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2013年12月 1日 (日)

商業主義と芸術表現の融合を目指した文化人ー堤清二氏を悼む

出張等で記事が一日遅れてしまいました。

もう日付変わって3日前のできごとですが、セゾングループ代表の堤清二氏が86歳で亡くなりました。西武セゾングループを業界首位までに押し上げ、一方では辻井喬というペンネームで詩人、作家として活動した二つの顔を持っていた方です。

セゾングループは特徴あるアートワークで有名でまさに芸術表現とコマーシャリズムを見事に融合させた人で私自身も堤さんの考えに影響を受けました。セゾングループのさまざまなイメージ戦略の関係で私もずいぶんお仕事をさせていただきました。その意味では堤清二氏には多大な恩があるといっていいかもしれません。

■死去した堤清二氏、経営に文化を融合 セゾン文化生む
http://www.asahi.com/articles/TKY201311280405.html?ref=com_top6

ご本人は「自分は経営者でも作家としても問題児」と言っていましたが、私は寧ろそれを誇りにしていたように思います。 音楽の分野が特に顕著ですが昨今は商業主義ばかりが優先され、芸術表現、アーチスト独自の表現というものが著しく蔑ろにされている傾向を感じます。それだけに今こそ堤清二氏のような存在が必要だったということができるかもしれません。そう問題児のどこが悪い、そう言い放ってもいいのではないでしょうか?

心からご冥福をお祈り申し上げると同時に故人の生前の様々な功績に敬意を表させていただきます。

86歳で亡くなった元セゾングループ代表の堤清二さんは、業界首位にもなった百貨店を経営するかたわら、詩人・作家の辻井喬として日本の戦後をみつめてきた。経営者から作家まで幅広い人たちが、二つの顔を持っていた稀有(けう)な存在を惜しんだ。

 堤さんは、鉄道や百貨店を展開する西武グループ創業家の次男として生まれた。

 詩や小説に興味があった本人は、もともとは「家を継ぎたくなかった」という。ただ、父の故堤康次郎さんの遺言で、本業の鉄道は異母弟の義明氏に、百貨店は堤さんに継承された。

 堤さんの豊かな才能は、百貨店経営にいかされた。1973年には渋谷パルコを開店。このなかの西武劇場(現パルコ劇場)から小劇場ブームが広がった。小売業に、現代美術や演劇などの文化事業を融合させる経営手法は「セゾン文化」という言葉を生み、同社の売り上げを押し上げた。


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