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2015年6月22日 (月)

米ストリーミング事情急変!!デジタルのビジネスモデルに黄信号!! Apple Music やSpotifyで有力アーチストが次々と撤退!!

先日の記事でストリーミングによるビジネスモデルについて論じたばかりなのですが、少なくとも音楽のストリーミングによるビジネスモデルに関しては当初伝えられたような状況ではなく、危機的な状態になっています。

というのもテイラースイフトを始めとする有力アーチストが次々と撤退しているからです。

■Apple Musicからテイラー・スウィフトがアルバム引き上げ 「アーティストに3カ月支払いなし」に抗議
https://gunosy.com/g/abSLW

スウィフトは、「Appleはずっと、そしてこれからも、私の音楽販売とファンとのつながりを作ってくれる最高のパートナーの1社であるはずなので、今回 の決断について説明する必要があると思います。私は同社を尊敬しています」としつつも、3カ月アーティストに支払わないことについて「ショッキングでがっ かりし、これまで革新的で寛容だった同社らしくないことだと感じ」たという。

問題はテイラースイフトだけでなくインデイーズアーチストも続々撤退をし始めているそうです。私はストリーミングは配信よりも「ラジオに近い」と先日の記事で書いたがインデイース系が次々と撤退しているということは「宣伝効果」も期待したほどではなかったということになります。

■Apple Musicからアーチストが続々撤退デジタル音楽事情暗雲:Apple Facing ‘Massive Withdrawal’ from Independent Artists, Label"
http://www.digitalmusicnews.com/permalink/2015/06/15/breaking-apple-facing-massive-withdrawa

そして何よりも撤退が相次いているのはApple Musicだけではありません。まだ日本ではサービス開始のメドすら立っていないSpotifyもアーチストが続々と撤退を始めています。テイラースイフトやradioheadだけでなく200以上のレーベルが撤退を開始しています

■200+ labels withdraw their music from Spotify: are its fortunes unravelling?
http://www.wired.co.uk/news/archive/2011-11/17/labels-withdrawing-from-spotify;

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アーチスト、ミュージシャンが政治批判するのは「はしたない」という社会的雰囲気について

今日は久々に吠えさせてもらう

私は本業は音楽家だが、ここ数年政治に関してブログに書いている。別に書きたくて書いているわけではない。政治の状況が「書かざるを得ない」状態にしているのだ。

だがそれに対して私の周囲でも「あまり望ましくない」といった目で見る人間が実は少なくないことを感じているし実際ある人からも忠告されたことがある。実際芸能人やアーチストがそのような発言を行うと、その辺のおバカなネトウヨだけならまだしも、一般の人ですらひいてしまう雰囲気がこの日本には確実にある。

だがあえてここでいわせてもらう。

音楽家が政治批判してどこが悪いのだ?

なぜそれをハシタナイ、などと思うのだ? 私には全くそれが理解できない

寧ろそういう雰囲気こそ危険ではないのか? 

今政治に無関心な人間でも、今安部政権が何をやろうとしているか小耳くらいにははさんでいるだろう?安部政権は戦争のできる国づくりをめざして、今国会では強引に安保法制を成立させようとしている。

明らかに違憲の法案を与党でまさに強行採決するという暴挙を決行しようとしている

それに対してなぜ異を唱えてはいけないのだ? ここで異を唱えずに黙っている方がよっぽど危険だとは思わないのか? あなたの子供、兄弟、親戚が本当に戦地に行かされるということが現実になりつつあるのだ。それに対して黙って見ていろというのか?

