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2014年8月 3日 (日)

私の近況とこれからー音楽文化のかつてない危機的状況における私なりの闘いについて

私ごとだが、来週にも子供のころから使っていたアップライト(写真ーアメリカBaldwin製)を手放し、新しいグランドピアノを家に入れる。

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理由は家庭の事情その他もあるのだが、先日の私の記事にも書いたように、ピアノソロのシリーズ作品ーそれもたぶん今までのどのジャンルにも入らない音楽ーを本腰で取り組むために予定外の出費だが、貯金をはたいて購入する。

今回これを整備するにあたり、父親の遺品や昔の私の所有物の多くを処分した。上の写真のピアノも子供のころから様々な思い出があるピアノではあるが、一方では今の私には郷愁に浸っている暇はない。過去を振り返るのではなくこれからの未来に向かってつきすすまないといけない。

なぜならこれから少なくとも10年の間、私が音楽家として作曲家としてどれだけの成果を揚げられるかで私の人生、人物の評価がほぼ決まるといっても過言ではないからである。

だから年寄じみた、オッサン的なノリの郷愁は私には不要だ。笑われるかもしれないが気持ちは実年齢の20年くらい若いつもりでやる。幸にして私は実年齢よりかなり若く見られるのでその気持ちにはなりやすい。

なぜなら私は今後10年仕事を続けるために2つの闘いを強いられることになる。老け込んでなんかいられない

1、自分との闘い

これは自分がどれだけの仕事、どれだけのクオリティの高い作品を創れるか、残せるかという問題。これは最終的には自分との闘いであり、私自身の問題なのでこれ以上は述べない

2.音楽文化存続の闘い

実はこれがもっとも大変な戦いになる

歴史的にみて今日ほど音楽文化が危機的な状況になったことはないだろう。それは単にCDが売れなくなったとか、音楽配信が頭打ちになったとか、そういう問題だけではない。もっと根本的な問題がある。

具体的には

(1)  音楽というものが昨今の問題として「軽い」それほど重視された存在でなくなっている点
「音楽が好きか?」と問われたら嫌いと答える人は少ないだろう。だが「音楽はあなたにとってどれだけ重要なものか?」というときちんと答えられる人はどれだけいるだろうか?昨今のメデイアやネットでの音楽の扱われ方を見ると音楽というのが非常に「軽い」存在として扱われているのを感じる。音楽を社会の中での価値を認める人というのが少ないように感じる。

(2)  それに合わせて音楽家という存在が非常に軽視された存在になっていること
1千万のスタインウエイを買う金がありながらプロの演奏家に「当然ボランテイアで演奏してくれるよね?」などと平気でいう輩がいたという。この件に関しては別記事でも書いたし近々また音楽家のボランテイアについて書くが、「技術」や「能力」を売る人間に対するボランテイア強要を始め、何か音楽家に対する敬意など微塵も払わず、音楽家を人間扱いしていない人が少なくない。こういう風潮からも音楽家というものがいかに軽視された存在であるかがわかる。

(3)  何よりも次の時代の新しい音楽の温床(サブカル的音楽)が今なくなっていること
そしておそらくはこれが最大の問題かもしれない。いつの時代でも音楽のアンダーグラウンドシーンでは次の時代の温床となるサブカルチャー的な音楽が存在した。今ではメジャーで当たり前のように使っているトランス系、ミニマル系の音楽もかつてはサブカルチャー的な音楽であった。しかし2000年代に入りそれに相当する音楽がなくなってしまった。これは非常に深刻な事態である。以前ここでも触れた新垣氏を始めとするアカデミズムの現代音楽は到底サブカルチャーとはいえない、(永遠のマイナーな音楽である) ポピュラー音楽のサウンド制作は実質80年代から進歩していないし、音楽の新しいエクリチュール(作曲技法)はミニマル以来新しいのは出ていない。

勿論、これは私一人でできる仕事では到底ない。だが私が一人の音楽家としてできることは少しでも自分の音楽によって、新しい音楽の息吹、音楽というもの価値、音楽というものの素晴らしさを一人でも多くの人が感じてもらう作品を創ることだけである。

私とFacebook等でつながっている人でそれぞれのやりかたで危機的な音楽文化の現状に対して何とかしようと考えている人たちが少なからずいる。そういう人たちに対しては私は同志だと勝手に思っている、(向こうは迷惑かもしれんがww) そういう人たちと何らかの形で協力できる余地があれば私はいつでも協力する用意がある。

このままでは20世紀末から21世紀は音楽文化の暗黒時代、になってしまうだろう。それくらい今の音楽文化は歴史上もっとも深刻な状況である。

長くなってしまったがそれが私の第二の闘いである。音楽文化存続の闘い

この大変な戦いをこれからしなければならない。過去のノスタルジーなどに浸っている暇などないのである。


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2014年7月27日 (日)

今後の自分の作曲家、クリエーターとしての作品群

先程拙映画音楽作品の短編「この坂道」が短編ノミネート作品(入選作品)として参加したSkipシテイ国際Dシネマ映画祭での受賞結果が発表された。わが宮本とも子監督は残念ながら受賞にはいたらなかったけれど、他の短編作品が予想以上にクオリティが高い作品ばかりだったので仕方ないかなとも思っている。また手前味噌ではあるけど並居るクオリティの高い他の作品と比べてもそれほどそん色がない作品であり。今回のノミネートで映画監督として名乗りをあげたことになるので私自身はとてもよかったと思っている。何よりも大事なことはこれで「次の見通しがたつ」ということは素晴らしいこと。音楽でもそうだし、映画はなおさらだと思うけど「次の見通し」すら立たない人の方が多いんだからね。

とにかく映画の音楽の仕事は気が遠くなるくらいに地道な作業をしていかなければならない。私は久石穣氏のスタジオをよく使い、久石氏もかなり前から存じ上げているが久石氏が今日の地位をきづくためにどれだけ長い、遠い道のりをしていたかを知っている。今では映画音楽作家として映画の詳しくない人ですら知っているジョンウイリアムスやエンニオモリコーネも一日で地位をきづいたわけではない。何事もそうだが「ローマは一日にしてならず」なのだ。

映画音楽作品に関しては既に盟友監督となっている竹藤監督の8月30日公開の「傷女子」から短編「深夜駆け込み」そしてまだ不確定ながら10月の映画祭で上映される竹藤監督のリメーク作品が控えているし、あと詳細はいえないがアメリカ人監督との作品に音楽をつけることにもなっている。

このように映画音楽や劇伴音楽の制作は今後も続けていくし、まあどうせなら極められるだけ極めてみようと思っている。「ゴジラ」のテーマで有名な伊福部昭先生は80代まで映画音楽作品を作っておられた。私がその年齢に達するまでには数十年あるので、最低でもその年になるまでがんばってみようと思う。

では私は映画音楽専門の作家にこれからなるのか、というとどうもそういうことにはならない、というかさせてもらえそうにない。

昨年のコーセー化粧品コスメデコルテのヒーリングラプソデイー、の一連の作品。一応成功と思われたようで、かつて私が作家としてスタートしたヒーリング音楽の分野で複数のオファーが舞い込み現在その内容の詰めが行われている、かつていろんな理由で個人的に嫌気がさしてやめようとすらしていたのだが、どうも周囲がやめさせてくれそうにない。

総合すると私の音楽作品は基本的に次の3つの流れになりそうである。

1.映画音楽作品

基本的には劇伴音楽ー背景音楽ではあるが、副産物としてテーマソング、うたものを作ることもありうる。既にこの分野に関連して数曲うたものを作曲している。

2.ヒーリング音楽作品

詳細はまだいえないが、たぶん近々新作を出すことになるでしょう。結局「癒し系音楽」の作家という私の業界内イメージは消すことはできないのかもしれない。

3.ピアノソロ作品

一応プロで仕事しているので音楽制作、作曲はどれも「仕事」には違いない。映画音楽もヒーリング音楽も自分の作品ではあるが、「仕事」のために作っている。しかし自分のピアノ作品、とりわけインプロビゼーションや私独自の弾き方によるものは「仕事」ではあるもののどちらかというと「自分のために」作っている要素の方が強い。ここがクラシック系のピアニストと違うところだが、私が自作をピアノ演奏している時は自分を100%開放している時なのだ。今年のセプコンでもやるだろうけどね。特に今日本が集団自衛権の問題で戦争に巻き込まれる可能性が非常に高くなったので今年はいつにない危機感で参加すると思う。

尚、結果的に私のピアノソロ作品のいくつかが「ヒーリング音楽作品」になる可能性は否定しない。

勿論この3つ以外に突発でCM音楽その他を作ることは排除しない。またボーカリストやオーケストラ等の編曲、アレンジの仕事も随時やると思う。(実は1つ話が出ている) だが基本的にはこの3つの流れだろうな。

まあ何にせよ大事なのは続けていくことだ。継続は力なり、というのは間違いなく正しい。活動を続けるだけ続けて最後はどの立ち位置にいるか、それは神のみぞ知る。だ


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2014年6月11日 (水)

私の昔の作品と「ヒーリング系」の作品、それと今後作曲活動について

ご存じの通り私は最近自分の作曲活動を劇伴音楽、映画音楽の作曲中心にシフトしているが、いわゆるメジャーシーンの作曲家として定着したのはヒーリングやアンビエント音楽の作家で1989年に発表した眠りのための"Sleeping Music"が最初である。

一応現在でもこのCDに収録されて一般市場に出てはいるのだが

Stress

ビクター Colezo! Best! ストレス解消(VICG-41168)
税込\1850

正直この手のCDではかなりのセールスを記録したといっていいだろう。(30万枚) また音楽ではいわゆるニューエージミュージックのような曲もあったが、基本はアンビエントー環境音楽を音楽療法的に特化した音楽である。今では誰でも普通に使っている「受動的音楽療法」なる言葉を最初に使いだしたのはたぶん私だと思う。昔の音楽療法の学会を始めとする音楽療法士といわれる人たちには「そんな種類の音楽療法は存在しない!!」などと怒鳴られたものだが.(笑).

だいたい2000年頃を境にメジャーメーカーが続々とヒーリングの分野から手を引いている中でこうしてまだ廃盤にもならずに残っているのは奇跡的ともいえるが、私自身もここ10数年はいわゆるヒーリング音楽なるものから精神的にも、そして当然ながら売上も下がっていることから離れていたのは事実である。だから正直昨年、コーセー化粧品の「コスメデコルテAQMW」の「ヒーリングラプソデイー」なるキャンペーンのための作品の依頼を受けた時も一瞬躊躇したのは事実である。結果的に好評だったのでよかったけど..

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2014年5月28日 (水)

明るいお別れ会ードクター丸野廣を偲ぶ会

実はインターネット経由でかつて私のヒーリングシリーズ「サイコジェネシス【マインドコントロールミュージック)」の音楽の推薦文を書いて下さった精神科医師の丸野廣先生の訃報を聞かされました。葬儀は近親者のみの密葬だったらしく、先生にお別れをいえず悶悶とした日々を送っていました。

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丸野廣 1931-2014

丸野先生の経歴についてはこちらをご覧ください
http://www10.plala.or.jp/minamishinjuku/

丸野先生に推薦文を書いていただいた一連の私の作品

SleepDiet

これら一連の作品に推薦文を書いて下さりその後もいろいろとお世話になりました。

しばらくご無沙汰でしたが先日訃報を聞き急遽こういう恰好で駆けつけたのですが...

Kyoji052714

実は...

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2014年5月13日 (火)

スタジオの液晶モニターTVがダウン!!、新機種購入で復旧

私の作業場スタジオにMAC用のモニター兼ケーブルテレビやビデオのモニターとして長年使っていたモニターテレビがあったが、昨日大河ドラマ「軍師官兵衛」を見ているうちに急に画面が落ちて音声だけになってしまった。居間の大型テレビもケーブルチューナーを使っているがこちらは全く異常がない、念のためMAC PROを立ち上げたが、一時的に移ってもすぐに画面が落ちてしまう。どうやら液晶自体が死んだらしい(汗)

仕事が一段落している時でよかったー(汗)

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液晶がダウンしたらもうお手上げだ。考えて見れば10年近く使っているから寿命かな (T_T)
保証期間などとっくに過ぎているしだいたい2005年モデルの商品で部品があるという保証はない。あっても取り寄せに時間がかかる、ということで新規購入を前提に関連機種を調べた。条件としては「20インチ以上でDVI-D端子とHDMI端子を備えたもの」で、できればビデオデッキ(なんとまだ持っていて使っていたのだwww!!) がつなげられるアナログ端子付き、などと思ったが、調べているうちにここ10年でオーデイオビジュアルの環境が劇的に変わったことを改めて痛感させられた。

もうMacのモニターにできてなおかつアナログのコネクターがある奴ってもうないことが判明。Apple専用機出ない限りDVI-Dとテレビ(特にBSとケーブル)が見たけりゃHDMIを中心に使うしかないようだ、いろいろ調べていくうちに結局オフィスの映像設備関係(DVD テレビ)周辺を総入れ替えするしかないらしい。もう腹をくくるしかないかな。予想以上の出費になる(汗)

まあそんなわけでいろいろ検討した結果、Princeton社PTFBIF-23Wを購入前のより画面サイズが大きいのでよかったかな、という感じ。

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2014年4月11日 (金)

昨今の日本の音楽ー世界の音楽状況に対するクリエーターの放談

いつもいいたいことは書いているつもりだけど今日は特に本当にいいたい放題書きます。
かなり表現もきついので、こういうのが苦手な人は決して読まないでいただきたい。

昨日こんな記事をみつけたけど
どうしてこんなに人気なの? EXILEが好きになれない理由
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140409-00000212-cakes-peo

まあたぶん「いいとも」のあとに入った「バイキング」などというどうでもいい番組のMCにAtsushiが入った云々のことをいっているんだろうけど、正直私にとってはどうでもいいことだ。「J-pop滅亡宣言」なる記事まで書いている私からすればEXILEファンには申し訳ないが「Atsushi 大好きなの」などと某女性ファンがいっても「あ、そう」

だから何?

ぐらいにしか思わない。

同じように当ブログで何回も記事を書いている佐村河内守にしたって、その事件の背景にある諸問題について述べているだけであって佐村河内守自身は私にとってどうでもいい。なんだかんだ能書きを記者会見で述べてもゴースト作家を使ったという事実は消えないし、私はゴースト作家の存在そのものに反対している。音楽業界からゴースト作家なるものをなくしたいが、ご存じの通り音楽業界は再発防止の対策を打ち出す素振りすら見せていない。

要するに今の日本の音楽の状況には全く興味がなくなったのだ。日本の音楽は世界的に見て「ガラパゴス」といわれるが、「ガラパゴス」だったら貴重な種の動植物が生息しているが今の日本の音楽に貴重なものなど何もありゃしない。尊重すべき文化といえるものなど全くないし、そもそも音楽文化を創るなどといおうものなら罵倒と嘲笑が待っているのが日本の音楽業界だ。作品にしたって「パクリ」しかなく創造性など欠片もない。こんな日本の音楽を「ガラパゴス」なんていったらガラパゴス島の人に失礼だ。

別にグローバリズムなどという言葉を持ち出すつもりはない。ていうか私はIT系やエコノミスト連中がいうグローバリズムなんて胡散臭くて嫌いだ。だいたい本当のグローバリズムなどというものをこの連中が理解しているとは思えない。こいつらの言い分みていると世界中が金太郎飴のように欧米と同じになることがグローバリズムだなどと考えているとしか思えないところがある。だからこんな連中と同類に見られるのは耐えられない。

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2014年1月21日 (火)

佐久間さんの遺志を継いでー音楽文化を復活させようという流れを途切れさせてはならない

映画を始めとする映像業界も音楽業界も厳しい経済環境であることに変わりはないけど、音楽業界の現状は本当に絶望的でより深刻な状況といっていい。なぜなら映画もテレビ番組を始め少なくても業界として回っているが音楽業界はもう何年も前から回っていない、本当にごく一部を除いて業界の体すらなしていない。驚くなかれいわゆるメジャー契約しているアーチストでもアルバイトしないとやっていけないくらい酷い状況だ。

レコーデイング環境などメジャーでも殆ど宅録が当たり前の時代になっており、よりクオリティの高い音源を作るよりは「可能な限り安くあげる」ことが何よりも優先される。そしてメジャーの音源のクオリティは年々低下しており、最近はテレビ業界もあまりの音源のクオリティの低さにそっぽを向き始めている。

そんな酷い状況でもこの現状を改革しようなどという動きがレコード会社、大手制作会社から出てくることは殆ど皆無である。驚くなかれ、つい最近まで「音楽業界は衰退している」という事実すら認めようとしなかったのだ。

亡くなった佐久間さんはこの現状に異を唱え警鐘を鳴らした数少ない良心的な音楽プロデユーサーの一人だった。61歳はあまりに若すぎるけど、音楽文化を復活させようという流れを途切れさせてはならない、と微力ながら思う次第。

しかしそれには私自身がもっと力をつけなくては駄目だ。それもここ数年で嫌というほど実感したこと。今の状態でどんな批判しても負け犬の遠吠えの域を出ないからだ。

残された者がどれだけ佐久間さんの遺志を継げるか、これからが正念場かもしれない。
1クリエーターとして与えられた制約の中でいかに良心的な音楽制作を続けられるか、だろうと思う。自分なりに頭と体を使って創意工夫で乗り越えるしかない。


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2013年12月31日 (火)

2014年に向かい 音楽業界云々よりはクリエーターとしての自分の生き方を構築

年末に入り大瀧詠一さんの訃報には本当にびっくりした。とともに偉大なミュージシャンの突然の逝去に残念な気持ちを禁じ得ません。改めてご冥福をお祈りいたします。

ところで当ブログ、私の音楽ブログについて「最近記事が減っていませんか?」なることをいう人がいました。確かに一時ほどは書いていませんね。でも別にさる筋から圧力とかあったわけではないですよ(笑)

日本の音楽業界の現状について「このままでは危機的な状況になる」と訴えてもう10年以上になる。当時は誰一人聞く耳を持つ者はいなかったどころか、業界関係者から袋叩きにあった、ある業界人には人格を傷つけられるほどの誹謗中傷も受けた。

しかし結果として音楽業界は私が予測した通りの酷い状況になった。当時私を批判、非難した人は現在の状況について私に対してどうコメントするか興味ないわけではないが、まあ今となってはどうでもいいかな、という感想だ。仮に現在あっても何だかんだ自らを正当化するようなコメントをするだろうし、まあそもそもそいつらが業界にまだ残っているかもわからない。

私が今彼らにいいたいことは、少々きつい一言かもしれないが

「早くお宅の会社つぶれてくれ。その方が音楽文化のためだ」 ということかな

でも私などがいうよりは佐久間さんが云った方がはるかにみんなが耳を傾けるだろう。

音楽プロデューサー・佐久間正英氏が語る「音楽業界の危機的状況」
http://blogos.com/outline/42056/

残念ながら日本では何をいったか、ではなく誰がいったかの方がはるかに重要なのだ

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2013年9月28日 (土)

今後曲を作る上での作曲家としての私のスタンスー業界的観点より

業界的観点より、などというたいそうなサブタイトルをつけてしまったけれど
私はもう「売れセン」とか「おいしいメロデイをぱくる」とかそんな世界とは未来永劫関わりたくないと思っている。

今私が考えるのはとにかく「いい音楽」を作りたい だがそれは極めて抽象的な表現だ、


ある人にとって「いい音楽」が別の人にとって「悪い音楽」というケースは十分にありうる。だけど「いい音楽」には1つ共通点がある。それは聴いている人の心に何らかのインパクトを与えること。多くの場合それはプラスの影響である。

例えばこのアーチスト、


Kraftwerk - Live in Concert

私はこのグループが好きだ。サウンドが好きだ。私が一時テクノ小僧になった原因はこのグループにある。YMOより先だった。このビートを聞くだけでノリノリになる。明らかに大きなパワーを持っている音楽である。

そうかと思うとこういうのも好きだ


Oscar Peterson - C Jam Blues

伝説のピアニストである。私は史上最高のピアニストだと思っている。

だがこの2つの音楽、少なくとも形式においては水と油である。実際テクノ好きでジャズが好きでない人も少なくないし、逆にジャズが好きな人でテクノを毛嫌いする人も少なくない。

だけど大事な点は音楽は形式じゃない。形じゃないという点

私はどちらの音楽も好きだ。どちらも聴いていて心が動かされる、それがどのジャンルの音楽だ、などということは私にとってどうでもいい。大事な点はどちらも文化として間違いなく残る音楽だということである。

私は文化としての音楽が好きだ

そして今後はそんな音楽を作り続ける活動をしたい、ただそれだけ。

だから日本の音楽業界から事実上離れた。愛想をつかしたね。はっきりいって

音楽とは音を楽しむという意味だ。 今音を心から楽しんでいる人はどれだけいるんだろうか?

