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2024年12月31日 (火)

最悪の2024年が終わってー来年のリベンジを誓い引き続き前進を

2,024年、大みそかの明日を残してはいるが実質的に今年は終了。

正直いって最悪の一年だった。やることなすこと全てうまくいかない。今度こそ動くと思った案件が動かない。満を持して始めようとした案件が頓挫する、そんなことの連続だった。これほど悪戦苦闘した一年はない。

しかし愚痴をいって解決するわけでもない。自分にできることはとにかくめげずに前進を続けることだけである。

音楽関係者のかつての仲間から、「お前は音楽やめて映画人になったのか?」とか「なんで音楽家のお前がそこまでやっているんだ?」といったよくきかれる。詳しく説明すると話が長くなってしまうが、こうなったのは映画音楽の作曲家という道を自分で選んだためである。

今から10年くらいまでにJ-POP(もうこんなジャンルがあること自体皆さん忘れてるでしょ?)にすっかり嫌気がさし、日本の音楽界に絶望した折に映画の交流会とかに出席してから、映画の世界にどっぷりつかってしまったのは事実。今や映画の交流会で主催側になってしまった。理由はいろいろあるが、少なくとも音楽界と比べると映画界はオープンな世界である、と感じたからだ。

例えば今や打ち込み関係の音楽制作が完全に主流だが、歌がボーカリストとオケを作る作曲家兼アレンジャーがいれば作ることはできる。打ち込みのインストなどは一人でもできる。

ところが映画はそうはいかない。カメラ、照明、メイク、衣装、それぞれの専門家とデイレクターの共同作業で行う仕事である。役者も複数の人間が必要だし、要は一人では決して作ることができないのが映画である。だからいつも人材を募集しているし、ある意味その中に入っていくのは難しいことではない。必要なのは映画関係の仕事をする、とぃう強い意志のみである。そうやって私もいくつかの作品の音楽を作る機会を得た。今年も一つ作品を作り、今後もたぶんやると思うが、とにかく良質な映画作品を作るために貢献をしたいと考えている。

そして何よりも映画音楽の仕事を本格的にやろうと思ったら、「音楽人」であると同時に「映画人」でもなければならない、という点である。歴史に残る日本の映画音楽作家、伊福部昭、武満徹、冨田勲、佐藤勝、いずれも映画の現場と密接に顔をだして映画音楽の作業を行っている。私も時々やるが、エキストラとしてもこの先生方は出演したりしている。映画音楽の作曲家になりたい、と思っている人はそこまでの覚悟で映画音楽に取り組み覚悟があるかどうか自問自答する必要がある。

ただ映画界を見るにつけ、日本の映画界にもいろんな問題があることが見えてきた。

問題はいろいろあるが、特に深刻なのは映画作りのプロセス、映画の質で日本が世界から大きく後れを取っていることが見えてきた。と同時にサブスクのプラットホームが普及したこともあり、映画制作にもはや国境がない時代に入ってきたのだが、日本の映画界はまだそのグローバルな制作の動きに頭がついていっていないことがみえてきた。

私が最近映画音楽の作曲家に限らず、映画制作やラインプロデューサーの域まで業務を拡大したのは、日本の映画制作のグローバルな制作の動きの遅れに対して危機感を感じたためである。
今年は思うように成果を上げられなかったが、来年こそは実績を作ろうと考えている。

まあとにかく挑戦は続けていこうという気構えはある。

正直、決して若いという年齢ではない。また同年代で早めに引退して悠々自適の生活をしている人間がいるし、羨ましいと思わないでもない。

でも今の自分にはとてもできない。やろうと考えることもできない

なぜなら自分の中で全く燃え尽きていないからである。

自分でやりたいと思っていることができていない、自分がやりたいと思っているレベルの仕事まで行っていない、

それができるレベルになり、誰からも文句言われない実績を出すまでは引退など考える気にもなれない。まあそこまでいくには最低10年はかかるかもしれない

希望を持っているのは、海外の映画関係者の自分の音楽サンプル、デモリールには手ごたえを感じているためである。

ちなみに今日、デイズニープラスでジョンウイリアムスがサイトウ記念オーケストラをサントリーホールで演奏するのを見た。ジョンウイリアムス、92歳ーまだバリバリの現役である。

この年齢までできたら少しは燃え尽きているかな? まだ数十年あるけど..