ミュージシャンがアンチテーゼを叫ばなくなって久しい。
なんの為に発言力の強い立場になったのか。それはおそらく周囲がそういった行為はハシタナイ、などといって止めた可能性がある。

紅白で政権を揶揄するパフォーマンスを見せた桑田佳祐、ラジオで「安倍はバカ」発言をした爆笑問題の太田光、作家では『宰相A』 (新潮社)で積極的平和主義の本質を暴露した田中慎弥、「戦前、戦中のような時代がやってくる」と警告を発した中村文則、さらには「安倍首相の右翼的な動 きが恐ろしい」と発言した蛭子能収等

ネトウヨを中心とした匿名の自分の意見に何も責任持たない連中がたくさん叩いて腰砕けにはなったが、寧ろこういう発言が出てくることこそが民主主義社会で必要なことなのだ。それを理解できない人がネトウヨという愚か者連中だけでなく一般の人の中にも浸透していることが私は恐ろしい。つまり面倒くさいこと、難しいことは考えたくないという思考停止の風潮だ、

ゴッチことアジカン後藤がとても真摯に真剣に自説を冷静に伝えている。自分の言動がけっして小さくはない事を知っていての今回の発言だ。ある意味ミュージシャン生命掛けての事だと思う。こういうミュージシャンにどんどん出てきてほしい

■アジカン後藤が「どうやって早く安倍政権を終わらせるかを考えている」と…桑田圭祐とは違う本気度
http://blogs.yahoo.co.jp/honjyofag/65685724.html

私はたいして影響力がある人間ではないが、大学の先輩であるにも関わらず安部政権を本気で倒そうと考えている。倒さないとこの国は本当に取り返しのつかないことになる。

音楽家が何か言っても世の中なんか動かせるわけない。

そう思っているあなたはこの例をあげればそれは単なる先入観、思い込みであることはわかるはずだ。

音楽に詳しくない人でもこの曲は知っているだろう。

この曲が世界の反戦運動にどれだけ影響を与えたかは今更いうまでもないだろう

あとこの例も挙げたい。産経新聞が元安部政権の閣僚の曽野綾子のアパルトヘイド容認発言を掲載したが、ピーターガブリエルはネルソンマンデラを国際的圧力のもと釈放させ、そのアパルトヘイドの廃止につながる曲を発表した。

サラリーマン化し上司や政府のいうことに盲目的に従うように訓練された多くの日本人はこういう人前での発言に対していつのまにか抵抗感を感じるようになったのかもしれない。思考停止のクセをつけさせられたのかもしれない。

しかしそれじゃ日本全国全てブラック企業のようである。

安部晋三は元々日本を戦前の秩序に戻そうという信念を持っていた。これは嘘ではない。本気でそう考えている。だから危険なのだ。

このまま声もあげず何もしなかったら、確実に政府を批判しただけで公安に逮捕される、などということが日常化する社会になり、あなたの子供や兄弟や親戚が戦場で死んでいく社会になる。これは脅しではない。このままだと本当にそういう社会になる。

それを止められるのは今しかないのだ

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2015年6月19日 (金)

作曲家と映画監督のコラボレーションという映画音楽のありかたについて

先日のShort Short Film Festival & Asiaでの拙映画音楽の短編映画「この坂道」の上映会はいずれも超満員でした。千原ジュニアの作品と同じグループの影響もあったのでしょうが、本当にたくさんの方に見ていただきました。ありがとうございました。

何度も書きますがこのShort Short Film Festival & Asiaでの入選は本当に予想もしなかった大成果で、この作品に関われてよかったと思います。先日もこのブログ記事に書きましたがこれで映画音楽作家としては「第二段階」-次のステップに本格的に向かうことになります。今までは順調でしたが今度はいばらの道が待っていることでしょう。

「この坂道」の映画音楽制作は実はかなりの難産でした。作業も本来ありえない作業もあったりしたのですが、非常に充実したものでした。それは監督が最初から私との「コラボレーション」という意識で取り組んでいただいたことで、音楽制作にかなりのモーテイベーシヨンがわいた、という点でした。映画のタイトルバックの最初の音楽については「長調でも、短調でもない曲」とオーダーされ、結局現状のミニマル調(モード、ですね)の音楽になりましたし、クライマックスの抱擁のシーンでは何回音楽を変えたか覚えてないくらいです。

しかし結果的にその「コラボレーション」による試行錯誤がこの映画をよくしたことに疑いの余地はありません。「この坂道」がShort Short Film Festival & Asia入選まで行ったのはこのプロセスがよい作用をしたと思っています。

