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2014年7月30日 (水)

続テレビがつまらなくなった原因3ー過剰かつ偽善にみちた正論がもたらす社会の息苦しさ

(長文注意)

テレビがつまらなくなった、こんな声を聞いてから長いし、当ブログでもそれに関する記事をだいぶ書いた。

■テレビをつまらないという以前にくだらないバラエティ番組を見るのをやめようー番組だけでなく映画や音楽のコンテンツの質の向上のために
http;//kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2012/12/post-7701.html

■テレビがつまらなくなった理由2-そこには現在の日本社会が抱える3つの良くない風潮の問題があった
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/02/2-8595.html

私も最近はテレビ関係の音楽の仕事をしていることもあり、テレビ業界の状況は自分にも影響してくるので、テレビの停滞状況はある意味死活問題でもある。

しかしこの問題突き詰めてみれば見るほど、単に制作現場の質の低下とか、スポンサーの予算削減、そして上記の記事の中にある昨今の日本企業内の風潮(テレビ局も会社である以上例外ではない)等さまざまな要素、原因がからんで昨今のテレビ番組のつまらなさ、につながっているとみることができる。

そんな中、元フジテレビのアナウンサーで現在はフリーの長谷川豊氏のこの記事はテレビ番組の質の低下は、昨今の日本社会が閉塞している原因と連動しているとの指摘があり非常に興味深い。

■テレビがつまらなくなった訳
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/39344539.html

要点だけ引用させていただく(それでも結構長い(汗))

27時間テレビで草なぎ君が、はるか昔の一件について質問されていました。もう何年も前、草なぎ君は問題を起こし、ニュースになりました。
懐かしい。あれを朝から報じたのが僕でした。あの時の草なぎ君、本当に立派でした。


先週の事ですが、僕がメインキャスターを担当している番組「バラいろダンディ」内で神奈川県逗子海岸の「ある問題」を取り上げました。


そう。


テレビって、なんでつまらなくなったのか。
この二つを見ると、良く分かります。

<中略>

僕はせっかく辞めたのだし、そこのところは突き詰めていきたいと思っていた。「なぜ、つまらなくなったのか?」色々と語っている評論家や学者さんではわからない。内部を知る人間でなければ、実際に現場の人間がどれだけ一生懸命頑張ってるかなんてわからない。どれだけ才能のある人間がいるかなんてわからな い。

『昔よりも面白くない』

なんてもの、テレビ以外にもあふれてないか?先週お伝えした逗子海水浴場のニュース。
あまりにもお客さんの…特に若い男女のマナーが悪いという苦情が相次いだらしい。このままでは、安心して子供を連れて行けない、と。


逗子市は逗子の海岸を「日本一安全でマナーのいい浜辺」として利用できるようにしよう!と決断。結果…

・酒はダメ
・刺青は論外
・音楽もかけちゃダメ


逗子海岸は今年施行された法律により、日本一、間違いなく「マナーが良く」「子供にも安心して楽しめる海岸」へと生まれ変わった。

そして、大きな問題が発生した。
海開きは7月1日。そこから2週間がたち、逗子海岸お訪れたお客さんは
1万3千人。


去年の同時期は…

7万4千人だった。

なんと、客が激減。7分の1の客数では周囲の海の家や旅館は立ち回らない。そう。
地元の観光協会やホテルなどが逗子市を相手取って裁判を検討し始めたのだ!

一体何故?


マナーがいい方がいいんじゃないのか?
親子で安心して遊べる方がいいんじゃないのか?

しかし、行政が良かれと思ってやったことは、逗子海岸が「見捨てられた海岸」となる結果をもたらした。。
答えの一つはここにあるように思える。

<中略>

草なぎ君、本当に頑張っている。偉いと思う。
可哀想に、昔、もう何年も前の話。
草なぎ君はストレスでお酒をかなりの量を飲むようになった。そらそうだ。国民的アイドルグループの一員の重圧ってきっと並みの神経じゃ耐えられないはずだ。
で、酒に酔った草なぎ君は酔っ払い、あくまで彼が住んでいたマンションの「プライベートガーデン」内で素っ裸になったとのこと。
 
で、おまわりさんに怒られたってだけの話だ。
 
僕はこれが大きく報じられた時にどう考えても「何が悪いのか分からなかった」のだ。でもテレビでは偉そうな顔をしたコメンテーターが
 
「彼は社会的影響が大きいのですから自覚が足りないとしか…」
 
と責めたてていた。そんなもんか?そんな悪いか?今まで彼が残してきた功績、彼のお陰で受けた感動、それをぶっ潰すほどのもんなのか?

