Kyoji "metanature"
i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら





« コンテンツ制作の価格意識ー少額の金額でできると思われているコンテンツ | トップページ | 長年つきあいの国内プレス業者が廃業決定ーいよいよ来るべき時が来たかも »

2015年9月 2日 (水)

東京五輪エンブレム 使用中止事件を見てー「パクり」について考える

既に報道されているように2020年の東京オリンピックエンブレムの盗作問題で佐野研二郎氏のデザインの使用を中止する決定をオリンピック委員会は決定した。

東京五輪エンブレム 使用中止の方針固める
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150901/k10010212001000.html

Ologomarks570

左がドビ氏、右が佐野氏の作品である。

当ブログの記事にも書いたが偶然の一致にしてはあまりに似すぎており、しかもこの記事を書いたあと佐野研二郎氏には他にも盗作疑惑とされている件があり、昨日の記事で書いたサンプルの時点からの工程を発表もさらに盗作疑惑が浮上するなど、さすがのオリンピック委員会も庇いきれなくなった、ということもあるだろう。

どうも佐野氏の制作スタイルとして画像や写真の共有サイトPinterestなるコレクションサイトからからのパクって作品を作るというのがあるらしい。ここで気になったのは、佐野氏は「作品をパクって作るのは現代では当たり前である」かのような言質を述べていた点である。

佐野氏はwikipediaを参考にさせていただくと博報堂デザインにいたようだが、私自身も博報堂とのおつきあいがあるが、多額の金額を扱う広告代理店の世界でもあのような仕事ぶりだったのだろうか?

何度も書くが、結果的に自分の仕事が他人の作品に似てしまう、ということはよくある。しかし今回の佐野氏のケースは明らかに「パクリ」という意図的な確信犯であり、それとは明らかに違う

■佐野氏 使用例で転用を認める
http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20150901/4583271.html

お恥ずかしい話だがJ-popの世界では当たり前のようにこの「パクり」が行われている。それどころかいかに「他人のおいしいところを「わからない」ようにパクるか」ということが競われている始末である。

佐野氏が確信犯的に行い、本人の表情からみても「これのどこが悪いの?」かといわんばかりの表情を見るとデザインの世界でも当たり前のように行われているのだろう

そこであえて「パクリ」というものについて考えたいと思う。

まず大前提の話として「パクリ」結果的に似てしまう は全然違う、ということはおわかりいただけるだろう。結果的に偶然作品が似てしまう場合、似ている部分はあっても詳細な部分まで瓜二つ、などというケース は殆どないからである。佐野氏の上記の東京エンブレムのようにTのフォントの詳細まで偶然似てしまう、ということは通常まず考えられない。

そして大前提として作曲家を始めとするクリエーターは基本的には「意図的に」誰かの作品に似せた作品を作ってはならない。例えプロデユーサー/デイレクターに「誰々の作曲家のあの曲のような感じで」というオーダーを受けても「意図的にその作品を盗用」してはならない。

当たり前の話である、

しかしデザイン、そして音楽のJ-popの世界などで「意図的な盗用=パクリ」の例は後を絶たない、特にJ-popの世界ではもはや当たり前のように行われ、「いかにしてうまくパクるか」が音楽業界のいう「すぐれた作曲家」などと言われてしまう始末、いわば盗用、「パクリ」がほぼ公認されている、といっても過言ではない。デザインの世界は門外漢なのであえていわないが佐野氏の反応を見る限り、それほど珍しいことではないように見える。

それではなぜこの「パクリ」なるものがJ-popの世界では重用視され、なくならないのだろうか?
実はここの部分に焦点をあてないと問題の本質が見えてこないし、今回のような事態の再発防止にもならない。

J-popの世界に関して言えば、音楽の世界に「売れセン」(=つまり今はやっている音、今の若者が好むサウンドやメロデイで作る)なる言葉が出てきてからおかしな方向に行き出したといえる。つまり音楽のサウンド的に「今流行っているサウンド、歌詞」を徹底的に分析し、その「流行っている要素」1つ1つを「コラージュ」という名目で「メロデイや歌詞をパクる」ということが横行しはじめた。つまりある種のマーケット理論を音楽制作に導入し、そのマーケット理論中心に全ての制作管理を行うものだ。

