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2015年6月18日 (木)

ネットフリックスサービス導入発表といまだ開始のメドが立たないSpotifyとPandora それらストリーミングサービスがもたらすビジネス動向の予測と問題

このブログでも何回も論じているが音楽、映像コンテンツのビジネスモデルは今大きく変化しようとしている。具体的にはサブスクリブション(登録)による定額制のストリーミングが欧米では完全に「主流」になっているためである。

昨日も日本でフジテレビがNetflix(ネットフリックス)オリジナルコンテンツの制作、供給すると発表した。正確な日にちは発表されていないものの今年の秋からサービス開始だという。Netflix代表取締役社長グレッグ・ピーターズ氏は日本のアニメコンテンツの世界への配信に対して期待を表明している。

フジテレビ、ネットフリックスの波に「乗る」 『テラハ』新作などを先行配信
http://www.oricon.co.jp/news/2054431/full/?ref_cd=tw_pic

Netflixhuluなんかと違い最初からフリーミアム(導入時は無料サービス)ではない代わりに最初から4K以上の高画質サービスを開始している。尚、記事では「配信」という言葉を使っているが厳密には正しくない、ストリーミングという表現の方が適切である。

音楽では当ブログで何回も論じているPandoraSpotifyがいまだ一部のレコード会社の反対で日本国内でサービス開始をできないでいるが、同じくストリーミングサービスである。いずれもフリーミアム(導入時は無料)ではあるものの、一部マスコミが「無料サービス」と伝えているがそれは、オンラインゲームの時と同じで正しくない。特にモバイルだとPandoraSpotifyも無条件に有料となる。この手の情報は、特に「無料」という「ネット住民に都合のよい情報」は発信者と無関係にどんどん一人歩きしてしまうので注意が必要である。

このストリーミングサービスについてはマスコミは勿論、業界関係者の間でも誤解している人が多い。というのは音楽のストリーミング「音楽配信」は全然違う。後者は実際にダウンロードするものだが、ストリーミングにはダウンロードというプロセスはない。つまりファイルだろうがなんだろうがここにはユーザーがコンテンツをダウンロード=所有、していないのである。

ここの部分を意外にどのマスコミも書かないが、実は最も重要なところなのだ。。

ストリーミングサービスはつまり「配信」というよりは音楽の場合寧ろ「ラジオ」に近い。映像の場合はNetflixhuluも寧ろネット版有料ケーブルテレビ、という表現の方が正しい。

さて、このストリーミングサービスが主流になると、どうなるか? 先ほどのストリーミングによってコンテンツをダウンロード=所有していない、という点に注目して欲しい

私はこの点が特に大事だと書いた。その理由は何かというと

実は音楽配信がサービス開始した時も感じたのだが、アーチストのファンなどになったこともない輩や、音楽芸能のビジネスについてたいして理解していない輩が、海外の動向の情報だけをみて頭でっかち、かつ知ったかぶりで記事を書くパターンが本当に目立つ、

今回のストリーミングサービスについても全く同様だ。

基本的にこういう記者たちはある事実を完全に見逃している、もしくは最初から理解していない。

というのはアーチストのファンというのはアーチストの関連商品を所有したい、という欲求をもっているのである。

それは音楽配信が始まろうが、始まるまいが全く無関係である。

だから音楽配信やストリーミングサービスが始まったからCD等のパッケージはもはや無用の長物である、というステレオタイプな議論があたかも正論であるかのように広まっている。

あともう1つの問題としてバブル時代の時は顕著だったが、基本的に「ファンでもない人」がCD等を買う、ということが今まで行われていたりした。それは「みんなが買ってるから」「カラオケボックス」でよく歌われるから、という理由からである。

しかしデジタル時代に入れば例え1ダウンロード¥150でもそのアーチストに興味のない人はダウンロードしない。逆にそのアーチストの好きな人は¥3000のCDだろうが¥6000のDVDだろうが購入する。

つまりコンテンツの基本市場はニッチ市場に変化している。

このことに関しては以前書いたと思う。

音楽を「広く安く」売る時代は終わった。これからは「狭く高く売る」(ブランド化)時代に.
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2015/01/post-5b9d.html

音楽配信やストリーミングだろうが「主流」に見えるものは実は単にニッチな市場に呼び込むための「宣伝」に過ぎない。ここを理解していない人間が多すぎる。

これ、考えようによっては「宣伝」をお金もらってしてもらうと思えばNetflixhuluもコンテンツホルダーにとって悪い話ではないはずだ。当然のことながらストリーミングサービスなのだから違法ダウンロードなど不可能である。

Netflixhuluも同様である。ネットにストリーミング方式のWOWOWができると思えばいい。

これだけ書くと一見すごくいい話のように思えるが問題がないわけではない。

このサービス主流だと、コンテンツを楽しむ人たちには2つの図式しかなくなってしまう

いわゆる「流行もの」メジャーもの   →  ストリーミング

ニッチ(特定のアーチストのファン等) →  パッケージ、グッズ等の購入層

つまり市場が両極化する、ということだ

両極化するということはどういうことか。わかりやすくするために極端な例を示そう

映画でいえば

1.制作予算も宣伝にもお金をかけるハリウッド大作しか興味ない層(実際社会のかなりの層を占める)

それと

2・自主、もしくは低予算だがハリウッド映画とは違った味の作品(マイナーともいえる)、芸術的な映画作品を愛する層

両極端しか存在しなくなる

つまり中間がない、のである。

実は中間がないというのは文化の発展にとってよいことではない。なぜならこの中間にサブカルチャーという次の時代の文化の温床となるものがあるからである。

今は誰でも知っているスターウオーズだって一番最初の「エピソード4-大いなる希望」が公開されていた当時はマイナーなサブカルチャー映画に過ぎなかった。今や大メジャーのハリウッド大作となったが..

つまりこのままいけば次の時代のサブカルチャー的な温床が消えてしまう可能性がある。それはそれで大きな問題であると考える

そのための解決策、になるかどうかはわからないが1つ可能性がある方法がある。

それは別記事にて書きます。


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