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2019年12月14日 (土)

映画、情報社会の圧力ー表現者としてのこれに徹底抵抗する必要性と表現の自由の危機

今年もあと僅かだが今年は映画、アートその他で表現の自由を蔑ろにする「圧力」が社会にみなぎっていた。そんな中。、日経新聞に以下のような記事があった。


■<回顧2019>映画 情報社会の圧力に抗う
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO53215160R11C19A2BC8000/


記事を引用する



芸能人の不祥事が世間を騒がせる度合いが大きくなったことも、情報社会の一面だ。映画の公開中止や延期、改変が相次いだ。犯罪は許されないし、出資企業などが否定的評価のリスクを避けたいのはわかる。しかし明らかに過剰と思われる自粛も少なくなかった。


日本芸術文化振興会が内定していた「宮本から君へ」への助成金を、出演者が麻薬取締法違反容疑で逮捕されたことを理由に不交付とした。さらに要綱を改正し「公益性の観点から」不適当と認められる場合は助成を取り消せるようにした。「公益性」という概念は曖昧で、拡大解釈も可能だ。今後、助成への公権力の介入や表現の自由の萎縮を招く恐れはないか。



目に見えない同調圧力が社会に広がっている。危機感を抱く映画人たちは声をあげ始めた。川崎市の懸念を受けてミキ・デザキ監督「主戦場」の上映を取りやめたKAWASAKIしんゆり映画祭に対し、白石和彌、井上淳一の両監督が抗議し、自作の出品の取り下げを表明した。是枝裕和監督は自作上映時に「主催者側が作品を取り下げるのは映画祭の死を意味する」と訴えた。結果的に同映画祭は「主戦場」の上映に踏み切った。



現代の情報化社会では芸能人が不祥事を起こすとまるで自分が「正義の味方の権化」のような顔をして徹底的に叩きまくる人間がネットには本当に多い。一方で政治家の不正やゴマカシ隠蔽には全く無関心ー寧ろそれを批判する人間を非難して叩いたりする。これはまさに日本社会がいかに劣化したかを示す証拠だと私は考える。あえていうがこういう行動は本当の正義ではなくエセ正義をふりかざしているだけである。 


一方で映画やドラマの出演者の不祥事に過剰に自粛したり作品を変更する行為、ことなかれ主義は結果的にエセ正義をふりかざしている輩の行為を正当化させていることに他ならない。


 今の日本社会には異常といっていいほどの同調圧力が社会にみなぎっている。それに購うためにも、それらの圧力に対決する覚悟と気概をプロデユーサー、監督その他関係者が見せて欲しいものである。「事なかれ主義」や圧力に簡単に屈することは文化を死なせることと同じである。来年は今の日本社会を可笑しくしている同調圧力、事なかれ主義、エセ正義にたいする徹底抗戦を始める年にしたいものである。


Miyamoto
助成金がカットされた「宮本から君へ」ー結果的にはヒット作品になった








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