ちょうどその折、こういう記事を見かけました。見事カンヌ映画祭入選を果たした是枝裕和監督の「海街diary」に関する記事です。

■[海街diary]是枝裕和監督と音楽の菅野よう子に聞く コラボレートのきっかけは二女役の長澤まさみ
http://news.mynavi.jp/news/2015/06/14/147/

映画音楽を単なるBGM という捉え方しかしないのか、そうではなく映画監督と作曲家の「コラボレーション」としてとらえるのか、で出来上がる映画のクオリティーは天と地くらいに違うと思います。

殆どの映画監督は「音楽は重要だ」とおっしゃいますがこのレベルまで考えてくれる監督はまだそれ程多くない印象があります。

今回の短編映画「この坂道」の成功(といっていいと思います。短編の最高峰Short Short Film Festival & Asia に入選しましたので)をきっかけによりいい映画を作るという意味でも作曲家である私と映画監督との「コラボレーション」という姿勢で取り組みたいと考えております。

 

映画と音楽のコラボレーションをお考えの映画監督の皆さん。いつでもご相談承りますので(^_^)

お気軽にご相談下さい

大野恭史公式サイト

http://http://www.kyojiohno.com

音楽制作会社ハイブリッドミュージック

http://http://www.hybridmusic.jp

お問い合わせはこちら

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2015年6月18日 (木)

クラウドファンデイングの文化における可能性ークラウドファンディングの先進国アメリカでの失敗例に学ぶ

前の記事でストリーミングサービスがコンテンツ販売の「主力」となった場合コンテンツ市場はいわゆる大メジャーニッチかの両極端しか存在しなくなる。と書いた

つまり市場的に中間がない、状態になりそれが文化の発展にとって望ましいことではない旨を書いた。これはこの中間が次の時代のサブカルチャー的な温床になり、文化の発展事態を阻害してしまう危険性があるからである。

そういう事態を避ける意味でもこういう大メジャーマイナーなニッチか、という両極端の選択ではなく、それ以外の第三の道を温存する方法を模索する必要がある。

そしてその解決策になるかどうかはわからないが、1つの可能性としてクラウドファンディングがあるのではないか、とだいぶ前から言われてきた。

私もこのクラウドファンディングはこれからのコンテンツ制作にとって重要なメソードになり得ると考える。なぜならこのクラウドファンディングは以下のメリットがあると考えられるからである。

(1)  制作の際に特定の製作会社や事務所の意向に左右されない

当たり前だが金を出すところは口も出す。アーチストが自分の作りたい作品を適切な予算で制作したい場合は、特定の製作会社や事務所が資金を提供する場合は、アーチストが思い通りの作品を作るのはほぼ不可能である(下手すりゃ金出さないくせに口は出すところすらある)

(2)  特定の個人や事務所の影響力とは無縁である。

芸能界によくある話だが、資金やその関係の事務所の意向や影響力を出資額に応じて受けることがよくある。しかし クラウドファンディングは大勢の人間の出資、不特定多数の出資であるため、そのような「事務所の力関係」とは無縁になる。これは制作する上で極めてやりやすいことである。

(3)  出資者が潜在的なファン、顧客になりうる。

クラウドファンディングで資金募集する主旨に賛同し、そのアーチストやクリエーターを支持した上で出資するわけだから、クラウドファンディングによる特典を出資者に与えたにしろ、その出資者が潜在的なファン、コンテンツの顧客になる可能性がある。

これだけメリットや可能性があるクラウドファンディングだが、成功例もないわけではないが、失敗例も多い。それはクラウドファンディングでは先進国のアメリカでも同様である。

Music submit の関連記事でこういう記事をみつけた。英語なのでとっつきにくいかもしれないがかなり重要なポイントが書いてあるので、翻訳がてらここに紹介する。

5 Reasons Why You Didn't Reach Your Crowdfunding Goal
【クラウドファンデイングの目標額を達成できなかった5つの原因)
http://blog.sonicbids.com/5-reasons-why-you-didnt-reach-your-crowdfunding-goal

