。

「図書館は利用者の求めに応じ、利用者の調査研究を目的として、公表された著作物の一部分を、1人につき1部のみ複製できる。」(著作権法第三十一条第一項)

これはいわゆるフェアユース(学術や非営利、教育のための使用に関しては文化の発展のために権利を主張しないことを認める用途のこと。国際的に認められている権利だが、原則非営利目的に限定する)に相当するし、著作権に関する答申でもこの分野に関しては基準をゆるめる方向にいっている。勿論完全に学術目的ならいいのだが、実際問題としては一般ユーザーもかなり図書館にある「一般市場に流れているCD」をコピーしているのが実態。ツタヤと違って費用もかからないから、公共の施設とはいえ著作者からすれば「対価なし」でコピーされている現実は変わらない。

最近は不況の影響もあって図書館はどこも満員だという。人気の本は何ヶ月待ちの状況でもある。一応作者の保護を目的に「新刊」の貸し出しはどこの図書館も行なっていないはずであるが、実はこれが現在貸し出し可能な方向に議論が進んでいるという。そうするとますますCDや本を買わなくなる人が増えてくるだろう。

正直いって図書館の存在が著作者にとって好ましくないという部分もあります。(但しメーカーにとっては「買い手」でもあり税金でパッケージを購入してくれる相手でもありますーそこがまたジレンマです)一方でユーザーにとっては著作物の一部分しか複製できないということを生真面目に実行すると、市民の苛立ちが大きくなります。

「個人使用の自由」(著作権法第三十条)と学術目的(フェアユースー著作権法第三十一条)のためにかなり著作権法の扱いにグレーゾーンが大きくあり、それがある意味著作権法を始め知財そのものの誤解につながっていった。デジタル時代に入りこのグレーゾーンがますます大きくなり、いまや音楽業界や出版業界の存続すらおびやかす状態になっています。

行政も政治も「知的所有権、知財を尊重する」と口先ではいっていますが実際にやろうとしていることは全くその逆をやろうとしています。ネットでの著作権の主張を事実上できなくする「ネット法」の推進を始め、コピーされる対価の補償金をなくす方向で現在、業界団体と裁判沙汰にまで発展しています。(行政は当然 業界団体側にたっています)

「個人使用の自由」は確かに難しい問題ですが、著作権や知財はハードウエアのような「モノ」とは根本的に違います。一度購入したらあとは消費者が何をしようと勝手、自由ーということではないんですね。無償コピーを友人を始め第三者に渡すのは著作権違反なんですね。役人も政治家もここを全く理解していません。「モノ」と知財は同じ商品でもその特性上根本的に違う部分があるんです。ここをもっと声を大にしていわないといけないでしょうね。

また携帯の着うたが既に実売の数字以上に違法ダウンロードされているという実態があるのに行政も警察も取り締まりには極めて消極的に見えます。

違法コピーが音楽業界衰退の原因ではないと誰がいったのか?
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/10/post-4c4f.html

またこのことを表明するとネットではほぼ例外なく袋たたきにあいます。例の「自己責任論」という奴を持ち出すわけですが、これは以前のブログ記事でも書きましたように、「無関心である」ことが心地よい、その「無関心」を正当化できるのが「自己責任論」であり、それを脅かす言動に対してはヒステリックなまでに叩く、という今のネットの構造です。これは近々私のもう1つのブログでも述べますた小泉、竹中を始めとするかつての権力者たちが作ったワナでもあるんです。

■被害を受けている音楽の権利者がなぜ非難されなければならないのか?
https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/11/post-6b88.html

いずれにせよ「個人使用の自由」の適用範囲を罰則も含めて明確に規定する必要がありますね。もうこれ以上グレーゾーンを広げてはならないです。

自分にとっても切実な問題だな、と今日CDを買わなかったある「ファン」からのメールを見て痛感しました。

12月 20, 2009 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2009年11月11日 (水)

電通、博報堂 業績不振

■電通と博報堂の苦戦続く、回復は来年後半以降を想定
 http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-12389220091110

元々不況になると広告代理店というのはモロに影響を受けるのだが、仮に景気が来年後半(これ自体も別の保証があるわけではないが) になったとしてもかつてのような状況に戻るかは疑問である。

私は両方の代理店と仕事をしたことがあるが、当時は花形職業だった電博(我々は電通と博報堂をまとめてこういう言い方をします)も今は見る影もない。

最大の問題は電博ともに同じメデイアでも「地上波のテレビ」の営業窓口が何だかんだいっても中心になりすぎていた点、しかし地上波のテレビはその社内体制も含め、よほど大きな改革をしない限り現在の視聴率の右肩下がりの傾向は止まらないだろう。今地上波中心に情報を得る人たちはお年寄り、子供、そして失礼ながらあまり頭のよくない人たちしかいないだろう。

2011年のアナログ放送終了の時に「ばら色」に戻ると考えているとしたら甘い。

とはいっても正直うちの会社の業績にも無関係ではないので、早く電博に発想と企業努力で業績回復をして、新たな仕事を創出して欲しいものだ。小さな制作会社はどんどん仕事がなくなっているのだから...

