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2019年5月 6日 (月)

ストリーミング時代に入り「廃盤」という概念が変化するのではないか?と考える

私も音楽の世界で長く仕事をしているのだが、恥ずかしながら「廃盤」の憂き目にあったアルバムは数知れない。いや、もう殆どのメジャー発売のCDは事実上廃盤になったといっていいかもしれない。

「廃盤」というのはCDを始めパッケージの流通が止まる、ということを意味する。昨今なら音楽配信(ダウンロード販売)もストップするということになる。

だがメジャー販売ではなく、いわゆる自主流通(Tunecore , CD baby , その他)を経由した場合いわゆるメジャーレコードの場合と事情が違うと思うのだ。

パッケージの流通は「廃盤」と通知すれば事実上パッケージは流通されない。販売が事実上中止となる。

だがストリーミングが主体となっている現代では例えパッケージの流通が終わってもSpotify ,Apple Music, Amazon Premiere 等で流し続けることは可能だ。その判断は「メーカー」である私自身に委ねられているからである。

実は私の作品でCD等のパッケージの流通は止めたが、まだストリーミングを続けている作品がある。6曲入りのミニアルバムでジャンル的にはいわゆるJ-popのカテゴリーに入るのかもしれないが、いくつかの曲はリスナーの受けがいいかに関係なく個人的には結構自信作も入っているためである。


  • 奥津恵 「未来」

興行的には成功したとは言い難い。また個人的にはこの作品のプロモーションその他であまりいい思い出はない。寧ろ嫌な思い出の方が多い。

だが曲の中にはこのままお蔵入りさせてしまうのは忍びない作品もあり、結局パッケージの流通はストップしてもストリーミングだけは引き続き継続している。

無論このアルバムや曲を今後どうしようなどとは全く考えていない。しかし機会があればまだ聴いてもらいたい。そう思っただけだ。

私は今後こういうケースは私だけでなく他の作曲家、アーチストについても出て来るのではないか、と考えている。流通にはコストがかかるためあまり販売が見込めないものは「廃盤」という処置をせざるを得ない。だがストリーミングは一度やってしまえば別に新たなコストなど必要ない。まかり間違ってこの曲が好きだ、などという人が現れれば少額でも収入にはなる。

つまりストリーミング時代には「廃盤」という概念がなくなる、少なくともパッケージの時代と比べると変わっていく。

そう考え、感じているのは私だけだろうか?

とにかくこんなアルバムなのでよろしければ聴いてみて下さい。取りあえずApple MusicとSporifyのウイジェットを貼っておきます。

 

 

 

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