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2015年12月21日 (月)

スターウオーズ「フォースの覚醒」がファンを熱狂させ、新三部作(エピソード1-3)が忘れられた存在になってしまう理由

先日待ちに待った「スターウオーズーフォースの覚醒」が公開され早速i Max 3Dの環境で見ることができた

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ネタバレにならない範囲で感想を書くと、スターウオーズの旧作へのリスペクトとオマージュをきちんと盛り込みつつ、新たな冒険の序章をファンに期待させる内容で予想以上の出来だったと思う。評論家も私の周囲の映画監督からの反応も上々で既に複数回みた人もいる。かなり細かいところにいろんな仕掛けがしてあったようで、もう一度見てそれを確認しようと思う。とにかく期待を裏切らない映画の出来であるといっていい。

映画会場はそんなことで超満員の状態だった。

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i Max 3D 2D といろんな環境で見ることができるが、やはり現代最高の環境となるとi Max 3Dといっていいだろう。その環境だとミレニウムファルコンやXウイングでの空中戦がまるで自分が本当に飛んでいるような感触になる。臨場感は抜群である。

今回のエピソード7はエピソード6の「ジェダイの帰還」から30年後ということになるが、ここで新シリーズが実質的に始まったことで、ルーカスが監督した新三部作(エピソード1-3)のスターウオーズシリーズの中の位置がかなり低下してしまうのは避けられないのではないか、という思いだ。

実はエピソード1の「ファントムメナス」が公開された時は今回のようなファンや評論家の評価は必ずしも高くはなかった。17年ぶりの新作でもあるのに期待はずれの声も小さくなかった。

今回のエピソード7のフォースの覚醒を見て何に原因があるか私なりに考察してみる。

いくつか考えられる原因を見てみると

1.旧三部作のキャラクターの少なさ

新三部作(エピソード1-3)はエピソード4の「新たなる希望」の30年前から始まる。旧三部作のキャラクターが少ないのは仕方がない。R2D2とC3PO、そしてヨーダは出てきたもののチューバッカーとダースベーダ―がエピソード3の最後に出てきたくらい。 スターウオーズファンは全く新しい映画のような印象を与えてしまう。対してエピソード7は旧三部作のおなじみのキャラクターがオマージュたっぷりで出てくる。スターウオーズのファンの心をくすぐっている。

2.新キャラクターの不出来

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今回のエピソード7ではBB-8(写真)という新しいドロイドのキャラが登場し、これがなかなかファンに評判がいい。CG技術の進化もあるのだろうが、ロボットであるにも関わらず非常に人間っぽい表情をするロボットで、女性ファンからも「カワイイ」という声が多数出ている。エピソード7を盛り上げる新しい人気キャラの登場である。このBB-8は旧三部作のR2D2のような働きをするが、勿論R2D2も登場するのでこの2つのキャラを今後どう使い分けていくのか見ものである。

対して新三部作(エピソード1-3)に出てくるジャー・ジャー・ビンクス(写真)は残念ながら明らかな失敗作だ。

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CG技術が進歩してキャラクターが表情豊かになったという点では評価に値するが、BB-8のような「カワイさ」はなく寧ろウザったい部分もある。あまりファンもこの新キャラクターには熱狂せず寧ろストーリー上ではジャマにすらなってくる。

案の定エピソード2以降は出番が少なくあまりスターウオーズファンの間でも評判がよいわけではなかった。

ジャージャーはILMの開発したCG技術のいわば実験的キャラクターの域を出なかった点が不幸といえば不幸であった。

3.演じる俳優、キャステイングの違い

エピソード7は少女レイとフィンが新キャラとして登場し、エピソード7以降はこの2人の成長の模様を描きながら物語が進行していくことは想像に堅くない。大きな試練の中でも果敢に立ち向かっていく姿は観客の感情移入を誘い、ワクワクする展開になることは容易に想像できる。脇に旧三部作のキャラクターが支えているのもファンの思い入れを強くする。ネタバレになるのでこれ以上は書かないが、ストーリーとしては旧三部作のオイシイ展開にをベースに展開いくものと思われる。

一方、新三部作(エピソード1-3)において実質的主役のパドメにしてもアナキンにしても成長の過程をあまりきちんと描いている印象はない。エピソード1-3の印象が今一つ少ないのはこの主役2人に対する感情移入があまりみていてしない点である。エピソード2「クローン戦争」でのラブストーリーもあまり印象に残らなかった

加えて衣装、メイクにしてもエピソード1のパドメの日本髪をベースにデザインしたと思われるヘアコスチュームは我々日本人には悪趣味に見えるし、エピソード3のアナキンスカイウオーカー演じるハイデン・クリスチャンセンは俳優として不名誉な、ゴールデンラズベリー賞を受賞している。私も正直いってミスキャストだったように思う。

4.最初から「結末」がわかっている新三部作

そもそも新三部作は「新たなる野望」に至るまでの「いきさつ」を描いたものであり、観客は最初から結末ー最後どうなるかがわかっている。スターウオーズのようなSF映画の場合、結末がわかっている状態ではスリリングな展開を見せるのは極めて難しい。エピソード1の段階でヨーダは生き残ってもメイス・ウインドウは死ぬんだろうな、とすぐ観客は予想できてしまう。云ってみれば過去の過程、回想を映画にするようなもので、これはよほど綿密に計算された効果的な演出を施さないと難しい。

エピソード7以降でルーカスは民主共和国の復活を描くといっているが、どのような展開になるかまだわからない。レイはどうなるのか(勘の鋭い人はレイはホントは誰なのかは気づくはず)フィンとの関係は、等ファンをやきもきさせる余地は十分にある。

5.監督の演出力

ジョージルーカスには非常に厳しい言葉だが、詰めるところJJ エイブラハムとルーカスの演出能力の違い、ということに尽きるかもしれない。ルーカスはプロデユーサーとして、キャラクターの原案を作ることに関しては抜群に優秀だが、単純に正当な映画の演出となるとやはり一歩譲るといわざるを得ない。ルーカスの初期の「アメリカングラフィテイ」はいい作品だと思うしスターウオーズの「新たなる希望」も監督作品としては素晴らしいと思うが前述の「結末のわかっているSF」を演出力でカバーする、という点はやはり克服できなかった、ということができる。

JJエイブラハムは脚本、監督から作曲まで手掛ける多才な人間だが、エピソード8以降は製作総指揮(エグゼクテイブプロデユーサー)を勤め『LOOPER/ルーパー』『BRICK ブリック』などで知られるライアン・ジョンソンが監督を務める。さらに「正当派」な映画の演出に変わっていくものと思われる

以上、私なりに分析してみたが、何はともあれエピソード7、細かいところだいぶ見そびれているようなので、もう一度見に行こうかと思っている。合わせてエピソード8のできが素晴らしいものであると祈りたいものである。

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