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2022年2月20日 (日)

東出昌大退所報道を見てー令和ではなく「昭和97年」の脳を持つ人たちが日本の芸能界、映画界を仕切っているのが日本がショウビズ後進国になった原因

私は基本「芸能ネタ」には興味がない。特に誰が誰と惚れた、別れたといった類の話に騒ぐ芸能マスコミには寧ろ苦々しく思っているし、基本その手のことで世間が騒いでいてもスルーする。だが以下の記事には全面的に同意できる。

■ユマニテ社長の感情だだ漏れ声明に漂う“昭和芸能界しぐさ”──東出昌大退所報道の「契約解消」とは
https://news.yahoo.co.jp/byline/soichiromatsutani/20220216-00282318 

最初にお断りしておくが私は東出昌大氏とは個人的な面識もないし、それ故同氏を擁護したり、況や応援するつもりなど1ミリもないことはご理解いただきたい。

しかしそれを踏まえても今回の芸能マスコミの報道は酷い、日本のマスコミの体質だが政府でもお役所でもこういった大企業や大手芸能事務所でも内容に全く無批判にそのまま垂れ流すというケースが多いが、今回もその例。旧態依然とした芸能プロダクションと、それに疑問を抱かずに追従する芸能マスコミという構図、つまりここにはいまだ「昭和」の発想から抜けきれない芸能プロダクションのトップとその「昭和の発想」に何の疑問も抱かずに明らかに芸能プロダクション側からのバイアスがかかった情報を垂れ流している芸能マスコミの構図をみることができる

だが今は時代は令和である。インターネットやソーシャルメデイアが発展し映像コンテンツも情報も国境関係なく動き回る。この点だけで「昭和」という時代とは根本的に違う社会ができあがっている。しかし日本の政治家、財界、そして各業界のトップの言動をみてもそのことを理解しているとは到底思えないのだ。

上記の記事でも「昭和97年」という面白い表現が出ているが、その表現をお借りしたいと思う。芸能界に限ったことではないが頭の中が令和ではなく「昭和97年」のつもりでいる輩が政治,財界,芸能界に溢れている。旧態依然とした芸能プロダクションとそれに疑問を抱かず追従する芸能マスコミはグローバル化した現代では日本の映画やショウビズ(あえて『芸能界』という表現は使わない) の時代に対応する点で足かせになっている。

実際芸能プロダクションでは所属タレントにネットやソーシャルメデイア等に一切登録することを禁止している所も少なくない。事務所が管理しながら情報を発信するならまだしも、一切かかわることを禁止しているのだ。実際ネットそのものをいまだに敵視している芸能プロ関係者も少なくない。これじゃいつまでたっても「昭和」の発想から抜け切れるわけがない。

そうした体質が原因で音楽、映画で日本は世界から一歩も二歩も遅れていくことになる。この状況を今変えないと手遅れになる。

「ドライブマイカー」のオスカー受賞が日本の映画界を変えることになるか。「昭和97年」の脳の方にはご引退いただきたい

拙ブログでも書いたように日本映画として初めて「ドライブマイカー」がオスカーで4部門ノミネートされた。

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濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」オスカーで4部門ノミネートー映画製作で世界から置いてけぼりの日本は他国に追い付けるか?
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2022/02/post-a8e6e9.html

今回のノミネートのポイントはかつての黒沢映画や宮崎駿の作品のように「外国語映画」部門のノミネート(今回もその部門でのノミネートはされている) ではなくアカデミー賞の作品賞、監督賞という「正規」の部門でノミネートされている点である。日本人の監督がステイ―ブンスピルバーグ、ケナスブラナー、ジェーンカンピオンという世界の一流監督と同席でノミネートされる、そのことだけでこれは歴史が変わったといっていいほどの大事件である。

勿論結果はわからないがもし監督賞、作品賞どちらかを受賞できただけで日本の映画界を根本的に変える動きに結びつくのに十分なできごとである。是非実現してほしいものである。少なくとも「昭和97年」の頭のままでいる人たちは無用の存在になるだろう。

 

 

 

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