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2015年8月31日 (月)

クリエーターのプライドはどこ? オリンピック委員会の佐野研二郎氏が堤出した原案説明に思う

この件に関しては以前当ブログの記事に書いたが

勿論どんな作品もたまたま誰かの作品に結果として似てしまう、ということは起こりうる。
但し実際にそういうことが起きた時に、1クリエーターとしてどう行動するかが重要である。

はっきりいってもし一応クリエーターの端くれであれば、「どの作品に極めて似ている」などと言われたら俺だったらその時点で別の作品に作り直す。 一応クリエーターとしての矜持があるのなら普通はそう考える

今回見ると最初のサンプルの時点からの工程を発表したようだが、そもそも最初の段階から別のパクリの疑惑まで出る始末ではっきりいって恥の上塗り

Sanoken_logo_t

ここに見えるのはクリエーターのプライドではなく「保身」だ。それが非常に残念である。

実に見苦しい言い訳や小手先の屁理屈だ。曲りなりも博報堂等の大手広告代理店で仕事をしていたにしてはお粗末すぎる。

悪いがこれだけでこの人のクリエーターの能力を疑わざるを得ない

何度も書くが結果として自分の作品が誰かの曲に似てしまう、ということはよくある。
しかし普通はあそこまで似ないね。

Pinterestなる写真共有、画像のコレクションサイトからのパクリのようだが、パクリが当たり前になっているJ-popにしたってロコツにわかるパクリはしない。ばれたら著作権問題に発展するからだ。

どうも佐野氏の手法を見るとそのあたりの「パクリ」に関しては大したデフォルメもバリエーションも加えないで使っているようにも見える。

つまり同じパクるにしても、もう少しマシなパクリの仕方にしろよ、ということだ。

もう発表して商品化してしまったらもう仕方ないけど、まだ商品化の前のはず。今だったら作り直す時間はあるだろう。何せまだ5年あるんだからね。

パクリ、が得意なクリエーター。なんてあまり聞こえのいいもんじゃないと思うが、

俺だったらそんないわれ方されるのは嫌だね

それがクリエーターのプライドってもんじゃないのか?


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2015年8月30日 (日)

間違いだらけの現代音楽史(4)ー生きた文化のありかたを捨てたアカデミズムが支配した「クラシック音楽」とその流れに贖った反アカデミズムの音楽

前回まで従来のクラシック音楽中心史観とは違い、「コード譜」や現在のポピュラーミュージックのアンサンブルのリズムセクション等の基本部分の成り立ちについて述べてきた。そこの部分はとりわけ音大系の音楽史研究家から完全に無視されてきた部分だからである。

今回は比較的今までの「現代音楽史」に比較的近い20世紀の音楽のありかたについて述べると思う。

とはいえ当然ながら従来の音大系の現代音楽史観とは基本的な観点が違うことはお断りしておく。

まずは下の図を見ていただきたい

Music_history2_2

ペースに限りがあるので必ずしも主だった人全員をいれたわけではないが、20世紀初頭から現在にいたるまで大まかな作曲家と音楽楽派の流れを書いたものである。

ドビュッシー、ラベルなどのいわゆる印象派(ドビュッシーは自分の音楽を「印象派」と呼ばれることを嫌っていた)に始まり、現代音楽史を考える上ではお決まりの、シェーンベルク、ストラビンスキー、バルトーク等の名前から現代に生きている作曲家まで網羅しているが、さすがに全員を入れるスペースはない

横軸は時代だが実はポイントはこの図の縦軸である。

多少順不同の部分はあるものの、実は上に行くほど「アカデミック」-もしくはクラシック的。下に行けばいくほどアカデミズムから離れ、下の方にいくとポピュラーミュージックに近くなる。

特に第二次大戦後の動きを中心に実はこの両極、つまりアカデミズム反アカデミズムの対比がクラシックー西洋音楽の流れの中で基軸に入っていく

誤解のないように書いておくが私は別にクラシック音楽とポピュラー音楽の両方を論じて、どちらがどちらより優れているとか、どちらが好きか云々を論じているわけではない。はっきりいってどちらより優れているなどという議論は全くのナンセンスである。

ただ20世紀に入ってからの調整の崩壊(厳密にはワグナーの「トリスタン和音」が崩壊の始まりともいわれる)が始まってから西洋の芸術音楽の混迷が始まると同時に、アメリカからラグタイム→デイクシーランド→ジャズという新たな音楽の息吹が生まれた時代に西洋音楽の混迷の部分のみを見て新たな音楽文化の息吹、ムーブメントを「大衆音楽」などという訳のわからないレッテルを貼ってその本質を知ろうともせず、無知と偏見と決めつけだけで終わらせている点が問題なのである。

