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2018年7月 8日 (日)

新しいパラダイムにおける日本国内の音楽のインフラ整備とミュージシャンの意識変革の必要性

このブログでも何回も音楽も映像コンテンツもグローバル化してアーチスト、ミュージシャンの意識もこれから大きく買えざるを得ない旨の記事を書いた。SpotifyApple Musicを始め新たな音楽のチャンネルが発展するに辺り、音楽に関するパラダイムが変化していることを当ブログでは何回も書いている。

そうした折、以下の記事を読んだ

■音楽人のサバイブ術
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/music/TMOtalk

はっきりいってこの記事を読んでもし全く意味がわからなかったら、あなたは既に世界の音楽の潮流から大きく後れをとっていることを意味している。

twitterをツールとした音楽の告知を始め、上記のSpotifyApple Musicを通して世界に対して自らの音楽を問う、というのはもはや世界中のミュージシャンにとって常識となりつつある。

にも関わらず私は業界関係者や日本のミュージシャンたちの発言を聞くと旧態依然とした内容の発言をいまだによく耳にする

・メジャーデビューしたい
・オリコンのチャートトップを目指すぞ

正直いって君らは一体いつの時代の人間か、と聞きたくなる。

SpotifyApple Musicを配信ならいわゆるメジャーレコードでなくてもtunecores経由で配信できるし、メジャーレコードを通すと殆どの取り分をレコード会社に持って行かれ、自分のところにはたいした配分は来ない

またYouTubeに入る広告は、自身の番組だったらYouTuberに広告収入が入るんだけど、それがミュージックビデオになるとその音楽の版権所有者の元、つまりレコード会社に収入が100パーセント行ってしまうため、全く自分のところには収入が入らない

つまり今の時代メジャーデビューしたところで殆どメリットがないのだ。

こんなことをいうと日本ではまだ「嘘だ」なんていう人がいるけど本当なんですよ。一応私もかつてはメジャーレコードの中で仕事をしていたけど、だからといって私は今メジャーレコードと契約しようなんて、これっぽっちも考えていない

上記文章にも書いてあるように作詞作曲をしているミュージシャンではない人たちは特に、自分たちが版権を持っていないと、お金にはならない。版権元がどこにあるかを明確にして、自分で保持していくことが重要なのだ

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2018年5月 6日 (日)

ショパンはなぜオーケストラ曲を「ピアノ協奏曲」以外書かなかったか

昨日ラ・フォル・ジュルネという音楽イベントで久々にショパンのピアノ協奏曲第一番を聴いた。
ショパンなんてめったに聴かない私だが昨日の演奏はすばらしいもので久々にいいショパンを聴かせてもらった

ピアノ:ルーカス ゲネ―シャス
オーケストラ:シンフォニア:ヴァルソビア (ポーランド)
指揮:リオ・クォクマン

その時ある疑問が頭に浮かんだ

実はショパンは実質的にオーケストラの曲を3曲しか書いていない

ピアノ協奏曲第一番と第二番 そしてアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズでいずれもショパンが若いうちに書かれたものだ。実はピアノ協奏曲は二曲あるが実質二番が一番で一番が二番である。二番はまだワルシャワ音楽院に在学中に書かれたもので、オーケストレーションはまあまあなものの、正直まだ稚拙なところがある。アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズもオーケストレーションはそれほど効果的とはいえず、一部のショパン研究家からこのオーケストレーションが本当にショパンの手によるものなのか疑問視している向きもある。

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フレデリックショパン 1810-1849

だがピアノ協奏曲第一番のオーケストレーションだけは他の二曲とは明らかに一線を画す。昨日の演奏会で実はショパンのピアノ協奏曲にトロンボーンが1本使われているのを実は初めて知ったのだが、(主に低音を受け持っていたらしい) それ以外にもホルンや木管楽器の使い方も他の二曲と比べるとかなり効果的になっている。まあベルリオーズやラベルのようなオーケストレーションの魔術師というまでのレベルではないが、これだけのオーケストレーションができるのなら、交響曲や交響詩など十分に書けるだけの技量はあるとみていい

ではなぜそれをやらなかったのか?