一つだけはっきりしていることがある。

それは今の音楽業界のトップにいる人間で心から音楽文化を愛している人間はおそらくほとんどいない。ということ

実際音楽文化を心から愛していればあんなゴミ同然の音楽をどんどん作り続けよう、などという発想にはならない。

そういう連中が日本の音楽文化をダメにした。だからこういう連中とは私は関わりたくない。二度とね

今後どういう作品を作る機会があるかわからないけど、ここ20年くらいの音楽業界の悪しき習慣を断ち切り、自分が考える高いクオリティの音楽を作り続けることに残る音楽人生、全力で傾けていきたい。

少なくとも文化を作るクリエーターでありたい。

そう考えて今後の仕事に臨む所存である。

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2013年9月13日 (金)

自分の縁、人脈、そして自分の音楽活動

私はあまり縁、とか運命というものは考えないようにしている。いや、昔は考えていた時代があり易学に傾倒した時代もあった。しかし結局アホらしくなってやめた経緯もある。

実は昨年から手掛けている海外向け音楽教材の関係で今やうちの主要取引先となった某楽器メーカーの音楽教材の制作部門に昔の知り合いがいる。それは取引を始めてしばらくしてからわかったのだが今日また新たなことがわかった。その楽器メーカーの国内向け教材を作っている会社のデイレクターが何と私の旧知の元V社のデイレクターだったことがわかった。

昔某V社で仕事をしていた時(一時は殆ど専属に近い形でV社中心に仕事をしていた)にいっしょに仕事をしていたんだけど、まさかこの仕事で再びつながることになろうとは...

一昨年末に問い合わせが来てから、昨年初めより一連の制作をしているけどこうも立て続けに昔の知り合いとこういう仕事で再会するとは、いくら音楽業界が狭いといってもやはり何か運命的なものを感じざるを得ない。
仕事をするところって案外あっさり仕事になるけど、仕事にならない事務所とか会社っていくらつついてもならないことが多い。だからやはり縁というのは存在するんだろうな、と実感する。今やうちの会社の主要取引先に実質的になったこの楽器メーカーはやはり縁があったのだろう。そうとしか思えない部分がある

そういうことがあったかと思うと実は決別もあった。夢たっぷりにスタートしてのだが、双方で話し合い、これ以上いっしょに仕事を続けていくのは困難という結論に達し、プロジェクトを見合わせた人間もいる。前回の仕事の途中で違和感を感じていたのだが、別にケンカ別れしたわけではない。双方お互い納得して円満にそれぞれの道を行くことになった。

そうかと思うと昔失敗した経験があるにも関わらずその仲間から相談を受け新たな案件が発生し、ひょっとしたら今度はうまくいくのでは? というものもある。一方では自分ではいい仕事をしているつもりでも自分で空回りして結果的に断念せざるを得ない案件もあった。(自分が昨年体調を崩した原因の1つはたぶんこれ)

要は結局人生なるようにしかならない

                         と最近思うようになった。

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2013年8月10日 (土)

佐久間さんのショッキングな癌告知を聞いてー自分がもし余命僅かだとしたらどんな作品を作るかと思う

昨日拙ブログでも何回か記事で引用させていただいた音楽プロデユーサーの佐久間正英さんがブログにてご自身が末期の癌であることを告白された。非常に驚きショックを禁じ得ない

goodbye world
http://masahidesakuma.net/2013/08/goodbye-world.html

佐久間さんには是非お大事にしてほしいし、末期癌でも奇跡の復帰を果たした例もありますので同じことを祈るしかありません。彼ほど良心的な音楽プロデユーサーはそうは業界にいないし、今の音楽業界には必要な人と考えます。

私も昨年二回の入院を始め胆嚢炎も併発した、という点がありますので決して他人事ではありません。やはり我々は体が資本ですから..

佐久間さんはこれから「死」というものを見つめながら仕事をしていくと思われますが、考えてみれば私は今まで「死」というものに対してリアリテイを感じたことはありませんでした。昨年も最初の入院の時は今思うとかなり私自身は深刻な状況だったんですがそれでも「死」に対するリアリテイは感じませんでした。

しかし私もそれほど若いという人間ではありませんし、あと何年現場で仕事を続けられるかもわかりません。私の気持ち的には少なくともあと20年は現場で仕事するつもりではありますがそれも健康が許すかどうかは何ともわかりません。

もし自分の命があとわずかだとしたら自分はどんな仕事をするか、ということを考えますと自分はまだそれを残せるようなしごとをしていません。それを考えるとやはり自分が死ぬ前に絶対に完成させておきたい音楽作品を作ることをそろそろ本気で考えなくてはならないのかな、という気がしています。

世間はもう「お盆休み」モードですが、お盆の間に止まったままの「新しいサウンドコンテンツ」や次の自分の作品について本腰いれて取り組もうと思っています。

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2013年4月14日 (日)

明日新作公開ーそして今後より多く新着情報もーとにかくわが道をいくだけです。

明日、昨年作りました新作"So Happy Dream"のプロモーションビデオその他ペット関連のウエブサイトの公開をいたします。高級ペットシャンプー「ノルバサンシャンプ^」のインセンテイブとして展開します。詳細を発表しますので楽しみにしてください。

また5月に上映会を行う映画「暴走」予告編(トレーラー)を現在作っているようです。できあがり次第このブログでも発表いたします。前にも書きましたように「劇場公開」と銘打ってしまいましたが、現在映画祭に出品している関係上、劇場公開という形はとれませんので(映画祭出品の条件は「未公開作品」ですので)あくまで、イベント的な「記念上映会」です、上映会場もアップリンクの二階の映画劇場ではなく一階のカフェでの上映会でした。

正式な劇場公開はたぶんまた後程、ということになるんだと思います。 尚、DVDの発売は9月で予定通りだそうです。

さて、そんなことで今年も昨年以上に展開をしていきたいと思っていますが、おそらく音楽業界の実態そのものに関する記事はこれから減っていくと思います。

勿論、先ほどの「官製」発信策のようにひどい政府の政策に関しての批判記事は今後もあると思います。なぜなら政治も官もマスコミも「権力」を持っており、弱い立場の人間を踏みつぶす可能性はいつでもあるからです、音楽業界、特にメジャーレコード会社の人間のひどい実態は今更いうまでもないですが、もう音楽業界自体が普通の世界ではもはや全く回っていないので気にしても仕方ありません。今更批判しても仕方がないですし、体質が変わるならとっくに変わっていると思っています。私は私独自のやりかたで現在取り組んでいますし、今のところそれが成果が出始めていますのでわが道をいくだけです。

現在メジャーや大手制作会社の力が相対的に落ちています。もはやメジャー、インデイースなど全く関係ありません。これは大きなチャンスでもあります。そしてそのチャンスを生かして数年前と比べ私の状況も確実によい方向に動いています。今は迷わずその方向に進むだけです。何せえられないほど保守的な体質を持った音楽業界、私のやりかたをみて「なんだそりゃ」とか「お前のやりかたは邪道だ」とかいろいろ言う人もいるでしょうが、まあそういう人たちには言わせておきます。私は意に介しません

そして昨年やり残した仕事も多いです。それも取り組んでいきます。

というわけで今後様々なニュースが増えると思います。よろしくお願いします

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2013年4月 1日 (月)

2013年度を始めるにあたりサウンドクリエーターとしての勝負をかけます

ご存じのように今日から新年度です。

4月からはいろんなものが変わります。電気料金を始めとする多くのものが値上げになる、という困ったものもありますが、やはり気持ち自体が何か新鮮な気持ちになりますね。

昨年度は私が経営している音楽制作会社としてはようやく長いトンネルを脱し今後について具体的な見通しができた年度でした。
今年度は昨年度の流れをより拡大していかなければなりませんし、昨年度全くお留守になっていました「新しいサウンドコンテンツ制作」への動きも再開させようと考えています。一年間実質的にストップしてしまいましたが、今年度はそれを復活させます。

そのためにも「新しいサウンドコンテンツ制作」のウエブサイトの構築を手始めに行います。6月までには何とか実現したいと思っております。

なぜそういうものをやろうとしているか、といいますと

要はそろそろ作曲家、サウンドクリエーターの自分として差別化できる仕事、作家として集大成となりうる作品を作る必要性を感じているからです。

私は年数だけは長くやっていますが

まだ「これだ!!」という仕事はしていません。

そして現場の最前線であと何年仕事できるか、

そろそろそういうことを考えなければならない年齢になってきました。

つまり作家として、クリエーターとして人生の勝負を掛けなければならない時期が来ていると考えています。
この構想自体はもう何年も前から考えていましたが

それを今年度は本腰を入れて取り組もうと考えています。

というわけでこれからこれに関しての記事も増えると思います。
幸いにしてこの「新しいサウンドコンテンツ制作」だけでなく、映画劇伴音楽レッドカーペットを歩きましょうを始めとして) そしてその他の新作の構想

話題には事欠かないと思います。(^^)

新年度、新たな気分でチャレンジしていきたいと思います。
よろしくお願いします

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2013年3月22日 (金)

プロフェッショナルと真の意味の一流の人たちとはー自分の中の教訓を見て

今年度ももう10日を切りました。2012年度はおかげさまで久々に充実した内容の年度を過ごすことができそうです。4月からは昨年殆ど実質お留守になった「新しいサウンドコンテンツ」の推進も含め、現在進めている仕事の流れをより推進して行きたいと思っております。

今はその意味では大きな転機でもあるわけですが、実は6年前にも自分なりに「転機」と位置付けた時期がありました。結局その時に始めたことほぼ全てが失敗に終わったわけですが..

6年前も「転機」と位置付け多大なるチャレンジ精神をもって臨んだわけですが、今回と違い6年前は今思うと「手さぐり」や目に見えない部分も多かったような気がします。目標はあるにはあったのですが、その目標のために何をしなければならないか、どのくらいかかるのかといった点が全く不明確でした。

今の場合も勿論完全に見えているわけではありませんが、前回と違うのは「何をしなければならないか」についてはかなりはっきりと見えている部分ですね。それをやるのにどのくらいかかるか、についてはさすがにわかりませんが..

私は業界で仕事をしてそろそろ30年くらいたちます。はっきりいって失敗の連続でした。今思うと穴があったら入りたいくらいの恥ずかしいこともたくさんありましたし、作品としてもずいぶん稚拙な失敗作も多く作りました。それらの経験の中で今後自分が「転機」に臨む上で自分に対して2つの大きな教訓を自分に対して言い聞かせています。

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2013年3月14日 (木)

「新しいサウンドコンテンツ」プロジェクトの再起動と新サイト立ち上げの準備

昨日一年間実質的に止まったままだった「新しいサウンドコンテンツ」のプロジェクトを再度動かすべく打ち合わせを行いました。

まだ実現できるかどうか不透明ではありますが、取りあえずは夏休みのテレビの特番の企画からスタートします。一応それを呼び水として将来的にはレギュラーのコーナーにまで発展するといいと考えています。

「新しいサウンドコンテンツ」といってもどんなものかわからないと思いますがそれは追々発表することとしまして、比較的時間的余裕がある現在のうちのそれの新しいウエブサイトの構築に着手しようと思います。

その「さわり」のようなものを「シャキーン」という番組でやりましたが、今度はより踏み込んだ内容にしようと思っております。

これは音楽、サウンドをテーマとしたものですが、単なる音楽の企画ではありません。また特定のアーチストや音楽作品をプロモーションすることが目的ではありません。

しいていえば全く新しい音楽コンテンツのコンセプトのプロモーションを目的としています。

といっても何をいっているのかわかり辛いと思います。
だからこそ、具体的な形を示すために地上波のテレビの企画に入れようと考えています。それには理由がありまして

1. 「誰もやったことがない(たぶん)」ことのため具体的な事例を示さないと一般の人にはわかり辛いこと

2. 「点から点」へのウエブだけでなく、地上波での露出での企画を通した方が波及効果が違うこと

新しいコンセプトを広めるにはウエブサイトだけでは不十分です。

ウエブサイトがあれば地上波テレビなどいらない、などという論調がいまだに根強いですが、ネットとリアルのメデイアをことさら対立関係で考えるのではなく両者をいかにバランスよく使っていくかが重要だと思います。白でなければ黒しかないという二者択一の発想では視野が狭く底の浅い戦略になってしまいます。

勿論この企画が実現できれば、の話ですが...

1つの企画を通すことがどれだけ大変なことか、私一人だけでは到底できないか、は一度経験していますのでよくわかっています。

だがここでどうこう話したところで雲をつかむような話にしか見えないと思いますので

まずは新サイト立ち上げてその内容をみていただいてから判断していただこうと思います。

1つだけいいますと、このプロジェクトは今まで私がやってきた音楽やサウンドに関するありとあらゆるノウハウを結集したものです。最終的にはこのメソードを使った全く新しい音楽作品を作るのが目的です。

それは新サイトの中身を見ていただければわかると思います。

できあがったらここで発表させていただきます。

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2013年1月13日 (日)

オトソ気分吹っ飛び連休明けからの動きに臨み...

本日連休中にも関わらず今年の春公開予定の「暴走」「ミュージカル部分」のレコーデイングが行われ、無事終了、作業に思いのほか手間取り少々疲労困憊です。(汗)

それでもだいたいメドがついたのであとが全体をまとめる作業ですが、とにかく早くまとめてこの仕事を終えたいですね、昨年の10月から作業していますから..

いずれにせよもうオトソ気分、完全に吹っ飛びました。

仕事始め以降の一週間はだいたい日本国内の会社も「オトソ気分」で新年会オンパレードですがこの三連休が終わってからいろんなことが動き始めるでしょう。今年はやることは決まっていますので、まずはこの3つのことに専心したいと思います。

1. 昨年できた3つの仕事の流れを盤石にして、より大きな動きに拡大(当然売上も可能な限り拡大)していくこと。

2. 昨年殆どストップしてしまった「新しいサウンドコンテンツ」の流れを作ることー、まずはウエブサイトを計画し、ウエブサイトのコンテンツ制作

3. 昨年でクローズしたプロジェクト、の後始末(3月末にはやりおえてしまいたい)

2-3月はだいたい例年4月からの年度に関する仕込みに追われるケースが多いですが、今年もそうなるだろうか? 特に上記の中で2.がポイントになりますね

かつてのうちの会社の業務ですが、勿論全部やめるわけにはいきませんが事実上、ほとんどが「単発の業務」の範疇でしかなく、特にCDパッケージ事業が大幅に後退するのは今年は避けられないと思っています、はっきりいってもう市場としては完全に終わってますね。

それでもDVDブルーレイはなくならないと思っていますけどね。そもそも映画、映像のようにギガMb単位のコンテンツは配信にはそもそも向いておらず、配信以外では「ストリーミング」しかありえません。Amazonhulu  等の映像配信がどれだけ普及するかわかりませんが、それでも映像のパッケージがなくなることはないでしょう。しかしCDは?   うーん、もうきついでしょうね 

いずれにせよ連休明けからいろいろ動き始めるでしょう。今年も昨年に匹敵する成果の多い一年でありますように... 

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2012年12月29日 (土)

音楽家の活動、会社の事業の「転機」の一年を締めくくって

ここ一か月、特にここ二週間は殺人的といってもいいほどの忙しさだった。そのためブログ更新もだいぶ遅れてしまったが,,

ようやく今日納品も済ませ、ようやく仕事納めができるようになった。ここ一か月はここ数年ないハードスケジュールで。恐ろしいほどの量の業務をこなした。 とにかくホッとした

今年は音楽家としても会社としても大きな転機の一年だった。2000年代中頃から続いていた一連のことに終止符をうつことができた、まだ「後始末」をしないといけないが気持ち的に終止符をうつということで気持ち的にもフンギリがついた。数年前か仕込んでてきた映画劇伴音楽を中心に作曲活動を行うという部分もまだ盤石とはいえないが、順調にシフトが進んでいる。

そして何よりも大きかったのは会社の取引先の中心に大手企業との定期的な取引を行える状態になったこと。これによって事業の柱ができたこと。

それ以外にももう1つ仕事の流れを作ることができた。これらのことが2000年代中頃から続いていたいくつかの件について終止符を正式に打たせるきっかけになった。その意味で大きな転機となった一年だった。そしておかげさまで業務はここ数年ないほど順調だ。

来年は今年できた流れを盤石にして、可能な限り拡大していくことを考えていこうと思っている、そうした仲で自分が考えている「新しい音楽コンテンツの形」というものを実現できれば、とも思っている。その意味で心の余裕が出てきた、といってもいい。

だがこの流れは今思うと二年前くらいから画策していたものであった。正直昨年度と一昨年度は非常にきつい時期だった、一時は廃業まで真剣に考えた。

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2012年11月 6日 (火)

制作会社の「営業」とそれにまつわるもろもろのこと

ここ数か月ほどおかげさまで多忙な毎日を過ごさせてもらっている。特に映画劇伴関係の仕事はかなり軌道に乗り始めているといっていいかもしれない。明日は東映教育映画の短編二本のMAを一度にやるため一日中MA室にいることになる。映画音楽をやっている人間でMA(マルチオーデイオ作業ーちなみにMAは和製英語)に立ち会う人間は私くらいらしいけれど、やはり自分の音楽が映像にきちんとはまるのを確認するまでが自分の仕事だと思っているので可能な限りは自分で立ち会うことにしている。

実は3年ほど前からこれに関しては水面下で動いていて今ようやくその成果が出始めているのだけれど、映画、ゲーム、その他の映像音楽、劇伴関係の仕事はそれ以前にも時々はやっていた。.しかし仕事の主軸にまで持っていくことはなかった。しかし音楽の分野としては自分に一番合っていると思うので音楽のキャリアが続く限りこの分野の仕事をし続けようと思っている。またそれ以外に久々に大手会社がうちの仕事のメインクライアントになりつつあり、一時は絶望的な状況だった営業状況も今大きく持ち直している。音楽不況とか言われている現状を考えるとありがたいことだと思う。

音楽制作の仕事を取るための「営業」はなかなかすぐには結果が出ないことが多い。忍耐力も必要である。しかし一方で仕事ができるようになる事務所や制作会社等は案外すんなり仕事になることが多い。そしてまた一方ではどんなにつついても仕事にならないところはならない。そういうところはどんなに働きかけても時間と経費の無駄になるから結果が出なければさっさと次を探す方が効率的である。私が映画関係やその他の業界関係の交流会にマメに顔を出しているのもそうした背景があるからである。成果の出やすい交流会に絞って顔を出せば結構成果は出るもんである。

音楽業界が非常に厳しい状況で、「これから悪くなることはあってもよくなることは絶対にない」という観点からそれに対する事業の面での対策をすべくここ5年くらいさまざまなことを手掛けてきた。はっきりいって大半が失敗に終わったけれど、その反省点を整理すると大きく分けて二点あるように思う。

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2012年10月11日 (木)

作曲活動その他についてー劇伴だけではないです

ちょっとこれからまた激務モードに入りそうな関係でしばらくブログ更新ができないかもしれません。

先日の映画祭の記事にも見えますように私は今作曲活動を主軸だけでなく私が経営している会社も完全に劇伴制作関係にうつしています。これはここ数年やってきたプロモーターの仕事から事実上足を洗ったのと、その他いろんな事情があったのですが、劇伴関係を作曲活動の中心にしようと思ったのは実はだいぶ前の話ですが、本格的に動き始めたのはここ2-3年です。

実は私は元々CMや映像その他店内放送BGMの制作会社からクリエーターとしてのスタートを切りましたので、映画音楽の分野の仕事はいわば「本来の仕事に戻った」という感覚なので私からすればとくに目新しいことは何もないです。またここ2-3年本格的に動き出したとはいえ、それ以前にも映画や劇伴、ドラマCDやゲームの仕事は時々していましたから、別にかしこまって「劇伴中心に主軸を動かします」というほどではないんですけどね。

ただ私自身はある期間「ヒーリング音楽」「癒し系音楽」の仕事をしていた関係でそういう作家のイメージがやや定着してしまった感があります。しかしそれは私の作家としての一面にすぎません。もともと「ヒーリング音楽」を作曲しているときもこの分野だけの仕事をしようなどとは全く思っていませんでしたし、音楽療法の世界とかスピリチュアル系の人とかにかなり幻滅した経緯もありますので、実はこの分野から離れたいと思っておりました。

私はプロの作曲家としてのスタートは人より遅かったため、人よりは長く仕事をしようと考えています。劇伴関係に主軸を置こうとしているのも人より長く仕事をするための活動の1つで、先日の映画祭の話ではないですが、グラビアアイドルはせいぜい20代後半までしかできませんが、作曲の仕事ならどんな爺さんになってでもできる、というのもあります。ジョンウイリアムスなど今年80歳ですがまだ立派な現役ですし、まあ健康に問題なければその年までは何とか現場でがんばろうと思っております。

しかしだからといって私の活動は劇伴関係だけにするつもりは毛頭ありません。

というか私はまだ着手したとは言い難いある仕事が残っています。それは昨年「シャキーン」で少し実験しましたが、音楽コンテンツの新しい形の追及です。この仕事が業務その他の関係でもう半年以上ストップしたままです。業務多忙はありがたいことなのですが、おそらくまだ誰もやっていない新しい音楽の形を追求する、というかねてからの命題は何とか実現したいと思っております。その意味では業務多忙を理由にサボっていてはいけませんね。

というわけで今後の自分の活動を続けていきたいと思います。

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2012年9月28日 (金)

怒涛の9月を乗り切って

今日で事実上9月が終わります。

twitter前の記事でも書きましたようにここ一か月あまりにいろんなことがありました。こんなにいろいろあった月はそうないのではないかと思いリストアップしました。

1.先月末から今月初めにかけてのイレウス(腸閉塞)での再手術、再入院

2.スタジオミキサーが突然電源部の故障でダウン(修理→接続取り外しと再接続→ランニングテスト)

3、業務超多忙による激務

  具体的には (i)  海外向け教材制作の修正及び追加作業(量が膨大)
          (ii) ウエブ用音楽レッスンコンテンツのファイルデータ制作
          (iii)  短編映画のフィルムスコア

            (前の記事にもありますように10月5日に上映会があります) 

特に3、ですが病み上がりで体調が万全でない時にこれだけの量の業務をこなしたわけですが、昨夜未明全ての業務の納品が完了しました。

まさに怒涛の一か月でした。

まあ3、の激務状況はありがたいですがの入院、2、の機材故障は願い下げですね。あまりにいろんなことがあった一か月ですが、取りあえず何とか乗り切りました。

週末は久々にゆっくり休ませていただきます。(^^)


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2012年9月11日 (火)

緊急入院と業務多忙に関するつぶやき

実はさっき気づいたんですが、今日で退院してまだ一週間なんですね。

退院してから山積した業務に没頭した関係で、退院したのが相当前のできごとのように思えますが、自分自身セーブしているつもりでも結構ハイペースで仕事を続けています。 仕事は可能な限り滞らせたくはないですから

とはいえ、まだまだ100%には程遠い体調です。日常的な生活は基本的には問題ないですが、先ほどの記事のようにO2Rの修理のための接続解体→再接続→ランニングテスト、等の作業をやるだけでかなりの疲労感を感じました。体調のいい時はそんなのなんでもないんですけどね。

そんな関係でtwitterでもお知らせしたとおり、本来、緊急入院がなければ今日は毎年恒例に参加するセプテンバーコンサートのライブ当日だったんですが、緊急入院のおかげでライブ参加を断念せざるを得なくなりました。まだまだコンデイションがそこまで行かなかったんですね。2007年から毎年参加していましたが本当に無念です。

オーガナイザーでアーチストの庄野真代さんから「またよろしく、待ってます!!」と温かい言葉をいただきました。ありがたいです。真代さんには毎年本当にお世話になっているんですが、来年はきちんと健康管理をして今年の思いも含めて倍のエネルギーで臨ませていただきますので、よろしくお願いします。真代さん。

このライブの埋め合わせはそう遠くないうちにどこかで、と考えています。いくらスタジオでの作業、仕事がメインだとはいえ、やはり時々ライブをやらないとなんか「音楽家をしていない」感じがしますんで

現在通常の音楽制作業務以外に、作曲家としてはうたもの1曲、そして短編、長編等を含む3本の映画音楽の作曲案件を控えています。すでに1つは現在制作中ですが、一刻も早く体調を100%に戻したいと思っています。

それにしても同じ病気(イレウス)で一年のうち二回も入院する羽目になるとは...  私自身忸怩たる思いがいたします。


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2012年8月17日 (金)

ブログ記事を書く意味について

すでにご存じのとおり私は2つのブログ記事を書いている。いわゆる典型的なブロガー、しかもかなり重症なレベルにまで来ている。

■Kyojiの音楽ひとりごと(当ブログ) http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/  

■Kyojiのよろずひとりごと
             http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/

しかし書いているうちに何のためにこんなことをしているのだろう、という迷いのようなものも自分の中にあった。ひどい時は2日に一度くらいの頻度で書いていた時もあった。 そんなに書くのは「ヒマ人」の証拠ではないか? とも思った。特にこのことによって私自身が特に嫌悪するネットの「バカでヒマ人」と同類に思われてしまわないか?

そういう懸念をなかなか払拭できなかった。

しかし今日友人がブログでそんな懸念は実は杞憂であると思わせてくれる記事を紹介してくれた。 内田樹氏の著書「期間限定の思想」からの一節である。

僕が毎日沢山のものを書くのは、基本的には理解したいからなんです。なにか自分に言いたいことがあって、それを皆さんにお伝えするためではないんです。たとえばあるニュース記事に違和感をおぼえるとします。とりあえず、パソコンに向かって、それについてだらだらと書いていくうちに、自分が違和感をおぼえたみちすじというのがわかってくる。最初から何か「意見」があって書きはじめるわけではないんです。じつは書き出す前は何もわかっていなくて、最後まで書いてみてやっとわかる、そういうものってあるじゃないですか。 それがぼくにとってはひとつの「おはなし」なんです。 その「おはなし」を書かなければ、僕はそのことについて理解できなかった。「おはなし」を通じて自分が何かを知ったということです。書くというのは、自分の内面にあるメッセージを伝える、というのではなく、自分が何を考えているのか、ということを確認する作業なんです。自分が間違っている時は、文章に書くと変なんです。だから書くということは自己発見・自己修正のための大事な手続きだと思います。 (同書251ページより)

なるほど と思った。

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2012年7月29日 (日)

音楽大学への進学と実際のプロフェッショナルの仕事

実は現在中学一年生の娘の進路について悩んでいる。

私自身は最初からそんな意図はなかった。寧ろ私自身などは最近の実情を知りすぎているだけにあまりこちらの方に進んでほしくはなかったのだが、娘は音楽大学付属高校のピアノ科への進学を望んでいる。

とはいえいわゆる音大がよくやっている「子供のための音楽教室」などには今まで参加したことはなく、町のピアノ教師に「おけいこ」レベルのピアノレッスンを受けていた程度だが、本人の強い希望で無謀とは知りつつ、とある音大の「夏期講習」に参加している。

まあ実際行ってみて自分がどれだけ周囲と力の差があるのか、を実感するのもいいだろうと思い参加させたのだが、いずれにせよ今後本人とはじっくり話し合わなくてはならない。今から音高に行こうものなら今までの生活を根本から変えなければならず、しかも音大は入ってからの生活もきつい、そして何よりも卒業してからはもっときつい。私はその事実を知っているからあまり行ってほしくはないのだが...

とはいえ、私も自分が子供のころを考えるとあまりえらそうなことをいえない。だから困っている。
私はピアノ科や器楽などの「演奏家」ではなく最初から「作曲科」志望である。実は「作曲科」は楽理科なんかもそうだが、「演奏家」などと比べると結構いい加減な学科である。
勿論、和声、対位法、管弦楽法とやることは結構あるのだが、最終的には本人の元々もっている能力に依存する点が大きい。

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2012年7月22日 (日)

昨今の風潮と自分の状況を鑑みて作曲家として、クリエーターとして思うこと

昨日も映画交流会とかに参加したが、私の今後の作曲活動の内容をより充実したものにしたいと思っており、そのための戦いには終わりはないと思っている。

何のためにこういうことを続けているかというと私の今までの作曲家の人生に関して自分でも大きな問題があると考えているからである。私はプロとして仕事を初めてもう四半世紀をとうに越している。その間いろんな現場を経験し、ノウハウの多さ経験の幅広さについては人には負けない自負がある。

しかし仕事の数はこなしてはいるものの、まだ「これだ」という仕事はしていない、できていないのである。 まだ何の仕事もしていないのに等しい。

いくつかの仕事についてはwikiの個別のページに私の名前は乗っているものの大野恭史といえばこういう仕事をした作曲家、というのがない。 そのため今それを確立すべくここ数年格闘しているというのが現実

今思うと穴があったら入りたいほど恥ずかしいが、私が「作曲家」というものを意識しだしたのは10歳くらいから。小学校の低学年は年がわかるがGSブームだったのでGSや歌謡曲を普通の子供らしく聞いていたが父親がクラシック好きだったことから、毎日のようにクラシックを聴かされいつのまにかクラシック少年となっていった。それによりモーツアルトやベートーベンの曲に親しみ、自分もこういう作品を残せる「作曲家」になりたいなどという、いかにも子供らしい憧れを持ったものだった。

小学校高学年から中学校までアメリカにいたのでアメリカのロック音楽やR&Bには自然になじんではいたものの、まだ基本的にはクラシック少年であり続けた。転機が訪れたのはクラスメートが持ってきたピンクフロイドのアルバム「おせっかい」を聴いた時である。

この音楽を聴いた時に後ろから頭をガーンとなぐられるような衝撃が走った。

「こんな音楽は聴いたことがない」

それがプログレッシブロックの私との出会いだった。同時に私が音楽の道にはずれるきっかけを作った音楽だった。それからピンクフロイドだけでなくキングクリムソンELP イエスといったバンドの音楽に傾倒し、クラシック少年はシンセ小僧に変貌した。

そのあとリターントウフォアエバーやバッドパウエルといったジャズにも傾倒した。その時に学んだのは よい音楽は様式に関係なく存在する。 ということだった。

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2012年4月10日 (火)

原点にもどってー制作屋にもどって正解と実感する今日この頃

今から5年前から昨年末くらいまで、「音楽業界の変化に対応」という名目でいろんなことをやってきて私の本来の仕事でないものを数多くやってきた。しかし何でも経験という若い頃ならともかく人生の勝負をかけようか、という人間が自分に向いていないことなどやるべきでない。そのことを昨年の後半辺りから嫌というほど痛感してきた。特に自分は制作屋であってマネージャーでもなければプロモーターでもない。今さらながら「営業」は私が最も苦手とする分野の仕事だということを実感する。それを5年前あることがなりゆきでやらざるを得なくなってしまった。しかし結果としてそれは大失敗だった。

そしてもうこのことを精算していい時期だ。


 自分は制作屋である。クリエーターであり職人である。職人はやはり営業苦手なのだ。そしてもう私の年齢になったら苦手なことはやるべきではない。

 自分は作曲、編曲、デイレクター、サウンドエンジニアからマスタリングやオーサリングを含むCDやDVDのパッケージの工程等には自分でいうのも何だが自分はその各分野に精通して内容も熟知している。そこが私の戦場であり、私が勝負すべき分野である。この仕事をやれば誰にも負けない自負がある。人生の勝負は自分の得意分野で行なうべきだ。だからこの範囲から逸脱すべきではなかったのである。

 これから制作屋に徹しようと昨年末に考え始めてから、いろいろ紆余曲折もあったが、今のところ順調に物事が動き始めている。昨年やろうとしたことで目標どおりにならなかったものもあるが、それはまた再挑戦すればいいだけのこと。自分が昨年始めた新しいサウンドコンテンツのありかたについては引き続き取り組んでいく。誰もやっていなかったことだからそう簡単にできるはずなどない。どんなに時間がかかろうがこれだけはやってしまわないと死ねない

 昨年まで自分がマネージメントのまねごとをしていた娘は、今後の自分が昨年より始めた新しいサウンドコンテンツの企画(実はNHK以外にも企画がある)の中ではめこむことができればはめ込むし、今後の制作案件で歌モノが必要になるケースも出てくると思うのでそういう場合に起用を考える。でももうプロモーターはできない。やるべきではない。自分は本来その仕事ではないし、自分で向いていないことも嫌というほどわかっている。

 とにかく現在の制作案件の工程、今の所は順調である。結局元の仕事、元の鞘にもどった方が結果がいいのかもしれない。それをふまえた上で衰退の道を進んでいる音楽業界を少しでもいい方向に動くように取り組んでいく。

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旧山手どおりと西郷山公園を通って

今日は4つもそれもいずれも渋谷界隈で打ち合わせがあったのですが、一部打ち合わせと打ち合わせの間が空いていたのでかつて自分が住んでいた場所の近くの旧山手通りの近辺を少しぶらつきました。

Yamate1

この目黒区の大橋ー青葉台方面に私は10年くらい住んでいました。現在の実家に引っ越してからもう13年の月日が経ち街は変わってしまいました。

ずいぶんお店も変わりました。しかしこの旧山手通りは思ったほど変化していません。モンスーンカフェも健在でしたし

Monsoon_daikannyama

旧山手通りには多くのアパレル本社が今もあります。

Yamate2

しかし特に以前も書きましたが大橋と246の辺りは巨大なインターチェンジができた関係で大きく変わりました。大橋近辺はもはや私が住んでいた時とは全く違う街です。

勿論物事がいろいろと変化していくのは避けられません。どんなものでも同じ状態でいることなどありえません。ただ問題はよく変化するか、悪く変化するか、です。 

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2012年3月20日 (火)

新しいコンテンツ開発停滞も長いトンネルを抜ける気配が

2011年度ももうすぐ終わってしまう。現在私の状況はバッドニュースグッドニュース両方が混在する。

まずバッドニュースは昨年度から始めている新しいコンテンツの試みが諸事情によりしばらく停滞を余儀なくされてしまったこと。中止ではなく保留という状況だが、かなりエネルギーを投入しようとした矢先だけに残念だ。だが同時に最終目的である全く新しいサウンドコンテンツによる商品の社会的認知を広めようとする面で現況の戦略のみでよいのか、ということも考えなくてはならずいずれにせよ戦略の見直しを余儀なくされている。なかなか思うようには進まない。

もう一件も結局年度開けてからの動きになる模様で今年の始め意気揚々と準備していたものが結果として空回りになってしまった。しかし新しい流れなどそう簡単に構築できるものではない、こちらも気長にやっていくしかない。

しかしグッドニュースは久々に大手メーカーより大口の制作案件を受注し、しかもそれが今後大きく発展する可能性も秘めている点。実はうちの会社は多くの音楽事務所にとって悪夢の年である2002年以来、事業の柱となっていた大手発注元の流れが崩れてしまい、2002年はうちの会社も普通なら倒産してもおかしくない状況になった。それの穴埋めをすべく、うちの会社はネット経由のBtoBの受注をかき集め凌いできたため、2000年代の中頃は一時業績を回復させることができたが、2007年以降の新事業の失敗、そしてリーマンショックダブルパンチを受け、さらには1年前の大震災の影響等でトリプルパンチとなり正直会社としてはかなりヤバイ状況だった。しかし今回はその大手メーカーとの関係が構築し1つの流れとして周っていけば、ほぼ10年ぶりに事業の柱となっていた大手発注元を手に入れることになる。長い長いトンネルを抜けられる可能性が出てきた。そのために現在この仕事に全精力を傾けるつもりである。

そのためこの事業に今は全力投入し、会社としての事業の柱を構築しつつ引き続き新しいコンテンツビジネスの構築を模索、制作し続けることにしようと考えている。その意味では現在停滞、戦略の見直しを余儀なくされている案件も腰をすえてそれらに取り組む環境が整うことになる。その意味では2011年度はもう多くは望めないが、2012年度はかなりは明るい見通しが持てるのではないかと思う。これだけ来年度に明るい見通しができるのは本当に久しぶりのような気がする・

この流れが変わらないことを祈るのみである。

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母校の大学が100周年

私の大学が今月で創立100周年だという。

■成蹊学園 100周年特設サイト
http://www.seikei.ac.jp/gakuen/100th/index.html

その関係で創立者の中村春二に関する映画「たしかなあしぶみ」が作られ式典にて上映されるという。(中江裕司監督) 早稲田の大隈重信や一万円札の慶応の福沢諭吉などと違いうちの大学の創立者など誰も知らないと思うが、大正デモクラシーの流れの中で「真の自由人の教育とは何か」ということを模索した人物だという。人物伝を読むと共感できる面も多く、「自由」「自分勝手」の差が理解できない人間が増えている昨今の日本の現状を見ると、もっと中村春二の教育理念が知られてもいいと思う。  

在学中にチラッと耳にしたことはあったが、私が在学当事のうちの大学は(というか今でもそうだと思うが)某三菱グループがスポンザーになった大学で(毎年相当数の学生が「推薦」三菱グループ各社に就職している。就職だけはいい大学だった)教授も東大の学閥で占められていた。しかも安倍晋三元首相のような国家主義者(自民党代議士も複数輩出しているがなぜかいずれも「タカ派」である)も輩出した大学なので私の中で「リベラル」なイメージは大学に対して残念ながら残っていない。寧ろ私が大学でゼミを囲んだ教授は「思想の科学」で活躍した市井三郎(公式サイト:http://www.ichiisaburo.com/)で、思想各界で活躍し本来なら大学の看板教授になってもおかしくない人だったが、そうであるがゆえに東大学閥に煙たがられ大学の中では「窓際」に追いやられていた。そういうこともあって創立者の基本理念なども私に中では忘却の彼方にいってしまったのである。

ちなみに余談だが安倍晋三元首相がなぜリベラリズムを憎み国家主義に走ったかについてはOBの中で有名な逸話がある。もう首相はとっくに辞任したし、もはや政権政党にすらいないので発表しても差し支えないと思うが、安倍晋三が国家主義に走ったのは幼い時の「いじめ」トラウマが原因である。祖父である岸信介が当時60年安保の政策で大きな批判を呼んでいた時に、晋三の当時の小学生の同級生が「安保!! 反対!!」と晋三の席の周りを執拗に行進して周る事件が発生。晋三は毎日泣いて帰宅していたという。これは当時の成蹊小学校のPTAでも問題になり、「安倍君の近くで「安保!! 反対!!」と云わないようにとわざわざ生徒に対して指導をしたという。安倍晋三はこれが今でもトラウマになっているようで、かくして父親の故安倍晋太郎以上にタカ派になり、本来ならA級戦犯で収監されなくてはならないはずの岸信介の影響を最も強く受けた人物となってしまった。まあ大正デモクラシーの思想で創立された大学のOBとしては、どうであろうか?  

話がそれてしまったが、式典には「有名人」となった多数のOB OGが駆けつけコンサートも行なわれる。うちの大学はカシオペアの鳴瀬さんを始め本田俊之さんそして大御所では服部克久先生等、OBにミュージシャンが多い。しかしオープニングセレモニーで演奏する東儀秀樹がOBだとは知らなかった。その他司会進行のMCはアヤバンこと高嶋彩(政治学部卒業) アヤバンは元ミス成蹊で放送部だったから在学中から放送局に目をつけられていた。だからフジテレビに入局しても誰も驚かなかったのである、そして中村春二の映画「たしかなあしぶみ」の主演は鶴見辰吾もOB(これも知らなかった) なぜか映画のナレーション役にとどまっている今ドラマで人気の中井貴一は学部が違うが同期である(在学時によく見かけた) たいした大学ではないと思っていたがこうしてみると意外に有名人が多い。  

さて100周年記念式典、OBは早いもの勝ちで申し込めるようだが、さてどうしようか。100周年なんていう機会はそうそうあるもんじゃないので、行ってもいいかなと思うが正直卒業した学部と今全然違う仕事をしているのが大学に足を運ぶ動きを鈍らせている。どうするかはもう少し考えよう。そもそも式典なんて得意ではない、というか正直苦手なのだが式典で上映される映画は見てみたいと思っているので迷っている。  式典は5月12日、その前に短い曲とはいえ50曲の編曲→レコーデイングの仕事を済ませなくてはいけないので今はそれで頭がいっぱいではあるのだが,,

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2012年2月 1日 (水)

退院一週間で自分の生活革命中

突然の緊急入院から退院、今日でちょうど1週間になる。加えて月も改まりこれから反転攻勢に出るべく動こうと思う。体調は100%とまではいかないが、普通に打ち合わせしたり動いたりすることはできるようになった。とにかく1月分の空白を何とか埋めようと努力している。

今回の入院をきっかけに特に食生活で劇的な変化を余儀なくなれた。というのも今回の入院の原因である腸閉塞というのは再発性の高い病気である。別の医師からのセカンドオピニオンだと開腹手術をするとどんな手術でも腸の癒着のリスクは生じるという。そのリスクを最小限にする方法はただ1つ、ー 減量することである。

恥ずかしながら今までは食に関しては殆ど自制心のないくらい、美食や量をむさぼっていたが今回の入院をきっかけにそれをパタッとやめた。食事に可能な限り時間をかけるようにし量も可能な限り少なくしている。実際にどこまで減量できるかわからないが腸閉塞再発のリスクを最小限にする意味でもこれをやらなくてはならない。

このブログでも私は現在人生の勝負の時期に来ていると書いた。そしてその勝負の年に動こうとした矢先に今回の緊急入院ーもし神様というのがいるとすれば私はこれは神様よりの警告ではないか、と思っている。自分の人生をかけることをこれからやるのであればまず生活習慣から改めて体調の面からもそれに備えよーということかもしれない。実際現在の映画、劇伴関係の作家としての活動や今までにない音楽コンテンツに発展していこうと思うプロジェクト、そしてもう1つ時間がかかるかもしれないが音楽の新たなビジネスモデル構築の仕事ー最終的な結果はわからないが、いずれもこれをやりとげないと自分の人生に終止符を打つことはできない、と考えている。

さらにこの3つとは別に1曲だけ、ポップカルチャー、ジャズ、クラシック等の要素を取り入れたオーケストラによる芸術作品の構想がある。これも完成させてからでないと死ねないと思っている。なぜなら作曲家として生涯に一曲くらいは大作といわれる芸術作品を残したいと思っているからだ。

少なくともこれをやりとげるまでは入院などできない。だから苦しくとも自分の生活習慣を革命的に変えるしかないのだ。あることをやりとげるためには自分から代償を差し出さなくてはいけない。自分にとってはそれが代償かもしれない。

ちなみに私が成年後見人をしている伯母も腸閉塞の手術を一昨年行なっている。伯母の場合は私以上に深刻だ。小腸を切ったのだから。伯母の方が再発する可能性が高い。ここのところ毎年入院しているが今年はそういうことがないのを祈る。しかしアルツハイマーでもある。こちらも心配だ。

