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2018年5月 6日 (日)

ショパンはなぜオーケストラ曲を「ピアノ協奏曲」以外書かなかったか

昨日ラ・フォル・ジュルネという音楽イベントで久々にショパンのピアノ協奏曲第一番を聴いた。
ショパンなんてめったに聴かない私だが昨日の演奏はすばらしいもので久々にいいショパンを聴かせてもらった

ピアノ:ルーカス ゲネ―シャス
オーケストラ:シンフォニア:ヴァルソビア (ポーランド)
指揮:リオ・クォクマン

その時ある疑問が頭に浮かんだ

実はショパンは実質的にオーケストラの曲を3曲しか書いていない

ピアノ協奏曲第一番と第二番 そしてアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズでいずれもショパンが若いうちに書かれたものだ。実はピアノ協奏曲は二曲あるが実質二番が一番で一番が二番である。二番はまだワルシャワ音楽院に在学中に書かれたもので、オーケストレーションはまあまあなものの、正直まだ稚拙なところがある。アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズもオーケストレーションはそれほど効果的とはいえず、一部のショパン研究家からこのオーケストレーションが本当にショパンの手によるものなのか疑問視している向きもある。

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フレデリックショパン 1810-1849

だがピアノ協奏曲第一番のオーケストレーションだけは他の二曲とは明らかに一線を画す。昨日の演奏会で実はショパンのピアノ協奏曲にトロンボーンが1本使われているのを実は初めて知ったのだが、(主に低音を受け持っていたらしい) それ以外にもホルンや木管楽器の使い方も他の二曲と比べるとかなり効果的になっている。まあベルリオーズやラベルのようなオーケストレーションの魔術師というまでのレベルではないが、これだけのオーケストレーションができるのなら、交響曲や交響詩など十分に書けるだけの技量はあるとみていい

ではなぜそれをやらなかったのか?

これ以降ショパンの作品のほぼすべてがピアノ独奏曲で他の楽器のためには一切書いていない。これはショパンの特殊な事情にもよることが多いという

1.人の前に出ることを嫌ったため演奏会を特にパリ移住以降殆どやらなかった

2.肺結核は持病となり健康がすぐれなかった

3.神経過敏で情緒不安定なところがあったため大作への意欲がわかなかった

の3つが考えられるが無論本当のところはわからない。病弱だったのは事実だが、私は元々鬱病だったのではないかと考える。

鬱が真面目過ぎて神経が細やかな人間がなりやすい。あの作品の感じからしても神経過敏で並みの男性なら決して友達になりたくないだろう。

同じピアニストとして有名だったリストはオーケストラ曲も多数残しており、かなり当時としては長命だった(1886年に75歳で永眠)とは対照的だ。もしショパンが健康に問題が無かったらシューマンやメンデルスゾーン以上の交響曲作品とか残せたのではないかと思うのだ

ショパンは既にクラシックでは人気作曲家(特に日本でもファンが多い)だが、それでも本来のポテンシャルを発揮できずに他界してしまったような気がする。そう考えるのは私だけだろうか?

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2018年5月 5日 (土)

日本の偉大なギタリスト 井上堯之さん死去ーR.I.P

1960年代にグループサウンズ「ザ・スパイダース」で活躍したギタリストの井上堯之さんの訃報を耳にした。

■井上堯之さん死去 「ザ・スパイダース」で活躍 マッチ「愚か者」作曲
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/05/05/kiji/20180504s00041000425000c.html

日本のロックの巨星が落ちた

沢田健二のバックバンドも努めたけどたぶん当時では日本で一番うまいバンドだったと思う。演奏が本当にロックしていたのが印象的。

そして何よりも刑事ドラマ「太陽にほえろ」の劇伴はロックベースの劇伴としての最高傑作といっていいだろう。実にすばらしい劇中音楽。刑事ドラマの劇伴としてこれを超えるのはなかなか難しいと思う。「傷だらけの天使」も名曲。その意味で私にとってもお手本になった人だった。

テーマ作曲は劇伴の大家である大野克夫さん(私と姻戚関係はありませんww)
オープニングのギターは井上さん。
何度聴いてもめっちゃカッコいい

ご冥福をお祈り申し上げます。

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2018年4月26日 (木)

世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界ー音楽のグローバル化を頑なに拒否し続ける日本の音楽業界

前々回の記事で欧米でストリーミング配信の普及で業績が回復しているとの情報を書いた。
日本の音楽業界筋はいまだにストリーミングというものに懐疑的であり、Spotifyに関しても一部メーカーの反発も根強く残っている

その関係で先日の記事での欧米のV字回復の記事を「嘘だ」「信じられない」「ありえない」という反応が日本の音楽業界筋の専らの反応だが、それはストリーミング普及による音楽の再生回数の多さだ。13億回の再生回数から多いのは30億回数の再生が行われているという。

そしてこれに関して海外で音楽業界が大きく回復しているのに対し、日本だけが蚊帳の外になっている点を述べた記事がある。

世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界だった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55423

【主要国の2017年の音楽市場】
アメリカ:86億2000万ドル(約9064億円、前年比16.5%
日本:2893億円(前年比3.0%
ドイツ:15億8800万ユーロ(約2100億円、前年比0.3%7
イギリス:8億3940万ポンド(約1276億円、前年比10.6%
フランス:5億8300万ユーロ(約772億円、前年比3.9%
 

私は先日の記事では日本国内の市場だけを念頭にストリーミングしたところでそれだけの再生回数を得ることはほぼ不可能であり、そのためにも世界全体をマーケットとした音楽制作のグローバル化が日本の音楽業界の再生に不可欠であると述べた.。