これ以降ショパンの作品のほぼすべてがピアノ独奏曲で他の楽器のためには一切書いていない。これはショパンの特殊な事情にもよることが多いという

1.人の前に出ることを嫌ったため演奏会を特にパリ移住以降殆どやらなかった

2.肺結核は持病となり健康がすぐれなかった

3.神経過敏で情緒不安定なところがあったため大作への意欲がわかなかった

の3つが考えられるが無論本当のところはわからない。病弱だったのは事実だが、私は元々鬱病だったのではないかと考える。

鬱が真面目過ぎて神経が細やかな人間がなりやすい。あの作品の感じからしても神経過敏で並みの男性なら決して友達になりたくないだろう。

同じピアニストとして有名だったリストはオーケストラ曲も多数残しており、かなり当時としては長命だった(1886年に75歳で永眠)とは対照的だ。もしショパンが健康に問題が無かったらシューマンやメンデルスゾーン以上の交響曲作品とか残せたのではないかと思うのだ

ショパンは既にクラシックでは人気作曲家(特に日本でもファンが多い)だが、それでも本来のポテンシャルを発揮できずに他界してしまったような気がする。そう考えるのは私だけだろうか?

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2018年5月 5日 (土)

日本の偉大なギタリスト 井上堯之さん死去ーR.I.P

1960年代にグループサウンズ「ザ・スパイダース」で活躍したギタリストの井上堯之さんの訃報を耳にした。

■井上堯之さん死去 「ザ・スパイダース」で活躍 マッチ「愚か者」作曲
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/05/05/kiji/20180504s00041000425000c.html

日本のロックの巨星が落ちた

沢田健二のバックバンドも努めたけどたぶん当時では日本で一番うまいバンドだったと思う。演奏が本当にロックしていたのが印象的。

そして何よりも刑事ドラマ「太陽にほえろ」の劇伴はロックベースの劇伴としての最高傑作といっていいだろう。実にすばらしい劇中音楽。刑事ドラマの劇伴としてこれを超えるのはなかなか難しいと思う。「傷だらけの天使」も名曲。その意味で私にとってもお手本になった人だった。

テーマ作曲は劇伴の大家である大野克夫さん(私と姻戚関係はありませんww)
オープニングのギターは井上さん。
何度聴いてもめっちゃカッコいい

ご冥福をお祈り申し上げます。

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2018年4月26日 (木)

世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界ー音楽のグローバル化を頑なに拒否し続ける日本の音楽業界

前々回の記事で欧米でストリーミング配信の普及で業績が回復しているとの情報を書いた。
日本の音楽業界筋はいまだにストリーミングというものに懐疑的であり、Spotifyに関しても一部メーカーの反発も根強く残っている

その関係で先日の記事での欧米のV字回復の記事を「嘘だ」「信じられない」「ありえない」という反応が日本の音楽業界筋の専らの反応だが、それはストリーミング普及による音楽の再生回数の多さだ。13億回の再生回数から多いのは30億回数の再生が行われているという。

そしてこれに関して海外で音楽業界が大きく回復しているのに対し、日本だけが蚊帳の外になっている点を述べた記事がある。

世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界だった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55423

【主要国の2017年の音楽市場】
アメリカ:86億2000万ドル(約9064億円、前年比16.5%
日本:2893億円(前年比3.0%
ドイツ:15億8800万ユーロ(約2100億円、前年比0.3%7
イギリス:8億3940万ポンド(約1276億円、前年比10.6%
フランス:5億8300万ユーロ(約772億円、前年比3.9%
 

私は先日の記事では日本国内の市場だけを念頭にストリーミングしたところでそれだけの再生回数を得ることはほぼ不可能であり、そのためにも世界全体をマーケットとした音楽制作のグローバル化が日本の音楽業界の再生に不可欠であると述べた.。

ところが日本はあまりにも内向き、日本国内向けのみーの音楽制作を長く続けていたこともあり、いまだにその発想から抜け出せないでいる。

「理由としては、レコード産業のビジネスモデルの構造的な変化に日本の音楽業界が乗り遅れたということが大きい。」(上記の記事の著者)

ではなぜ乗り遅れたのか。それは日本の音楽業界の特異性にある

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2018年4月14日 (土)