いずれにせよこんな状況なので、緊急入院という事態を二度と引き起こさない意味でも生活革命を実施するしかあるまい。

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2012年1月 4日 (水)

2012年サウンドコンテンツ事業展望ー今年も激動に立ち向かいます

改めて明けましておめでとうございます。

今日から官庁の仕事始めでもあり、多くの会社で仕事始めになったようです。
今年も音楽業界は言うに及ばず、サウンドコンテンツ全般もよりいっそう厳しい環境になると思いますが、ひるまず挑んでいこうと思います。

既に何度も書いていますように昨年立ち上げた二つのプロジェクトがあり、今年のトッププライオリテイとしてこの2つの流れを大きくしていくのが目標ではありますが、それ以外にもう1つ可能であればプロジェクトを立ち上げようと思っております。というのも事態は私が予想している以上に動いている感があり、ここでもっと大きな流れを急いで作らないともしかしたら手遅れになるのではないか、という危機感も持っています。

CDが売れなくなった、といわれてから久しいですが、かといって音楽配信音楽業界の救世主になるというのはあらゆるデータを見てもそれは違うと思います。やはり音楽やコンテンツ全般の事業を復活するには根本的な発想の転換が必要だと思います。勿論私は音楽配信を否定するつもりはないですし、CD等のパッケージが無用の長物になったとも考えておりません。ただ、CDのパッケージのありかたは以前の形と大きく変わらざるを得ないということはいえると思います。いずれにせよ以前のような音楽業界のビジネスモデルが有効になることは「たぶん」二度とありません。

そこで今年は実現できるかどうかわかりませんが音楽の新たなビジネスモデルを作る試みを1つやってみようかと考えております。そのため現在企画をブレスト中ですが、企画なので通るかどうかはわかりません。でもトライする価値はあるのではないかと考えます。私的には決して非現実的な企画を書こうと思っているわけではありません。寧ろこちらの方がすぐに大きくなる可能性はあります。

とにかくいろんなことを仕掛けていかないとこの2012年は昨年よりもっと厳しいかもしれません。口開けて待ってたって仕事なんか来やしません。どんどん仕掛けることが重要だと思います。仕事はもらうもんじゃなく、作るもんです。

世界情勢や経済情勢を見ても今年が昨年よりよくなると考えられる材料は少なくとも今現在では何一つありません。そして今年は多くの国で選挙があり政権交代の可能性があります。私は日本も今年は解散総選挙の可能性がかなりの確率であると考えています。いずれにせよ激動の一年になるのは避けられないですし、たぶん円高株安の傾向がすぐに収まるとは到底思えません。ただ昨年の震災や原発のようなことは起きて欲しくないと思いますね。これは皆さんもそう思っているでしょう。

というわけで今年も精一杯がんばろうと思いますし、結果的には楽しい一年だったといえるような年にしたいと思いますので本年もよろしくお願いします

 

あけましておめでとうございます
   本年もよろしくお願い申し上げます

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2011年12月30日 (金)

来年に向けてー音楽文化の「革命」は可能か

先日も書いたように短編映画のMAは年明けに先送り、そして企画の方も年越しの作業になることが確実になってしまいました。すっきりした形で2011年を終えたかったんですが残念です。
まあ年末年始で小休止、この流れを来年になって続けるということでしょう。

一年最後に当たり毎月今年一年の回顧を行なうわけですが、既に書いているように今年は 新たなサウンドコンテンツのありかたを模索する二つの流れがスタートしました。来年はまだ入り口にたったばかりのこの二つのプロジェクトをいかに大きな流れにしていくか、がポイントになります。決して簡単な作業ではないしそもそも私が理想としている状況にすることができるかさえもわかりません。とにかくそれに向けて全力を揚げるしかありません。

とはいえ、どちらも本格的なステージに行くまで時間がかかりそうなので、やはり第三の柱を作らないといけません。以前の記事にも書きましたがもし、第二の産業革命といわれる「情報革命」というものがもし本当に起きるとするならば、それは情報やコンテンツがその「革命」によって本質が変わることになると思います。

続きを読む "来年に向けてー音楽文化の「革命」は可能か"

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2011年11月20日 (日)

備忘録ー本来の職務、職種に復帰するにあたって

実は2006年の暮頃、だいたい5年前の今くらいから現在まで本来の自分の仕事である作曲、編曲その他「制作」の仕事とはだいぶわき道にそれた活動を多くしていた。

自分は業務としてはさまざまな分野に対して対応可能な能力はあるつもりだが、基本は制作屋である。音楽だけでなく音声、音響、その他サウンドコンテンツを制作するのが私の本来の仕事であり私が最も得意とする点である。しかし音楽業界が衰退し既存の業務による売上が大幅に減ることを予想(ただ事態は私が想像した以上に深刻に展開している)した関係もあり、本来の私の仕事でないことを行なうことを余儀なくされてきた。

それがマネージメントやプロモーターとしての仕事だったり、ハードウエアをも巻き込んだシステムを売るビジネスマンだったりしていた。後者はもう2年前から事実上失敗に終わったし、奥津恵のプロモーターとしての仕事も、いくつか小さな成果はあったものの決して芳しくはない。特にビジネスマンとしてはともかく、私はマネージャーとプロモーターには向いていないことは自分でわかっているし、正直もう私の年齢くらいになるとあまり向いていないことはやるべきではないと思っている。特に私はただでさえ人よりは遠回りした人生を送ってきた。若い頃そうした遠回りは大いに役に立ったと思っているが、もういい加減そんなことをする必要はないだろう。もう充分すぎるくらい自分本来の仕事以外の経験を積んできたと思っている。

昨日FM戸塚"のBIGTIME Music Cocktail”のライブ公開録音が終了したことで一つの区切りができた。奥津恵のプロモーターの仕事を完全にやめるわけではないが、今後は私の制作の仕事(特に劇伴、映画音楽関係)の中で奥津恵の能力が発揮できる部分に参加してもらおうと考えている。今後ライブ活動を一切やらない、という意味ではないがリスクとメリットとの兼ね合いで充分にメリットがありそうなものだけをやるつもりである。(尚、奥津恵FMのパーソナリテイーとしてはかなりいいセン行っていると思うので、その方面のプロモーションは引き続き行なおうとと考えているーこれも「制作」の仕事である)今まで月1-2回のペースで行なってきたライブの回数も必然的に減っていくが仕方あるまい。

とにかくこれからは私は完全に本来の自分の仕事である制作屋に戻ろうと思う。そうした中で自分のノウハウ、能力を発揮し、他の制作会社との明確な差別化、コアコンピタンスを全面に打ち出していく。多種多様のノウハウを持っている点では誰にも負けないと自負している。

<蛇足> 例によってネットの連中に突っ込まれたが、私は一般的に使われるコアコンタンスコアコンタンスと書いている。これは実際の英語の発音はコアコンタンスの方が近いからである。 それにしても粗捜しに執念を燃やす輩はネットには多い(笑+汗)

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2011年9月28日 (水)

事業、音楽家としての転換期

人生の転換期というのは誰でも訪れるものだが、今自分は人生で何回目はわからないがその転換期を迎えているのを感じる。

音楽家としてはかつての「ヒーリング音楽」「癒し系音楽」の作家というのはもはや過去のものになりつつあるし、今10月5日にてNHKのコーナー企画を皮切りに形になるのがいつかわからないが、今までにない(と思われる)音楽作品の創造への手順を始めている。たぶん形になるには1-2年はかかると思われるが、うまくすれば私の代表作になるかもしれない作品になる。ここで詳しくはいえないがエンタテインメント性も芸術性も両方そなえたものになるだろう。

そして元々私はこれから出発はしているのだが、映画、劇伴作家としても完全にシフトしていく。勿論うたもの等もやらないわけではないが、奥津恵のようなアーチストを少なくとも1からプロデユースするのはたぶんもうやらないかもしれない。

一方会社の経営という観点からいうと特に東日本大震災以降経営環境は厳しい状況が続いている。問い合わせの案件も減り、事業展開も厳しい。その中でいくつかの事業から撤退することにした。

■インペグ(音楽家派遣)事業
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/impeg.htm

お客様各位
 
いつもお世話になります。
 
今まで多くのお客様のご愛顧をいただきました弊社のインペグ事業でございますが、昨今の市場状況(特に東日本大震災以降)ならびにブッキング等のトラブル も多発している現状も踏まえ弊社としては収益性の低下もさることながらリスクも大きくなっていると判断し、勝手ながら本年(2011年)8月末日を持って インペグ事業から撤退することにいたしました。
 
今後は本業の音楽制作とサウンドコンテンツ事業に専心し業績の回復を図る所存でございます。
 
お客様には今まで格別なお引き立てをいただきましたことを心から御礼を申しあげると同時に、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
 
2011年8月31日
 
有限会社ハイブリッドミュージック
代表取締役
大野泰史

さらにパッケージ事業も大幅縮小し、本業の音楽制作とサウンドコンテンツ事業に専心しようと考えている。

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2011年5月 1日 (日)

音楽制作の海外への展開

前にも書いたように日本の音楽、映像の業界関係者の殆どは日本国内だけを見て海外への展開など考えたこともない、あるいは考えたにしても周囲から叩かれたり馬鹿にされたりするので口に出せない、といった状況にもある。先日のJIN-仁-のような例は本当に例外的な事項である。

だけど私自身も本当にクリエイテイブな仕事をしようと思ったらやはり日本では難しい、少なくともそれをやろうとした場合活動の範囲は非常に限られる、ということを実感している。

たまたま私がこれから頻繁に仕事をするだろうと思われる映画監督も日本脱出を大真面目に考えて具体的な行動に移している。その監督とは「みんなでレッドカーペットを歩きましょう」プロジェクトを推進しようとしている、

こんなことをいっただけで「何寝言云っているんだ、バカじゃねえかおめえ?」などと日本だといわれてしまう可能性が高いけど、前にもいったしもう一度いいますが「我々は大真面目ですww」

その監督とは差し当たり3つの短編映画(1つはアニメ)の制作を予定しており、そのうちの1つが以前公開して制作費の公募を行ったパイロットCGアニメ"Yama-Oni "の本バージョンである"Legend"である。特に"Legend"は音楽が作品のポイントになるため、昨日監督から「音楽を先に作って欲しい」といわれたので、しばらく構想を練ることになる。あとの2つについても考えなければならない。

いずれにせよインターネットの存在もあり、コンテンツは国境を簡単に越えて伝わる。もう日本という狭い国の範囲にこだわる必要はないというのも事実である。

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2011年4月25日 (月)

大賀典雄氏を悼む

先日の田中好子さんに続いてまた訃報の記事を書かねばならないとは、

■元ソニー社長・大賀典雄氏死去

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/25/news030.html

CDを事実上作った人といっていい。

東京芸術大学卒業後声楽家として活躍しながら、実業界に転身した異色の人物。東京フィルハーモニー交響楽団の会長・理事長を務め、指揮者としても活躍した人で、ソニー創業者、井深大、盛田昭夫両氏から誘われて入社した方。面白いのは大賀氏が「こんな音しか出ないんじゃいい音楽は聞けない」と盛田氏に面と向っていったら、「じゃあ君もソニーに入れ」といわれ入社したという話だ。どちらも器の大きい人物である。まだソニーが町工場同然の会社だった頃だ。

大賀氏の訃報は昨今の音楽業界の状況を考えても何か象徴的な感じがする。

CDが72分になったのも大賀氏が「ベートーベンの第九が丸々入るように」と考えて決まったもの、芸術とビジネスの両面に長けていた人物で私も大いに尊敬していた。私自身ソニーミュージックとのつきあいはあったものの、大賀社長(当時)など雲の上の人だったのでついにお会いする機会などなかったが、声楽家出身らしく声も通りとても明るい人だったという。

ソフトあってのハードだ、ということをよく理解していた人であり、コロンビア・ピクチャーズを買収し、ハード・ソフト両輪の事業を推進した人だ。旧家電メーカーが続々ソフト事業から撤退する中、ソニーは家電のハードと音楽や映像のソフト(コンテンツ)の両輪の流れを維持する事実上最後の砦といっていいかもしれない。

とかく日本人はソフトを論じるときもハードウエアの観点ばかりに目がいきがちである。その傾向は今でも変わらず、ネットのコンテンツといってもコンテンツを扱うシステムにばかり目が行って、コンテンツの中身の議論などほったらかしにされることが多い。しかしそれではソフトウエア(コンテンツ)の本質的な議論など不可能である。その意味ではネットの世界で大賀さんのような存在が今必要かもしれない。

情報源がどこからだったかわからないが、大賀さんがソニーミュージックの社長を退任するとき「今のレコード産業はどこかおかしい」と発言したと聞いたことがある。もし事実だとすると今の音楽業界の惨状を予見していたのかもしれない。実際音楽業界の状況は悪くなるばかりだ。

改めて心からご冥福をお祈り申しあげます

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2011年3月21日 (月)

不謹慎ではない。大震災と計画停電の間でも仕事をしなければならない。

皆さんお元気ですか? ご無事ですか?
福島の原発もまだ予断を許さない状況ですがようやく収束の方向に向っているようです。
東北の私の友人は取り合えず全員無事が確認できて安心しています。

それにしても震災から10日、あまりにも多くの人命が失われあまりにも多くのものを失いました。しかしその失うものを取り戻すためにも、再び立ち上がるためにも仕事をしないわけにはいきません。それを不謹慎だなどという人の方が寧ろおかしい。

友人のミュージシャンはライブ、イベントその他の多くがみんなキャンセルになってしまい、業界関係者の大半が震災以後、仕事になっていないと思います。震災の犠牲者や被災者の方がいるとはいえ、東京は計画停電があるとはいえ被災していませんので、そもそも買いだめデマに振り回されること自体がおかしいのです。東京の放射能の値が上がったなどと騒いでいる人がいますが、通常の1.4倍に上がった程度でそれが人体に影響を与えるなどということはありません。レントゲンや胃カメラの時に受ける被爆値より低いです。

そんな中私は現在 CGアニメ短編時代劇(コメデイです)の映画の2つのフィルムスコア(劇伴)を手掛けています。一昨年から劇伴映画音楽の作家として主軸を動かすという方向で動いており、一応仕事としてやっていますのでまだ他のミュージシャンと比べると恵まれている方かもしれません。

しかし計画停電というものがあるので、これがあるとかなり仕事の進行に影響を受けます。残念ながら4月の初めくらいまで覚悟しないといけないかもしれません。あとは東電が少なくとも春場計画停電をしないで済むくらいに、いつ電力供給力を復旧してくれるか、ですね。何せ我々音楽は仕事で電気を使いますから電気がないと仕事になりません。明日も昼間計画停電が実施されますので、その間はピアノの練習にあてます。

私の住む地域では計画停電は少なくとも3月の平日は間違いなく行なわれるでしょう。それを前提に作業工程を組むしかないです。



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2010年12月 1日 (水)

今年もあと一ヶ月ー工事終了に伴う雑感と今後の自分の方向性

もう11月が終わる。

例のエコポイントが来月から半分以下になることもあり昨日家のリビングルームのエアコン取替え工事が昨日終了し、これで4月から始まっていた我が家及び事務所の一連の内装、外向、及び防音ブース等も含め全ての工事が終了した。

今年は家のこと、そして親戚の成年後見の件(既に家裁から成年後見人としての審判は下り、順当に行けば今週中に登記が完了する見込み)と家やプライベート関係の件でずいぶん時間は取られてしまった。またここしばらくやってきた会社の事業に関して大幅の見直し、戦略の変更も余儀なくされた。その反面これから自分がやるべき方向、目指すべき仕事、作品について見えてきた面もあるので、これからはそれに絞ってやろうと思う。さらに今後の展開次第では、現在まだ中止するに至ってないプロジェクトのみなおしや終了の決断をしなければならない場合が出てくるかもしれない。

その意味では結果が出なかったもの、今後結果が出そうにないものをある程度見切りをつけ、軌道修正し新たな出発に備えなければならない。そのためには環境の変化も大切だ。だから今回家のリホームをかなり大胆に行なった。

また事務所のスタジオを整備したのも、制作における凄まじいほどのコストダウン要求を対応可能にし、ボーカルレコーデイングや音声、ナレーションコンテンツに関しては自宅で完全に納品レベルのクオリテイで制作可能になるようにした。これでかなりコスト的には強くなったと自負している。

そして私自身の今後のクリエーター、作曲家としての目指す方向性

いずれにせよ自分がクリエーターとして他者と差別化できる部分や、内容はいえないけど「まだ誰もやっていない作品」を具体的な形に来年はしなければならないと思っている。口あけて待っていても仕事なんか来やしない、自分で積極的にいろいろ働きかけて「仕事を作る」ようにしなくてはならない。そして日本の景気、経済状況がよくなる材料は残念ながら見つかっていない。それどころか国際情勢が景気に悪影響する懸念の方が多い。

今日本における情勢は厳しい。先日の北朝鮮の砲撃事件も、中国の尖閣問題にしてもああいう独裁国家が海外に対して強硬策をとるのは国内の情勢が深刻になっている証拠だ。北朝鮮の経済は実質破綻状況であり、キムジョンイルがいつまで軍を抑えきれるかわからない、という。中国は13億市場という幻想をいまだに持っている人がいるが、中国国内で同じ国かと目を疑うほどの貧富の差(実際には経済発展の恩恵を受けているのは中国全国民の3割程度といわれる)とチャイナショックの噂(実際にはチャイナバブルは既にはじけており、中国共産党が隠しているだけに過ぎない、という話がある)、日本を取り巻く情勢は懸念材料でいっぱいである。

最悪のシナリオはチャイナショックで世界的な景気低迷につながる点である。例えそれが起きても何とか吹き飛ばされずに生きていかなければならない。

その意味で環境を整備し、足もとを磐石にしたつもりだ。

これから再出発を行なおうと思っている。


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2010年11月24日 (水)

スタジオ防音ブース完成

月曜日からうちの防音ブースの取替え工事が始まってましたがつい先ほど無事終了しました。前のブースと違い、遮音もばっちりです。
Cimg1512

私の音楽制作室です。コントロールルームと打ち込みの作業を行い、奥のドアが防音ブースです。吸音材はグラスウールを使い遮音機能が向上しました。

Cimg1513ブースの入り口です。


Cimg1511_2

中はこんな感じです。正味一畳程度の広さですが、ボーカルや簡単なナレーションコンテンツ等を納品レベルで仕上げることが可能です。あまりやりたくはないですが2人のナレーション収録もやってやれなくはないです。しかしソロのレコーデイングならこれで十分ですね。

というわけでこれから制作作業をどんどんやれるようにしたいと思います。昨今の風潮からコストダウンを要求がすさまじいんですが、もう最低限これ以上下げられないところまできましたね。私1人で作曲、アレンジャー、サウンドエンジニア、デイレクターの4役を殆どのケースでこなすと思います。

ちなみに弊社の音楽制作のお問い合わせはこちらへどうぞ

http://homepage1.nifty.com/hyb-music/Inquiry.htm

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2010年11月22日 (月)

防音ブース取替え工事開始

さて、今まで弊社ハイブリッドミュージックのスタジオには半畳分のブースがあったのですが、やはり空間が狭くて音がどうしてもこもりがちになってしまうこともあり、また昨今のコンテンツ制作費用の凄まじいほどのコストダウン要求から、より遮音機能もよい防音ブースの必要性が生じていました。今年の春頃からの家のリホーム工事をきっかけにスタジオの防音機能も向上させることを決断し、本日からその工事が開始しました。

これによってブースも今まで高さ180cmくらいしかなかったのが220cmくらいまで高くなり、ブースも半畳から一畳くらいの大きさになります。これによって納品レベルのボーカルやナレーション収録が可能になります。

本日はまずいままでのブースを解体(一時間もしないうちに終了)、現在すでに新ブースの設置工事が始まっていますが、今日は含めて2-3日工事がかかるそうです。

こういう不景気の折、弊社としては本当に思い切った投資を行ないますがこれも生き残るためにやむを得ません。

というわけで完成しだいまた記事にします。


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2010年10月11日 (月)

Emu EIIIへのオマージュと最近のレコーデイング事情に関するつぶやき

昨日仕事場のレイアウト変更完了、あとはソフトシンセのバージョンアップとブースの業者の工事が控えているがブース工事はまだ一ヶ月くらい先になるかもしれない。

今回長年のEmuE IIIを断腸の思いで処分したり、場所をとっていたキーボードスタンドもかたし、かなりコンパクトにした、うちってこんなに広かったっけ? と思うくらい広くなった。

殆ど最近使っていない機器も処分する、近くのハードオフ行きだ。
キーボード類を部屋から運び出したりすると昔を思い出す。(←ジジイの証拠だが..)

