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2017年11月26日 (日)

業界右肩下がり20年ー音楽業界の業績回復を阻んでいる音楽業界の5つの体質

私が一応まで仕事している音楽業界は1998年から現在に至るまで20年間売上額が前年を下回る右肩下がりの事業運営を続けている。
普通これだけ長い低迷を続けていれば、その蟻地獄のような右肩下がり傾向から脱却すべく何らかの対策をうつのがまともな事業者としてのありかただと思うのだが、前に何度も書いたが不思議なことに、それに対する対策、創意工夫というのを今にいたるまで全くといっていいほどやっていない

全ては「CDが売れなくなったから」とか酷い場合は「音楽がこうなったのは全てネットのせいだ」といって、むしろ半分開き直って斜陽産業であることを理由に対策らしいことをしていないというのが実態である。

映画やドラマ等の映像制作が最近活気をおびて大きなうねりを描いているのとは対照的に音楽の世界は「活気がない」「元気がない」、はっきりいってもはや業界というのもおこがましいほど、殆ど機能していない状態といっていい。映像制作はグローバル化してどんどん発展していくのとは対照的にこのままでは音楽だけが置いてけぼりを食う可能性がきわめて高い。しかし相変わらず音楽業界関係者の危機感は極めて低いといわざるを得ない

そこであえてその音楽業界の業績回復を妨げている原因を考えると、実は原因は音楽業界関係者そのものに原因があるといえるのだ。こういうとおそらく反発をくらうことを承知の上で「音楽業界の回復」を妨げている音楽業界の体質についてここで述べようと思う。
大きくわけて5つある

1.カタチに極端にまでこだわる体質

ここでいう「カタチ」とはさまざまなものを指す。勿論ビジネスモデルもそうだし、音楽のジャンル、商慣習、全ての形式について音楽関係者は他の業界に比べて極端なまでに「カタチ」に固執する

ビジネスモデル、プロモーションに関しても「ちょっとでも以前と違う」やりかたをやっただけでロコツなまでの拒絶反応を示す。

またミュージシャンの方も「ジャンル」という音楽の「カタチ」にこだわる傾向が日本の場合特に強い。欧米ではクラシックやその他のジャンルのミュージシャンが他のジャンルのミュージシャンとコラボレーションする、というのは普通に行われているのだが、日本ではなかなか行われない。仮にやっても、「特定のジャンルの他のミュージシャンの目」を気にしてあまり大っぴらにしたがらないミュージシャンも少なくない。

プロモーションに関してもそうだ。信じられないことだがいまだにメジャーのレコード会社を見てもとっくに終わった「音楽バブル」の頃の発想から抜けきっていないという実態がある。「音楽バブル」の時の「常識」からちょっとでも外れたことをすると拒絶反応を起こす体質が強いためだ。この業界ほど「カタチ」に極端なまでに固執する業界もないのではないかと思う。

だが「カタチ」なんてものは所詮ビジネス、表現、その他の単なる「手段」に過ぎない。そして「手段」なんてものは状況、環境、時代によってどうにでも変わるものである。だから「手段」を絶対視しその他の「カタチ」を受け付けないことは思考の硬直化をまねき、客観的にみても極めてナンセンスなものだ。だがそのナンセンスにこだわる人間が音楽の世界はスタッフ側もミュージシャンも非常に多いというのは困ったものだ。

2 頭を使うことを極端に嫌う体質

音楽業界は現在でもそうだが、タイアップとか音楽でのメデイアの露出をプロモーションの主眼点においていて、「音楽を説明する」つまり「説明を必要とする商品」というものを極端に苦手している。長い間そういうやりかたをやってきたため「創意工夫」とか「頭を使う」ということを極端に嫌がる体質ができあがってしまった。

そしてそれは音楽のプロモーションの部分だけに留まらない。

ライブやアルバムの企画、プロモーション戦略ー全て頭を使うような作業には拒絶反応を示す

営業面、集客面、ありとあらゆる点で創意工夫等の「頭を使う」ということを極端にまで嫌う業界体質になってしまった

云ってみれば「業界全体が思考停止」 という状態

これだけでも音楽業界が回復しない理由は明らかだろう

3 ハングリーさに著しく欠ける体質

先日の記事で私が運営しているFacebookグループでのできごと。このFacebookグループには俳優、女優、映像デイレクターを始めとする映像関係者とミュージシャン、音楽プロデユーサー、演奏家等の音楽関係者双方いるのだが、映像関係者と音楽関係者でグループの投稿、コンテンツに対するスタンスがあまりに違う点を述べている。

