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2015年2月 1日 (日)

他人の表現は自分勝手に都合よく解釈して抑圧し、他人に対する誹謗中傷は「表現の自由だ」などとこれまた都合よく解釈する愚かな人々

既に殆どの人がご存じであろう、昨年のサザンオールスターズの31年ぶりの紅白出演の時の桑田圭祐の行動に対する一部のネトウヨ系の連中のバッシングの件、

桑田圭祐を「反日」「不敬だ」などと叩く連中の言い分を見て、おおかたこいつら『ピースとハイライト』の歌詞を最後まで知らんだろうな、と思っていた、実はサザンの曲の中でも一番好きな曲の1つで実にすばらしい歌だ。

曲の最後の部分

色んな事情があるけどさ
知ろうよ 互いのイイところ!!


希望の苗を植えていこうよ
地上に愛を育てようよ

たぶん桑田圭祐を「反日」だと叩いている連中はこの歌詞の本当の意味を理解して叩いているとは思えんし、それだけに正直あまりにアホらしくてブログ記事にする気にもなれんかった。ブログ記事ってこんな記事でも結構エネルギー使うんでね。

だが昨日この記事を見て、昨今の風潮を照らし合わせて思い当たるところが多々あったので結局書くことにした。

■サザン桑田佳祐を批判したがる人たち
http://diamond.jp/articles/-/66050

めったに芸能記事に同調しない私だがこの記事は激しく同意する。

桑田圭祐がラジオ番組で云ったことが今回の事態の全てを表現している。

『歌の歌詞が「日本政府を批判している」と一部のメディアが報道したそうなんですね。はっきり言って、それこそ「都合のいい解釈」です。作ったのは一昨年 ですから。集団的自衛権の話題になる前だったと思う。東アジアで起こっている問題として作った歌詞なんでございます(中略)。二度と戦争が起きないように 仲良くやっていこうよと

あとはリンク先の記事を読んでもらうとして、どうもこの「都合のいい解釈」をして桑田圭祐を「反日」「けしからん」などといって桑田圭祐の歌や表現の撤回するように圧力している連中を見ると真実を追究もせず小さなところを拡大解釈して目くじらを立てているようで、どう見ても頭のいい人たちの行動とは思えん。

B8986683_3

またアミューズ本社前で桑田圭祐に対して「謝罪しろ!」などと抗議している連中の面子を見るとどうも在特会系の連中が多数入り込んでいるように見える。

この在特会は差別的な表現のヘイトスピーチを「言論の自由だ」などと主張している連中である。

ということはこいつら桑田の『ピースとハイライト』の歌詞の内容をよく知りもせず、桑田のパフォーマンスを「都合のいい解釈」で表現の自由を奪おうとする一方「他人を誹謗中傷する権利はある=表現の自由」だなどと主張しているわけで、よくもまあ「表現の自由というものをこれだけ都合良く解釈できるもんだ」と呆れる次第

あとこれは私の想像でたぶん間違っていないと思うが、残念ながら二人とも帰らぬ人となってしまった「イスラム国」にとらわれたお二人に対して「自己責任」攻撃をしている連中と、今回の桑田バッシングをしている連中は多分に「同じの層の連中」がやっているんだろうな、と想像する。なぜなら両者のもののいいぶん、や短絡的な見解、恐ろしいほど欠如している想像力、他人への思いやりのなさ等を見ると、たぶんこの両者は同一グループか少なくとも大多数がかぶっていると思わざるを得ないわけだ。

この連中が嫌な印象を持つのはたとえばこいつらに『ピースとハイライト』の歌詞の内容をよく読め、といってもたぶん読まない、ハナからそんな気はない。そもそも他人を分かり合おうなんて態度はハナから微塵もない、でなければヘイトスピーチなんかできるわけがない。

こいつらの本当の目的は「正論らしき理屈」を道具として利用して、それを口実に人を叩くということを続けることだ。「正論」「正論らしき理屈」を口実にすれば自分が有利な立場に立てるなどという姑息な考えがあるからであろう。そして相手が桑田圭祐のような有名人だとバッシングは激しさを増す。こうやって人を「叩く」ことで日常の鬱憤を晴らす。何にもまして「人を叩く」というのが主目的の奴らなのだ。実に精神的に病んだ醜い行為である。

はっきりいって心が貧し過ぎる。どんな成長過程を踏めばこんな心の貧しい人間になるのだろうか?