とにかくあと何年できるかわからないが、燃え尽きるまでやりたいと考える次第

そして2025年はリベンジしたい。今年の停滞をカバーできるまで

 

12月 31, 2024 日記22ー | | コメント (0)

2024年12月24日 (火)

クリスマス「イエスキリスト」についての更なるトリビア

今日はクリスマスイヴですね。

毎年この日になると私の10年以上前の記事のアクセスが増えています。みんな雑学をひけらかしたいんですかね?

■クリスマスソングとクリスマスのその他雑学トリビア

https://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/12/post-af5c.html

まあ私などはもはや関係ないけど、そもそもクリスマスって「イエスキリストの誕生を祝う日」であって「イエスキリストの誕生日」ではない、ということはご存知ですよね?詳しくはヨーロッパの原始宗教であるミトラ神(太陽神らしく、エジプトのラー神みたいなもの)の聖なる日が12月25日だったので、その日を無理やり「イエスキリストの誕生記念日」にしたわけでやや強引というかこじつけ、と言えなくもないですね。

1.「イエスキリスト」って何者?

そもそも「イエスキリスト」って何者?というとこれもよくわかっていない。はっきりわかっているのは大工の仕事をしていた、ということくらいで、ある時期から宗教活動を始めて、預言とかを繰り返し弟子が13人いたというのもどういういきさつでそうなったのかよくわかりません。新約聖書にその内容が書かれていますが、とにかく宗教活動をしていて支持者がすごく増えた、という点では現代なら差し詰めカルト宗教みたいなものですね。ただ、統一教会とかオ●●真●教と違うのはどうやら「お布施」みたいなものを要求,強要された形跡はないので、「カルトと違う」と言われればそうかもしれません。

とにかく古代から中世、近代まで伝わっている「イエスキリスト」のイメージはたぶん実際のイエスキリストとは全く違う人物ではないのか?とも思います

2)イエスキリストの本当の誕生日は?

当時は戸籍とか誕生証明とか全くありませんので、わかっていません。1月説、4月説、7月説とありますがどれも決め手はありません

3)イエスキリストの本名は?

キリストというのは「救世主」という意味でヘブライ語のメシア(救世主の意味)で宗教活動してから「ナザレのイエス」とよばれたが、ヘブライ語の「イエス」は「イェーシュア」からの転写形で英語的には「ジョシュア JOSHUA」と呼ばれたようです。

Nazareth_by_fares
現在のイスラエル、ナザレ地方

4)イエスキリストは白人なのか?

ヨーロッパの宗教画からルネッサンスに至るまで、イエスキリストはヨーロッパ風の白人であるかのように描かれている。だがよく考えたらおかしい。後程イエスキリストと呼ばれる「ジョシュア」なる青年は現在のパレスチナ地域で育っているはずで、少なくとも一部のヨーロッパの絵画のように金髪はありえないはずである。正直「キリストは白人でなければならない」という思いこみは潜在的な人種差別にもつながらないかとも危惧する。

一般的なパレスチナ地方の人は写真のような風貌です

Palestinianjournalists

5) そして一体何をしたのか?なぜこれほどまでに影響力を得たのか?