クラウドファンデイングキャンペーンで目標の金額を達成できなかった時のショックは大きい。しかしだからといってあなたが魅力のないアーチストというわけではないーしかしクラウドファンデイングキャンペーンやりかたに問題があった可能性がある。このクラウドファンディングは比較的最近に生まれたメソードだけにまだこの方法論についてははっきりよくわかっていないところがある。最近その中でうまくいった例といかなかった例を照らし合わせて、なぜ失敗したのか、その理由が少しずつ明らかになってきている。

あなたのクラウドファンデイングキャンペーンがうまくいかなかった原因には以下の原因が考えられる 

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ネットフリックスサービス導入発表といまだ開始のメドが立たないSpotifyとPandora それらストリーミングサービスがもたらすビジネス動向の予測と問題

このブログでも何回も論じているが音楽、映像コンテンツのビジネスモデルは今大きく変化しようとしている。具体的にはサブスクリブション(登録)による定額制のストリーミングが欧米では完全に「主流」になっているためである。

昨日も日本でフジテレビがNetflix(ネットフリックス)オリジナルコンテンツの制作、供給すると発表した。正確な日にちは発表されていないものの今年の秋からサービス開始だという。Netflix代表取締役社長グレッグ・ピーターズ氏は日本のアニメコンテンツの世界への配信に対して期待を表明している。

フジテレビ、ネットフリックスの波に「乗る」 『テラハ』新作などを先行配信
http://www.oricon.co.jp/news/2054431/full/?ref_cd=tw_pic

Netflixhuluなんかと違い最初からフリーミアム(導入時は無料サービス)ではない代わりに最初から4K以上の高画質サービスを開始している。尚、記事では「配信」という言葉を使っているが厳密には正しくない、ストリーミングという表現の方が適切である。

音楽では当ブログで何回も論じているPandoraSpotifyがいまだ一部のレコード会社の反対で日本国内でサービス開始をできないでいるが、同じくストリーミングサービスである。いずれもフリーミアム(導入時は無料)ではあるものの、一部マスコミが「無料サービス」と伝えているがそれは、オンラインゲームの時と同じで正しくない。特にモバイルだとPandoraSpotifyも無条件に有料となる。この手の情報は、特に「無料」という「ネット住民に都合のよい情報」は発信者と無関係にどんどん一人歩きしてしまうので注意が必要である。

このストリーミングサービスについてはマスコミは勿論、業界関係者の間でも誤解している人が多い。というのは音楽のストリーミング「音楽配信」は全然違う。後者は実際にダウンロードするものだが、ストリーミングにはダウンロードというプロセスはない。つまりファイルだろうがなんだろうがここにはユーザーがコンテンツをダウンロード=所有、していないのである。

ここの部分を意外にどのマスコミも書かないが、実は最も重要なところなのだ。。

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2015年6月14日 (日)

Short Short Film Festival & Asia以後の私の映画音楽作家の生き方について

既に記事を何回か書いているように今回の短編映画「この坂道」(宮本ともこ監督)のShort Short Film Festival & Asia入選は私にとっても大きな意味を持っている。

映画音楽作家として本格的に生きていくことを決心したのは今から5年前ーその前にいくつかの映画、ゲーム等で音楽を作ったことはあるものの、5年前に本腰を入れてから劇場公開映画や多くの映画の多くのDVDの全国発売、多くの映画祭での入選、上映等、大きな成果を収めることができた。これは素晴らしい仲間に出会える幸運に恵まれたためで、そのことに関してはただただ感謝の思いしかない。その意味では私は非常にラッキーだったと思っている。

しかしプロフェッショナルである以上、たえず上を目指さなくてはいけない。

なぜなら満足してしまえば、そこで終わってしまうから

しかしこれ以上のレベルに自分をさらにあげるのは今まで以上に困難で難しいものになるだろう。本当のハードルはこれからやってくるのかもしれない。今までのように順調というわけにはないだろう。