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2015年8月29日 (土)

「この坂道」主演女優の安住麻里さんの劇団「秘密兵器」の舞台に行ってきました

下北沢の「劇」小劇場にて音楽を担当した短編映画「この坂道」Short Short Asia Film Festival入選作品) の主演女優の安住麻里さんの舞台に行ってきました

思えば昨年の今頃も劇団「秘密兵器」見に行ったんですね。演技力が強烈についたので驚いた記憶があります

Tsukon5

今年の安住さんの役柄は「絵描き歌のお姉さん」役です。よくtwitterでご自分の書いた絵(似顔絵)とかアップされているので、絵が上手なのは知っていましたが

Azumimari1

Azumimari2

それにしても安住さん 結構シュールな絵を描ける人なんですね。

今回も大いに笑わせてもらいました。

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2015年8月22日 (土)

定額ストリーミングの本場のアメリカでシカゴ市が「クラウド裞」導入。コンテンツビジネスへの今後の影響は?

当ブログでもサブスクリプションによる定額ストリーミングに関して論じてきたが、本日その定額ストリーミングの本場のアメリカで衝撃的なニュースが飛び込んできた。

アメリカ第二の都市シカゴが音楽配信や定額ストリーミングを始めとする「クラウド系サービスに「クラウド裞」を導入すると発表。

■Chicago’s 'cloud tax' makes Netflix and other streaming services more expensive (シカゴ市の「クラウド裞」でネットフリックスを始めとするストリーミングサービスが割高に)
http://www.theverge.com/2015/7/1/8876817/chicago-cloud-tax-online-streaming-sales-netflix-spotify

英語のニュース映像

■Why you'll be paying a 'Netflix tax' soon(なぜ「ネットフリックス裞」を払わなければならないのか?)
http://finance.yahoo.com/news/why-you-ll-be-paying-a--netflix-tax--soon-161951515.html#

日本では定額ストリーミングサービスがまだ開始したばかりだし日本でのネットフリックスのサービス開始が秋に開始予定されている折も折、アメリカのシカゴ市で面白い動きが発生して全米で議論が沸騰している。

要するにi-tunesを始めとする音楽配信やNetflix, Huluなどの映像ストリーミング、Sporify Apple Music等、コンテンツで「クラウド」を使うサービスに対して「クラウド裞」を導入というもの。

寝耳に水のIT業界からは当然ながら反発と戸惑いが起きているが、映像や音楽のコンテンツプロバイダーからは好意的な反応が返ってきている。

賛否両論あるものの、これが全世界的に普及すると今後のコンテンツビジネスに大きな影響をもたらす可能性があり、これに関して

(1) シカゴ市以外の自治体も同調するのか

(2) 定額ストリーミングの普及に影響がでるのか

の2点が注目される。

要は定額ストリーミングが主流になったことで、コンテンツプロバイダーの収入が激減することに対する対策の1つといわれていが。ITギーグや日本のヒマなネット住民が聞いたら卒倒するようなニュースだ。しかし私は面白い、と思っている。但しこの税金がどう使われるかが問題だが..

今後この関係がどう展開するか、定額ストリーミングの動向とともに注視する必要があるだろう。


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Guelb er Richat ensemble presents 8月のミスラ 第2夜終了

昨夜今年から時々関わっている音楽のキャラバン「ラバラッカ」シリーズの一環のコンサートで戦後70年の8月の祈りと抵抗の夜 「Guelb er Richat ensemble presents 8月のミスラ 第2夜」と題したコンサートに参加しました。

場所は初めて来た「ひかりのうま」という喫茶店なんですが、ちょっと場所が分かり辛いのですが

Hikarinouma0

総武線大久保駅から新宿に向かって総武線沿いに歩いて5分くらいです。
入り口は「キューピッド」と書いてありますがそこが本日のライブ会場の「ひかりのうま」です。

Hikarinouma1

こんな感じの場所です

Hikarinouma2

ピアノはカワイのアップライトです。ホンキートンクではありませんでした(笑)

Hikarinouma3

さて、今回のセットリストですが、実は一曲だけ秘密です。(笑)