ところが日本はあまりにも内向き、日本国内向けのみーの音楽制作を長く続けていたこともあり、いまだにその発想から抜け出せないでいる。

「理由としては、レコード産業のビジネスモデルの構造的な変化に日本の音楽業界が乗り遅れたということが大きい。」(上記の記事の著者)

ではなぜ乗り遅れたのか。それは日本の音楽業界の特異性にある

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2018年4月14日 (土)

ストリーミングでアメリカ音楽市場がV字回復-でも日本ではこのままでは無理

日本ではSpotifyが数年前にようやくサービスを開始してApple MusicAmazonもサブスクリプションによるストリーミングサービスが開始されたが、日本の業界筋はいまだにストリーミングに対して否定的だ。

だがアメリカではそのストリーミングサービスを中心に音楽業界の業績がV字回復しているという

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■アメリカ音楽市場がV字回復、音楽ビジネスの新モデル

https://moneyforward.com/media/hobby/48591/

全米レコード協会(RIAA)が発表した最新の統計発表によると、2017年上半期のアメリカ音楽業界の売上は前年に比べて17%増加。約40億ドルになったという。

日本と同じようにCDの売上がピークだった1998年から徐々に減少を続けてきたアメリカの音楽市場だが、2015年に底を打ち、以後は再び成長の動きを見せているという

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そしてその拡大を牽引するのがApple MusicSpotifyなどの定額制ストリーミング配信サービスの普及だという。同発表によると、サービスの有料加入者数は、約3040万人に達し、2016年上半期の2020万人から約50%も増加。音楽業界全体の収益の6割以上をストリーミングサービスが占めるようになっている。一方、ダウンロード配信は19%、CDなどのパッケージメディアの売り上げは16%にとどまっているという。

特にIT系論客が「音楽配信こそが音楽産業の新モデル」と信じて疑わなかったが、音楽配信自体は伸び悩み寧ろ減少の傾向すらあるという。その関係でitunes の音楽配信のサービスを終了し、Apple Musicに統合するという。まだ正式な発表ではないが、itunesの音楽配信サービスが終了するのは時間の問題だろう

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2018年1月30日 (火)

グラミー2018-見るたびに思う事。音楽を「文化」として尊重する国と100均以下の消耗品としか見ない日本との差が痛すぎる

初めにお断りしておくがグラミーの話をするとどうしても日本の音楽界の現状に辛口な表現になるが、今回もかなり辛辣なことを書くのでそういう記事を読みたくない方はこの記事を読まないことをお勧めする
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昨日グラミー2018年が開催された。各受賞者についてはグラミーの公式サイトを参照されたい。ひとことでいえばブルーノマーズが三冠を含め旋風を巻き起こしたといっていい
https://www.grammy.com/grammys/awards

司会は昨年につづきジェームスコーデン

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・コラボレーションが普通に行われる欧米の音楽シーン

グラミーは毎回ながらアーチストの素晴らしいパフォーマンスを見ることができるのが楽しいが特に海外ではもはや当たり前な「異ジャンル」のコラボレーションが普通に見ることができるのが楽しい

今年は60周年ということもあるのか、例年はLAのステイプルセンターだが今年はニューヨークのMSG(マデイソンスクウアーガーデン)で開催された。そのこともあってかステイングは名曲";Englishman in New york"を披露した

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なんかレゲエ風のリズムでやっているな、と思ったらShaggyが出てきてのコラボレーションステージ

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同じように先日引退を表明したエルトンジョンとカントリー歌手のマイリーサイラスのコラボレーションステージ

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何度もいっているが欧米ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションは当たり前になっている、しかし日本ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションに対して躊躇する向きが少なくない。あるミュージシャンが全く違うジャンルのミュージシャンとコラボレーションをしても、「同ジャンルの他の人に知られないように」あまり大っぴらにしたがらない傾向が強い。

私はこのメンタリテイは到底理解できない。
違うジャンルのミュージシャンとコラボすることに他の同ジャンルのミュージシャンにどんな不都合が生じるというのだろうか?寧ろ「ジャンルが違う=対立軸」として考える日本の音楽の風潮こそ時代錯誤の音楽観に捉われているといえないだろうか? これはジャンルごとのミュージシャンで作る「ムラ社会」が音楽の視野を極端に狭め表現の可能性を閉ざしているものだと私は考える。

あえていう。

そんな「ムラ社会」は音楽の発展に障害にしかならないからぶち壊してしまうべきである。

まあこんなことを毎年グラミーを見ていると思わされるのだ

さて気をとりなおしてグラミーに話を戻そう

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2018年1月15日 (月)

これからは音楽やアーチストが本当に好きな人と音楽が好きなつもりで実は全然好きじゃない人たちで両極化

先日ネットの記事でこんな記事を読んだ

■なぜCDを買うのか…アーティスト愛があふれる熱い持論に共感の声
http://news.livedoor.com/article/detail/14142574/

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tricotファイターほな(@mu_mk_re_trk)さんの友人はCDを買うことがないそうで、CDを買う派のほなさんに「アホか」といったといいます。

しかし、ほなさんはその言葉に「盤を手元に残すことに意味があるから」と反論。それでも納得しない友人を見て、「なぜCDを買うか」を改めて考え、まとめました。

ほなさんの、情熱あふれる持論がこちら!

