Kyoji "metanature"
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2014年1月29日 (水)

ドラマ「明日ママがいない」その他CMの状況に見る、安部政権の表現の自由項改悪とは別のもう1つの危機

既にメデイア等でかまびすしいほど報じられている日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」にまつわる放送禁止要求の声、及びスポンサーのCM「自粛」の動き

まず私はこのドラマを見ていなかったので、見ないで論じるのは良くないと思い、たまたま娘がこのドラマをよく見ていたので録画したもの、そして本日の放送も見てみた。但し本日は業務の制作の仕事の関係者打ち上げに出席したため、途中から見る形になった。

実質2回分も見ていないので必ずしもこのドラマの全てを把握したわけではないが、私が見た範囲ではおそらく三上博史演じる施設「コガモの家」の施設長、佐々木友則の子供達に対する乱暴な態度や施設の劣悪な環境を見て、「子供の施設って全てこんな感じだ」と受け止めた視聴者がいたため、その関係で実際の子供や孤児の施設がこのイメージ固定化を恐れ声を揚げているのだろうと推察する。

まあ気持ちはわからなくはない。しかしもしそうだとしたらそのように感じる視聴者がいかにメデイアリテラシーが低いかということの証明でもある。

日本のドラマには「このドラマはフィクションです」とわざわざ断りも入れているし、ドラマのプロデユーサーも「コガモの家」は世の中の施設を代表するものではない、とわざわざ会見で述べている。にも関わらずこのドラマに対するヒステリックともいえる世間の反応は一体何なんだろうか。

そもそも「明日、ママがいない」に出てくる「コガモの家」はたまたまドラマのストーリー設定上たまたまああいう酷い施設として描かれているに過ぎない。あの「コガモの家」を見て世の中の児童養護施設の全てがあれと同じなどとは少なくとも私は思わないし、あのドラマというフィクションを見てその内容を全て鵜呑みにして児童養護施設は全て「コガモの家」と同じともし本気で受け取った人がいたとしたら私はその人間の知的水準をはっきりいって疑わざるを得ない。

寧ろこのドラマは児童虐待、や親に棄てられた子供達の現実を描いたドラマとして大いに評価すべきであり、勿論全てが現実通りではないにせよ、そういう子供達の現実に光をあてる、児童虐待や親から無理矢理施設に預けられた子供達の悲しみ、心の葛藤を描くという今までにない画期的なドラマである。芦田愛菜の演技力も光る。

こうした世間の反応にドラマのスポンサーを簡単に降りる企業もいかがなものかと思う。
■日本テレビ:3社がCM見合わせ…児童施設舞台ドラマ2話
http://mainichi.jp/select/news/20140123k0000e040221000c.htm

実はこういう例は「明日、ママがいない」だけではない。

■<キリン>チューハイ「カエルCM」中止 未成年飲酒誘発?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140124-00000002-mai-bus_all

 キリンビールは23日、カエルのキャラクターが登場する缶チューハイのテレビCMを中止することを明らかにした。外部から「キャラクターを使った表現方法が未成年者の関心を誘い、飲酒を誘発しかねない」との指摘を受けたため。

 放送を中止するのは、17日に開始した缶チューハイ「本搾り」のCM。スーツ姿のカエルのキャラクターと俳優の大沢たかおさんの掛け合いで商品をPRする内容で、当初は26日まで放送し、その後、続編も計画していた。

 20日にアルコール問題を扱う団体から指摘を受け、25日から中止する。カエルの声優を当てる31日までのキャンペーンも、予定を繰り上げて24日に終了する。

 

キリンは「指摘を真摯(しんし)に受け止めた。CMに関する社内基準を厳しくして再発防止に努める」と説明している。

■全日空:差別批判でCM取りやめ 金髪に高い鼻
http://mainichi.jp/select/news/20140121k0000m040144000c.html

 全日本空輸が、羽田空港の国際線増便をアピールするテレビCMで、外国人の容姿を差別的に表現しているとの苦情を受け、放送を取りやめたことが20日、分かった。全日空は近く内容を差し替え、あらためて放送するとしている。

