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2019年5月20日 (月)

映画のサウンドデザイン(音全般)のクオリティの向上をよびかけるー日本映画が世界レベルになるために

もう10日近く前の話だけど下北沢でダマー国際映画祭が開催された。ハリウッド一流プロデユーサーが審査員となっている映画祭で日本ではShort Short(SSFA)や広島国際アニメ映画祭とならび国際的な映画祭の開催である。

詳しいレポートは別のブログに書いてありますのでそちらを参照されたい

当グループ推奨のダマー国際映画祭の終了報告です。:
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/musiciansandindustry/2019/05/post-c4ba7d.html

作品は世界中から提出され会場も国際色豊かな映画祭だったが、ここで図らずも日本の映画と海外の映画で顕著な違いを実感してしまった。

ひとことでいえばサウンドデザイン(音響ー音声、音楽を含む)に関して歴然としたレベルの違いがあった、という点

実は映画の音の部分に関わる人間の端くれとして最近「日本映画の音は酷い」という評判をよく耳にする。実際日本の某映画祭での上映でも音声がロコツにブツっていうノイズが入っていたりなんていうケースがあったが、これ海外の映画祭でこれをやったら一発アウトである。

そしてあえていうが「自主映画なんだからそれくらい大目に見て欲しい」などという人がいるがそれは甘えである。少なくともプロの映画人は云ってはならない言葉だ

これも以前書いたが、日本の特に自主映画、インデペンデント映画では撮影だけで殆どお金を使い果たしてしまい。ポストプロダクション(通称ポスプロ)の予算を確保していないケースが非常に多いのだ。だから整音やカラコレすらロクにしていない作品が平気で出てきたりする。また最近芸能プロが映画を作る、というパターンが増えているが殆どケースで映画制作のプロセス(工程)をきちんと理解していないケースが多く、ポスプロでクオリティを保つための最低限度の費用をかけない、というケースが少なくない

音声って必要なの? カメラのマイクだけじゃダメなの?

MAって何? 必要なのそれ?

某芸能プロが企画した映画で実際某芸能プロの社長が発した台詞だ。どうも誰が云いだしたのか知らないがデジタルカメラ時代に入り「タダ同然で映画が作れる」などという情報が一人歩きした。そのためポスプロでクオリティを保つための最低限度の費用をかけないことが平然と行われることになったのである。

実際いつころからこういう風潮が蔓延したのかわからないが、今テレビの世界でも映画の世界でも「いいものを作る」ではなく「いかに安く作るか」ということが当たり前のように優先される時代になった。例の「カメラを止めるな!」の大ヒットでも予算の300万という数字だけが一人歩きし、「映画って300万でできるんだ」みたいなおかしな先入観が映画業界から一般の報道にまで広まってしまい、映画製作のブラックな状況を余計に悪化させている現状がある。(腹が立つのは300万で映画を作る、という話に飛びついたのはメジャーな某映画会社というのが目も当てられない)これは映画に限らないのだろうが、「コストがかかる=企業努力が足りない」などと短絡的に決めつけ何でも「安く作る」ことが是となっているのが昨今の日本の現状だ

実際まともなクオリティにしようと思ったらポストプロダクション費用だけで200-300万は最低かかる。それなりのポスプロスタジオを使えばそのくらいすぐかかるのだが、撮影で殆どの予算を使い果たしてしまうという結果ポストプロダクションにかける費用が殆どなく、編集だけでなくVFXその他の視覚効果、カラコレ、整音のMA等本来プロレベルの映画にするのに当然な費用をかけないで海外の映画祭に出してしまうというケースが後を絶たないのが昨今の状況だ。

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2019年5月15日 (水)

空母「いぶき」佐藤浩市発言ー産経記者阿比留瑠比の「やらかし」で関係者への炎上、圧力をかけ表現の自由の危機的状況を発し続ける産経新聞とネトウヨ

あらかじめ書きます。かなり毒をはきますのでそういう文章が苦手な方はスルーしてください

先日から映画『空母いぶき』についての佐藤浩市氏の発言が炎上を起したり、高須や百田などのおなじみのネトウヨ論客がこれに便乗して俳優佐藤浩市を叩いている事件

何の話かわからない方は、まあこちらを読んで下さい。

・「佐藤浩市が安倍首相を揶揄した」は言いがかりだ!

https://lite-ra.com/2019/05/post-4711.html

・佐藤浩市の発言炎上、批判する百田尚樹氏は「安倍首相を揶揄」と“曲解”の可能性

https://biz-journal.jp/2019/05/post_27882.html

安倍晋三を揶揄している?、というのが原因のようだが例えそうであっても政治権力者への批判、揶揄は言論の自由の観点から当たり前のことでありそもそもそんなことで目くじらをたてることがおかしいのだが、昨今の状況からネトウヨはちょっとでも安倍批判に結び付く言質を特に有名人が行うと逆上するーそれも逆上するだけならまだしもそれを拡散させ、大騒ぎを起してしまう点は困ったものである。

ところが私も該当部分を読んでみて今回のケースはそもそも「首相の揶揄」すら行われていないことが明白となった

原文

「最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」
「彼(首相)はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです。だからトイレのシーンでは個室から出てきます」

この文章のどこにも「安倍晋三」の文字もなければ「安倍晋三」を批判したり、それこそ揶揄していると思われる言質など見当たらない。この文章のどこをどう読めば「安倍晋三を揶揄している」「安倍晋三を批判している」ということになるのだろうか

それに関して解説している記事をみつけたので引用する

■炎上した『ビッグコミック』の佐藤浩市『空母いぶき』インタビュー原文を読んだら、完全に原文と文脈を違えて引用した産経記者のやらかしであった 
https://www.cinema2d.net/entry/2019/05/14/040555