情報に対する接し方ーとりわけ音楽関係者の情報の接し方と活用について
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2017/11/post-768e.html

Facebookグル―プには「インサイト」というアクセス解析機能があるが、それと関係者何人かの聞き取りでわかったのは、映像関係者の大半はグループ投稿をよく見ているにも関わらず、音楽関係者の7割グループ投稿を殆ど読まずにスルーしている という実態が明らかになった

先日私が音楽を担当している映画のタイアップ案件をグループに募集投稿したがなかなか応募が来ない、辛うじて締切間近に来たものの、探している内容にはマッチせず、結局映画プロデユーサー経由のところに決定した。
実はこのグループでは音楽関係の募集投稿について以前から音楽関係者の反応が鈍い、という問題があった。そして今回いろいろと調べていてあることがわかった。

実は私の知り合いの音楽制作関係者でグループに参加している人5名、また別の人が同じグループ参加者で複数の音楽業界関係者のこの件について聞いてみたら驚くべき答えが返ってきたのだ。ほぼ全員口をそろえるように

「え? そんな募集あったの? 全然見てなかった」

中には「なんで教えてくれなかったんだ?」と怒って食って掛かってきた者がいた、勿論募集投稿をきちんと見ない方が悪いのでこちらのせいにするのはお門違いも甚だしいが、どうも私はここに大きな問題があるような気がしている。ここで問題にしているのは「情報に対する接し方、活用の仕方」で現在大きく活性化し始めている俳優、女優を始めとする映画関係者と音楽関係者で情報に対する姿勢が著しく異なる点だ。

グループに多いフリーの女優さん、俳優さんはオーデイションが当たり前なので自分の役を得るために必死に情報を集めているが、どうも音楽関係者はそういう部分がなくて「声がかかるのが当たり前」という考えがあるようだ。だから先程のタイアップ案件に「なんで教えてくれなかったんだ?」と怒って食って掛かってくるのは「声がかかるのが当たり前」と考えているからだ。どうもそれが日本の音楽業界、音楽関係者の体質のようである。

だが実際3000人近いグループ参加者の中からいちいち選別して声をかけるなんて物理的に不可能だし、そこまで手間暇をいちいちかけるほど私はヒマ人ではない

実際これだけ長い間音楽業界が低迷している中, その状況から抜け出したいと本当に思っているのであれば、他人からの情報や声がかかるのを口あけて待っているのではなく、自分から積極的に仕掛けて行動する、というのが普通の発想だと思うのだがどうもミュージシャンも音楽業界関係者もそういう発想にはならないようである。「声がかかるのが当たり前」などという発想では低迷状態から抜け出せるわけがない

これは勿論昨今の日本人の「無関心病」が影響しているともいえる。多情報化社会で人間が多くの知識を得て、賢くなるのではなく、自分の興味ある情報、都合のいい情報のみしか興味を示さず、知識の範囲、情報の範囲が逆に極端といっていいほど狭くなっているという現状だ。

「無関心病」と「そのうちだれか声をかけてくれるだろう」などという甘っちょろい考えで唯々受け身の姿勢で、自分から何かを仕掛けるということを一切しない。

映像デイレクター、女優、俳優さんに比べてハングリーさが無さすぎるといわれても仕方ないだろう

4 企業努力をしない体質

これも当グループで何回か述べている。企業努力らしい企業努力を殆どせず閉鎖に追い込まれたライブハウスの話し

渋谷屋根裏閉鎖に見るライブハウスを始めとする音楽業界全体の原点を忘れた「安易な道」
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/04/post-4b79.html

同記事にも書いてあるようにライブハウスだけでなくラジオ、CDショップ等音楽業界の関連全般に共通する部分がある

それは「安易で簡単で確実な方法」を業界全体が選んだことによる弊害  である。

たとえばラジオは本来正規のスポンサーで成り立ち、より多くの人に聴いてもらうオーデイオメデイアであると同時に、昔は新しい音楽を「発見」できるツールとして機能してきた。それがいつのころか、レコード会社から何回オンエアして「広告費」を徴収する「編成買い」が横行しそれにともないラジオ番組のクオリテイも落ちていき、非常につまらないものになった。今一部のラジオ局を除き、大半のラジオは「誰も聴かない」メデイアになっているし、プロモーションチャンネルとしての機能を殆ど果たさなくなってきている。

