ジャーナリスズムの危機は今のジャーナリズムのシステムの中にある?
ここ数日忙殺された。もう月曜日のニュースだがアフガンで決死の取材活動の上、タリバン勢力に拘束された常岡浩介(つねおか・こうすけ)さんが無事解放される。とりあえず無事に帰ってこれてよかったと思う。
■アフガンで不明の常岡さん、武装勢力から5カ月ぶり保護
http://www.asahi.com/international/update/0905/TKY201009050147.html
こういうフリージャーナリストの多くは大新聞等がなかなか行けない危険地域に出かけ、身の危険を百も承知で取材をする人たちで彼らの存在はまだ体を張ったジャーナリズムがまだ存在しており、私としては敬意を表する。mixiや2ちゃんでは彼らの背景も知らないくせに相も変わらず「自己責任だ」とか「みんなに迷惑をかけた」(彼らがおまえにどんな損害を与えたというんだ?)とかほざいているおばかさん連中が多いが、彼らは危険を百も承知で高いリスクを負って仕事をしており、大手新聞やマスコミが伝えられない真実を体を張って取材しているのだ。(当然彼らのギャラは普通のジャーナリストより圧倒的に高い)彼らのような存在はまだジャーナリズムの健全な部分を残している人たちといっていい。
だいたいいわゆるジャーナリストには大きく分けて3種類いる。
A: 上記の常岡さんのように大手新聞やマスコミが行けない危険地のリスクの高いところでフリーで取材するタイプ
B: 別の仕事を持ちつつその合間に取材活動をしているタイプ
C: ある特定の企業、団体の「スポンサー」のバックアップによって取材や執筆活動を行なうタイプー当然ながらある特定の企業、業界団体その他の利益を代弁する立場になる
実はジャーナリストでは上記の中では最後のCタイプが圧倒的に多いことをご存じだろうか? 特に音楽評論家、音楽ライターの大半はこのタイプだし、私がよく批判的なコメントを行なういわゆるITジャーナリストの殆どはこのCタイプに該当すると考えて差し支えない。
私はこういう連中がはっきりいって大嫌いである。しかし残念ながらもはや彼らの存在は完全に日本のジャーナリズムに定着してしまい、今さら彼らを否定したところでどうしようもない。このCタイプのジャーナリストは企業や業界団体の利益を代弁し、世論操作の役割も果たしている。事実上のロビイストといっていい。そして残念ながら多くの場合彼らの世論操作、誘導は見事なまでに成功している。
これはメデイアリテラシーが世界でも最低レベルといっていい日本だから余計効果的である。今でもマスメデイアで流されるCタイプジャーナリストの言質、発言を真実だと思い込みそのまま鵜呑みにしているとしか思えない人間が多い。
特に日本の音楽評論はもう20年くらい前に事実上死んだといっていい。まともに音楽を評論できない評論家、多くはメーカー系の手先で決してアーチストに対して否定的なことを書かないように彼らの言質は厳密に管理されている。ここに言論の自由の入り込むスキはない。
何かというと「言論の自由」とか「知る権利」とかを持ち出して自らの行動を正当化するマスコミ連中だが、実はこういったコマーシャリズムのコントロールによって言論の自由が事実上死んでしまっている現実がここにある。
これはジャーナリズムがビジネスになってしまったのが主原因である。法律的には言論の自由が存在しても、商業主義が言論の自由を殺してしまったのだ。
日本の音楽ジャーナリズムは死んでもう久しい。健全な音楽評論がなくなったため音楽家、クリエーターと音楽評論家のかつてのような葛藤、対立の構造はなくなっている。
音楽業界衰退の原因がここにもある。
大事なのは我々がジャーナリズムのいうことを鵜呑みにせず、もっと厳しい目でマスコミの報道をみなくてはならない。マスメデイアの情報が全て真実だと思い込むほど危険なことはない。
欧米では学校のカリキュラムにメデイアリテラシーに関するものを入れているが、日本はいまだにそれがない。文部科学省に答申されたことはあるようだが結局事実上握りつぶされている。 官僚にとってもマスコミにとっても視聴者が健全なメデイアリテラシーを持つことほど都合の悪いことはないからである。
ジャーナリスズムの本当の危機は今のジャーナリズムのシステムの中にある

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