どうやら発端は悪名高き産経新聞の記者の阿比留瑠比氏のFacebookの投稿らしい

殆ど今回の炎上に加担したネトウヨ、高須クリニック院長、そして百田和樹等、佐藤浩市を叩いている殆どの人間はおそらく「ビッグコミック」の原文を読んでいない。原文を読まずにネトウヨ連中の拡散した(たぶんデマに近い)情報を鵜呑みにして憤慨し炎上に加担しているだけである

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2019年5月 6日 (月)

ストリーミング時代に入り「廃盤」という概念が変化するのではないか?と考える

私も音楽の世界で長く仕事をしているのだが、恥ずかしながら「廃盤」の憂き目にあったアルバムは数知れない。いや、もう殆どのメジャー発売のCDは事実上廃盤になったといっていいかもしれない。

「廃盤」というのはCDを始めパッケージの流通が止まる、ということを意味する。昨今なら音楽配信(ダウンロード販売)もストップするということになる。

だがメジャー販売ではなく、いわゆる自主流通(Tunecore , CD baby , その他)を経由した場合いわゆるメジャーレコードの場合と事情が違うと思うのだ。

パッケージの流通は「廃盤」と通知すれば事実上パッケージは流通されない。販売が事実上中止となる。

だがストリーミングが主体となっている現代では例えパッケージの流通が終わってもSpotify ,Apple Music, Amazon Premiere 等で流し続けることは可能だ。その判断は「メーカー」である私自身に委ねられているからである。

実は私の作品でCD等のパッケージの流通は止めたが、まだストリーミングを続けている作品がある。6曲入りのミニアルバムでジャンル的にはいわゆるJ-popのカテゴリーに入るのかもしれないが、いくつかの曲はリスナーの受けがいいかに関係なく個人的には結構自信作も入っているためである。


  • 奥津恵 「未来」

興行的には成功したとは言い難い。また個人的にはこの作品のプロモーションその他であまりいい思い出はない。寧ろ嫌な思い出の方が多い。

だが曲の中にはこのままお蔵入りさせてしまうのは忍びない作品もあり、結局パッケージの流通はストップしてもストリーミングだけは引き続き継続している。

無論このアルバムや曲を今後どうしようなどとは全く考えていない。しかし機会があればまだ聴いてもらいたい。そう思っただけだ。

私は今後こういうケースは私だけでなく他の作曲家、アーチストについても出て来るのではないか、と考えている。流通にはコストがかかるためあまり販売が見込めないものは「廃盤」という処置をせざるを得ない。だがストリーミングは一度やってしまえば別に新たなコストなど必要ない。まかり間違ってこの曲が好きだ、などという人が現れれば少額でも収入にはなる。

つまりストリーミング時代には「廃盤」という概念がなくなる、少なくともパッケージの時代と比べると変わっていく。

そう考え、感じているのは私だけだろうか?

とにかくこんなアルバムなのでよろしければ聴いてみて下さい。取りあえずApple MusicとSporifyのウイジェットを貼っておきます。

 

 

 

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2019年5月 5日 (日)

平成から令和とかは関係ありません。これから原則西暦でいき、グローバルの制作体制構築にまい進します。

先月の4月1日に平成のあとの新元号が発表されて以来、別にそれで日本社会の何かが変わるわけではないのにまるでお祭り騒ぎではしゃぐ日本の姿を見て正直嫌な印象を持った。そして前天皇が退位する日と新天皇が即位する日はあまり日本にいたくない、という気持ちが出てきた。


そんなこともありGWの10連休を前に私が少年時代を過ごしたNew Yorkに行った。いわゆる「帰国子女(年齢的には帰国ジジイだが...)」であり社会人になっても1年以上住んでいたこともあり、私にとってはNewYorkは第二の故郷といっていい


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個人的な事情だが、前回この街を去る時に「次回は音楽の仕事でこの街に来る」と誓っていた。今回はその関係で久しぶりに来た、といいたいところだが、完全なプライベートな旅行だ。勿論仕事ではないので昨年の11月のポルトガル→スペインの出張旅行と比べれば気楽ではあるんだが.. しかし誓いはまだ果たされていない。


日本という国ではこんなことをいうと笑われるか、「夢想家」というレッテルを貼られてしまう。日本という国はいつしか夢を語ることを「大人げない人間」とか下手すりゃ「バカ」といわれる。夢を語ることは現実を見ないアホというイメージがすっかり定着してしまった。


私はそういう風潮が今の日本を閉塞状況、停滞状況に追い込んでいる。だからこそ私はそういう風潮を打破してやろうと考えている


それに以前と違い日本にいながら外国と仕事を取ることは決して非現実的なことではない。実際私はいくつかそれを実現している。Facebookを始めとするソーシャルネットが以前だったら不可能だったことを可能にしている。Facebookやったことない人に理解しろといっても難しいだろうが、何度もこのブログで書いているように今映像制作現場では「革命」といっていいことが水面下で起きているのだ。映像、音楽の「グローバル化」「ボーダーレス化」は想像以上に進んでいるといっていい


まあここでそういうことをいっても理解されないだろうから、私はそれを実践しようと考えている。今年は特にその活動に力を入れる所存だ、


ちなみに「グローバル化」ではないけれど本職の映画音楽制作で1つ作品が完成した。これから映画祭等に提出したりする予定だが、年内に一回だけ5月22日に渋谷La mamaにてイベント上映する。ご興味ある方は是非


Ukabu_tsuki
正式な公開(劇場公開)は来年の予定








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