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2015年2月12日 (木)

もはやネトウヨは表現の自由や社会にとって有害な存在となったーその騒ぎに便乗した恥知らずのマスコミによって公開中止となった「アンブロークン」について

我が国の表現の自由について戦慄を覚えるほどの危機的事態が発生していることが判明した。

■文春、産経の「反日」攻撃でアンジーの映画が公開見送りに! ネトウヨが作る検閲社会
http://lite-ra.com/2015/02/post-837_2.html

アンジェリーナジョリーの初監督作品は太平洋戦争で日本軍の捕虜となった元オリンピック陸上選手ルイス・ザンペリーニ氏の半生を描いたものなのだが、これが日本の歴史のねつ造シーンがある、との理由からネトウヨ、保守主義者の間で「これから上映のアンジェリーナの映画は、日本兵が外国人捕虜を虐待して殺害して食べたという捏造映画だ」という批判が高まった。

「アンジェリーナの反日食人映画を許すな」
「ウソも甚だしい!アンジーは反日プロパガンダをやめろ!」>&  

 配給元にはこんな抗議の声が殺到し、日本での公開ができない状況に追い込まれた。そのため監督のアンジェリーナジョリー自身が「これは反日的な映画ではない」とわざわざ読売新聞のインタビューで述べたという

ところが実際この映画を見た映画評論家の町山智浩氏が今年1月の段階で「完全に間違った情報によって叩かれている」と指摘、

町山氏 

   「『アンブロークン』っていうタイトルは、『不屈』『くじけない』という意味なんです」

「ザンペリーニさんは、日本軍から開放された後、アメリカに帰国するのですが、長い間拷問されていたので、憎しみが渦巻いて、もう悪夢の中で何度も何度も 拷問した軍曹を殺す夢を見るんです。でも、その憎しみから解放されるには、結局、相手を赦すしかない。敵を赦すしかないんだ、という結論に彼は達した」
「映画では最後、ザンペリーニさんが、日本の人たちに拍手されながら、長野オリンピックで、聖火ランナーとして走る映像が出てきます。だから、これは別に日本が悪いという映画でもなんでもない。本当に強い男は敵を赦す。そういう話なんです」

アンジー自身も読売新聞のインタビューで、こう答えている。

「ルイスは日本を愛していた。長野冬季五輪の聖火を運んだことを人生で最も誇れる瞬間の一つだと語った。映画を見る機会があれば、そう判断できるだろう」

反日どころか、テーマは全く逆である。


「アンブロークン」trailer

町山氏は「映画が完成したのはついこの間なので。日本では誰も見ていないのに、と思いましたけどね」と皮肉まじりに語っていたが、要はアホなネトウヨは映画も見もしないで自分の理解や知識が及ばない事象や人びとを片っ端から“敵”“反日”と設定して叩くといういつもの典型的な行動パターンをやっていたわけだ。

それに何とあろうことか、大手マスコミがそのおバカなネトウヨの騒ぎに便乗したのである。

週刊文春6月26日号の記事

「勘違い女優が撮るトンデモ反日映画」というタイトルのワイド記事を公開。「原作が日本人の残虐性を誇張する“トンデモ本”」としてネット上で話題になっていると紹介した。そして、〈何千人もの捕虜が(中略)人肉食の儀式的行為で生きたまま食べられた〉という原作の一節を引用し、「看過できない」「歴史をでっち上げるのだけはやめて ほしい」

そして産経新聞12月6日

「(原作には)『捕虜たちが焼かれたり、人体実験で殺され、(日本の)古来からの人食いの風習で生きたまま食われた』などと捏造されたストーリーが史実のように描写されている」
「『映画にそうしたシーンがあれば、中韓が政治的に利用しかねない』と懸念する在米日本人もいる」

いずれの記事もよく読むと、すべて原作をベースにして語っているだけでどうみても映画を見た上での記事ではない。なぜなら実際に見た町山さんの話だと人肉のシーンは映画にはないからである。

つまり今回のできごとは、ネットの「『アンブロークン』は日本軍による食人映画」という“完全なるデマ”を鵜呑みにしたバカなネトウヨ連中が反日ではない映画を見もしないで反日と決めつけ、その騒ぎにこれまた映画を見ていない大手マスコミが便乗し、一本の良質な映画が公開中止に追い込まれた、というのが真相である。

今回何が問題かというとこの映画、安部政権や行政が映画の公開中止に関与したという上からの圧力ではなく下の方からの圧力で公開中止に追い込まれた、というのは余計に事態を深刻化させている。

ネトウヨのアホ連中だけでなく、いやしくもマスコミの言論機関である文春と産経が映画を見もしないで「反日」と決めつけ上映禁止に追い込む、という表現の自由を守るべき言論機関自体が結果的に表現の自由を危機的な状況に追い込む片棒を担いだ、という事実が私は何とも腹立たしい。

上記の記事を書いた文春と産経の記者に聞きたいのは、あの記事を書いた時に記者としてのプライドと羞恥心は一体どこを向いていたのか? という点だ。

そして何よりも今回の事態で、反日映画でない映画を反日と決めつけられ公開中止、という点もさることながら、何よりも今回の事態で「反日」映画を上映できない国になってしまったという点がより深刻だ、

つまりこのことはこの国にもはや表現の自由が事実上なくなったことを意味する。政府による弾圧ではなく、ネトウヨの暴走によって表現の自由が奪われているのである。こいつらヘイトスピーチは言論の自由などとほざいている一方で今回のような映画を見ないで喚きたてて表現の自由をぶっこわしたという既成事実を作り上げたのである。

今回でこのネトウヨは映画、その他の表現にとって、そして社会そのものにとって極めて有害な存在になってきている。そろそろ例の在特会を始めとして、ネトウヨ全体に対するネトウヨ対策を社会全体で考えないとこの国は取り返しのつかない国になってしまう。

最近の嫌な感じがするのはそのネトウヨを意識した、あるいはネトウヨのご機嫌取りでもしているのかと思われるマスコミ記事が増えている点である。

特に最近の産経新聞は本当に酷い

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先日の2月7日のコラム記事

これに関しての詳しい内容は私のもう1つのブログ記事に書いてある。ひとことでいって「(殺された日本人2人)の仇討のための改憲をすべき」といった内容だ。頭が戦前の人間が書いたとしか思えない記事だ。

http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20150208

そしてまたやらかしたようだ。

本日の曽野綾子のコラム記事

何と「移民受け入れを進めろと言いながら居住区は人種で分けた方がいい」ってこれってかつての南アフリカよろしく「人種隔離政策」ではないか。

今度は事実上のアパルトヘイト肯定

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どんだけ時代錯誤だ? 産経新聞

それともネトウヨ対象にネタを提供、ウケ狙ってるのか?

いっそのこと「産経新聞はネトウヨの味方です」というスローガンでも出したらいかがかな?

そして先ほども言ったようにネトウヨは極めて社会にとっても有害な存在にはっきりなってきている。言論と表現の自由の敵、社会の敵といっても過言ではない。

その味方をしている(ように見える)産経新聞も有害なマスコミかもしれない。


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