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2019年8月 6日 (火)

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」中止に伴う私と各表現者の声明。日本社会における表現の自由は本当に危機的な状況である。

今回起きたことは前の記事でも津田氏の「仕掛けパフォーマンス」の件やいろんな情報が錯綜しているが、とにかく甘受できないのは表現の自由というものを理解していない政治家が政治介入を行って、図らずも「表現の不自由展」のパフォーマンスを河村名古屋市長が行動したという点である。

河村名古屋市長の問題点はこちらの記事に書いてある。興味ある方は参照されたい

■「日本人の心を傷つける」と称して表現の自由を踏みにじった河村名古屋市長と良識を保ち「権力の介入は憲法違反」と批判した愛知県知事
http://kyojiohno.hatenadiary.com/entry/2019/08/06/144114

今回の事態で救いは大村愛知県知事はまだ良識を持った人物だった点かもしれない

この件は一応表現者の端くれの私としては実に腹立たしい、到底容認できないものである。そしてその見解は私だけではないことをここに示そう

■「表現の自由」不要と言うに等しい 展示中止に危惧の声
https://www.asahi.com/articles/ASM8564C0M85UTFK00X.html

今回の事態は一部保守派の人間も懸念を示している

政府や行政に批判的な人でも納税している。政府や行政に従順、ないしは意向に沿ったものにしか拠出しないということは、決してあってはならない(自民党 武井俊輔衆院議員)

「検閲以外の何ものでもない。これでは公的な芸術祭には『政府万歳!』の作品しか出せなくなる」(自民党の別議員)

勿論他の表現者も声明を発表している

■「表現の不自由展・その後」の中止をめぐり日本漫画家協会が声明文 表現の自由の大切さ強調
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1908/06/news077.html

何もいう必要はない。

最後に『誰がために憲法はある』製作運動体の声明。以下そのまま掲載する。

「表現の不自由展・その後」の展示中止について

8月4日、『誰がために憲法はある』製作運動体(監督・井上淳一、製作・馬奈木厳太郎、配給・太秦株式会社)は、「表現の不自由展・その後」の展示中止を受けて、声明を発表しました。

Seimei

日本の表現の自由が本当に危機的状況だということがご理解できれば、と考える次第。このようなことが前例となって定着することを断じて容認できない。この記事に掲載した日本漫画家協会が声明文、映画、『誰がために憲法はある』製作運動体の声明を全面的に支持します。

 

 

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2019年8月 4日 (日)

愛知トリエンナーレでの津田大介「表現の不自由展」の一連の騒動の本当の狙いと想定外の事実

ここ数日の騒動、昨日気が付くまで私もすっかり騙されていた。

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の一連の騒動、私も河村名古屋市長の発言に激怒した方だったが、そもそも今回の企画展がなぜ「表現の不自由展」という題名になっていたか..

「表現の不自由展」では様々な理由で表現の場を奪われたという20数点の作品が展示されていたが、真の意図はおそらく別にあったのだろうと思う。既にご存じの通り下の慰安婦の「少女像」が展示されていることでネトウヨを始め右翼的な人たちを刺激した。

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これは今日韓関係が最悪の状態になっている時もあり、従軍慰安婦ときいただけで感情的になる人間も多いわけだが、あえていえば物議を醸すのが目的で開催したといわれる、そして否定的な見解が返ってくることを100も承知で菅官房長官にもこの点をあらかじめ打診していたようだ。官房長官からは「望ましくない」といった反応はあったものの差し障りのない表現にとどめて「あいちトリエンナーレ」そのものの中止要請はなかったようだ。だがこれにかみついたのが河村名古屋市長だ。

だが津田氏及びネット関係の論客がよくやることがある。炎上→注目をあびる といういわゆる炎上商法だ。今回行われた手法をみると今回の一連の動き、実は本当の目的は別にあったのではないかと考える。それは「表現の不自由展」の名を通り、津田氏がいうように「感情に裏打ちされたバッシングが非常にネット上などで起きていて、それによって表現の自由が狭まっているんじゃないか」ということを政府レベル、政治家レベルで実践させようとしたように思う

 つまり政府から介入発言を引き出したかった。= 「表現の不自由」の証明、が菅官房長官からは政府の補助金からみの発言は出たものの中止要請までは出なかった。そうした折に河村名古屋市長が口出ししてくれたので、予定していた政府批判の矛先を「行政」に書き換えて、この声明を出した。

■「表現の不自由展・その後」について津田大介芸術監督が会見を行った際に配布したステートメントです
https://aichitriennale.jp/news/2019/004011.html

実にすばやい、まるで用意していたかのようだ

つまり河村名古屋市長は政治トラップにはまったのだ。本人はトラップにはまったという認識はないだろうが、この発言で河村たかし市長は「表現の自由の否定者」=表現の不自由の元凶というレッテルを政治家を続けている間は貼られることになるだろう。本当は安倍政権関係者に対してそれをやりたかったに違いない。

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つまり一連の政治家の介入発言=事実上の検閲、それとネットや電話による抗議運動は「表現の不自由展」テーマに沿ったアートパフォーマンスだったのだ。もっといえば「表現の不自由展」の途中中止もあらかじめ予定していたのではないだろうか?

実はそう考えると全て辻褄があうのだ。あらかじめ企画の内容に関して承諾を得ていた大村愛知県知事と津田さんの行動もまるで呼応するように今回の中止を発表した。

■「撤去しなければガソリンの脅迫も」企画展中止に知事
https://www.asahi.com/articles/ASM835SDPM83OIPE01R.html

ただ津田さんの反応をみるにつけ今回の一連の動きが全て筋書きとおりだったわけではなさそうである。

具体的には抗議運動はあらかじめ想定はしていたものの、脅迫やテロ予告も含めてここまで酷いレベルだとは思っていなかったようだ。つまり今ネット等の表面的な情報のみで得た知識で、封殺に加担しようとする者が多すぎる、そしてそれが感情を刺激する内容だとテロにまで発展しかねないほど今の日本社会は劣化し、危険な社会状況に陥っているということだ。

そもそも脅迫やテロ予告は立派な犯罪であり、警察に通報して「恐喝未遂」として捜査させてもいいはず、そして今回の騒動で「あいちトリエンナーレ」が警備を強化したという話はきかない。どちらの動きも見えなかった。だからおかしいと思っていた。ついでに言えばマスコミでも政治の表現への介入、検閲と脅迫やテロ予告の犯罪行為についてきちんと論じた記事を見た覚えがない。

今回の一連の「表現の不自由展」のパフォーマンスを見て、日本という国と日本の政治家は表現の自由を認めない国という事実が図らずも証明された。それが「表現の不自由展」ではっきりわかったことであり、日本国民として甚だ恥ずかしいと思った点である

 

 

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