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2018年8月21日 (火)

カメラを止めるな!! 盗作疑惑とその背景について 原作者を叩くのはお門違い

インデペンデント映画であり、制作費わずか300万から現在200館を超える劇場のヒットとなる異例のヒットとなった「カメラを止めるな!!」 

私はこの成功を日本の映画界では革命的なできごと、であり非常に喜んでいたが残念ながらミソをつける事態が浮上した。

Flash9月4日号の次の記事

ー大ヒット映画をめぐる著作権侵害疑惑ー

「カメラを止めるな!」は私の作品を無断でパクった

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原作者として劇団"PEACE"主宰していた和田亮一氏が上記の記事で語っており、上田監督もそれをみとめているが、この件に関してはネットの断片的な情報を元に原作者を叩いたりするお門違いの炎上も起きているようなので可能な限り客観的にこの事態について述べようと思う。というのもこれは知的所有権にからむ問題であり、ハリウッドあたりにもこのような問題が生じることが時々あるが、今回は原作者と映画制作者側との間のプロセスに多大な問題があることを明確にするためにも可能な限り事実に近いと思われるものを並べる。

まず今回の盗作騒動が具体的にどういうものかを以下に掲載する

パクリと盗作について

まず「パクリ」とか「作品が似ている」などという議論はしょっちゅうあるし、特に作品がヒットするとその手の「盗作騒動」がよく持ち上がる。例えば音楽で「あの曲とあの曲がよく似ている」などという議論はしょっちゅうあるが、実際仮に似ていたにしてもそれが「盗作」と規定するのは現実問題として非常に難しい

あとJ-popに関して言えば半ば業界人全般に「非公式」に「パクリ」を奨励されている面もあるので仮に曲が「似ている」ものであってもそれにクレームをつけないのが不文律になりつつある。

だが「パクリ」とは一部分の似ているところを作品に取り入れる、というものでたいていの場合「あるところが別の作品に似ている」という程度におさまるものだ。

だが今回のケースはどうだろうか、以下の対比表を見れば一目瞭然である。

Kametome_hikaku

これは「似ている」ではなくほぼ同じプラットホーム、原案をそのまま使っているというレベルだ。これはもはや「パクリ」というレベルではないことは明らかである。

原作者と制作側とのやりとり

以下はFlashの記事が事実に基づいたものである、という前提でありのまま書く

原作者の和田亮一氏主宰の劇団"PEACE"の公演"GHOST"を上田監督が2013年に観劇 同劇団は2014年に解散するも翌年の2015年に上田監督からの劇団"PEACE"のメンバーに"GHOST"の映画版をやりたいと伝え劇団"PEACE"の脚本家に映画の脚本を依頼したもののプロジェクトは一旦頓挫。翌年の16年に現在の市橋プロデユーサーから長編映画の製作の話が出て再度プロジェクトは動き出したものの、上田監督が劇団"PEACE"の脚本家の脚本を大幅に書き直し現在の形に仕上げる。その脚本を元に映画制作が進行したが、原作者側にプロデユーサー、監督側から一切何の連絡もなかったという

作品公開が決定したあと事後報告のような形で和田氏のクレジットを「原案」として入れたらしいが、映画公開後も和田氏への連絡は一切なかったという。何よりも劇団";PEACE"の"GHOST"の脚本が上田監督に渡っていることすら和田氏は知らなかった模様。

和田氏は「カメラを止めるな!!」を見て作品自体は絶賛したものの明らかに自分の作品の構成をそのまま使っていると感じたという、公開した翌月に和田氏は映画のプロデユーサー、監督側に「原作という形で劇団名、作品名を入れて欲しい」と要望を出したものの上田監督側は「出来上がったものは別物で原作といれるわけにいかない」と拒否。その後再度の話し合いの機会を持つものの話し合いは平行線のまま。

現在和田氏は弁護士に相談し、以後は弁護士同士の話し合いになると思われる、この結果については見守るしかない

今回の件に関する問題点を揚げると以下のようになる

問題点

1.制作の過程で原作者への連絡が一切なかったこと

まず上記の内容に基づくと原作者が「ヒットした今になって」出て来た、という認識は誤りである。今回の著作権侵害問題は「ヒットした今になって」出て来たのではなく、制作中には原作者側に一切何の連絡もなく公開後の事後報告でわかったこと。これは映画企画以前にあらかじめ原作者に対して接触があったにも関わらず、である。これだけでも原作者への礼を失している

そして和田氏が不本意としている「原案」というクレジットは公開拡大時には既に入っているので、「ヒットしたから勝手に出てきた」という認識は誤り。

だから以下の記事は全くのお門違いの記事である。

■大ヒット映画「カメラを止めるな!」の盗作疑惑 いまになってなぜ?
https://thepage.jp/detail/20180821-00000002-wordleaf?page=1

ちなみにパンフレットをみれば当初は和田氏の原作をベースに企画して頓挫したこと、 劇団"PEACE"の公演"GHOST"をから着想されていることが明言されている。

Kametome_panfret

たいして調べもしないくせに断片的な情報に基づいて無責任な言動する人間がネットには多すぎる、上記だけでも原作者を叩くのは全くのお門違いであることがわかる

2.ストーリーの基本構成、内容は殆ど同じなのに原作者としてのクレジットを拒否する点ー上田監督は「脚色」という言葉を知らない?

今回不思議に思っているのは上田監督は脚本ではなく「脚色」という言葉を知らなかったのではないか?と思う点だ。アメリカアカデミー賞では同じ映画のスクリプトでも「脚本賞」と「脚色賞」と別に設置してある。三谷幸喜などもいっているように脚本と脚色は全く違うのである。

脚本というのはオリジナルな台本、スクリプトであり原作者=脚本家である場合が多い。

一方脚色というのは原作者がいてそれをベースにオリジナルな台本を起すことである。つまりストーリーのプラットホーム、構成や人物像等は同じでも細かいシチュエーション、登場人物のキャラクターその他が原作と違う場合、一般的に脚色という。ハリウッド映画のなかにはかなり原作から原型をとどめない台本にする場合も少なくないが、それでも原作者へのクレジットはきちんと明示する。

今回のケースは明らかに「脚色」というケースに相当すると思う。だから今回は原作者:和田亮一脚色上田慎一郎とクレジットすれば何の問題もなかったのである

3 原作者へのリスペクト、知財保護の姿勢が全く感じられない

ここが今回のケースの最大の問題だと考える、その最たるものが上記のFlashの記事に書いてあるのだが市橋プロデユーサーから和田氏に提案された契約である、この時既に飛ぶ鳥を落とす勢いで劇場が拡大し始めた時に、和田氏に提示されたのは「すずめの涙」程度の金額で「権利を買い取る」内容、原案使用料や二次使用料を含めた買い取り案だったという
これは仮に私が同じ立場で同じ内容の契約を提示されてもはっきりいって拒否するだろう。「カメラを止めるな!!」の制作サイドが知的所有権をもっている人間に対してこの程度の認識しか持っていないことに大いなる失望を禁じ得ない。和田氏に対しては原作者としてのリスペクトの姿勢を示すべきだったのにプロセスを見る限りですと完全に蔑ろにされているという印象をぬぐえない

この点は日本の映画制作の今後を考えると知的所有権、知財に対するこのような姿勢はどんどんグローバル化している現在の映画制作の現状を考えると大きな問題に発展する可能性が高い。つまりこの流れによる成功を認めてしまうと、舞台から映画、映画から映画、小説から映画、盗作し放題の世の中になる可能性が出てくる。それは知財が盗み放題はもとより、盗まれ放題の社会になるということ。そのような社会が世界から相手にされるはずがないからである。

さらにここまで書いても原作者の和田氏をあくまで叩こうとする輩がいるかもしれないので和田氏本人が書いたFacebookでのコメントをそのままこちらに引用する。少なくともこれを読んで「ヒットしたからしゃしゃり出てきた」などと決めつけることがいかにお門違いかがわかるはず。(尚、一時和田氏が精神的に病んでいたことを理由に叩く人間の屑がいるようだが言語道断である。そのような輩が映画関係者でないことを祈る)