 

CDを買う1番の大きな理由は、アーティストが1枚のCDを出すのに、どれだけの労力を使っているかを知っているからだと思う。

曲を作って、レコーディングして、マスタリングして、ジャケットのデザインを作って、アーティスト写真を撮って、歌詞カードを作って…。たった1枚の円盤を制作するのにも、すごく労力がかかっている。

CDは、ただの音源ではなく、芸術作品みたいなもの。だからこそ、買って手元に残しておきたい。

歌詞カードの行間1つからCDの帯まですべてに意味があって、アーティストのこだわりを感じ取れる。

そして、ほなさんは最後に、「CDを買って帰り、プレイヤーで再生して感じた、音楽に触れ始めた時のワクワク感みたいなものを忘れたくないから、CDを買うのかもしれない」とも語りました。

まず音楽の世界で仕事している人間から見て、非常にありがたい。こういう人がまだいるだけアーチストは救われる。

ストリーミングや配信の状況については私も業界人の端くれとして理解はしているが、しかしネット等で配信だけでなくストリーミングについて語っている論客の論調を見ると、IT系からの音楽の見方しかしていない人が多く読んでいて正直すごく違和感を感じるのだ。たぶんこの人たちは特定のアーチストのファンになったことなどない人達なのだろうと思ってしまう。そしておそらく上記引用のtricotファイターほなさんの気持ちなど到底理解できないだろう。

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2017年12月 4日 (月)

急速にグローバル化する映画を始めとする映像制作現場ーこのままだと音楽だけ取り残される

私はご存じのとおりFacebookでグル―プ「音楽&映像関係者キャステイング」の管理人をしており、そのサイトではを映画、と音楽両方の分野のオーデイションや人材募集の情報を掲載している。

その中で最近大きな変化が起き始めているのとを感じる。

それはアマゾンやネットフリックスが最近始めている全世界での配信や劇場公開の映画製作を日本で始めたり、Facebookを始めとするSNS経由で海外からの募集案件が増えてきた点である。

とりわけ詳細はここではいえないが、カンヌ入選監督の長編映画での日本人キャスト募集やハリウッドの募集案件等、以前では考えられなかった内容の募集案件が次から次へと出てきた。

例えばつい5-6年前だったら日本の俳優が「ハリウッド映画に出たい」などと云おうものなら周囲から「お前バカじゃねえか?」とか「身の程を考えろ」とかいわれて袋叩きにあったものだ。
だが今私の周囲のFacebookでつながっている俳優を含め、多くの日本人俳優が当たり前のようにハリウッド、や中国等の外国映画に出演する時代になった。これはかつて私が映像制作はどんどんグローバル化し、国境と関係なくキャストもクルーも仕事をする時代が来る当ブログで書いたことが現実になり始めたことを示している。時代は確実に動いている、そして誰もそれを止めることができない そういう時代の到来である。

さて制作現場のグローバリズムについて論じてはいるが、日本でも世界でもグローバリストというと「新自由主義者、市場原理主義者」でもあるというイメージがあると思うが、私はネットによくいるグローバリズムを唱えるエコノミスト、IT系論客と一線を画しているということは以前述べた

映画、音楽の分野でのグローバリズムについて
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/04/post-589d.html

この記事は私は行きすぎた新自由主義と不幸なことに結び付いてしまったグローバリズムが全世界的に安価なナショナリズムを呼び起こした事態を批判している。

詳細は上記の記事を読んでいただくとして世界の1%の人間しか幸せになれない、新自由主義と結びついたグローバリズムは否定しなければならないというのが私の主張だ。 

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2017年11月26日 (日)

業界右肩下がり20年ー音楽業界の業績回復を阻んでいる音楽業界の5つの体質

私が一応まで仕事している音楽業界は1998年から現在に至るまで20年間売上額が前年を下回る右肩下がりの事業運営を続けている。
普通これだけ長い低迷を続けていれば、その蟻地獄のような右肩下がり傾向から脱却すべく何らかの対策をうつのがまともな事業者としてのありかただと思うのだが、前に何度も書いたが不思議なことに、それに対する対策、創意工夫というのを今にいたるまで全くといっていいほどやっていない

全ては「CDが売れなくなったから」とか酷い場合は「音楽がこうなったのは全てネットのせいだ」といって、むしろ半分開き直って斜陽産業であることを理由に対策らしいことをしていないというのが実態である。

映画やドラマ等の映像制作が最近活気をおびて大きなうねりを描いているのとは対照的に音楽の世界は「活気がない」「元気がない」、はっきりいってもはや業界というのもおこがましいほど、殆ど機能していない状態といっていい。映像制作はグローバル化してどんどん発展していくのとは対照的にこのままでは音楽だけが置いてけぼりを食う可能性がきわめて高い。しかし相変わらず音楽業界関係者の危機感は極めて低いといわざるを得ない

そこであえてその音楽業界の業績回復を妨げている原因を考えると、実は原因は音楽業界関係者そのものに原因があるといえるのだ。こういうとおそらく反発をくらうことを承知の上で「音楽業界の回復」を妨げている音楽業界の体質についてここで述べようと思う。
大きくわけて5つある

1.カタチに極端にまでこだわる体質

ここでいう「カタチ」とはさまざまなものを指す。勿論ビジネスモデルもそうだし、音楽のジャンル、商慣習、全ての形式について音楽関係者は他の業界に比べて極端なまでに「カタチ」に固執する

ビジネスモデル、プロモーションに関しても「ちょっとでも以前と違う」やりかたをやっただけでロコツなまでの拒絶反応を示す。

またミュージシャンの方も「ジャンル」という音楽の「カタチ」にこだわる傾向が日本の場合特に強い。欧米ではクラシックやその他のジャンルのミュージシャンが他のジャンルのミュージシャンとコラボレーションする、というのは普通に行われているのだが、日本ではなかなか行われない。仮にやっても、「特定のジャンルの他のミュージシャンの目」を気にしてあまり大っぴらにしたがらないミュージシャンも少なくない。

