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2014年8月 3日 (日)

私の近況とこれからー音楽文化のかつてない危機的状況における私なりの闘いについて

私ごとだが、来週にも子供のころから使っていたアップライト(写真ーアメリカBaldwin製)を手放し、新しいグランドピアノを家に入れる。

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理由は家庭の事情その他もあるのだが、先日の私の記事にも書いたように、ピアノソロのシリーズ作品ーそれもたぶん今までのどのジャンルにも入らない音楽ーを本腰で取り組むために予定外の出費だが、貯金をはたいて購入する。

今回これを整備するにあたり、父親の遺品や昔の私の所有物の多くを処分した。上の写真のピアノも子供のころから様々な思い出があるピアノではあるが、一方では今の私には郷愁に浸っている暇はない。過去を振り返るのではなくこれからの未来に向かってつきすすまないといけない。

なぜならこれから少なくとも10年の間、私が音楽家として作曲家としてどれだけの成果を揚げられるかで私の人生、人物の評価がほぼ決まるといっても過言ではないからである。

だから年寄じみた、オッサン的なノリの郷愁は私には不要だ。笑われるかもしれないが気持ちは実年齢の20年くらい若いつもりでやる。幸にして私は実年齢よりかなり若く見られるのでその気持ちにはなりやすい。

なぜなら私は今後10年仕事を続けるために2つの闘いを強いられることになる。老け込んでなんかいられない

1、自分との闘い

これは自分がどれだけの仕事、どれだけのクオリティの高い作品を創れるか、残せるかという問題。これは最終的には自分との闘いであり、私自身の問題なのでこれ以上は述べない

2.音楽文化存続の闘い

実はこれがもっとも大変な戦いになる

歴史的にみて今日ほど音楽文化が危機的な状況になったことはないだろう。それは単にCDが売れなくなったとか、音楽配信が頭打ちになったとか、そういう問題だけではない。もっと根本的な問題がある。

具体的には

(1)  音楽というものが昨今の問題として「軽い」それほど重視された存在でなくなっている点
「音楽が好きか?」と問われたら嫌いと答える人は少ないだろう。だが「音楽はあなたにとってどれだけ重要なものか?」というときちんと答えられる人はどれだけいるだろうか?昨今のメデイアやネットでの音楽の扱われ方を見ると音楽というのが非常に「軽い」存在として扱われているのを感じる。音楽を社会の中での価値を認める人というのが少ないように感じる。

(2)  それに合わせて音楽家という存在が非常に軽視された存在になっていること
1千万のスタインウエイを買う金がありながらプロの演奏家に「当然ボランテイアで演奏してくれるよね?」などと平気でいう輩がいたという。この件に関しては別記事でも書いたし近々また音楽家のボランテイアについて書くが、「技術」や「能力」を売る人間に対するボランテイア強要を始め、何か音楽家に対する敬意など微塵も払わず、音楽家を人間扱いしていない人が少なくない。こういう風潮からも音楽家というものがいかに軽視された存在であるかがわかる。

(3)  何よりも次の時代の新しい音楽の温床(サブカル的音楽)が今なくなっていること
そしておそらくはこれが最大の問題かもしれない。いつの時代でも音楽のアンダーグラウンドシーンでは次の時代の温床となるサブカルチャー的な音楽が存在した。今ではメジャーで当たり前のように使っているトランス系、ミニマル系の音楽もかつてはサブカルチャー的な音楽であった。しかし2000年代に入りそれに相当する音楽がなくなってしまった。これは非常に深刻な事態である。以前ここでも触れた新垣氏を始めとするアカデミズムの現代音楽は到底サブカルチャーとはいえない、(永遠のマイナーな音楽である) ポピュラー音楽のサウンド制作は実質80年代から進歩していないし、音楽の新しいエクリチュール(作曲技法)はミニマル以来新しいのは出ていない。

勿論、これは私一人でできる仕事では到底ない。だが私が一人の音楽家としてできることは少しでも自分の音楽によって、新しい音楽の息吹、音楽というもの価値、音楽というものの素晴らしさを一人でも多くの人が感じてもらう作品を創ることだけである。

私とFacebook等でつながっている人でそれぞれのやりかたで危機的な音楽文化の現状に対して何とかしようと考えている人たちが少なからずいる。そういう人たちに対しては私は同志だと勝手に思っている、(向こうは迷惑かもしれんがww) そういう人たちと何らかの形で協力できる余地があれば私はいつでも協力する用意がある。

このままでは20世紀末から21世紀は音楽文化の暗黒時代、になってしまうだろう。それくらい今の音楽文化は歴史上もっとも深刻な状況である。

長くなってしまったがそれが私の第二の闘いである。音楽文化存続の闘い

この大変な戦いをこれからしなければならない。過去のノスタルジーなどに浸っている暇などないのである。


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