映画【カメラを止めるな!】について

もう知っている方も多いですが、
今、「カメラを止めるな!」という映画が、ものすごくたくさんの人見られて、日本映画の歴史を塗り替えようとしています。

元ネタは、僕が2011年〜2014年までやっていた劇団PEACEの舞台「GHOST IN THE BOX!」です。

監督がその舞台にインスパイアされ、「原作なしのオリジナルストーリー」として作り上げられたのが映画「カメラを止めるな!」と言わています。

この話はとても長くなりますし、本当はあんまり書きたくもありません。
ただ、今日発売の週間FLASHに記事として僕が話したことが掲載されています。
だいぶ過激な見出しですが、決して怒っているわけではありません。

それについて、僕の気持ちをここに書きたいと思います。

話はだいぶ前に遡りますが、僕は2011年、数人の仲間とともに劇団PEACEを立ち上げました。
今思うとめちゃくちゃ青臭かったし、若かった。
だけど、命がけだったことは間違いありません。
毎日稽古が終わったら朝までバイトして、ちょっと寝て稽古いって・・・
とにかく、売れる為に、自分の劇団見てもらう為に、劇団員に幸せになってもらうために、いろんなことに必死でした。
だらだら続けてもよくないと思ったので
「3年間の公演の中で、3000人を集客できるような劇団にならなければ解散」
という明確な目標を立てました。

あの3年間は、本当に1秒1秒生きてて、あんなに笑ったことも、泣いたことも、悔しい思いをしたことも、もしかしたら生涯この先訪れないんじゃないかと思っています。
それぐらい、生きてた。

劇団は、解散しました。
目標には届きませんでした。

「GHOST IN THE BOX!」は、そんな劇団で、再演、初のロングランまでしたとても思い入れのある公演です。
当時、劇団に脚本家志望の後輩荒木がいて、僕が一緒に企画案を練り、脚本を荒木に任せ、稽古しながら四苦八苦しながら脚色して出来上がったのが「GHOST IN THE BOX!」です。
なので、著作権は僕と荒木、そして劇団にあります。

劇団解散後、ある元劇団員と監督の間でこの作品の映画化企画が持ち上がりました。

その時、脚本書いた荒木も引き入れて、3人で映画化プロジェクトがスタートしたようです。
僕は劇団解散後、お恥ずかしい話けっこう精神を病んでしまい、立ち上がれませんでした。
劇団員みんなとの連絡も意図的に断ってた。
そんぐらいあの頃は悔しかったし、いろんなダメージがありました。

今は復活しました。
そんな中で映画の話があって、僕には一切連絡がありませんでした。
これに関しては完全に自分の責任だと思っています。
本当に情けない。

そしてそのプロジェクトは一旦頓挫し、その後監督が独自に書き上げたのが「カメラを止めるな!」という作品だそうです。

そしてその作品は上映されました。
僕はその事実(カメラを止めるな!がゴーストから作られたこと)を、公開されてだいぶ経ってから、さらに別の元劇団員の後輩から聞いて初めて知りました。
最初は、単純に嬉しかった。

3年間で3000人!っていう目標達成できなくて解散した俺たちの作った作品が、形を変えてその何倍もの人に見られている。
ツイッターでもここでも、「みんな見てね!」と思わずシェアしてました。
映画も面白かったし。

でも実際に見てみるとクレジットにはPEACEの名前、GHOSTの名前はなかった。
しかも監督はインタビューに「ある劇団のある芝居に影響を受けて」と答えていて、世間では「オリジナルストーリー」として評価されていた。
劇団名、作品名を出さないのはプロデューサーの意向ということだった。
解散してるからしょうがないとは思ったが、どうしてもそれが納得できず、監督に連絡を取りました。

ちゃんと原作として

劇団PEACE「GHOST IN THE BOX!」(作:荒木駿 演出:和田亮一)

