i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019年1月27日 (日)

「劇伴音楽」と「映画音楽」は違うーミシェルルグランの訃報に思う

昨日フランス映画音楽の巨匠のミシェルルグラン氏の訃報を聞く。
先日のフランシス レイの訃報に驚き、とうとう大御大 ミシェルルグランの訃報を聞き、映画音楽の1つの時代の終焉を感じた

Pn2019012601002010ci0003

ミシェル・ルグランさん死去-フランス映画音楽の巨匠
https://this.kiji.is/461815278378550369

名曲は数あれどやはりこの曲かな。
この「シェルブールの雨傘 」は映画音楽とはかくあるべき、と感じさせるルグランの最高傑作の1つ

この「シェルブールの雨傘 」はまさに全ての映画音楽の作曲家のお手本となるべき作品である。映画音楽はこの曲を聴けばあの映画だ、とわかるような音楽でないといけない

本当の映画音楽とはテーマ曲を聴いただけでその映画のイメージがわかる曲であり、また一方で映画から独立しても音楽として美しい名曲たりうる、それが理想である。この「シェルブールの雨傘 」はまさにそういう曲だ

ところが映画音楽制作の仕事をしていて全ての映画監督がそういった音楽を望んでいるわけではない、ということも感じている。

実は最近ようやく理解できるようになったのだが、実は映画音楽を作る場合、特に日本では(とりわけアニメでは)一般に「劇伴音楽」といわれるが、実は「劇伴音楽」と「映画音楽」は違うのだ。
両者は似て非なるものである。

例えば先日亡くなったミシェルルグランを始め、ジョンウイリアムズ、エンニオモリコーネ、故人になってしまったがジェリーゴールドスミスは「映画音楽」の作曲家である。最近ではアレクサンドル・デスプラ もこのカテゴリーに入る

では劇伴作家というと代表的なのがハンスジマーである。この人の手法はまさに「究極の劇伴」といっていい。同様なタイプとしてラミン・ジャヴァディ、ドン・デイヴィス等が揚げられる。厳密には映画音楽的な面もあるがジェームスニュートンハワードもこのカテゴリーに入るかもしれない

どう違うのか? やや乱暴かもしれないが以下のような違いがあるかもしれない

続きを読む "「劇伴音楽」と「映画音楽」は違うーミシェルルグランの訃報に思う"

| | コメント (0)

2019年1月24日 (木)

IT化、格差の時代にクリエイター、パフォーマーが生き残るにはー

このブログは本来音楽や映像のコンテンツ関係の記事を書くのだがちょっとこんな記事を取り上げてみる

■経済格差をめぐる誤解、原因は移民や安い輸入品ではなかったーデジタル経済の嘘とホント
https://diamond.jp/articles/-/190362

この記事はトランプのように経済格差が広がっているのを移民や外国(主に日本や中国)のせいにしているが、実際には移民の流入や中国・日本からの輸入の増加は、経済格差とはほとんど関係ない。経済格差を解消するのは富裕層から貧困層への富の分配をすればよい。ドイツのように強力な所得再分配策を実施すれば、国内の経済格差はかなりの程度、緩和されるが、トランプ政権は全くそれをやろうとしていない
上記の記事の筆者はトランプ政権はそれを知っていてあえて特定の政治的意図をもってその富の分配をしようとしていない、と書いているが実は私はそれには疑問を持っている。(たぶんトランプは本気でこのことを理解していない、と私は踏んでいる)

しかしそれはここでは置いておこう。トランプ批判する人は大勢いるし(私も含めて)このブログはそういう話題のブログではないからである。

大事なことはIT化、IoT、AIなどデジタル化の流れの中で時代に生き残るためには社会が求める「スキル」を会得する必要がある、という点でMITで教授のデイビッド・オーター(David H. Autor、1967ー)が導入した「スキル度」(例えば、当該職業で働く大卒比率やその他要因などを加味して計算)という尺度について理解する必要がある。

例えば、低スキルの職とはトイレの清掃員、中スキルの職とは企業の経理職員、高スキルの職とは企業コンサルタントやアナリストなどをいう。これをエンタテインメントの世界にあてはめると低スキルはレコード会社、映画会社のアルバイト職員、中スキルとはデイレクター、プロモーター、音楽出版職員、高スキルとは音楽マーケテイング、作曲、作詞家にあたるといえるかもしれない。

例えば先程のオータ―がスキルによって雇用比率が、アメリカでどう変化していったかについての調査が以下に書いてある

Img_821350e93ce43b480b8d451045fbb23

続きを読む "IT化、格差の時代にクリエイター、パフォーマーが生き残るにはー"

| | コメント (0)

低予算で作るなんてまったく自慢にならないーそろそろコンテンツ制作現場の「ブラック化」をやめるべき

昨日はシンガーソングライター、女優、映画監督と多彩な月元映里さんの映画二本のスクリーニングがあり、見に行つた。

51147732_10166986247917037_15229486

今だからいうけど、実はこの映画の企画段階で制作の事務所(モデル事務所)に伺ったことがあり、そこでの印象は正直制作というものを全く理解していないどころか、寧ろ明らかに制作スタッフ馬鹿にしているところすらあった。確かに一部の芸能プロは自分たちは「キャスト」であって「スタッフクルー」はその下の存在だ、などと思い込んでいるところが少なくない。この事務所も例外ではない印象を持った

