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2015年7月31日 (金)

2020年東京オリンピックのエンブレム盗作騒動ーはっきりいってこれはアウト!!

既にマスコミで報道もされているように2020年に開催される東京オリンピックのエンブレムについて、ベルギーのデザイナーが「自分のつくったロゴの盗作だ」と訴え、法的措置を取るという。

■「盗作だ」ベルギーのデザイナーが法的措置へ 2020年東京オリンピックのエンブレム
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/29/emblem-plagiarism_n_7900370.html

一応クリエーターの端くれとしていうと結果的にできあがった作品が「誰かに似てしまう」ことは決して珍しいことではない。私も全く盗作の意図はないにしても「誰々のあの曲に似ている」などと言われたことがあるし、またテレビやとあるアーチストの曲でも「自分の曲に似ている」などというケースもよくある。

音楽の盗作騒動の裁判では有名なところでは服部克久と小林亜星両氏による裁判の例があり、この裁判は小林氏の勝訴で終わったが、実際にはこういう盗作裁判で決着をつくことは寧ろ稀である。

では今回のケースはどうだろう? 「盗作された」と主張するベルギーのオリビエ・ドビ氏のリエージュ劇場のロゴと渦中の佐野研二郎氏の作品を比べてみよう

Ologomarks570

左がドビ氏、右が佐野氏の作品である。

結論から言おう。 盗作かどうか、という関係でいうとこの作品は明らかにアウトである

理由はドビ氏のTheartre(テアトル)のTと佐野氏の東京のTを見ればいい

Ologomarks
ドビ氏のTheartre(テアトル)のT

T_character2
佐野氏の東京のT

みればおわかりだと思うがTの文字(キャラクター)の形態、文字デザインが殆ど一致している。違いは赤文字のがあるかないか、のだけの違いである

これが例えばTの文字の上下の部分のいずれかがRがない(丸みをおびていない)別の形が付加されている、とか似たデザインでも細かいところが微妙に違っていれば「偶然似てしまった」で済むが、ここまで文字型、フォントが一致していると「盗作でない」と言い切るのは難しい

勿論偶然類似だけで著作権侵害にはなかなかならないのも事実だが、ドビ氏のデザインは劇場(Theatre)のTとリエージュ(Liege)のLをかたどってあの形になっているとすぐにわかるが、佐野氏の場合はTとどの文字をかたどってああなったのかはちょっと不明なところがある。東京オリンピックにLの文字なんかないし、偶然の一致にしてはできすぎな面はある。これは何らかの意図でこうなったと考える方が自然であろう

この佐野研二郎なる人物は博報堂デザインにいた人物らしくスマップの27時間テレビのポスターのデザインとかをやった人物らしいが、それにしては独創性、クリエイテイビテイの面でマークをつけざるを得ない。何よりも作品に新しさを感じない。デザインとしても申し訳ないがあまりセンスにいいものを感じない。

私自身はもう関わっていないが、J-popなどはパクリや盗作すれすれのことを日常的にやっているだけに余計にこういうことに関心がいってしまうが、そのJ-popですらあまりにロコツなパクりはあとで問題になる可能性があるので控える傾向がある。デイレクター連中は全員サラリーマンのため「問題になる」ようなことは起したくないためだ。

とはいえそういう作業が日常的に当たり前になっていくとだんだん、そういう配慮に対して鈍感にはなっていく可能性は小さくない。今回の盗作騒動にはそういった背景があるのではないか、という気がするのだ。佐野氏は博報堂や電通で仕事を今まで中心にやってきた経歴を見るとそう勘ぐってしまう。

実が変な話、企業の広告関係の担当者は最近の傾向として「斬新な表現」よりは「どこかで聴いた(見た)ことのある表現」の方を見せられて安心する、という傾向がある。タレント、俳優で「みんなが知っている有名人」の名前が入っていると企業の広報担当者が安心するのと同じだ。要は「斬新なことをする」ことでリスク、冒険を避けるという傾向が強いためであり、昨今の日本企業の風潮として「冒険、リスクを極力避ける」という傾向が年々強くなっているのは否定できない。

日本はそうやって長い間、企業の「無難、リスクのない」という名目で独創的なものを否定してきたような気がする。しかしそんな仕事ばかりしていると本当に日本は「クリエイテイブじゃない国」ということで世界中から軽蔑されてしまうのではないだろうか?


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