音楽雑誌なんかひどいもんだ。新譜の「評論」はレコード会社から「悪いことを書かれない」ようにお抱えライターのみの記事で今や音楽雑誌の新譜記事など誰も読まなくなった。もはや日本の音楽ジャーナリズムなど無くなったも同然である。

CD店は「売れセン」のみのCDのみを置き、どの店いっても同じ品揃い、店員もやる気がなく、誰々というアーチストのCDを探していると店員にいっても「自分で探してください」なんていう始末、態度も悪い。だから誰もCDショップなんかに行かなくなった。あるチェーンはCDの売り上げよりもレコード会社の販促費(コーナー作るだけで「販促費」がかなりかかる)で経営がなりたっているところがある。そんな店はもはや小売業とすら呼べないだろう。

どれも末端のユーザーではなくレコード会社の広告費、インストアライブのアーチストからの「参加費」等「安易で簡単で確実な方法」を選んだために起きたことである。

この「安易で簡単で確実な方法」のためにライブハウスもFMラジオもCDショップも「企業努力」というものを行わないで経営が成り立ってしまっている。業界全体がそのやりかたで「企業努力」やらない体質になってしまったのである。

この運営方法は経営する立場からすれば実に楽で確実な方法だ。だから業界関係者の大多数はこのやりかたに固執する。

しかしそのことによって番組。音楽、そしてサービスというものの質が著しく低下していることに業界の大多数は気が付いていない。いや気が付いていてもあたかも麻薬中毒患者のようにこの「楽で確実」なやり方にどっぷりつかってしまいここから離れられないでいる。

だが企業努力を放棄した業界に明日などあるはずがない。業界全体で企業努力を放棄してしまったことが音楽業界が低迷している大きな原因でもある

5 視野が狭い体質

これは1.の「カタチにこだわる体質」にもあるが、「ハングリーさに欠ける体質」に共通する点があるが、ミュージシャンも音楽関係者「自分の世界」に引きこもりのようにこもっている人が多い。そしてそういう人ほど自分の周囲のことだけ考えていればいい、という感じになりますので、必死に情報を求めるということを考えない人が多い。そのため日本はいまだにジャンルにこだわる傾向が強く、クラシックはクラシックの人だけで固まり、ジャズはジャズの人だけで固まる傾向が強い。結果、各々のジャンルの観点からものごとを見ない人が多くなり、極端に視野の狭い人間ができてしまう。

また私が主宰するFacebookグループ「音楽&映像関係者キャステイング」では映像関係者と音楽関係のコラボレーションを推奨しているが、映像関係の募集案件の投稿も少なくないことから、同グループは「映像関係のグループ」であり、「映画、映像関係の募集しかない」と決めつけられ、音楽関係者には関係ないグループであるーそういうイメージがいつの間にか定着してしまったようである。

だが現在のメデイアの状況、音楽のプロモーションの状況を見れば「映像なしに音楽の有効なプロモーションはない」という事実は明らかだ。だが音楽関係者は自分の周囲だけに目がいき、「映像」や「映画」の世界は自分とは関係ないグループであると考えている人間が多いようだ。

それもこれもミュージシャン、音楽業界関係者の「視野の狭さ」がなせる業である。

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以上音楽業界の体質の問題について述べたが、もしこの記事を業界に対する誹謗中傷などと受け取った向きがあるとすれば、それは現状認識の甘さから来るといわざるを得ない。何よりも20年低迷状態が続いている以上、根本的な発想の転換が必要なのは明らかなのに、音楽業界のトップは頑ななまでに改革を拒否してきた。残念ながら音事協、音制連の関係者の大多数がこの記事の内容を理解できない可能性が高い

一方で業界では圧倒的な少数派ではあるものの、こうした現状認識のもと新たな道を模索している人間も少なくはない。そういう人たちに期待したい

CDが売れない、とかネットのせいでこうなった、などという前にこの記事の5つの悪しき「体質」を改善することから始めるだけでも打開策が生まれるのではないかと考える次第。この20年間の低迷を何とか脱するために真剣に考えてほしいと思う。


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