<中略>

「今回の草なぎ君の一件に関して、街中でアンケートを取りました。『草なぎ君は活動自粛に入りますが、それについてどう思いますか?』」
 
答えは80%を超える人たちが「そこまでしなくていいと思う」と回答したのだった。そらそうだ。全然誰も怒ってなかった。

逗子の海岸もそう。
 
みんな、そこまでの正論、期待してないし。そこまで言われたら…もう、堅苦しいんだよね。
 
草なぎ君もそう。
 
みんな、全然怒ってなかったし。怒る訳ないし。酒飲んでの失敗くらい、みんなやってるだろ。僕、何回失敗したか分からんわい。でも、あれで何か月も謹慎させられるんだよね。
 
最近はテレビだけじゃなく、行政も何もかも、
「そこまで怒らんでも」

ってことに対して、怒りすぎ、

「そこまできちきちせんでも」
ってことで、きちきちしすぎなんです
 
会議室の中で考えちゃうと、それでいいって思っちゃうんでしょうね。
違うんだよなぁ。
人間ってもっともっとリラックスして生きてます。本当はいろんなこと出来るのに、なんだか形上の「正論」にあぐらをかいて、単に決まりを作って、単にあれもこれも辞めるって決めて安心することに甘えて。
 
テレビがつまらなくなったのも、
今の日本が息苦しくなっているのも、
 
原点は同じだと思う。

上記の文章を読んで一体逗子市の条例と昔の草薙報道、そして昨今のテレビのつまらなさに何の関係があるのかと思うかもしれない。これらは一見無関係に見えるが実は根底の部分ではつながっている。

最近ネットに限らず、情報化社会といわれる現代の中で1つ揚げられるのは「過剰な善意による悪作用」という現象である。

「過剰な善意による悪作用」とは何か?

それは善意とか正論という一見正しいと思われる見解が、結果的に社会に対してマイナスの作用を及ぼすことであり、私はその「過剰な善意による悪作用」こそが日本社会を閉塞させている元凶ではないかと思うのである。

例えば当ブログでもCMが一部のクレーマーによって放送禁止になった件

■放送禁止のCMに見る日本の「表現の自由」の危機と日本社会を閉塞させている病原菌たち *1
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/03/cm-b0f6.html

また記憶に新しいドラマ「明日ママがいない」に対する放送禁止運動

■ドラマ「明日ママがいない」その他CMの状況に見る、安部政権の表現の自由項改悪とは別のもう1つの危機  *2

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2014/01/cm-af54.html

勿論「過剰な善意」を振り上げる人たちは全部同じ人たちではない。いわゆる「暇人クレーマー」'クレームのためのクレームを言う連中)もいれば、普通の一般市民もいる。つまり大きく分けると

1.悪意を持って善意を振りかざす輩ー(人を「叩く」ことが目的)

2.純粋な善意で過剰な善意正論を展開する人たち

の2種類がいる。例えば「明日ママがいない」の孤児院のえがき方に反発した人たちは純粋な善意で日本テレビに抗議したと思うし、上記の逗子市の「日本一マナーのいい海水浴場」にしようという人たちは純粋に善意で活動していたと思う。一方ではテレビCMのように重箱の隅をつつくようなクレームのためのクレームを言う連中は、「正義」をふりかざすことによって「自分の立場(ネットでの書き込みでの正論展開」を有利にして、「叩く」ことを目的としている連中である。これは悪意をもって善意、正義をふりかざしているエセ正義の連中である。前述の単なる羽目をはずして素っ裸になったに過ぎない草薙剛を徹底的に「叩く」ことが目的であって、そのために善意、正義を道具として利用しているに過ぎない。