プロモーションに関してもそうだ。信じられないことだがいまだにメジャーのレコード会社を見てもとっくに終わった「音楽バブル」の頃の発想から抜けきっていないという実態がある。「音楽バブル」の時の「常識」からちょっとでも外れたことをすると拒絶反応を起こす体質が強いためだ。この業界ほど「カタチ」に極端なまでに固執する業界もないのではないかと思う。

だが「カタチ」なんてものは所詮ビジネス、表現、その他の単なる「手段」に過ぎない。そして「手段」なんてものは状況、環境、時代によってどうにでも変わるものである。だから「手段」を絶対視しその他の「カタチ」を受け付けないことは思考の硬直化をまねき、客観的にみても極めてナンセンスなものだ。だがそのナンセンスにこだわる人間が音楽の世界はスタッフ側もミュージシャンも非常に多いというのは困ったものだ。

2 頭を使うことを極端に嫌う体質

音楽業界は現在でもそうだが、タイアップとか音楽でのメデイアの露出をプロモーションの主眼点においていて、「音楽を説明する」つまり「説明を必要とする商品」というものを極端に苦手している。長い間そういうやりかたをやってきたため「創意工夫」とか「頭を使う」ということを極端に嫌がる体質ができあがってしまった。

そしてそれは音楽のプロモーションの部分だけに留まらない。

ライブやアルバムの企画、プロモーション戦略ー全て頭を使うような作業には拒絶反応を示す

営業面、集客面、ありとあらゆる点で創意工夫等の「頭を使う」ということを極端にまで嫌う業界体質になってしまった

云ってみれば「業界全体が思考停止」 という状態

これだけでも音楽業界が回復しない理由は明らかだろう

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2017年8月24日 (木)

映画にしてほしい作曲家、映画にはとてもならない作曲家

夏休みになると「夏休み記事」のようなものを毎年かいているけど、今年はまだ夏休みを取っていないし、業務多忙になるとやはりブログ更新自体が正直負担になっている。ブロガーというのはヒマ人でないとできないというがその通りで、こういう記事も今年で最後にしようかな、などと考えたりもする。

一応作曲ということをやっている人間の端くれからみれば歴史に名を残している作曲家がどのような人生を送ったかについては興味がある。そしてその作曲家の人生をさまざな観点から描いた映画も多い。今年は映画の中で描かれた作曲家について考えてみたい

ただ、作曲家の人生を描いた映画の場合、当たり前だがたいていの場合はその作曲家の作品が背景音楽として使われるため我々のような映画音楽、劇伴に関わっている人間の出番はないのだが、いずれにせよ歴史に残るような偉大な作曲家の音楽を聴きながらであるから作品しては興味を大いにそそる

作曲家をテーマとした映画をググってみたらこんなにもあったのでびっくりした

クラシック音楽家(作曲家)がテーマの「映画」作品集
https://matome.naver.jp/odai/2142937575071429501

予想以上に多く、全部入れると大変なので主だったものをリストにいれておく。正直、結構私が見ていない映画、知らない映画も多い。また正直いってすべてが傑作であるとは限らないことも付記しておく

ヨハンセバステイアンバッハ アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記 (公開題「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」) [1968年映画 DVD] 音楽家J・S・バッハの半生を彼の作った名曲をバックに、第二の妻アンナ・マグダレーナの日記をナレーションに綴った伝記映画。
ジョージフレデリックヘンデル ヘンデルの生涯(1985年 イギリス映画)
(現在は販売停止)
廃盤 J・S・バッハと一緒に行ったリューベックの作曲家ブクステフーデ訪問、ローマでのドメニコ・スカルラッティとのチェンバロ競演,ヘンデルにまつわる有名なエピソードがふんだんに紹介されている。
ウオルフギャング・アマデウス・モーツアルト 『モーツァルトの恋』(1942年 オーストリア映画) [DVD] 宮廷付き指揮者になることを夢見ていた若きモーツァルトは、ウェーバー家の娘コンスタンツェと結婚する。しかし、モーツァルトが本当に愛しているのはコンスタンツェの姉で歌手のルイーゼだった。
ウオルフギャング・アマデウス・モーツアルト アマデウス(1984年 アメリカ映画) [DVD] アントニオ・サリエリ。オーストリア皇帝に仕えた秀才作曲家比類なき才能をいかんなく発揮するモーツァルトの下劣な性格に嫌悪感を抱きながらも才能に嫉妬し、モーツァルトを貶めようと策を巡らせる。
ルッドヴィヒ・ヴァン・ベートーベン 楽聖ベートーヴェン (1936年 フランス映画)[DVD] 19世紀はじめ、若きベートーヴェンはウィーンの娘ジュリエッタに思いを寄せていたが、彼女は伯爵と結婚してしまう。失意の彼を慰めるテレーゼとの愛も報われぬまま、彼は次第に聴覚を失っていく。
ルッドヴィヒ・ヴァン・ベートーベン 不滅の恋 ベートーヴェン デラックス版(1994年 イギリス・アメリカ) [DVD] 本作は単なるラブ・ロマンスではない。 物語は一通の手紙を通し、生涯女性の愛に恵まれず、民衆からも偏屈な人物と思われていたこれまでの彼のイメージを一掃し、その屈折した生い立ちゆえに人々から誤解されてきた彼の本当の姿、そして聴覚障害の為自らの偉大な音楽も聴衆の賞賛も聴くことも出来なかった彼の心に秘めた激情と苦悩を、その壮絶な軌跡と共に描いてゆく。
フランツシューベルト 未完成交響楽(1933年 オーストリア) [DVD] 貧しい作曲家・シューベルトは上流階級のサロンでピアノ演奏を行ったのをきっかけに貴族の娘の家庭教師になる。やがて2人は恋に落ちるが、親の妨害により、娘は軍人と結婚することになる。
ニコロ・パガニーニ パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(通常盤-2013年ドイツーDVD) 1830年、イタリア。敏腕マネージャー、ウルバーニの働きで富と名声を手にしたパガニーニは、私生活では女や酒、ギャンブルにまみれた堕落した毎日を送っていた。ある日、指揮者ワトソンの尽力でロンドン公演を行うことになったパガニーニは、そこでワトソンの娘シャーロットと出会う。美しい声を持つシャーロットと音楽を通して心をかよわせ、初めて本当の恋を知るパガニーニだったが……。
へクターベルリオーズ 『幻想交響楽』 1944年 フランス(販売中止) 廃盤 1830年、ロマンチスムの花が咲きにおうころ。エクトル・ベルリオーズは医学生としてパリに上京した。しかし彼には父が望む医道に進むことは堪えられぬ事だった。いつか音楽に心身を打込んで医学には遠ざかったので父親は送金しなくなってしまった。
フレデリック・ショパン ショパン 愛と哀しみの旋律 (2002年 ポーランド)[DVD] 祖国ポーランドを逃れ、たどり着いたパリでは作曲家として認められず失意の底にいたショパンは、女流作家ジョルジュ・サンドと出会う。彼女の情熱にのまれるように愛が始まり、ショパンは次々と名曲を生み出していく。
ロベルト・シューマン 愛の調べ(1947年 アメリカ) [DVD] 天才的ピアニストの折紙つきのクララ・ヴィークは、父ヴィーク教授の弟子ロベルト・シューマンと恋仲だったが、教授はシューマンの才を認めず結婚を許さない。
フランツ・リスト フランツ・リスト 愛の夢(1971 旧ソ連・ハンガリー合作)(販売停止)

