i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »

2018年1月30日 (火)

グラミー2018-見るたびに思う事。音楽を「文化」として尊重する国と100均以下の消耗品としか見ない日本との差が痛すぎる

初めにお断りしておくがグラミーの話をするとどうしても日本の音楽界の現状に辛口な表現になるが、今回もかなり辛辣なことを書くのでそういう記事を読みたくない方はこの記事を読まないことをお勧めする
===========================================================================
昨日グラミー2018年が開催された。各受賞者についてはグラミーの公式サイトを参照されたい。ひとことでいえばブルーノマーズが三冠を含め旋風を巻き起こしたといっていい
https://www.grammy.com/grammys/awards

司会は昨年につづきジェームスコーデン

Img_1453

・コラボレーションが普通に行われる欧米の音楽シーン

グラミーは毎回ながらアーチストの素晴らしいパフォーマンスを見ることができるのが楽しいが特に海外ではもはや当たり前な「異ジャンル」のコラボレーションが普通に見ることができるのが楽しい

今年は60周年ということもあるのか、例年はLAのステイプルセンターだが今年はニューヨークのMSG(マデイソンスクウアーガーデン)で開催された。そのこともあってかステイングは名曲";Englishman in New york"を披露した

Img_1459

なんかレゲエ風のリズムでやっているな、と思ったらShaggyが出てきてのコラボレーションステージ

Img_1461

同じように先日引退を表明したエルトンジョンとカントリー歌手のマイリーサイラスのコラボレーションステージ

Img_1468

何度もいっているが欧米ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションは当たり前になっている、しかし日本ではこういう「異ジャンル」のコラボレーションに対して躊躇する向きが少なくない。あるミュージシャンが全く違うジャンルのミュージシャンとコラボレーションをしても、「同ジャンルの他の人に知られないように」あまり大っぴらにしたがらない傾向が強い。

私はこのメンタリテイは到底理解できない。
違うジャンルのミュージシャンとコラボすることに他の同ジャンルのミュージシャンにどんな不都合が生じるというのだろうか?寧ろ「ジャンルが違う=対立軸」として考える日本の音楽の風潮こそ時代錯誤の音楽観に捉われているといえないだろうか? これはジャンルごとのミュージシャンで作る「ムラ社会」が音楽の視野を極端に狭め表現の可能性を閉ざしているものだと私は考える。

あえていう。

そんな「ムラ社会」は音楽の発展に障害にしかならないからぶち壊してしまうべきである。

まあこんなことを毎年グラミーを見ていると思わされるのだ

さて気をとりなおしてグラミーに話を戻そう

続きを読む "グラミー2018-見るたびに思う事。音楽を「文化」として尊重する国と100均以下の消耗品としか見ない日本との差が痛すぎる"

| | コメント (0)

2018年1月27日 (土)

文春と小室報道についてーこのままの報道姿勢、番組制作方針を続ければ地上波テレビはいずれ滅亡する

例の小室騒動、まだ尾を引いている感じだが、どうも論点がずれているような気がする。文春がこういった不倫報道やゴシップを報道するのは今回が初めてではないし、結局は報道の対象が
1. 小室哲哉だったこと、
2. 会見の様子から文春の不倫報道とはかなりニュアンスが違ったこと

ということで今回の文春けしからん、という話になっているのであって、これが小室でなく別の小者アイドルだったらこんな騒動にはなっていないだろう。
そもそも文春けしからん、などといっている割には文春の不買運動なんていう話はどこからも聞かないことを考えると、こういうゴシップ誌が芸能人のプライバシーを晒しそれを叩くという行為自体を日本社会は否定しているわけではないということだ。

確かに騒動の最中の文春の記者の「言い訳」も酷い。TBS「サンデージャポン」に登場した週刊文春の記者は「本意ではない結果になった」と語ったそうだが、これは苛めた人間が自殺して「まさか自殺するとは思わなかった」といっているのと同じだ。これが余計に文春への心象を悪くしたのは事実だろう

何とも下品で下劣な社会に日本という国はなってしまったものだ。

だがそれに輪をかけて酷かったのは地上波テレビのワイドショーだ。文春が火をつけたらテレビが即、拡大 つまり地上波テレビが文春になびき、文春の手のひらの上でまんまと転がされ、自分たちで取材する意志を放り投げたかのように、他人のスクープ、取材から甘い汁を吸うようになった。これに関してはかなり的確な分析をしている記事があるのでこちらを読まれたい