大昔、レコーデイングをする場合パソコンやキーボード類一式をスタジオに持ち込んでいた。レコーデイングはどかた作業でもあったのだ。大変な思いでスタジオのコントロールルームにキーボード、パソコン(シーケンサー)等を持ち込んでセッテイングする、これだけで一時間以上はゆうにかかった。そしてダビング作業ー打ち込み関係を入れるだけで丸一日、ちょっとリズムやタイコ系の音でつまると一日じゃ終わらない。

もっといえば昔はシンセの音、タイコ系の音質ーそれを決めるだけで一日かかった。いや、一日じゃ終わらないこともあった。デジタル機材は今ほどではないが、その分創意工夫レコーデイング現場にあった。

いずれも今じゃ考えられない。
音楽業界衰退の原因は多くあるが、今クリエイテイブになる=ひとりよがり、自己満足、などと短絡的に決め付ける風土が業界の中ですっかり定着してしまった感がある。
使うシンセの音も殆どがプリセット、しかもそれが「今流行っている」かどうか、という基準だけで決められる。そこに創意工夫などあったもんじゃない。
賢いリスナーはそこの部分をちゃんと見抜いている。だから「音楽がつまらない」といってだんだんCDを買わなくなる。

少なくとも90年代の中ごろまではレコーデイングといえばそういった作業だった。今は生音を録る必要がある時だけpro toolsのデータを持ち込むだけ、キーボード類の運び込み、設置することなど殆どない。まさに隔世の感がある。

EmuE IIIはまさにそういっ時代を共にレコーデイング現場で共に闘った「戦友」でもあった。しかし時代の流れは残酷なものである。

業界はもう事実上崩壊している。形だけ辛うじて残っているが実態はもはや形のみだ。もはや昔の業界には戻らない。いったんさら地になるのを待つしかない。
とりあえず機器を整備して次の時代に向けて取り組むしかないだろう。1プロフェッショナルとしての矜持を示す仕事をやり続けるしかない。


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2010年6月25日 (金)

大橋ジャンクションと東山ー中目黒の変遷にふれ、

今日は中目黒の某スタジオにてレコーデイングでした。
以前も書きましたがかつて自分は池尻大橋ー中目黒に十年間住んでいました。だからこの界隈は殆ど自分のフランチャイズみたいなもんだったんですね。
自分の音楽キャリアでも順調な時代をすごしたこともあり、引っ越してから十一年たっていますが、まだこの地域には愛着があります。

ここはかつて多くの音楽事務所や制作会社があった地域でした。今でも多少はあるようですが昨今の業界の状況からかなり減ったのは事実のようです。

十一年という年月は町を大きく変えてしまいました。

かつて博覧会の仕事や映画関係の仕事のポストプロ作業を行なったSONY PCL というスタジオがありましたが今はその跡地はドンキホーテになっています。

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そしてかつてポリドールレコードの本社(キテイレコードも)があったところは現在大橋ジャンクションの高架から地下に入る螺旋状の通路の敷地になってしまい、今は跡形もありません。ここのスタジオは結構いいスタジオだったんですけどね。オーケストラなどもよく録れたスタジオです。

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ちなみに見えている木は桜の木です。桜の季節は満開でとても綺麗になります。いつのまにか高層マンションになっていました。

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ちょうどここの位置にかつてポリドール本社がありました。

上記の建設物はこんな感じで首都高速三号線(東名につながる)に連結します。

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まあこの計画は私がまだこの辺りに住んでいた時代から聞いてはいたんですが、とにかく町の変わりぶりは驚きます。

十年間住んでいた間、前半は良かったんですが後半、ちょうど90年代中ごろから業界の風向きがおかしくなり始めました。後半は悪戦苦闘の連続だったんですが、今はその悪戦苦闘の時代より遥かに悪くなっています。まあよくここまで辛うじて持っているなというのが正直なところです。他の方策も取っているんですが、昨今の不況の状況からこれも思うようになっていません。まあとにかくもがきながら何とかやっていくしかありません。

時代の変遷というのは時には残酷なもんです。

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2010年4月 4日 (日)

仕事仲間が減っていく...

私の長年の仕事仲間で映像会社のプロデユーサーをやっていた仲間で、普段は温厚でおとなしい人間なのだが、それにも関わらずハードロック、ヘビメタ関係が好きな友人がいる。(L.Zeppelinのジミーページが好きなことからみんなから「地味な」ページ君といわれていた)昨日、その友人の最後のライブが西荻窪の某ライブハウスでやるというので見にいった。

お互いまだペーペーだったころからのつきあいで、この友人との仕事は私の仕事のキャリアの中でもかなり重要な仕事がある。それだけに多くの思い出もあるのだが、来月長年いた映像の制作会社をやめ、何と屋久島に移り住むという。

彼としてはいろいろ考えてあげくの決断だろうが、映像の世界も音楽と同じく売上が右肩下がりの状態となりここ十年近く殆ど給料は上がっていないという。そしてリストラの嵐も強い、という点では音楽業界と同じ。結局彼はこの業界に見切りをつけたらしい。屋久島では何と自給自足の生活をするという。

同時に彼との話で同じく長いつきあいのゲームプロデユーサーも長年いたゲーム会社を退社していたことがわかった。ゲーム会社もごく一部のものをのぞいてきついのだ。

音楽のみならずコンテンツ業界全般の厳しい現実である。

私は残念ながら基本的にはこの世界で生きていくしかない。しかしそれでも音楽関係のみの売上ではやっていけないことはわかっているのでさまざまな対策を取ろうとしている。今ホームページの更新作業も、新規事業や新規マーケットに活路を見出そうという観点から始めている。現在進めている案件がこけても、まだ踏みとどまるために第二、第三のセーフテイーネットを作るという意味もある。

全てのコンテンツはただであるべきだもっといえばコンテンツに金を払う奴はバカだ。 そんな考えがあたかも正論であるかのようにはびこっている限りこのビジネスモデルの崩壊は止まらない。例え理屈の上ではそれが暴論だとわかっていても、一部のおばかな人間がそれを吹聴するだけで、そういう雰囲気がネット内で広がってしまう。コンテンツ産業にとってはそれだけで充分すぎるほどのダメージなのだ。

それが結果的に多くのかつての仕事仲間が去っていく原因にもなっている。
自分はそうならないように、これから死に物狂いであがくことになるだろう。
それを悪あがきとか、もがきとかいう人がいるかもしれないが、自分はそれしか選択肢がない。


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2010年3月 9日 (火)

今日の天気のように寒い「仕事がない」音楽業界

もう3月の中旬に入ろうかというのに寒いですね。もう1つのブログにも書きましたが私の住んでいるところはです。snow 駐車場に車を入れる時にタイヤが一瞬から回りしました。(汗)

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さて、昨日は久々の音声コンテンツの収録だったんですが、スタジオ関係者や制作会社関係者の話を聞くと、やはり業界の状況もお寒い限りですね。sweat01 どこも本当に仕事がないようです。かなり大手のところもそうで、私なんか逆に「仕事ない?」て売り込まれる始末です。(汗)

先日の音楽配信の売上が減少傾向になった、そしてCDが相変わらず売れない、と業界はお先真っ暗です。もっと明るい話をしたいんですけど本当にそういうネタがありません。

まあそんな中で私もそれなりの手は打っているんですが、私に限って云えば今日あるアーチストの新曲のアレンジの仕事が入りましたし、近々イベントで使う奥津恵新曲レコーディング、そしてCDの企画と、ありがたいことにとりあえず向こう3-4ヶ月はかなり忙しくはなりそうです。加えて「事業構造の変換」による新事業(コンテンツのコンサルテイング)も動かします。これら全てにおいて結果を出すべく全力を揚げます。

外は寒いですが家の中は暖房で今は暖かいです。例え業界は真冬が続いても、自分は暖房をつけ続けることができるようにとにかく全力を揚げるしかありません。


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2010年1月 5日 (火)

今日から始動、今年は原点に返りますー「仕事はもらうもんじゃない、作るものだ」

さて、今週は新年会とか年始の挨拶とかになりますがいよいよ今日から2010年を始動します。今年はいろんな意味で転機の年になると同時に個人的にはここ3年間やってきたことに対して結果を出さなければいけない年となっています。

私の会社は今までネット経由で結構多くの仕事を取ってきましたが昨年はうちの会社がパッケージ業務等の間口を拡大して以来最低の成約率に終わりました。景気の冷え込みは深刻で、すぐにその情勢が回復する兆しはありませんが、一応万全は期します。とはいえとてもあてにはできない状況です。

今年は自分が業界に入った時の原点に返り、自ら今まで仕掛けてきたことを含めいろんなことを仕掛けていこうと思います。不況になると大企業は「新規」とか「前例のないもの」というものをやりたがりませんが、しかしどの会社も全く何もやらないわけには行かないはずです。だから知恵をしぼっていろいろ仕掛けます。自分は業界に入った時のように仕事がないのなら作るしかないー そう 「仕事はもらうもんじゃない、つくるもんだ」 という考えで進めます。

私は音楽業界とも芸能界ともコネらしいコネは全くない状態から始めました。そこを自分から企画したりして音楽業界人の仲間入りができました。そして25年、この業界で仕事することができました。しかし音楽の仕事をこなしているうちにそういった初心をいつのまにか忘れていた、という風に思うんですね。そして未曾有の音楽不況、口を空けて待っていたって仕事なんか来やしません。大企業は守りに入っていますがうちのような零細企業は逆に攻めていかないといけないですね。頭を使い、創意工夫でこの状況を乗り切らないと今年こそ、本当に冗談抜きにヤバイと思います。

実は音楽業界ー芸能界もそうですがーは頭を使うことを極端に嫌う体質があります。それが音楽業界がこんな状況になっている一因でもあります。残念ながら音楽のビジネスモデルは既に実質的に崩壊しており、全く新たな発想でやるしか生き残る道はないと思います。しかし音楽業界人の大半は狭い業界の中しか見ていない傾向があり,まだ既存のビジネスモデルに殆どの人がこだわっています。

だからタイアップの広告費に数百万出していながら、CDはいわゆる「メジャー」であっても数百しか売れないなどという状態になっても、まだ同じことを繰り返そうとするんですね。他人ごとながら「もう少し頭を使ったら」と内心思っていますが、それが今の音楽業界の現状です。

「回収できるタイアップ」というのはいわゆるビッグアーチスト系のプロダクションとテレビ局で抑えていますから新人が入る余地は殆どないです。つまりはっきりいってメジャーレコードにはもはや新人アーチストを育てる力を完全に失ったといってもいいわけです。

まあこういう人たちが「メジャー」という肩書きにこだわるのはこの人たちにはこれしかないからですが、音楽業界から一歩でたらもうそんな肩書きは関係ないんですね。別にメジャーレコードだからそのCDを買うわけじゃない。「好きなアーチスト」のCDだから買うんです。 

だから音楽の既存のビジネスモデルはもはや機能していないわけです。そして今年は昨年よりさらにタイアップの効果が薄れていくのは避けられないです。

まあ音楽の既存のビジネスの形にあくまでこだわりたい人はこだわればいい。但し2011年まともに年を越せるかわからないですね。まあ他人は他人。しかし幸いなことに、この音楽業界の現状に対して何とかしようと考えている人たちは私の周囲に結構います。そういう人たちとの連携、コラボレーションも積極的に行なっていきます。その中から次のステップや活路が生まれてくると信じています。

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2009年12月24日 (木)

クリスマス狂騒曲

はい、今日はクリスマスイブですね。

この日をワクワクした思いで過ごす人もいるでしょうが、ユーウツな気分で迎える人も多いのではないでしょうか? まあテレビやラジオのCM等を聞いて何か1人でクリスマスイブを過ごすのがあたかも最低の人間であるかのようなキャンペーンにうんざりしている人も多いでしょう。

今年たまたまある仕事でスペインのクリスマスソングの編曲をする機会がありました。日本では殆ど知られていない曲で、日本のクリスマスソングとあまりに雰囲気が違いますので戸惑う人も多いでしょう。


Ven a Belen

Campana_sobre_campana

Ven a Belen (降誕人形の来場) とCampana sobre Campana (鐘の上に鐘)の2曲です。編成はソプラノ、ピアノ、バイオリン、チェロですが、ソプラノパートはシンセになっています。(打ち込んだものです) いずれもスペイン民謡です。

あと伝説のチェロ奏者のパブロカザルスの十八番だった「鳥の歌」(カタローニャ民謡)も実はクリスマスソングであったということは意外に知られていません。この「鳥の歌」は日本人の感覚だとクリスマスソングというにはあまりにもの悲しい印象を受けますが、これはカザルスの出身地のスペインのカタローニャ地方が歴史的に虐げられてきたからです。このカタローニャ地方というのはスペインの都市バルセロナがあるところですが、他にもピカソ、ミロ、ロルカといった著明なアーチスト、詩人を多く輩出しています。歴史的に虐げられてきた人たちがイエスキリストに希望を見出し、明日の幸せを祈ったせつないクリスマスソングです。

どんな曲か知りたい人はこちらをお聴き下さい。放送の中間部にその「鳥の歌」を聞くことができます。

■「クリスマスの癒しの音楽」(「癒しの音楽チャンネル」2008年12月放送)

http://www.iyashi-channnel.com/2008/12/post-563f.html

日本では本当にうんざりするほど「恋人と,,,」なんていうキャンペーンが繰り返されますが、スペインや南イタリアのようなカトリックの国では日本のようなギラギラした飾りなど殆どなく、あまりに地味なので拍子抜けする日本人も多いと思います。そもそもイルミネーションやクリスマスツリーはプロテスタントのものでカトリックのものではありません。カトリックの人にとってはクリスマスは厳かで神聖な日なので、日本人のように「恋人とホテルで...」なんていう発想すらないんですね。まあだからあまりマスメデイアのキャンペーンに踊らされる必要はないと思います。

クリスマスはイエスキリストの誕生日とされていますが、そもそも12月25日は本当のキリストの誕生日ではありません。この12月25日というのはローマ帝国時代の原始宗教であるミトラス教の習俗を尊重し取り入れ融合した可能性が高いといわれ、本当の誕生日は1月8日とも、4月7日ともいわれ実はわかっていません。そもそもキリストの誕生した年を紀元0年としていますが、実際にキリストが誕生したのは紀元前4年であることはほぼ間違いないといわれています。

つまりクリスマスというのは作られたお祭りなんですね。そして商業主義によってどんどん拡大していった。というのが実態です。

まあそんなわけで今日明日の「クリスマス狂騒曲」あまり気になさる必要はないのではないかと...

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2009年11月19日 (木)

2012年とそのブームを利用しようとする「トンデモ系」について

さて皆さんご存じの通り11月21日にローランドエメリッヒ監督の2012年が公開されます。まあローランドエメリッヒ監督はスケールの大きな映画を製作することで有名な監督さんなのでこういう映画はお手の物でしょう。特にデイズアスターものはこの監督の得意分野なので...

しかしそうはいってもこの「マヤ暦」に基づく2012年世界滅亡説、私のもう1つのブログでもかきましたがなぜ人はなぜこんなにも「世界滅亡説」に惹かれるのでしょうね?そのことについて興味ある方は以下の記事をお読み下さい。

今度は2012年、 人はなぜ「世界滅亡説」に惹かれるのか?
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20091118

この記事にも書かれていますが実は私はサブリミナル、催眠といった類のものに関っただけにどうしても「トンデモ系」の類の人間と勘違いされるケースが多いのですが、私は精神世界系、「トンデモ系」の人たちには極めて批判的な見解を持っています。

ヒーリング音楽なるものに関ったためどうしてもその手の人たちとの接点が出てしまい、結果的に仕事をしてしまった例がいくつかあるのですが、その結果私自身は「トンデモ系」の人たちにひどい目にあった(理解不能な理由でドタキャン食らった)ことがあります。また結果的に「納品」にこぎつけたものがあっても1例としてスムーズに問題なしに進んだことがありません。そういうこともあり今は精神世界系、スピリチュアル系、その他私が「トンデモ系」と感じた人たちとのお仕事はお断りしています。

以前にも書きましたがこういう人たちを見ると共通点があります。勿論、全ての人がそうだとはいえないかもしれませんが、私が今まであってきた人は見事なまでにあてはまります。

1.第一点は極めて思い込みが激しい人たちであること。 
 そのためこちらの説明や言い分を受け付けないということがよくありますね。こういう人は必ずどこかでトラブルを起します。特にスピリチュアル系や宗教系の人は殆ど危険なレベルまで思い込みが激しいです。「聴いた覚えがない情報」を「以前言った」と強硬に主張したり(当然いった言わないという不毛な話になります。)しかも始末に悪いのは自分が絶対正しいと思い込んでいるために話し合いにすらならない場合が多いです。

2、二点目は社会常識に欠けている人が多い
 結局上記の部分常識的なビジネスの論理が簡単にひっくりかえることがよくあります。また話が知らない間に180度変わる、なんてことも珍しくありません。はっきりいってこういう人たちとは恐くて仕事ができません。

非常に強く感じたのはこういう「トンデモ系」の人たちの前提として周囲に思考停止を要求する、という点です。自分のいうことに一切の疑問をはさむな、自分が正しくて他人は全て間違っている。 その大前提にたっていますから当然まともな話などになるはずがありません。

その大前提に基づき「マヤ暦の2012年ブーム」「商売の好機」というがごとく、終末論と社会不安を精一杯煽り暴利をむさぼる、そういう構図でしょうね。

まあヨハネの黙示録でもファティマ第3の予言でも死海文書でも何でもいいですが、要はそれらが書かれた歴史的背景や状況、考古学的考察、研究を行なわずいたずらに終末論と結びつけて曲解するケースが後を絶たないのが問題だと思いますね。今回の2012年も全く同じ。「トンデモ系」の人たちはその説に有無をいわさず従わせ、「信者」に思考停止させカルト宗教の信者のような人間が大量発生させています。

まあ別に金儲けしちゃ悪いとはいわないけど、やりかたがあざとすぎますよね。まああまりけなすとカルト系の連中がテロを起しかねないんでやめときます。(笑)

確かに心霊現象にしてもUFOにしても何にしてもまだ、いまだに謎は多いですがやはりきちんとした科学的アプローチをしなくてはいけません。サブリミナルにしてもようやく「真面目な科学的な」分析研究が行なわれ始めています。それは。「トンデモ系」のような思い込みとは一線を画しています。ですからこういう類の現象に関っている=「トンデモ系」のような短絡的な先入観は廃していただくように御願いします。

まあわかりやすくいえば昔テレビでよくやっていたUFO論争大槻教授とたま出版の韮澤氏でいえば、強いて言えば大槻教授の方に近いのかな? ただし大槻教授は時々いい加減なことをいうこともあるし、やや極端な面もあるので、別に大槻教授を私は支持しているわけではありません。

エメリッヒ監督の「2012年」は純粋にエンタテインメントとして楽しみたいと思います。

また以前もお知らせしましたが「2012年」ほどメジャーではないですが同じ日に私が関係した映画が公開されます。

■映画「俺たちの世界」 公開!!

第二十九回ぴあフィルムフェステイバル審査員特別賞 他2賞受賞作品
第七回ニューヨークアジア映画フェステイバル最優秀新人賞受!!!

・渋谷ユーロスペース公開時間決定!!

