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2015年7月 9日 (木)

角川歴彦「グーグル、アップルに負けない著作権法」レビュー

先日の角川会長の「クリエーターズEXPO/プロダクションEXPO」での基調講演の時に先着300名に配られた本

幸いなことにその先着300名の中に入ってこの激動のコンテンツの経済環境においてクリエーターとしてコンテンツプロバイダーとしてどのような生き方を考えねばならないか、それに関する啓示的な本を読むことができた。

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まず何よりも出版業界と映像業界に身を置く方とはいえ、70を過ぎた方がITや昨今のコンテンツ業界に関してかくも深く、かつ将来に対して明確なビジョンを持っておられること自体に感心し、驚愕した。

アマゾンやアップルとの交渉に関する経験があるにせよ、ドワンゴとの合併を始め株式会社カドカワの推進するEPUB3を打ち出したり等意欲的にこのコンテンツの激動時代に対応されている角川会長だが、IT技術や業界の理解と同時に著作者への保護、クリエーターへの保護の視点が感じられたこともあり、クリエーターの端くれとしては何か安心して読むことができた。実はIT関係の著作物にはそういった視点で今後のITの動きについて論じている本は私の知る限り殆どないといっていい。

本ではアップルのiCloudや先行するGoogleのクラウドシステムがもたらすITとコンテンツ世界への激変状況に加え、「スマートテレビ」やITに将来的に地上波のテレビが組み込まれることを想定した事態について相当のページを割いている。

実はこの本に関するキーワードは目立たないが「プラットホーム」である

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2013年4月21日 (日)

レビュー:なぜゴッホは貧乏でピカソは金持ちだったか?

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まず最初に断っておく。この本はアート関係の本ではない。 またアートを始め今問題となっているコンテンツの市場の今後について語ったものでもない。

実は「お金」というものは本当はどういうものかを本質的に論じ、それを過去、から今後のありかた、ソーシャルネットを始めとするこれからの形でどうありかたが変化していくかを論じた本であり、実際ピカソについてはこの本を通じてトータルでも数ページ分しか裂かれていない。したがってピカソとゴッホに関して芸術家の人生の面で何か興味深い比較がかかれているのか、本の題名からその辺りについて期待した自分としては正直期待はずれの面はあった

本のタイトルにいささか騙された感はあるものの、だからといってつまらない本かというと決してそうではない。なぜならこれほど「お金」というものの本質をある意味哲学的に論じ「価値」と「信用」の積み上げ、という観点で論じた本はないかもしれないからだ。

この本でピカソが出てくるのはピカソはゴッホと違い「お金」の本質、自分の「価値」の本質を実によく理解しており、自分の「名声価値)」をいかにあげるか、そしてそれをより多くの「お金」変えられるかを熟知していたという。そのためピカソは芸術表現としても歴史の残る作品を残すと同時に巨万の富も築いていたのである。この本の筆者はピカソのその戦略を例にとって「お金とは」「価値とは」「信用とは」というものを的確に分析し、人は何に対してお金を払うのか、ということを客観的に分析する。ソーシャルネット時代からグローバル、な今後の時代でそのありかたがどう変わるかについて論じている。

その意味では音楽を始めコンテンツの価値バリュー)と信用クレジット)を上げるために何をしなければならないか、考える参考にはなるかもしれない。

筆者は元外資系の金融コンサルタント会社に勤務した経験から、会社の過去の実績や会社の従業員が単純な数字で売り買いされている実態に疑問を感じ始めてから。「お金」について考え始めたらしい。結局その風潮はリーマンショックという危機を生み出すことになる。

しかしこの本は私が読む本ではなく、やはり投資関係や経済関係の人の本だろう。その関係の人が読んだ方がより面白く読めるかもしれない。

個人的に思ったのはこういう本はKindleで読んでおけば良かったかな。と後悔している。題名だけで本を買うのはやはり危険かも
でも今回の週末は冷たい雨だったし、まあ読書の週末というのはよい週末の過ごし方である。


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2012年9月30日 (日)

歴史に残る作曲家はみな「職人」であり「職業音楽家」だった

取りあえず激務から解放され久々にのんびりとした毎日を送っていますが...(^^)

