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2016年10月14日 (金)

ボブデイラン ノーベル賞受賞についてどう考えるか

毎年10月になるとノーベル賞の発表が行われる、今年も医学、生理学賞で日本の大隅良典東京工業大学教授が受賞する等の話題だった。そして毎年のように文学賞では村上春樹が受賞するのではないか、といわれていたが今年も受賞できなかった。

その文学賞になんとボブデイランが選ばれた。

■ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞
http://amass.jp/79450/

音楽文化に携わる私でもさすがにこれには驚いた。小説、詩、随筆等ではなくミュージシャンが選ばれたのである。

この受賞に関して当のボブデイランはノーコメントを貫き通しているが、スウェーデンのストックホルムにある選考委員会のダニウス事務局長によると

「選択は予想外に思えるかもしれないが、もし長い時を振り返ると、ホメロスとサッフォーが見えるでしょう。彼らは、音楽のもと、もしくは劇場の中演じられる必要のあった詩的テキストを書いていた。これは、ボブ・ディラン氏の場合も同様だ。我々はだって、今に至るまでホメロスとサッフォーを読み、私達にはそれが気に入っている。我々はディランを読めるし、読まないといけない」

スイス・アカデミーは「偉大な米国の歌の伝統の中で新たな詩的表現を作ってきた」として、ボブ・ディラン氏をノーベル文学賞受賞者に選考したらしいが、これはどう考えればいいだろうか?

ひとことでいえば歌詞の内容を文学のと同等に扱うようになった、ということじゃないか?と思う。

以前から歌のと文学でいうは違う、と私も云っていた。実際作り方がかなり違う

しかしどちらも言葉を使った上での表現、レトリックであることに変わりはない。歌詞はメロデイに乗せて歌われることを前提としている。詩の中には歌詞にされる場合もないわけではないが、一般に特定のメロデイに合わせて作ることを想定していない

今回のボブデイランのノーベル賞受賞はメロデイに乗せる歌詞も文学の一分野である、ということを明確に認めた、といえるのではないだろうか?

いずれにせよ音楽文化、そして音楽家にとって喜ばしい受賞であることに変わりはない

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