11月 11, 2009 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2009年9月30日 (水)

多摩テック本日閉園と1人勝ちのデイズニーリゾートに見る「コンテンツ」の価値

■48年の歴史に幕、多摩テック本日閉園~最大3時間待ちの“最後の賑わい”も
http://life.oricon.co.jp/69447/

多摩テックーうちから車で20分くらい、園内の「クアガーデン」も何回か行った。家族サービスですいぶん行った記憶がある。いわゆる「古典的」な遊園地である。うちの娘は気に入っていたが、やはり時代はもはやそういうものを求めていないのだろうか?個人的にはこういう古典的な「遊園地」は何とか残って欲しいと思っているが...

先日の記事だが、帝国データバンクで遊園地やテーマパークを展開する企業112社を対象にした実態調査結果を発表した。
http://life.oricon.co.jp/68082/full/

各企業の収入高を比較すると、1位は東京ディズニーランド・東京ディスニーシー(千葉県)などを展開するオリエンタルランドで、112社の収入高合計のうち、同社の収入高が44.1%を占める結果に。また、2位はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府)を経営するユー・エス・ジェイ、3位は東京ドームシティ(東京都)を運営する東京ドーム




はっきりいってデイズニーリゾートの1人勝ちである。

5位に入ったハウステンボスは昔仕事をしたことがあるテーマパークだ。この中で八位の「よみうりランド」と十位の「横浜コスモワールド」が古典的な遊園地といえる。規模の大きさで辛うじてベスト10に入ったということか。

この差は一体何なのだろう?デイズニーリゾートの突出した強さは何か?何がそうさせるのか? 考えてみた。

結論からいうと、キャラクター力とコンテンツのクオリテイの高さではないだろうか?

TDLもデイズニーシーのアトラクションは企画されてから日の目を見るまで平均数年、そして少なく見積もってもコンテンツだけで数億円の投資が行なわれている。これに施設、建設費を合わせたらとんでもない金額になる。つまりお金のかけ方が違うのだ。

それも箱にお金をかけているのでなく、箱の中の見せものーコンテンツにお金をかけているのだ。だからクオリテイの高さでは他を圧倒する。

二位のUSJもその点では肩を並べるが、持っているキャラクター力等からするとこの売上額はまだ低いように思う。実際「USJいつつぶれる?」などという噂は絶えない。行ったことがないのでなんともいえないが、デイズニーリゾートと比べるとコンテンツの中身の詰めが甘いのではないだろうか?

三位以下は「キャラクター」という点では弱い、「ドーム君」なんていったって誰も知らないだろう。都内のど真ん中という立地条件とまだ根強くいる巨人ファンによって支えられているような気もする。


コンテンツは付加価値を生むための知財である。

というのが私の考え方。デイズニーリゾートはそれをこの数字で実証しているように思う。

この点を「コンテンツはタダであるべきだ」と強硬に主張する人たちはどう考えるだろうか? あくまでそれを主張し世の中の情報やコンテンツをゴミ同然のものであふれさせるべきだ、と考えるのか?

質が高いコンテンツは簡単にできる、と考えている人間が多すぎる。

私は博物館のコンテンツを多数手がけていたことがあるが、「これでデイズニーリゾートのようなものができるんですか?」 などと発言した担当者を何人か見ている。そういう人たちにデイズニーリゾートが1つのアトラクションを作るのにどれだけの莫大な費用と手間をかけているか、について話をするとたいていの場合担当者は腰を抜かす。

それを考えるとデイズニーリゾートの1人がちは当然のような気もする

しかし今日で歴史を終える多摩テックのような古典的な遊園地も、それなりの良さがあるのだ。こういう遊園地がなくなっていくのはさびしい。

ちなみにバンダイの社長の話だと浅草の花やしきは無くさないつもりらしい。日本最古の遊園地(驚くなかれ、江戸時代からあるのだ)を守る気概はあの会社にあるらしい。それはすばらしいことだ。そこは新たなキャラクターやコンテンツの実験場になるかもしれない。このバンダイもおもちゃ業界1人勝ちの会社である。

繰り返す。

コンテンツは付加価値を生むための知財である。決してタダであってよいものではない。

9月 30, 2009 経済・政治・国際 |

2009年4月27日 (月)