激務の間に気になる本がありましたのでこれに関して述べさせていただきます。

聴かなくても語れるクラシック (日経プレミアシリーズ) [新書]

 

 

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聴かなくても語れるクラシック (日経プレミアシリーズ)

この本は基本的にはクラシック音楽を好きになるための本ではなく、社会人として知っておきたい常識を身につけるための本。レコード会社が勝手に名付けたから売れたあの名曲、セールスマンと異名をとった巨匠・カラヤンの技…ビジネスでも使えるネタを満載した本ではあるんですが、ここで一点面白い記述があります。

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2012年2月21日 (火)

バランスの取れたコンテンツ論ーコンテンツを求める私たちの「欲望」

最近こちらの音楽ブログの更新ーかつてほど頻繁ではなくなっていますが、どちらかというと今までが記事が多すぎた感もありますね。それだけ昨年までは仕事してなかった、ということにもなりますが...(汗)

ですが今日は私の長年の友人のマーケティングアドバイザーの井上秀二さんがすばらしい内容の電子書籍を発表されたのでここでご紹介させていただきます。

とかくコンテンツ論ーとりわけインターネット内でのコンテンツ論というのは私にいわせればある特定の方向に偏った議論が殆どで、正直私も少しげんなりしていたんですが井上さんのこのコンテンツ論の電子書籍「コンテンツを求める私たちの「欲望」」はそういった類のものとは一線も二線も画す内容となっております。井上さんはマーケテイングがご専門ですがとかく巷のマーケテイング論にありがちな新自由主義的な論調でも、表面的なトレンドのみに着目したものでもなく、いわんやIT系の偏狭なネットマーケテイング論なものでもありません。

正直これほど文化、人間の本質、ポップミュージックのありかた、そしてマーケテイングについてバランスの取れた見解でまとめられた論文を私は見たことがありませんと同時に音楽業界の今後のありかた、あるいはこの苦境から抜け出せる(かもしれない)ヒントのようなものもちりばめられています。
このブログは音楽業界のさまざまな問題について論じ、考察してきましたが音楽業界の現状を憂い、今後の方向性を考える上で非常に貴重な論文だと私は考えます。
200ページの内容ですが、音楽業界について考えたい方、是非一度ご一読されることをお勧めいたします。無料です。

『コンテンツを求める私たちの「欲望」』

<目次>
第1章 何かと生きづらい世の中の構造
第2章 「個人の内面世界」を掘り下げろ!
第3章 「残る音楽」と「残らない音楽」の違い
第4章 「好き」という感情の構造
最終章  音楽の行く先は私たちの行く先?

<コンセプト>
①気鋭の社会学者たちの知見、
②夏目漱石をテキストとした文学の視座、
③音楽社会学の知見とポピュラー音楽享受の豊富なマーケティングデータ
を駆使し、私たちの「欲望」と「価値」の回路を解き明かしていくという、
今までなかったユニークな書です。

こちら(↓)のサイトの右下に、
http://p.booklog.jp/book/43959
「ダウンロード」(2.3mb)の表示がございます。
無料です
クリックすればあっという間にダウンロードできます。

*左上の「作品情報」をクリックすると井上さんのお薦め文、
 「作者情報」をクリックすると井上さんの下記の内容のプロフが表示されます。

マーケティングアドバイザー  井上秀二
【専門分野】
 文化視点のマーケティング全般
 音楽コンテンツ消費動向
 アーティストブランド価値
 一般消費財マーケティング全般

日本消費者行動研究学会 学術会員

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2010年10月30日 (土)

音楽ビジネス革命-「残響レコードの挑戦」レビュー

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実はここしばらく自分の会社のレーベルに関して手詰まり感があった。かなり悩んでいた時にマーケテイングの専門家の友人に勧められて読んだ本、その彼いわく「マーケテイングのバイブル」といっていい本だという。