ストリーミングでアメリカ音楽市場がV字回復-でも日本ではこのままでは無理

日本ではSpotifyが数年前にようやくサービスを開始してApple MusicAmazonもサブスクリプションによるストリーミングサービスが開始されたが、日本の業界筋はいまだにストリーミングに対して否定的だ。

だがアメリカではそのストリーミングサービスを中心に音楽業界の業績がV字回復しているという

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■アメリカ音楽市場がV字回復、音楽ビジネスの新モデル

https://moneyforward.com/media/hobby/48591/

全米レコード協会(RIAA)が発表した最新の統計発表によると、2017年上半期のアメリカ音楽業界の売上は前年に比べて17%増加。約40億ドルになったという。

日本と同じようにCDの売上がピークだった1998年から徐々に減少を続けてきたアメリカの音楽市場だが、2015年に底を打ち、以後は再び成長の動きを見せているという

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そしてその拡大を牽引するのがApple MusicSpotifyなどの定額制ストリーミング配信サービスの普及だという。同発表によると、サービスの有料加入者数は、約3040万人に達し、2016年上半期の2020万人から約50%も増加。音楽業界全体の収益の6割以上をストリーミングサービスが占めるようになっている。一方、ダウンロード配信は19%、CDなどのパッケージメディアの売り上げは16%にとどまっているという。

特にIT系論客が「音楽配信こそが音楽産業の新モデル」と信じて疑わなかったが、音楽配信自体は伸び悩み寧ろ減少の傾向すらあるという。その関係でitunes の音楽配信のサービスを終了し、Apple Musicに統合するという。まだ正式な発表ではないが、itunesの音楽配信サービスが終了するのは時間の問題だろう

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2018年1月30日 (火)

グラミー2018-見るたびに思う事。音楽を「文化」として尊重する国と100均以下の消耗品としか見ない日本との差が痛すぎる

初めにお断りしておくがグラミーの話をするとどうしても日本の音楽界の現状に辛口な表現になるが、今回もかなり辛辣なことを書くのでそういう記事を読みたくない方はこの記事を読まないことをお勧めする
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昨日グラミー2018年が開催された。各受賞者についてはグラミーの公式サイトを参照されたい。ひとことでいえばブルーノマーズが三冠を含め旋風を巻き起こしたといっていい
https://www.grammy.com/grammys/awards

司会は昨年につづきジェームスコーデン

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・コラボレーションが普通に行われる欧米の音楽シーン

グラミーは毎回ながらアーチストの素晴らしいパフォーマンスを見ることができるのが楽しいが特に海外ではもはや当たり前な「異ジャンル」のコラボレーションが普通に見ることができるのが楽しい

今年は60周年ということもあるのか、例年はLAのステイプルセンターだが今年はニューヨークのMSG(マデイソンスクウアーガーデン)で開催された。そのこともあってかステイングは名曲";Englishman in New york"を披露した

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なんかレゲエ風のリズムでやっているな、と思ったらShaggyが出てきてのコラボレーションステージ

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同じように先日引退を表明したエルトンジョンとカントリー歌手のマイリーサイラスのコラボレーションステージ

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何度もいっているが欧米ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションは当たり前になっている、しかし日本ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションに対して躊躇する向きが少なくない。あるミュージシャンが全く違うジャンルのミュージシャンとコラボレーションをしても、「同ジャンルの他の人に知られないように」あまり大っぴらにしたがらない傾向が強い。

私はこのメンタリテイは到底理解できない。
違うジャンルのミュージシャンとコラボすることに他の同ジャンルのミュージシャンにどんな不都合が生じるというのだろうか?寧ろ「ジャンルが違う=対立軸」として考える日本の音楽の風潮こそ時代錯誤の音楽観に捉われているといえないだろうか? これはジャンルごとのミュージシャンで作る「ムラ社会」が音楽の視野を極端に狭め表現の可能性を閉ざしているものだと私は考える。

あえていう。

そんな「ムラ社会」は音楽の発展に障害にしかならないからぶち壊してしまうべきである。

まあこんなことを毎年グラミーを見ていると思わされるのだ

さて気をとりなおしてグラミーに話を戻そう

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2018年1月15日 (月)