■テレビ局が不倫報道をやめれば、この国は変わると思う
https://news.yahoo.co.jp/byline/sakaiosamu/20180126-00080839/

ベッキー騒動以来、週刊文春はピカレスク的メディアとして一目置かれる存在になった。類似のスキャンダルメディアの中でも、文春には理念とポリシー、もっと言うと独特の美学を感じさせるものがあったと思う。不倫を報じるにしてもストーリーがあったのだ。ただ著名人の不貞を暴くのではなく、「○○○なのに不倫していた!」という明らかなメッセージを込めていた。ベッキーも爽やかで健康的なイメージを売りにする、不倫からはほど遠いタレントなのに不倫していた。そのうえ、謝罪の裏で川谷絵音とまったく反省していないLINEのやりとりをしていた。これをも暴露した文春の「そこまでやるか!」と「よくぞここまで!」のギリギリの間を縫って駆け抜けていく様は見事と言うしかなかった。

私は昨年8月に「テレビの不倫報道の過剰」を訴える記事をYahoo!で書いた。その時見せたのがこのグラフだ。

2018012600080839roupeiro00123view

 

続きを読む "文春と小室報道についてーこのままの報道姿勢、番組制作方針を続ければ地上波テレビはいずれ滅亡する"

| | コメント (0)

2018年1月26日 (金)

厳寒の中ゲームアニメ交流会出席しました

久々の参加ですが恒例の「ゲームアニメ交流会」、正式には「アニメ・マンガ・ゲーム中心エンタメ業界親睦会-少し遅い新年会-」に参加しました

Ani_game_koryukai01251802

前回は私が管理するグループの忘年会の日程にモロに重なってしまいその前は超多忙な時期で参加できなかったため半年ぶりの参加です

今までは東新宿の代アニステーションか新宿の某{プールのある}会場だったんですが、今回は西麻布。平成最強の寒波が来襲している最中での参加

Ani_game_koryukai01251800

Ani_game_koryukai01251801

ホント寒かったですー (>_<)

それにしても今回の会場は正直東新宿と比べるとかなり狭い印象を受けます。確か昔クラブかなんかだった場所ですね。なんていうクラブだったか忘れましたが..

Ani_game_koryukai01251803

会場はご覧のようにごった返し

それでも今回は初めて会う人も多く交流会としては一定の成果がありました。特にアニメ関係者ではネットフリックスやアマゾンからみの動きがあることが確認されました。時代は確実に動いています。

実際アニメ会社からしても地上波でも深夜アニメになると制作の観点からももはや旨みがなくなっているのが現実で、ネットフリックスのように全世界同時公開とは制作費の面でも1ケター2ケタ違います。業界としてそちらに流れるのは当然のことだと思います。

続きを読む "厳寒の中ゲームアニメ交流会出席しました"

| | コメント (0)

2018年1月21日 (日)

映画製作にお金を掛けようとしない日本 デジタル時代で「安くできる」が一人歩きしている日本、このままでは日本は映画のグローバル化に太刀打ちすることはできない

事情によりどこのスタジオかは公表できませんが、昨日現在手掛けている短編映画のMA(マルチオーデイオ作業ー但しこれは「和製英語」のため海外では通じません)作業を行い、5.1のサラウンドの作業を行いました。

Surround00

フロントのL (左)C(中央)R(右)のスピーカー

Surround02

後ろ(リア)の左のスピーカー

Surround01

後ろ(リア)の右のスピーカー

このフロントのL C R リア(後)のLrear Rrear  で5チャンネルです。ちなみに「5.1ch」という表記は通常のスピーカは1chで1とカウントし、超低音域再生専用のスピーカー(サブウーファー)は、通常のスピーカのch区分とは異なるという意味で「.1ch」とカウントしますが、ピリオドで区別しているだけです<

そしてそのサブウーファー(低音の20HZ以下の周波数成分)は音を大迫力にして、特に映画館に行くとその違いがよくわかります。
やはり迫力が違います。 映画の音創りは毎回こう行きたいですね。

今手掛けているのは15分の短編で日本で開催されるアメリカ映画アカデミーの"Short Short Film Asia"と5月のカンヌ映画祭に出品予定の作品です。

実はこういうと日本の映画関係者から「贅沢だ」という声が上がる可能性がありますが、映画製作がどんどんグローバル化している現代、日本と海外の映画予算の歴然たる差というものが存在します。
実は15分の短編でもこのくらいのポストプロダクション作業を行うのは海外では完全に普通であり、カンヌに提出する作品であればこのくらいの音のポストプロダクション作業を行わないと間違いなく太刀打ちできない、といっていいと思います。

例えば、園子温監督の次の記事をよむと歴然とした差があることがわかります。

■園子温監督が邦画の低予算ぶりを明かす 米中との歴然とした差に嘆き
http://news.livedoor.com/article/detail/11681452/

園監督によると「中国もアメリカも学生の自主映画の平均制作費は1億以上」だとか。一方で、日本の商業映画の平均的な制作費は5000万円以下だという。


中国では「新人監督の第一作目の製作費が平気で10億以上」「俳優のギャラが平気で何億」だそう。これに対して園監督は自身を持ち出し、「映画はじめて25年以上やってる俺は、製作費3000万とか5000万の平均的日本映画を今もこなしております」と綴っている。日本映画で制作費10億円は「巨大大作」だが、アメリカ・中国では10億円は「かなりの低予算映画」になるという。米中では日本に比べ、デビュー当時から恵まれた環境で活動できるというのだ。

この話を聞くと本当にお寒い限りです。

 

続きを読む "映画製作にお金を掛けようとしない日本 デジタル時代で「安くできる」が一人歩きしている日本、このままでは日本は映画のグローバル化に太刀打ちすることはできない"

| | コメント (0)

小室引退騒動にみるエセ正義をふりかざして人を叩く日本社会のおぞましき狂気と病巣

今さら言うまでもない。小室哲哉の引退騒動
私は芸能人の誰が不倫したとか、誰と誰がくっついた離れたなんて話は全く興味ないしどうでもいいと思っている。

Komuro

またお断りしていくが私は音楽家の端くれとして小室哲哉の実績は認めるが、小室の作った音楽がいいと思ったことは実は一度もない。Globeだろうが小室がプロデユースしたA社系のアーチストの曲だろうが安室の曲を除いてはいいと思ったことなど一度もない

だが今回の引退騒動はそれらを曲げても激しい嫌悪感を感じる。なぜなら日本社会が極めて不健全でおぞましいほどの狂気が社会全体に蔓延していることを感じるためだ。

今回の事件の病巣を整理するとこうなるのではあるまいか

1.有名人の不倫を始め不祥事に対して「エセ正義」をふりかざして叩く世間のヒマ人、ネットのヒマ人の過剰なまでの倫理に対する潔癖症

最近の日本は特にそうだが、有名人の不祥事に対して極めて不寛容であり、ちょっとでも「間違った」ことをすればまるで社会の重犯罪人であるかのように扱う、今回も妻の介護(くも膜下出血)をしながら看護師と夜を明かした(別に性的関係には陥っていないという)小室を「不倫」だと大騒ぎをしてあたかも重罪人であるかのように晒し、ゴシップネタをおいかける社会のヒマ人、ネットのバカなヒマジンに徹底的に叩かれたという構造。

たたいた連中は自分がどれほど品行方正な生活をしているのかわからんが、人間だから過ちや失敗もする。しかしそのわずかな失敗、過ちも決して許さないまるで倫理に対する潔癖症な社会。

今の日本はまるで中世のヨーロッパのように「倫理」「道徳」があらゆる面で人間の行動を締めつける極めて不健全な社会になっている。しかも中世ヨーロッパはまだ「聖書」という根拠があったが、今の日本は一部の人間の勝手な「思い込み倫理」に基づいた根拠のないものだから余計始末に悪い

そして歴史に少しでも詳しい人間がいれば中世ヨーロッパのような行き過ぎた聖書の原理社会、倫理に対する潔癖症的な社会がいかに不健全な社会だったが理解できるはず。今の日本社会はまさにそうなっている。だから怖気がするほどの不健全な社会になっている

続きを読む "小室引退騒動にみるエセ正義をふりかざして人を叩く日本社会のおぞましき狂気と病巣"

| | コメント (0)

2018年1月15日 (月)

これからは音楽やアーチストが本当に好きな人と音楽が好きなつもりで実は全然好きじゃない人たちで両極化

先日ネットの記事でこんな記事を読んだ

■なぜCDを買うのか…アーティスト愛があふれる熱い持論に共感の声
http://news.livedoor.com/article/detail/14142574/

2fe10_1593_8c7fc3b8_f2fed7ce

tricotファイターほな(@mu_mk_re_trk)さんの友人はCDを買うことがないそうで、CDを買う派のほなさんに「アホか」といったといいます。

しかし、ほなさんはその言葉に「盤を手元に残すことに意味があるから」と反論。それでも納得しない友人を見て、「なぜCDを買うか」を改めて考え、まとめました。

ほなさんの、情熱あふれる持論がこちら!

 

CDを買う1番の大きな理由は、アーティストが1枚のCDを出すのに、どれだけの労力を使っているかを知っているからだと思う。

 

曲を作って、レコーディングして、マスタリングして、ジャケットのデザインを作って、アーティスト写真を撮って、歌詞カードを作って…。たった1枚の円盤を制作するのにも、すごく労力がかかっている。

CDは、ただの音源ではなく、芸術作品みたいなもの。だからこそ、買って手元に残しておきたい。

歌詞カードの行間1つからCDの帯まですべてに意味があって、アーティストのこだわりを感じ取れる。

そして、ほなさんは最後に、「CDを買って帰り、プレイヤーで再生して感じた、音楽に触れ始めた時のワクワク感みたいなものを忘れたくないから、CDを買うのかもしれない」とも語りました。

まず音楽の世界で仕事している人間から見て、非常にありがたい。こういう人がまだいるだけアーチストは救われる。

ストリーミングや配信の状況については私も業界人の端くれとして理解はしているが、しかしネット等で配信だけでなくストリーミングについて語っている論客の論調を見ると、IT系からの音楽の見方しかしていない人が多く読んでいて正直すごく違和感を感じるのだ。たぶんこの人たちは特定のアーチストのファンになったことなどない人達なのだろうと思ってしまう。そしておそらく上記引用のtricotファイターほなさんの気持ちなど到底理解できないだろう。

続きを読む "これからは音楽やアーチストが本当に好きな人と音楽が好きなつもりで実は全然好きじゃない人たちで両極化"

| | コメント (0)

2018年1月 7日 (日)

仕事始めー今年もさらに映画音楽作家としてステップアップを目指す所存

毎年書いているこのブログの「新春コラム」というやつ、書こうかどうかまよったけど正直ブログでしかも長い記事を書くというパワーがなくなっている。5-6年前にはブログ記事にかなり気合が入っていたけど最近仕事をこなす方とFacebookグループの管理等にエネルギーを取られ自分のブログ、それも音楽ブログを更新しようというエネルギーが出てこない。何か重大なできごとが起きるとか、そういうモーテイベーションを駆り立てることが起きないとやはり新着記事を書こうという風にならない。

それに私がやろうとしていることはだいたい決まっている。それはこのブログの記事やFacebookグループの公式ブログをみていただければわかる。

ただ今までと違う点を1つだけ揚げると、映画音楽作家として今まで長編、中編、短編とやってきたし、劇場公開された作品も結構あるけれど今まで実質的に「自主制作映画」というものに結構関わってきた。ぶっちゃげ今やっている短編もそうだし、数か月前にやった中編もそうだった。

しかし今年からそういう「自主映画」のための音楽作品を作る、というのは卒業しようと思う。

理由はいろいろあるけれどやはり日本の場合海外と比べバジェットの低さがやはり異常といっていいレベルだからだ。

自主制作というのは確かに稀に大化けするケースがある。しかしその可能性は決して大きくはないし、ある意味「大きな賭け」でもある。確かに「大化け」しそうな映画は何となくわかる。私が中島良監督がまだ世に出る前に「俺たちの世界」の映像を見たときにくぎ付けになった。あのパワーを感じさせてくれる映画というのはそう沢山はない。

確かに以前の記事でも書いたが4Kデジタルカメラの出現でフィルム時代では考えられない低予算でハイクオリティな映像を撮ることが可能になった。
ただ低予算でー安く映像ができる、という言葉だけが一人歩きし、勘違いする制作関係者も少なくない、多くは本来の映画や映像制作スタッフに関わったことがない人達だ。

昔は映画会社の助監督から経験を積んで、というパターンが多かったが最近はそういうプロセスを経ないまま映画作りをしようとしているケースが多くなっている。
結果、出演キャストだけでなく、カメラ。メイク、照明、音声といった基本的にプロでなければきちんと仕事ができない分野の仕事をシロウトにやらせる、といったケースが少なくない、特に自主映画に至っては殆どがそのパターンである

最近は映画制作会社ではなく芸能やモデルプロが映画を作ろうというパターンが少なくないが

音声って必要なの? カメラのマイクだけじゃだめなの?

カメラって一台だけでできないの?

MAって何? 必要なの それ?

これらはとあるモデルプロが自分のところのモデル主演の映画撮影の時に実際本当に飛び出た発言である。

続きを読む "仕事始めー今年もさらに映画音楽作家としてステップアップを目指す所存"

| | コメント (0)

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »