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2015年12月 2日 (水)

映画「ジョンラーベ」上映会にて鑑賞ー史実に忠実ですが反日映画ではありません

5年越しでようやく公開された映画「ジョンラーベ」 日本では配給会社がつかず、5年間も未公開だった作品で「上映禁止」なんて海外では書かれたが勿論「上映=違法」ではなく集客云々以前に、「南京事件」と聞くだけで、上映妨害のトラブルを恐れて配給会社が腰が引けた、というのは察しがつく。 来年の2月に公開が決まった映画「アンブロークン」は在特会を中心とするネトウヨの反対で配給会社が降りたが、この「ジョンラーベ」 は2009年、まだネトウヨが今ほど激しく活動していなかった時期である。

しかし在特会やネトウヨの派手な活動期以前にも、ことテーマが「南京事件」となると右翼などによる暴力的な抗議や上映妨害が、市場原理と巧みにリンクして、自主規制へ追い込むという、この国の深刻な現実がある。それで最近は配給会社もマスコミも「自主規制」などという実質的に表現や言論の自由が圧力に負けてしまう事実を自ら作ってしまう。私的にはこれは不幸なことであるし、民主主義国家としては恥ずかしいことだと思う。

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それを市民グループが上映権を買い取り、今回の一連の上映会が開催されていた。会場は全員ボランテイアによる運営で、どこかのネトウヨサイトの馬鹿馬鹿しいデマのように日当いくら、なんてことは勿論ない(笑)

(ー念のために国会でも沖縄でも日当が出ると言い張っているネトウヨ諸君は、どこでどう申し込んだら「日当」がもらえるのか教えてほしいものである。国会の集まりに私は何回も参加しているがそんなものもらっている姿など見たことがない(爆) 現場にどうせいったこともない連中がネトウヨデマサイトを鵜呑みにして拡散している、という状況なんだろうがホント困ったものである)

この映画は香川照之、井浦新(ARATA)柄本明杉本哲太等テレビでも人気の演技派たちが出演している映画でもあり、それだけでも期待がもてたが、結論からいって作品としてはよくできているし、演出のメリハリもよくできていた。

映画はドイツの演技派として定評のあるウルリッヒ・トゥクル、それに皇族でありながら陸軍中将朝香宮鳩彦王に香川照之、南京事件に大きく関わったと後にGHQより追求される松井石根大将に柄本明 彼らの演技は本当にも応えがあった。

作品はドイツ語、英語、日本語、南京だから南京語だと思うがフランス、アメリカ等の多国籍の場面が多かったので英語が若干多いかな、という感じ。ちなみに英国人の医師を演じたスティーブブシェミはアメリカ人だが(タランティーノ映画の常連)きちんとイギリス英語になっていた。これ以外に難しいことなので感心した。
演技派揃いだと映画が締まる、その意味でこの作品はかなり質の高い作品であったといっていいと思う。

さて一応映画音楽をやっている身なので、映画となると音楽の使い方にすぐ耳がいってしまうが、場面の雰囲気にはよく合っているとは思うがもう少し印象的な映画音楽でもよかったのでは?とも思う。もっともそこは監督の考え方で「音楽が目立つ」ことを嫌う監督もいるのでその辺りは難しいところだが、しかし映画音楽の曲のイメージ自体はこんなものではないかな?と思う。たぶん自分がやっても似たような感じにはなるだろう。ただもうちょっと印象的なメロデイにしたと思うが..

まあどうせネトウヨ連中は見ようとすらしないだろうし、聞く耳などもたんと思うが結論からいって

これは断じて反日映画ではない

といっていいと思う

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冒頭にフロリアン・ガレンベルガー監督の日本人向けの挨拶が上手な英語でなされていたが、この映画は日本人を卑下したり非難している映画ではないという点を再三強調していたし、実際主人公のラーベがナチス党員でありドイツ自身もかなり負の部分も描いていた。また日本軍の空爆がドイツのハーゲンクロイツの旗を大きく見せただけで空爆がやみ、旗の下に隠れている南京市民が助かるという何とも歴史の皮肉の場面も見せている。

ガレンベルガー監督自身は大変な親日家であり、日本文化や歴史を大変研究しているのはこの映画を見てもわかる。何よりもドイツもヨーロッパでホロコーストという負の歴史があるドイツ人が描くからこそ史実に向き合って見えてくる部分が出てくるだろうと思う。

しかし同時に監督はこうも云っている

「日本とドイツでは歴史的責任や罪に対する姿勢に異なる部分があると考える」「日本の文化の中では、過ちや失敗に向き合い、前向きに議論することが難しいように感じる」

正直この言葉に一人の日本人としていいようもない恥ずかしい思いにかられた。実際この映画は日本社会のそういった体質のために公開に5年もかかってしまった。世界の人はこの事実に対してどう思うだろうか?日本と同じ「過去と向き合わなければならない」ドイツ人がナチスの同盟国だった日本の戦争犯罪に厳しい視線を向けていること、それも同時に極悪非道のレッテルを貼られているナチスからも決して目を背けずにそれをやっている、という点はやはり学ぶべきことではないだろうか?