問題はここですね。このジョシュアなる人物が説いたのは

「人間は平和の神の子として平等であること、神は父なる神であること、また、太陽や降雨などの環境を整えていて、人間をはじめ鳥類などの生き物を神は日々養っている。日々の祈りをもって神とともに歩み、隣人を大切にして生きること」


当時はローマの支配下だったエルサレム、平等を説くのは確かに帝国としては困るでしょうね。しかもそれが民衆から多大な支持を得たとすれば、これは権力にとって脅威になるでしょうね。
そこで何だかんだ理由をつけて最終的には十字架に磔ということになります。
 そしてその十字架がキリスト教の象徴となりキリスト教がローマ帝国内に広まり数々の迫害があったにも関わらず、最後にはローマ帝国ですら国教にせざるを得なくなる。

なるほど名もない「ジョシュア」による影響力が増大になれば「旧宗教勢力」にとって脅威になるわけだけど、困ったことにこの「旧宗教勢力」が今でいうユダヤ教に相当するため、これが世界的にみてユダヤ教差別につながってしまいます。(当時のローマ帝国の総督のピラトは処刑に消極的だったといわれます)
 ユダヤ教もキリスト教もそしてイスラム教も「旧約聖書」を起源とする宗教だけど、それが結局今に至るまで血で血を洗う争いを続けてしまう結果になってしまうのは不幸としかいいようがありません。

いずれにせよ長くなりましたが、実際にキリストの誕生日云々に関係なく、平和にお祝いや友達とパーテイーができる日本人は幸福である、ということで平和に感謝しながら楽しみましょうか・

メリークリスマス!!

12月 24, 2024 文化・芸術経済・政治・国際思索,考察 | | コメント (0)

2024年12月17日 (火)

NHK大河ドラマ「光る君へ」の感想と平安時代の文化について

今までは「歴史」の観点から実はもう一つのブログに書いていたんですが、

https://kyojiohno.hatenadiary.com/

よく考えれば私も映画やドラマ関係の仕事をしているわけで、メインのブログに書いても差し支えないですし、もう1つのブログをそろそろ閉めようとも思っているので、今年の大河ドラマ「光る君へ」の記事は殆ど書いていないんですが昨日最終回の放送も終わったので感想についてまとめて書こうと思います。

■ 全体の感想

まず今回は平安時代という私もよくわかっていない時代の物語ですので興味を惹いた点と(平安末期の源平時代はある程度知っていますが..)世界最古の長編小説を日本人女性が書いた、というこの事実に興味がわきました。どういう時代背景がそれを可能にしたのか、どういう背景で世界最古の長編小説「源氏物語」が生まれ、そこの部分をどう描かれるのか、というのが興味があったためじっくり見てみようと思いました。

今回は平安時代という日本史の中にも「戦争がなかった時代」なので戦国時代もののような戦闘シーンは期待できませんが(それでも終盤の「刀伊の入寇」は戦闘シーンがありましたけどね、この件は私もよく知らなかったですが..) 平安時代についての勉強にはなりました。

とはいっても舞台が平安時代の宮廷という非常に限られた空間の中での話が大半な点と、ドラマでは宮廷の皇后や女官たちの雅な装束中心に描かれていましたが、実際の平安時代の街の衛生状態は最悪でかなり汚いものではあったはずです。「平清盛」はそれをリアルに描きすぎて大不評になりましたが、リアリズムという点では「平清盛」の描き方の方が正しいんですね。とはいえ視聴者は平安時代の雅な世界を期待したのだと思いますので、まあ仕方ないかな、という感じですね

さて今回紫式部と並んで主役となっている藤原道長ですが、最高権力者になったのと「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」という権力絶頂の中に詠んだ歌が有名で、その関係で権力でやりたい放題やっていたというイメージをもっていましたが、細かく調べると必ずしもそうでもなかったようですね。それでも私の女房いわく「いい人間に描きすぎだ」といってましたが、そういう面もあったかもしれません。何せ今からちょうど1,000年前の話ですからね 

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藤原道長(966-1027)