実は比較的有名なスタンダードナンバーの曲を「安倍晋三に捧げる」といってライブで演奏したらばかうけでした。あまりに受けたの9月5日の音倉でのセプテンバーコンサートでも弾きます。スタンダードナンバーの題名はそのレポートの時に発表いたします。(^○^)

というわけでセットリストは取りあえず

・Improvisation
・Lost Forest

・ひ・み・つ
・Aura Lee(アメリカンフォーク)
・Short Story
・ラグタイムソナチネ

というわけで次回の私の抵抗は9月5日のCom Cafe 音倉でのセプテンバーコンサートにて行います

       
OPEN 18:00
START 18:30
CHARGE 入場無料(ご飲食代は別途)

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2015年8月21日 (金)

音楽で語る、抵抗するコンサートをしばらく続けます

もう今日の今日ですが、新大久保の喫茶店「ひかりのうま」で演出家の二瓶さん主宰の「ラ・バラッカ」のシリーズで 戦後70年8月の祈りと抵抗の夜
Guelb er Richat ensemble presents 8月のミスラ 第2夜


に出演します。

11813511_1674559839434374_396346783

昨今の安倍政権の暴走ぶり、独裁政権の様相が日増しに強くなっている現在、一人の音楽家として何かを離さなくてはならない、という思いから今日を始めいくつか音楽家としてライブにて主張しようと考えています。

だた最近のSEALDsたちのあのスマートな活動ぶりを見て、私自身反省することも多々あったのでもう少し一ひねり、二ひねりした抵抗の仕方にしようと思っています。今日はかなりシニカルに攻めますのでよろしければお越しください

open 19:00 start 20:00
2000円+D

(当日のみ)

【出演】
大野恭史(ピアノ)
黒田オサム(ホイト芸)
simo-yang[from モヤンズ](ギター)
Guelb er Richat ensemble(砂漠の音楽隊)

ひかりのうま  http://hikarinouma.blogspot.jp/

そして体調崩した3年前を除いてほぼ毎年参加しているセプテンバーコンサート

Sepconlogo

 今年もComCafe 音倉にて行います

http://www.otokura.jp/schedule2.php?ym=2015-09#liveDate05

 
木村真紀
かなりやとうばん
大野恭史
はまたく51&fei fei
エリオン
OPEN 18:00
START 18:30

いずれも昨今の安倍政権が強行しようとしている戦争法案に対して異を唱えることを目標にしています。我々音楽家はやはり音楽で語らないといけないと思いますので

さらに政治とは違いますが10月12日にも同じComCafe 音倉にてチャリテイーコンサートを行う予定です。

音楽家としても然るべき主張は今後もしていきます


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2015年8月14日 (金)

間違いだらけの現代音楽史(3)ーポピュラーミュージックのアンサンブル形式の確立、即興性の復活と西洋音楽を死においやった即物主義的音楽アカデミズム

前回の「間違いだらけの現代音楽史(2)」にてポピュラーミュージックにおけるコード譜のシステムの確立で同時にそれは同じ「調整」ではあっても伝統的な西洋和声とは根本的に違うものであることを述べた。

それが現在のポピュラーミュージックの記譜法や作曲の根本をなすものであり、同時に西洋の伝統的な音楽形式がこの1930年ー1950年の時期に事実上の終焉を迎えたことを述べた。

その西洋音楽のその後の現代の音楽(何度も書きますがここでは「現代音楽」のことをいっているのではない)にどのような影響を及ぼしたかについてはこの記事の後に述べるとして、ここではコード譜の確立と同時にできあがったポピュラーミュージックの「アンサンブルの基本方式」についても述べることにする。

そもそも間違いだらけの現代音楽史(1) にて述べたガーシュインの時代はまだ現代のようなポピュラーミュージックのアンサンブルの基本形は確立されていなかった。ガーシュインの音楽が「シンフォニックジャズ」と呼ばれるのは、現在のようなジャズを始めとするアンサンブルの基本形を知っているガーシュインよりも後の時代の人間がそう呼んでいるためで、実際に現在のポピュラーミュージックのアンサンブルの基本形が確立したのはガーシュインの晩年時代の1930年代といわれる。

一般的にジャズでもロックでもその他のポップスでも基本となるのはご存じの通りベースドラムス(時にはパーカッション)による「リズムセクション」であり、それにギター(エレキ、アコ―ステイック)とボーカルが加わるのがバンドの形式の基本である。ピアノやオルガンといった鍵盤が使うことも多いが、バンドの形式に必ずしも絶対になければならないものではない。

Babydodds_2
ベイビー・ドッズ(1898-1959)