既にそのために水面下ではいろいろと仕掛けてはいる。どれが身を結ぶかはわからないけれど

あとはっきりいえるのはこれから短編に関わる機会は減っていくだろうな、ということだ。

勿論私は仕事として主に東映さんの教育映画の音楽とか、普段頻繁に映画の仕事をする監督との「お付き合い」的な作品とかが、あるのでそういうのは例外だ。それは仕事関係だし、仕事は大事だからね。それはこれからもやっていく。

だけど映画祭提出目的での短編制作に関わるのは、よほど「すごい!!」と思える作品でないとやらないだろうな。今回のSSFFで賞を狙える作品とか、三大映画祭に入選→入賞する可能性の高い作品とか...   だがどこかのレ〇ー〇大賞のように特定の事務所やレコード会社の圧力によって決まる賞などは、世界のトップクラスの映画祭にはない。賞など狙って取れるものではないのだ、そんな甘いものではない。だからあとは私の勘に頼るしかない。

来年の今頃、自分はさらに映画音楽のプロとしてランクアップした存在になっているだろうか? そうなって欲しい、いやそうなってなければならない、と思いながら仕事をしていくしかないだろう。

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2015年6月13日 (土)

拙映画音楽作品「この坂道」国内最高峰の短編映画祭ーShort Short Film Festival & Asia にて上映!!

昨日ですが拙映画音楽「この坂道」Short Short Film Festival & Asia2015で上映されました。

Ssff0

短編の映画祭では日本では最高峰、「映画芸術科学アカデミ 公認の映画祭」でこれより上のレベルの映画祭となるとカンヌ、ベネチア、ベルリン といったいわゆる三大映画祭しかありません。だからこそ今回のこのSSFFに入選するなどとは思っていませんでしたし、初監督作品ながら国内最高峰映画祭に入選した「この坂道」の宮本ともこ監督はまさに快挙といっていいかもしれません。

審査員の顔ぶれ、

Ssff01

審査の結果は15日にわかります。

まかり間違えてグランプリ取っちゃいましたらオスカーノミネート候補になってしまうんですが、まあそれはないでしょう(笑) しかし仮に受賞しなくても作品はアメリカのア カデミー関係者、映画業界関係者に見られるわけでこの意味は大きいです。

満員の会場で上映が開始されました。
この短編映画自体はもう小さな映画祭を含め何回見たか記憶にないくらいなのですが、今回はSSFFの規定に基づき本来は30分の映画を25分に短縮、-再編集してでの上映です。

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2015年6月 8日 (月)

トニー賞2015年を見て

「王様と私」で日本人として初めてトニー賞のノミネートを受けた渡辺謙で注目された今年のトニー賞

オスカーとかグラミーは毎年見るけどトニー賞を見るのは実は初めて。

舞台演劇、ミュージカルの最高賞で基本的にブロードウエイの劇場で公演が行われている演劇とミュージカルが対象の賞。 オスカーが基本的にハリウッド、ロサンジェレスでの劇場公開されている作品を対象にしているのと同じでいずれもアメリカの賞ではあるが、エンタテインメントの最高峰の賞であることに変わりはない。

ベストリバイバルミュージカル「王様と私」が選ばれたので渡辺謙の受賞に期待がもたれたが結局、残念ながら受賞ならず。しかし日本人としてここまで来たという実績を作った渡辺謙には最大限の敬意と賛辞を送りたい。

私は見ていないのでどんなミュージカルなのかわからないが、Fun Homeがベストミュージカルを初め主要4部門を受賞している。「王様と私」も四部門受賞【リバイバル賞、主演女優賞、助演女優賞、衣装賞)

トニー賞の詳細は英語だけどこちらをご覧ください。

http://www.tonyawards.com/en_US/nominees/index.html

初めてトニー賞授賞式を見た感想は、やはりミュージカルならではの各俳優さん、女優さんのパフォーマンスも楽しめるし、いろんなミュージカルの「オイシイ所」が楽しめるのでそれだけでも楽しい。

だが、見ながら思ったのはやはりこのトニー賞もオスカーやグラミーと同様の共通点が見られた点だ、

1.第一は過去の文化遺産をとても大事にして、それらを尊重している点である。それらを文化として尊重し、それらから多くを学んでから、新しいものを創造していく。これはクリエイテイビテイの基本である。

