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2020年2月20日 (木)

国内マーケットではなくインターナショナルなマーケットに向けた仕事を画策

もう10日あまりの日にちが経つが、ポン ジュンノ(英語だとボンジュンホ- Bon Jung Ho)監督の「パラサイト」がアメリカアカデミー賞で作品賞を始めとする4部門を受賞するという歴史的できごとが起きた。台詞が英語でない映画が外国語映画賞ではなく作品賞、監督賞にノミネートされること自体が数年前では考えられなかったからである。(昨年のキュアロン監督の"Roma"からその兆しはあったのだが)


 私はこれは単に韓国作品が受賞ということよりも映画、音楽を始めとするコンテンツに関する世界での価値観の大きな変化に伴って起きたことであり、時代が大きく変わったことを象徴するできごとだと考える。つまり良質なコンテンツ、面白いものであれば国境、国籍に関係なく世界が評価する時代になったのである。もはや1つの国のマーケットのみで作品を作る時代は終焉し最初から全世界のマーケットにコンテンツを売り込むことを念頭において仕事をするべき時代に入ったのである。


パラサイト」の作品賞、監督賞でのオスカー受賞は単にコンテンツ新時代を象徴するだけなく日本の映画界にとってもある意味深刻な現実をつきつけている。韓国はおそらく映画「シュリ」がきっかけだと思うが国策として映画関係者をハリウッドに留学させ、ハリウッドのトップのスキルを学んで帰国しているため、映画制作のノウハウは世界のトップレベルにまで上り詰めた。だから今回の「パラサイト」の受賞は起こるべくして起きたのだ。対して日本の映画界はいまだ旧態依然の価値観にしがみつき、最先端のスキルも学ばないままでいる。つまり日本の映画のキャストもクルーも世界から大きく取り残されつつあるのだ。この現状は日本の映画関係者は危機感をもたないといけないはずである。


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 だが日本のメジャーの映画会社、その関係者をみる限りそのような危機感を感じているようにはみえない。これは当ブログで20年以上続いた音楽不況の中でメジャーのレコード会社のプロデユーサー、デイレクター連中に関しても同様なことがいえる。日本の映画も音楽も国内市場のみでなまじっかやってこれたという「成功体験」が日本の新時代への対応策を遅らせる結果にもなっている。特に「バブル」の時代に美味しい思いをした世代が今映画でも音楽の大手会社のトップになっていることが、新しい時代への動きへの関心を鈍らせ、過去の「成功体験」に固執させている元凶かもしれない


だが過去、このブログでもそういった業界のトップ、メジャー関係者に対する批判をしてきたが、最近はもうそういうことにエネルギーを費やすよりは彼らなどもう放っておいて、「わが道を行く」という風にした方がいいと考えるようになった。


また最近私が管理するSNSのコミュニテイグループーFacebook「エンタテインメント業界キャステイング」と提携しているシネマプランナーズや他の外国人関係の映画関係の交流会に行ってみてわかったのは、業界トップの考えとは裏腹に「わが道を行く」方向で動いている人が少なからずいることもわかった。
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時代の流れをよんで考えている人は考えている。寧ろ大企業のような組織にいて染まってしまうと世の中の流れがみえにくくなっている。
今そんな現状ではないだろうか?いや、仮に世の中の流れをみてわかっていても今の「サラリーマン体質化」した大手製作会社の人間はその「グローバル路線」に踏み出せないのかもしれない。(例によって「こんなことは前例がない」という官僚化した前例主義がどこの大企業にも現在支配しているのが現状)


だがわかる人は注視していると思う。問題は「誰が最初にそれをやるか」である。日本という国は1つ大きな成功例を出すと業界全体がダーッとそちらの方に動く。もしかしたらみんながそれを待っているのかもしれない。


私も含めてそれを推し進めようとはおもっている。成功しないかもしれない、だが大事なことは目的をもって突き進むことである。








 


 


 

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