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2015年3月30日 (月)

日米で活躍する光武蔵人監督にお会いしました。

私は時々ブログにてソーシャルネットの問題点などを論じたりはしているが、それを抜きに論じるとソーシャルネットによって多大な恩恵を受けた人間の一人であることは事実である。

元々持っている人脈は音楽を職業にしている人間にしては貧弱だった。仕事を依頼される会社も今思えばよくそんなに少なくてやっていけたと思うほど非常に限られていた。

しかしfacebookを始めとするソーシャルネットはそれを補って余りある人脈をつなげてくれた。確かにソーシャルネットは使い方を誤ると望ましくない人物とつながることもあるが、そこの部分さえ気を付け訳のわからないIT記事に安易に煽動されることを避ければ有効なツールであることは事実である。

そして本日もその出会いに感謝する日となった。

映画監督に光武蔵人(みつたけ くらんど)というアメリカ LA(ロサンジェレス)を中心に活動している監督ー作品にサムライ・アベンジャー/復讐剣 盲狼女体銃 ガン・ウーマン等の作品を発表した映画監督で日本とアメリカ両方をまたにかけて活躍している方である。

元々全然無関係のアメリカ人の知人でのスレッド(当然英語)を通じてfacebookでつながったのだけれど、SNSでいろいろやりとりをしているうちにかなり話が合いそうな気がしていた。かねがねお会いしたかったんだがようやく実現した。

今回の一時帰国で次回作も決定されたとのことなのだが、実際にお話しをして映画音楽に対する考え方にかなり接点を感じた。実は意外にこういうことって少ないのである。

Mitsutake

監督との記念写真 新宿にて

これを機会に音楽の方で作品のお手伝いができれいいと思う、一日も早く仕事でごいっしょできる日が来ることを願うものである。


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2015年3月28日 (土)

いまだに頻発!? プロへのボランテイア強制やタダで依頼するケース

当ブログでも以下の記事を書いていまだにアクセスが多いのだが

プロ、クリエーターに無償(ギャラなし)で仕事依頼する風潮について
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/06/post-2ea1.html

「ボランテイア演奏」に関する勘違いと音楽家やクリエーターを人間扱いしていないこの国の風潮
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/08/post-4eac.html

どうもいまだにこういうケースが頻発しているらしい。ネットでは一番こういうことを理解してほしい人にこの記事のメッセージが届いていないようである。

先日も私には珍しくfacebookの公開記事としてtwitterにも流したのだが私のFB友人以外の人数百人という驚くべき数の人がこの記事に「イイネ!」をしていた。

プロに無報酬で仕事を依頼してはならない。
当たり前の話なのだが、こういうことを書くと反発をする輩が後を断たないのはなぜだろうか?それは以下のことが理解できないからだろうと思われる。「正当な報酬」を支払わずにプロに仕事を依頼して反発を招く人のパターン

(1)「プロにタダで仕事を依頼する場合、お金以上に価値あるものを支払わなければ、それはプロに対する侮辱or搾取である」ということを理解していない。


(2)「プロにとってお金以上に価値あるもの」を支払っていると依頼者は思っているが、プロにはそれほどの価値があるとは思えない「報酬」でしかない。


(3)友人・肉親・恋人に対して「甘え」がある。


(4)ボランティアをしたいプロもいるだろうから、と、プロに依頼してしまう。プロの方から申し出ればそれは「ボランティア」だが
プロに依頼している時点でそれは「ボランティア」ではない、ということを理解していない。

■プロにタダで仕事を依頼するために必要な条件
http://fromdusktildawn.hatenablog.com/entry/2014/06/16/151723

実際いまだにこういう内容のことを書くとネットでは反発を食らうらしい。そして当たり前のようにプロフェッショナルに対して「タダで」依頼するケースがどうも後を断たないようである。それにしてもこういう当たり前のことをネットでいうと批判されるというのは何なんだろうか?特に「ボランテイア」は自主的な意図でやる場合にのみ「ボランテイア」として成立するのであって、他人から決して強制されるべきものではないという当たり前のことが理解できない人間が多すぎる。(実際「ボランテイア」を断って人でなしよばわりされたことが何回かある。)それだけ「ボランテイア」活動というものをきちんと理解していない人間が日本では多すぎるというこだろうが、何よりもこういう話が肝心の仕事を依頼しようとする人間の間に十分に行き渡っていないため、こういうケースが後を断たないのであろう。

プロフェッショナルな仕事に対する敬意、というものがない社会に未来はない。そして正当な報酬を支払わずにプロにタダで仕事を依頼するのは、侮辱搾取のどちらかであって、プロたちの反発を招くのは当然。

こんな当たり前なことがなぜ理解できない人間が多いのだろうか?