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ハンガリー生れのフランツ・リスト(I・シンコビッチ)は、幼い頃から天才ピアニストとしてずば抜けた才能をみせ、今は芸術の都パリでサロンの人気を集めていた。リストは、芸術に理解が深いマリー・ダグー伯爵夫人(K・ルーチコ)の励ましで、世界一のピアニストといわれるタールベルグとの弾きくらべに勝ち、センセーションを呼んだ。。
リヒャルト・ヴァーグナー 『ワーグナー/偉大なる生涯』(1983)( 1983年 イギリス・ハンガリー・オーストリア合作)(販売停止) 廃盤 1849年、ドレスデンの三月革命の渦中に飛び込んだワーグナーは、首謀者として目をつけられ、各面の失敗と共に祖国を追われ逃亡生活を送ることに。妻ミンナを愛しながらも、出資者である豪商ヴェーゼンドンクの妻マティルデと恋に落ち、その不倫の情熱を『トリスタンとイゾルデ』の完成に注ぐ…
ヨハン・シュトラウス(息子) グレートワルツ(1938年 アメリカ) [DVD] 若きヨハン・シュトラウス勤めていた銀行をクビになり恋人であるパン屋の娘ボルディの心配をよそに、近所の音楽愛好者たちを集めて管弦楽団を組織し、自分の作曲したワルツをカフェーで演奏した。それは始め客に喜ばれなかったけれどもそこへ帝室オペラ劇場の歌姫カーラと歌手シラーが現われて称賛したことから、町行く人々まで楽の音に聞きとれるのだった。カーラはこの若い作曲家に興味を感じて、彼女のパトロンであるホーヘンフリード伯の夜会に招待した。そしてその席で、彼女はシュトラウスの作曲になるワルツを歌った。
ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー) チャイコフスキー (1970年旧ソ連)[DVD] ピアノ協奏曲を完成させたチャイコフスキーは、それを“難しすぎる”の一言で切って捨てた恩師とトラブルを起こす。打ちひしがれた彼に、援助の手を差し伸べたのは、富豪の未亡人フォン・メック夫人だった…。
セルゲイ・ラフマニノフ ラフマニノフ ある愛の調べ (2007年 ロシア)[DVD] セルゲイ・ラフマニノフは10歳くらいの頃、両親が離婚、厳格な名教授ズヴェレフに引き取られる。ラフマニノフの才能をひと目で見抜いたズヴェレフは、毎日のように精魂込めて彼を指導していた。しかし数年後、ピアニストとしての精進を求めるズヴェレフと、作曲の喜びに目覚めたラフマニノフは決裂してしまう。ラフマニノフはその頃、アンナという年上の女に恋をしていた。

上記を見ておわかりのように、既に廃盤で手に入らないものもあるが、時代に残るほどぼ名作ではなかった、ということかもしれない。個人的には「未完成交響楽」などは映画としてはかなりいただけない出来だったように記憶している。

そしてバッハとかモーツアルト、ベートーベンを除けばやはりロマン派の作曲家が多い。恋愛遍歴も多い作曲家が多く、不倫、駆け落ち、略奪愛、なんでもあり、というところも映画にしやすいのも事実だ、

尚、番外編として作曲家が主役ではないが、次の3作品もあげておこう

番外編

カストラート ジョージフレデリック・ヘンデル かつて存在したボーイソプラノの声を保つため去勢した歌手(カストラート)の話。オランダの俳優ジェローン・クラッブがヘンデルを演じた。クラッブはオランダ人だがこの映画ではフランス語、英語、イタリア語をしゃべっている。
クララ・シューマン 愛の協奏曲 [DVD] ロベルト・シューマン、ヨハネスブラームス コンサートホールで観客の喝采を浴びる作曲家ロベルト・シューマンと妻でピアニストのクララは、ヨハネス・ブラームスと名乗る男に呼び止められる。クララはヨハネスとの出会いに運命的なものを感じ、波止場の薄暗い居酒屋へ足を運ぶ。そこでヨハネスの演奏を聴き、彼の才能を一瞬で見抜く。ロベルトは持病の頭痛に苦しんでいた。クララは夫を救うため、自ら指揮者として楽団員の前に立つ。そして女性の指揮者への偏見をはねのけ、見事な演奏を引き出す。ある日、ヨハネスがシューマン家を訪れる。ヨハネスは夫妻の子供たちに気に入られ、シューマン家で共同生活を送ることになる。
ベニスに死す [DVD] グスタフ・マーラー、アーノルドシェーンベルク 映画の役柄では別名になっているが、主役の「エッシエンバッハ教授」は明らかにグスタフマーラーのモデルであり、映画劇中で芸術論をエッシャンバッハに挑んでいるアルフレッドなる若者は、若き日のアーノルドシェーンベルクである。映画史上、普及の名作という評価が高く、ビスコンテイの代表作にも揚げられる。で映画の中の美少年は日本の少女マンガでも大いに素材として使われている。

表ばかり並べてしまったが、ここから本題に入る。勿論上記以外にもまだたくさんあるのだが、作曲家をテーマとした一定の知名度がある映画作品というとだいたいこんなものではないかと思う。作曲家の生き様と愛情を描いた作品だが、まだ映画になっていない大作曲家がいるので、こんな作曲家の映画というのはどうだろう。

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2017年7月 5日 (水)

「音楽教育を守る会 」が私大野が展開する署名活動も含め文化庁長官に「反対署名」と「要望及び質問書」を提出

お知らせページのトップにも書いてありますように、ヤマハ、カワイを始めとする全国の音楽教室が参加している「音楽教育を守る会」が昨日7月4日、AP新橋虎ノ門(東京都港区)にて記者会見を行い、署名活動に多くの方のご賛同を頂いていること、及び、文化庁長官へ「要望及び質問書」を提出したことを発表した。

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先日6月20日「音楽教育を守る会」の会員団体249社で原告団を結成しJASRACによる音楽教室における著作物の使用料徴収に関し、音楽教室でのレッスンには著作権法に定める演奏権は及ばず、JASRACの徴収権限は無いことを確認するための「音楽教室における著作物使用にかかわる請求権不存在確認訴訟」を東京地方裁判所に提起した上での文化庁長官への「要望及び質問書」提出である

■文化庁長官に「反対署名」と「要望及び質問書」を提出し、記者会見を行いました。
https://music-growth.org/topics/170704.html

170704_topics_img01

私は今年の2月に署名活動を開始したが、さすがヤマハ、カワイ、宮地、を始めとする全国の音楽教室のすそ野は広く、私より一か月後に始めたにも関わらず3ヶ月間という短い期間で557,357筆の署名(署名用紙によるもの525,265筆、ネットでの署名32,092筆)を得ることができた。ネット署名の中には私が展開した署名数も参考資料として含まれている。

ちなみに私の署名サイトこちら

さすが組織による署名展開はすごい、私の力など本当に微々たるものだが、「音楽教育を守る会」の事務局長とは何度も連絡を取り合い、今後も必要や要請があれば協力をしていく所存である

既に訴訟を提起しているので、これから裁判が長いと思うが文化庁に対しての要望は以下の通り

・規程変更について合意が成立していないことが明らかであるにも関わらず、当該届出を受理した理由をお聞きしたい。

・使用料規程の変更についての管理事業法に基づく協議を行うにしても、そもそも「音楽教室における演奏が著作権法22条所定の演奏権が及ぶ利用行為に該当するか否か」について訴訟による司法判断が確定するまでは「協議不調」となることは明らかなので、文化庁として、訴訟による司法判断が確定するまでは、同法の裁定手続きを保留し、変更使用料規程を実施できない旨の方針を、広く発表していただきたい。

・「歌謡教室における演奏等に関する運用基準」の規定は「カラオケ設備を用いた演奏」を対象とするにもかかわらず、JASRACが2016年度から、同設備のないボーカルスクール等からの使用料徴収を開始したことについて、JASRACが利用者の意見徴収に関する資料等を提出しているのか否かうかがいたい(提出しているとすれば同資料を開示していただきたい)。また、この件について文化庁としてのお考えを伺いたい。

私は「音楽教育を守る会」を全面的に支持する。

今日この日を迎えることができたことに 皆さんのご協力があってこそ、なので心から感謝申し上げます。私も「音楽教育を守る会」と引き続き連携し、JASRACに対する訴訟に関しても必要あれば協力していく所存である。


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2017年6月 5日 (月)

「音楽をじっくり聴く」日本人は社会の少数派になってしまったのだろうか?ー音楽を聴かなくなった日本人

実は昨日Facebookグループ「音楽&映像関係キャステイング」主催の今年前半のイベントを終了した。今年は音楽関係のライブイベントと映画関係のイベント(お手伝いも含めて)を行ったが、実はこの両者は対象的な結果をもたらした。

ひとことでいえば映画関係は全て満員御礼で想定外の入場者数であふれる等盛況であったのに対し、音楽関係のイベントは一部を除いて全て動員的に不調であった。

一部はっきりいって質の良くないインデイース系アーチストの参加による酷い内容もあり、それは不入りでもしょうがないなとは思うが、私的にみてかなり質の高い音楽を奏でているアーチストのライブでも動員にかなり苦戦した。正直なんでこんないいアーチストのいい曲をみんな聞きたがらないのだろうとも思った。

実際あるイベンターの話しだとVJとかのパフォーマンス等では人が盛り上がり、会場に大勢の人が押し寄せるが、シンガーソングライターとかミュージシャン系がステージに登ると、ぞろぞろと人が出て行く傾向が強いという。

つまり 今日本人は音楽を聴かない国民、になりつつある、いやなっているといっていいだろう

実際最近の日本人、とりわけ若い世代に「音楽離れ」というか「音楽を聴かない」人間が増えているという記事がたくさんある、

■音楽を全く聴かない人が激増! 日本レコード協会の調査に驚きの声
http://next.spotlight-media.jp/article/267705981753402611

音楽への姿勢ということを回答してもらいました。
以下はその結果を前回と今回で抜き出したものです。

有料聴取(購入して聴く) 44% → 32%
無料聴取(無料のみ聴く) 19% → 13%
無関心層(既知の曲のみ) 19% → 19%
無関心層(本当に無関心) 17% → 34%

無関心層がほぼ2倍に膨れ上がっています。
年代別に見ても、多くの世代で、「無関心層(本当に無関心)」つまり、音楽そのものにまったく関心を抱かない方々が急激に増えていることが分かりました。

■音楽離れは「有料の音楽」離れに限らず「音楽そのものから距離を置く」と共に
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fuwaraizo/20160407-00056129/

歌はおろか、音楽そのものへの関心がうすれていることを如実に表すものだという。

実際、図らずもこうした傾向を音楽イベントを運営して実感するに至った。非常に残念な話だが

それにしてもどうしてこんなことになってしまったのだろう?

いろいろと分析を試みようとは思うが

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2017年5月17日 (水)

JASRAC音楽教室への「演奏権」摘要問題-YAMAHAを始めとする「音楽教育を守る会」が提訴ーJASRAC大橋常務理事の主張の問題点

「お知らせ」ページでもおわかりのように私は二か月前からJASRACの今回の音楽教室への著作権徴収への反対を唱えてきた、その問題点はこちらに書いてある通りである、最大の争点となりうるのは殆どのケースが教師と生徒の一対一のケースで著作権の「演奏権摘要」というのは適切かどうか、である。

JASRAC音楽教室から「著作権演奏権徴収」ーなぜ私は反対するのか?どこに問題があるのか(長文注意!!)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/02/jasrac-03a3.html

そんな折、誰もが知っている日本の楽器メーカーのトップのYAMAHAさんも今回の音楽教室への演奏権の著作権徴収に対する反対の署名活動を始めた

JASRACの「音楽教室のレッスンでも著作権料徴収」方針に対抗、ヤマハなどが署名活動
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/27/jasrac_n_15631238.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

署名サイト ↓

■音楽教育の現場からの演奏著作権料徴収に反対
https://www.change.org/p/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%BA%81%E9%95%B7%E5%AE%98%E3%81%ABjasrac%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%8C%87%E5%B0%8E%E3%82%92%E8%AB%8B%E9%A1%98-%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%BC%94%E5%A5%8F%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%96%99%E5%BE%B4%E5%8F%8E%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE

私は二か月前に署名活動を開始したが、今日現在2万9366人集めている。既にヤマハを始めとする音楽教室を運営している会社で結成している「音楽教育を守る会」の事務局長とも既に連絡を取り合っており、私としても可能な限りの協力をする旨を伝えた。

そして昨日報道もされたが、

音楽教室側、JASRAC集団訴訟へ 200社超参加か
http://www.asahi.com/articles/ASK5Z5PYKK5ZUCLV00M.html

正直いよいよ始まった、というのが実感だ。

さてここでHuffingpostの記事の中で大橋健三常務理事が東洋経済のインタビューで書いてある件について少し検証させてもらうことにする。とにかく大橋氏の主張をみていて違和感を感じまくり、というのが正直なところだ

JASRAC「金額の問題ならば交渉に応じる」
どうなる?楽器教室「著作権使用料問題」
http://toyokeizai.net/articles/-/159017

大橋常務理事のインタビューについて、知らない人は鵜呑みにするといけないので問題点を洗いざらい揚げようと思う

まず最初に云っておく。金額とかが問題なのではない。(むろん別記事で書くが包括契約のありかたそのものの問題もあるが)

1. そもそもJASRACのトップは音楽教室の現場を本当に理解しているのか疑問、現場を理解しない人間が音楽教室のありかたを語る違和感

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2017年4月17日 (月)

追悼 アランホールズワース ロック、ジャズに強い影響を与えたギタリスト

ここのところこのブログ記事は訃報ばかりだが、また偉大なミュージシャンの逝去の情報を流さなければならないとは

70422

■アラン・ホールズワースが死去
http://amass.jp/87483/

プログレからジャズのフュージョンまで幅広い影響を与えたアランホールズワース

超絶技巧のギタリストとして知られピアノなら弾けるけどギターなら難しいコードをなんなく弾きこなし、いわゆるギター速弾きの先駆者の一人といっていいと思う。

追悼の意味を込めて超絶技巧ぶりの映像を添付します

あとドラムのビルブラフォードとアランホールズワースの超絶技巧対決。キーボードはデーブスチュワート(ユーリズミックスのデーブスチュワートとは別人)というオールスターでの演奏

ご冥福をお祈り申し上げますと同時に故人の偉大な音楽の業績に敬意を表します、 Rest In Peace Allan. With greatest respect to his musical achievements


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2017年4月 5日 (水)

midi TR-808 909の生みの親でローランド創業者の梯郁太郎氏を悼む

私が初めてシンセサイザーなるものを手にしたのはRolandのSH-2という単音しか出ないシンセサイザーだった。今殆どの人が知らないが昔のシンセサイザーは単音ーモノフォニックーしか出なかったのである。それでもその楽器の出す厚い音、暖かい音はすばらしく、初めてシンセサイザーを手にした喜びは大きかった

そのローランドの創業者で日本のみならず世界の音楽シーンに計り知れない影響を与えた梯郁太郎(かけはしいくたろう)氏が逝去された。実際にお会いしたことはなかったけれどこの人の実績に対してはいくら敬意を表しても表しきれないほどのものである。