といれてください。
とお願いしました。

そしたら、
「確かに最初は一緒に進めたし、参考にしたがそれは一旦頓挫し最終的には全く別物になったので「原作」と入れることはできない。確かに参考にしたが、それでいくと三谷幸喜さんの作品も原作としていれなきゃいけないことになる。」
と言われました。

その件で直接話をするために、先方のプロデューサー含め、会って話しました。
その際に、配給拡大のタイミングで、今日クレジットは決めなくてはならない。といわれ、最終的に向こうから妥協案として「原案」だったらどうですか、という話になり、“ひとまず”クレジットには原案として劇団名、作品名を入れてもらいました。
そして、その後原作かどうかは判断しましょう。
という話になりました。
だから今、映画のエンドロールには
原案:劇団PEACE「GHOST IN THE BOX!」(作:荒木駿 演出:和田亮一)

special thanks で和田亮一と入っています。

でも僕は、ただ、「原作」と入れて欲しかったんです。

「原案」は作品を作るに当たって参考にしたアイデア
「原作」はその作品を作るための元の作品

です。

クリエイターとして、そこは譲れませんでした。
銀魂の映画は、全くオリジナルストーリーだけどちゃんと「原作」って入ってます。

しかしその後、先方からきたのは、PEACE「GHOST IN THE BOX!」は今回の映画における「原案」として整理しました。という連絡と、よくわからない原案利用契約書。

その提案された契約書には、僕が今後の映画、舞台におけるリメイクそのほか二次利用に関する一切の権利をもてないという内容でした。

ぼくは、あの頃、劇団のみんなに迷惑をかけながらもPEACEに命をかけていたし、大好きだったし、あの3年間が自分を成長させてくれたと思っています。

みんなで何ヶ月もかけて稽古したり、バイトとの両立で眠かったり理不尽なことに怒ったり集客うまくいかなくてイライラしたり、本番は楽しかったりなあの日々が、あの作品が軽く扱われ、さらには今、「オリジナルストーリー」として世の中に出ているのが本当に許せません。

基本構造や、ちょっとした設定はそのまま使われています。
むしろ、「カメラは止めない!」ってセリフあります。
監督はインタビューで「舞台の基本的な構造はそのままに」と答えています。

昔GHOSTに出たり、PEACEを見た人の中には、僕や劇団員のみんなが協力してあの映画になったと思ってる人がたくさんいる。
僕は一切協力していません。

最初に協力した劇団員二人には「企画開発協力」というなんかよくわからないクレジットにして、ヒットした後もちゃんとした契約や謝礼の話は一度もないらしいです。
むしろ「頓挫して」以降は二人も関わってません。
だから、「別物」と言い切るのでしょう。

多分、僕があの時事実を聞いて、連絡しなければ一生僕には連絡がなかったでしょう。

この件に関して、僕は真実を訴えます。
じゃないと素直に応援できないし、PEACEを応援してくれたたくさんの人に対して失礼だと思うので。
映画は普通に面白いです。
キャストのみなさん、スタッフのみなさん、本当に映画が好きで、楽しそうに演技してるな、と思いました。
前述しましたが感謝もしています。
大好きだった、命かけてたあの作品を生まれ変えてたくさんの人に見せてくれているから。

だけど、だからといって泣き寝入りだけはしたくありません。

本日発売の週間FLASHの取材を受けました。
PEACEの芝居が原作であることを知らしめたい。

実名ででてますので、きっと炎上すると思います。
批判されるのは目に見えてます。

「解散した劇団の和田がなんか言ってる」
とか
「ヒットしたから金目的だろ」とか

それでも僕は実名でいきます。
正直怖いっちゃ怖いけど、別にもともと入って来るわけなかった金なんて欲しいわけない。
なんか質問とか取材とかあれば受けれる範囲で受けます。

みんなでつくりあげたあの3年間の、劇団の尊厳を守りたいという、それだけなんです。

もう劇団は解散し、みんなそれぞれのステップを踏んでいるけど、頑張ってくれていたみんなの為にも、真実だけは伝えたいと思っています。

FLASHには、類似点やもう少し細かい状況説明など掲載されています。
もしよければ読んでみてください。


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