■ 史実にどこまで忠実か

 今回は恋愛ドラマに定評のある大石静氏の脚本でしたが、勿論歴史を題材をしているとはいえ所詮はドラマであるのと、1000年も前の話なので、特に女性の人生の記録など当時はロクに残されていませんので、逆に脚本家としては作り放題といっていいかもしれません。特に女性の実名など王侯貴族以外は殆ど残っていませんので、紫式部も清少納言も「まひろ」とか「ききょう」といった名前も作り放題だったでしょう

そのため紫式部の母親が藤原道兼に殺されるとか、紫式部と藤原道長が恋愛関係にあったというのも勿論フィクションですが、そこは恋愛ドラマの大石氏としては脚本上はずせなかったのな、という部分もあります。

但し宮廷の公卿の政治についてはロバート秋山氏演じた藤原実資の「小右記」また道長自身が記した「御堂関白記」といった日記も記しているため、当時の政治状況は比較的正確に把握はできる状況でした。そのため道長が最高権力者になってからの政治の動きはほぼ正確に描かれているといっていいでしょう。そのため中盤以降は脚色はいろいろあるにせよ、史実的にはほぼ正確に描かれている印象があります。

また道長が出家した後に起きた「刀伊の入寇」で描かれた公卿たちの反応はまさに現代の日本にも通じるものだったといえます。この時にたまたま大宰権帥になっていた藤原隆家の活躍によって撃退されたものの、女真族の侵略という国家的な危機に対し「しばらく様子を見る」などという悠長なことをいっていて軍を送ろうともしない危機感のなさは流石に現代の我々も見ていてあきれ果てました。平和な時代が続いた「平和ボケ」だといっていいと思いますが、この後「武士の時代」の到来を予感させるものといえましょう。事実最終回に平為賢に仕えていた双寿丸が関東に向けて出陣している様子が描かれましたが、「平忠常の乱」の討伐に出かけて行ったものと思われます。

時代が「摂関政治」から「武士の時代」に移行を予感させる部分(実際には前九年の役まで半世紀以上ありますが..)を描いていると思います。

■ 源氏物語

藤原道長と紫式部が実際恋愛関係だったかはともかく、道長がいなければ「源氏物語」が生まれなかったことは個々の資料からもほぼ史実だと思われます。また国母となった藤原彰子からかなり信頼されていたことも事実で、娘の大弐三位が女房になってからも、一時休職後に藤原彰子の要請で出仕していたようです。

さて紫式部の源氏物語の登場人物はモデルとなっている人物が多数存在しているけれど、光源氏のモデル=藤原道長といった単純に一人の人間が登場人物のモデルというわけではなく、宮廷の人物の人格をいくつか統合、合体させてキャラクターを築き上げたものと思われます。いずれにせよ天皇も登場人物に出てきて恋愛に関するドラマも描いていることから、(桐壺帝と愛妾の「桐壺更衣」は明らかに一条天皇と中宮定子をモデルにしています)こういうことができるのも事実上天皇の力をしのぐほどの力をもっている藤原道長のバックアップがなければ実現できなかったでしょう。
何にせよ道長が中宮彰子と一条天皇の関係を親密にするために「源氏物語」というツールを使ったというのはほぼ史実のようです。紫式部の類まれなストーリー構成力、文章力があることを見抜いて起用したのだと思います。

ちなみに藤原道長と紫式部が実際恋愛関係というのはまんざら根拠のない話でもなさそうで、『紫式部日記』には、夜半に道長が彼女の局をたずねて来る一節もあり、鎌倉時代の公家系譜の集大成である『尊卑分脈』には「上東門院女房 歌人 紫式部是也 源氏物語作者 或本雅正女云々 為時妹也云々 御堂関白道長妾」と註記が付いており、全く恋愛関係自体が根拠がないともいえなくもないようです。実際宮廷や公卿の世界では女性との性関係は現代の我々から見てもかなり奔放であり、仕える女房の中にも「召し人」という恋愛関係を持った女房も実際問題いたようで、紫式部が道長とそういう関係になったとしても不思議はない、ということもできると思います。

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紫式部

いずれにせよ「源氏物語」=Tales of Genjiは日本だけでなく国際的にも有名になっており、1000年前に女性がこれだけの長編小説を書いたことに対し驚きをもって迎えられています。ハーバードを始め海外の大学でも研究されており、小説に対して高い評価が与えられています。この存在だけでも日本人として誇りに思っていいかもしれません

■ ドラマの音楽

一応私の本職なのでどうしてもこちらについて述べてしまいますが、今回のテーマ音楽は昨年の「どうする家康」と比べてもよくできていると思います。(正直「どうする家康」のテーマ曲は本当につまらない曲だったといわざるを得ないです)反田恭平のピアノもいいアクセントになっていてよくまとまっていましたが、場面ごとの音楽が時にジャズ風になったりロック風にもなったりしている点は少し首をかしげました。

別にジャンルが違う音楽を入れることが悪い、ということではありませんが何か統一感がない、ドラマの背景音楽というよりはBGMといった感じで、ミクロ的にそれでいいのでは、という声もあるかもしれませんが、これではテーマ曲以外は全部民放のバラエテイのような選曲でよくないか?とも思いました。私がドラマ音楽担当したら少なくともこういう作り方はしません。

こう考えるのはやはり映画音楽畑だからですかね?

■ 全体的な演出

むろんストーリーの組み立て方はさすがだ、と思いましたがやはり大石氏の得意ジャンルである「恋愛ドラマ」の体が表面に出てきた感があります。背景音楽がジャズやロックだったこともあり、なんか平安時代というよりは十二単を着た現代ドラマという印象も得ました。

それに対して違和感を感じなかった人が多かったようですが、うーむ、最近私自身が世間の一般的感覚からずれているんでしょうかね?

                    

いずれにせよ平安時代についてのいい勉強の機会にもなりましたし、全般的にドラマとしては良くて来ていると思いますので、今回の大河ドラマは成功といっていいでしょう。何よりも世界に誇れる女流文学「源氏物語」に関して新たな認識にも結び付きました。

また同時代の清少納言の「枕草子」、藤原道綱母の「蜻蛉日記」、そして昨日は「更科日記」の菅原孝標女、そして恋多き歌人の和泉式部等、才能豊かな女流文学者が多数現われ、まるで連鎖反応のように大勢出てきているのもこの時代の面白いところで、今回はそこも堪能させてもらいました。日本の女流文学の黄金時代といってもいいでしょう。

来年の大河ドラマは日本文化の黄金時代を描くということで今からワクワクしています。歌麿から北斎まで浮世絵師のオールスターも出るでしょう、他に近松、十返舎一九、歌舞伎と後に世界の文化に影響を与える芸術家の登場。楽しみです

江戸時代の文化は世界最先端のエンタテインメント文化、町民による町民のためのポップな文化。そのようなものは18世紀、日本以外の世界中のどこにもありません 

12月 17, 2024 文化・芸術経済・政治・国際映画テレビ18- | | コメント (0)

2024年12月15日 (日)

サブスクの本格プロモ4年たって...

日本の音楽業界では一部まだCDにこだわる向きがあるようだが、CDの時代からサブスクの時代に本格的に世界的に移行している。

特にコロナ禍に入ってからその向きは拡大した。一方ではコロナ禍に入り新作も発表できたし(配信のみだが)ありがたいことにビクターエンタテインメント(現JVC ケンウッドエンタテインメント)が私の昔の旧作を大量に復刻配信してくれたおかげで商品ラインアップだけはかなりの数が現在Spotify, Amazon, Apple Music, Youtube 他主要プラットホームにて配信され聴くことができるようになっている。

https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A004591.html

下手な鉄砲数撃てば当たる、ではないがおかげ様でActiveな音源はビクター系が118曲、私のインデペンデントが19曲、あと劇伴音楽を中心にある音楽出版社に委託している音源が20曲、計157曲ある。

