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2021年8月23日 (月)

東京芸術大学に「ジャズコース」ができたという情報ー日本の音楽大学の方向性、体質は本当に変わるのか?

おそらく日本の家庭の少なくとも3軒に1軒が 24時間テレビを見ているだろうが私の周囲は皆 youtube 経由でフジロック をずーっと見ていた。
その中であるジャズフュージョンバンドのライブの時に「東京芸術大学ジャズコース卒業」なる紹介が出て驚いた。

東京芸術大学にジャズコース?

その記述が一瞬信じられなかった。何かの間違いではないか、と思ったのである。

東京芸術大学の音楽学部といえば日本の音楽アカデミズムの総本山クラシック音楽以外芸術と認めず否定の対象としていた大学である。少なくともついこの間までは...

実際あるミュージカルシンガー(東京芸術大学声楽家出身)から聞いた話がある。

在学中からミュージカルが好きだったその人は芸大の奏楽堂でミュージカルの「シカゴ」を公演したという。その方は主役でシカゴだから当然ヴェルマ役のきわどい衣装で"All that's Jazz"を歌ったようである。ところがそれが当時の芸大の声楽家の教授陣の逆鱗にふれ危うく退学させられそうになったという話。その時の大学関係者の拒絶反応ぶりは凄まじかったという。

私も芸大の器楽卒業に酷い目、というか嫌な思い出がある。

とあるレコーデイングで弦楽器を使っていたのだが、急いでいたこともありレコーデイング当日にスコア(当然パート譜)の修正をかなりの部分で行わなくてはならなかった。

ところがそれがその弦楽器の演奏家の一人が気に入らなかったらしく、怒り出した。なんでも芸大の器楽科を主席で卒業し海外のコンクールで優勝した経験がある男だという。そいつの私に対して放った暴言を今でも忘れない

「私はあなたの曲を演奏してあげるんだ。ありがたいと思いなさい」

当時は私も若かったので頭に血が上り、頭に来てそいつをレコーデイング現場から追い出した。ふざけるな。何様だ、と。

その日一応レコーデイングは弦楽器(バイオリン)一人足りない状態で行ったが一日気分が悪い状態で行った。あんな嫌な思い出のレコーデイングしたのは後にも先にもその時だけだ

まあそんな経験があっただけに「芸大にジャズコース」という情報がにわかに信じられなかったのである。だがどうやら嘘ではないらしい

日本の音楽大学もようやくウイーン、パリ一辺倒の音楽教育からより広い視野で音楽教育をやるバークリー型に転換する雰囲気になったんだろう。正直遅きに失した感はあるんだが、まあやはりどんなに保守的な世界でも時代の流れに取り残されるようじゃ生き残れない、ということに気づいたんだろうな。それが音楽に関して極端なほど保守的といわれてきた東京芸大ですら例外ではなかったということらしい。

話をきくと国立音大や洗足学園もジャズコース、ミュージカルコース、が存在するらしい。国立音大も洗足も多くのポピュラー肌の音楽家が出ているので、こちらはそんなに驚かない。東京音大も伊福部先生が作った映画音楽やコマーシャル(商業音楽)をやる「放送音楽部」というのが存在するし、器楽もオプションだがジャズコースも入っているという。

調べてみると新たな学部を創設した、ということではなさそうだ。従来の器楽科の中にジャズのカリキュラムが入ったということのようである。
https://www.geidai.ac.jp/department/music/outline

都内にある国立大学の准教授をしている知り合いの話しだと東京23区の大学には「どんなに新しい学科を作ろうとも大学全体の学生定員を絶対に増やしてはいけない」というお触れがあるという。なぜそのようなものがあるのかわからないが、それもあって大学のカリキュラムを増やすということは生半可なことではないだろうと思う。

だからただでさえ保守的な体質を持っている大学に従来の方向とは真逆のカリキュラムを入れるのは我々が想像する以上に大変だっただろうと思う。音楽学部のお迎えにある美大では日比野克彦が学長になって劇的に変わったという。元々芸大でも美術学部は面白い、クリエイテイブな人間が多かったが、それが更に強化された感じだ。
実際「映画コース」とか「舞台コース」ができたし、クリエイテイブの幅が広がったのは確かである。その関係で保守的で凝り固まっていた音楽学部も変わらざるを得なくなったのかもしれない。

私はとんでもない昔に芸大の作曲学科を受けようと考えたことがあったが、その時の雰囲気を覚えているだけに余計にこの事実に驚きを覚えるが、しかし19世紀で頭が止ったような教授陣が少なくない大学の体質を考えると、ジャズコースを取り入れたとはいえ音楽学部の体質がドラステイックに変わったとは思えないのだ。

今大河ドラマで幕末から明治を描いた「青天を衝け」をやっているが、幕末から明治という価値観がドラステイックに変わった時代に「近世」から「近代」に脱皮するのに戊申戦争と最後は西南戦争が必要だった。その間四半世紀の時間を要したのである。芸大の中も実際に戦争がおきるかはともかく、同じような学内の葛藤が起きていることは想像に難くない。

何にせよ、東京芸術大学音楽学部が「ジャズコース」のカリキュラムを持ち、より広い視野で音楽に取り組むようになった動きを歓迎する。音楽のレベルで世界から大きく取り残されている日本。ここから世界に追い付くのは生半可なことではないが、望ましい動きであることは確かである。

 

 

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