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2021年7月19日 (月)

小山田圭吾五輪開会式の楽曲担当辞任問題 IOC 大会組織委員会を含め日本社会の膿が続々出る「恥かき五輪」

コロナパンデミック第五波が発生中の中、東京オリンピックが強行されようとしているが、その中で開会式の音楽を担当していた小山田圭吾が中学時代にいじめを行っていた記事が拡散され、ネットで大炎上が続いていた。

先ほど小山田圭吾は五輪音楽の辞任を発表した。

■小山田圭吾さん 五輪開会式の楽曲担当辞任 過去に同級生いじめ
https://mainichi.jp/articles/20210719/k00/00m/050/255000c?

そのいじめの記事は「ロッキング・オン・ジャパン」の1994年1月の記事で私も今回の騒動で初めて読んだのだが、27年前でもこんな記事が堂々と掲載されてたことに驚きあきれた。

Oyamada

ロッキンオンといえば音楽評論家の重鎮の渋谷陽一氏が編集長を務める歴史ある雑誌である。そのロッキンオンがこのような酷い内容の記事を掲載することに社内でなんの議論も行われなかった、ということが驚きである。

そのロッキンオンは遅まきながら本日インタビュアーの山崎洋一郎氏による謝罪文を発表した。

■ロッキング・オン・ジャパン94年1月号小山田圭吾インタビュー記事に関して
https://www.rockinon.co.jp/news/150893

 小山田圭吾も謝罪文を発表したが、最初は作曲家の辞任ではなくむしろ続ける意思を示していた。

 ■小山田圭吾さん謝罪文全文 自身のツイッターに掲載
https://www.asahi.com/articles/ASP7J67FTP7JUTIL03F.html

正直これがまずかったと思う。本人は謝罪したつもりだったかもしれないが、これではおそらく被害者には伝わらないだろうし、本気で謝罪したのか、と疑われても仕方がない。

小山田圭吾がこの状況でオリンピック開会式での仕事を強行すると二重三重の意味で深刻な状況をもたらす。

1. 小山田圭吾 のアーティストイメージに致命的なダメージを与えること。
2. 多様性や平和共存のイメージに最も似つかわしくない人物がオリジナル曲を提供しこれだけで東京オリンピック の事実上失敗になる
3. このような人物の参加で日本の国としての品格威信がガタ落ちになること

辞任しなかったらおそらくアーティストとして再起不能になったと思う。それほどまでに重大な事態だったのだ

一部のネットユーザーに「なんでそんな昔のことを蒸し返す」と言う輩が少なからずいたが、このいじめの内容は昔だから許容できる内容ではない。なぜならこれは人権問題に直結する内容だからである。
昔の自分の犯罪レベルと言っていいいじめの報いを何十年後の今受けたのだ。自業自得であり同情の余地など1ミクロンもない。

よくネトウヨや保守系の人たちに「アーチストはなんでアッチ系の人が多いの?」などという輩がいる。

だが、アーチストは本来社会的弱者や社会で虐げられた人たちを代弁し、応援するのが当たり前で、このような発言を行っている者は音楽や芸術の本質を理解していない人間の発言である。ロック音楽は社会の不条理や圧政者たちに対する反抗から生まれた音楽であり、ほかのジャンルの音楽も多少イデイオムは違うにせよ、社会の底辺にいる人たちへの視点がないと人を感動させることなどできない。

だから社会的弱者、底辺に苦しむ人たちをいたわり、その人たちを勇気づけ夢を与える存在でなくてはならない。それこそはエンタテインメントでなければならないはずだ。障害者をいじめたり虐待するなどもってのほか。そのような行為を自慢するだけでこの人物の人格を疑わざるを得ない。数十年前だから、という免罪符など存在しない。

日本の教育からいじめがなくならない原因は、虐められる側にも問題がある、悪いとの変な考えを持っている人間が、特に教師側に少なくないことである。今回の問題となっている和光学園にも甚だ問題があると言わざるを得ない。少なくとも今回の件は氷山の一角という話もある。この件に関しては声明を発表すべきと考える。

今回小山田が辞任したことで問題が解決した、と考える向きがあるようだが、とんでもない。辞任してもこのような人物を選んだという事実はきえないのである、
菅や与党自民党や公明党が目論む「オリンピックで国民はコロナ を忘れる」は失敗し海外からも非難の嵐だろう。オリンピック開催中に感染爆発が起きずとも(起きる可能性極めて高いが)間違っても東京五輪成功とは言えなくなるだろう。

まさに「恥かき五輪」になる。やはりオリンピック強行は誤り

 

 

7月 19, 2021 経済・政治・国際思索,考察イベント・コンサート17- |

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