そのバンド形式でポイント「リズムセクション」の中心であるドラムセットが現在のような形式になったのは1930年代で元々は19世紀末(1894年頃)のアメリカのマーチングバンドのために開発されたものをジャズドラマーのベイビー・ドッズが演奏中に左足を規則的に動かしていたのを見た観客が「せっかくならその動きを利用できないか」と考えた結果、左足で二枚のシンバルを叩き合わせるペダル付の楽器(現代のハイハットの原型)を開発、ニューオーリンズのデイクシーランド華やかなりし時に最高のドラマーとして名声をほしいままにしたといわれ、それが現在のドラムセットに発展していった。それがデイクシーランドバンドとなり現代のロックを含めたあらゆる「バンド」形式の原型となる(その後ドッズはシカゴに移転)

現在のようなコード譜のシステムとバンドアンサンブルの形式が定着した正確な年代ははっきりしないがだいたい1930年代にはそれがジャズを始めとするポピュラー音楽の中で定着していったと思われる。

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2015年8月13日 (木)

エリックサテイとその時代展に行ってきました。

今年から「ラグタイムコンサート」のシリーズをやっていますが、その関係ですっかり忘れていたのですが今年はエリックサテイの没後90年でした。その関係で渋谷のBunkamuraにて「エリックサテイとその時代展」をやっていまして、ようやく今日見ることができました。

Satie01

Satie02


エリックサテイは変人とかいわれますが、サテイ→J ケージ → Bイーノ
という「現代の音楽」(現代音楽ではない)に大きな系譜が存在し。ある意味では現代の音楽の租といってもいい人で影響は計り知れません。

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Erik Satie 1866-1925

この人がいなかったらアンビエントもニューエージミュージックもたぶんなかったといっていいでしょう。

エリックサテイという人は単に音楽家という枠だけに収まらない人で19世紀末から20世紀初頭のパリの芸術運動に大きな影響を与えた人でもあります。それだけにサテイの同時代の芸術家、演劇、映像といったものの展示が楽しみでした。

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2015年8月11日 (火)

ミュージックソムリエ協会理事長、音楽プロデューサー・鈴木健士氏を悼む

お盆期間に入り耳を疑う情報が飛び込んできた。できれば嘘で、冗談であった欲しかったのだが、オリコンのニュースで伝えられてしまうとこれは現実として受け止めざるを得ない

非常に残念だ。本人も志半ばでこのようなことになり、無念だったろう

音楽プロデューサー・鈴木健士さん急逝 54歳
http://www.oricon.co.jp/news/2057446/

よい音楽を自分で評価できる人間を養成する「ミュージックソムリエ」の制度を作り上げミュージックソムリエ協会を設立。その理事長の鈴木健二氏の急逝の報が入ってしまった。あまりに突然のことで自分の耳を疑った。ついこの間まであんなにいつもの感じで放言していたのだが... そういえば確かにここ10日ほどソーシャルネットで記事のアップがなかった。

正直鈴木健士氏とは必ずしもいつも音楽面、音楽に対するスタンス、そして政治面で意見が一致していたわけではなかった。(とりわけ政治面だがww) だが音楽業界をよくしたい、日本の音楽文化を育てたいという気持ちは誰よりも強かったと思う。その意味で私も「同志を失った」という気持ちだ。

ミュージックソムリエ協会だけでなく、それに伴う"CDショップ大賞"や"レコードストアデイズも推進した点でも鈴木氏の功績は大きい。いよいよこれが本格的に日本の音楽業界で定着するかどうかの矢先だっただけに残念でならない。

鈴木氏の展開するさまざまな音楽業界への改革には私もおおいに共感するところがあった。あるイベントで会った時に「私にできることがあれば手伝いますよ」 といったことがある。「それじゃいつかお願いしようかな」などと言っていたがその「いつか」がもはや永遠に来ないのかと思うと残念でならない。

音楽文化をよくしたい、このまま21世紀が音楽文化の不毛な時代に終わってはいけない。そんな思いを共有する人間の訃報で少しテンションが下がっている。

音楽文化の暗黒の時代を残ったものでどうやって希望にあふれる時代にできるのか。それを強力に推進しようとした人物をこの国は失った。

心からご冥福をお祈り申し上げると同時に、鈴木健士氏の蒔いた未来への音楽の種が育つように心から祈るばかりである。

9月にお別れ会があるという。可能な限り出席したいが、「お別れ会」なるものはあまり開催して欲しくない会でもある。


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定額ストリーミング成功のカギはストリーミングサービスからブレイクするアーチストが生まれるかどうか

さて、日本ではいまだPandora RadioSpotifyのサービス開始についてメドが立っていない現状ではあるものの、すでに"Apple Music"や"Line Music" そしてエーベックスが主宰している”AWA”がサービスを開始したこともあり、私見ではPandora RadioSpotifyの日本でのサービス開始はもはや時間の問題だと考えている。

音楽業界ではこれらの定額制音楽ストリーミングサービス(尚、いまだに一部マスコミは「無料音楽サービス」などと報じているところがあるが、それは「無料期間」があるだけで無料期間終了後は定額の料金を支払うシステムなのでその報じ方は正しくないー特にネットではネット住民にとって「都合のよい情報」は勝手に一人歩きするのでこの手の報道は気を付けていただきたい)に対してネガテイブな受け止め方が多く、確かにその気持ちはわからないではないが、この流れはもはや止めることは不可能なので、その時代に応じた対応を音楽業界人として考えるべきである。

まず定額ストリーミングサービスに関して一部誤解している人が多いが、これは音楽のデイストリビュート(販売)の最終形式ではない、という点を抑えて行かねばならない。

あくまで定額ストリーミングサービスには宣伝、というニュアンスが存在することを抑えて行かないととんちんかんな議論になる。

とはいえ、このサービス出現によって音楽業界のビジネスのありかたは大きく変わらざるを得ないのも事実である。日本の音楽業界人は今でもそうだが「変わる」ということを極端なほど嫌う人間が多いが、もはやこの流れは避けられないだろうと思う。

音楽業界人なら誰でも読む『Musicman NET』連載の本格論考『未来は音楽が連れてくる』の著者でもある榎本幹朗氏の記事はかなり的確な分析をしているのでここでご紹介させていただく

■定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来
http://realsound.jp/2015/08/post-4168_3.html

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業界BBQ大会@晴海埠頭

以前NHKでいっしょに仕事をした映像デイレクター主宰のBBQ大会に出席しました。

Bbq201500

Bbq201501

毎回人がごった返しで会場内の移動もままならない状態なんですが、今回は前日に東京湾花火大会があった関係で当日午前10時まで会場に入場できなかったこと、お盆期間に入ったこと、そして例によって灼熱の暑さ、ということもありやや拍子抜けするほど人が少なかったですが..

その分交流は中身のあるものでした、

Bbq201510

記念写真ー (^^)

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2015年8月 6日 (木)

ホリエモン、池田、上念がSEALDsを攻撃する理由ーもはやリア充は時代遅れ―スマートに知的にネットツールを使いこなす時代

8月に入り主な取引先の多くが「夏休みモード」に入ったためここ数日懸案の会社のウエブサイトと私の公式サイトに関してSEOを始めウエブ対策の作業を行った。

実はこの件に関してはなかなか思うようにいかず悪戦苦闘している。しかし今でも時々うちの会社にはうざったいほど電話してくるわけのわからんSEO会社で信用できるところは殆どない。そのため会社関係のウエブサイトは全て自分の所でやる、というのが基本だと思う。アメリカなどは既にそれが当たり前になっている。

ちょうど同時期に私の会社が加盟している日本商工会のビジネスモール(B-mall)が大幅にリニューアルになった。このページはBtoBでは企業の担当者、決済担当者が見ることが多いので重要なページになっている。よろしければご覧いただければ幸いです。
http://www.b-mall.ne.jp/company/hybridmusic

ウエブ経由での新規案件獲得、というのは極めて重要である。特にうちのような会社にとっては

私の会社は音楽業界の中ではかなり早いうちからWebを重視してきた。今では当たり前になったウエブ上の音楽試聴を業界の中では早くから取り入れた。早すぎたため業界団体からよく横槍を入れられた。今ではさすがにそんなことをいう会社はないが、当時はウエブで音楽を自由に聞かすなどとんでもない、などという雰囲気が音楽業界にあったのである。(今でも業界はウエブに対して臆病、というか消極的である) そんな中もう10年以上前からウエブ経由での新規案件獲得を私の会社は行ってきた。

だが正直ここ数年低調だった。そのためのテコ入れをしていたのだが、SEOはとにかくすぐには結果が出ないし、出てうまくいかなかったときのダメージも大きい。特にGoogleの新アルゴリズム"Humming Bird"の対策は本当にうまくいっていない。考えすぎているのだろうか?

