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2021年8月

2021年8月26日 (木)

Dare to Overcome アンセム(テーマソング)公開とこのテーマソングの背景について

私が"Dare to Overcome "というムーブメントに関わったのは確かダマー国際映画祭で”Religious Freedom and Business Foundation"代表のブライアングリムに会ったときでその時は「パラリンピックをサポートするイベント」でテーマソング(アンセム)を書いてくれる作曲家を探している、との話だった。当時はまだコロナの脅威とか全くない時で、非常に軽い気持ちで「パラリンピック関連イベント」のテーマソングを書けるということで喜んで引き受けた。まさか今日のような事態になるとは思ってもいなかったが...

 アンセムだから当然曲だけでなく歌詞も必要である。ということで作詞家も公募したが私自身も書いてみることになった。だが作詞作業をしているうちに今回の"Dare to Overcome "の背景にここ10年で社会の価値観が大きく変わっている事実に直面することになった。

その変化は大きく分けて2つある、厳密には"Dare to Overcome "関連でもう1つあるのだが、それは別項で述べる

Dare to overcome

https://dtojp.org/

・ダイバーシテイ(多様性)

ニュースとかあまり見ない人もLGBTやジェンダー問題、人種、そして"Dare to Overcome "が主にみつめている障害者をたちの違いをリスペクトし尊重する、という動きが世界的に広がってきていることはわかるだろう。これらは世界的にも重要な問題として扱われ特に欧米社会でジェンダーや人種に基づく差別を行ったために業界、社会から追放されていく例が多く起きている。

・SDGs(持続的発展目標)

ムリな目標をたてることなく、誰もが取り残されることのない社会、全ての人は社会的発展の恩恵を享受する社会を目指すということ。これはヨーロッパを中心として広がってきた考え方である。

ダイバーシテイとSDGs 残念ながら日本はこの両面で世界から著しく遅れているといわざるを得ない

とりわけダイバーシテイについての日本の状況は悲惨といっていい。日本人は島国のためか「ムラ社会」的メンタリテイが強く「他人と違う」ということは「悪いことである」といった考え方が何となくある。そのため「他人と違う」ことが原因で差別やいじめが日常的に起きている。

これがもっとも顕著に表れたのが今年の東京オリンピックだ。いじめをあたかも武勇伝のように語る音楽プロデユーサー、女性差別をしつこいくらいに繰り返す組織委員長、そして下積み時代の若気のいたりとはいえホロコーストをギャグにしてしまう演出担当者

結果として開会式も閉会式も演出家不在のセレモニーとなり私のようなエンタテインメントに関わる人間としては穴があったら入りたいほどの恥ずかしい内容のものになった。

日本人にもっと「他人と違う」ことをリスペクトして尊重する気風があったら、そうすればこんなことは起きなかったであろう。社会からいじめも差別もなくなるかもしれない、少なくとも少なくすることはできる

"Dare to Overcome " を日本語に訳すと「あえてそれを乗り越える」という意味になる。自分と違うから忌避するのではなくその忌避したい気持ちを「あえて乗りこえる」。それを日本人の端くれである私が音楽で表現する、ということは意味があるように思う。日本人がもっとも苦手とすることだからこそ..

SDGsも最近日本の企業で云い始めてはいるものの、政府や経団連を始めとする日本の大手企業には受け入れられている、とは言い難い。これというのも日本はいまだ「新自由主義」(弱者切り捨てを正当化する弱肉強食の経済政策)に固執する向きがあり、とりわけ政府の経済や人事労務政策を取り仕切る人間が某人材派遣会社代表で筋金入りの新自由主義者だからである。経団連の多くの企業もそれを支持しており、SDGsが本格的に広まるにはおそらくは政権が変わらないと無理かもしれない。いずれにせよ日本はこの面でも大きく遅れている。

「他人と違う」ことを「あえて乗りこえる」 ="Dare to Overcome " それが広まれば差別はもとより戦争もなくなっていくだろう。そして誰もが取り残されることのない平和で自由で平等な社会を目指すことができる。その思いを音楽に私はこめたつもりである。そしてその気持ちをこの曲を聴くことによって共有していただければ幸いである。

ちなみにミュージックビデオの冒頭に手をつないでいる男女が出てくる。一人はイスラエル人、もう一人はパレスチナ人である。この両国がどれだけ悲劇の歴史を歩んできたことはご存じの方も多いと思う。しかしそういう悲劇な歴史を「あえて乗りこえる」 ="Dare to Overcome " ようになってくれればと思う。「違いがある」から憎しみあうのではなく、わかりあう。憎しみは憎しみしか生まないからである。

長くなったがそうした思いを共有していただければ幸いである。

Dare to overcome anthem

作曲、編曲:大野恭史
作詞:大野恭史 Brian Grim

 

 

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2021年8月23日 (月)

東京芸術大学に「ジャズコース」ができたという情報ー日本の音楽大学の方向性、体質は本当に変わるのか?