ところが当ブログで何回も指摘しているようにそこの部分を勘違いしている輩が日本には多い。よく「過去を知るかどうかは新しいものを生み出せるかどうかには関係ない。むしろ過去にとらわれないことが新しいものを生む可能性がある」という主張をしている連中、

こういうのはとりわけJ-pop系に多い

しかしこういう奴らの作品を聴いて「ものすごい作品」に出会った記憶は少なくとも私はない。どれも「何々風をぱくる」ものだったり、面白くもおかしくもない、創造性の欠片も見られない作品ばかりである。 

そこには文化などない。芸術なんていうのもおこがましい。
日本の音楽文化のレベルの低さがそういうところにも見られる。

2.第二は受賞作品は純粋に投票によって決められるということ。

賞の権威を保つためにはそれが絶対に必要なこと。本来は当たり前なのだが当たり前じゃないのが日本である。(涙) 日本の〇コード●賞とか有◎大賞等が舞台裏どうなっているかは今更ここで述べるまでもない

アメリカという国そのものについてはいろんな問題はあるが、エンタテインメントに関してはまだ健全に機能している。そして競争はとてつもなく激しいが努力した人間は評価される、

それが本来のあるべき姿である。

ちなみに私はとある映画で「ミュージカル(のまねごと)風の映画」をやったことはあるが、まだ本格的に舞台やミュージカルの音楽を書いた経験はない。ブロードウエイは「ブロードウエイの作り方」というのがあり、それを身に付けなければならないが、機会があればやってみたいものだ。


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2015年6月 7日 (日)

日本で知名度が高くない世界三大ピアノブランドの1つベヒシュタインとその原因

ピアノにそれほど詳しくない人でも「世界最高のピアノ」といわれたら「スタインウエイ」という名前くらいは聞いたことがあるでしょう。

あとちょっと詳しい人ならオーストリアの「ベーゼンドルファー」(現在はYAMAHA傘下)もご存じの方もいるかもしれません。

しかし「ベヒシュタイン」と聞いて、それが世界三大ピアノの1つだと答えられる人は日本ではまだそんなに多くはない印象があります。

Bechstein_salon01

「ベヒシュタイン」を愛用しているアーチストは結構多いです。ジャズではチックコリアがそうですし、クラシックではフジコヘミングが愛用しています。しかしそれでも知名度では他の2機種に一歩も二歩も譲ってしまいます。

なぜこうなったのでしょうか?

実は日本では殆ど知られていませんが、第二次大戦前はヨーロッパではこの「ベヒシュタイン」が圧倒的なシェアを持っていました。リストを始めとする現在名を残している多くの大作曲家が愛用し、まさにこの世の春を謳歌していました。

しかしそのことがこの「ベヒシュタイン」にとってかえって不幸の源になってしまいました。

最大の原因はこの「ベヒシュタイン」はドイツ製のピアノであったことでした。

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2015年6月 5日 (金)

拙映画音楽作品「この坂道」入選のShort Short Film Festival & Asia 開幕!! オープニングセレモニーに行ってきました。

拙映画音楽作品「この坂道」が入選したShort Short Film Festival & Asiaが本日開幕しました。

実は今日のオープニングセレモニー、行く予定ではありませんでした。しかし前の打ち合わせが予想以上に早く終わったこと、次に顔出すことろがオープニングセレモニーが行われた表参道ヒルズからよく考えれば非常に近かったこともあり、急きょ参加することにしました。

Ssff_ceremony00

このShort Short Film Festival & Asia、ただの短編映画祭ではないことはオープニングセレモニーでのこの顔ぶれをみればわかると思います。

Ssff_ceremony03

鉄拳、MayJ .斎藤工、鶴田真由  堀潤m、司会は別所哲也とLiLiCo

セレモニーの冒頭はなぜかライトセーバー(笑) ルーカスから実際送られてきたそうです。

Ssff_ceremony01

正直いってまさかこの映画祭で上映されることになるとは思いませんでした。まあ半分冗談(半分本気でしたけど)でダメ元で出してみたら、と監督に云ったよ うな気はするんだけどまさか本当にこの映画祭で上映されることになるとは。まあ間違ってもグランプリ受賞はしないと思うんですが(笑)、私はこの映画祭の入選だけでこの作品は大 成功だったと思っています。なぜならこの映画祭は上記のオープニングセレモニーの出席者の顔ぶれを見てもわかるように普通の映画祭ではないからです。