誰が云ったのか知らんが「今映画は『タダ同然でできる』」なんてことを真に受けて、必要な経費を殆ど出さない状態で、しかも無謀なことに一気に三本も作るなんていうことを平気でやる事務所。「映画なんて簡単にできる」なんていう思っているとしか思えない行動で、制作工程をとことん愚弄しているのがわかる。普通映画制作なら当然かかる必要経費すら出さないで結果的に月元さんはかなりの額を自腹切って費用を捻出している。

一応スタッフクルーの端くれである自分はこういう扱いに腹立たしさを覚えたが、月元さんは驚くべき忍耐強さと情熱で海外で受賞できる映画に仕上げた。これがすごい、俺にはとてもできない。しかもハナから映像制作の工程など理解していない事務所だけに月元さんの苦労は生半可なものではなかったことが容易に想像できる。

50844677_10166986248132037_28137980
シンガーソングライター、女優、ボーカリスト、映画監督と実に多才な月元さん

今日本で「低予算で映画作る」なんてことを自慢する雰囲気がある。
「カメラを止めるな」もそういう低予算でクオリティの高い映画を作るのはデイレクター、映画監督の功、手腕を評価すべきであってプロデユーサーは寧ろ恥だと思わないといけないはずなんだが、日本ではそう考えるプロデユーサーが極めて少ない、
「300万で映画できるんだ、それで何十億の収益あがるよね?」といった柳の下のドジョウばかりを狙うという情けない発想しかしない始末。「いいものをつくる」のではなく「いかに安く作るか」なんてことしか考えない業界人があまりに多すぎる

本来なら月元さんのような低予算でこれだけの実績を上げるというのがいかに素晴らしいことか、そしてその苦労に報いるために少なくとも「普通の予算で」次回は映画を作る環境を作ってあげる、とかを考えるべきなのだが、実際の業界はその真逆な考え方しかしない人間が多く、その実態にただただ呆れるばかりだ。

ちなみに「タダ同然で作った」月元さんの映画がどれだけの実績を積んだが以下に示そう

映画 「虹の橋をかけぬけて」

続きを読む "低予算で作るなんてまったく自慢にならないーそろそろコンテンツ制作現場の「ブラック化」をやめるべき"

| | コメント (0)

2019年1月 3日 (木)

新春コラムー「情報革命」はようやく始まってきた?昨今のエンタテインメント業界の状況を見て

もうだいぶ前に当ブログでこんな記事を書いていた

■死語とされている"IT革命”という言葉
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/08/it-f819.html

P.F.ドラッカーについてはご存じの方も多いだろうが、この記事で当時「情報革命」について論じている箇所があった。2009年の記事だが当時はまだ「ネット万能論」「IT万能主義」のような論調がネットで根強くあったが一方でそれらに対して「IT革命? どこが革命なんだ?」とか「IT革命なんてもはや死語じゃないか?」などという論調も勃興し始めていた。

要は産業革命の進展の仕方と今の情報革命の進展のしかたを照らし合わせているのだが、IT革命と産業革命を比較すると、コンピューターの誕生に相当するものとして、蒸気機関の発明がある。蒸気機関は社会や産業に大きな革新をもたらしたが、ドラッカー氏の見立てによると「産業革命前から存在していた製品の生産の機械化だけだった」。真に世の中を変えたのは鉄道である。蒸気機関の実用から鉄道の出現まで、ざっと50年かかっている。

コンピューターによるIT革命も同じだとドラッカー氏は指摘する。つまり本格的なコンピューターが生まれて50年がたったが、やったことは大きく言えば機械化であり、これからいよいよ「鉄道」が出現するという。

現代の我々にとってインターネットという便利なツールが出現したのが事実だが、まだ以前のビジネスの形をそのツールをつかうことによって「機械化」したに過ぎない。だから情報の数は多くなったが社会のしくみは殆ど何も変わらずに今日まで来ている。しかしそれらは単なる前ぶれに過ぎない、とドラッカー氏は指摘する。

ドラッカー氏は、鉄道が登場した10年後あたりから、「蒸気機関とは無縁の新産業が躍動を始めた」と述べる。それは電報や写真、光学機器、農業機械、肥料であった。一連の新技術の登場の後に、郵便や銀行、新聞などが現れ、鉄道が登場した30年後には、近代の産業と社会制度が確立した。ドラッカー氏は来るべき社会にも同じことが繰り返されると主張する。

 今後20、30年の間に、コンピュータの出現から今日までに見られたよりも大きな技術の変化、そしてそれ以上に大きな産業構造、経済構造、さらには社会構造の変化が見られることになる

 IT革命からいかなる新産業が生まれ、いかなる社会制度、社会機関が生まれるかはわからない。(中略)しかし絶対とまではいかなくとも、かなりの確率をもって予測できることがある。それは今後20年間に、相当数の新産業が生まれることであろうことである。しかもそれらの多くがIT、コンピュータ、インターネット関連ではないであろうことである。

 上記の最後の赤字の部分が非常に面白い。確かに産業革命では鉄道よりもその周辺の事業が大きく発展し、大もうけをした。IT革命も同じことになるだろう、というのがドラッカー氏の主張である。

実はもしかしたらドラッカー氏のこの主張はひょっとしたら正しいのではないか、と最近の社会の動きを見て思い始めた。

続きを読む "新春コラムー「情報革命」はようやく始まってきた?昨今のエンタテインメント業界の状況を見て"

| | コメント (0)

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »