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2016年12月18日 (日)

映画「ひかりをあててしぼる」レビュー DVがもたらした屈折した愛情による悲劇と狂気

めったにこのブログでは映画のレビューなど書かないのだがあまりにも衝撃的でインパクトのある映画だったので..

一昨日坂牧良太監督のお誘いで「ひかりをあててしぼる」という映画を見に行った。

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最終日に辛うじて間に合って見に行くことができた。実はこの映画の情報は10月に行った「映画人交流会」で予告編を見ていたのである程度見るのに心の準備が必要な映画なのは知っていた。

しかし実際に見たら予想以上の衝撃的な内容の映画だった。

あまりにもいろいろと考えさせられる映画だったので、自分の考えをまとめる意味でもここでレビューする。そのためネタバレにはなってしまうが、この映画は「ユーロスペース」での上映は終了したものの他の劇場で上映する可能性もあるので見ていない方はこの記事をスルーすることを強くおすすめする。

映画は実際に10年前に本当に起きた殺人事件をベースに脚本が作られる。登場人物の実名は変えられているもののほぼ事件の事実に近い内容で作られている。

これはDV(ドメステイックバイオレンス)が元で起きた悲劇で主には夫が妻にたいする暴力に対して妻が夫を最終的には殺してしまうのだが、妻が夫のDVの「仕返し」で夫を殺すといった単純な話ではない。もっと病的で恐ろしい内容だ。夫も妻も幼い頃にDVを受けた経験があり、それが最終的には狂気を誘発するさまが描かれている。まさに現代の病んだ社会が生んだ戦慄のストーリーだ

主人公の谷中浩平(忍成修吾)は、いわゆる普通のサラリーマン。ある日、友人の巧と合コンに参加、そこにいた美しい女、木下智美(派谷惠美)。浩平と智美は急接近、やがて結婚することになる。当初は幸せな夫婦生活だった。しかし、虚栄心の強い智美は浩平を振り回すようになり、やがて二人の間に溝ができていく。

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自由を奪われたくないので、できた子供も堕胎を選ぶ智美。人に羨ましいと言われる生活をするため、高級マンションに住む。その為に借金をする…。
智美に嫌われたくないと、必死に理想の夫を目指す浩平。しかし、ついに溜まっていた不満が爆発、智美に暴力を振るうようになる。鼻や歯が折れるほどの暴力を受けつづける智美、しかし、智美もまた浩平に依存していき、逃げ出す事なく暴力を甘んじて受ける。

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つまり妻の智美は夫である浩平の暴力に対していわばSMの「どM」の状態に入っていく。実際浩平の暴力のあといきなり智美にたいしてセックスするシーンがあるが、この時の妻の智美の顔の表情を見ればわかる。夫からの暴力に性的エクスタシーを感じていたのだ。

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夫の浩平も妻の智美も幼い時にDV体験があり、それが結果的に愛情表現というものをかなり屈折させたものにしていく。そして智美の「どM=マゾ度」がエスカレートしていくと夫の浩平の方がだんだんついていけなくなり、やがて耐えられなくなってしまう。

そこで夫の方から出た「別れ話」 

その瞬間智美の極度のマゾが反転してサドに変化していまう、極端なMからSへのより戻しである。 元々DVを背景とした「マゾ」「サド」の形自体がかなり屈折した愛情である。しかもかなり極端な形で出ているだけに狂気へと発展する。

そこで起きた殺人 

しかもホームセンターでノコギリを買い死体をあちこちに置いて行く。

妻の智美からすれば、実は夫を殺すのも「愛情表現」なわけである。ちょうどストーカーがつきまとう相手に受け入れられず、他の女性(男性)を愛することを知ると激昂してつきまとう相手を殺してしまうーその心境に極めて近いような気がする

実に恐ろしい光景である。主演女優の派谷 惠美の演技もすごかったが最後の殺人シーンは戦慄ものだった。人間はどうしてあんなに恐ろしいことができるようになるのだろう?と思った

もしかしたら強い愛情と強い憎しみというのは紙一重なのではあるまいか、そう考えさせる事件であった。

実際の事件の犯人(智美の実在モデル)も夫を殺しても悪いことをしたとは思っていなかったらしい。 興味ある方は実際に起きた事件の概要について述べたサイトがあるので参照されたい。

キャッチコピーにある「世界一残酷で世界一ピュアな夫婦の物語」という意味はどんなに屈折していようが、ひたむきな愛情が元で起きた殺人事件である、ということをたぶん言いたかったのではないかと思う。ただ個人的にはあまりにも屈折した愛情だけに「ピュア」という表現には少し違和感を覚える。

だが元をただせば幼い時に受けたDV体験がこうした屈折した、異常な愛情表現を誘発したということはできるかもしれない。 特に男はいかなる理由があろうとも絶対に女性に暴力をふるってはならない。例え女性からなぐられても男は女性を殴り返してはならない。なぜなら一部例外はあるが一般論として男の方が力が強いからである。女性は乱暴するものではない。愛してかわいがるものである、

こういう重いテーマの映画だが仕事柄どうしても音楽に目が向いてしまう。映画に使われた音楽は環境音楽、ミニマル系を採用している。これは二種類の効果があり、一つは観客に「癒し」をもたらすものであることーこの重いテーマの映画だけに観客には「癒し」のようなものを提供しないと見ていて辛すぎるというのもある、

そしてもう一つは観客に「もやもや」した、少し不吉なことが起きそうな印象を与える効果だ。そして実際に凶事が起きるのだが...

その面では効果的になっていたと思う。

最後にDVによる屈折した愛から起きた悲劇だが、この二人は決して特殊な人たちではない。同じような境遇にあればだれにでも陥りやすい狂気ではないかなとも思う。

映画のタイトル「ひかりをあててしぼる」とは事件の背景、問題点はどこにあるのか、に光をあててみつけだる(しぼる)という意味ではないかと勝手に解釈しているが、どうだろうか?

間違いなくここ一年で見た映画の中でも強烈なインパクトのある映画といっていい


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