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2015年6月 2日 (火)

コンテンツ制作に「正当な」費用を払おうとしない人たち、コンテンツ制作は簡単にできると思っている人たち

実は最近、もう1つ気になっていることがある。

私は昨今の風潮から低バジェット(予算)の仕事をするには慣れているが、最近その低バジェットが限度を超えているレベルのものがある。
いくら低バジェットとはいえ、クオリティを保つのに最低限必要な金額というものがある。つまり低バジェットといっても、まともなクオリティを保つのは不可能なバジェット金額というものがある。

だが最近時々そういう「限度を超えた」バジェットで映画なり、音楽を作ろうとしている人たちがいる。しかもそれで「まともな」クオリティになると本気で考えているようなのだ。

それだけではない、そういう人たちの制作スケジュールを見るとほぼ例外なくメチャクチャなスケジュールを組んでいる。例えば映画制作でまだ予算確定もしないうちから撮影日程だけどんどん決定して行って、しかもまだクランクアップ(撮影終了)もしていない時に映画祭提出のスケジュールまで組んでいる。しかもその途中にまだ最初の映画もできていないうちから「次の映画の撮影日程」まで決める(!!!)」

ありえないだろう? 普通そんなこと?

どうも映画にしても何かホームビデオの撮影のノリでできる、音楽にしてもカラオケボックスで歌う感覚で音楽ができる、

そう考えているとしか思えない人たちがいる。

それが映画とか音楽とか全く関係のないズブのシロウトがやっているのならまだわかる。(それでもそういう認識の人たちは困るけど)

信じられないかもしれないが上記のメチャクチャな計画とバジェットで制作進行しようとしているのは、本来我々制作の世界に近いと思われる芸能事務所なり、モデル事務所だったりする。新規事業と称してそういったところが制作を始めているのだがそれが実にお粗末な実態で進行しているところが少なくない

自分たちの所属女優なり、モデルが撮影現場やスタジオでどれだけ制作現場が大変なものなのか、見ているはずである。
なのに誰が考えてもシロウト以下の考えで制作進行しようとしているところが少なくない。

まず第一に思うのは我々の制作の仕事はそんなに第三者からみて「簡単に」見えてしまうのだろうか?そんなに「誰でもできそうな仕事」に見えるのだろうか?

第二に音楽でも映像でもコンテンツ制作はタダでできるはずなどない。ITやコンピューターのソフトウエアまではいかないが、正当な予算は必要なのである。例えばITのシステム維持のソフトには数千万払う会社がなぜ音楽や映像を二束三文で作ろう、などという発想をするのだろうか?

何度もこのブログで論じているが、今この国は「クールジャパン」なる日本のアニメやゲームのコンテンツを初め、日本の文化を世界に売り込もうとするプロジェクトを経産省の旗振り役で押し進めようとしている。当然そのコンテンツはクリエーターによって創造されたものである。

だが上記の2点のような考えで、100円ショップの価格でコンテンツを作ろうなどと考えている会社にはクリエーターを尊重したり、敬意を示す態度は微塵も感じない。それどころかまともなクオリティで制作するのは不可能なスケジュールとバジェットでいいものができる、などともし本気で考えているとしたらそれは世の中で制作に従事しているスタッフ全員への侮辱に近い。
(そもそも100円ショップの商品程度の予算と工程しか組まない作品が映画祭で受賞どころか入選する作品という「宝石」に変わる、などと本気で考えているとしたらバカとしかいいようがない)

つまりコンテンツやクリエーターの仕事の価値など到底理解しているとは思えない。そのような国の人間が自分たちの国のコンテンツなどをまともに売れるわけなどないのである。

