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« このタイミングでの芸術文化振興会の助成要綱を改正をみて日本の表現の自由を制限しようという勢力の存在を危惧する | トップページ | ブログのアーカイブ整理をしてここ15年くらいの音楽業界の激しい変化を実感する »

2019年10月24日 (木)

緊急集会 なぜ芸術に公的支援は必要か? みんなで考えるニッポンの文化に出席しました。

既にご存じの通り「あいちトリエンナーレ」に対して文化庁が「書類の不備」などという意味不明の理由で助成金を不交付する決定を下しました。

あいちトリエンナーレに対する補助金の取扱いについて

http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1421672.html

また映画『宮本から君へ』の助成取り消し、同じタイミングで交付要綱も改正するという事態が発生しました。

■映画『宮本から君へ』の助成取り消し、交付要綱も改正。プロデューサーは「文化芸術にとって由々しき事態」と怒り
https://www.huffingtonpost.jp/entry/miyamoto-kara-kimie_jp_5daa5d48e4b0f34e3a75b604

こうした状況に多くの映画関係者を始め、クリエイター、アーチストその他の芸術家が危機感を表明
そんな中NPO法人「独立映画鍋」が「緊急集会 なぜ芸術に公的支援は必要か? みんなで考えるニッポンの文化」というイベントを下北沢のアレイホールで行い、「独立映画鍋」に参加しているシネマプランナーズの寺井さんとFacebookグループ「エンタテインメント業界キャステイング」の管理人という立場もあって参加してきました。

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私はかなり早めに来ましたが、開始時間が近づくにつれて満員状態になってきました。特に映画関係者にとって切実な問題ですからね。

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イベントは「独立映画鍋」の共同代表である深田晃司監督と土屋豊監督のお二人で進行されましたが、基本は出席した映画関係者による発言を中心に進みました。 また「あいちトリエンナーレ」のキュレーターの方とスカイプにて実際の現場での生生しいお話も聞くことができました。また会場にはマスコミ関係者も多数駆けつけました。

必ずしもこの順番には進行しませんでしたし、全てについて論じられたわけではありませんが、大きく分けて次の4つの内容について話されました。むろんこういう問題に最初から一回のトークイベントで結論など出るはずはありませんが...

1.芸術に税金を使うこと

2.表現の自由と検閲

3.公益性とは

4. 今後の文化庁との向き合い方

結論からいいましてかなり有意義な話、情報を得ることができました。これら4つの項目に関してはかなり議論内容が重複した点(特に1.3. )がありますので項目別に順にふれることはしません。尚、先に書いておきますが4. 今後の文化庁との向き合い方 の姿勢については文化庁に対して「抗議声明」が出すものの文化庁のイベントには参加するというスタンスをNPO法人「独立映画鍋」はとるようです。これは抗議の意思は示しながらも『話し合い」のドアを閉めることはしない、という意味で私はこれは正しいスタンスだと思います。

ただ議論の中でポイントとなる話を書きますと

(1) 今の日本は「公益」と「国益」が混同されている

まず大前提として国が芸術文化にお金を出すのは「公益」のためであります。つまり商業主義とは違うその国の文化のありかた(伝統も含めて)を維持するためのもので、これは政治的や社会的立場というものは本来超えたところで「文化、芸術」を尊重することによって「公益」が保たれるという認識で、少なくともフランスを始めとするヨーロッパ諸国などはそれを維持しています。しかし最近の日本を見ますと「文句があるなら自腹でつくれば?」「市民を不快にさせる芸術になぜ補助金が?」「税金に頼るな!」等の文化庁の補助金不交付に賛成する声も少なくありません。つまり国(実際には以前も書きましたように「日本芸術文化振興会」(以下芸文振)は独立行政法人であり、全て国の予算で賄われているわけではないので、「国の補助」というのは厳密には正しくありません)の補助を受けているのに国にたてつくとは何事か。という議論です。

実際SNSに関してもそういう主旨の発言が多数みえますが、これらに共通するのは「公益=国益」という認識がベースになっての議論です。しかしそもそも「公益」とは特定の政権とか団体とは無関係に思想宗教に関係なく公の利益となるものであり、たとえ今は利益をもたらしていなくても後の時代に思想、立場に関係なく全ての人が恩恵を被るものー公共性の高い利益ーを「公益」といいます。

「国益」とは国家の利益ですが、その国の政権、政策によって大きく変わるもので例えある政権にとって「国益」なものは政権交代すると「国益」にならないというケースがあります。然るに昨今の安倍政権を見ていると「公共性のあるもの」は全て「政権のもの」という風に私物化している傾向が見えます。安倍政権のNHKという公共放送をーとりわけ政治報道部は顕著ですがー完全に私物化し政権の広報放送化していることからもわかります。

