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2018年6月24日 (日)

音楽も映像もその他エンタテインメントもなぜ「グローバル化」にしなければならないか

当ブログでも「グローバル化」ということを何回か論じてきた。

映画制作とかに関わっている関係で、映像制作がグローバル化している、というのも紛れもない事実であると感じる。それは私がFacebookグル―プ「エンタテインメント業界キャステイング」の管理人をしていて募集投稿を当グループに投稿していてると、ひしひしと感じる。日本にいながらハリウッドや外国映画のオーデイション案件の情報が入る、日本人俳優、女優に対するニーズが海外からどんどん入る等、明らかに世の中が大きく変わっている、ことを実感するためだ。

それは勿論、インターネットを通して情報、コンテンツの情報が国に関係なく流れていく、とりわけSNSというメデイアを通してそうした情報、コンテンツのやりとりが加速していることを目の当たりにしているからだ。

そのため音楽も映画も勿論ゲーム等ももはや国境など考えず、最初から全世界のマーケットに売り出すことを前提に制作のマーケテイングの行うべきであることは自明の理である、

それは「グローバル化」という点でとりわけ大きく後れをとっている音楽の状況をみても明らかだ。それは日本以外の音楽業界がV字回復しているにも関わらず、日本だけが完全に置いてけぼりを食っている事実からもわかる

■世界の音楽市場の足を引っ張っているのは、日本の音楽業界ー音楽のグローバル化を頑なに拒否し続ける日本の音楽業界

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2018/04/post-675e.html

詳細は上記のリンク先を読んでいただくとして、SpotifyでもApple Musicでも日本国内だけの配信で億単位の再生回数を獲得するなど不可能である。

欧米は最初から市場を全世界に置いており、そのためにも億単位の再生回数を稼いでいる、日本の業界筋にこのことを話すといまだに「嘘だ」「信じられない」「ありえない」という反応が返ってきているようだがこれは紛れもない事実である。

音楽も映画もドラマも最初から全世界のマーケットを対象とする制作方針に変えないともはや生き残れないのだ

もう1つ本当に現実的な話として「国内市場のみ」を対象としたマーケテイングがいかに時代遅れであり、製品のマーケテイングとしてもはや愚策である、という事情がある

この事情はもはや日本人であればだれもが知っていることである。もし知らないのであればよほどニュースかデータを見ていない証拠だ、

いうまでもなく日本の人口の減少である。

これは既にいろんなところで云われているのでわざわざデータを見せなくてもいいとは思うが

Z1_1_03

かつて日本は人口一億三千万といわれた。今既に一億三千万を切って1億2652万人(2017年) そして上のグラフをみればわかるようにこれからは「奇跡的なベビーブーム」でも起きない限り人口の右肩下がりが続く

この事実は報道でもよく行われているからご存じの方も多いはず

東京オリンピックが行われる2020年には1億2410万 さらに10年後の2030年には1億1661万と毎年数百万単位で人口が減少していくのだ

人口が減少する、これはどういうことか。ちょっと考えればわかることだが

国内のマーケットが縮小していっている 

ということだ。つまりこれから「奇跡的なベビーブーム」でも起きない限りどんどん少なくなっていくマーケットのパイを日本の各業者が取り合っていく。という構図だ、

それはマーケット戦略としては愚の骨頂であることは中学生でもわかることだろう

ところがその愚の骨頂のマーケット戦略に頑ななまでに固執している業界がある。「今までこのやり方でやってきた」という理由だけで縮小の一途をたどるマーケットのパイどりに固執している業界

それがメジャーの音楽業界であり、映画業界であり、芸能界やテレビ業界だ、とりわけ芸能、ショウビズの世界がガラパゴス市場でありつづけたことー 世界から隔絶したマーケット戦略にこだわることがいかに愚かしいか、上記のデータをみても火を見るよりも明らかではないだろうか

だから私が「グローバル化」とかいい続けているのは別に既存の音楽業界とか芸能界を批判しているのではなく、世の中がそういう流れに行くのは必然であり生き残るためには避けられない点であるからだ。「従来のやりかた」に固執するのはいかに愚かしく、そのうち滅亡を余儀なくされることになるかがわかるだろう。

この流れはもはや誰にも止められない。だから音楽家もクリエイターも役者もゲームコンテンツ制作者も生き残るためには意識改革をしていかねばならない。

それを少しでも理解していただける方が増えることを望むものである


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