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2017年6月 9日 (金)

橋爪遼、小出恵介の両事件対応にみる日本社会の「倫理潔癖症」の危険

既に報道等でご存じの通り俳優・橋爪遼容疑者(30)が先日覚せい剤取締法違反で警視庁築地署に現行犯逮捕された。この影響で公開中の映画「たたら侍」の公開終了、という事態に発展した。

●橋爪遼 容疑者の出演映画『たたら侍』が「やむを得ず」上映終了へ
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/07/tatarasamurai-hashizumeryo_n_16979182.html

勿論覚せい剤取締法での逮捕は言語道断だが、同時にそのようなものを提供した反社会的組織の存在も背景にあると思われるので、そこの部分は徹底的な究明をすべきである。この橋爪遼容疑者の行為はいかなる理屈でも正当化することはできないし、言うまでもないが私は擁護する気などさらさらない。

しかしだからといって、その橋爪容疑者が出演している、というだけの理由で果たして映画「たたら侍」の公開停止、そして作品そのものを否定する、という風潮はいかがなものか。私はその作品は見ていないので作品の評価は避けるが、「たたら侍」に出ている橋爪容疑者の役柄、キャラと橋爪容疑者自身とは「倫理面」で一体何の関係があるのか? 一人の「犯罪者」が出てきたことからその容疑者出演の作品すべてが否定される存在になる、という論理はいかがなものか、と思うのである。

映画、特に劇場公開の商業映画というのは膨大なスタッフクルーが関わることでできあがる。別に橋爪容疑者一人でこの映画を作ったわけではない。実際私とFacebookとかでつながっている役者さんも大勢この映画に出ている。なのに一人の「容疑者」が出てきたからこの作品全てがNGなどと位置付ける論理が私には理解できない

もう一つ「梅ちゃん先生」、「スリル!赤の章」等に出演した小出恵介の件に至ってもそうである。「未成年と酒を飲んだ」ということが原因だそうだが、別に逮捕されたわけでもない。また小出恵介はその「未成年と付き合っていた」というが、確かに年齢差はあるものの「普通の男女のつきあい」であるという、いわんや買春とか売春とかの犯罪行為を行ったわけではない。

にも関わらず放送予定だった土曜ドラマ「神様からひと言~なにわお客様相談室物語~」の、放送中止を始め、損害賠償騒動にまで発展するというのは過剰反応のように見える。それどころか「Jin 仁」を始め過去の小出の出演作品の再放送中止から、NHKオンデマンドの全ての小出出演作品の配信中止、と未成年と酒に関しては問題ないとはいわないが、橋爪ほどの犯罪行為を働いていない件では、あまりの過剰反応ではないのか?

橋爪の件と同様、それらの作品は別に小出一人で作ったわけではない。大勢の他のキャストやクルーが関わって作られている、なのに逮捕すらされていない小出のためにその作品そのものを否定するスタンスは私に言わせれば明らかな過剰反応だ。

橋爪、小出両事件に対する世間の反応の中で共通して見られるのは

1. 過剰なまでの倫理に対する潔癖症

2.事なかれ主義

の二点である。

とにかくちょっとでも他人から後ろ指さされる部分があったらそれらをひた隠しにし、「誰からも非難されない」ために「臭いものにフタをする」行為である。

実際に覚せい剤でつかまった橋爪ならともかく、小出の行為を「正義の味方ヅラ」して叩く輩はたいていネット住民か潜在的にナンセンスクレーマーになるような輩だ。そういうエセ正義をふりかざす卑劣漢をいい加減に相手にするのを日本社会はやめたらどうなのか。

今の日本はまるで中世のヨーロッパのように「倫理」「道徳」があらゆる面で人間の行動を締めつける極めて不健全な社会になっている。しかも中世ヨーロッパはまだ「聖書」という根拠があったが、今の日本は一部の人間の「思い込み倫理」に基づいた根拠のないものである。その意味ではもっとタチが悪い

「聖書」の名の元に一般庶民の行動を縛った狂信的な倫理社会は裏では目を背けたくなるほどの不潔な腐敗が宗教のトップや権力者の間に広まったことは歴史が証明している。今の日本もまたそういう社会になってしまっているといっていい。森友や加計は氷山の一角といっていいかもしれない

あえていわせてもらう

倫理潔癖症と事なかれ主義がこの日本を不健全な社会にしている。 


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2017年6月 5日 (月)