これからは音楽やアーチストが本当に好きな人と音楽が好きなつもりで実は全然好きじゃない人たちで両極化

先日ネットの記事でこんな記事を読んだ

■なぜCDを買うのか…アーティスト愛があふれる熱い持論に共感の声
http://news.livedoor.com/article/detail/14142574/

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tricotファイターほな(@mu_mk_re_trk)さんの友人はCDを買うことがないそうで、CDを買う派のほなさんに「アホか」といったといいます。

しかし、ほなさんはその言葉に「盤を手元に残すことに意味があるから」と反論。それでも納得しない友人を見て、「なぜCDを買うか」を改めて考え、まとめました。

ほなさんの、情熱あふれる持論がこちら!

 

CDを買う1番の大きな理由は、アーティストが1枚のCDを出すのに、どれだけの労力を使っているかを知っているからだと思う。

曲を作って、レコーディングして、マスタリングして、ジャケットのデザインを作って、アーティスト写真を撮って、歌詞カードを作って…。たった1枚の円盤を制作するのにも、すごく労力がかかっている。

CDは、ただの音源ではなく、芸術作品みたいなもの。だからこそ、買って手元に残しておきたい。

歌詞カードの行間1つからCDの帯まですべてに意味があって、アーティストのこだわりを感じ取れる。

そして、ほなさんは最後に、「CDを買って帰り、プレイヤーで再生して感じた、音楽に触れ始めた時のワクワク感みたいなものを忘れたくないから、CDを買うのかもしれない」とも語りました。

まず音楽の世界で仕事している人間から見て、非常にありがたい。こういう人がまだいるだけアーチストは救われる。

ストリーミングや配信の状況については私も業界人の端くれとして理解はしているが、しかしネット等で配信だけでなくストリーミングについて語っている論客の論調を見ると、IT系からの音楽の見方しかしていない人が多く読んでいて正直すごく違和感を感じるのだ。たぶんこの人たちは特定のアーチストのファンになったことなどない人達なのだろうと思ってしまう。そしておそらく上記引用のtricotファイターほなさんの気持ちなど到底理解できないだろう。

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2017年12月 4日 (月)

急速にグローバル化する映画を始めとする映像制作現場ーこのままだと音楽だけ取り残される

私はご存じのとおりFacebookでグル―プ「音楽&映像関係者キャステイング」の管理人をしており、そのサイトではを映画、と音楽両方の分野のオーデイションや人材募集の情報を掲載している。

その中で最近大きな変化が起き始めているのとを感じる。

それはアマゾンやネットフリックスが最近始めている全世界での配信や劇場公開の映画製作を日本で始めたり、Facebookを始めとするSNS経由で海外からの募集案件が増えてきた点である。

とりわけ詳細はここではいえないが、カンヌ入選監督の長編映画での日本人キャスト募集やハリウッドの募集案件等、以前では考えられなかった内容の募集案件が次から次へと出てきた。

例えばつい5-6年前だったら日本の俳優が「ハリウッド映画に出たい」などと云おうものなら周囲から「お前バカじゃねえか?」とか「身の程を考えろ」とかいわれて袋叩きにあったものだ。
だが今私の周囲のFacebookでつながっている俳優を含め、多くの日本人俳優が当たり前のようにハリウッド、や中国等の外国映画に出演する時代になった。これはかつて私が映像制作はどんどんグローバル化し、国境と関係なくキャストもクルーも仕事をする時代が来る当ブログで書いたことが現実になり始めたことを示している。時代は確実に動いている、そして誰もそれを止めることができない そういう時代の到来である。

さて制作現場のグローバリズムについて論じてはいるが、日本でも世界でもグローバリストというと「新自由主義者、市場原理主義者」でもあるというイメージがあると思うが、私はネットによくいるグローバリズムを唱えるエコノミスト、IT系論客と一線を画しているということは以前述べた

映画、音楽の分野でのグローバリズムについて
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/04/post-589d.html

この記事は私は行きすぎた新自由主義と不幸なことに結び付いてしまったグローバリズムが全世界的に安価なナショナリズムを呼び起こした事態を批判している。

詳細は上記の記事を読んでいただくとして世界の1%の人間しか幸せになれない、新自由主義と結びついたグローバリズムは否定しなければならないというのが私の主張だ。 

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