というわけでAmazon経由で購入した。とても読みやすくすぐに読破できる。

基本的な考え方はこのブログで書いていることと殆ど変わらない。扱う音楽のジャンルは違うにせよ、音楽とそのビジネスに関する取り組み方、志向しているベクトルは私とほぼ同じといっていい。しかし河野氏はフリーターから年商2億のレコードレーベルにまで成長させた手腕の持ち主だが、私の方はなかなか頭で考えていたように物事が運ばず悶々としている、その違いはどこにあるのか、何かヒントがないか、と思い読んでみた。

結論からいうと読んでいて私の方で反省点が多く見えてきた。なかには私自身かなり耳の痛いことも書かれていた。ホント反省しきり、である。

1.まず音楽の見せ方、打ち出し方に詰めの甘さがあった。

手前味噌だが音楽のクオリテイには自信があるつもりだ。しかしその「見せ方」「打ち出し方」に第三者に対してインパクトがまだ足りなかったのではないか。

2.ライブその他イベントに関する戦略の詰めの甘さ

河野さんは結果的に赤字のライブでもその1つ1つに明確な目標を決め、それを着実にプラスに運んでいった。そこの部分がきちんとできていなかったように思う。

3.いわゆる「インデイース」であるにも関わらずどこか「メジャー」的な感覚でプロモーションをしていた傾向がある、

河野さんは「音楽業界を知らなかったから今の成功がある」と自分でいっているが、その面でいうと自分はいわゆる「メジャー」の世界で中心に仕事をしてきた関係で、どこかまだその時の感覚でプロモーション等の仕事をしていたのではないだろうか? 結果的にそのためどこか中途半端になってしまったのではないか?

いずれにせよ自分に甘い面がずいぶんあったと反省している。

特に第五章の「河野式ビジネス哲学」は私としても共感する点が多い。共感と私自身の反省と両方感じた本である。

このブログを読んでくださっている方にも是非お勧めしたい本である。

 

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2009年8月22日 (土)

死語とされている"IT革命”という言葉

たまたまうちのアーチストの奥津恵のブログアメブロを使っている関係で管理画面に入ったらこんな記事をみつけた

■もう「死語」?なネットの言葉 http://news.ameba.jp/cobs/2009/08/43797.html

まあアメブロなんで例によって2ちゃん用語とか多いし、サンプル数も少ないのでどこまであてにできる記事か、というのも正直あるんだが、その中の「死語」リストに「IT革命」という言葉を見つけた。

確かにこの「IT革命」という言葉は一時やかましいほどマスメデイアをにぎわしたし、自分も不覚にもこのマスメデイアの煽動に乗ってしまい、一時は大きな期待をかけていた。しかし結局世の中は殆ど変化せず、正直いって失望感しか残らなかった。これに関して日経BPのある記者は「筆者を含むジャーナリズムは、IT革命が来る、と思って盛り上げたものの、世の中があまり変化しないので飽きてしまった。」と書いているが、まあいつもながら無責任マスコミ記者らしい発言、騒ぐだけ騒いで泰山鳴動すらしないでねずみの一匹も出なかったということだろう。

実際「今使うとかなり痛い[腐語]大辞典」の中にもこの「IT革命」という言葉は入っている

■死語とまではいかないが、すでに腐りかけ……[ビジネス・IT用語]の部 http://spa.fusosha.co.jp/feature/list00000636_2.php

しかしだいぶ前の記事だがこうした風潮に反論するがごとく「ITによる革命は緒に就いたばかり 」と主張する本が現れていた。
テクノロジストの条件 (はじめて読むドラッカー (技術編)上田惇生編訳、ダイアモンド社)  である。2年くらい前の記事だが非常に参考にはなった。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070601/273297/?ST=biz_biz&P=1

02570929 早速本屋に行き購入。この本は、テクノロジーのマネジメントに関する論考を集めたもので、「理系のためのドラッカーであり、かつ文系のための技術論」(「編訳者後書き」より)となっている。基本的にはマネジメント中心の本だが特に第四章の「IT革命は産業革命になれるか」という項目は面白かった。要は産業革命の進展の仕方と今の情報革命の進展のしかたを照らし合わせているのだが、IT革命と産業革命を比較すると、コンピューターの誕生に相当するものとして、蒸気機関の発明がある。蒸気機関は社会や産業に大きな革新をもたらしたが、ドラッカー氏の見立てによると「産業革命前から存在していた製品の生産の機械化だけだった」。真に世の中を変えたのは鉄道である。蒸気機関の実用から鉄道の出現まで、ざっと50年かかっている。