残念ながら純粋な善意で活動していた人たちもエセ正義として叩いている暇人バカも結果として同じく「過剰な善意による悪作用」を社会にもたらしてしまっているという点では同じである。

つまりこういうこと。

私たちは善意、とか正論とかいうものを過剰に評価しすぎてはいないか

会議でもネットでも善意、正義を云う方は楽である。しかし世の中、人間の生活はそんな単純に白か黒かで分けられるようなものではない。理想と現実にはギャップがあるように、人間の営みなんてものは何でも正論、善意だけでくくることなどできないのである。

現代のこの状況は云ってみればヨーロッパの中世にある意味近い社会になっている。ヨーロッパの中世は何でも「聖書の教義」絶対視され、少しでもその教義からはずれたものは悪とされた。キリスト教教義、聖書の教義を述べる人たち(これを本来エバンジェリストというのだよ。私がIT連中がこの言葉を使うのを嫌う理由がわかるでしょ?)が正論でそれ以外の見解は「悪魔の行為」として火あぶりの刑の対象となる。

ちょうどクレーマー連中が放送局や企業に対して「正論でないことをする」とクレームをいう、誰かが問題を起すと掲示板、ブログでエセ正義をふりかざして徹底的に「叩く」

はっきりいって構図は中世のヨーロッパと全く同じ。

ヨーロッパの中世が15世紀にルネッサンスが起きるまで1000年以上も長く停滞した時代を送ったことは世界史に少しでも詳しい人ならわかるであろう。

現代は情報化社会といわれるが、そういった底の浅い善意、正論があたかも中世ヨーロッパの人たちを徹底的に縛ったキリスト教の教義(ドグマ)よろしく、今の日本社会を非常に息苦しい、風通しの悪い社会に結果としてしまっている、といえよう。

さて、これとテレビ番組のつまらなさがどう関係しているって?

テレビ局、とりわけ民放はスポンサーの広告費で成り立っている。

企業の広告担当はサラリーマン、放送局の人間も本来サラリーマン的意識はもつべきではないんだが、実質的に完全にサラリーマン化している。

サラリーマン化している、ということはリストラが当たり前になった現代では可能な限りミソをつけない、「無難な」仕事をするーつまり「事なかれ主義」、という方向に強くベクトルが働く。

それゆえ、CMでも番組でも声高きマイノリテイであるクレーマーがエセ正義をふりかざす輩にいとも簡単に腰砕けになってしまう。それが上記*1*2のケース、

当然こういうのが続けば番組制作サイドとしては「無難な」「差しさわりのない」内容の番組しか作らなくなるのは自明の理ではないだろうか?

前述の長谷川豊氏の記事で逗子市の条例による海水浴客激減現象と数年前の草薙の報道、そして昨今のテレビ番組のつまらなさ、それらが根底ではつながっているという意味はおわかりいただけただろうか?

結局「過剰な善意による悪作用」社会を息苦しくし、閉塞状況を作り上げその結果としてテレビ番組の質の低下、というところまで悪影響が及んでいるのである。

誤解を恐れず極端なことをいえばテレビ番組をつまらなくしたのは他ならぬ視聴者自身ー善意や正論に惑わされ包容力をすっかり失った我々自身ーということでもある。

テレビはある意味世相を反映する鏡だからだ。

最近思うのは安価な善意、正論には乗らないことだ。日本人は先進国でもとりわけ情報のリテラシーが低い国民として知られるが、一見善意、正論に見えるものでも安易にシェアしたり拡散しない方がいい。大震災でも情報の正確さを確かめもせずデマが拡散した。拡散人たちの多くは「善意で」情報を流した。だがその「善意」が曲者なのである。

まず過剰な善意、正論を何でもふりかざすのはやめた方がいい。人間なんてそんなキレイなもんじゃないし。不完全な生き物なのだ。そして不完全だからこそいい、という面もある。

今のままでは中世ヨーロッパのような善意、正論の「教義(ドグマ)」が支配する息苦しい社会になり、社会や文化の停滞状況、閉塞状況はいつまでたっても続くであろう。


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