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ピアノルーム防音工事とその効果

ご存じの通り昨年長年使っていたアップライトからグランドピアノに変えたわけですが、当然ながらグランドはアップライトと比べものがないくらい音が出ますので家の防音対策が急務でした。

私のライブを見た人なら分かると思いますが、私のピアノのキータッチは強いです。特に自作を弾く時は独特の弾き方をするので一戸建てとはいえ近所対策が急務ということもありましたがようやくその工事を開始しました。

Img_1181

といつても主にドアと窓部分中心で、あとドア側の壁に追加のパネルを壁の強度と防音を強化するために張りました。。音漏れの8割くらいは窓とドア対策で何とかなる、といわれますが、勿論プロスタジオ程のレベルではありません。

そして昨日それが完成

Koji1

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2015年3月21日 (土)

昔のアバンギャルドを今風のテーストに仕上げた演劇集団OM-2公演

映画音楽、劇伴音楽とかやっている関係で最近演劇とかも見る機会が増えていますが、今回は友人の女優さんが出演しているちょっと変わった演劇集団OM-2の公演を見に行きました。

Chirashi_no9_01

演劇集団と書きましたが、いわゆる劇ではありません。一応台詞のようなものがありますが劇というよりはパフォーマンスです。上のフライヤーではパーカッション集団のように見えますが、確かに最初から最後までパーカッションです。それも普通のパーカッションではありません。

それでも会場には大勢の人がいました。まあ会場の箱が小さいというのもあったんですが
立ち見でした

Om2_01

この空間では出演者は机を敲くパフォーマンス、これは昔のアバンギャルトミュージックに詳しい人ならわかりますが、コンセプトはジョンケージリビングルームミュージックです。
但しリズムはさすがに60-70年代のものではなく今風にしてありますが、..

まあ、そりゃそうですよね。
60年代、70年代のアヴァンギャルドの手法を今そのまま持ってきて、それを最先端の音楽だ、なんてもし本当に云っていたらアホです。

この公演でぶっとんでいたのはそれだけではありません

何と、途中で観客が、そうです。観客が別会場に移動しました。 こういうのは聞いたことありません。60年代―70年代の唐十郎さんや寺山修二の天井桟敷、あたりでもこういうのが果たしてあったのか、私はわかりません。もしご存じの方はご教示ください。

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2015年3月15日 (日)

LA Barraca @ヴィオロン ご来場ありがとうございました

先日より始まりました、暗い時代に突入した日本を芸術文化で明るくする「La Barraca(バルラッカ)」キャラバンの第二回目より参加

大勢の方にお越しいただきありがとうございました
。立ち見がでるほど盛況でした。とても雰囲気のいいライブでした。

Violon031401

まずは仕込みから、ですが

一応リハはやりましたが、完全アンプラグド(un plugged)なのでいわゆるサウンドチェックの必要はありませんが...(^^)

今回はギター+バイオリンのユニット、主催者の一人で演出家でもある二瓶龍彦さんのゲルブ、そして舞台俳優さん、女優さんの詩の朗読、そして私のピアノソロという盛りだくさんの内容でした、

しかも

Violon031402

いやー驚きました。

このピアノ、
ほんまもんのホンキートンクです。

つまりピアノの弦のチューニングをわざとずらしたピアノで、独特の音がします。
19-20世紀初頭のタバーン(居酒屋)やサイレント映画館などに置いてあり、それらのピアノは多くの場合長期間調律せず、置いてあるために、チューニングがずれてしまうのです。

そのホンキートンクのピアノによる演奏を行いました。

Kyoji03141501

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2015年3月11日 (水)

東日本大震災から4年ー祈りの日と音楽で震災を語ることについて

今日はいうまでもなくあの日から4年経った日

とてつもない津波が東北地方を襲い未曾有の被害を出した東日本大震災
私の周囲で東北でチャリテイーコンサートをやっている人間がいるが彼らから入ってくる情報だと復興は全く進んでいない。

