Kyoji "metanature"
i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら





« 誤解されているスガシカオの「DLよりはCD買って」発言とその真意 | トップページ | 久々参加!! 猛暑の中のBBQ大会@晴海埠頭公園 »

2014年5月31日 (土)

今日は元祖「ゴジラ」の作曲家ー伊福部昭氏の生誕100年!!

既に報道で大きく取り上げられているように、現在アメリカで公開中のハリウッド版"Godzilla "が興行記録を塗り替える勢いで大ヒット中である。

Godzilla2014

この日本発の世界的なキャラクター、日本人としてうれしいのはこの映画の大ヒットだけでなく、60年前の本田猪四郎監督の元祖「ゴジラ」(現在アメリカでは「クラシックゴジラ(Classic Godzilla)」と呼ばれている)に対して変わらぬリスペクトが持たれている点である。

その元祖ゴジラクラシックゴジラ(Classic Godzilla)」の音楽を作曲されたのが日本を代表する作曲家、伊福部昭氏である。

Akira_ifukube1954年ー今から60年前の映画だが、この伊福部昭氏のゴジラのテーマはゴジラ映画をリアルタイムで知らない人でも一度は聴いたことがあるはず。この映画はスピルバーグを始め世界中の映画関係者に多大な影響を与えた。

そして今日はその元祖「ゴジラ」の作曲家の伊福部昭氏の生誕100周年にあたる。

伊福部氏が長年学長をしていた東京音大を始め多くのコンサートホールで生誕100年記念コンサートがあるという。

ちなみに伊福部先生の公式サイトがある。教え子等が中心になって作っていると思われるがご興味ある方はウエブを訪問してみることをお勧めする。

http://www.akira-ifukube.jp/

「ゴジラ」のテーマだけでなく今回のハリウッド版「ゴジラ2014」に使われているあの有名なゴジラの鳴き声も伊福部氏の作である。元はコントラバスの弓を弦を支える木の部分(この奏法をSul ponticelloという)を弾いた音はイコライザーやモジュレーションその他を使ってあの音になった。今ではこれを「サウンドデザイン」という音響手法になるが、当時はこういう手法を「ミュージックコンクレート」といった(今や死語)

昔の円谷映画は特撮だけでなく、音響面でもさまざまな試みをしていたのである。

作曲家伊福部昭は「ゴジラ」の音楽だけでなく、他の怪獣特撮シリーズ、そして座頭市シリーズを始め、主に東宝系の多くの映画の音楽を担当している。まさに日本の映画音楽の第一人者である。作品は1947年の『銀嶺の果て』に始まり1991年の『土俗の乱声』 の足掛け50年近くにまで上る。

芸術音楽作家としては。日本の音楽らしさを追求した民族主義的な力強さが特徴で多くのオーケストラ作品を残している。このた民族主義的な力強さというのは伊福部氏の家系の影響もあるらしい。公式サイトの文言を引用させていただくと

伊福部家は大己貴命(オオナムチ=大国主(オオクニヌシ〉=(大黒天))を宗祖する因幡の古代豪族であり、武内宿禰(たけのうちのすくね)を祭る、因幡國一の宮・宇部神社の神官を明治維新に至るまで代々務めてきた。伊福部家は昭の代で67代続く家系である。

http://www.akira-ifukube.jp/%E4%BC%8A%E7%A6%8F%E9%83%A8%E6%98%AD%E3%81%A8%E3%81%AF/

その家系の影響もあるのだろう、伊福部氏の音楽には絶えず日本の風土の匂いがする。、北海道釧路町(釧路市の前身)幣舞警察官僚の伊福部利三、キワの三男としてうまれる。小学生の時、父が河東郡音更村の村長となっため、音更村に移る[1]。同地でアイヌの人々と接し、彼らの生活・文化に大きな影響を受けた[という。公式サイトにも以下の記述がある

一般には民族主義的と表現されますが、その一つ一つを見てゆくと、類稀なオーケストレーション、熟慮の末の作品構成、リズムの重視、西洋機能和声からの脱却とその巧妙な援用など、他の作曲家には見られない独自の世界観で、聴衆を圧倒し魅了し続けております

http://www.akira-ifukube.jp/%E4%BC%8A%E7%A6%8F%E9%83%A8%E6%98%AD%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C/

こういう表現は伊福部氏は生きていたら嫌がるかもしれないが、伊福部昭は日本のバルトークといういいかたもできる。

伊福部氏は単に映画音楽の作家にとどまらず、音楽教育家としても大きな実績を残した。しかし伊福部氏は。北海道帝国大学(北海道大学の前身)農学部林学実科の卒業で音大出身者ではない。しかし在学中に音楽、作曲活動を始め、音楽評論家の三浦淳史、後に同じく黒澤映画の多くの音楽を担当する早坂文雄(「生きる」「七人の侍」の音楽の作曲者)と「新音楽連盟」を結成する等の活動を開始する。大学を卒業後、北海道庁地方林課の厚岸森林事務所に勤務する等、アカデミックな音楽教育を受けずに殆ど独学で作曲活動を行っていた。

そんな伊福部氏が東京音大という私立音楽大学の教授に就任できたのが、数々の海外の音楽祭、コンクールに入選したからだが、アカデミックで権威主義の風土が強い日本の音楽アカデミズムの世界では珍しい例といっていいだろう。もっとも先日の佐村河内事件でゴーストライターをやった新垣氏の師匠は同じく音大出ではない三善晃氏(東大出身)で桐朋学園の学長をやっていたが、私の知る限りでは音大出身者でない人物が音大の学長をやった例はそれくらいだと思う。

特に伊福部氏の場合は美術にも造詣が深く地元で展覧会も開いたという。農学部で林や自然に対する知識もあり、音楽アカデミズムにありがちな「クラシック音楽以外に全く興味も示さない」人間とは違った。そんな伊福部氏は日本の音楽教育にとっては革命的といっていいことをやり遂げる

それが東京音大の中で「放送音楽コース」なるカリキュラムをたぶん四年制の音楽大学としては日本で初めて導入したこと。カシオペアの鳴瀬さんMugenの難波弘之さん を教授に迎えそれまでクラシック音楽一辺倒だった日本の音楽教育にポピュラー、ジャズ系の音楽教育のカリキュラムを導入した。いわば東京音大を日本のバークレー音楽院に近いものに作り替えようとしたのである。今でも日本の音大のアカデミズムはクラシック音楽一辺倒のガチガチの権威主義に凝り固まった輩が多いが、今から四半世紀前のことだがら当時の音楽教育界は蜂の巣をたたくほどの大騒ぎとなった。

先日の佐村河内事件でも新垣氏の友人と称する周辺の作曲家連中が映画音楽作曲を「たかが商業音楽の仕事」と蔑むような発言をする等、私には理解不能なほど偏見に満ちた見解だが、日本の音楽アカデミズムは戦後以来全く進歩していない。その雰囲気の中で音楽教育にさまざまな多様性をもたらした点は音楽教育者として大いに評価すべき点ではないだろうか?

「ゴジラ」「座頭市」を始めとする映画音楽、民俗主義的な表現による芸術音楽、そしてジャズ、ポピュラー音楽を含めた多様性に富んだ音楽教育システムの導入。それも日本の音楽界の発展に多大な貢献をした伊福部昭氏は偉大な作曲家として多大なるリスペクトしたい。

ちなみに多くの映画音楽を作った伊福部氏の「管弦楽法」はある種バイブルといっていい。これからオーケストラを学びたい方にもおすすめである。

本日5月31日がその生誕100年に当たる。最後に「ゴジラ」の有名なテーマをもう一度、あの有名なテーマ曲のフレーズ以外に元祖「ゴジラ」のエンデイングのシーンで使われた音楽も美しい。やはり日本の映画音楽の最高傑作の1つといっていいだろう。


|

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。