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2018年1月21日 (日)

小室引退騒動にみるエセ正義をふりかざして人を叩く日本社会のおぞましき狂気と病巣

今さら言うまでもない。小室哲哉の引退騒動
私は芸能人の誰が不倫したとか、誰と誰がくっついた離れたなんて話は全く興味ないしどうでもいいと思っている。

Komuro

またお断りしていくが私は音楽家の端くれとして小室哲哉の実績は認めるが、小室の作った音楽がいいと思ったことは実は一度もない。Globeだろうが小室がプロデユースしたA社系のアーチストの曲だろうが安室の曲を除いてはいいと思ったことなど一度もない

だが今回の引退騒動はそれらを曲げても激しい嫌悪感を感じる。なぜなら日本社会が極めて不健全でおぞましいほどの狂気が社会全体に蔓延していることを感じるためだ。

今回の事件の病巣を整理するとこうなるのではあるまいか

1.有名人の不倫を始め不祥事に対して「エセ正義」をふりかざして叩く世間のヒマ人、ネットのヒマ人の過剰なまでの倫理に対する潔癖症

最近の日本は特にそうだが、有名人の不祥事に対して極めて不寛容であり、ちょっとでも「間違った」ことをすればまるで社会の重犯罪人であるかのように扱う、今回も妻の介護(くも膜下出血)をしながら看護師と夜を明かした(別に性的関係には陥っていないという)小室を「不倫」だと大騒ぎをしてあたかも重罪人であるかのように晒し、ゴシップネタをおいかける社会のヒマ人、ネットのバカなヒマジンに徹底的に叩かれたという構造。

たたいた連中は自分がどれほど品行方正な生活をしているのかわからんが、人間だから過ちや失敗もする。しかしそのわずかな失敗、過ちも決して許さないまるで倫理に対する潔癖症な社会。

今の日本はまるで中世のヨーロッパのように「倫理」「道徳」があらゆる面で人間の行動を締めつける極めて不健全な社会になっている。しかも中世ヨーロッパはまだ「聖書」という根拠があったが、今の日本は一部の人間の勝手な「思い込み倫理」に基づいた根拠のないものだから余計始末に悪い

そして歴史に少しでも詳しい人間がいれば中世ヨーロッパのような行き過ぎた聖書の原理社会、倫理に対する潔癖症的な社会がいかに不健全な社会だったが理解できるはず。今の日本社会はまさにそうなっている。だから怖気がするほどの不健全な社会になっている

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2018年1月15日 (月)

これからは音楽やアーチストが本当に好きな人と音楽が好きなつもりで実は全然好きじゃない人たちで両極化

先日ネットの記事でこんな記事を読んだ

■なぜCDを買うのか…アーティスト愛があふれる熱い持論に共感の声
http://news.livedoor.com/article/detail/14142574/

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tricotファイターほな(@mu_mk_re_trk)さんの友人はCDを買うことがないそうで、CDを買う派のほなさんに「アホか」といったといいます。

しかし、ほなさんはその言葉に「盤を手元に残すことに意味があるから」と反論。それでも納得しない友人を見て、「なぜCDを買うか」を改めて考え、まとめました。

ほなさんの、情熱あふれる持論がこちら!

 

CDを買う1番の大きな理由は、アーティストが1枚のCDを出すのに、どれだけの労力を使っているかを知っているからだと思う。

曲を作って、レコーディングして、マスタリングして、ジャケットのデザインを作って、アーティスト写真を撮って、歌詞カードを作って…。たった1枚の円盤を制作するのにも、すごく労力がかかっている。

CDは、ただの音源ではなく、芸術作品みたいなもの。だからこそ、買って手元に残しておきたい。

歌詞カードの行間1つからCDの帯まですべてに意味があって、アーティストのこだわりを感じ取れる。

そして、ほなさんは最後に、「CDを買って帰り、プレイヤーで再生して感じた、音楽に触れ始めた時のワクワク感みたいなものを忘れたくないから、CDを買うのかもしれない」とも語りました。

まず音楽の世界で仕事している人間から見て、非常にありがたい。こういう人がまだいるだけアーチストは救われる。

ストリーミングや配信の状況については私も業界人の端くれとして理解はしているが、しかしネット等で配信だけでなくストリーミングについて語っている論客の論調を見ると、IT系からの音楽の見方しかしていない人が多く読んでいて正直すごく違和感を感じるのだ。たぶんこの人たちは特定のアーチストのファンになったことなどない人達なのだろうと思ってしまう。そしておそらく上記引用のtricotファイターほなさんの気持ちなど到底理解できないだろう。

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2018年1月 7日 (日)

仕事始めー今年もさらに映画音楽作家としてステップアップを目指す所存

毎年書いているこのブログの「新春コラム」というやつ、書こうかどうかまよったけど正直ブログでしかも長い記事を書くというパワーがなくなっている。5-6年前にはブログ記事にかなり気合が入っていたけど最近仕事をこなす方とFacebookグループの管理等にエネルギーを取られ自分のブログ、それも音楽ブログを更新しようというエネルギーが出てこない。何か重大なできごとが起きるとか、そういうモーテイベーションを駆り立てることが起きないとやはり新着記事を書こうという風にならない。

それに私がやろうとしていることはだいたい決まっている。それはこのブログの記事やFacebookグループの公式ブログをみていただければわかる。

ただ今までと違う点を1つだけ揚げると、映画音楽作家として今まで長編、中編、短編とやってきたし、劇場公開された作品も結構あるけれど今まで実質的に「自主制作映画」というものに結構関わってきた。ぶっちゃげ今やっている短編もそうだし、数か月前にやった中編もそうだった。

しかし今年からそういう「自主映画」のための音楽作品を作る、というのは卒業しようと思う。

理由はいろいろあるけれどやはり日本の場合海外と比べバジェットの低さがやはり異常といっていいレベルだからだ。

自主制作というのは確かに稀に大化けするケースがある。しかしその可能性は決して大きくはないし、ある意味「大きな賭け」でもある。確かに「大化け」しそうな映画は何となくわかる。私が中島良監督がまだ世に出る前に「俺たちの世界」の映像を見たときにくぎ付けになった。あのパワーを感じさせてくれる映画というのはそう沢山はない。

確かに以前の記事でも書いたが4Kデジタルカメラの出現でフィルム時代では考えられない低予算でハイクオリティな映像を撮ることが可能になった。
ただ低予算でー安く映像ができる、という言葉だけが一人歩きし、勘違いする制作関係者も少なくない、多くは本来の映画や映像制作スタッフに関わったことがない人達だ。

昔は映画会社の助監督から経験を積んで、というパターンが多かったが最近はそういうプロセスを経ないまま映画作りをしようとしているケースが多くなっている。
結果、出演キャストだけでなく、カメラ。メイク、照明、音声といった基本的にプロでなければきちんと仕事ができない分野の仕事をシロウトにやらせる、といったケースが少なくない、特に自主映画に至っては殆どがそのパターンである

最近は映画制作会社ではなく芸能やモデルプロが映画を作ろうというパターンが少なくないが

音声って必要なの? カメラのマイクだけじゃだめなの?

カメラって一台だけでできないの?

MAって何? 必要なの それ?

これらはとあるモデルプロが自分のところのモデル主演の映画撮影の時に実際本当に飛び出た発言である。

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