おそらく日本の家庭の少なくとも3軒に1軒が 24時間テレビを見ているだろうが私の周囲は皆 youtube 経由でフジロック をずーっと見ていた。
その中であるジャズフュージョンバンドのライブの時に「東京芸術大学ジャズコース卒業」なる紹介が出て驚いた。

東京芸術大学にジャズコース?

その記述が一瞬信じられなかった。何かの間違いではないか、と思ったのである。

東京芸術大学の音楽学部といえば日本の音楽アカデミズムの総本山クラシック音楽以外芸術と認めず否定の対象としていた大学である。少なくともついこの間までは...

実際あるミュージカルシンガー(東京芸術大学声楽家出身)から聞いた話がある。

在学中からミュージカルが好きだったその人は芸大の奏楽堂でミュージカルの「シカゴ」を公演したという。その方は主役でシカゴだから当然ヴェルマ役のきわどい衣装で"All that's Jazz"を歌ったようである。ところがそれが当時の芸大の声楽家の教授陣の逆鱗にふれ危うく退学させられそうになったという話。その時の大学関係者の拒絶反応ぶりは凄まじかったという。

私も芸大の器楽卒業に酷い目、というか嫌な思い出がある。

とあるレコーデイングで弦楽器を使っていたのだが、急いでいたこともありレコーデイング当日にスコア(当然パート譜)の修正をかなりの部分で行わなくてはならなかった。

ところがそれがその弦楽器の演奏家の一人が気に入らなかったらしく、怒り出した。なんでも芸大の器楽科を主席で卒業し海外のコンクールで優勝した経験がある男だという。そいつの私に対して放った暴言を今でも忘れない

「私はあなたの曲を演奏してあげるんだ。ありがたいと思いなさい」

当時は私も若かったので頭に血が上り、頭に来てそいつをレコーデイング現場から追い出した。ふざけるな。何様だ、と。

その日一応レコーデイングは弦楽器(バイオリン)一人足りない状態で行ったが一日気分が悪い状態で行った。あんな嫌な思い出のレコーデイングしたのは後にも先にもその時だけだ

まあそんな経験があっただけに「芸大にジャズコース」という情報がにわかに信じられなかったのである。だがどうやら嘘ではないらしい

日本の音楽大学もようやくウイーン、パリ一辺倒の音楽教育からより広い視野で音楽教育をやるバークリー型に転換する雰囲気になったんだろう。正直遅きに失した感はあるんだが、まあやはりどんなに保守的な世界でも時代の流れに取り残されるようじゃ生き残れない、ということに気づいたんだろうな。それが音楽に関して極端なほど保守的といわれてきた東京芸大ですら例外ではなかったということらしい。

話をきくと国立音大や洗足学園もジャズコース、ミュージカルコース、が存在するらしい。国立音大も洗足も多くのポピュラー肌の音楽家が出ているので、こちらはそんなに驚かない。東京音大も伊福部先生が作った映画音楽やコマーシャル(商業音楽)をやる「放送音楽部」というのが存在するし、器楽もオプションだがジャズコースも入っているという。

調べてみると新たな学部を創設した、ということではなさそうだ。従来の器楽科の中にジャズのカリキュラムが入ったということのようである。
https://www.geidai.ac.jp/department/music/outline

都内にある国立大学の准教授をしている知り合いの話しだと東京23区の大学には「どんなに新しい学科を作ろうとも大学全体の学生定員を絶対に増やしてはいけない」というお触れがあるという。なぜそのようなものがあるのかわからないが、それもあって大学のカリキュラムを増やすということは生半可なことではないだろうと思う。

だからただでさえ保守的な体質を持っている大学に従来の方向とは真逆のカリキュラムを入れるのは我々が想像する以上に大変だっただろうと思う。音楽学部のお迎えにある美大では日比野克彦が学長になって劇的に変わったという。元々芸大でも美術学部は面白い、クリエイテイブな人間が多かったが、それが更に強化された感じだ。
実際「映画コース」とか「舞台コース」ができたし、クリエイテイブの幅が広がったのは確かである。その関係で保守的で凝り固まっていた音楽学部も変わらざるを得なくなったのかもしれない。

私はとんでもない昔に芸大の作曲学科を受けようと考えたことがあったが、その時の雰囲気を覚えているだけに余計にこの事実に驚きを覚えるが、しかし19世紀で頭が止ったような教授陣が少なくない大学の体質を考えると、ジャズコースを取り入れたとはいえ音楽学部の体質がドラステイックに変わったとは思えないのだ。