ブルーレイも補償金課金へ 文化庁、経産省と合意

いよいよGW間近です。土曜日の記事になってしまいますが

■ブルーレイも補償金課金へ 文化庁、経産省と合意

http://www.asahi.com/national/update/0425/TKY200904240332.html

このブログで皆さんに文化庁への意見具申をお願いしたり、私自身も自らの「文化庁意見書」を公開した手前これに対するコメントをさせていただきます。

まず、消費者が自由にコピー複製できる家電より著作権の補償金を払う点についていまだ多くの人が誤解をしているように思います。消費者が不当に余計なコストを支払わされているというのがその論法の根拠ですが、音楽や映像を「個人使用」のためにコピーするという行為をおそらく殆どの皆さんは行なっていると思います。この制度に対する誤解は「自分の好きでない音楽や映像のために支払わされている」とお考えの方が多いようですが、それは特定のソフトのためではなく、皆さんが好きな音楽やソフトが「個人使用」のために「自由に」コピーができる権利を保証するための対価とお考え下さい。

前にも申し上げたようにDVDやブルーレイ機器等で「録画、録音」するという行為は映像や音楽という「コンテンツ」という知財をコピーするという行為であり、これはコンテンツの中身がいかなるものであっても「個人使用」として世間一般の方が家電を使って著作者の許可なくコピーする行為であります。それによって本来は「個人使用」する場合に権利者に支払われるべき対価がある工程で「支払われなくなる」という事態が発生することになります。勿論ユーザーの方がJASRACなり何なりに「個人使用でコピーした」という報告をしていただければいいですが、現実問題として個人使用のレベルで誰かどの曲をどれくらいコピーした、などと把握することなど不可能です。そのためにハードから一定率の金額を回収した金額を権利者に公正に分配する、という方法しか現実的にありません。

クリエーターが安心してコンテンツ制作に没頭できるのもこうした制度があってこそであります。決して変に「楽をするため」にこの制度の存続を要望しているのではありません。クリエーターは新たな魅力あるコンテンツの創造のため日々努力しており、それは「権利による収入」なくして続けることはできません。特に最近は制作費が極端なほど抑えられていますから.....    ハードはモノを売っていくらですが、ソフトは権利ビジネスであることをご理解下さい。

とりあえずまだ安心はできませんが私どもの主張が認められた形になりました。松武秀樹さんを始め関係者の皆さんお疲れ様でした。そしてこの制度のご理解をいただいた方、本当にありがとうございました。

最後にこの制度はユーザーが引き続き魅力あるコンテンツを享受するための必要な制度で、目に見えにくいかもしれませんが最終的にはユーザーにメリットをもたらします。そこの所はわかりにくいかもしれませんが何卒ご理解下さい

4月 27, 2009 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2008年5月 7日 (水)

イタリア村とセラビリゾート倒産

イタリア村:東京地裁に自己破産を申請 名古屋

http://mainichi.jp/photo/news/20080507k0000e040079000c.html

実はこのイタリア村を開発したセラビリゾートという会社と私は浅からぬ縁がある。

今から4年ほど前に山梨の八ヶ岳にセラビリゾートの「大地の園」がオープンした時にピアニストとして、デイレクターとして関っていた。
「大地の園」は音楽と自然美あふれるリゾートをキャッチフレーズに大量の音楽家が敷地内で演奏し、夜にはクラシック中心だがコンサートも行っていた。私自身はピアニストとしてかなり演奏していたし、また私自身の会社としても初めてインペグ業に手を染めた仕事だった。

チーフデイレクターを勤めていたH氏は声楽家でもあり、かなり懇意にしていたが、二年目から音沙汰がなくなっていた。何となく愛知万博も終わり、事業も今までとは雲行きが変わって行ったことも感じていた。スタッフは全員解雇されたのかと思うと残念である。

ちなみに「大地の園」の時も同じ問題を起したが、この「イタリア村」も木造建物の市条例違反という問題を起している。八ヶ岳と同じ失敗を犯したわけだ。愚かな...

このセラビリゾートの社長は多くの破綻した「リゾート」をはじめ、経営破たんした「北の家族」も一時業績回復させるなどの立て直し屋として知られたが自らの会社は立て直せなかったという皮肉な結果だ。デフレ時代の申し子と呼ばれた実業家がまた一人退場ということだろう。 ワンマン社長はうまくいっている時はいいが、つまずくと取りとめもなく落ちていく。

あの仕事は八ヶ岳牧場の乳製品や温泉も楽しめた、結構楽しい思い出のある仕事だったが、長続きせず結局こういう結果になったのは残念である。友人のH氏は今どうしているか、気がかりである。

5月 7, 2008 経済・政治・国際 |

2007年8月15日 (水)

