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2016年5月22日 (日)

アーチスト、音楽家、芸術家には二通りのタイプがいて両者は相容れない

もう結構音楽の分野でも映像だけでなくアート、その他様々な分野でも一定の仕事をしてきたので経験上あることがいえる、と自分では考えている。

これは音楽に限らないが、芸術家、アーチストには大きく分けて2通りのタイプがいるということだ。

1つはある特定の分野を狭く、深く追求するタイプで音楽でいえば、スタンダードジャズの正当派、アカデミックな背景のクラシック音楽等で徹底的に機能美、構造美、表現の形にこだわるタイプだ。基本的に自分が取り組んでいる音楽の形式、表現語法以外は興味を示さず、いわゆる「正当派」といわれる音楽語法の追及にこだわる人たちである。クラシック、ジャズ以外に演歌、ヘビーメタル系のハードロックもこのタイプに入る、機能美、構造美、形式美に徹底的にこだわる人たちだ。

そしてもう1つは前者とは全く逆、広く、浅く音楽語法を扱うタイプで前者とは逆で音楽の形式には全くこだわらず、新しい音楽のありかたを追求するタイプ。基本的に既成概念の音楽を破壊し、音楽語法の新たなる可能性を追求するタイプ。勿論、ベースとなる各音楽のジャンルはあるものの、必要なら全く違う音楽の世界とのコラボレーションや音楽語法の導入を厭わないタイプ

私の音楽をご存じの方ならわかるだろうが、私は明らかに後者のタイプである。そして音楽に限らず、私のやることなすこと全てがそうした考えの基で進められている。

しかしそうであるがゆえに私のやりかたを気に食わない、理解できないという人たちも少なくない、ということも感じている。いわゆる音楽業界でメインストリートを歩いている人たちの業界関係のトップの一部からあまりよく思われていないことは風の噂で聞いているが、同じ音楽家でも狭く、深く追求するタイプの人たちもどうも私のやりかたを理解できないらしい。

このブログで既に何回も書いているが、私はFacebook の「音楽家&音楽及び関連業界キャステイング」というグループの管理人をしている。そのグループで先日、とりわけ音楽の分野の募集において参加している音楽家の人たちに対して苦言を呈した。それは当ブログのこの記事のリンクを貼り、是非皆さんに読んでほしいと思ったからである。

ミュージシャンも意識改革を 受け身の姿勢でなく自分からどんどん働きかけましょう
http://
kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2016/05/post-265f.html

この記事で音楽家にとってオイシイ募集案件が投稿されたにも関わらず、応募がグループの参加人数に比してあまりに少ないこと、その中には9月に劇場公開されるドキュメンタリー映画「涙の数だけ笑おうよ」でジャズトランペット奏者を募集した案件もあり、その募集時にグループ内から該当者が数名いたにも関わらず一人の応募がなかったことをも紹介した、そうした募集案件に対してあまりにも積極性に乏しい傾向に対して苦言を呈させてもらったのだった。

ようやく予告編が公開になったけど、予告編の最後のところにジャズトランペットを聴くことができます。

実は本日グループを管理ページを見ていてあることが判明した。

このブログ記事を参加者に公開したあと一時的に3-4人参加者が減ったんだけど、その退会した人全員が例のグループ内で私が把握していたジャズトランペット奏者であることが判明した、

要するにグループの募集案件に興味がない、ということなんだろう。今回のドキュメンタリー映画の音楽でフィーチャーされたトランぺッターの牧原さんはあちこちに名前が出て大きな実績になるのにね。
応募しなかった人は「損した」という認識すらないんだろうな、逆に私が檄を飛ばしたようなコメントがうざったく感じた、ということなんだろう

まあ何だかなあ、という感じだがそれがあの人たちの「選択」ということなんだろう。

勿論その「選択」については何かいうつもりはない。要するに自分たちが追及している「正当派」の音楽以外は興味がない、もっと積極的に応募しろ、などと余計なお世話だ、とでも思ったのだろう

基本的にジャズもクラシックも「正当派」を追求する人ー上記の狭く、深く追求するタイプーは自分のやっている音楽以外は認めない傾向をもつ人が少なくない。

たぶん「正統派」のジャズとかクラシックしか興味ない人たちはあのグループの方針とは合わない、ということなんだろうと思う。実際私のグループでは違うジャンルの人同士、違うメデイアで表現をしている人たち同士のコラボレーションを推奨している。まさに広く、浅く音楽語法を扱うタイプだがそれらは「正当派」を追求する人ーとは相いれないということなのだろう、まあそういうものだと割り切るしかない

正直いって去る者は追わない。

Facebook の「音楽家&音楽及び関連業界キャステイング」というグループは広く、浅く音楽語法を扱う音楽家や表現者の人たちのための仕事獲得やコラボレーションを模索できるソーシャルネットのグループなのである。

それもただのソーシャルネットではない。リアルな仕事やイベントを実施し、つながりから音楽家のリアルな活動、実益に結び付けたり生み出したりするグループである。ソーシャルネットはやりかたさえうまくやればリアルな実益を生み出す可能性があるネットツールであると考える。そのツールによって停滞している音楽の世界を活性化したいし、なんかできそうな感じを最近もっている

おそらく私は音楽家としてもソーシャルネットのグループの管理人としても「正当派」を追求する人狭く、深く追求するタイプーの人たちとは相いれない存在になるだろう。でもそれはもう仕方がないと思う

人からなんといわれようがわが道を行くのみ、である

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