そしてやっかいなことにそのマーケット理論による音楽制作は一時大成功した時期があった。いわゆる音楽バブルの時代である。

「売れセン」中心のマーケット理論は長い間の成功体験によって結果的に画一的な音楽マーケット理論を生み出した。その結果音楽マーケットの多様性は失われ、音楽業界が考える「売れセン」といわれるもの中心になった。勿論「売れセン」は多少時代によって微妙な差はあるにせよ、基本的なマーケット戦略は全く変わらなかった。今のメジャーシーンがジャニーズとAKB系のアイドルに集約されているのも「売れセン」画一的な音楽マーケット戦略によるところが大きい。

その「売れセン」画一的な音楽マーケット戦略「パクリ」は音楽制作の過程において必要不可欠なものになってしまった。かくして盗用、「パクリ」がほぼ公認されている、音楽業界になってしまったのである。

多少事情も違うがデザインや映像でもかなり似た事情があるのではないだろうか。広告代理店の使命はクリエイテイブな企画を作る、ということではなく「企画を通す」ことが至上命令となっている。

そして特に最近の風潮として大企業は冒険をしたがらないという傾向がある。つまり「斬新な表現」よりは「どこかで聴いた(見た)ことのある表現」の方を見せられて安心する、という傾向がある。CMやイベントを始めとするタレントも「誰でも知っている名前」を見ると安心するようだし、そういった風潮が佐野研二郎氏のようなはっきりいってクリエイテイビテイの著しく劣るといわざるを得ないデザイナーでも第一線で仕事できたのではないだろうか。企業の「無難、リスクのない」という名目で独創的なものを否定してきているような気がする

だとすればこれは佐野研二郎氏の作品が盗用云々、という問題だけでは解決できないものがある。

尚、単純に「パクリ」の手法についていえば佐野氏の「パクリ」の仕方はあまりにも下手である。あれだけすぐに「パクリ」とわかる手法はいかに「パクリ」が公認されているJ-popの世界でも通用しない。「パクリ」ではあっても「パクリ」とすぐにわからないようにしなければならないからである、

私は昨今の日本でこういった画一的なマーケット理論という誤った戦略、さらには新自由主義、市場原理主義的なエコノミストの理論がかなり現代の日本をおかしくしているような気がする。

まずここでいいたいのはわけのわからない画一的なマーケット理論をコンテンツ制作というクリエイテイヴな世界に持ち込むのはやめにしたらどうか、という点だ、

知り合いのテレビプロデユーサーの所にはレコード会社から「タイアップ用」でデモCDが机から溢れんばかりに送られてくるという。そのプロデユーサーは律儀な人なので1つ1つデモCDを聞いていたらしいが途中で嫌気がさしたという

それは どの曲を聞いてもみな同じような感じ からで

そして何よりも  いい曲は一曲もなかった

これでは自分たちで作った方がマシだ、 といっていた。業界全体が画一的なマーケット理論で音楽を作るとこうなるのである。

視聴者もバカではない。全てのレコード会社がこれでもか、といわんばかりに同じような曲とアーチストばかり出していたらじっくり聴こうなんて気はおきなくなるだろう。音楽業界衰退の原因はここにもある。

盗用、「パクリ」がほぼ公認されている業界が健全なはずがないし、クリエイテイブであるはずもない。音楽の世界は残念ながらこの惨状になってしまったが、もし映像、デザイン等の他の世界もこうした訳の分からない画一的なマーケットの論理で制作されているとしたら日本のコンテンツ制作は極めて深刻な状況といわざるを得ない。

尚、「他人の作品を使用=クリエイテイブではない」といえるか、というと一概にそうともいえない。 「コラージュ」という違った作品の一部を組み合わせて全く別の作品を作る手法もあるし、風刺等の目的で他人の作品を使う「パロデイ」という手法もある。だがそれらはいずれも「コンセプト」や思想を既成の物を使って「思想」として表現するというクリエイテイブな動作であり他人の曲のおいしいところを「バクる」音楽業界公認(?)の盗作行為とは一線も二線も画すものである。以前も別記事で紹介したが、歴史上最初のパロデイ作品としてマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp  1887- 1968)の作品をご紹介しよう。

20100814_1112106

新国立競技場にせよ今回の東京五輪エンブレムにせよ2020年の東京オリンピック関連で本当にみっともないことが続く。特にエンブレムの件では下手すりゃ「日本のデザインのレベルはこの程度」などと思われかねない。おそらく良心のある多くの日本のデザイナーの方々は今回の事態に対して忸怩たる思いがあるのではないだろうか? 再度制作される東京エンブレムは公募になるそうなので、その中から名誉挽回に繋がる作品が生まれることを期待する

|

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。