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2016年8月14日 (日)

ロックなノリを持っているクラシック曲(独断と偏見ww+長文注意) 

お盆期間ですね。
一応当ブログ恒例の「夏休み」特集の記事ということで投稿させてもらうが、今回は珍しくクラシック音楽のお話

但し、ちょっと変わった切り口で語りたいと思う。

実はクラシック系の演奏家は全部がそうではないけど、概してリズム感を出すーノリで音楽を感じるーということが苦手な人が多い。これは学校等で「楽譜に忠実に弾く」ということを徹底的に叩きこまれるため、どうしても演奏が「楽譜を追いかける」ような演奏になりがちでそのため表現やちょっとリズムの変化の対応に弱く、まして即興的な演奏というのは極端に苦手な人が多いというのが現実だ。

私などはある程度その部分を把握しているために、クラシック系の演奏家の方がある程度対応しやすいような楽譜の作り方を心掛けている。とはいえ、やはり限界があり例えばリズムセクション系の人とクラシック系の人が同じアンサンブルで演奏するとどうしてもその「ノリ」の部分でずれが生じてしまうのが現実だ。

一般的にクラシック音楽というのは「ノリ」を出しにくい音楽である、という風にいわれているわけである。

しかし実はクラシックの曲の中には明らかにノリそれもロック的なノリになっている曲が少なくない。

今日はそういった曲を5曲ご紹介したいと思う。尚、曲の選定基準は私の独断と偏見に基づいており、音楽のアカデミズムの観点からうんたらかんたらいわれても私の感知するところではない、ということは申し上げておく。

まず最初の曲、これはたぶん、異論がある人はいないのではないかと思う。実際ELPを始め冨田勲先生、さらに多くのロックバンドがそのまま曲として演奏している

1.ホルスト「惑星」より火星

これは全体を通して繰り返されるこのリズム(オステイナート)

Mars_rhythm

が、まさにロック的といえるからだ。中間部からの盛り上げ方もpからクレッシェンドでfff からかなりこのリズムをロック的に演奏している部分がある、ELPなどもここを思いっきりロック的なノリで弾いている。

そしてオーケストレーションはまさにスターウオーズのジョンウイリアムズ的なイメージ、「戦争をもたらもの」という題名らしく宇宙戦争ーオーソンウエルズの「火星人襲来」を描いているイメージだ。

この曲はクラシックでも十分にロックである

2.展覧会の絵ーバーバヤーガの小屋

はい、この曲もELPを始め多くのロックバンドが演奏しているので異論がある人は少ないであろう。はっきりいってノッケからロック系でいう「ブレーク」が入る。

その後のオーケストラがツッティ(総奏)で演奏しているリズムはまさにメデイアム系のロックのリズムそのものであり、低音の弦が弾くフレーズからクレッシェンドでフルート、ピッコロが出ていくあとの金管のフレーズ、これはリズム的にシャッフルである。

まさに曲全体のリズムがロックである。中間部のトレモロとファゴットやチューバの演奏は後半のロックのノリの部分のよい序章になっている。ロックのリズムからフィナーレの「キエフの大門」そのまま流れ込むやりかたがニクイ

2b.展覧会の絵ープロムナードとキエフの大門(番外編)

バーバヤーガを上げたが、やはり「展覧会の絵」自体がものすごいポピュラー的である。あの有名すぎる「展覧会の絵」のプロムナード

ELPのグレッグレイクは歌詞をつけてこんな歌にしている(歌は1分50秒から)

全く違和感がない。
そしてこれがEmerson Lake & Palmerの代表曲となっていることはいうまでもない。キースが亡くなったのは本当にショックだったが..

3.バッハ「トッカータとフーガ」ニ短調

この曲は私が尊敬するオルガニストのジョンロード(デイープパープル)が「バッハ・オントゥ・ディス(バッハに捧ぐ)」というアルバムまで出しているのでご存じの方も多いだろう。(もちろんウエンデイカルロスの「スイッチドオンバッハ」もトッカータとフーガがあるが)

この曲はバッハが完全に即興で作った曲といわれているが、エンデイングのところなどまさにロックギターの速弾きを思わせ、しかもコードをよく聴くとメジャー7.デイミニッシュ、ナインスまであり、現代の演奏家が作曲したといってもわからなくくらい現代的である。バッハの曲は概して好きなのだが(あと私はシャコンヌニ短調が大好きだ) こんなすごい曲を18世紀に書いているというセバスチャンはやはりすごい

ジョンロードの手にかかるとこうなる

4.ベートーベン交響曲第七番 

ここまではロック系のミュージシャンで実際にアレンジやモチーフとして使った前例があるのだが、この曲は私の知る限りそれにあてはまる例はない。しかしワグナーがいみじくもこの曲を「リズムの聖化」と評したように、この曲は全体的に激しいリズムをベースに作られている、

第一楽章は完全な「シャッフル」のリズムで全体的にできている

本来なら緩徐楽章であるはずの第二楽章ですらそうである。

そして最後の第四楽章は圧巻、形式は確かにロックではないが精神は完全にロックンロールそのものである。もうこの曲を書いている時はベートーベンは完全に頭がぶちきれていた状態で書いていただろう

ベートーベンがもし現代に生きていたら間違いなくハードロックをやっていただろうと思う、いや、寧ろツエッペリンあたりに近いかな?

5.ストラビンスキー「春の祭典」

さて、リズムベースの曲といってやはりこの曲を揚げないわけにいかない。違った拍子のフレーズを弾くポリリズム、変拍子、各小節ごとに変わる拍子。とにかく今までのリズムの試みで西洋音楽でやっていなかったありとあらゆる試みをこの曲で行っている

勿論R&B を始めとするブラックミュージックだけでなく、クラブ系の音楽等ありとあらゆる音楽を含めてもリズムの凄さでこの曲を超えている曲を私は知らない。その意味ではこの曲は「ロックを超越している」といってもいいかもしれない

以上ロックとクラシックとの話をしたのだが、私にとってクラシックやロックの音楽形式云々、なんてことは実はどうでもいいことである。大事なことはどんなジャンルの音楽であろうといい音楽、いいフィーリングの音楽があれば、それを取り入れ新しい音楽表現を作るためのさまざまな試行錯誤を続けることである。

昨今の日本の音楽の世界を見ると本当に新しい試みをすることがなくなっている。業界の一部ではそのような試みを罪悪視する傾向すらある。彼らの思考の硬直化は想像を絶するほどだ。

だがそのような風潮は音楽の表現の可能性を制限し、音楽文化自体を停滞化させる。まさに現代はそれが起こっている現状である。

クラシックだ、ジャズだ、ロックだ、などという形にこだわるのは愚かしい、形などにこだわらずよい音楽の素材、可能性をどんどん活用しようではないか、というのが私の主張である。

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