日時:11月21日より 16:30ー18:20 回、一日一回上映です。(終了日未定)

前売りチケット¥1300 当日..1800

またチケットは劇場窓口。その他「ファミリーマート」「サークルKサンクス」でオンラインチケットを購入することができます。

詳しくは11月7日発売のチケットぴあを参照してください。 こちらからもお申し込みできます


http://peijafilm.com/ticket

「俺たちの世界」公式サイト   http://peijafilm.com/

渋谷ユーロスペース「俺たちの世界」ページ http://www.eurospace.co.jp/detail.html?no=239

Euro_map

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2009年11月10日 (火)

同じ職種でも全然違う世界がある

さて、昨日の記事のCD製作で、私の会社はマスタリングだけでなくジャケットデザイン、も含むCD製作の事業を行なっています。

CDもアーチストのアルバムもあれば販促品用のCD、いわゆるCD-ROM (実行ファイル付のものも含む)までやっています。同じCDでもプラットホームが違ったり、全く違う用途に使ったり等非常に幅広いです。当然ながら音楽関係者以外の業者とのつきあいも出てきます。音楽事務所以外には広告代理店だったり、IT関係企業だったり、勿論個人の場合もあります。(どちらかというと「個人」の方が多いかもしれません)

しかし正直今まで「デザイン関係」の仕事の進め方は基本的には同じという認識でおりました。しかし同じ「デザイン」でも全く違う仕事の進め方があるということがわかりました。

現在の仕事はとある音楽事務所からの発注ですが、実はジャケットデザインをやっている方は普段はファッション雑誌関係の仕事をしていらっしゃる方で、その進め方が私たちCD屋が普段取り組んでいるやり方と全く違う、はっきりいって180度違うことがわかりました。詳しいことは専門的な話になるので割愛しますが、要は雑誌関係はデザイナーの手間を最小限にとどめる仕事の進め方をします。そのためAdobeのイラストレーターのバージョンは任意、トンボの塗り足しなし、画像が埋め込みといった仕事のやりかたをします。おそらく印刷屋の方があとはそのデザイナーの仕事をバックアップする体制を整えているようです。

一方我々は印刷屋の手間を最小限にするために、デザイナーに入稿データに関してはかなり厳しいルールを守ってもらっています。つまりAdobeのイラストレーターのバージョンも範囲が指定され、トンボ塗り足しは必須、画像は埋め込みではなくリンクにする、というルールがあります。そしてそのルール、規格に合わないものは印刷屋から突っ返されます。

これは我々の仕事の場合「単発」fが多いためにコストを削減するためにも印刷屋の手間を最小限にする必要があるためですが、雑誌の場合は定期刊行物なので印刷屋としてもバックアップ体制を組みやすく、逆にデザイナーの手間を最小限にしてデザイナーのコストを下げることが重要視されます。したがって同じデザインでもこの両者は全くベクトルとしては180度逆の方向性で仕事を進めます。

だからいろんな面で感覚が違います。私たちは「データのチェック」とはいっても印刷屋に提出する妥当な形式がどうかをチェックするので、内容そのものについて、そしてデータそのものは一切タッチしません。だから簡単な修正でもクライアントから依頼されない限り一切いじらないのですが、雑誌関係の仕事をしているのは「データのチェック」というと我々が自由に修正をしてくれるものだ、と思ってしまう傾向があります

そういえば広告代理店と仕事をしている時には、広告代理店側の方から「そのくらいお前のところでやってくれないのか」ということをいわれたりもしたことを思い出しましたが、それは普段雑誌関係の仕事をしていてそういう感覚になるんでしょうね。

いろいろとクライアント側のデザイナーと話をしているうちにそれが見えてきたんですが、なるほど同じデザイナーでも仕事の分野が違うと全然住んでいる世界が違うんだなあ、ということを改めて認識しました。

でもよく考えれば音楽にも同様のことがあります。例えばクラシックの人たちとポップスの人たちでは同じ音楽用語でも全然違います。音(ノート)の読み方もポップス、ポピュラー側は英語読みのドの音をC(シー) ソの音をG(ジー)と読みますがクラシックはドイツ語読みでC(ツエー),G(ゲー)と読みます。 小節の途中から演奏を始めることを弱起(じゃっき)といいますが、クラシックの人はアウフタクト(auf takt)といいます。その他にポップス系はコード譜をつけるのが当たり前ですが、クラシック系の人は殆どコード譜を使いません。(コード譜を読めない人も多いです)

同じ職種だからといってみんな同じ仕事の進め方とは限らない、ということですね。どの職種にもそういうことはあるのかもしれません。

いろんな仕事をしているといろいろ勉強になることがあります。

ちなみに昨日のマスタリング、クライアントの要望でまた修正することになりました。詳細は明日また書きます。

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2009年9月27日 (日)

「よい音楽」が正当に評価される世の中に

金曜日から体調を崩し、今も必ずしも本調子ではないですがそうも言っていられない業務状況もあり、明日から通常の業務を開始します。

今年度も相変わらず厳しい状況で、この状況から脱すべくもがいている、というのが正直な状況ですが10月からの反転攻勢の見通しも少し出てきましたのでそれに賭けてみようと思っています。

ところでmixiでもマイミクになっていてプロダクションを経営しているT君のブログに以下のような記事がありました。後半はやや彼の事務所の宣伝となっている部分がありますがおおいに共感しましたので引用させていただきます。

■「いい音楽」は評価されるのか?
http://ameblo.jp/eternalstage/entry-10351805569.html

まあはっきりいって、こんな言葉を平均的な業界人にぶつけたら嘲笑の嵐が帰ってきますね。だからこそ今の音楽業界は衰退しているのです。

彼の文章でこんな下りがあります。

(メジャーで求められているのは)「メディア乗りのいい曲」や「番組等で使いやすい曲」


でした。

そしてレコード会社は「そこを目指せばメディアに使って貰えて、その結果販売数が伸びる」という所に着眼し、音楽自体のマーケットを作るという可能性を捨てて、メディアに依存する道を選びました。

この「メディアに起用される事」を頂点に考えて音楽を作って行く体制が、日本の音楽のクオリティを下げた一番の原因だと言われています

全くそのとおり。メジャーレコード会社は聴衆、リスナーのためではなくいつの間にかメデイアのために音楽を書いていたのです。もっというとメジャーレコード会社は音楽を真に愛する人たち、音楽ファンのために音楽を創ることを放棄したといっていいでしょう

国内最大手のレコード会社の元代表は、10年近く前にこの事に気付き「今のメジャーのレコード会社は全て病気にかかっている」と言い、自ら代表を降りました
恐らく、大手レコード会社の経営側の方々はこの事に気付いて居ながら、音楽業界の構造上何かを変える事も出来なく、今に至って居るんだと思います。


そしてこのメジャーの崩壊が指しているのは「商業音楽の崩壊」です。
売ろうとして作った音楽」は、売れなくなっていると言うのが現実です。

はい、この自ら代表を降りた偉大なO社長は私の尊敬する人物の1人でした。またかつてはレコード会社で優秀なプロデユーサーでありながら現在の体制に嫌気が指し組織を去っていった方を私はおおぜい知っています。まだ業界に数少なく残っている方はまるでタイタニック号の船長のように沈むとわかっていながらどうすることもできない、そんな状況なのでしょう。

ただ、一つだけ付け加えるといわゆる「商業音楽」というのと上記の話でいう「メデイアに合う商業音楽」というのは少しニュアンスが違います。私はテレビCMやVP用の音楽、ジングル等のいわゆる本当の意味での「商業音楽」を長く作って来た経験がありますが、こうした制作現場は少なくとも私の周囲の制作スタッフはみんなプロフェッショナリズムにあふれ、いわゆる「創る」というのをきちんと考えて仕事に取り組んでいる人たちばかりですね。先日も某医療機器メーカーのDVDのための体操の音楽を作りましたが、やはりクオリテイはそれなりのものでした。

つまり、「商業音楽」だからクオリテイが低いのではなく、問題はその内容かもしれません。メジャーレコードが、「商業音楽」として提出している先はテレビ局、-そう昨今著しい視聴率低迷に喘いでいるテレビ局です

実はテレビ局の体質とメジャーレコード会社の体質は驚くほど似ています。はっきりいえば今のテレビ業界は十数年前の音楽業界の状態と全く同じです。そして見るのが苦痛なほどくだらなく内容のないバラエテイ番組ロコツな情報操作をする報道つまらないドラマ、つまりテレビ番組自身のクオリテイが落ちています。、そしてそのクオリテイが落ちている番組に合う音楽しか求められていない、これが連鎖反応を呼び昨今のメジャーレコードの音源のクオリテイの低下に拍車がかかっている。というのが実態でしょう。

よく、日本人は実は音楽が好きじゃないのではないか?という議論を聞きます。実は私もそう思いたくなる時が何回かありました。でもやはりそれは違うと思います。若者以外はレコード店に行かないといいますが、若者以外の人たちが買いたくなるCDが売っていないからレコード店に行かないんです。卵が先が鶏が先がという話ににていますが、究極は買いたい音楽がないからレコード店に行かない、というのが本当じゃないかな、という気がしています。

ちなみに今から十数年前にあるレコード会社のプロデユーサーに「音楽業界は金のある中高年層のマーケット開発をするべきだ」と云ったことがあります。帰ってきた答えは「何考えてるんだ? バカじゃないのかおまえ?」でした。またこんな発言もありました。「音楽バブル時代より今の音楽業界の方が健全だ、どこが悪いんだ?」 たしてこの人たちは今音楽業界がこんな状態になっても考えが変わらないんでしょうか? とても興味があります。

このT君は若いながらとてもしっかり物事を考えられる人物で、細かいやりかたは違いますが、日本の音楽文化をよくしたい、という思いは同じです。だから勝手ながら同志のようにも思っています。

「いい音楽」という定義は個人によって違うと思いますし、表現が抽象的すぎると思いますが、音楽で人を感動させられるような曲を文化として伝えられるシチュエーションをもう一度復活させたい、少なくとも復活させる道筋を何とかつけないといけない

そういう思いで仕事をしてきました。これからも目的が達成されるまではそういう気持ちでいるつもりです。

残念ながらいまだそうした具体例を作れていません。しかし諦めずに続けるしかありません。

ただT君のブログを見て私のような思いの人間は私だけではない、ことがわかりましたし、彼のような人間がどんどん果敢に音楽ビジネスを変えることに挑戦して欲しいです。

音楽文化の未来のために

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2009年8月30日 (日)

お台場ーガンダムとねこたま

さて、今日は選挙で果たして民主党の大勝に本当になるのか、注目ではありますが...

実はもう昨日の話になりますが、家族でお台場に行きました。今日は関東地方は雨模様ですが昨日は真夏の日でした。要は娘がお台場合衆国に行きたい、ということで家族サービスだったんですが、私の目的はガンダム三十周年のイベントによるガンダム詣ででした。

写真でいかに大きなものかがわかります。

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会場には勿論テーマソングがインストで流れていました。「燃え上がれ ♪ 燃え上がれ ♪」と歌いそうになりました。
実際にはこんな感じで見れます

090829_1631-01.movをダウンロード

そしてもう一箇所も娘の希望で「ねこたまキャッツリビング」に行きました。

ご存じのとおり、私は愛犬と飼い主がいっしょにリラックスできるペットミュージックなるものを今から9年前に発売、発表しています。

Pet_relax

実は家内がかなり犬派だったこともあり、それに影響もされており、これは和太鼓の単純な音がワンちゃんをリラックスさせることを発見したためにこういうCDが可能になりました。(なぜかはわかっておりません)

しかし基本的には猫派なんですね。そして娘も私に似たのか猫派になり、その日は前からせがまれていったのでした。

そこで猫なべの画像が取れましたのでお見せしましょう

090829_113301 090829_131002_2

狭いところに入るのは猫の習性なんですね。ちなみにYou tubeでメインクーンのねこなべになる映像も録れました。

ちなみに犬の音楽を書いたのだから猫の音楽は書かないのか、とよく聞かれます。(^^;)

まあ考えてもいいですが、猫は犬と違い好き勝手に寝ますしあまり飼い主といっしょとか考える猫って少ないんですね。猫ってマイペースだし結構自分勝手なところもあるんで...

猫って犬と違って飼い主が変に干渉するとかえってストレスになる場合が多いです。だから今のところキャットミュージックといってもたぶんあまり需要がないと思うんですよね。

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2009年8月15日 (土)

音楽で平和のメッセージを

さて本日は終戦の日、第二次大戦に日本が敗戦してから64年の月日が経つ。平和への思いを新たにして、二度と戦争に日本という国が巻き込まれないように祈りたいものである。

 戦争体験の風化とかネットウヨによる「普通に戦争できる国にしたい」などと公言してはばからない輩が増えているというのも問題だが、そう主張する人間はおそらく想像力の極めて希薄な人物と考えざるを得ない。実際そんなに戦争というものを体験したいのならイラクでもアフガニスタンにでも行ってみるがいい。少なくとも彼らが考えているようなものではないことが実体験としてわかるはずだ。

 さて、そういう風潮に危機感を感じたのだろうが、日本を代表する漫画家たちが中心になってい展示した「私の八月十五日展」が千葉で開かれている。(明日8/16まで)http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/090727/chb0907272243007-n1.htm

南京虐殺記念館で日本漫画展=ちばさんら戦争体験描く-中国http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009081500217

戦争を知らない世代に戦争体験と平和の大切さを伝えようと、先の大戦の記憶を持つ漫画家や作家らの有志でつくる「八月十五日の会」の協力により、旭市が主催。ちばてつや、さいとうたかを、やなせたかし等有名漫画家が多く参加した。

日本ではこういう「重い」テーマのものを敬遠する傾向がある。音楽の世界ではこういうテーマで曲など書こうものならレコード会社が必ず渋い顔をする。しかしビッグアーチストが平和とか反戦を語れば多くの人は注目するし、それが社会を動かす原動力にもなる。しかし最近そういった動きが日本国内で本当に目立たなくなったのは非常に残念である。その意味では60代、70代(やなせたかしはもう90歳!!)の偉大なご老人たちに日本の音楽家たちは明らかに負けている。

本来ならアーチストはこういう時にこそ声をあげるべきである、しかも自分の作品で声をあげるべきである。ジョンレノンはイマジンによってそれを実行した。

 その替わりといったらなんだが8月15日の終戦日ではないが、例の911にちなんだイベントでシンガーソングライターの庄野真代さんとNPO「国境なき楽団」が主宰するセプテンバーコンサートに今年も参加して、私なりの平和のメッセージを音楽で表現したいと思う。やはり音楽家としてこういう訴えを続けることが重要だと考えるからである。今年はまだ出演日は正式に決定していないが、決定次第当ブログで発表します。

NPO法人「国境なき楽団」 http://www.gakudan.or.jp/

セプテンバーコンサート  http://www.sepcon.jp/

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2009年8月 5日 (水)

八ヶ岳での休暇

3日から本日まで家族と八ヶ岳での休暇に出ていました。天気はおおむねよかったですね。

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私は長野県とか、山関係のリゾートへ行くと頭の中にブラームスの音楽が結構なるんですね。クラシック音楽も結構好きなもんで...  それで小淵沢インターに入ってからBGMはブラームスのバイオリンソナタト長調、そして交響曲第二番二長調にしました。

ブラームス自身、結構避暑地で作曲をよくしており、そのせいかそういう雰囲気が何となく音楽の中に入っているんでしょうね。おかげですっかり避暑地気分になりました。

しかし今回八ヶ岳に来た目的の一つが「中村キースへリング美術館」です。前々から行って見たかったんですねー。建築も独特の美術館です。

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普通美術館というのは中で写真撮影できないもんなんですが、今回は貸切状態だったので思いっきり撮れました。

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じっくり見ても一時間ちょっとで見て堪能できます。
さすがにキースの作品の時はブラームスではなく、HIP-HOPかテクノ系のサウンドがうかんできますね。

八ヶ岳は音楽祭も時々行なわれ、美術館も多いところです。高原ということで空気も勿論おいしいですが、野菜類が何よりおいしいですね。

八ヶ岳といえば、今から5年前にセラビリゾートの「大地の園」でインペグ関係の仕事をした思い出がありますが、今回はそちらの方には行きませんでした。一応まだセラビリゾートの施設ーコッテージと花ホテルーはまだ残っているようですがかつてのように音楽家が大量に演奏することはないようです。もう一度仕事をしたかったですね。

八ヶ岳にはいいレストランもたくさんあります。下記は富士見町にある「カントリーキッチン」 バイエルン地方の地ビールも飲めますが、車で来たので飲めなかったのが残念sweat01

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石窯で焼いたパンも売っています。数に限りがあるのであらかじめ予約しておいたほうが確実です。

宿・ホテル予約ならじゃらんnet

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2009年6月23日 (火)

バリウムによる憩室炎(けいしつえん)のその後

もう今から一年半前の当ブログの日記に以下のようなものがありました。

■何とバリウムが緊急入院の原因ーブログ更新できませんでした

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2008/01/post_bda7.html

この当時は現在のように「音楽関係」と「その他」の記事を分けていませんでしたので、このブログの記事としてアップしたわけですが、テーマが分かれた現在では本来なら私のもう1つのブログ「Kyojiのよろずひとりごと 」に記すべきものなのでしょうが、当ブログでアップした関係上このブログにてその後について述べたいと思います。(念のためもう1つのブログKyojiのよろずひとりごと にもアップしておきます)

結局は急性虫垂炎ということでとりあえず一週間強で退院、その後約二週間で仕事に復帰したわけですが、現在は肥満体によくあることらしいですが、腹壁瘢痕(はんこん)ヘルニア という状態になっています。これは手術あとの腹壁の瘢痕部(傷口)が癒合せず、腸管が脱出して、皮膚を押し上げるもので、肥満体系の人間によく起こることらしい。皮膚自体はくっついているので腸がそのまま飛び出ているわけではありません。幸い今のところ症状は軽いのですが、現状で再手術しても再発の可能性が高いと(お腹の脂肪の「圧力」でまた開いてしまう)いわれ結局は「ダイエット (!!!)」」するしかない、といわれてしまいました。ある程度お腹の脂肪がなくなってから、再手術を考えましょう、ということになっていますが、実は根が食道楽ということもあり、なかなか減量できず手術までに至っておりません。

まあしかしそれは私の体質の問題で今回のそもそもの原因とは無関係です。

要はこの急性虫垂炎が胃カメラに使うバリウムが腸や虫垂にたまり炎症を起したのが原因ということで、健康のためにやったことが逆に病気の元になってしまった、というのが問題だと思いました。特に問題はバリウムを使った検査にはこういうリスクがあるということが人間ドックの説明やがん検診の説明のどこかに書いてあったという記憶がないという点にとても大きな問題を感じました。

そこでそのブログのコメントを通して独立行政法人 医薬品医療機器総合機構といういわゆる特殊法人の存在を知り、そこへ問い合わせてみました。
 http://pmda.go.jp

この独立行政法人は薬品における副作用によって被害を受けた患者を救済するという制度(健康被害救済業務)を始め、薬事法に基づく医薬品や医療機器などの承認審査等の業務を行なっている特殊法人です。詳細は以下をご覧下さい。http://www.pmda.go.jp/guide/outline/business.html

私も一年半前の手術をきっかけに初めて知ったのですが、その中の「医薬品副作用被害救済制度」から今回の事態について申請をしました。その被害制度の概要を以下に引用します。

医薬品は、人の健康の保持増進に欠かせないものですが、有効性と安全性のバランスの上に成り立っているという特殊性から、使用に当たって万全の注意を払ってもなお副作用の発生を防止できない場合があります。このため、医薬品(病院・診療所で投薬されたものの他、薬局で購入したものも含みます。)を適正に使用したにもかかわらず副作用による一定の健康被害が生じた場合に、医療費等の給付を行い、これにより被害者の救済を図ろうというのが、この医薬品副作用被害救済制度です。この医療費等の給付に必要な費用は、許可医薬品製造販売業者から納付される拠出金が原資となっています

詳しくは以下をご覧下さい。http://www.pmda.go.jp/guide/outline/business.html

そこでここに申請をするために例によってお役所ですから実にたくさんの書類を用意しなければなりません。私の場合は

・医療費医療手当て診断書(主治医によるもの)

・投薬証明書(地方医療機関)

・受診証明書

・自己負担額の領収書のコピー

の4つを提出しましたが、申請内容によって提出する書類も違ったり別の書類も必要になりますので詳細は以下のページをご参照下さい。http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai/help.html

そしてこういうのが究極のお役所仕事なのだな、と思いますが申請する時に審査が降りて救済金が下りるのは何と平均八ヶ月!!!!

さすがに一度は申請を躊躇しましたね。本当に忘れた頃に出るわけですが、でもこのままなき寝入りするのは嫌なのでとりあえず書類をそろえましたが、書類が全部そろうのに三ヶ月以上かかりました。

そして昨年の5月頃ようやく申請、まあ八ヶ月だから2008年度内に下りるかどうか、という感じでしたが、 

実はもっと時間がかかってしまいました。

この医薬品医療機器総合機構から追加書類の提出をしろ、というのが5-6回来た覚えがあります。そして最近知ったのですが私の虫垂炎を担当した医師の所にも2-3回医薬品医療機器総合機構から今回の症状に対して執拗なまでに問い合わせが来たらしく、何か私の方で主治医に迷惑をかけてしまったようで申し訳なく思いました。(医師自身も「これ以上の協力は困難」と書類に書いておりました)

そして当初言われた八ヶ月を過ぎても下りる様子はない、正直もうどうでもいいや、という感じになりましたね。ダメならダメでいいや、と思ってしばらくして医薬品医療機器総合機構から救済金が降りるという連絡が来たのは今月始め、そして先日入院費の実費のみですが、救済金が降りました。

しかし昨年の申請から一年と一ヶ月余り、なぜ通常より時間がかかったのかについては医薬品医療機器総合機構から一切の説明はありませんでした。

まあ救済金が降りたからいいではないか、と思うかもしれませんが何かこの一年強、何となくお役所仕事に振り回された感もありますね。本当にお役所仕事の最たるものといっていいでしょう。

ところで今回のケースから、バリウムによる検査から憩室炎(けいしつえん)、虫垂炎のリスクがある、という情報は広く知らされるんでしょうか? 私もこういう事態になるまでそういったリスクについて全く知りませんでしたし、おそらく殆どの人がそうでしょう。

救済金(手術費の実費)が降りたからそれでいいではないか、という問題ではないと思います。

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2009年6月16日 (火)

私のもう1つの失われた十年

本日はうちの業務の1つであるサウンドコンテンツの音声収録のためクライアント立会いの元目黒区青葉台のスタジオに行きました。昨年まで別のスタジオを使っていましたが、今回のスタジオの方がコストパフォーマンス上いいので、今回はこのスタジオを使っています。

収録自体は順調に思ったより早く終わりましたが、実は目黒区青葉台→大橋近辺はかつて私が住んでいた地域で元地元といってもいい場所です。ちょうと10年前まで246と山手通りの交差点の所に住んでいたのですが、ここ十年で首都高の大橋ジャンクションの工事や池尻大橋駅近辺の再開発ですっかり街は変わってしまいました。

Building181

Photo_3

ところどころでは昔の面影は残っていますが、特に目黒川沿いにかつてポリドール(ポリグラム)レコードの本社とスタジオがあったのですが、もうまったく跡形も残っていません。あそこのスタジオは結構いいスタジオだったんですけどね。それと高層マンションがやたらに建ちました。まだ未完成ですが「入居者募集中」と大きく掲げています。世間ではマンション不況といわれていますが、この辺はそういった流れとは無関係なんでしょうか?