どこかの某有名IT企業のようにクリエーターにボランテイアを強制してギャラを支払わない、などというのは言語道断だが、同じようにコンテンツ制作関係者や専門家を愚弄しているとしか思えない会社ももってのほかである。

いずれの場合も3流以下の会社だ。そういうところとは仕事をしてはいけない。

ここで云う一流とは必ずしも「有名な企業」とか「有名人」という意味ではない。某有名IT企業のように誰でも知っている企業でも体質は3流以下の会社などいくらでもある。

問題は仕事の進め方が一流かどうか、だ。いわゆる有名企業や有名芸能人でなくても仕事ぶりが超一流の人はいっぱいいる。長年制作現場にいたので仕事の進め方が一流かそうでないかは見ていてわかる。

私はそういう人や会社としか仕事をしたくない。


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2015年6月 1日 (月)

最近のコンテンツ制作業界の厳しい環境の影響?好ましからざる傾向が

実はここ数か月、知り合い、友人レベルからおかしな勧誘を受けている。

「副業」だ。

音楽業界がもはや業界の体をなしていないことは既に当ブログで何回も述べているが、音楽業界だけではない。テレビを始めとする映像業界も同様

そのせいか最近は本業以外に走る人が増えているようで、私もその関係で勧誘を受ける。

その中の1つはこともあろうにMLM!! だったりする。

まあMLM=詐欺、という短絡的に決めつけるほど無知ではないが、ネズミ講と違うのは商品が存在するのだが基本的なシステムは同じである。
しかもこのMLMは登録料と称する入会金がどう考えてもこんなに必要になるはずがないほど高いし、その説明会も明らかにサクラがいてあのテレビ通販のCMよろしく「白々しい感嘆の声」とかあげているので、個人的には吹き出しそうになった。今時そんなのに騙される奴がいるんかい?

ネズミ講は早く始めた人間のみがもうかるが、MLMはそうではない。という人がいる。理論的にはそうかもしれないが、実質的にはMLMも遅く始めた方が不利なのは同じである。何よりもこれ始めたら間違いなく友達を減らす覚悟がいるが、これからライブ活動とか本格化しようとしている矢先にそんなリスクの高いことなどやっていられない。

いずれにせよ何か新規の案件の打ち合わせと思いきや、とんだことにつきあわされたもんである。

もう1つの件はこれより遙かにマシなとある機材の代理店の話だが複数の専門家に意見を聞いてみたが成功の確率は低いとみてやめた。

要は「本業がもうからなくなった」ということでこの手の話が降ってわいたように来るのだが、ずーっと前に音楽や芸能界で異常に流行ったアムウエイの販売の機運を思い出す。あの時だって成功した人間はほんの一握りだ。

だがこの傾向は昨今のコンテンツの制作市場がいかに深刻な状況であるか、を表している。
企画もなかなか通らないし、通っても予算カットで利益も殆ど出ない状況。それは日常的な業務に関わっている私としてもわかっている。

私が当ブログで再三再四、従来の仕事の流れや形にもはやこだわっていては生き残ってはいけない、というのはまさにそこである。制作のビジネスモデルを変えて行かざるを得ないのだ。

また確かに今年は状況はかなり厳しいのを感じている。あの2002年にレコード会社が育英金の大半をストップした時に音楽事務所がバタバタつぶれたが、今年は同じような状況になるかもしれない。だから我々音楽制作に携わるものが大手事務所に頼っていてはダメなのだ。

音楽制作以外の「副業」を全面否定するわけではない。私もある意味それに近いことをやろうとしていた。

だが同時に自分に向いていないこと、自分の知らない分野に安易に入り込んでも決していい結果は得られない、ということも実感した。だからコンテンツ制作がダメだから「副業しよう」というのはやはり安易だ。(勿論結果的には「副業」が向いていた人もいるのだが)

現在の状況は確かに厳しいがそこはやはり知恵を絞って、しかも積極的に何かを仕掛けていくという大胆な姿勢が必要であろう。

一番よくないことは何か? 何の手もうたず何もしないこと、である。
この状況ではそれは自殺行為だ、


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