そのためさまざまなテーマのプレイリストも作ったりした

https://www.hybridmusic.jp/playlist.html

だが残念ながら期待したほどの成果をあげることができないでいる。

そもそも私の曲がサブスク向きではないのはわかっている。理由は

1) インストである。
2) 演奏時間が平均5分以上(長いのは20分ゆうに超えるものもあります)

その意味では成果が揚げられないのも仕方ないのかもしれないが、それらはエクスキューズにすぎない

私自身のインデペンデントで出した作品もいろいろと試行錯誤して再生回数を増やす努力はしている。主に私のアルバム"metanature"の中の Vision とFlo- について行っている

Spotifyはだいたい年末くらいにまとめをしてくれるが現状はこの程度。正直サブスクとしてはたいしたことない。私のインデペンデントが19曲についてのデータである。

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2万回じゃ全然少ない、少なくともこの2桁多く再生されないとまともな数字にはならないのだ

ただし唯一よかったのは自分の音楽を聴かれているのが日本だけではない、ということ。これは少しいい気分になる

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だがこれがある意味環境音楽としては限界なのかもしれない。

最近はこれらの大多数がインストということもあり、映像やネットでのBGMのライセンスの方にシフトしている。特に劇伴音楽の20曲については出版社のライセンシングを始め、私自身もライセンシングを打ち出しているので一定の成果をおさめつつある。

何にせよ音楽にとって難しい時代に入ってしまったものだと自分で音源を配信していて実感する次第

12月 15, 2024 パソコン・インターネット音楽日記22ー | | コメント (0)

2024年12月 4日 (水)

ネット関係のインフラが一通り整備されて、結局作品届けを著作権期間に登録する

インターネットが普及して四半世紀がゆうに超え、SNSを始めさまざまなインフラが整備された今日このころ、SNSについては先日の兵庫県知事に関する問題、そしてとりわけネットユーザー,SNSユーザーに蔓延るリテラシーのなさ、といった問題が出てきている。

その意味ではネット関係はさまざまな問題や課題が生じてきているが、一般にはコンテンツを拡散するという意味ではもはや欠かせないものになっている。だがそのコンテンツのありかた、とりわけコンテンツの権利の管理方法についてはネットが普及する前と大きく変わると思いきや、実際には従来の権利管理機関ー著作権信託期間もしくは委託期間が従来通りの体制で寧ろ強化されている現状がある。

実はインターネット黎明期には音楽の著作権を始め権利の概念が変わるだろう、といった考え方はコンテンツメーカーの間でも強くあった。そのため同時期に作ったクラブ系のアンビエントの作品を私はあえて著作権信託せず、権利の扱い方がどうなるか、見てみようと思っていた。いわば乱暴な言いかただが自作をネット時代における「実験台」としてあえてネットの状況にまかせるままにしたのである。

だが得た結論はある意味では「インターネット革命の伝説」を信じ、著作権やコンテンツ権利が革命的に変わる、などと期待する人たちから見れば寧ろ失望する内容かもしれない。例えばネットの新たな権利の管理の「クリエイテイブコモンズ」なるものは実はたいして役に立たないこともみえてきたし、何かと風当たりが強く、当ブログでも何回か批判をしたJASRACを始め、本来ならJASRACと信託機関として二分しなければならないNext-toneも著作権の重要な権利である「演奏権」の管理ができないため、どうしても脆弱な面は否めない。日本の著作権の信託問題はこの「演奏権」がいまだJASRACの事実上独占状態になっている点が問題である。

つまりひとことでいって旧態依然なのである。

そうして登録しないまま20年の月日が流れていった。3年前にもアンビエントのアルバムを出したが、それも同様に登録しなかった。以下の作品である

そして結論からいって本日上記のアルバムの作品の全ての作品届けを提出した。当たり前だが著作権というのは亡くならないどころか更に重要性をおびてきて、最終的に権利を持った人間が強くなる、という当たり前のことに気づいていたためである。

