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2014年7月15日 (火)

ソーシャルネット「残酷写真」のシェアについてーひとりよがりな表現の伝え方ではなく見る人への配慮を行うべき

最近facebook「悲惨な写真」「残酷な写真」をシェアすることに関する点が物議をかもしている。イスラエル軍のガザ侵攻による悲惨さを訴えるために焼け焦げた子供の死体の写真をシェアしたことに関する行為に対してだ、

このようなことは以前からfacebookで行われていた。虐待されて悲惨な姿になった犬や猫たち、最近ではゾウの顔が残虐になくなってしまった写真などとても正視に耐えないものも出回った。

恥ずかしながら私も初めの頃はそういう写真を「悲惨さを訴えるため」という目的意識でかなりシェアをしていた。

だが、よく考えてみた。待てよ  と

確かに戦争の悲惨さ、動物虐待、子供虐待への悲惨さを訴えることは大事である。しかし当たり前だが悲惨さを訴えるような写真は殆どはまともな神経を持った人間なら正視に耐えないような写真ばかりである。

スマホ等のモバイル機器が発達しソーシャルネットが普及した現代は自分がいつどこにいてもソーシャルネットのコンテンツを見ることができるという時代である。そしてその「悲惨さを訴えるため」の写真というのもいつどこで見ることになるかわからない、という面もあるのがソーシャルネットである。

いくら戦争の悲惨さ、動物虐待の悲惨さを訴えようとしても、いきなりそんなまともな神経を持った人間なら正視に耐えないような写真を見せられたら気分が悪くなるだろう。心の傷(PTSD 心的外傷後ストレス障害)を負ってしまう人もいるかもしれない。それではいくら戦争の悲惨さ、動物虐待の悲惨さを訴えよう、正義を振りかざそうとしても人には伝わらない。

私は表現者である。音によって表現を行う。勿論音楽というのは嗜好性が高いものでどんなに名曲といわれる曲でも100人が聴いて100人が気に入る音楽などこの世に存在しない。

しかしだからといってひとりよがりのものを作っていいということではない。聴く人のことを全く考えない表現など単なるマスターベーションの「自称芸術」というもの以上のものではないからだ。

もう忘れた人も多いだろうが先日の佐村河内ゴースト作家事件での新垣を始めとするアカデミズム系の現代音楽などはまさにこの口だ。やたらにプライドだけはでかく自分たちの音楽をわからない奴はバカだ、おれたちはこんな高度なことをやっているんだ、などといいながら実際には自分たちが既に相当時代遅れのことをしていることにすら気づかない、そんなマヌケ連中だ。

私は途中でそのことに気づいた、ソーシャルネットだからといって何でも安易にシェアしていいわけではない。自戒の意味を込めていうが見出しや写真だけ見て安易にシェアするのはやめるべきだ。そしてそのニュース、情報源が本当に信頼できる情報源なのか。そのことを見極めて、なおかつ自分のシェアの仕方は人に伝わるのか、人を不愉快にさせないか、ということを考えながらやらないといけない。私自身かなりソーシャルネットでその手の失敗をしているのでその点は慎重になるべきであろう。

戦争や動物虐待等の悲惨な事態を訴えるために、悲惨な写真が必要であることは確かである。しかしそれらはみるには特に一般の人には相当な心の準備が必要である。そしてソーシャルネットの友人の一部を不愉快な気持ちにしないためにも少なくともいきなりタイムライン上に写真を表示するような投稿はせず、リンク先の画像を表示しない設定にし「閲覧注意」と書くぐらいの配慮は必要であろう。

悲惨な現実から目をそむけろといっているわけではない。ある表現、特にきつい表現が入っている場合は配慮が必要だということ。案外悲惨な写真を平然と見れるような人は実際には何の悲惨さも感じずにそれこそ集団自衛権容認賛成、この国を「普通に戦争できる国にすべき」などと主張したり、平気で人殺しに加担したりする可能性がある。

結果的にそういう人間と同類になってしまう危険性は確かにある。

twitterでもそうだが特に日本人は情報源が信頼できるものかどうか確かめもせず、安易にシェアする傾向が強すぎる。だからデマ拡散に結果的に加担することが多い。別に早く拡散したところで賞金がもらえるわけではないのだから早く拡散しようという癖はなくした方がいい。

自戒の意味もこめてソーシャルネットでのシェア、これは最大限の配慮をしながら行うべきだろう。過ちを繰り返さないために


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