10年前、私のプライベート事情と仕事の事情両方の都合で実家のある今の場所に引っ越してきましたが, 自分がこの地域にいたときは会社的にも音楽的にもいい時代だっただけに割とこの地域に今でも愛着があります。桜の時期とか目黒川沿いはきれいですしね。

それにしてもこの十年、自分がどれだけの成果を収めることができたのか、と考えると愕然としてしまいます。仕事の種類はこの時代よりいろいろやったような気はするのですが成果、仕事の結果というとやはり物足りなさを感じてしまいますね。また業界の状況は私が大橋→青葉台地域を去ってからひどくなる一方であることを感じています。十年前、音楽業界の衰退は既に始まっていましたが、正直ここまでひどくなるという予想はさすがにできませんでした。

最近は業界の状況に関してはもうはっきりいって開き直ってますが、何か久しぶりにかつて自分が住んでいた地域に足を踏み入れ、自分にとってのもう1つの「失われた十年」を考えずにはいられませんでした。

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2009年3月29日 (日)

子供のピアノ発表会

年度末もいよいよ近づいていますが、今日は子供のピアノ発表会。3年ぶりで親戚なども来たりして対応に追われました。そして例によって私はビデオ係りーこのあわただしい時に家族サービスです。

私が覚えている限り「ピアノ発表会」なるものに参加したのは中学生だったような気がする。モーツアルトかハイドンを弾かされた覚えがある。今日の発表会はちっちゃな子から高校生まで幅広い、一生懸命練習したらしい子、全然練習してなくて弾けなかった子、まだ指もろくに動かないけどがんばった子、さまざまである。

演奏曲はクラシックから童謡、アニメソングからJ-popにいたるまであった。ピアノの各先生が生徒用に編曲したものらしい。個人的には何もそんなに流行りものにこだわらなくとも、と思わなくもなかったがここまでしないと取り組んでくれない生徒もいたのだろう。

こういう子たちを見て思うのは「音楽をやることの楽しさ」というものを理解して欲しいということ。そして心の底から音楽を好きになってほしいこと。それだけである。

音楽を文化として認めない人たち、編曲、作曲という「クリエートする作業」は簡単ではないということを理解しない人たち、苦労してコンテンツを作ったクリエーターに対して尊敬や敬意もこれっぽっちも感じていない人たち

こんな人たちが社会の多数派になってほしくはない、今日ピアノ発表会で演じた子達にそれぞれ演奏して拍手をもらった、花束をもらった、その思い出から音楽文化を愛し、その価値を理解する人たちが増えてほしい

そう願ってやまない。残念ながらネットの世界に関してはそうでない人たちが多数派になっているように見える。

悲しいことである。音楽を文化ではなくただのファイルとしか考えていない人たちのいかに多いことか。

今日演奏した子供たちにはそうなって欲しくない


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2009年3月15日 (日)

怒涛の一週間が終了して

先週一週間は本当に怒涛の一週間でした。作業は毎日午前2時ー3時まで行い少々睡眠不足です。それでも昨夜ようやく全ての作業が終わりました。
しかも殆どが「自社もの」関係での業務です。いずれも既にお知らせしている件ではありますが

まず奥津恵の残りの曲のTD作業、かなりポイントは抑えていたので比較的順調に行ったと思います。ミニアルバムは6曲入っており、手前味噌ですが曲のクオリテイではどこにも負けない自信があります。

明日マスタリング予定です。自社ものには当然シングルビットの高品位マスタリングで行ないます。

そしてこれが一番大変でしたが、4月4日のコンサートの楽譜作業とアレンジ作業、アレンジは1曲 Smoke on the water、さらに以前行なった曲(バッハのシャコンヌ)ですが少し手を加えました。そして今回運営側から早めに楽譜を提出するようにいわれましたので、この作業に忙殺されました。

普通我々バンドマンですとだいたいコード譜だけ書いていれば済むんですが、クラシックオーケストラの場合はそうはいきません。楽譜を、それもかなり詳細におたまじゃくしを記入したものを書かないと、クラシック系の人たちは何もできないので、以前、アレンジした曲の楽譜チェックから始まり、新曲や手直しもの等のパート譜を作る等メチャクチャ手間がかかります。

今回はベルリン風サロンオーケストラなので比較的パート譜の数は少なくて済んでいるんですが、(これがジョンウイリアムスのような大オーケストラだと数倍の手間がかかります) それでもフルート、クラリネット、弦楽5部の楽譜を作らねばならずこれが手間でした。オーケストラというのは演奏家の人件費だけでなく、こういう作業も必要ですからお金がかかるんですね。とにかく生のオーケストラほどお金がかかるものはありません。

しかしできあがった音はやはりそれだけの手間をかけても十分価値のあるものにはなります。だからソフトシンセやDTM DAW がどんなに発展しても生音の作業はなくならないんですね。またこういう音の価値を理解する風土は残さないといけません。

以前「ジャンクフード文化症候群」なる記事を書きましたが、本物の生音の価値を理解できる感性を退化させてはならないと思っております。どんなにソフトシンセやサンプリングが発展しようと、それをもって「生音は無用の長物だ」などと考える向きがあるとしたらそれは音楽文化にとって自殺行為だと思います。

というわけで是非一度生のオーケストラの音を体験することをお勧めいたします。

4月4日のライブ詳細はこちら
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/03/44-b7dd.html

明日月曜日はマスタリングと、こちらは請負の方ですが音声コンテンツの収録と現場が2つあります。請負の方の売上ももっと伸ばさなければなりません。明日もハードな一日になりそうです。

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2008年9月11日 (木)

911から7年ー音楽家として表現者として

既にお知らせしている通り明日私はうちのアーチスト奥津恵とともに高井戸倶楽部にてセプテンバーコンサートに参加します。(私の演奏は午後7時頃です)

そして本日はあの悲劇から7年目の日を迎えます。本来ならこういう政治や社会情勢の話は私のもう一つのブログ「Kyojiのよろずひとりごと」にて書くべきことかもしれませんが音楽の表現にも関っていることだと思いますのであえて私の本来のブログでかかせていただきます。

ヨーロッパでは「大砲が火を噴けばミューズは沈黙する」という格言があります。ミューズはギリシャ神話での学芸の神ですが、7年前のあの悲劇が起きてから世界は戦争に突入していきました。日本は小泉政権たけなわということもありタカ派的な論調が優勢になりリベラリズムや平和を語る人間は社会の隅っこに追いやられる日々が続きました。またアフガニスタンやイラクの戦争に疑問を投げかけるブログなどは、ネットウヨや一部の悪質2ちゃんねらーの荒らしによって言論を封殺されるという例も数多くありました。(今でもそういう例はなくはないですが)

しかし私は音楽家であり表現者であります。こういう時こそ音楽家なら言葉ではなく音楽で主張を発表しなければならない、そういう思いは強く持っていました。しかしどのような機会でどのような表現をしたかについてなかなか頭の中でまとめることはできませんでした。

ようやくそれができたのは昨年の9月のセプテンバーコンサートにおいて、そして昨年演奏したポイントとなる曲を明日のセプテンバーコンサート(通称セプコン)でまた演奏します。よく考えればそのセプコンでポイントとなる2曲の詳細をこのブログで述べていなかったので、この機会に説明させていただきます。

・まず私のピアノソロ曲" To the victims of 911 and after"(911事件とそれ以後の戦争の犠牲者に捧ぐ) について

この曲は戦争の悲劇と平和の祈り、そして世界が平和と愛情に満たされるように祈ったものです。この曲には実は有名な曲のメロデイが3曲ちらばめられています。(勿論数小説単位で)1曲はアメリカの第二の国歌の"Oh Beautiful" そしてジョンレノンの平和の象徴の"Imagine"、そしてこれはよほど気をつけないとわかりませんが、"God Bless America"です。(尚、著作権のない"Oh Beautiful"を除きいずれも著作権法にふれない程度の1-2小節単位の引用になっています) これはアメリカ政府やアメリカ国民に対する抗議の意味が入っています。特にジョンレノンの"Imagine"、は911以降アメリカの多くのラジオ局で実質「放送禁止」(「自粛」という名の「禁止」ですが) になっていた曲です。(今でも一部の局では禁止であり続けているようです) アメリカという国は私に自由と民主主義のすばらしさを教えてくれた国ですが、ある時期アメリカはとても自由の国とは呼べない雰囲気があったのは事実です。今はかなり雲行きが変わってはきていますが、まだジョンレノンの平和と愛の精神の音楽が完全に復権したとはいえない状況です。そうした思いを込めた曲を演奏します。

・そして奥津恵の曲「君の笑顔を見てみたい

この曲は私の作詞作曲によるもので、元々はフォトジャーナリストの豊田直己さんの写真展「イラク・戦火の子どもたち展」を大野が見てインスパイアされた曲です。戦火の子供たちの実情を音楽家として歌にしようと考えこの曲を作りました。戦禍の子供たちへの愛情とこういう子供たちがいることを奥津恵の歌を通して知っていただければと思います。私なりのプロテストソングです。

「イラク・戦火の子どもたち展」に関しては次のページをご覧下さい。
http://senka-kodomotachi.cocolog-nifty.com/

豊田直己さん 公式サイト
 http://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/

最後に私たちが住んでいる日本は平和ですが大砲がなっていなくとも学芸や芸術の神のミューズは日本国内では沈黙しているような気がします。こういうものを語るのが「ダサい」という雰囲気が確かにこの国にはあるからです。そういう意味でもこのセプテンバーコンサートのような機会は日本のような社会に必要であり、重要だと考えます。このような機会を作ってくださった「国境なき楽団」とシンガーソングライターの庄野真代さんに心から感謝の意と敬意を表したいと思います。

国境なき楽団 公式サイト http://www.gakudan.or.jp/

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2008年9月10日 (水)

仕事場のモニターアンプがこわれました。

作業中に仕事場(スタジオ)のモニター用のアンプがイカレてきました。あるレベル以上になるとリレーがかかって音が出なくなります。
仕方ないから音量を小さくして仕事しています。

このモニターアンプ、もう20年近く使っているので当然主だった部品はもうありません。半導体類なら代替品は可能ですがリレー関係だったらアウトです。機種はYamahaのA100

修理に持っていってもいいんだけど、YAMAHAのサービスセンターは平和島の倉庫街にありうちからは遠い。さらに修理もいくらかかるのか想像もつかない感じ。やっぱり買い換えた方がいいかなあ。二十年も使ってればもう寿命ですしね。別に真空管のアンプというわけでもないから無理してこれを使う必要もないし

それにしても先日はEIII そして今度はモニターアンプと結構機材が寿命に近づいているのが多い。録音設備も20年すると大変です。

でも25年前のビンテージシンセのJuno-60そして初期のDX7はまだ現役で時々つかってまーす。ソフトシンセたけなわの現在ですが、まだハードシンセの音を大事にしたいと思っている私です。

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2008年5月 7日 (水)

取材を受けました

本日音楽雑誌「大人のロック」の取材を受けました。

「大人のロック」日経BP社

http://ent.nikkeibp.co.jp/ent/rock/

これは60年代、70年代のロック音楽黄金期のアーチストの情報を中心に取り上げている雑誌で、公称10万部発行の季刊雑誌です。ターゲットは勿論30代以上の世代です。私ももろに「ロックオヤジ」世代に入るものですから、雑誌を時々立ち読みはしておりました。

ここで今回「癒し系ヴォーカリストを探せ!!」という特集で私に白羽の矢が当たってしまいました。業界で「癒し系」というと相も変わらず私のところに来るパターンですが、もともと「ロック音楽」と「癒し系」というのは相容れない部分もあるので最初は悩みましたが、しかし中には心に残る名曲、いわゆるヒーリングの範疇に入れてもおかしくない曲というのは確かにあるので、その中の12人のアーチストの12曲を取り上げました。

どの曲かは読んでのお楽しみですが、結果的に割りとみんながよく知っている曲のリストになってしまいました。まあ人によって異論等いろいろあるかとは思いますが...

・掲載号」「大人のロック」15号(5月31日発売)

特集「癒しロックヴォーカリストを探せ!」

・日経BP社

全国の本屋でお買い求め下さい。

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2008年1月27日 (日)

弊社及び私へのお仕事依頼について-スピリチュアル系、宗教系の方のご依頼はご辞退させていただきます

さて、私は音楽家であると同時に会社の経営者でもあるわけですが、

特にヒーリング音楽という分野に手を染めていると普通の音楽家と違い音楽とは違う分野の人とコラボレートする機会が多くなります。その意味で普通の音楽業界に閉じこもっている人よりは広い視野でものを見ることができたと自負しております。今まである面ではそれが大きくプラスに働いてきたと思っております

しかし残念ながらいつもそれがプラスに働いているとは限らないのも事実です。

実は一昨日ある仕事の件、ある分野の人からの発注を全く理解不能な理由でドタキャンを食らいました。CDのマスタリング作業にサブリミナル作業をするというものですが、音源の具体的な形ができたのは前日、それまで当然どういうものができるかわかりようがありません。それで明らかになった時点で「確認」やお願いをしたわけですが、それが「なんで土壇場でそんなことをいう」と来る。また今回のマスタリングの事前に「確認」や「覚え書き」等も提出していた。ところがよくわからないのですがそれが先方が気に入らなかったようです。しかも全く初めて聴く内容についても「以前話したでしょう」の一転張り、情報が一方通行でこちらの言い分も聴く耳もたず、とこれだけいえば「まともな人でない」のは明らかだと思います。普通の制作の確認のプロセスが気に入らないというのなら話になりません。

だいたい音源が前日になってできたのにどうやって「事前にもっと早く言え」というんでしょうね? 超能力でわかれとでもいうんでしょうか?

我々音楽の世界ではドタキャン、それも当日のドタキャンというのは一番やってはいけないことであります。これをやったら業界内で信用をなくし、ドタキャンした会社名が業界に流れれば音楽業界の人間と仕事をするのは難しくなります。制裁の意味で名前を公開してもいいのですが... 

実は今回のこのことがきっかけで残念ではありますが以後次の分野の方とはいかなる分野でもうちの会社でも私個人でもお仕事をお受けしないことにいたしました。実はこの分野の人とのトラブルは今回が最初じゃないんですね。それでも今までは何とか紆余曲折があったにせよ納品までたどり着いたわけですが、今回はこういうドタキャン、さすがの私も今回は切れました。

以下の分野の方のいかなるお仕事の依頼もご辞退させていただきます。

1.いわゆるサイキック系、もしくはスピリチュアル系、オカルト系(いわゆるトンデモ系)と思われる人たち

2.新興宗教、もしくは弊社もしくは私が「カルト的」と判断した団体、法人

私は「サブリミナル」とか「催眠」というメソードにも関っていましたし、ヒーリング音楽の音楽家として活動はしてきましたが、上記の2つの分野の人たちとは今まで一線を画して来ました。それでも音楽のプロとしてマスタリング、音質調整、CDのパッケージ製作とかを会社として何回か請け負ったことがあります。単純に請負の仕事としてやっていました。しかし必ずトラブル、いざこざ、無理難題ーそれも殆ど実現不可能な要求、とかがありました。

まあ一人や二人なら、「たまたまそういう人に当たった」だけと思えますが、今までうちがつきあったスピリチュアル系(いろんな人がいましたよ、超能力から気功、チャネリング etc etc)全てがなんらかのトラブルが起きるとなると単なる偶然とはいえないですね。

この上記の分野の人、私が会った人を見ると共通点があります。勿論、全ての人がそうだとはいえないかもしれませんが、私が今まであってきた人は見事なまでにあてはまります。

1.第一点は極めて思い込みが激しい人たちであること。 
 そのためこちらの説明や言い分を受け付けないということがよくありますね。こういう人は必ずどこかでトラブルを起します。特にスピリチュアル系や宗教系の人は殆ど危険なレベルまで思い込みが激しいです。また今回も顕著でしたが、「聴いた覚えがない情報」を「以前言った」と強硬に主張する場合が多く、当然いった言わないという不毛な話になります。しかも始末に悪いのは自分が絶対正しいと思い込んでいるために話し合いにすらならない場合が多いです。

2、二点目は社会常識に少し欠けている人が多い
 結局上記の部分常識的なビジネスの論理が簡単にひっくりかえることがよくあります。また話が知らない間に180度変わる、なんてことも珍しくありません。はっきりいってこういう人たちとは恐くて仕事ができません。

この2つの理由だけでも仕事をしない理由としては充分だと思います。過去3-4回、トラブルがありながらもキャンセルを食らわずに何とか納品したクライアントがありますが、はっきりいいます。この人たちとも二度と仕事をしたくありません。

まあサブリミナルというものに関っているため、どうしてもこの筋の人たちとの接触があったりもするんですが、世の中はサブリミナルというものを正しく理解していない人があまりに多いために、こういうわけのわからない方向にいっちゃうんですね。特にサブリミナルはいつか詳しく述べますが魔法でもオカルト現象でもなくれっきとした心理現象なんですね。また私は現在万引きを防止する防犯BGMシステムという分野でサブリミナルな刺激による行動学の実験を行っております、はっきりいってこの面ではどこの大学の先生よりも実験回数を重ねていると自負しています。それでサブリミナル刺激による行動学ーサブリミナル行動学といいますが、その刺激によるサブリミナル効果の強さ、限界というのが少しずつ見えてきました。それについては近日このブログで発表する予定です。

特に声を大にしていいたいのは、ニューエイジ、ヒーリングにしてもサブリミナル、催眠にしても安易な神秘主義やオカルテイズム的な観点ではなく、もっと客観的に科学の目で語る必要があるということです。もう精神医学や心理学、社会科学の分野では1メソード、現象として普通に論じられています。そういう時代なんですね。そろそろ日本はこういう「とんでも」系の人を相手にしない風土を作るべきですね。かえってヒーリングや「サブリミナル」をはじめとする心理現象というもののイメージを悪くしていますから

ついでにいえば私は世の中にある「トンでも本」に関しては極めて批判的な見解、というか論ずる価値すらない低俗な書物だと考えています。今度の世界滅亡は2060年だって? よくもまあ都合よく世界滅亡の日がくるくる変わるもんです。ノストラダムスとかどこいっちゃんたんでしょうかね?そんなに世界が滅亡して欲しいんでしょうか? たいした根拠のない「資料(なかにはでっちあげもかなりあるでしょう)」で終末観を煽り、社会不安を煽り(これってちなみにカルト宗教の常套手段ですーオウム真理教参照)そういう阿漕な手段で金儲け。
最低の連中ですね。

たぶんこれだけでスピリチュアル系、宗教系の人たちのかなり人たちとは相容れない部分があると思います。
相容れなくて結構、 はっきりいって「サブリミナル」に関っているというだけでこういう人たちと同類に見られるのが私は死ぬほど嫌なんですね。

というわけで繰り返しますが、サイキック系、もしくはスピリチュアル系、オカルト系、宗教系、のみなさんからのいかなる分野の依頼は弊社ハイブリッドミュージックといて、そして私個人としてもお受けすることができません。
仮にお問い合わせいただいてもご返信しない場合もございます。
あしからずご了承下さい

本当は今年は景気後退が間違いなく起きる年、あまりお客を選んでられないはずだけど、仕事上でトラブルが起きるのはもっと願い下げなので、だって他の仕事に影響しますからね。

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2008年1月15日 (火)

何とバリウムが緊急入院の原因ーブログ更新できませんでした

お断り:当ブログは「音楽関係のブログ」のため本来は私のもう1つのブログ”Kyojiのよろずひとりごと"に転載すべき内容ですが、この記事を書いていた当時はブログをかき分けていなかった点と、記事の反響が予想以上に大きかった点ともあり、記事をこのままにしておきました。念のためこちらにも同様の記事を掲載しております。
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20080115

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実は先週の9日、突然朝から腹痛を覚えまさかノロウイルスかと思い町の医院に出かけ薬をもらったのですが、全く効果なし、痛みは増す一方なのに、吐き気や下痢の症状は全くないので思い切って家の近くの病院の夜間救急に行きました。

それでCTやレントゲンを取ってみたら、何と、憩室炎(けいしつえん)と虫垂炎を併発していることがわかり緊急入院。ということで結局盲腸でした。それもかなりひどい虫垂炎だったようで処置が遅れたら腹膜炎となり命にかかわる事態になった可能性がありました。
おかげで新年会や打ち合わせ、収録等の予定を全てキャンセルしたりしなくてはならず新年早々入院という事態になってしまいました。

その後手術、(幼少時の脱腸以来)点滴という毎日で丸々一週間過ごしました。特に9日-11日の三日間は全く何も食べず、点滴のみという辛い時期を過ごしましたが何とか本日無事退院の運びになりました。

実は今回のこの虫垂炎の原因がとても意外なものだったのでこのブログに書きます。

私は年に一回は人間ドックにいって胃カメラでバリウムを飲みます。
これをやった人なら分かると思いますが終わった後必ず下剤と大量の水分を飲みますよね。
一応それをしっかりやっていたつもりだったのですが........
だがCTスキャンとレントゲンて憩室(けいしつー大腸の表面のくぼみ)と虫錘にバリウムが入り込み炎症を起こしたというのです。

こういう事は時々起きるようで。健康のためにやったことが逆に病気の元になってしまった、というのが今回の緊急入院の原因でした。皆さんもバリウムを飲む時は気をつけましょう。

実はこの病院の医師の話だと私のようなケースは月に一度くらいの頻度であるようです。

まあ今回のケースは薬害C型肝炎のようなケースとは違うし、医療事故ともいえないかもしれませんが、問題はバリウムを使った検査にはこういうリスクがあるということが人間ドックの説明やがん検診の説明のどこかに書いてあったという記憶がないのです。

私の周囲でそれを知っている人は一人もいなかったし、おそらく一般社会的にもバリウムのリスクというものが認知されているとは思えません。

勿論バリウムを飲めば誰もが私のような症状になるわけではありません。ですから即バリウム=危険、といっているわけではありませんが今回のようなリスクがあるということは注意を喚起するなんらかの方法は講じるべきでないでしょうか?