いろいろいう人はいるだろうが、結局ウエブ対策というのはなぜ重要かというとそのウエブサイトでいかにリアルな実益に結び付けられるか、というのがポイントである。

いまだにネットでは「リア充は無知で馬鹿」というネット住民の願望に近い説が支配しているようだが、そもそもネットのサイバー空間だけで完結していいのはネットの黎明期だ。実際本当に有能で賢い人はネットというツールでいかにリアルな生活を充実させられるか、ビジネスの収益に結び付けられるか、について熟知している。しかしサイバー空間だけで自己完結している連中の大半はいまだにそのことに気づかない。それは彼らがリアル、つまり世間的な感覚を察知する能力がないためである。感性が枯れ果てていて死んでいるのだ。

ネトウヨの書き込みにせよ2ちゃんなどにみられるネット住民の書き込みにせよ一般市民から白い目で見られたり避けられるような内容が大半だ。しかも書いている張本人たちは「外からの目線」が可視化されないために、とことんまで狂ってしまうのがこの手のネットユーザの実態だ。

残念ながら彼らには気の毒だがもうネトウヨもいわゆるネット住民(中川淳一郎さんのいうアホな暇人)もネットの主役だった時代はとっくに終わっているのだ。

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2015年8月 3日 (月)

間違いだらけの現代音楽史(2)ー1930-1950年代ーコード譜システムの確立と西洋音楽の伝統の事実上の終焉

前回の「間違いだらけの現代音楽史(1)」にて、1920年代にジャズの音楽語法を発展させ新たな音楽を作ろうとしたガーシュインと十二音技法のシェーンベルクを共に「1920年代の最先端の音楽」と評し両者を同等に扱った。

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従来の音楽史ではジャズを「大衆音楽」として西洋の伝統音楽とは完全に別物として扱い、ドイツの音楽評論家、哲学者のテオドール・アドルノ(1903-1969ー左写真)の強い影響下にある音楽史観によってジャズを始めポピュラーミュージックに対する批判的見解を広め、それがいまだに西洋、特にクラシック音楽の世界のポピュラーミュージック観の基本をなしている点を指摘、そういった音楽史観に対し私は異を唱え、それによって現代の音楽の歴史が全く誤った形で認識されている点を指摘した。

こうしたアドルノのポピュラーミュージックに対する偏見ともいっていいくらいの短絡的な見解、非常に狭い範囲での音楽の捉え方についてはまた別の機会で述べるとして、要はそのアドルノによるポピュラーミュージック史観によって西洋音楽の伝統主義者は調整を失い、新しい音楽に対する方向性を大きく見失った20世紀前半の音楽とは対照的に新たな音楽語法、音楽の体系が確立していっている点を全く多くの音楽史家は見逃してしまったのである。

実際1930年代以降、西洋の伝統音楽とジャズそしてそれをベースに発展していったポピュラー大衆音楽は全く対照的な歩みをすることになる。

シェーンベルクが十二音技法による音楽語法を中心に「新ウイーン楽派」がそれを発展していく一方でストラビンスキーが次々と作風を変える「カメレオン状態」が始まりヒンデミットの新即物主義から古典主義とバラバラの展開を始めることになる、この傾向は第二次大戦の1960年代まで続く。わずかにベーラ・バルトークが東ヨーロッパやトルコ等の民族音楽から新たな音楽語法で後世に影響を与えたものを作った点が指摘される(後述するがバルトークは明らかにジャズの語法も研究していた)

だが実質的に西洋の古典音楽の伝統はこの時期に衰退し、バルトークヒンデミットを古典主義のカテゴリーに入れることに抵抗を示す人もいるだろうが、この両者が西洋の古典音楽に最後の花を咲かせたといってもいいだろう。

一方ジャズは1930年代に音楽語法の基本が確立し、ガーシュインからデユークエリントンに音楽の発展がバトンタッチされ現代のポピュラー音楽の体系が出来上がり始める

その体系とはコード譜のシステムである。

西洋音楽の研究家はコード譜は「調整」の一環であり、音楽の語法発展なしに過去の西洋音楽メソードを模倣したに過ぎない、などという見解を持っている人が多い。だがそれはポピュラーミュージック中身を全く表面的な理解しかしていない見解である

確かにコード譜は「調整」ではある。但し西洋音楽の「調整」とは根本的に異なる。

それは西洋音楽の「調整」基本コンセプトである「和声」とコード譜は成り立ちもコンセプトも全く異なるということを抑えて行かねばならない

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