津波で生徒14名が犠牲になった閖上(ゆりあげ)中学校 取り壊しが決まっているが4年間放置されたままの音楽室のピアノが痛々しい。現在このピアノをどこかで行かせないか相談を受けているが、実際のモノをみてみないとわからないがホコリをかぶり、4年もの間放置されていたこと、海水を被った可能性もあればかなり厳しいコンデイションになっていると推察される。いずれにせよ移動するだけで費用がかかるので支援団体による費用捻出が必要だろう。

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また福島原発の実情を見ると事態は寧ろ悪くなっていることがわかる。実際に昨年の10月だが現場で実際に作業していた人の生の声が掲載されている。

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=258305920983690&id=100004128522276&pnref=story

これを見る限り安部首相が原発も放射能もコントロールされている、というのが大嘘であることがわかる。

そして今日のこの日。

この大震災に対して音楽家として何か表現しなくてはならない、という思いがずっとあった。しかしこの深刻な状況、一向に進まない復興、のことを考えるとどんな音楽のフレーズも薄っぺらで表面的なものに感じてしまう。とてもそんじょそこらの音で表現しきれるものではない。

そんなことで今日の私にできることは午後二時四十六分に黙とうー祈ることだけである。もどかしい

「ここは日本から捨てられたとこなんだよ」 ーNHK特集ドラマ LIVE! LOVE! SING! 生きて愛して歌うことより


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2015年3月 8日 (日)

愛犬のための「ペットミュージック」制作者から猫の音楽「ミャウミュージック」を聴いてみての所感

ご存じの通り私は「愛犬のためのペットミュージック」をだいぶ前に商品化している。

Relax

ペットミュージックの商品説明は下の動画をご覧ください。


ペットミュージック ラヴリードッグ-やすらぎのテーマ

さらに詳細を知りたい方はこちら

 http://homepage1.nifty.com/hyb-music/pet.htm

一応上記の商品はロングセラーになっているのだが、それは「和太鼓」のゆっくりとしたビートが愛犬を落ち着かせる(いまだに理由はわからないけど)という実験結果をベースに商品化した。

その手前こういう情報を聞くと関心をもたざるを得ないのだが、同時にこういう類のものに眉つば的なものも少なくないのも事実。

■猫に捧げる音楽「ミャウジック」大学教授が真剣に作った
http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/05/scientists-create-music-for-cats_n_6806108.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

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ハイレゾ音源の無理解の風潮とハイレゾ音源を台無しにする海苔マスタリングの横行

最近音楽を語る上で「ハイレゾ」という言葉をよく聴かれると思う。

「ハイレゾ」とはHigh Resolution(ハイ、レゾルーション)の意味でキメの細かい音源といえばわかりやすいだろうか? 昔ハイビジョンの映像をHigh Resolution Videoという表現をしていた時代があった。一般的には「高精細」と訳されていたけど音でも意味は実質的に同じである。

そもそもCDの音質は44.1KHZ 16bitというデジタル技術の黎明期の規格でありmp3よりはマシだが圧縮した音データであることに変わりはなくいわゆる人間の耳である可聴域(20Hz-20Khz)以外の音の情報は全て切り捨てられる。

だが最近はさまざまな研究結果から人間は耳の周波数領域以外の音の情報(たとえばある研究結果では皮膚や骨から音の情報を得る)ということもわかっており、デジタル技術の黎明期の規格では十分な音のクオリティは提供できないことがわかっている。

それを補うためにさらにきめ細かくサンプリング周波数を設定し、より音の情報を多く詰めた音源が「ハイレゾ」と考えていただいていい。ちなみに最近復権しているアナログレコードの音源は究極の「ハイレゾ」といっていい。

しかし「ハイレゾ」というものがまだ残念ながら理解されていない。このファミコン通信の記事などは本当に酷い記事である。

ハイレゾって何なんだ!? オーディオ初心者がソニーのアニメ好き担当者に聞くハイレゾ入門インタビュー
http://www.famitsu.com/news/201503/06073367.html

但しこのファミコン通信の記者が「ハイレゾの良さがわからん」発言を擁護するつもりはないが、昨今の特にメジャーレコードでの商品の内容をみると無理からぬところもある。実はこれには原因もある。

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志(こころざし)ー音楽業界で"Last man standing(最後まで生き残る)"になるためのキーワード

