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2016年10月 2日 (日)

ボランテイア、ノーギャラで出演(演奏)していいケースー実はいわれているほど多くはない

先日の記事において俳優やアーチスト、演奏家、プロフェッショナルに対するブラックな求人広告、あるいは強制ボランテイア、ノーギャラで出演(演奏)するケースがいまだ頻発している点について述べた。こうしたケースは全く減るどころか寧ろ内容的に酷くなってきている印象がある。

私は演奏家として、クリエーターとしてボランテイアのありかたを決して否定するものではない。実際セプテンバーコンサートなどでボランテイアの演奏も行っている。

出演の中には「お金以外のメリット」が得られる場合がある、という人がいる。確かにそういう場合はないとはいわない。しかし最近その「お金以外のメリットがある」という点だけが一人歩きし、一部の人間に悪用されている傾向すら感じるのだ。映画出演でもどこかのイベントスペースでも当たり前のようにノーギャラ出演を要求することが頻発している。

だが「お金以外のメリット」が得られる場合というのは実はそんなに多くはないのだ。

例えば予算がないという理由で俳優に映画にノーギャラで出演するケースだが、「お金以外のメリット」が得られる場合というのはどのような場合か。考えられるケースをまとめてみよう。ノーギャラで出演していい場合だ

1.その映画が世界有数の映画祭等で入選、入賞する、あるいは劇場公開される等、出演した俳優、女優にとって「大きな実績」になる場合

こんな作品ははっきりいってそんなに多くはない。そのためノーギャラで出演を頼まれた場合は脚本やその監督の力量、将来性等をよく吟味する必要がある。はっきりいって「これは!」という作品はそんなにあるものではない

2.その映画が社会的、福祉的、(場合によっては政治的)テーマがあり、その映画の出演によって出演者自身の社会に対するメッセージを発信できるケース

これは出演者自身がかなり社会に対して強いメッセージを発したいという場合に限る

3.映画の主旨、映画のスタッフとの強い信頼関係があることを前提に「面白い作品」を作るためにノーギャラで出演する

当たり前だがこの場合映画のスタッフ、プロデユーサーと旧知の間柄でお互い強い信頼関係で結ばれている、というのが大前提である。お互い全然知らない者同士に要求することではない

少なくとも初対面でお互いよく知らない人間にノーギャラで出演させるという場合はよほど映画その他についてきちんと説明し、その主旨に賛同できるかきちんと確認することがポイントである。ノーギャラで引き受ける場合はこの案件が本当にお金以外のメリットが発生する可能性があるのかきちんと見分けてから判断する必要がある。その判断は決して簡単ではないので、そういう観点からも軽々しく引き受けてはならない

いずれにせよそうしていいケースは決して多くはない。

少なくともネットで一部の人間が考えるほど「お金以外のメリット」得られるケースなど滅多にないのだ

ミュージシャン、演奏家の出演でも同じことだ。

ノーギャラで演奏、出演していい場合「お金以外のメリット」が得られる場合は以下の場合が考えられる

1.その会場で演奏することによって、将来にわたって何らかの仕事や宣伝上のメリットが発生する、もしくは発生する可能性があるケース

実はこういうケースは音楽家の場合、特に限られる。お祭りやショッピングモール、病院等でのボランテイア演奏で何か仕事に結び付くケースは殆どないといっていい。宣伝効果だってたいしたものではない。せいぜいCDを数枚売るため以上の意味にはならない

こういうケースがあるとすれば音楽プロデユーサー、CMプロデユーサー、映画監督、イベントプロデユーサー等の「業界関係」がわんさかいる場所での演奏といった場合に限られる。最近保守的な音楽業界でもようやく交流会なるものをやることが多くなったが、ノーギャラ、ボランテイアでやって仕事や宣伝上のメリットが得られるとしたらこういう場合しかない

2.社会的、福祉的(場合によっては政治的)テーマを持ったイベントで、そのイベント出演によって出演者自身の社会に対するメッセージを発信できるケース(アーチストのイメージ構築に役立つ場合)

私が毎年参加するセプテンバーコンサートなどがまさにそれである。音楽家として「平和のメッセージ」を伝えたい意思を持っている人が参加することで意味が出てくる。平和と愛を信じるアーチスト、演奏家としてのイメージも構築できる

但しこのケースはかなり悪用もされている。「地域に貢献」とか「患者や高齢者の慰労」を名目に事実上、ボランテイアを強制するケースも後を絶たないからである。

3.旧知の人間のために「特別に」演奏するケース

これは俳優の場合と同じである。全く見知らぬ人間に対してこれをやってはならない

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上記に揚げたケース以外にもありうるかもしれないが、いずれにせよ出演の機会を得られるからといってホイホイ引き受けるのもいかがなものだろうと思う。
その場合は出演依頼する人間の人間性はよく見ておいた方がいい。

これは出演依頼に限らないことだが、依頼する人間が以下のタイプにあてはまる場合は引き受けない方がいいだろう。仮に仕事であってもこういうタイプと仕事するとロクなことはない

1.自分のところでボランテイア出演をするとこんなにすごいことになる等、やたらに「凄そうな」話ばかりして「ボランテイア出演」を強引に推し進めようとする輩 
メリットがあるかどうかを判断するのは出演者側であって、出演を依頼する方ではない。自分で「メリットがない」と思ったら堂々と断るべき

2.ボランテイア出演を断って激昂する(酷い人間だと激しく罵倒する)人間 
タダで出演してもらうのに、何えらそうな態度を取っているのかといいたい。人を人とも思ってない輩だ。こんな人間とつきあってもいいことはないでしょう。でも結構こういうタイプの人間が残念ながら少なくないのも事実

3.すぐ「ナアナア」のなれあいのような関係になる 
こういう人間はビジネスでは極めていい加減なことが多いのでやめておいた方がいい

とにかく一向に減らない「ボランテイア」を強制やノーギャラ出演

とりわけイベント主催者には、少なくともちゃんとしたプロに出演して欲しいのであれば当たり前のようにボランテイア出演を要求するのではなく。ちゃんとそのための予算を取ってほしいと思う。それができないのなら、プロレベルの出演を諦めるか、イベント自体にミュージシャンを使おうとなどと思わないことだ

どこかの病院のように自分たちの医療技術はただでは売らないが音楽家の能力、ノウハウにはビタ一文払わんで当たり前のような顔しているようではその医療機関の見識が疑われようというものだ

詳しくはこの記事→「ボランテイア演奏」に関する勘違いと音楽家やクリエーターを人間扱いしていないこの国の風潮

形の見えないものでタダで当たり前だ。という価値観

そんな価値観が横行する日本という国は世界では一流の国には決してなれない


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