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2022年4月 3日 (日)

第94回アカデミー賞の余波と日本映画が本当に世界のレベルに追い付くための提言ー「芸能界」から「ショービジネス」への転換を

日本時間の今週月曜日に行われた第94回アカデミー賞の「ウイルスミス平手打ち事件」の余波が続いている。これに関しては私の周囲もそうだし私自身も前回の記事で現在病に苦しんでいるウイルスミスの妻のジェイダ・ピンケット・スミスを揶揄されたことに対する行動で、勿論暴力は正当化はできないが、行動には理解を示した旨を書いた。ネットやSNSを見てもだいたいそういう趣旨の意見が日本国内では多かった。

しかしアメリカ では「ウイルスミスが悪い」の反応がもっぱらで、日本とは真逆な反応となっている。

■アカデミー賞“ビンタ”事件、欧米では日本と真逆の反応「最も恥ずべき」「見るにたえない絵面」
https://joshi-spa.jp/1151377?cx_clicks_art_mdl=21

私自身もアメリカ生活が長いのだが、このアメリカ国内の論調でいささか戸惑ったのはクリスロックのお世辞にもセンスのいいとはいえないギャグで病のジェイダ・ピンケット・スミスを腐した行為に対してはアメリカはほぼ不問で、ウイルスミスの平手打ちこれ一本に絞って非難をしている点である。それどころかジェンダー平等主義の論客から「女性は自分で自分の身を守れる。女性を守ると称してあのような行動をとったのは女性に対する侮辱でもある」という見解がかなり広い範囲で出てきている点。

私はジェンダー平等と「愛するものを守る」というのは全く別問題だと思うのだが、アメリカではかなりの層がそう考えているらしい。おそらくフェミニズム運動の影響もあるかと思うが、そこの部分を論じると話が別の方向に議論がいってしまうので、ここでは割愛する。

今回の件ではウイルスミスは公式に謝罪しているが、それでもアメリカの世論は収まっておらずウイルスミスは映画アカデミーの委員を辞職した。
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今回のオスカーは前回の記事でも書いたが障害者の映画の「コーダーあいのうた」の作品賞、脚色賞、助演男優賞(史上初! 聴覚障害者がオスカー受賞)という画期的なことが起きたことでもあり、「歴史が動いた」オスカーでもあっただけに残念だ

さて本題に入ろう。

今回「ドライブ・マイ・カー」は「外国語映画作品賞」は受賞したものの、残念ながら「脚色賞」「最優秀監督賞」「作品賞」は受賞できなかった。私見ではそのことだけで「日本映画」の勝利にはならないと思う。
そして私と同じ見解を持っていた方がいた。朝日新聞の小峰健二記者である。

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私がいうより小峰記者のツイートを並べた方が問題が浮かび上がるだろう。

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ひとことでいえば映画に限った話ではないが、日本の芸能関係の「ガラパゴス体質」が改善しない限り日本の映画が世界レベルで勝利者にはならないのである。
だから日経新聞のこの記事も私にいわせれば、まだ時期尚早だと思う

■日本映画、第3の黄金期へ 師と競う映画学校世代
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2565H0V20C22A3000000/

またダイバーシテイやSRGsが世界的な潮流となっている時代に、いまだに「枕営業」なるものが当たり前のように存在するようではダメだ。

「性被害」映画監督による性加害を女優が告発 脚本家からも疑問の声
https://bunshun.jp/articles/-/52554

俳優木下ほうか氏による性被害事件

木下ほうかさんドラマ降板 報道受け事務所申し入れ―NHK
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022032801100&g=soc&

私事だが拙音楽担当でいまだ公開されていない「銀幕彩日」という作品があり、木下さんも主演の一人となっており、この映画の劇場公開の見通しが立たなくなっているのではという懸念を持っている。

個人的には映画作品そのものと今回の不祥事は無関係なので何とかならないか、とも思ってるが、うーん厳しいかな?とんだとばっちりを受けたという感じだ。

しかしそういう日本映画の体質を改善しようという動きは存在する。

■ 文化庁が進める「文化芸術分野の適正な契約関係構築」 「映画監督有志の会」がハラスメント防止に向けての要望書を提出
https://eiga.com/news/20220328/26/?f 

とにかく日本映画が真の意味で世界レベルになるためにはまずビジネス的なことをきちんとやらなければならない。日本の良くないところとしてそれがなぁなぁになってしまうこと。そして上下関係がビジネスの契約に優るなどという考える輩が多いこと。

欧米は良くも悪くも徹底な契約社会。ビジネスとして割り切るため日本人の感覚だと「冷たい」印象があるかもしれない。

しかしだからこそ信頼できるのだ。映画にしても音楽にしてもそこを曖昧にしてしまうところがあり、それが歪んでしまうと「枕営業」なりセクハラ、パワハラが横行することになる。

ハッキリ言うがそれは後進国のやることである。日本の映画、音楽は最初から後進国だったのだ。だから先進国のビジネスに戻すー 「芸能界」では無く「ショービジネス」への転換を図らなければならない。

繰り返す日本映画が真の意味で世界レベルになるには

  • (1) ガラパゴス体質を捨てる。世界的な視野に基づいて映画制作を行う(昭和の発想を捨てる)
  • (2) 「芸能界」では無く「ショービジネス」への転換を図る

そういう意識改革が日本の映画界に果たしてできるか?

 

 

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