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2015年10月19日 (月)

エーベックスJASRAC離脱について

先週は音楽業界の大ニュースがあったにもかかわらず、映画音楽作業の突貫作業やライブの準備とかでブログの更新もなかなかできなかった。ようやく映画音楽作業が終わったのでこの問題について論じようと思っている

Img_0635

司法判断が後押し エイベックスがJASRAC離脱
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFP15H0P_V11C15A0EA2000/

エイベックスがJASRAC離脱 音楽著作権ビジネスが活性化か
http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/16/jasrac_n_8309416.html/

もともとJASRACというのはとりわけネット内では極めて評判の悪い団体であり、また司法判断でJASRACと放送局の契約方法について「他業者の参入を妨げており、独占禁止法違反の疑いがある」との判断を示していたこともあり,この問題に関してはネットでも世論でもエイベックスを礼賛する論調の方が圧倒的だ。

だが実は話はそう単純ではない。実は私自身は非常に冷めた目でこれを見ている。

一方でJASRACがなぜこんなに嫌われ者になっているのか、その理由はわかっているつもりだ。

ひとことでいえば「演奏権」というものが非常にネックになっているのだ。

演奏権とは元々作曲家や作詞家の作品を演奏会、ライブハウスで演奏する時に発生する著作権料のことで、全国の主なホールやライブハウス等が JASRACに対して支払っている権利料だ。よく問題になるのはカフェやレストランで音楽を演奏する時に摘発を受けるのはこの演奏権を支払わずに、他人の 曲を演奏すると著作権法に引っかかるためだ。特にカフェ、レストランは結果として「営業」をしているため、この場合は「個人が音楽を楽しむ権利」というのは適用されない。 そのことに対する理解が一般的にされてないためにJASRACに対する批判が噴出している。

この演奏権というのは勿論欧米の権利団体も信託しているのだが、割と欧米の権利信託団体はおおらかというか、カフェやレストランで演奏してもJASRACのように厳密な適用をしないケースが多い。特に学校や教育関係はほぼフリーパスだ。日本も教育関係は原則適用外ではあるが、100%フリーパスというわけではない。

つまりいい悪いはともかく

JASRACは演奏権の徴収をきちんとやりすぎている。 

といういいかたもできる。

JASRACにいわせれば包括契約という「手続きを簡略化」したシステムを導入している、といういいぶんもあるだろう。包括契約というのは本来なら演奏した曲を一曲一曲報告しなければならないが、それを免除する代わりに年間一定の金額をJASRACに支払うというもので、JASRACは殆どの放送局や名だたるホール、ライブハウスとこの契約を結んでいる。包括契約による収入はいい悪いはともかく総金額を全信託者に「平等に」分配するシステムになっている。

だがJASRACや音楽事業者にも問題がある。音楽の権利について殆ど知らない世間一般に対して権利の啓蒙をしていなかったからだ。それが誤解をよびJASRACが悪者にされている元凶でもある。

この演奏権というのはレコードやCDが普及する前から存在する著作権の中でも最も古い権利の種類だ。これはJASRACだけが信託権を持っている権利で、エイベックスが買収したe-licenceJRCにはその権利信託権がない。つまり演奏権の徴収を作曲家や作詞家が望むのであれば自分の曲をJASRACに信託(権利の管理)するか、e-licenceJRCに信託した場合は演奏権のみJASRACに信託する手続きをふまないといけない。

なぜe-licenceJRCがこの演奏権に関する信託権を主張しなかったのか、私はわからない。e-licenceJRCが発足したのがまだCDパッケージの売り上げの状況が今のような危機的な状況でなかったから、というのもあるが私はもし自主的に演奏権の信託権をe-licenceJRC側が主張しなかったのであればそれはある意味致命的な失敗だろうと考える。

JASRACが半独占状態を作っている理由はいろいろあるが、1つはこの「演奏権」というものがあるかないか、というのも大きい。勿論最大の原因は殆どのメジャーレコード会社がJASRACの信託しか考えていないという点が大きいが

演奏権は確かにカフェ、レストラン等が「音楽を演奏したために摘発される」原因の1つではある。しかしだからといって演奏権を悪者扱いにするのはいかがなものかと思う。なぜなら音楽配信やストリーミングの時代にあっては寧ろ音楽のライブ、生演奏の意味が大きくなっていくからである。昔のような「アルバムアーチスト」というのは現代ではもはや成り立たない。ライブ演奏が魅力的なアーチストでなければ生き残れない時代なのである。そういう時代に「演奏権」という著作権の中でも最も古い権利を「旧態依然のもの」と決めつけ排除するのは著作権者からすれば自殺行為に等しい

しかし「音楽を使う立場」からすれば演奏権というのは煩わしいのは確かだ。特にネットでは音楽や映像コンテンツを「自由勝手好き勝手に使いたい」という声は根強くある。しかし水を差すようだがコンテンツビジネスは「権利ビジネス」であり、「ネットの自由」を名目に何でも無料で好き勝手に使うなどということがまかり通ったら「権利ビジネス」自体が成立しなくなってしまう。残念ながら「権利ビジネス」として成立するためにある程度線引きは必要なのである。認めたくない人はいるだろうが..。

誤解しないで欲しい。私はJASRACを擁護するつもりなどさらさらない。現在のJASRACの事実上の独占状態がいいとは全く思わない。アメリカのようにASCAPやBMIのようにきちんとした競争原理を働かすべきであると考える。

だが今回のことで エイベックス=善玉、JASRAC=悪玉 という単純な白黒分けの論調には激しい違和感を感じる。

なぜならそもそもエイベックスが今までも作曲者、作詞者に対してきちんとした権利処理をしていたのか、という問題がはっきりいってあるからだ。

実はこの点が最大の問題なのである。

ここで業界の裏話をしよう。私はエイベックスとは今まで仕事上のおつきあいはないし、今後もおつきあいするつもりはないのであえて暴露する。(おつきあいをしようとした時期があったのは事実だが)

実はこの会社、作曲者、作詞者へのゴースト強要の常習犯でもある。今まで「本当の作曲者、作詞者」にきちんと著作権の分配をしていたかどうか、全てのケースでそうだとはいわないが、少なくとも全てのケースで「本来の作曲者、実際本当に作曲、作詞をした人」に正規の著作権を払っているわけではないことだけは確かである。

これははっきりいって音楽業界では常識である。誰も口をつぐんで云わないだけだ。仕事で干されるのが怖いからである。

実は例の佐村河内のゴースト事件の時もJASRACは各レコード会社、とりわけエイベックスに対する調査を行っている。この件に関しては殆どのレコード会社が脛に傷を持っているだけに全社沈黙しているが、このエイベックスなどはかなりの確信犯といっていい。

エイベックスがJASRACを離脱する、という噂はちょうどこの頃から出てきている。

そうした背景を考えると、エイベックスの今回のJASRAC離脱はかなり私には胡散臭い面があるのも否定できない。著作権料の演奏権の問題云々という問題とJASRACの独占阻止という表向きの理由があるにせよ、私は本当は別の思惑があるのではないか、と疑ってかからざるを得ない。

少なくともエイベックス=善玉、JASRAC=悪玉という論調は短絡的に過ぎる。

エイベックスのJASRAC離脱の本当の目的は何なのだろうか?

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