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2015年2月10日 (火)

まだこだわる、グラミー2015を見た上での日本の音楽業界の現状と「音楽の価値」について

既にご存じのとおり昨日恒例のグラミー受賞式が行われた。主要部門の授賞内容は既に報道されているのでここでは触れない。

グラミー受賞者の顔ぶれは英語ではあるけどグラミーの公式サイトを参照されたい。
http://www.grammy.com/

概要を簡単に述べると新人のサム・スミスが4部門受賞。多数ノミネートされたテイラースイフトは無冠。その他日本でも人気があるファレル・ウイリアムズビヨンセが各3部門受賞。

パフォーマンスは今年も見せてくれた。いきなりHRの大御所のAC/DCに始まり、アンレノックス、トムジョーンズ(ある年齢以上でないと知らないと思うが)とレデイガガのコラボレーションステージ等盛りだくさん、昨年のポールマッカートニーリンゴスターのサプライズステージほどではなかったものの充分話題性のあるものだった。個人的にはR&B授賞式にスモーキーロビンソンナイルロジャースという大物二人が並んでいた時は思わず感動した。

そのグラミーのコラボレーションやサプライズステージの「仕掛け人」となっているのがグラミー受賞式のエグゼキュテイブ プロデユーサーである ケン・アーウイツクWOWOWがインタビューした時のアーウイックの以下の言葉が印象に残っている。

グラミーの重要なことは音楽をただの流行として扱うのではなく過去の音楽も(文化として)大事にするという点だ

はっきりいわせてもらう。

この言葉の意味を理解できる日本の音楽業界人はどれだけいるだろうか

昨年の当ブログのグラミーの記事にも書いたが日本の音楽業界で「音楽を文化として」などと云おうものなら罵倒と嘲笑がかえってくる。プロデユースした人間がこれが文化などとはハナから思っちゃいない。

それが音楽ユーザーの「音楽離れ」を誘発してきた。当ブログで何回も指摘している点である。

そしてこれまた昨年末の記事にも書いたように、日本の音楽の主要な音楽賞であるレコード大賞に対する興味を失わせている。

勿論元々私は若い頃は洋楽ばかり聴いていた。邦楽(日本のポピュラーミュージックに対するこの言い方は今や死語だ)にはあまり興味はなかった。

とはいえ、昔の邦楽といわれている音楽にはまだ「文化」があった。それゆえプロになってこの分野に関わることになってもすんなり入っていけた。

しかし今のJ-popの世界に入っていこうとは全く思わない。なぜならJ-popといわれる曲の殆どがいわば100均の消耗品のような音楽であり、しかもしばらくすればダイソーのようなところで投げ売りされそうな音楽ばかりである。数年もたてば存在すら忘れられる。

欧米、とりわけアメリカではフィジカルCD(いわゆるCDのこと)が殆ど売れなくなったといわれても、マーケットが全世界にあるからトータルすればそこそこビジネスとしてなりたつレベルのセールスになっている。何よりも音楽が文化として成立しているからである。

実際昨日のグラミーでもビヨンセがゴスペルを歌いきっているステージがあった。ビヨンセの人気が歌唱力という実力を背景としたものであることがこのステージで証明されているといっていい。はっきりいって日本のボーカリストでこの歌唱力に対抗できるボーカリストはどれだけいるだろうか? そしてビヨンセよりうまいボーカリストはまだ大勢いるのである。

また日本でも人気があるファレル・ウイリアムズとバックダンサーのパフォーマンスを見るとエグザイルやその関連グループ(トライブ、ソウルブラザース? どんだけグループ作ってるんだ?)のダンスは猿真似の域を出ていないことがわかる。そもそもアフリカ系の人間といくらトレーニングをつんだ日本人でもダンスでまともに勝負して勝てるわけがない。

勿論それらを吸収するのが悪いわけではない。但し、それをベースに日本独自の音楽文化に昇華できれば、の話だが。

単なる猿真似と「影響を受ける」は天と地くらいの差がある。

何度もいうように日本の音楽産業は「音楽文化を作る」なんてハナから思っちゃいない。だからR&B(そもそも本物のR&Bなんか知らんだろ? JBやアレサすら知らん奴がR&Bやってるなんてほざいているくらいだから..)だろうがロックだろうが猿真似の域を出ていないのだ。

だからレコード大賞なんか全く興味ない。しかしグラミーは毎年見る、これからもそうなるだろう。同じ音楽賞でも両者は全く真逆の存在。片や音楽文化を心からリスペクトした権威ある賞、もう一方は事務所の圧力の匂いがプンプンするパフォーマンス、いや茶番といっていい。

今年の私のテーマ
いかに自分の価値を高めるか

文化として、コンテンツとして音楽の価値をこのネット配信やサブスクリプション(ストリーミング)の時代にどうやって高めるか。

その方法はアーチストによってケースバイケースだろう。私は私なりの方法を今模索している。

但しこれだけは断言できる。それは100均レベルの消耗品のような音楽ーもっとはっきりいえば「売れセン」(と彼らが勝手に考えている)うまくパクった音楽で創造性の欠片もない消耗品音楽を大量生産する

それが答えでないことだけははっきりしている。

音楽文化を作る、という行為を非難し罵倒、嘲笑したい奴はすればいい。少なくともそういう人間が音楽業界を救うことは100%ない。

私はグラミー受賞式のエグゼキュテイブ プロデユーサーである ケンアーウイツクの考え方を支持する。


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コメント

初めまして。
Kyojiさんの情熱的なメッセージをいつも楽しみに、そして音楽業界のあれこれを覗かせて頂き、とても興味深く拝見しております。

作詞を始めて4年目になりましたが、いい歌詞とはなんなのか、いい曲とはなんなのか、いい音楽とはなんなのか、未だに良くわかりません。
(家族に「いい曲なのか、どうでもいい曲なのか」とズバリ言われて苦笑いしたこともあります笑)

たとえ趣味であっても同人活動やインディーズであっても、周りに流されず自分なりの信念を持ちつづけて、今後も真摯に情熱的に活動していきたいです。
作詞の奥深さや険しさに、めげそうになることもありますが、こちらのブログでKyojiさんのメッセージを拝見し、そのたびに励みにさせて頂いています。

Kyojiさんのように志と熱意のある方が、音楽業界にもまだまだいらっしゃるのだと願ってやみません。
これからもブログ更新、楽しみに通わせて頂きます。

投稿: なゆた | 2015年2月13日 (金) 21時32分

なゆたさん こんにちは

「いい音楽」というのはとても抽象的な表現ですが、最終的には「自分がいい音楽」と考える、感じる音楽をやるしかないと思います。

>>たとえ趣味であっても同人活動やインディーズであっても、周りに流されず自分なりの信念を持ちつづけて、今後も真摯に情熱的に活動していきたいです。<<

是非がんばって下さい。そうしていくいちに必ず道は開けると思います。簡単ではないかもしれませんが最後まであきらめないことです。

あきらめないことが必ず道を切り開きます。

これからの活動がんばって下さい。また当ブログに遊びに来てくださいね(^^)

投稿: Kyoji | 2015年2月14日 (土) 10時25分

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