今大河ドラマで幕末から明治を描いた「青天を衝け」をやっているが、幕末から明治という価値観がドラステイックに変わった時代に「近世」から「近代」に脱皮するのに戊申戦争と最後は西南戦争が必要だった。その間四半世紀の時間を要したのである。芸大の中も実際に戦争がおきるかはともかく、同じような学内の葛藤が起きていることは想像に難くない。

何にせよ、東京芸術大学音楽学部が「ジャズコース」のカリキュラムを持ち、より広い視野で音楽に取り組むようになった動きを歓迎する。音楽のレベルで世界から大きく取り残されている日本。ここから世界に追い付くのは生半可なことではないが、望ましい動きであることは確かである。

 

 

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2021年8月18日 (水)

NFTマーケット奮戦記 その後

もう先々月になるが今注目されている未来のコンテンツビジネスNFT (Non-Fungeble Token) の商品を実験的にリリースしたことを当ブログにてお知らせした。

■実験発売ーNFT作品を制作し出品してみる。思った以上に悪銭苦闘(汗)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/06/post-e12bb8.html

一部のコンテンツは高値で売られているというNFT.。小生は売り出して既に1ヶ月半を過ぎている。その後も商品の数を増やした。さまざまな商品でNFTマーケットのマーケテイングを行うことが目的だからである。現在リリース中のNFTは次の通り

 

Healing pictures Dusk3Dusk3
Dusk in East Atlantic 0.04ETH (10個)
Healing pictures Dusk3Mountain_sample
Mountains of Tsugaike plateau 0.04ETH (10個)
Yui Little lovers 2ndLl2_large
Yui Little lovers 2nd 0.05TH (10個);
Little Lovers 1Ll1_large
Little Lovers 1 0.05TH (10個);

 これ以外にこれは画像のみminting したコレクションは以下の通り

Ll13
little lovers-1 memories collection
各0.025TH
Yui2
little lovers 2nd Yui_memories
各0.025TH

結論からいおう 

続きを読む "NFTマーケット奮戦記 その後"

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「過去の成功体験」が日本の音楽業界、芸能界をダメにした。日本人全体が「昭和」を脱ぎ捨て新時代に対応できるかが日本復活のポイント

未曽有といってもいいコロナの感染爆発の中政府が強行した「東京オリンピック」も終了し、しかも感染爆発が全く収まる気配がない中、政府も東京都も「東京パラリンピック」の開催を強行する構えだ。この暴挙はさらなる感染拡大に結び付けることは確実であり、緊急事態宣言の延長や地域の拡大も全く意味がなくなるだろう。

これも自粛とか飲食店の営業時短を要求しながら巨大スポーツイベントを強行するという矛盾が国民の緊急事態宣言に対する意識低下に直結しているためである。詳しいことは私のもう1つのブログに書いてあるので参照されたい。

 ■コロナの感染爆発の背景を私なりに分析ー首都圏の感染爆発は決して東京オリンピックと完全に無関係とはいえない。菅首相と小池都知事の失政の結果である
https://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2021/08/16/134943

このオリンピック強行の背景には日本政府、自民党を中心とした利権政治がある。いわずとしれた電通、パソナといった政府与党の「お友達企業」を潤わせることで政治家が献金も得るといういわゆる昭和の時代から存在する利権政治である。

今回のオリンピックはいろんな意味で「昭和の時代」がもはや過去のものであり、また「過去のもの」にしなければならないことを様々な面でみせつけた。オリンピック関係者から飛び出た次から次の問題発言、運営スタッフのお粗末ぶり(実質プロデユーサー不在)よくもまあこれだけトラブルが起きたものだといわざるを得ない内容だ。

ダイバーシテイ、LGBT, SDG,そしてパラリンピックがらみで障害者の社会的復帰と独立を推進するERG

これらは世界的な潮流であるが、今の日本でそれらを完全に理解している人たちがどれだけいるだろうか?これというのも日本社会、日本のエンターテインメントの「ガラパゴス体質」が大きい。

関連記事(当ブログ)
■東京五輪の次々と起きる不祥事は組織委員会のプロデユーサー不在の実質シロウトによる運営と日本の文化のガラパゴス体質がもたらしたもの
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2021/07/post-4a4601.html

もう1つ私が感じたのは「昭和の時代からの脱却」が現代の日本人、取り分け日本の政官財のトップが全くできていない、どころかいまだに「昭和の時代」を絶対視する傾向すらあるという点である。

「昭和」とりわけ「戦後の昭和時代」はある意味日本にとっての「黄金時代」だったのは事実だろう。高度成長時代からバブル時代、日本は先進国の仲間入りし、世界第二位(現在は第三位)の経済大国に発展したのはこの時代。これはあたかもアメリカ経済の1950年代のような「黄金期」のように日本人にとって「戦後の昭和時代」は日本が繁栄した時代であった。

しかしここであえて1つのことを指摘する。それは...

成功体験は人をダメにする

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