 コンピューターによるIT革命も同じだとドラッカー氏は指摘する。つまり本格的なコンピューターが生まれて50年がたったが、やったことは大きく言えば機械化であり、これからいよいよ「鉄道」が出現する。ドラッカー氏によれば、鉄道に相当するものが、インターネット上のエレクトロニックコマース(EC、電子商取引)であるという。まあECという言葉も死語に近いが、しかしこれは必ずしもAmazonや楽天のようなものを指すとは限らない。それにこの指摘は確かに思い当たることがある。

 現代の我々にとってインターネットという便利なツールが出現したのが事実だが、まだ以前のビジネスの形をそのツールをつかうことによって「機械化」したに過ぎない。だから情報の数は多くなったが社会のしくみは殆ど何も変わらずに今日まで来ている。しかしそれらは単なる前ぶれに過ぎない、とドラッカー氏は指摘する。

ドラッカー氏は、鉄道が登場した10年後あたりから、「蒸気機関とは無縁の新産業が躍動を始めた」と述べる。それは電報や写真、光学機器、農業機械、肥料であった。一連の新技術の登場の後に、郵便や銀行、新聞などが現れ、鉄道が登場した30年後には、近代の産業と社会制度が確立した。ドラッカー氏は来るべき社会にも同じことが繰り返されると主張する。

 今後20、30年の間に、コンピュータの出現から今日までに見られたよりも大きな技術の変化、そしてそれ以上に大きな産業構造、経済構造、さらには社会構造の変化が見られることになる

 IT革命からいかなる新産業が生まれ、いかなる社会制度、社会機関が生まれるかはわからない。(中略)しかし絶対とまではいかなくとも、かなりの確率をもって予測できることがある。それは今後20年間に、相当数の新産業が生まれることであろうことである。しかもそれらの多くがIT、コンピュータ、インターネット関連ではないであろうことである。

 上記の最後の赤字の部分が非常に面白い。確かに産業革命では鉄道よりもその周辺の事業が大きく発展し、大もうけをした。IT革命も同じことになるだろう、というのがドラッカー氏の主張である。この本は正直、マネジメントの専門用語も多く、私には難解な部分もあったが、非常に興味深く読ませてもらった。少なくともIT関係者のよく書く「IT夢物語」的なIT革命論より、ドラッカー氏の文章の方がはるかに説得力があると思う

つまり IT技術の出現=即IT革命 では決してない、ということである。今は単にインターネットを始めとするITのツールが出現したに過ぎない。要はこのITツールを有効に使っていかに本当の意味で「革命的」な新産業を作るかで、それは我々にかかっている。産業革命の時代の鉄道のように、それは決して現代の鉄道であるIT企業からは生まれないというのは面白い。

 さて、私のようなコンテンツ屋などはITではないが、ITとかなり密接にならざるを得ない産業の1つである。「全てのコンテンツは無料であるべきだ」というのがあたかも正論であるかのように語られ、ネットユーザーの大半がそう考えている現状を考えると、映画、音楽等のコンテンツ業は寧ろ存亡の危機にすらたっているように見える。しかし現在あるITツール等を使った全く新たなコンテンツ新産業が果たして生まれる可能性があるのかという点についてコンテンツ屋の端くれとして考えたいと思う。これは必ずしもi-tunesのような配信事業ばかりとは限らない、もしかしたらi-tunesですら新しいコンテンツ産業誕生の前奏曲に過ぎないのかもしれない。

 またプロダクションや制作会社の形も変わって行くかもしれない、それがどういう形かはわからないが...

