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2014年2月25日 (火)

ソチオリンピックを終わって、開会式閉会式でふんだんに使われたロシアの作曲家の音楽ー東京オリンピックの演出が心配

昨日ソチ冬季オリンピックが閉幕した。日本は長野に次ぐメダル数8個と成果はずいぶんあったと思う。

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開会式も閉会式も見たがすばらしい演出だった。

開会式の聖歌の点火式でのストラビンスキーの火の鳥、花火のBGMに使われたチャイコフスキー(ピアノコンチェルト第一番)を始めロシアの作曲家の曲がふんだんに使われていた。やはり音楽文化が豊かな国は羨ましい。気が付いただけでラフマニノフ、ショスタコービッチ、ボロデイン、チャイコフスキー、ストラビンスキー等々、二年前のロンドンオリンピックも我々音楽関係者にはあまりにも刺激的な開会式、閉会式だったが、ロシアは別の意味で底が深い。やはり音楽文化が豊かな国は羨ましい。

東京オリンピックの時にこんな演出ができるかどうか甚だ疑問だ
AKB(仮に存在していたにしてもいくら何でも現メンバーではないだろうが..)やジャニーズアキバ系などという悪夢の内容にはしてほしくないけどね

そして上記の作曲家の作品を改めて聴いてみるとやはり立派なエンタテンメントになっているということ。

何度も書くが歴史に残っている音楽というのは本来そういうものだったのだ。新垣氏を始め現代音楽系が「わかりやすい音楽を書くのが恥ずかしい」などと平気でいうこと自体、芸術とエンタテンメントに対して根本的な勘違いをしているといわざるを得ない。だから阿漕な業界関係者に変につけこまれてしまったのだ。

東京オリンピックまであと6年(しか)ない。 音楽に携わるものとして世界に対して恥ずかしい演出にならないよう心から願いたいものだ、 (電通が仕切るとまた浅利慶太とその一派になる可能性が高くなるのが気がかりーまあいくら何でも浅利はその頃生きてれば80代半ばになるのでそんなヨボヨボ爺さんにやらせる非常識なことはしないと思うが)

でもわからんなー オリンピックの委員長が森元首相、今回でも浅田真央に対して言わなくてもいいことをいったが(相変わらず昔から舌禍がある人物だ) その森と浅利は同世代だし、電通と浅利の癒着ぶりは誰もが知っている事実、それと、訳のわからんクールジャパンの推進で滅茶苦茶になりそうな予感が

杞憂で終わってほしいとは心の底から思ってはいるが、でもこの悪夢になってしまう可能性は十分にある

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2014年2月23日 (日)

コンテンツー形のないものにお金を払いたがらない日本人ー文化程度の低さ、文明国家とは到底いえないコンテンツに対する意識

私は作曲を始め、コンサルタントもやっているわけだけど以下の状況と同じ状況によく出くわす

以下はとあるfacebookでシェアされた記事だがあまりにも思い当たることが多いので引用させていただく。本人にご迷惑がかかるといけないので匿名にさせていただく

ふつう
レストランに入って「お金はないけど、高いものを出してくれ」
という人はいない。


ふつう
「お金がないから、今月は給料半分でいいよね」という会社もない


でも、コンテンツ業界にはそれがある


質が高い記事を書いてください。でもお金はほとんどありません。
最高のデザインをしてください。でも予算は少ないです。
ぜひコンサルしてください。飲み代おごりますから。


相応の対価を払わなければ、受け取ることはできない。
それは有形の商品でも、無形のサービス・ノウハウでも同じことです。

コンテンツに相応のお金を払わないのであれば、
ビジネスをやる資格はないと思います。

コンテンツに相応のお金を「払えない」のであれば、
それはビジネスモデルが破たんしているということです。

クリエイターやコンテンツホルダーに
相応の対価を払わないのは失礼。

ただし、クリエイター側にも責任がある。
そういう仕事を受けてしまうから。


そういう、失礼なダンピング業者と付き合わなくて済むように
常に自分が強く、成長していかなければいけないと思いました

私もよくこういうことを平気でいう会社や人に出会うけど、結局私自身が受けなくてもそういうタダ働きを率先してやってしまう奴がいるからこういうことが問題であることを考えもせず云ってくる人間が後を絶たないわけだね。

結構自治体やそれなりの社会団体でも平気でこういうことを云ってくるところが多い

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当事者気取りで『大声で」批判する表現の自由をなくす害虫たち

面白くなおかつ大いに共感する記事があったので紹介させていただく。 まさにネットだけでなく昨今の日本の風潮を見事なまでに言い当てている、

■当事者でもないのに当事者気取りで批判するダメな人の例 http://kasakoblog.exblog.jp/21711771/

こんなこと書いたら、障害者の人が不快に思うはず。削除しろ!」 「こんなこと書いたら、福島の人がかわいそうだ。取り下げろ!
」 ごくたま~にだけど、こんなレスポンスをいただくこともある。 でもそれを見る度に笑ってしまう。