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自分の会社の出版部を通しての作品届けだが、もう一つ従来の著作権出版での管理を決断させた理由として、先日のSpotifyの決定のように一カ月1000回再生しない作品は分配対象からはずす、ということもあるのと、音楽の不正ダウンロードや権利を無視した使用方法も後を絶たないのも事実。それらを鑑みるとやはり権利を守る音楽出版社は必要である、という結論に達した。

しかし「レコード会社」はもういらない。ストリーミング(サブスク)がメインになった時代だと、配信だと単価が安すぎるためにクッションが間にあるとアーチストの取り分はただでさえ少ないのが減ってしまう。だからサブスクのプラットホームに流す代理店のようなものさえあればいい。つまりTunecoreとかCD Baby とかOrchard とかで十分である。

とはいえ、権利を守る会社というのは必要である。だから音楽出版を通し自作を管理する。

一方映画やドラマの音楽をある出版社経由でリリースして現在ストリーミングだしているが、これがライセンシングを中心にそこそこ使われている。

 

ということでこれから形は時と場合によって違いますが、世間に発表した作品は著作権の信託期間に作品届けを出しますよ、というお知らせでした。

12月 4, 2024 パソコン・インターネット音楽 | | コメント (0)

2024年12月 1日 (日)

映画人交流会Vol18 開催報告

恒例の「映画人交流会」のVol18が昨日高田馬場BSホールにて開催されました。

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前回も200をわずかに切る感じの入場者でしたが、今回も200前後の人が参加され、会場は大混雑でした。

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映画関係者は様々な業種によって構成されるため、会場でまずお名前と職業(カメラマン,監督,役者,メイクetc etc)をシールに書いてもらい服の目立つところに貼っていただきます。これは第一回から一貫して行っているところです。

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恒例の映像デモコーナーです。この映像デモ参加の条件として毎回書いているのですが、なかなか定着しないので、
1.「映画祭」もしくは「劇場」といった場所で公開されること 2.監督もしくはプロデューサーの立ち合いのもと行われること
3. 2分以内の予告編を映像として送ること以上が条件です。

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今回デモが行われたのは以下の作品です

① 中田 圭 監督「SCRUM」「銀幕彩日」「Diamond Shake」「しあわせの家」
② 谷 健二 監督「追想ジャーニー リエナクト」
③ 古川 達郎 監督「いちごとひまわりと」
④ 田口 敬太 監督「対話する世界」
⑤ 佐藤 竜憲 監督、出演者・豊田 崇史「そして、優子Ⅱ」
⑥ みやび 監督、女優・秋田 ようこ、大山 真絵子「憧れdoll」
⑦ 城旺 和馬 監督、宣伝・畑野 良輔「ANXIOUS GUYS」
⑧ 小平 哲兵 監督、脚本・羽石 龍平、桑江 良佳「初めての女」
⑨ 藤川 佳三 監督「風に立つ愛子さん」
⑩ 草場 尚也 監督「雪子a.k.a.」
⑪ 政成 和慶 監督、俳優で真砂 豪「きみといた世界」

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前回も今回も会場のキャパを超える方が参加され、やや酸欠状態に近い方もいらしたようです。この会場はコロナ前後から使っていますが、そろそろ限界かもしれません。手前味噌ですが映画業界ではおそらく最大級の交流会だと思いますので

来年はこういう会議室系ではなくライブハウスを考えたいと思います。会場選びに時間かかるかもしれませんが、来年の夏くらいに考えたいと思います。
今全般的に物価があがってますが、おそらく大きな箱を選ぶとなると経費も必然的にあがりますので、この低予算の会費で出来るのも今回が最後かもしれません。

しかしご来場された方からは大いに交流ができた、ということで評判はとても良かったです。日本の映画文化の振興のためにもこの動きは続けたいと思います。

12月 1, 2024 映画テレビ18-イベント・コンサート17- | | コメント (0)