ひとつだけはっきりいえるのは絶えずそのために知恵をしぼり、頭を使うことである。音楽界、芸能界に顕著だが、実は「頭を使う」ということを極端に嫌う体質がある。業界全体が思考停止、アナログ頭という状態で、だから総務省や経済産業省のようなところでIT官界企業や役人にいいようにバカにされるのだが、そういう古い頭の人たちに早くご退場願うしかないのが悲しいところだ。そのためにも来るべき時代のためにあれこれ知恵をしぼり頭を使い続けるのが得策だろう。

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2008年6月 3日 (火)

ヒーリングミュージックの元祖はロックだった!?

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という名前で私がインタビュー受けた記事が日経BP社出版の「大人のロック」という雑誌で発売されました。

http://ent.nikkeibp.co.jp/ent/rock/

これは先月に取材を受け「癒し系ヴォーカリストを探せ!!」という特集で私に白羽の矢が当たってしまいました。業界で「癒し系」というと私のところによく来ます(^^:)

もともと「ロック音楽」と「癒し系」というのは相容れない部分もあるので最初は悩みましたが,「環境音楽」のブライアンイーがもとロキシーミュージックだった、という観点から「ヒーリングミュージックの元祖はロックだった!?」という記事になりました。

記事では12人の皆さんよくご存じのロックボーカリストとその曲に私がコメントをつけています。どんなアーチストでどんな曲が出ているかは読んでのお楽しみ... まあ異論がある人もいるかもしれませんが..

というわけで全国の書店の音楽雑誌のコーナーで販売しています(^^)

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2006年6月 2日 (金)

マネーボール

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先日からだが前々から読みたかった本を ようやく読むことができた 「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」

この本の主役はビリービーンというアスレチックスのゼネラルマネージャーだが彼はそれまでの業界の「常識」-古い慣習、古い野球観にとらわれずに独自の視点から他球団が目もくれなかった人材を雇い、そして事実本当にメジャーリーガーとして活躍させていったプロセスに焦点をあてる。いかにして貧乏球団オークランドアスレチックスが金満球団ヤンキースに匹敵するチームを作ったか。 いかにお金を効率的に使って金満球団のヤンキース(日本の○売巨○軍みたいなもの)に勝るとも劣らない球団を作ったかというルポである。(年俸総額はヤンキースの1/10といわれる)。

嘘みたいと思う人もいるだろうがフィクションではない。実際本当に起きたことである。要は「勝つためには投資の金額ではなく、いかに賢くお金を使うか」ということだが、こういう考え方が今の日本にあまりにも少ないのではないかと思うのである。

私はこの考え方を今の音楽業界に応用できないものかと考えている。勿論、野球と音楽業界、いろんな意味で違うので単純にはいかない。しかしこの本には何かヒントがあるのではないかと考えている。

音楽業界もヤンキースや○売巨○軍同様、湯水のようにお金を投じてタイアップだーなんだとやってきた。某アーチストは100万枚単位がうれることを前提にプロモーションなんてことをやってきた。そのツケで今どこのレコードメーカーも経営難にあえいでいる。その意味で今のメジャーリーグに構造も体質も非常によく似ている。

しかしそうでないやりかたで成功する方法があるのではないのか? 何も地上波のCMや番組のタイアップに何千万、何億という広告費を費やす以外に方法はあるはずだ。私はずーとそう思っていた

Hえもんをはじめいわゆるバブル世代の経営者は「とにかく金を流し込め」というやりかたをする。A社のM氏も同様。彼らのやりかたは一見センセーショナルに見えるが基本的な手法に新しさはない。寧ろ日本そのものを傷つけたあのバブルのやりかたそのものだ。そこには過去の日本の失敗から教訓を学ぼうという姿勢が見られない。(某L社のように自社の主力商品は自社株なんてことをやっているようじゃ話にならない。)

大手が見逃すようなアーチストはどのようなアーチストか、
実際リスナーはアーチストに何を求めるのか、どういう音楽を求めるのかービリービーンのように「常識」や「慣習」「固定観念」といったものにとらわれず新たな視点で全てのことを見直すことが必要だろう。時代の変革期には「常識」などかえって邪魔になる。私もビリービーンのように常識を根本からくつがえすことをやってみたい。

笑われることを承知の上で書くが、広告費0で10万枚CDが売れる方法とか(笑)
決して不可能ではない、 かもしれない


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