おまえ、誰だよ。 例えば「こんなこと書いたら、福島の人がかわいそうだ」。 で、あんたは福島の人なのかと聞くと、そうではないという。
福島の人に聞いたのかというと聞いていないという。
じゃあ、福島の人がどう思うかわからないじゃないか
自分が気に食わないからといって、 自分とは関係のない「誰か」をだしにして批判するのはおかしい

<中略>
ところが人の意見が気に食わない人は、 ある特定の人の意見だけを一般化して批判する。
「みんな不快に思っている」「一般的に好ましくない」など。
みんなって誰だよ? っていうかみんなに聞いたのかよ。
あんたが聞いたのは、1人か2人ぐらいじゃないのか。
だったらみんなが不快だと思っているんじゃなく、 その2人が不快に思っているだけに過ぎない。
「みんな」とか「一般的に」という言葉を使うのはおかしい。

そうそうよくいる。
自分が気に食わないだけなのに世間のほぼ全員が気に食わないなどと思い込んでいるおバカさん

ネットにはこんな人間がうじゃうじゃいる。

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2014年2月 9日 (日)

また別人作曲事件についてー「現代音楽の作曲家」の「商用音楽」への偏見を業界関係者につけこまれたのが原因

いささかこの事件、書きすぎと自分で思わないでもない
ただ音楽のジャンルが違うとはいえ、一応同業者であるという点もあり、どうしてもいろいろと思うところがある、今日の記事は以前「現代音楽」というものに関わったことがある人間としての記事を書かせていただく、というのもこの件については同業者ーとりわけクラシック系の作曲家がそれぞれの見解を述べているが、クラシック系の人たちの見解にも正直違和感を感じるのだ。

勿論新垣氏をユーザーやファンを騙した「共犯者」のようにいうのは筋違いである、という点での見解は一致している。だがそこには現代音楽系と私のようにポップスや彼らのいう「商用音楽」に関わる人間としての意識のギャップが大きいと感じた。

例えば以下の記事がある

偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ-あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39905

<前略>

週刊文春を手にする多くの読者が、「作曲科を出たけれど食べられず、ゴーストライターをさせられていた売れない芸術家」のように新垣君を誤解しそうな文面なので、これを真っ先に否定しておかねばなりません。

 新垣隆君は、日本で芸術音楽の作曲に関わる者で知らない人のない、彼の世代のトップランナーの1人として20代前半から注目されてきた芸術家です。

 雑誌の記事には事情を知らないライターの「分かりやすいストーリー」で「ピアノの腕前もプロ並み」などと書かれていますが、とんでもないことです。

 彼はプロフェッショナルのピアニストを養成するうえで最も高度に教育指導できるピアノの教授者で、何千人という学生が彼の教えを受けてピアノ科出身者としてプロの仕事をしています。音楽家としての彼の挌は国際的に見ても超一級の折り紙がつけられるでしょう。

<中略>

ちなみにここで、文春記事はいかにも現代の日本社会が陥りそうな誤った観点で「芸術音楽を戯画化しているので、一本釘を刺させてもらいます。こんな素人談義で新垣君のような才能にあれこれ言われては、冗談にもなりません。記事は、

 「一般人には理解しがたい不協和音を駆使する現代音楽の作曲家である以上、その作品が日の目を見ることは本人ですら想像できないのが、日本のクラシック界の現実だ」

 以下、よく聴いていただきたいのです。 私自身も含め、音楽そのものの可能性のフロンティアでものを作ろうとする作曲の人間にとっては「予定調和」をなぞるほど恥ずかしく、非創造的な「仕事のやっつけ方」はないのです。

 こういう表現で新垣君が100%合意してくれるかは分かりませんが、言わんとすることは通じるでしょう。

 世間で流通する商用の音楽は、既存の書法の使いまわしでできています。その方が耳に親しみやすいし、ヒットもする。例えば連続ドラマ「あまちゃん」の音楽はよくヒットしました。ウイットとして面白いとも想いますが、そこに専門人は独自の新たな労作を見出しません。

<中略>

数万円のギャランティで、この「断片から楽曲を組み上げ、オーケストレーションして納品する」仕事を請け負った新垣君に対して、偽ベートーベンはこんなふうに言ったそうです。

 「この作品はぼくの名前で発表したい。君の名前は演奏家としてクレジットするし、将来必ず引き上げるから、しばらく協力してほしい」

 これに対して新垣君は、

 「私は、お金とか名声が欲しいのではありませんでした。(偽ベートーベン)の依頼は現代音楽ではなく、調性音楽(和音をベースにした音楽、と注が ついていますが、週刊文春としてこういう表現しか取れなかったのでしょう。これは誤りですが)でしたから、私の仕事の本流ではありません」