 CMは18日から放送された。日本人タレントが金髪のかつらをかぶり、鼻を高くした変装で会話するシーンがあった。

全日空は「差別的な意図はないが、寄せられた意見を参考に新しいCMの内容を検討する」(広報部)と説明している。

これらに共通するのは次の二点である

1.必ずしも世間では多数派ではない、声高きマイノリテイのクレーム(一部はナンセンスクレームといっていい)による表現の自由の破壊

2.そういう声高きマイノリテイに「問題を起さない=事なかれ主義」体質によっていとも簡単に屈してしまう企業

以前こういう記事を書いたが

■放送禁止のCMに見る日本の「表現の自由」の危機と日本社会を閉塞させている病原菌たち

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2013/03/cm-b0f6.html

そもそもインパクトのある表現を出そうと思ったら、ある程度難くせをつけられるリスクを負うだけの覚悟が必要である。そしてインパクトのないCMなど広告効果など出るはずもない。そんなことは広告に携わる人間なら常識だ。にも関わらず本当にいとも簡単に腰砕けになってしまっているこの現状.. まさに「事なかれ主義」「臭いものには蓋をする」という今の日本社会の体質を見ることができる

どうも状況はこの時より悪くなっているようだ。特にテレビ番組に関してはこういう視聴者の動きも最近のテレビ番組をつまらなくしている原因にもなっているような気がする。こういう社会問題をえぐるようなドラマに対して毎回このような「自粛」を強いられるような事態になればもう誰もこういう社会になかなか日の当たらない問題について目を向けることがなくなってしまう。私はそのことを強く危惧する。

社会の現実を描くことにこうも拒絶反応を示す人間が増えれば、このままでは結局「差し障りのない」コンテンツばかりを作るしかなくなってしまう

やはり今の日本、根本的なところがおかしくなっているといわざるを得ない。これは安部政権が現在画策する憲法21条の改悪「表現の自由」条項の改悪とは別の意味でこれは表現の自由の危機である。と同時にこのようなことが続けば日本のコンテンツの質の低下に拍車をかけることになる。

ちなみにハリウッドでこういう例がある。アフリカ系アメリカ人俳優ウェズリー・スナイプスが映画「パッセンジャー57」の撮影時に黒人だというだけで「犯罪者ではないか」と警戒する白人警官が出てくるシーンの撮影で「差別を助長するのではないか?」と危惧するプロデユーサーに対し、スナイプスは逆に「いや、それを描くべきだ、なぜならそれが現実なのだから..」と主張し脚本通りに撮影されたというエピソードがある。日本ならまさにこの「明日、ママがいない」と同じくらいの騒ぎになる可能性があるケースだが、アメリカと日本の「事実を描く」ということに対するスタンスの違いが明確になっているような気がする。この面で考えるとまだハリウッドの方が健全に機能している。

このままでは安部の憲法21条改悪などするまでもなく、日本の表現の自由は既に深刻なほど危機的な状態である、といわざるを得ない。


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コメント

本日日本テレビは全国児童養護施設協議会との協議で同協議会の要望を受け入れる形で検討することを発表した。

http://gendai.net/articles/view/geino/147627

私はこれはやはり悪しき前例になってしまうんじゃないかと思う。今回は全国児童養護施設協議会だが、今後訳のわからない団体がクレームが強い抗議運動を展開すればテレビ局は折れる可能性が出てしまう。

全国児童養護施設協議会が日テレに出した要望は

>>
<ポストというあだ名>
<子供たちへの暴力や暴言>
<子供たちをペット扱いする表現>の3点をやめてほしいということ、
<<<

ドラマ二回しか見ていないが、これだけであのドラマの設定自体が崩れてしまうことは容易に想像できる。
これから三上博史演じる佐々木施設長がなぜあれだけ屈折した性格になってしまった背景が明らかになるのだが、そこの描き方が難しくなるだろう

>>被害者が出ているということについて指摘いたしました

このドラマを「口実に」心無いことや差別的表現を使うバカの存在の方がよっぽど問題だ、

最近の一連のCM放映中止の動き、ファミマのフォアグラ弁当販売中止等を見るともうマス向けの商品やコンテンツそのものにもはや限界点が見えてしまっているということだろう。これでは誰でも難くせつけて声をあげればどんなことでも可能になってしまうという悪い前例を作ってしまったことになる。

今回のことはある意味で「自主規制」という名目でマス向けの表現の自由の死を意味してしまう可能性がある。マス向けのコンテンツには「差しさわりのないもの」「毒にも薬にもならんもの」しか出てこなくなり、テレビ番組はますますつまらないものになる可能性が高い。

いずれにせよ今回のこの実例は今後の地上波のコンテンツ制作に悪影響こそ与えても、よい影響は与えないだろう

投稿: Kyoji | 2014年1月31日 (金) 22時14分

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