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数えきれなほどの実績があるが、やはり現代の音楽シーンに決定的に影響を与えたのは電子楽器の規格midiの実質的な生みの親となったことだろう。その実績が認められ2013年に米グラミー賞のテクニカル・グラミー賞を個人としては日本人で初めて受賞した。

これ以外にも通称「やおや」と呼ばれたTR-808  そしてクラブミュージックのシンボリックなドラムマシンとなったTR-909
そしてシンセのジュピターシリーズ、JUNOシリーズ等枚挙に暇がない

ちなみに筆者はいまだにmidiすら装備されていないJUNO-60を持っている。数あるソフトシンセでもこの楽器の音の暖かさ、厚みはやはりこの楽器でしか出ない。(余談だが私の初期の作品の「スリーピングミュージックNo.1」はJUNO-60のみを使って作曲されたものである)

この梯氏とDTMの世界では有名な藤本健氏との興味深い対談があるので紹介する。この記事を読むと梯氏はステイーブジョブスを高く評価しながらも、警戒もしていた点が興味深い

■亡くなったローランド創業者・梯郁太郎さん、スティーブ・ジョブズを語る
http://www.dtmstation.com/archives/51993989.html

アップルを評価しながらも警戒していた、そして梯氏自身が実は大変なアップルフリークであったこともわかるが、やはりビジネスの部分はそこをきちんと切り離しているのは、氏がアップル心酔者の多い日本のテクノシーンでやはりビジネスマンとしての冷静の判断も持ち合わせていたことがわかる。

あと梯氏の楽器に対する定義を読んで素晴らしいと思った。そこの部分を引用させていただく

まったく新しい電子楽器というのは面白い。でもメーカーは出した限りは、それを続けていく義務があるんです。そう考えたときにルーツがない楽器をやるのは非常に大変。だからルーツがある楽器をやるというのは、ある意味、僕のポリシーです

シンセサイザというのはあくまでも技術です。だからこのシンセサイザの技術を利用して、ルーツがある、つまり昔から存在する楽器を見直したらどうなるか、ということです。たとえばピアノやオルガンなどの鍵盤楽器をシンセサイザで再現するのもいいし、ギターも非常に面白い。アコーディオンなんかも形状はすべてそのままで音源をシンセサイザに置き換えるのは大きな意義があります。一方で、バイオリンは弦の音をピックアップしてフィルタをかけることしかできそうにない。となると、今のところこれをシンセサイザで作り直してやる意味はあまりないかな…なんて考えるわけです。この判断において、非常に重要なのは、楽器はコモディティ化しちゃいけない、ということなんです。

どんな楽器でも、本来はアマチュア用という楽器は存在しない。これは高いとか安いとかいう次元の話じゃない。プロの使用に耐えられないものは、楽器と言っちゃいかん。その対極にあるのがアップルのiPadにあるGarageBandのようなもの。シーケンサという意味ではいいけれど、誰でもすぐに演奏できてしまうものは、楽器としての面白さがないだろう、と。やっぱり、練習に練習を重ねることで演奏が上達していく。そんなものこそが本来の楽器なんだというのが僕のポリシーなんですよ(笑)。

いわゆるテクノ系やIT系、アップルの心酔者の中には反論があるかもしれないが(注:上記の発言は6年前のものである)、この発言を見て梯氏は優秀な技術者、経営者だけでなく、音楽、楽器というものをきちんと理解していた文化人であったことがうかがえる

それを考えると日本という国は素晴らしい人を失ってしまった、87歳という高齢ではあるがまだまだやってほしかったひとである

心からご冥福をお祈りすると同時に梯郁太郎氏の生前の業績に対し最大限の敬意を表するものです

Rest in Peace to the great man


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2017年3月11日 (土)

ラグタイム王スコットジョップリンの没後100年ー20世紀のポピュラーミュージックに影響を与え、クラシック/ポピュラーの垣根を取り払った孤高の作曲家

大野は一昨年から阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンにて、ラグタイムコンサートを開催していますが...

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来月の4月1日は特別な意味を持ちます、それはラグタイム王といわれたスコットジョップリンの没後100年に当たる日だからです。

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スコットジョップリン 1868-1917

日本ではラグタイムというと今1つ馴染みがないようですが、私がラグタイムを重用視するのは

1.20世紀の音楽史を書きかえるほど、ジャズ、ブギウギを通じてロックンロールまで現代のポピュラーミュージックの大きな影響を与えた音楽であること

2.ジョップリンは終生、自らを芸術音楽の作曲家として認められたいという大望を持って音楽活動をしており、その結果「大衆的」といわれた音楽を芸術の領域まで昇華させ、自身はオペラやバレエ曲(現存せずー一部は「ラグタイムダンス」「ストップタイムダンス」として別作品として出版)の作曲まで行ったこと

ジャズやブギウギが勃興して以降、ラグタイムは一次忘れ去られた音楽になっていましたが、ご存じ映画「ステイング」でジョップリンの「エンターテイナー」がテーマ曲になって以降ジョップリンの再評価が行われるようになりました。具体的には突如として、あらゆる人がジョプリンを演奏し始めました-かつてこのように広範囲に及んで、ジョップリンの音楽が正当な評価と理解を得たことはなかったといっていいでしょう。

何よりもクラシックとポップスという双方のジャンルで膨大な数の演奏がなされることで、ジョプリンのラグはその垣根を超越してしまいました.。、1976年には-彼の業績に対しては遅すぎる認識ではありましたが-、ピューリッツアーよりジョプリンに特別賞が贈られました。死後60年になってようやく評価されたのです

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