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2017年12月 4日 (月)

急速にグローバル化する映画を始めとする映像制作現場ーこのままだと音楽だけ取り残される

私はご存じのとおりFacebookでグル―プ「音楽&映像関係者キャステイング」の管理人をしており、そのサイトではを映画、と音楽両方の分野のオーデイションや人材募集の情報を掲載している。

その中で最近大きな変化が起き始めているのとを感じる。

それはアマゾンやネットフリックスが最近始めている全世界での配信や劇場公開の映画製作を日本で始めたり、Facebookを始めとするSNS経由で海外からの募集案件が増えてきた点である。

とりわけ詳細はここではいえないが、カンヌ入選監督の長編映画での日本人キャスト募集やハリウッドの募集案件等、以前では考えられなかった内容の募集案件が次から次へと出てきた。

例えばつい5-6年前だったら日本の俳優が「ハリウッド映画に出たい」などと云おうものなら周囲から「お前バカじゃねえか?」とか「身の程を考えろ」とかいわれて袋叩きにあったものだ。
だが今私の周囲のFacebookでつながっている俳優を含め、多くの日本人俳優が当たり前のようにハリウッド、や中国等の外国映画に出演する時代になった。これはかつて私が映像制作はどんどんグローバル化し、国境と関係なくキャストもクルーも仕事をする時代が来る当ブログで書いたことが現実になり始めたことを示している。時代は確実に動いている、そして誰もそれを止めることができない そういう時代の到来である。

さて制作現場のグローバリズムについて論じてはいるが、日本でも世界でもグローバリストというと「新自由主義者、市場原理主義者」でもあるというイメージがあると思うが、私はネットによくいるグローバリズムを唱えるエコノミスト、IT系論客と一線を画しているということは以前述べた

映画、音楽の分野でのグローバリズムについて
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/04/post-589d.html

この記事は私は行きすぎた新自由主義と不幸なことに結び付いてしまったグローバリズムが全世界的に安価なナショナリズムを呼び起こした事態を批判している。

詳細は上記の記事を読んでいただくとして世界の1%の人間しか幸せになれない、新自由主義と結びついたグローバリズムは否定しなければならないというのが私の主張だ。 

私は少なくともグル―プ「音楽&映像関係者キャステイング」の中では観点は「誰にでもチャンスが訪れるー機会が均等に訪れる」となるように気を付けている

新自由主義のグローバリズムのように投資関係や大企業のように「持てるもの」に恩恵が集中し、「持たざる者」には大した恩恵をもたらさないようなシステムではダメだ。

しかし同時に日本人自身に意識改革も必要だと思う。そしてそこが一番問題かもしれない

とりわけ音楽家のこの状況に対する意識の低さを心配している。誰にでもチャンスが訪れるということだ。実際日本では無名の俳優さんとか普通にハリウッド映画に出ている時代という数年前なら考えられなかったことが今現実に起き始めているのに、先日の記事にも書いてあるように音楽関係者の7割がこの関係の記事を読まずに完全スルーしている、というのが現状である。

声を大にして言いたいのはミュージシャンも意識改革してほしいということだ。でないと数年後は廃業の憂き目を見ることになる。ただでさえ音楽は業界というにはもはやおこがましいほど機能していないし、業界トップがそのうち何とかしてくれるだろう、などと考えているとしたらどんでもないことだ。日本の音楽業界はあまりにも「内向き」の時代が長すぎたため、そもそもグローバリズムなどというものを理解する頭など持っていない連中が多い。

そもそも音制連や音事協は云うに及ばず日本のレコード会社にそういう状況を理解する頭がないことから、既存のタイアップではなく映像制作現場に密着してテーマ曲や挿入歌を作るという発想でなければ、音楽の効果的なプロモーションになるはずもない。そういう頭もなく業界トップが何もしないなら我々でやるしかないということだ。だから映像という媒体を使って千載一遇のチャンスが手に入る可能性があるのだ。そうするとあなたの曲がハリウッド映画のテーマソングになるなんてことになったらどうだろう?。ハリウッド映画となると日本のみならず全世界に流れるということになる。それが失礼ながら日本でオリコンに入る、なんていうレベルとは全然違うということはおわかりになるだろう。以前ならこういうケースは大手プロが独占していたが、今はそういう時代ではなくなったという意味をもう少し理解してほしい。充分に可能なのだ。

それだけ面白い時代になっているということを理解して欲しい。それに乗っかるつもりがあるか、無関心なままでいるかは勿論個々の選択だが、無関心なままでいる、ということは目の前のチャンスをそのままパスするということで、それで本当にいいんですか? ということだ。

この記事に書いてあるように

■情報に対する接し方ーとりわけ音楽関係者の情報の接し方と活用について
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/11/post-768e.html

人から「声がかかるのが当たり前」という感覚で、ただ口あけて待っているだけでは上記のようなチャンスを逃すことになる、いや、チャンスが来たことすら気が付かないかもしれない。それって少なくとも損だよ。とは言っておく

とにかくせっかく映画製作の方ではグローバル化が本格的に始まろうとしている、しかしこのままだと音楽だけ完全に置いてけぼりになってしまう。「別にいいじゃん」というやつもいるかもしれんが、私はそういう見解には同意しない。少なくとも私は滅ぶほうには行きたくないので

ただ、これは音楽に限ったことではないだろうけど、こういうビジネスがグローバル化する方向にビジネスの可能性を見出す人間と内向きな方向に愚直なまでにこだわる層と今後社会は二極化していく可能性がある。

何でも二極化していくことは私はいいことだとは必ずしも思わない、寧ろ望ましくないとすら思う。情報化社会、情報、コンテンツが自由に往来することはさまざまな可能性も生むと同時に弊害も生んでいくのだろうと思う。

特に音楽の世界はあまりに「内向き」の時代が長すぎた。日本の市場だけ見ていればいい、という体質が根強く、しかも例によって恐ろしく保守的な体質なため従来のやりかたと違うことをすることに対して拒絶反応を示す。

その体質が命取りになってしまうのではないか、と強く危惧する


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