確かにこの映画は南京事件における日本軍の残虐さも描いている。正視に耐えないようなカットもある。にも関わらず何度も書くがこの映画は断じて反日映画ではない。それはドイツ、日本、双方をかなり客観的に描いているからである。既にナチス政権になっているドイツは挨拶に「ハイルヒトラー」が日常化していて、極悪非道のレッテルが貼られている当時の日本兵を、同じく極悪非道のレッテルが貼られているナチスの象徴であるナチス式敬礼で追い返すというグロテスクさを美談の中にさりげなく忍びこませている。日本軍がどうこうというより戦争の度を超えた狂気そのものを描いていると私は解釈している、

一方では全ての日本人がこの残虐行為を肯定していたわけではなかったことは、ARATA扮する小瀬少佐がラーベが代表を務める「安全地帯」を日本軍が殲滅させようとしている、という情報をリークしているシーンでもわかる。あくまで史実には公平に描いている。

またラーベは決して諸外国で作った「安全地帯」の代表に最初からなるつもりではなかった点も描かれている。しかし結果としてそれを受諾し、20万人以上の南京市民の生命を守ったのは史実として中国、ドイツ、その他の国にも記録として残っているし、またラーベ自身の日記『ラーベの日記』が南京事件の歴史的にも重要な資料として国際的にも扱われている。

正直いうとジョンラーベはナチス党員だったが、厳密にナチスの思想に傾倒しているわけではなく、単にビジネス上の理由でナチス党員になったと考えた方がしっくりくる。事実ジョンラーベは帰国後、ベルリンその他で日本軍の残虐行為を喧伝するフィルムの上映・写真の展示を行うとともに、ヒトラーに上申書を提出し、日本軍による非人道的行為を止めさせるよう働きかけることを提言した。しかし、政府からはまったく相手にされないどころか、直後にゲシュタポによって逮捕勾留されてしまう。、また第二次大戦後はナチス党員だったために職に復帰できず不遇の人生を送り1950年に没している。

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朝香宮鳩彦王

ちなみにジョン・ラーベ研究家の永田喜嗣氏は映画の主題である南京事件については史実に沿った描かれ方がされていると解説しているが、香川照之演じる朝香宮鳩彦王については、史実において南京事件には関与していなかったとされている。これはおそらくは欧州では貴族や王族が最終的には全ての責任を全うすべきであるという「ノブレス・オブリージュ」(noblesse oblige「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うため、責任は免れないという概念)が基本的な考え方だからだろうと永田氏は書いているが、私は朝香宮鳩彦王が陸軍中将という階級に既にいたことを考えると、関与が全くなかったと考えるのはやはり不自然だと考える。そもそも虐殺のきっかけとなった「捕虜は取らないー南京事件論争#中島今朝吾日記「捕虜ハセヌ方針」は誰の命令だったのかも定かではないが、もし松井大将自身でなければ、その次の地位にいる人物が行ったと考えるのは自然ではあるまいか。実際朝香宮の指揮下の部隊が最も卑劣な行為をしていたと中国側の資料には記述されている

まあその辺りは歴史学者にまかせるとして、戦争という狂気の中で大勢の人命が失われたのは事実だと思うので、ことさら「南京事件」に関して感情と拒絶反応を示すというのはやはり未来を見る上での障害になると思うし、ましてそれに関する映像、著作その他の表現に圧力をかけ見せない、読ませない、という行動に走るのはやはり言語道断であるといわざるを得ない。南京事件を描いているという理由だけで見もしないで反日映画と決めつけるのは司馬遼太郎の「坂の上の雲」を日露戦争を描いているというだけで戦争賛美作品と決めつけるのと同じくらい愚劣な行為である。

歴史の事実に関しては論争はあっていい。しかしそこから目を背け語ることすらさせない、」史実に向き合おうとすらしない、そのような国が国際的に信頼されるはずがない。日本と同じ戦争責任という重荷を背負っているドイツ人監督には敬意と、そして日本という国のそのような態度を持ち続ける姿勢に恥ずかしさを覚えずにはいられない。


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