さらにもう1つある。

私はこういう精神的に病んだ連中は、中川淳一郎さんのいう「ネットのアホな暇人」が主な連中だと思っていた。いわゆる大多数はニートかフリーター

しかしどうもそれは違うらしい。それは古谷 経衡氏のネトウヨの分析を読んでいるが同氏はネット右翼と称される層の実態を、「大都市部に住む30〜40代の比較的富裕な中流層」「所得水準や学歴においても、中流以上である」と一貫して主張している。在特会の構成員ももっぱらこの層からきていると主張する。

最初はにわかには信じがたかったが、確かに「ネットのアホな暇人」は確かにネット上では元気でもリアルな行動には結びつけない、そもそもリアルな行動自体ができない連中である。ネットでは凶暴でも、実際に会うと大人しい口数の少ない(酷い奴だと会話すらまともにできない)人間が殆どだ。記憶に新しい「万引きと楊枝」の「実況中継」した未成年も、ネットではあれだけ挑発的だったが、逮捕される時は極めて素直で大人しかったという。こいつらは私にいわせれば一種の行動障害だ。

ということは「ネットの暇人アホ」とは別のもう1つの「ネットのアホ」が存在する、ということだろう。

先ほどの「自己責任」攻撃にしても古谷 経衡氏の分析と見解には激しく同意する。

「自己責任論」で中世に退行する日本
http://blogos.com/article/104196/

もし古谷 経衡氏の分析が正しいとすると私は余計に気持ちが悪いのだ。

今回の日本人二人が「イスラム国」に惨殺された事件から「日本もテロの対象」になったことでいわゆるシリアやイラクのような国でなくても海外渡航してテロに巻き込まれる、という事態を想定しないといけない。つまり「自己責任」攻撃をしている連中が、会社員として海外出張とかした場合、テロに巻き込まれ自分が「自己責任」攻撃される可能性があるのだ。だがこいつらにはそんな想像力はない。そもそもいかなる理由があるにせよ、個人の人命を救うのに国家が全力を挙げるのは民主国家として当然の使命だ。この連中はそんなことすらわからんらしい。

「ネットのアホな暇人」のように殆どが二―トやフリーターでまともな社会生活など送っていない連中ならともかく、もし古谷 経衡氏の分析のように「大都市部に住む30〜40代の比較的富裕な中流層」「所得水準や学歴においても、中流以上である」という普通の社会人だったとしたら、この想像力のなさ、他人に対する思いやりのなさはどこから来るのだろう、と思うのである。こんな連中がまともな人格の持ち主だなどとは到底思えない

こんな連中が当たり前のようにその辺の街を「普通の社会人でござい」という面して歩いているのかと思うと実に気持ちが悪い、

あえていうがこいつらは社会の害虫である。

実際現代社会にとって極めて有害な存在となっている。

「正論らしき理屈」を道具で、真実を追求せぬままひたすら人を叩くことに専心し、表現の自由を圧迫し、一方ではヘイトスピーチや差別表現で他人を傷つけ放題だ。

何度でもいう こいつらは社会の害虫である。在特会などは国連人権委員会から名指しされている。

ちなみに先日の桑田圭祐の謝罪に関するアンケートをダイアモンド社がウエブ上で取っているのを見ると、桑田に対して謝罪要求しているのは社会的に少数派であることがわかる。途中経過ではあるが以下に示す。

Chart

当たり前だ!!

ネトウヨせよ、在特会にせよちょっと前なら一笑にふされマスコミからも無視された存在だったろう。だが「ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)」の中川淳一郎さんによるとネットは「声の高いバカ」の方が影響力が出やすいらしい。

マスコミもそろそろそれを理解し、そういう「声の高いバカ」を無視したらどうだろう?


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