終戦記念日ー平和の祈りを音楽で

皆さんご存じの通り今日は終戦記念日

先日からお知らせの通り今年から「セプテンバーコンサート」に参加を表明しておりますし、音楽家として平和のメッセージも音楽で語ることを行って行きたいと思います

「安部首相「不戦の誓い堅持」 全国戦没者追悼式 」

http://www.47news.jp/CN/200708/CN2007081501000299.html

この人の平和の祈りがどこまで本気かわかりませんが、憲法を改正したらすばらしい社会になるとか、日本を「普通に戦争できる国にしたい」とかいう幻想はこの日本社会に発展にとっても危険極まりない発想だと思います

特に「平和主義を唱える=左翼」などという短絡して決め付ける向きがいわゆる「ネット右翼」とかいわれる人に多いですが元来平和に右も左もないはずで、だいたいそういう人たちは靖国系文化人(自称)たちの主張を鵜呑みにしているパターンが多いように思います。しかし彼らがどれだけ歴史的事実を資料をよく紐解いて研究しているかは疑問ですね。

選挙に大敗したにも関わらずまだ首相、最高権力者の座に居座りながら、しらじらしく平和という言葉を使っているこの人も、日本国憲法の成り立ち、靖国神社がA級戦犯を「密室協議で」合祀した事実をどこまで理解しているか疑問であります

参考までに
「日本国憲法は押し付け」という改憲論 について
http://blogs.yahoo.co.jp/nanashi4444/5052509.html

「関連国に禍根残す」=A級戦犯合祀に昭和天皇懸念-元侍従長が歌人に明かす
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/life/jiji-04X856.html?C=S(作者注;昭和天皇の側近で侍従の徳川義寛氏の証言でかなり信憑性が高いと思います)

安部首相を始め、自分のアイデンテイテイを安易に国家主義に求めるネット右翼の人たちはこの辺りの事実をどこまで勉強されているんでしょうか?

8月 15, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0)

2006年12月25日 (月)

花屋敷

先日久々に会ったイベントプロデユーサーのT氏

実はイベントの演出家としても業界ではかなり知られた人である。その人と何と浅草の花屋敷遊園地の仕事をすることになりそうだ。

花屋敷はオープンは何と江戸時代末期(!!!)の1853年、そうあのペリー黒船来航の年にオープンしたという日本最古の遊戯施設で当時は見世物小屋やからくり屋敷、おばけ屋敷等のアトラクションだったらしい。古いとは聞いていたがまさかそこまで古いとは..(^^;;)

経営難に陥り何とあのバンダイが買収。数年間プラニングをしつつ結局花屋敷のカラーは保ちつつも、時代にあった新しいアトラクションの改装作業に着手するらしい。今回はその施設用の音の演出用のコンテンツ制作、以前私は富士急ハイランドのスリラー館、ショック119や映画「戦慄の閉鎖病棟」の音楽、音を制作した経験があることから私に声がかかった。

花屋敷内の建物のいくつかは老朽化で建築基本上立て直さなければならない建物が多く、順々に解体し新しい施設を作るらしい。

で今日の話は実は何と3年後には確実にこわされてしまう施設である。この(C塔というらしい)セクション全体が取り壊されるのだがその建物の前にトイレがあるのだがこれは和式で古く汚いトイレなのでいくら3年後に立て直されるにしても今のまま汚いままではお客に不評になる。そこでまずはそのトイレだけ改装するのだが同じ作るのなら「面白い、話題のあるトイレにしたい」というのがバンダイー花屋敷側の意向である。そこで音楽や音の演出が欲しいということで私が音楽や音響効果その他の音コンテンツの制作を行う予定

バンダイというのはご存じの通り今日本で一番もうかっている会社である。しかもこの会社はご存じの通りいろんなキャラクター物を扱っているだけに他の会社とかなり違う。「遊び心」を大事にする会社なのだ。従って演出もちょっとやそっとのものでは受け入れてくれない。

T氏との打ち合わせであるアイデアがわいた。どういうアイデアかはここでは云えません、がたぶんバンダイが受け入れてくれる企画内容であるとほぼ確信している。

年内に企画をまとめ年明け早々にも具体的に動く予定

ちなみに面白いのはこの新しいユニークなトイレ、まだ最終的に何を、どういうものをやるのか決まっていないのに既に何と着工日が既に決まっている( 2月6日!!!) これも普通の会社では考えられない。

バンダイ、いわゆるマンガやジャパンアニメのコンテンツだけでなくハリウッドですら一目置く、一大組織。しかし中身を見ると結構興味ある会社だ

ちなみに私は某ゲーム会社を通してバンプレストのガンダムのアーケードゲームの仕事をした経験がある。その時のバンダイの自由闊達な雰囲気にどこかの業界の雰囲気とはえらい違うなあと感じたことがある

この件、うまくいけば次につながる可能性があるのでまた続報をお伝えします

12月 25, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0)