 この「私の仕事の本流ではありません」という短い一言に、多くの本質が集約しているのです。

 つまり、自分自身が一から創意を持って創作する真剣なチャレンジとしての「仕事」(ライフワーク)ではなく、初歩的な、既存の、別の表現を取れ ば、さんざん手垢のついた既成のスタイルでの楽曲書き、これは言ってみれば、「作曲課題の<実施>」に近いものと言えるでしょう。

 音楽課題の「実施」という言葉は、受験などしたことがある人はすべて知っており、そうでない人は一切知らない「方言」の代表と思います。

<中略>

「彼の申し出は一種の息抜きでした。あの程度の楽曲だったら、現代音楽の勉強をしている者だったら誰でもできる。どうせ売れるわけはない、という思いもありました」

 要するに余技ですよね。わざわざ自分の名をつけるまでもない、調性で書いた気の利いた小品。こういうのが息抜きになるのは、本当によく分かります。正直私自身も、そういう気軽な小品を書くのが嫌いでありません。また名前をつけるのに抵抗があることが少なくありません。

<後略>

長いので残りはリンク先を読んで下さい

 

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2014年2月 7日 (金)

続、佐村河内別人作曲問題ー「図形楽譜」に関する解説と「売るためには」作曲家作詞家の人権を蔑ろにしてもかまわないという音楽業界の体質の問題

昨日の記事から本日実際に作曲した新垣氏の会見等さまざまな情報が出てきた。

結論からいうと佐村河内氏が「何もやらないで」全て新垣氏が作曲した、というのはたぶん正しくない。いや、以下の画像が事実佐村河内氏が実際本当に書いたものだとすると事情が全く違ってくる

この画像をみて「訳の分からない」「こんなの誰でもできる」とかいろいろと誤解をする人がいたようなので、そこは一応音楽の専門家の立場から違うということは云っておこう

問題となっている「指導書」だが..

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文字部分が小さくもう少し精査しないとわからない部分があるが、これは皆さんのよく知っている楽譜ではないかもしれないが、実はこれは立派に楽譜といっていい

こういうのを図形楽譜というのだが、実は現代音楽ではよくこういう楽譜を書くことがある。

Fontanamix

ジョンケージのFontana Mix

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Roman Haubenstock の3人のためのコンチェルト

何のためにこんな楽譜にするかというと、要は既存の記譜法では表現することが不可能な表現があるためであって、そのためそれを図形化して表現する。いわゆる電子音楽(もはや死語だが)の黎明期にはよく使われた手法である。

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2014年2月 5日 (水)

佐村河内守別人作曲問題ーこれを機に作曲家へのゴースト強要の音楽業界の悪慣習を廃止せよ!! この問題をウヤムヤにするな!!  

作曲家の端くれとしてこの件は発言せざるを得ない

さてテレビマスメデイアでも報道されているこの事件。

■「全聾の作曲家」佐村河内守氏、別人が作曲
http://www.asahi.com/articles/ASG25343JG25UCLV003.html

「全聾(ろう)の作曲家」「現代のベートーベン」として知られる佐村河内守(さむらごうちまもる)さん(50)が、十数年前から別人の男性に頼んで作ってもらった曲を自分単独で作ったと発表してきたことがわかった。代理人の弁護士が5日、明らかにした。レコード会社は、CDの出荷停止を決めた。

CD出荷停止、公演も中止

実際作曲したのは桐朋学園の作曲学科の講師だそうだが、

はっきりいってこのニュース自体は全く驚かなかった。こんなことは20年近く前から音楽業界では「当たり前」だったわけで、これが問題になるのなら某A社とか某KT氏なんかどうなっちゃうんだろうね。そこでは当たり前のようにゴースト強要が行われていたわけで.. なぜか誰もそのことに触れないのか不思議でならない。今やシロウトでもこういうことがあることぐらい知っている。はっきりいって何をいまさら、というのが正直な印象だ、

ポップスとクラシックでは違うなどという人がいるが、ではポップスなら許されるがクラシックは許されないのか? とんでもない差別である。ジャンルこそ違えど同じ音楽をクリエイトする仕事である。何にも変わらない

もしクラシックでそういうことが起きたから深刻というのなら、だったらなおさらのことこういうゴースト強要などという音楽業界の悪慣習をこれを機会に廃絶すべく、音楽業界の実態をこれを機に徹底調査すべきだ。はっきりいおう。「有名アーチストの曲が実はゴースト」なんて例が面白いくらいに出てくるはずだ。

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