これはイベントで話されたことではなく私見ですがひとことでいえば、安倍政権が「公益」を「国益化」していることから両者の区別がつかなくなっている人が増えている、ということもできます。

(2) 助成金の不交付が頻繁に起きることで、アーチストへの委縮効果、不必要な自己規制を誘発

芸文振は9月27日付けで助成金の「交付要綱」を以下のように改正しました。芸文振はこの「交付要綱」の変更は「あいちトリエンナーレ」とは無関係だといっていますが、私的にはやはり額面通りに受け取ることはできません。

「公益性の観点」から助成金の交付が「不適当と認められる」場合に、交付内定を取り消すことができる

例によっていかにも官僚が書きそうな「どうにでも取れる」文章で、取り方によっては政権にとって都合の悪い表現(安倍政権が「公益」を「国益化」している)を「公益性の観点」から不適当という風に決めつけることもこの文章から可能になってしまいます。

 当然このような曖昧な表現は助成を受けようとするアーチストに対して一定の「委縮効果」をもたらすことは否定できません。それでなくても「助成対象」の映画、アートその他にはトリエンナーレのキュレーターの方もおっしゃっていたように「検閲は日常茶飯事」であり、その意味では日本ではヨーロッパのように「金は出すが口は出さない」といいアームズレングス(Arm's Length)の状況はなかなか生まれないのかなという点はあります。

一方で海外の例を取ると、韓国、マレーシア、シンガポール等は検閲があり通らない場合は上映すらできなくなりますが、日本は助成金が降りないだけで上映はまだ自由だ。という話もありました。

(3) SNSの「炎上」に対してアーチストや作品関係者はもっと発言すべき

あいちトリエンナーレに関してもおびただしい苦情の電話と凄まじいネットでの炎上がありました。ただ苦情内容やSNSでデイスっている人たちの全員ではないにせよ殆どの人に共通するのは

作品も見ていない、展示会場にも行っていない  という点です。

作品も見ていない、映画の場合は映画もみていないでSNSで誰がが書いた情報(多くはデマに近い)を鵜呑みにして拡散する、今日本のSNSを見てもそういうことが多すぎます。あいちトリエンナーレに関しての苦情の全部とはいいませんが、おそらく9割以上は作品も見ていない、会場に入場もしていないで他人のデイスったツイートやその他の投稿の真偽をよく確かめもせず鵜呑みにして炎上に加担する、というパターンです

私はこういうことはいい加減やめさせないといけないと思います。

以下は私見です

 以前当ブログにも書きましたが、同じパターンで酷い状況がありました。いずれも第二次大戦の日本軍がらみの映画ですが、映画を見てもいないでデマを流し「反日映画」と決めつけ、あろうことか産経新聞というマスメデイアまでがそのデマに加担した事件がありました。

 ■映画「アンブロークン」鑑賞ー不屈の精神を描いた良質の作品ー映画を見もしないで反対運動していた奴らは恥を知れ!!
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2016/02/post-2d22.html

こちらの映画もそうですね。出演の香川輝之さんには嫌がらせ行為が頻発したようです。

■映画「ジョンラーベ」上映会にて鑑賞ー史実に忠実ですが反日映画ではありません
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2015/12/post-242e.html

いずれも実際に見ましたが、反日映画とはとても言えない内容と断言できます。「アンブロークン」に関して言えば寧ろ戦争の体験を戦後「日本人を赦す」ことで救われたという言説があり、1964年の東京オリンピックの聖火ランナーで日本人と仲良くリレーしている様子も描かれます。産経新聞がもっともらしく書いた「人肉のシーン???」など勿論ありません。

いずれも映画を見てもいない人間が勝手に思い込みや「ネトウヨ好みのデマ情報」を鵜呑みにして拡散され正式な公開上映ができなかったという日本人としては本当に恥ずかしい一例といえます

ですからこういうことはアーチスト、クリエイターがもっと声を揚げないとダメな例といっていいでしょうね。第二の「アンブロークン」,

「ジョンラーベ」を出さない意味でも...

こんなハッシュタグなどいかがでしょう? #デイスるのはいい但し作品を見てからしろ

作品をみてないのならデイスるなってことですね。こうした風潮の背景、すべては今の政権があらゆるところで日本という国をおかしくしていることが原因だと思います。イベントでは誰もそこまで言わなかったですが、ここでははっきりいいます。ですから現在の危機的状況を変えるには政権を倒さないといけないということができます。

ただ一方でアメリカのように公的助成の殆どない国でもショートフィルムやアートイベントとか資金を得られるシステムがきちんと存在する事情を考えますと「文化助成」の在り方、それと映画資金調達のありかたについて改めて議論すべき時期に来たのかもしれません

 

 

 

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