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2015年9月23日 (水)

大胆新説?-サテイの楽譜に小節線がない理由

もう一か月ほど前だがエリックサテイ展に行った記事をかいたけれど

今年はエリックサテイの没後90年にあたることもあって既にシリーズになっている名曲喫茶ヴィオロンでのラグタイムコンサート、20世紀初頭のアンテイークが沢山あることもあって今度のライブではいつも通りのスコットジョっプリンのラグタイムナンバーに加え、エリックサテイの曲も演奏する。

実はそのエリックサテイ、非常に変わり者の作曲家として知られているがまず、楽譜からして変わっている。

まずエリックサテイの代表作の1つ 3つのグノシェンヌの楽譜をご覧いただこう

Gnosenne1_small

この楽譜を見て何かきがつかないだろうか?
そう小節線がないのだ

サテイの作品にはもう1つおかしな点がある。
普通表情についてはクラシックの場合はdolceとかespressivoとかイタリア語での定番の表現についての記号が使われるが、サテイは違う

「問い直して」 「頭の隅で考えるように」「舌の上で」  とか

「注意深く相談しなさい」「何度もよくみて」 「ぺしゃんこになって」「歯のないうぐいすのように」

等意味不明のものがある。

また題名もおかしなものが多い
『官僚的なソナチネ』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『冷たい小品』『梨の形をした3つの小品』『胎児の干物』『裸の子供たち』

Coldpieces_2

冷たい小品の楽譜

これらは一体何を意味するのか? 単にエリックサテイが変人だからこういうおかしな表現の指定と題名にしたのか? と長い間考えられてきた

だが最近それはあまりにも表面的な解釈なのではないか? と思うようになった。

これらの一件奇妙奇天烈な表情指定や題名、そしてなぜか小節線が一切ない楽譜

これは何等かの意図でわざとこうしたのではないか? と思う。

サテイは変人ではあっても気が可笑しいわけではない。既存のクラシック音楽の作曲家とはかなり違うが、しかし全く意味がないことをやっているわけではない。確かに私と同じで音大を卒業してはいないが、音楽に関して全くのど素人ではない

実は先日知り合いの女優さんの舞台を見に行って気が付いたことがある。

Azumimari0

それはこの一件奇妙奇天烈な表情記号で、サテイはある劇、スキットを表現していたのではないか? 

という仮説が出てくる

マン・レイはサテイのことを「眼を持った唯一の音楽家」と評した。その意味について考えてみると、サテイのこれらのピアノ作品はいわゆるクラシックの形式の作品ではなく、サテイなりに自分で書いた台本に基づいて劇や情景を描いていたのではないか? と思うのだ。

そう考えると全てのことがつじつまが合ってくる。

例えばグノシェンヌ、これはサテイの造語だがジムノぺデイと同じくギリシャをイメージしている言葉だが、どうもサテイなりにギリシャをベースとした舞台、スキットをピアノ曲で表現した、とも思える

つまりグノシェンヌに関しては次の解釈が成り立つ

グノシェンヌ一番ー ギリシャの哲学者がある真理について思索にふけっている様子

             「とても輝かしく」 「問いただすように」「頭の隅っこで考えるように」

グノシェンヌ二番ー 哲学者にある人物が話しかける(カミングアウト?) 哲学者は驚く

             相談する人物に優しく詳しい事情を説明するよう促す

             「いつも驚きを失わずに」「とても親切に」「尊大にならずに」

グノシェンヌ三番ー 相談の解決策を考える。かなり難問らしい。解決策が見つからず悩む            

                         「注意深く相談しなさい」「全く途方にくれる」「頭をはっきりさせて」

つまり サテイはピアニストにピアノで劇を演じろ、といっているように思う。この曲は楽譜を忠実に演奏する、というよりはピアノで舞台俳優になったつもりで演じろ

とサテイが云っているような気がするのだ

だから小節線がないのは、「舞台の演技」だから必要ないのだ。4拍子風の曲も舞台で4拍子になるとは限らない。小節線は寧ろ邪魔なのだ。だからサテイはあえて小節線を入れていない

つまりサテイはたまたま楽譜で劇やスキットの台本を表現していたように思う。サテイは多くの劇や舞台の音楽を手かげている。しかしジャンコクトーという稀代の劇作家、演出家と出会ったため自ら台本を書いてサテイ自ら演劇をつくることはなかった。でももしサテイがもう少し長く生きていたら実際、本当に自分が台本、演出、音楽による舞台作品を作っていたかもしれない。

舞台作品の代表作「パラード」は演出、台本がジャンコクトー、舞台美術がパブロピカソ、そして音楽がエリックサテイ、まさにオールスターのスタッフで創られている

サテイは19世紀末から20世紀初頭に活躍した作曲家で、そのサテイの作品をジョっプリンのラグタイムや拙作のピアノ曲とともに20世紀初頭のアンテイークが沢山置いてある東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンにて演奏する

Ragtimeconcert02

20世紀初頭のアンテイーくがいっぱいのお店です

フライヤーです

1017flyer


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