先週NHK大河ドラマ「花燃ゆ」で高杉晋作が吉田松陰の松下村塾に入塾する様が描かれていましたが、その時の高杉の言動が「(こころざし)」を探したいーここなら見つけられる気がする」という言動がありました。

こう始めると私のもう1つのブログ(社会ネタや歴史ネタが書いてあります(笑))の話題になってしまいますが、この「(こころざし)」というの結構キーワードではないかと最近感じています。

実はこんな記事をHuffington postで見つけました。但し文章の題のつけかたはいささか誤解を呼ぶ可能性があるのであらかじめ補足させていただきます。この文章ではライト兄弟やwikipediaを例にとり、あることを成しとげるために必要なのはお金やアイディアではなく、「世界をよくしたいという強烈な志であって、それさえあれば、ほかのものはついてくる」という話で、実はそれは真実である、という話です。

■「志」でほんとうに食っていけるのか
http://www.huffingtonpost.jp/ichiro-wada/desire_b_6797582.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

つまり「志」でほんとうに食っていけるのか?
        ↓
      食っていけます

ライト兄弟やwikipediaの例を見てわかるように最後は「志」がある人間が勝つのです。上記リンクの文章読めばわかりますがどちらも資金が潤沢でブレーンも大勢いたグループに勝っています

僕の今の実感は、やっぱり、志が正しければ、なんとか食える、ということだ。その成果は、動力飛行機やWikipediaのような画期的なものではなくても、お客様に最高のものを提供しようとして努力を続ければ、お客様に生活を支えていただけるように思う。

これ正直いって実感ですね。

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2015年3月 2日 (月)

インターネットの中のコンテンツの価値ー音楽の無料化とストリーミング等について

今年の私のテーマは再三当ブログでも書いてあるようにいかに自分の価値を高めるか、であります。

その議論の中でネットの中では情報やコンテンツの価値を下げるベクトルはあっても上げるベクトルはないということを私は書きました。それに関して一部IT関係者(と思われる)方達から「インターネットには不可能はない」という内容の反論をいただきました。(笑)

まあITを推進する立場の方としてそう考えたくなる気持ちはわからないではないですが..

しかし結論から申し上げてそういった考えは「インターネット万能論」的な観点といわざるを得ません。

例えば20世紀初頭に自動車が発明され、そのことによって人類がいつでも自由に好きなところに移動できるイノベーションが出現しました。それをもって産業革命だという人はいますが、残念ながら自動車は産業革命の中で発明された一イノベーションに過ぎず、自動車が存在すること自体が革命なわけではありません。

自動車自体は便利ですが、便利なツールでしかありません。インターネットも同じです。

車も便利ですが運転を間違えて人を轢いてしまえば凶器になります。同じようにインターネットは便利ですが、使い方を間違えばスパムなどの迷惑行為に遭遇しますし、ソーシャルネットはとりわけ人脈が貧弱だった私にとって人脈構築に有効なツールだった反面、「望ましくない人間」ともつながる危険性もあり、実際それがもとでストーカー行為や殺人事件にまで発展した例があります。便利なツールほど諸刃の刃であるという認識は必要です。

どうもいまだにいわゆる「ネット住民」やIT関係者の中に「インターネット」だけは特別だ」的な考え方を持っている人が根強くいるようです。まあIT関係者はそういう意識でないと仕事できないのかもしれませんが、いわゆる「ネット住民」がその見解にこだわるのは一言でいえばこの人たちには「ネットしかない」からでしょうけどね。

さて、本題に入りましょう。ネットがコンテンツの価値を下げるベクトルしかない、というのはよく考えれば当たり前です。なぜならインターネットによる情報社会は文字通り、ネットもコンテンツもネットワーク内であふれる状況になるーつまり情報もコンテンツも供給過剰な状態になるわけで、供給過剰になれば価値、価格は下がる方向に当然いきます。中学生でもわかる経済理論です。

加えて最近のネットの情報を見ると、デマやゴミ情報のオンパレードです。はっきりいって八割は信頼できない情報といっていいでしょう。それがインターネットの情報の信頼性を著しく損ね、情報やコンテンツの価値の低下に拍車をかけています。

ここで音楽とインターネットについて論じる時に必ずといって出てくる議論について述べます。

それは「音楽の無料化」についてです。

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