「音楽をじっくり聴く」日本人は社会の少数派になってしまったのだろうか?ー音楽を聴かなくなった日本人

実は昨日Facebookグループ「音楽&映像関係キャステイング」主催の今年前半のイベントを終了した。今年は音楽関係のライブイベントと映画関係のイベント(お手伝いも含めて)を行ったが、実はこの両者は対象的な結果をもたらした。

ひとことでいえば映画関係は全て満員御礼で想定外の入場者数であふれる等盛況であったのに対し、音楽関係のイベントは一部を除いて全て動員的に不調であった。

一部はっきりいって質の良くないインデイース系アーチストの参加による酷い内容もあり、それは不入りでもしょうがないなとは思うが、私的にみてかなり質の高い音楽を奏でているアーチストのライブでも動員にかなり苦戦した。正直なんでこんないいアーチストのいい曲をみんな聞きたがらないのだろうとも思った。

実際あるイベンターの話しだとVJとかのパフォーマンス等では人が盛り上がり、会場に大勢の人が押し寄せるが、シンガーソングライターとかミュージシャン系がステージに登ると、ぞろぞろと人が出て行く傾向が強いという。

つまり 今日本人は音楽を聴かない国民、になりつつある、いやなっているといっていいだろう

実際最近の日本人、とりわけ若い世代に「音楽離れ」というか「音楽を聴かない」人間が増えているという記事がたくさんある、

■音楽を全く聴かない人が激増! 日本レコード協会の調査に驚きの声
http://next.spotlight-media.jp/article/267705981753402611

音楽への姿勢ということを回答してもらいました。
以下はその結果を前回と今回で抜き出したものです。

有料聴取(購入して聴く) 44% → 32%
無料聴取(無料のみ聴く) 19% → 13%
無関心層(既知の曲のみ) 19% → 19%
無関心層(本当に無関心) 17% → 34%

無関心層がほぼ2倍に膨れ上がっています。
年代別に見ても、多くの世代で、「無関心層(本当に無関心)」つまり、音楽そのものにまったく関心を抱かない方々が急激に増えていることが分かりました。

■音楽離れは「有料の音楽」離れに限らず「音楽そのものから距離を置く」と共に
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fuwaraizo/20160407-00056129/

歌はおろか、音楽そのものへの関心がうすれていることを如実に表すものだという。

実際、図らずもこうした傾向を音楽イベントを運営して実感するに至った。非常に残念な話だが

それにしてもどうしてこんなことになってしまったのだろう?

いろいろと分析を試みようとは思うが

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2017年6月 1日 (木)

Kurzweil K1200昇天 新たなマスターキーボード購入

小生の音楽制作を長年支え、愛用していたKurzweil K1200の電源が入らなくなりました。

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よく見ると電源が入っていないのではなく、液晶の表示が薄く、しかも文字化けしたような文字が表示されていることがわかり、逆に事態の深刻さが浮き彫りになりました。つまり音源発振の基盤部分に不具合が生じたということになります、

これは大変だと思いカーツエルジャパンに問い合わせたところ、K1200はもはや部品がなく修理不可能といわれました。大手楽器量販店に聞いてみますと、あまりお勧めではできないが「非公式な」修理屋に問い合わせるしかないようでした。

いずれにせよこれでは仕事にならないので急遽マスタキーボードを探さなければなりません。

まず作業を最低限続けるための応急処置としてテンポラリーにDX7を引っ張り出してマスターキーボードを代用しました。

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最寄りの楽器屋に手配して、新しいマスターキーボードが入るまでの時間、2-3日は応急処置としてこれで作業します。しかしK1200は88鍵ありましたが、DX7は当然ながら88鍵ありません。

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悲しいことですが、昇天 ⇒ 納棺 (T_T)

K1200は本当に長い間私の音楽制作の中心的な存在でした。特にK1200のピアノ音源は他に代用が聞かないほど素晴らしいもので私にとっても極めて重要な音源でした。

正直自分の体の一部を失ったような想いです

一応うまくいくかどうかはわかりませんが「非公式」な修理業者にも問い合わせてみようと思います。もっともモーグやローズのような「ヴィンテージ」の範疇に果たしてK1200が入るのかどうかわからないのと、基本デジタル機器で音源もRomにデータが貯蔵されていますので、音源Romの代用品が果たしてあるかどうかも保証の限りではありません。まあ一応聞くだけきいてみますが解決の保証はない点と、リスクも一定あることを覚悟して聞いてみないといけません、

また仮に万事うまくいって復活したとしても購入後二十数年たっている機種ですから日常の業務のマスターキーボードとして使うのは現実的とはいえないと思います。ただKurazweilのピアノ音源はやはり捨てがたいので何とか復活できればうれしいですが..

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