薬害エイズなどは言語道断の事件でしたが、薬害C型肝炎も要は官僚の怠慢が招いた事態です。 今回のバリウムの件もそうした厚労省の体質が反映されているような気がしてなりません。どうも厚労省の官僚には基本的に患者への視点が欠けているように思えます。

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2007年12月23日 (日)

映画「俺たちの世界」忘年会

今年のぴあフィルムフェステイバルで三部門受賞した中島良監督作品「俺たちの世界」の関係者による忘年会が開かれました。監督と出演者の小川君以外は7月の上映会以来の久々の再会でした。(結構初めてお会いする人もいましたが..)

この「俺たちの世界」昨年のバンクーバー国際映画祭に続き、年明けにはオランダ、ロッテルダム国際映画祭の招待作品、アメリカのサンフランシスコインデペンデント映画祭、そしてメキシコ国際映画祭と次々に海外の映画祭で上映されることが決まっています。

ちなみに監督が忙しくて監督のブログをなかなか更新できないようなので、替わりにバンクーバーで「俺たちの世界」の反響について述べましょう。バンクーバーの観客からは映画の質もさることながら、映画のテーマそのものに観客は興味津々といったところで、内容についての質問が相次いだそうです。
 日本の観客と違うのはカナダの人はわからないことがあると、それに対して積極的に質問をしてきて、内容を積極的に理解しようという姿勢が見られるらしいです。日本は割りと好みや印象で評価する傾向がありますが、海外で上映されて、一番そこがよい経験になったようです。 何かわかる気がしますね。近々ロッテルダムでも上映されます。ヨーロッパの観客にはどう移るかも楽しみです

一方ここでやや残念な話もしなくてはなりません。中島監督が提出した「ぴあフィルム」のスカラシップ映画の企画が結局ボツになったことがわかりました。中島監督の「クリエイテイブ」過ぎる内容がぴあのトップの人にやはり受け入れられなかったようです。もともと「おれたちの世界」の審査員の反応を以前聞いて、正直「だめだこりゃ」と私自身も思いましたので、一抹の不安はあったのですが、今回のことで「俺たちの世界」以外でのぴあとのつながりは事実上なくなります。残念ですが仕方ないですね

しかし「俺たちの世界」の評価のおかげで結局、スターダストピクチャーズで映画監督の仕事をすることになったのですから特に関係ないでしょう。監督はスターダスト内でかなり自分のクリエーターとしてのカラーを出すべく毎日奮闘している話も聞きました。会社の上司とも衝突しているという話もあり、やや心配ではありますがもともと中島監督が「サラリーマン的」に従順になるとは誰も思っていないと思いますので、がんばってほしいと思います。但し今度は興業的にも結果を出すことが求められます。結果さえ出せばどうにでもなるんですけどね

それにしても音楽業界も映画業界も本質は同じだなあと思いました。

どちらにせよスターダストで少なくとも一本は映画を作るでしょう。どういう映画になるか楽しみです

ちなみに監督の話だと最近アンビエント系の音楽に凝っているようです。アンビエントは私の得意分野だという話は監督にしておきました。

というわけで関係者の皆さん、よいお年を!!




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2007年11月30日 (金)

鵜川氏逝去と彼の桐蔭学園について

お断り:当ブログは「音楽関係のブログ」のため本来は私のもう1つのブログ”Kyojiのよろずひとりごと"に転載すべき内容ですが、この記事を書いていた当時はブログをかき分けていなかった点と、記事の反響が予想以上に大きかった点とこの記事の内容に嘘偽りがないことをOB関係者のコメントによって証明されたこともあり、記事をこのままにしておきました。念のためこちらにも同様の記事を掲載しております。
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20071201

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正直いってこれをブログに書こうかどうか迷っていた。正直かなりの葛藤があった。もしかしたら「死者を鞭打つ」ことに結果的になるかもしれないから、 また当学校OBに鵜川氏を熱烈に尊敬し、中には本当に「神」のように崇めているいる人すらいるのも事実。そういう人たちを刺激するかもしれない、実際この関係で当ブログのアクセス数も増えた。

だがこの学校の本当の姿は卒業した人間でないとわからないであろう。それについてあえて今だからこそ公開した方がよいと思った。一部のOBからの批判や反発を買うことを承知の上で

一昨日(日付では3日前)、ブログ記事では建前上「ご冥福云々」と書いたが、ここであえて本当の本心を書かせていただきます。

率直な印象は
「驚き」はした。だけど「ふーん」という感じ

正直いって悲しみなど覚えない。もっとはっきり本心をいうと「どうでもいい」

寧ろ私がお世話になった大学の市井三郎教授が急逝した時は本当に深い悲しみを覚えた。また高校や大学の同級生でまだ若いのに他界したのを聞いた時も悲しい気持ちになった

だが今回はそれが     

ない

確かにあの高校にいたから、インフルエンザで最悪の体調で大学受験しても現役で大学に入れた。滑り止めしか受からなかったけど一応現役で入れた。

それは感謝すべきことなんだろう。

高校時代に本来ならもっと経験すべき多くのことができなかったが、それは別にあの校長のせいではない。それは私自身の責任、問題、校則が厳しかろうがいわゆる男子校(当時は女子部はなかった)という制度のせいにはできない。もっと私なりに創意工夫があればその程度の問題は乗り越えられただろう

だが

あの学校で行われたのは本当に教育だったのか

というと 

断じて それは

違う ..........

よく考えて欲しい

一学年600人、これだってまともな教育をしようと思えば多すぎる数だ。

それが女子部が増えたとはいえ、今は一学年1800人 (!!) 

この人数では教師の数がどんなにいようが行き届いた教育などできるはずがない。これはもはや学校ではない。 没個性的な規格人間の工場である

そう、あの学園は某M菱が作った学校、 上司のいうことに盲目的に従い、与えられた枠の仕事のみをきちっとすることだけを考える没個性的「企業人ロボット」の培養工場、というのが正しい表現だ。

実際あの鵜川氏の理想は「官僚主導の国家主義的資本主義」 そしてその理想に最も適した人材を養成する、それが桐蔭学園の基本理念である。

そう、岸信介からの戦前のメンタリテイを色濃く反映した保守右派の考え方である。鵜川氏はその熱烈な支持者だった

そのため校則は戦前の軍隊学校を思わせる内容だった

そしてそれに従わない者には容赦ない「鉄拳」が待っていた。普通の学校なら暴力沙汰で大問題になるはずがなぜかこの学校では全て不問、私の記憶が確かなら在学中も少なくとも教師の暴力で4-5人の入院者が出ている。そして言葉による今でいうパワーハラスメントなど日常茶飯事。

ちなみに私の頃は男子校だったので教師も遠慮なしにそういう行為に走っていたが、女子部ができても同じような行為をしていたのだろうか。まさかいたいけな女の子に拳でぶんなぐり、竹刀で何回もぶったたき、なんてことを実際したかどうかまではわからない。いくらなんでもそこまではしていないと思いたいが...

まあ、そんな学校を作った人物である

だがこの理念は日本の保守層(特に右派や殆ど右翼(いわゆる経済右翼と呼ばれる人たちが中心)といっていい人たちまで)、自民党の右派や財界関係者にはものすごく受けた。そして「学校ビジネス」としては大成功した

東大が一時100人に迫った? 早大、慶応の合格者は他の学校を圧倒 !?
そりゃそうだ、一学年の1800人もいればね。

鵜川氏は教育のビジネスマンとしては間違いなく一流である。なんといっても一代で膨大な学園地を作り、横浜市の丘と藪しかなかった場所に巨大な学校を建てた。それはいい悪い、好き嫌いは別としてすごいことだ。

だがあくまでビジネスマンとしてだ。  教育者としてではない

少なくともこの学校から私が直接受けた人生観やその他の精神面での影響は

皆無といってよい 

お前には愛校心がないのかって?

そりゃ少しはありますよ。 最近は全然駄目だけど野球部が甲子園に行った時はうれしかったし、今はラグビーも強いようだ。スポーツでも名を上げている学校ではあるが...

しかし残念ながら早くもほころびが見えてきた
鵜川氏の他界の前日に不祥事が起きた

桐蔭学園高1年の男子柔道部員を逮捕/横浜・青葉区で路上強盗【速報】
http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiinov0711605/

まずいことにこの柔道部員「先輩と酒を飲んだ」と供述しており事実だとすればこれは一人や二人の退学処分では済まない。

柔道部は桐蔭の運動部の中でも伝統ある運動部であるだけに
不祥事が発展すると
桐蔭のダメージはかなり大きい

たぶん、不祥事はこれだけじゃないと思うけどね。表に出ていないことがおそらくたくさんある。

ついでにいえば

桐蔭は「受験もスポーツも強いー文武両道の人材を育成している学校だ 」
などとプロパガンダしていますが




真っ赤な嘘 

スポーツ特待生と普通の受験生が両方いる

1800人もいればピンキリです

ちなみに次期校長と目されている榊原氏
我々は「バラキ」と彼を呼んでいた。 元野球部の部長
鵜川の腰ぎんちゃくといわれた男(私が言ってるのではありません、念のため)
勿論カリスマ性では鵜川氏に数段劣る。

誰がなっても鵜川氏のような指導力を発揮するのは無理

この学園の 周落は
避けられない   残念ながら

だから申し訳ないですが、この方が死んでも
悲しみは特に感じません。
もっとはっきりいえば  「どうでもよい」

これが私の本心です。 

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2007年10月20日 (土)

交流会雑感

10月も下旬に入りそろそろ2007年も残り少なくなってきた

今、ビジネスの世界では異業種同士の「交流会」というのが流行っている。新しいビジネスチャンスを創出(するかもしれない)ということから増えている。
そのため今年は例年に比べて「交流会」というものにずいぶん参加したような気がする。mixiをやっている関係もあるが4月あたりからずいぶんオフ会や業界関係の交流会が増えた。年間に交わす名刺交換数もおそらくここ数年でも一番多いかもしれない。

それ自体は悪いことではない。だが実際「交流会」に参加したからすぐ仕事に結びつくかとなると世の中そう甘くはない。今いくつか話しがあるものはあるがまだ具体的に最終決定したものはない。ただそれでもこういうことを続けていくうちに本当に新たな仕事に結びつく可能性はあるので続けていく必要はあるとは思う。

とはいえ、一昨日の「メデイアコミュニテイ」は会場の関係で来年の2月まで開催されないし、そろそろ交流会やオフ会ばかりに参加するのも疲れてきたので当分の間は必要最小限度にとどめようと思う。それでも忘年会のシーズン(あと一ヶ月半!!)となればまた増えてしまうだろが...

実は音楽業界は交流会、特に異業種の交流というのは他の業界と比べて遅れている。一部のメデイア関係以外は殆どない、といってよいかもしれない。音楽業界も芸能界もある種の「村社会」的な要素があり、その業界だからこそ通じる「常識」(一般社会では非常識に近い)部分がある。そのため他の業界、異業種交流などというものにそもそも出席しようなどという発想自体を持っていないことが多い。その意味では私などある意味例外中の例外かもしれない。

だが何でも交流会だからよいとは限らない、実は必ずしも「好ましい」人間ばかりではないという現実もある。とある異業種交流会に出席した時の話,こともあろうにその交流会に「先物取引」関係の人間が出席していたのだ。「先物取引」とはご存じの通り別名「法に保護された詐欺」(なぜあれだけの犠牲者が出ているにもかかわらずなぜ行政や政治がこういう連中を放っているのか不思議だ、おおかた業界団体から政治家に多額の金が流れているのだろう)とまでいわれる連中だ。しかし始末が悪いことにこういう交流会では「名刺交換」を要請されたら断ってはいけないという不文律みたいなものがあり、またよりによってその連中の近くの席にすわってしまったのだ。

こいつらがあとで各出席者に凄まじい電話攻勢をかけたたのはいうまでもない、勿論交流会の主催者には多数のクレームがいった。実は私はだいぶ前にとある先物業者に凄まじくしつこい電話攻勢をかけられた経験があるので、逆にこういう連中の撃退方法も心得ているため事なきを得た。しかし交流会には時々こういう連中に出くわす危険もあるので、なるべく事前に出席者を見ておいた方がいいと思う。まあいろんな交流会に出席したら、いろんな経験もあうるという一例でしょう。

ちなみに先物業者は「獲物」を決めると本当に凄まじいまでの電話勧誘攻勢をしてくる。私ももう十年以上前になるが、何を勘違いされたかとある先物業者に凄まじいセールス攻撃を受けた、断っても断っても続いてくる勧誘、おかげで業務にも著しい支障をきたし、ついにはたまりかねて消費者団体や警察にも連絡、最後はうちの顧問弁護士に相談して「威力業務妨害」で訴えようとした直前になって、この連中の勧誘はピタっと止まった。私が連中の電話の会話を録音し、弁護士の存在をちらつかせたからだ

詐欺集団というのは弁護士というものが怖いので、弁護士の存在をちらつかせる悪質な勧誘の会話を録音する(留守電機能があれば会話は録音可能です)という手が非常に有効です。とにかく市況の専門家ならともかく一般の素人にこんなものに投資させたってうまくいくはずがないし、業者のシステムは最後は絶対に損をさせるシステムにできあがっているのだから、どうしてこういう連中を政治も行政も放置しているのか本当に不思議だ。ある意味スパムメール以上に始末の悪い連中である。

ちなみに先物取引業者の被害の相談に乗ってくれる所があります
・弁護士による先物被害相談  森法律事務所 弁護士6名在籍
http://www.sakimono-web.com/


先物被害相談センター
www.sakimono-sos.net/

交流会の話しからそれてしまった。ちょっと嫌な思い出だったので....まあ実際に投資して大損するという事態は何とか免れたのでまだましかもしれないが...




ユーブック



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2007年3月11日 (日)

子供のピアノ発表会

うちの娘が地元のピアノ教室(個人のピアノ教師3教室合同)の発表会に出るということで親戚のお迎えやビデオ撮影係と例によって家族サービスで大変だったが、考えてみれば教室の発表会なるものを自分でやったのは果たしていつのことだったろうか、自分でも覚えていない。私が青島何某に作曲理論を学びに行ったころそこで発表会なるものがあったのを記憶しているがその時はピアノではなく自作を発表する場であった。驚くなかれミニマリズムの現代音楽だったのだ。(大学生の頃だったと記憶している)

純粋にピアノ発表会なるものは最後にやったのはいつだったか記憶にない。それくらい昔の話だが、はっきりわかったのは自分の時代と演奏曲目がガラッと変わったこと。大半が小学生ということもあるがデイズニーメドレーから何とJ-popものまであった。私の頃には考えられなかったことである。勿論ピアノをある程度長くやっていたら必ず弾かされる懐かしい曲(クレメンテイとかクーラウとかブルグミューラーとか)もあったし、勿論ベートーベンやモーツアルトといったクラシックもあった、それにしても赴きは自分の時と大きく変わったのが興味深かった。

勿論基本的にはそれはいいことであると思う。特に子供たちが興味を持って楽しく弾ける環境を作ることは大切である。私の時代ではそうして配慮があまりなかったといってよい。まだ体育会系的というかスパルタ的な風土が残っていたのである。それを考えると私の性格でよくもまあこんなに長く続いたものだと自分で感心する。

しかし演奏の内容について、まあ子供の演奏なので音楽的評価はともかく「よく練習している」子とそうでない子の差は歴然としているなとも思った。少し気になるのはある程度大きくなってピアノもそこそこ続けているはずなのにまだ手首を大きく下げて(したがって手は上向きで)弾いている子がいた。なぜピアノ教師はそれを直さないのか不思議だった。あるいは注意しても直らないのか、

ピアノや鍵盤楽器は手を丸くして卵をかぶせるような感じで弾くのが基本である。趣味でやったり、楽しくやるにしても基本は大事にした方がいいと思う。

とにかく終わった、一番気がかりだったのは当日になって子供が熱を出したりするんじゃないか、というのが心配だったがそれもなくつづがなく終了。それがなによりだ。


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2007年2月22日 (木)

10周年ーかつて一世を風靡(?)した作品発売十周年飲み会

かつて人気を博したシミュレーションゲーム"Little Lovers"の関係者の飲み会が発売10周年を記念して新宿で行われました

ご存じない方のために説明しますと一時流行った女の子と「同居」シミュレーションゲームで同じく人気を博した「ときめきメモリアル」と同じようなシミュレーションゲーム。但し我々の"Little Lovers"の方が発売は早かった(と思う)

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左がその"Little LoversI" 当時は「声優ブーム」だったこともあり主演は人気声優の吉田古奈美さん、菅原祥子さん、笹本優子さんの3人、真ん中はヒットしたため好評のためアクセサリー(スクリーンセーバー) そして右が"Little Lovers2"で主演が今も人気声優として活躍中の坂本真綾さんです。テーマソングとゲーム音楽はいずれも私の手によるものです。

この時はゲーム音楽も結構作り甲斐があったんですね。今は音にお金をかけるゲームは全体のほんの一部、殆どは音大や音大専門学校の子たちをアルバイト同然で雇って作らせているのが現状。それもあってこの仕事は私にとっても忘れられない仕事の一つになっている。

今回の集まったメンバーで唯一ゲームの仕事をし続けているのはじろっくすざん一人だがまた何かいっしょにできる機会ができればいいのだが...

ちなみに既にご案内していますが"Little Lovers2"のテーマソング「明日への扉」はうちの奥津恵のヴォーカルによってリメークする予定です。これから何回か人前で歌わせて自分のものにできるように練習させます。






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2006年9月11日 (月)

9.11から5年

今日は日が日だけに暗い話です。読みたくない人はとばして下さい

あの忌まわしい9月11日のテロから5年がたった。
ニューヨークの「グラウンドゼロ」では追悼式典が行われている。7年くらいニューヨークに住んでいた人間としてWTCのツインタワーがなくなったマンハッタンがいまだに信じられない

しかしそれから勃発したアフガニスタン、イラクでの戦争、しかもイラクの戦争の大義名分は全て大嘘だったことが判明した。しかもアメリカ内では9.11の陰謀説ーアメリカの自作自演説までまことしやかに論じられている。その真偽は別としてそれだけ政府に対する不信感がアメリカ人の間でも増大していることを示している。

あの事件からアメリカはすっかり変わってしまった。メデイアは事実上政府にコントロールされていた状態だったしリベラル派は政府、行政は勿論メデイアからも大半が追放された。政府やイラク戦争に批判的な言動をした人間は職場から追放されたか、されなくても窓際に追いやられた。その中には誰かに監視されている感じがすると訴えた人間もいる。事実とすれば今のアメリカは警察国家になっていることになる。イラクや北朝鮮のことなど同様ー事実上の独裁国家だ。

そして、何よりもあれから罪のない人間の何人が死んだのか。
更にあの戦争によって確実にもうけた連中が存在するという事実、そしてそのもうけた連中がブッシュの支持母体であるという事実。

何度も言うがアフガニスタンでもイラクでも実際のテロリストより一般市民の犠牲者の数の方が圧倒的に多い。アメリカのメデイアはそのことに殆ど触れていないがそれは紛れもない事実である。(実際殆どのアメリカ人がそれを知らない)

アメリカ人は海外で現地の人間がどれだけ死んでも眉一つ動かさないが、アメリカ人が外国で一人でも惨殺されたらヒステリックになる。大半のアメリカ人にとって外国で何が起きようと知ったことじゃないと考えているのが現状だ。アメリカ政府などはもっとひどい。アメリカ一国の利益さえ守られればいい。あとは知ったことじゃない。逆らう国は全部つぶすぞ。そういう国になってしまった

アメリカは私に自由と民主主義のすばらしさを教えてくれた国である。その国がこんな風になってしまったのは悲しいしやりきれない。

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2006年8月15日 (火)

これからも平和の中で音楽を続けられますように

というのが終戦記念日での私の願いー前の日記コメントでいろいろゴチャゴチャ書いたが、とどのつまり私の願いはこれだけです。平和と安定の中で楽しく音楽をやり、ステージを行えてお客さんといっしょに楽しむことができる世の中でいつまでもあって欲しい。それだけです。そして日本のみならず周辺地域の国、外国ともトラブルがないように相互理解を深める努力をしていきたい。それが切なる願いです

最近のネットやブログのコメントを見ると、特に若い世代に多いような気がするが、タカ派的なコメントが目立つように思う。特に在日の人たちを始めとした朝鮮や中国の人に対する差別的発言を平気で書き込む人間が少なくないのが読んでいて悲しく情けない。無知は偏見を生み、そこから憎しみへと進化する。だからこそ安価なナショナリズムに流されず相互理解を続ける努力が必要だと思う。戦前の過ちを繰り返してはならない。

この国の行く先を案じつつ、音楽文化を通じて人の心が豊かになるように今後も音楽の作家としてがんばっていきたいと思います。平和は、それぞれの心の平安にある。
その平安を、音楽に込めて祈りたいですね。

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